05-003. Sonntag. 変わることのない日常に於ける一つの風景。
二一五六年一〇月二四日 日曜日
ザルツブルクへ隔週でティナ達が帰省するようになってより、日曜日は朝八時過ぎから各々の鍛錬や模擬戦などに費やす時間となっていた。
お姉ちゃん達が鍛錬する姿を楽しそうに見に来るハルの付き添いで、ティナの母であるルーンと、ブラウンシュヴァイク=カレンベルク当主の筆頭護衛であるエレが鍛錬の場に居合わせるだけでも、若者にとっては得難い機会だ。
ティナ達の技術は相当に練度が高い。それでも、武術家としては未だ駆け出しの域を超えない。漸く個々の基本戦術が身について来た、と言った程度なのだ。豊富な経験、積み重ねた年数を持つ歴戦の猛者からすれば、まだまだ危なっかしく見えても仕方がないことだろう。
故に、其々の鍛錬内容に合った指摘や、最適化の考え方など、先達の助言は彼女達にとって文字通り手助けとなっている。
だが、今回は何時もと少々違う趣向となった。
「みんな世界選手権出るんだろ? ルー以外。なら激励代わりに騎士意外と戦って調整すんのも良い経験になるぞ? ルーは強制参加。視点が変われば戦術に幅が出るからな」
そんなことをエレが言い出した。寝耳に水とは正にこのこと。
「なんでルーも参加なんです⁉ 関係ねえじゃないですか! 鉄腕ゲッツだって無駄なフェーデはやらんのですよ! ルーはゲッツに倣ってカシコイ選択をするのです!」
無い胸を反らしながら、人差し指でキュピーンと天を指すルー。ドヤ顔がウザイ。
パカンと金属の音に聞こえるエレのゲンコツがルーの頭蓋骨にヒット。繋ぎ目に点のダメージは穴があく!穴があく!とルーはゴロゴロと転がりまくるが、何時もより長めの小騒ぎはダメージに比例している。
ルーの小騒ぎはコント扱いなので、既に皆はスルーしてるのが憐れだ。ハルが転がっているルーをつつく度にヒクヒク動くのをキャッキャと喜んでいるのが微笑ましい。
「エレさん、騎士意外と言うと? 今から相手が来られるですか?」
京姫が騎士ではないと言う点で思い当たるのは、この場には居ないウルスラやララ・リリーなどの弓兵くらいだ。なので、カレンベルク家の伝手で武術家に渡りをつけて来たのだろうか?と、問うたのだ。
「いえいえ、京姫。目の前にいるじゃないですか。騎士ではない言い出しっぺが」
ティナの言葉に少し表情を驚かせる京姫。確かに、エレならば騎士ではない。
「ふむ。むしろ此方から頼みたい相手」
「エレさん戦うはキビシーなりそうヨ。鍛錬するには持てこいヨ!」
小乃花と花花は随分と乗り気だ。さすがにエレは当主家の筆頭護衛なだけあって、見る者が見れば相当な実力者であることは判る。しかし二人は別の視点だ。所謂暗部の術理を受け継いでいるため、裏の世界で戦いを避けるべき人物も合わせて教えられる。その中にエレの名前もあるのだ。
皆、エレがナイフ二刀でルーの特訓をする場面など目にしているが、本来の扱い方についてはティナとルー以外知らない。
ルーが実戦形式の鍛錬をする際、エレが相手取るところを良く見る。が、何れも戦闘にすらならず簡単に封殺されたルーがゴロゴロのたうち回るイメージしかない。
詰まるところ、武の方向性どころか護衛と言う単語以外の情報がない状況。
「まぁ、今のChevalerie競技ルールに制限されると、嬢ちゃん達クラスの騎士相手じゃ厳しくなり過ぎるからな。帳尻合わせにちょいとルールを弄らせてくれ」
そう言いつつ、競技コントローラーにルールを設定していくエレ。その様子を渋い顔で見つめるティナ。
「なんだ、ティナ。そんな顔をして。何か問題でもあるのか?」
「ええ、少々。京姫は知らないでしょうけど、出来れば競技ルールでガッチガチに固めたいところでした」
眉根を寄せたまま応えながら京姫へ視線をくれるティナ。その目はメンドウになった、と言った具合だ。
「お~。やぱりカ。想像よりホンモノ触れ合えるはアリガタイネ! 楽しみヨ!」
「エレさんは仕草だけで此方側の技術に優れていると判る。自分を測れる機会に感謝」
花花と小乃花は世間の裏側に名を連ねるエレを知っている。だが、名ばかりが有名で能力自体は未知のベールに包まれていた。その手の内を今、見せてくれると言う。他流派である此方を信用してくれた証そのものだ。だから二人の言葉に謝辞が混じるのだ。
「それほどのものなのか……。さすが護衛と言ったところなのか?」
京姫は言葉尻が疑問形だが、素の殲滅力が高いティナ、それとルーンが居る家の護衛職であることを踏まえれば普通のレベルではないだろうと考えた方がしっくりくる。然もありなんなのか、と自問自答した結果だ。
「ほえ? エレ姉そんなんです? 花花さんの方がヤベェっぽいですよ?」
「ああ、ルーはエレさんが純粋な戦闘状態になったところを見たことがなかったですね。競技で見ればルーの言う通りで間違っていないですよ? ただ、競技の柵から外れると正直、シャレになりません」
実際、エレが筆頭護衛としての実働や、その前に戦闘士として活動していた時分を含め、ルーはまだ幼かったから記憶は曖昧なのだろう。エレからは教導を受けていたが、実際に戦闘レベルでの撃ち合いなぞ子供相手にして貰える訳がなく。ルーが知らない部分を姫騎士さん曰く洒落にならないと言い切ったのは、単純な戦闘力では測れないものを持っているという意味が隠れている。
「それでも、お嬢が全部の技使ったらさすがに五分で獲られるぞ? 他の嬢ちゃん達にも正面からじゃ難しいだろうしな。ルー以外」
「エレ姉。いちいちルーをオマケで入れるのは社会が共同体である以上、優劣の差を明らかにして弱者を貶める行為に他ならんのです。ルーが参加すると労働団体がケシカランと蜂起するのです」
真面目顔で何やら難し気の単語を混ぜれば有耶無耶になるのではと、毎度のことながらメンドウなことを避けたいのが透けて見えるルー。
その浅はかな考えは、スパンッとエレから頭蓋骨の継ぎ目にゲンコツを貰い打ち砕かれた。開く!開く!チューリップが咲くみたいに!チューリップが咲くみたいに!と、ルーがゴロゴロと転がる毎度の光景。
「あら、ルー。そんなに嫌なら私が相手をしてもいいわよ?」
そんなコントを見ていたルーンから軽く放られた一言を聞いた瞬間。ルーはキュピン!と直立不動になり冷汗をダラダラ流しながら慌てふためく。
「ナニ言ってるですか! ルーが召されてしまうです! 奥さまは後方腕組みネキとして温かく見守る役目なのです!」
「あら、そうなの? ちょっとくらいは面倒みるのに」
「Nein! Nein! ムチャぶりダメ絶対! エレ姉一〇人と戦った方がマシなのです!」
「だそうよ、エレ。しっかり揉んであげなさい」
フガッと鳴き声を上げたルーの表情は、ハメラレタ!と語っている。ニヤニヤと笑うエレと目が合い隠すことなくしかめっ面の顔芸を披露するルー。もう幾ら足掻いたところで覆せない決定事項となったからだ。
「やっぱり小母様は相当に腕が立つようだな」
しみじみと京姫が呟く。ティナが碌にポイントも奪えない相手と聞いたが、ここまで露骨に拒否するルーを見れば瞭然だ。
「まぁ、おかあさまはグル・アヤン曰く人外ですから」
ティナのあんまりな言葉選びに、それいいのか?と言わんばかりの困り顔になる京姫。
「ちょっと、そこ! 聞こえてるわよ!」
ルーンのツッコミが飛んできた。素知らぬ顔で、聞こえませんよ、と太々しい態度の姫騎士さん。
先月から始まったヘリヤの冠番組第一回目。訪問先のグル・アヤンが対談パートで綴った言葉は、母を称して「修羅」と。全世界に発信されてるので、それを引用することくらい大したことないでしょう、と姫騎士さんは悪びれもせず。
涼しい顔の娘とジト目の母が言葉を発しない戦いを始めたところを尻目に、エレは競技コントローラーをポンと叩く。
「よし、嬢ちゃんたち集まってくれ。設定終わったから確認たのむ」
エレが設定したルールは、基本ルールにちょっと付け足したように見える。
競技で反則となる箇所への攻撃が禁止なのは当然だが、腕の接触と使用、それに準ずる崩しと投げはあり。但し、腕は絡めるまでとし、指と掌での攻防禁止に加え、手による掴みはなし。
そして最大の特徴は、武器デバイスがダメージを与えるに足り得る状況以外、武器の平や柄、つまり刃以外の箇所に腕や肘で防ぐ、若しくは防御することを許容している。
この特殊ルールにティナ達の反応は其々異なる。
「これはまた……。初期ルールに投げも加わって中々厄介だな」
「エレ姉の武装解除入れ食いじゃねえですか! ルーがまたポポイっとされるです!」
「なかなか厳しい設定。やりがいがある」
「掌ダメカ~。手でする発勁使いたかたヨ~」
「いえ、花花のそれは身体による打撃扱いじゃないですか。元々ルールのネガティブリストに入ってますよね?」
これはChevalerie競技最初期には存在したルール。「ダメージを与えられない状況の武器に触れてもポイントにならない」と言うものだ。このルールがネガティブリストに追加される遥か前、ルーンがアスラウグの剣を自身のメスに肘を宛がい遣り過ごした例などある。
当時から変更になったルールはインターバルが一分から二分に延長されたこと、延長戦になった場合の決着方法など、時代に合わせて細かい部分は都度、見直しされている。
何だかんだと言ってはいるが、誰もエレのルール設定に異議を唱える者は居ない。前提が「騎士以外の者と戦う」と銘打たれている訳で、そう言った場合、それ相応のルール変更は許容するのが通例だ。企業開催のイベントなどで良くある話だからだ。
「嬢ちゃん達もこれで問題ないようだな。そんじゃ装備の準備をしてくれ」
その言葉で皆が装備を換装しに更衣室へ向かうのをエレは見送った。
ティナ達は世界選手権大会が近いこともあり、軽く模擬戦を行う予定だったのだ。そのため、HCが織り込まれた衣類型装備だけで済ませていた。
特別ルールが追加されたとは言え、Chevalerie競技ルールで手合わせするならば、試合同様、正式な装備で以って挑むことが然るべきだ。それ以前にエレと手合わせするならば、武器デバイスも吟味した方が良いだろうと彼女達の共通認識があるからこそ、準備を万全にするため移動したのだ。
装備を促したエレは何時もと同じデザインのメイド服だが、特に着替える必要はない。元々、ルーを鍛えるためにHCが織り込まれたメイド服を着用しているからだ。当主家筆頭護衛の彼女が戦闘に入る状況となる場合、今の姿で戦うことになる。ならば、手合わせをするにしても通常業務の姿が正となるのだ。無論、普段に着用しているメイド服も護衛と言う立場から特注仕立てで、軍用の防刃素材製だが。
「エレさん、おまたせしました」
「ん、そうでもないさ。寧ろ早かったんじゃないか?」
ティナの声にエレが振り向きながら答えれば、彼女達が道場に入って来たところだ。お着換え時間は一五分程だが、騎士装備を着用するだけならば多めだ。使用武器デバイスを吟味することに時間を割いたのだろう。ざっくりとエレの戦闘スタイルも情報共有したのではなかろうか。
ティナなどはKampfpanzerung、小乃花は黒装束に目元を濃赤色で塗り、視線が判別出来ない仕様だ。腰には打刀を一本のみ差していることから、棒手裏剣を使うかどうかの判断をさせるよう匂わせている。花花は唐調服仕立ての演武服を着用し、脚を隠して来た。京姫も珍しく大身槍のみで、腰に刀を差していない。
少なくともルー以外全員が本気を出して来ると、其々が内部で高めている気配の流れからエレは読み取っている。
そのルーはと言えば重装備だ。競技用メイド服の下に衝撃吸収インナー、服の上にはC装備と呼ばれるプロテクターを着用してきたところを見るに、ポポイッと投げられた時のダメージを最小限に抑えるビビリ仕様。
「ルー、おまえなぁ。はなっからヤラレル前提で装備決めるんじゃねえよ!」
頭の痛い見習いにエレからゲンコツがスコンと一発。装甲のないところに!装甲のないところに!耳から中身もれる!中身もれる!とゴロゴロのたうっているルーが平常運転過ぎるのはご愛敬。良くある日常風景なのだ。頭の痛い話ではあるが。
「競技コントローラの操作は私がやるわよ。エレはしっかりと揉んであげなさい」
「了解です。試合進行は奥さまにお任せします」
ルーンの提案に頷くエレ。言葉の裏にある「経験を積むとはどういうことか」を教えてやれ、との意が取り交わされた会話であった。
「よーし、嬢ちゃん達、用意はいいか?」
「はい、いいですよ」
「私も問題ありません」
「いつでも良い」
「好的ヨ!」
「ふわぁ~い、まだで~す」
緊張感が高まる返事の締めに空気を読まない気が抜けた言葉。まだ座りながら頭をサスリサスリするルーの返事だ。困ったものである。
「ルー、腑抜けてないでさっさと立て! オマエだけ実戦形式にするぞ」
なんで⁉と驚愕の顔を臆面もなく晒しながら、シュピンと直立するルー。もはやデフォルトでコント仕様なルーに、やれやれと大きく溜息を吐くエレ。
「そんじゃ気を取り直して始めるか。基本はお嬢達と私のluttes形式な。奥さま、お願いします」
はいはい、とルーンが競技コントローラの操作を開始する。各人の武器デバイスから刀身が生成された。小乃花ですら初めから打刀を抜いた状態であるのは、既に全員が臨戦態勢に入っていると見える。
エレの得物はメス二刀流だ。右手に持つは剣身の刃側が湾曲した刃渡り二〇糎、直刀となった峰側の先端から三分の二までが両刃となり、柄尻まで一枚の金属板で造られたフルタング構造。左手のメスは、峰に刃がないこと、刀身が長めの二七糎であることを除けば、右手のメスと同じ造りだ。両方共、154CMステンレス鋼にG10積層グラスファイバーの柄で挟み込んだ、硬性と靭性を併せ持った実在のメスを武器デバイスで再現したものだ。オリジナルは、エレが日常で装備している。
「最初は私から戦いましょうか? 少なくともエレさんの戦い方は知ってますので参考になるかと」
挑戦者の位置付けになる彼女達は、ティナが先鋒を務める旨で話を進めていた。が、たった一言で引っ繰り返される。
「お嬢、何言ってんだ。luttes形式だって言ったろ? 全員で来い」
当然のように放たれたエレの言葉は、舐めている訳でも驕りでもない。相手の実力を判った上で戦えるのだ、と。
「じゃ、カウント一〇で始めるわよ」
然しもに驚くティナ達が言葉を紡ぐより速く、ルーンが有無を言わさず競技開始を宣言する。道場内に一秒ごとのカウントダウンアラーム音が鳴り響けば、ティナ達も試合の意識へ切り替わらざるを得ない。ルーンは娘達が即座に戦闘態勢へ切り替えられたのを良しと頷き、エレへ視線を移す。今回の手合わせは前々からエレがルーンへ進言していたのだ。娘達の技術が凝り固まりそうなんで、次のステップへ踏み出せるように自分の技を見せても良いか、と。
――全く、過保護なんだから。
思わずだろうが小さく呟いたルーンの声は、ポーンと一際大きい開始アラーム音で誰にも聞かれるまでもなく消えいった。
「あら」
ルーンから感嘆混じりの声が一つ零れる。娘達が声かけも目配せすらせず、開始と共に其々の役どころを認識した連携を見せたからだ。
まず動き出したのはルーだ。
「(Uitvoering.)」
――プギャーするです!
開始のアラームと同時だった。ルーはカウントダウンが終了するタイミングに合わせて祝詞で組み上げた奥義、Zon Machtの効果を直接励起する。超集中状態に入り二割程向上した身体能力を速度に使い、高位歩法を掛け合わせる。エレの向かって左側、攻撃の起点となる右腕へ覆い被さるように滑り込んだ。ティナが居ることを踏まえ、戦闘士が相手の攻撃を惹き付けた一瞬の間を縫って戦術士が仕留めるWaldmenschenのセオリーとも言える陽動戦術を仕掛けた。
しかし、相手はWaldmenschenの中でも指折り数えられるエレだ。そのセオリーは十全に理解されている。だからルーは、それを必ず覆す手を打つだろうティナに後を任せたのだ。
その信頼へ応えるかのように、ティナも奥義Schatten Machtを起動し、攻撃発動の祝詞「Ziel! Feuern!」直前まで進めた状態を維持していた。セオリー通りと見せかけてから高位歩法で違う動きへ変化する。ルーの後ろに時差を置いて貼り付き、自身の動きを隠す挙動を取る。相手に予測を立てさせる思考的遅延を造るためだ。
ルーとティナが一連の動きを組み立てている右後ろ。攻撃するには未だ遠い間合いの京姫は、大身槍を左半身で地の構えとする姿勢だったが、奥手である右腕を槍から離し甲冑刀術の上段位置へ。伸ばした指先の内側、丁度中指の裏から小さな刀身――小柄――が生成された。京姫の投擲術は初出であるが、流派で履修する項目の一つであれば、師範代である彼女の技量は推して量るべきだろう。
そして、その裏では左右へ消えるように散った花花と小乃花。
ルーが高位歩法で楕円を描きながらティナを引き連れてエレの攻撃起点へ移動する更に外側。それを隠れ蓑に小乃花は最大限の隠形を掛け、取って置きである神戸の歩法まで持ち出し、スルリとエレの後方を陣取る。Waldmenschen、然もトップクラスの背を容易く獲る域に在ればこそ、エレが熱烈にスカウトするのだ。
その反対側、エレの向かって右側には花花が瞬歩で回り込む。纏絲を練り込んだ奥義に近い歩法を使っただけあって、エレが身体操作を以ってしても防御を万全に行えない絶妙な位置に取り付いた。後は皆が攻撃を始めるタイミング待ちだ。
花花は、其々が僅かに攻撃タイミングをずらすだろうと確信している。Waldmenschen――ティナとルーは勿論のこと――は、数の利と飽和攻撃が通じない相手であることをホーエンザルツブルク要塞の攻城戦イベントで、冬季学内大会のMêléeで皆が知っているからだ。ならば、投擲終わりの京姫は大身槍を繰り出すだろう前提で、花花が上下へ変わる攻撃をそこに重ね、後詰めに回ると決めた。
全員が最初から奥義や隠し玉を惜しみなく使い、全力で仕掛ける。そうすべき相手だと、本能で察しているからだ。
彼女達が阿吽の呼吸で展開するまで一秒かかったかどうかの短い時間。圧倒的有利と言える陣形が出来上がっていた。
其々の位置取りが相手の死角を取り、一手二手を防がれても三段、四段と攻撃が控えた過剰なまでの包囲網。
その中心に据えられたエレは普段通りだ。本当の意味で普段と何ら変わりなく。武器デバイスの重量エミュレートにより両手首はダラリと刀身を下に向けている。開始アラームが鳴る前と同様、ただ立っているだけの姿だ。
それとは対照的にティナ達の動きは即興とは思えないくらい淀みなく、一つの流れで組み立てられていた。無論、繰り出される攻撃に関しても同様で、これ以上ない程に最良だった。
――だが結果は数を四つ数える前に出た。ティナ達が全滅して終わったのだ。
そもそもの話。エレの戦闘スタイルは多人数戦を前提で組み上げている。大貴族であり大財閥の当主家所縁の者を誘拐、或いは襲撃するにしても、成功率を上げるには必ず複数人による犯行となる。なればこそ、当主家の護衛を任されるには一対多を迅速に処理する技術が必須となる。
この形式での手合わせは、最高効率でエレの戦闘力が発揮される。そう言った存在と渡り合える機会は少ないがため、ティナ達の技術を別方向から伸ばすに足り得るのだ。
例え取り囲まれていようとも、Waldmenschenの戦闘士であるエレは必ず一対一の瞬間を造り確実に仕留める。同じ戦闘士でも、包囲されようが高位歩法で隠密しながら狩り獲るスタイルのルーとは異なる殲滅力がエレにはある。
――血濡れのハブリエレ。
裏の世界でエレはそう呼ばれている。本人に至っては大層不服な字名らしいが。
エレは数の差も飛び道具相手だろうがものともせず、戦術士のように真正面から鬼嬉として飛び込む。その上で瞬間的に各個撃破していくのだ。傍から見れば纏めて仕留めたかのように。返り血を避けられない密集戦であろうと意に介さず。
敵ならば逃走すら許さずに殲滅する。だからエレが戦う姿を知る者が居ない。只、返り血に濡れたエレが在るだけだ。その姿から誰とはなしに呼んだ字名。あちらの世界では直接的な対峙を避けるべき一人に数えられている。
「ぐぬぬ。良いようにあしらわれました」
「やっぱりポポイッとされたのです。なんでルーは毎回ポポイッてされるですか……」
もうちょっとは戦えると踏んでいた姫騎士さん。確かにエレと一対一で対峙すれば互角とまでは行かないが十分戦える。が、此度は、まるで歯が立たなかったので唸っている。ルーはボソボソ愚痴を言っているが、まだ未熟だから投げられるのだ。身体の使い方が上達すれば、投げの崩しを対処出来るようになるのだが。
「脚一本使えなくされて攻撃も出来なかたヨ。イイとこまるでなしヨ」
花花に至っては、鏢の投擲どころか中国単剣すら振らせてもらえず仕舞いだった。
「小柄が牽制にもならなかった。大身槍も上手いこと花花に被弾させられたしな」
「ああも的確に行動不能にされたのは隠形を逆に利用されたとみる」
京姫が初めて見せた小柄の投擲も警戒すら必要とされなかった。その上、友軍撃破で花花を仕留めさせられた。
小乃花は隠形に秘伝の歩法を混ぜエレの背後を獲ったまでは良かった。だが、連携を有利にするため行った気配操作から読まれたと分析している。
「やれやれ、反省会は今じゃねえぞ? 実際、嬢ちゃん達の実力ならもっとやれんだ」
これで終わりではないとエレ。純粋な火力だけで計るならば、彼女達はエレを上回る。その差は拳銃とライフル程はあるだろう。だが、運用法や状況で容易くその差は覆る。
「いきなり連携したのは褒めるとこだが、みんなお互いの技量を過信しすぎだ。全体が読み易かったぞ。なのに初手で仕留める連携重視にしちまったんで、そこ突つかれて崩れたってのは判っただろ?」
エレが簡単に全体の総評を纏めた。短い言葉にも関わらず、彼女達の造り上げた流れ自体を枷にして仕舞ったと、刺さる言葉が投げられた。一瞬でボコスカにやられ、それを証明されたティナ達は、ぐうの音すら出ない。
「んじゃ、初めからお浚いな。まずはルーとお嬢の動きか。態とセオリー通りに見せかけたが、お嬢の詰めがダメだったな。流れの見過ぎと決断に外の状況を取り入れ過ぎだ。もっと即断しろ。それとルーはMêléeでクラウディア嬢ちゃんに体術かけられた経験が生きてねえぞ」
初手を受け持ったルーは攻撃の出元を一つ奪うため、更に高位歩法でエレの真横に着けた。間髪入れず肩甲骨を使う超高速の刺突を繰り出す。しかし、エレは右腕を畳み、刺突が届く前にルーの手首を外側から肘を差し入れ前方向へ逸らした。臍下丹田を使った体重の乗った往なしは、ルーの移動方向と真逆へ加重を掛け、簡単に姿勢を崩させた。行きがけの駄賃とばかりに、体勢を崩したルーの心臓部分へ骨を使った高速の腕引きに合わせメスを滑らせ仕留めてから放ったのだ。
ルーがエレの盾となり、ティナは侵入を防がれて攻撃タイミングを仕切り直す判断を取ることになる。
「それに合わせた京姫嬢ちゃんの投擲も二連投すべきだったぞ。すぐ槍に切り替えりゃ、後回しにされるって」
ルーが道を造ったエレの右側――左半身――に繋がる空間へ、京姫は小柄を投擲した。当然、避けられる前提だが、全員の波状攻撃を通すために牽制を差し入れる目的としたのだ。投擲後は、すかさず左手を大身槍の持ち手に戻し、次の攻撃タイミングへ合わせる準備を整えた。
エレからすれば、即座に撃って出られない位置の武器なぞ、脅威にならない。京姫が槍で攻撃に入れるのは終局間際になるだろうと見積もった。
「小乃花嬢ちゃんは投擲に合わせて気配で気を引こうとしたのが失敗だったな。あれでコッチの筋道が組み立てられたよ。おかげで小乃花嬢ちゃんを早めに仕留められたしな」
小柄が投擲されるタイミングで、小乃花は気配を左右へ揺らし実像を曖昧にした。京姫の投擲、ルーの陽動、ティナの後詰めを背景に、己の存在をエレに再認識させ、全体に霞を掛ける目的だ。
だがそれは、エレには逆効果だった。ルーの攻撃と小柄の飛来、小乃花が背後で気配操作をしたからこそ、彼女達の位置取りと距離を相対的に掴み取れる情報を得た。そこから其々がどう動けるのかまで予測が立てられた。
身体構造上不可能な動作は出来ない。その中で最高効率となる身体の操作は、どの武術に於いても似通ってくるものだ。だからこそ、包囲の何処に位置するかで動きがどうなるか判断出来るのだ。
小乃花の一手は、見えない筈の攻撃を浮き彫りにさせた。エレは一番厄介な相手を早々に仕留める機会を得たのだ。
あとは、諸々を纏めて捌けばよい。
瞬間、皆の視界からエレが姿を消した。誰もが目を離していないにも関わらず、だ。
人間は基本的に相手の頭部を目で追う生理反射が働く。だがそれは、相対的に動作する速度が認識の範囲内にある場合だ。
以前ルーがリンダの拳銃と相対した時、引き金を引く直前に回避した技術などは認識の範囲外だ。先の先、その先の先である意思を読み取り動き始める技術だからだ。その上、肩甲骨と股関節などの骨に依存した動きは、モーションもなく異様に速い。それが相手の知覚に齟齬を造り、コマ落ち再生したかのように一瞬、視界から消るのだ。
左右に消えながら銃弾を回避したルーの動き。 エレは、それを全方位で出来るだけの話だ。
エレはルーを仕留めた流れに乗せ、時計回りで回転しながら瞬間的に身体を下へ畳み込む。その動きは全身の骨を稼働させ、筋力主体では不可能な速度を生み出した。故に認識へ空白が造られ、ティナ達はエレを見失ったのだ。
小柄が空を斬りながら頭上を過ぎる時分には、回転が小乃花の正面まで移動し、両脚が両手のメスで届く位置に来ていた。身体の回転に合わせて右手のメスで前に置かれていた左脛を撫でるように斬り抜く。遅れて回転してきた左手の牽制用長刃メスは、小乃花が蹈み込みをしたことで、攻撃が届く範囲に置かれた右脛の内側へ刃を滑らす。肩甲骨を使いメスの方向を可変させ、左脛にもスウッと刃を滑らせた。ほぼ同時に三ポイントを奪い、小乃花が脱落した。
「花花嬢ちゃんは、ずれたタイミングを震脚で修正しただろ。あんな力場が生まれりゃ隠した脚の位置も割れるわな。やること決めちまったからイレギュラーな動きに嵌められたって訳だ」
エレを見失ったのは一瞬だけだ。皆が再び視止めた時には小乃花が狩り獲られる直前であった。
すぐさま、ティナ、花花、京姫は次の手を組み立てるために動く。回転を伴うエレの動きを考慮すれば、花花、次にティナと京姫で飽和攻撃する手となるだろう。
エレは楕円軌道で距離も詰める回転を掛けており、位置的に次のターゲットが花花となる。花花は、来るべきエレとの攻防を優勢にするため体勢を整え直した。相手の回転する流れに合わせ、震脚を蹈み込む。纏絲を通して増幅される膨大な螺旋エネルギーが目に見えるかの如く、膨れ上がった内勁は辺りへ溢れだす。回転エネルギーも乗せるであろうエレの高速攻撃を上回る迎撃速度へ達するためには震脚での底上げが必要だったのだ。
しかし、エレの動きは花花も予測出来なかっただろう。
尚も回転をしながらエレは立ち上がるように身体を起こす。右脚は踵下ろしにも見える打点の高い上段内回し蹴りを放ちながら、だ。
勿論、蹴りを当てることはルール上禁止であり、エレの蹴りは花花に当たらない距離で弧を描く。問題は、身体が回転している最中で脚を高く上げる回し蹴りが合わさり、スカートが円形に翻ったことだ。ガーターで吊るされた黒いストッキングと白いレースの下着が目に映える。花花からはエレの両脚が丸見えとなり、そこに攻撃を仕掛けられるチャンスでもあった。それでも手を出すに躊躇した。エレは弱点を晒そうとも上半身を完全に隠し、動きを読めなくしているからだ。
エレがスカートの中に造っていた明度差と色相変化を視覚に与えることで、花花の意識は脚と上半身に向くよう強要された。その瞬間、右膝から纏絲の連動に軛を打たれ、姿勢が崩れる。エレの回し蹴りも、スカートによる上半身の隠蔽も、同時に投擲していた左のメスを気付かせないための罠であった。
震脚を蹈み込んで取り込んだ大地の力を纏絲で循環しかけたところに、勁力の伝達経路である左脚を膝から崩されるとなれば、幾ら花花でも急激なエネルギー損失を無かったものとして次に繋ぐのは難しい。移動すら封じられ、後手とされた。
「後詰めしたお嬢もいただけないな。手の内知られてる相手にありゃ愚策だろう。だから知っている言葉を聞いただけで惑わされんだよ」
花花が脚から右半身が崩れ出した時、ティナはエレの回転が自分と、その後ろの京姫に正対する位置が終着点になると読んだ。斯くして、その通りとなった時には、エレの攻撃挙動の前にSchatten Machtを開放して刹那の五連撃を叩きこむ方針。仕留めきれないだろうが、撃ち漏らしは京姫がフォローに出ると見越して。
「(Ziel! Fe――なっ!)」ティナが心の内で奥義発動の祝詞を紡ぎ始めた瞬間、余りの予想外に言葉が詰まって仕舞った。
「Heropening.」
――再開
エレはティナが奥義を使うだろう瞬間に合わせて奥義、Zon Machtで超集中励起の祝詞を肉声で放ったのだ。
珍しくも戦闘中に目を見開いたティナの逡巡。それは、エレが仕事をするに十分な時間だ。考える間も与えずに心臓部分へメスの切先を滑らせ、黙らせた。
実際にエレは奥義を使っておらず、言葉だけで流れを呼び込んだ。ティナならば、このタイミングで奥義を使うだろうと。
「京姫嬢ちゃんは最後の趨勢を間違えたな。あの場合、死に駒んなったお嬢ごと槍で薙ぐべきだったよ。刺突で来たから花花嬢ちゃんを巻き込めたってわけだ」
ティナが討ち取られた右斜め一歩後ろ。京姫は地の構えから大身槍で刺突を繰り出す。エレの回転移動により、自身の位置取りと少しだけ角度が付いていたが、運足で調整する時間はない。だから股関節の可動で体軸が通る正面から刺突を放つように位置調整した。エレの右手に持つメスの位置では、大身槍の刺突を防ぐことは出来ない。よもや必中と見えていた大身槍は、予想を覆すかのように大きく右方向へ逸れていった。
エレは左腕を槍の太刀打ち部分へ挿し入れ、進行方向を外へと向けるガイドにしたのだ。角度にすれば数度であるが、股関節のみで軸を調整した京姫の槍へ更に角度の負荷を強いたのは大きな意味を持つ。それは股関節の可動範囲を超えさせること。京姫は下半身と上半身の連動を崩され、崩れ倒れる姿勢を正そうと反射で身体が動いて仕舞う。奥脚である右脚が前へ踏鞴を踏み、左半身が正面へ開く。そこに待ち構えていたエレのメスが、スルリと心臓部分へ突き刺さった。
流された槍の穂先は――。エレの背後を獲るために纏絲を掛けた右脚だけの瞬歩で追い付いて来た花花の胴に吸い込まれた。大身槍を扱う京姫、高速機動直後の花花。共に攻撃と防御のコントロールが出来ない状態で友軍撃破を誘発されて締め括られたのだ。
各人の注意点をエレは一通りの流れ順に、一言ずつ伝えた。そして最初の総評を補完するように言葉を付け足す。
「時には戦術や連携を優先しなきゃならんこともあるさ。初手で最大戦力をぶち込むのもアリだが今回は正しくない。間違えてんぞ。嬢ちゃん達を知ってる相手が何すんのか判らんときゃ先に見極めだろ。それにな、実戦じゃねえんだから、冷徹に競技の特性を活かせ」
ティナ達には耳が痛い話だ。其々が速攻で仕掛ける判断をした。相手を警戒するあまり、有利な展開に成るよう動いたことが敗因なのだ。相手は自分達がどのように戦うかを知っていることを踏まえなかった。だから挙動を簡単に読まれ、完膚無きまでに叩きのめされた。
「嬢ちゃん達は一角の騎士なだけあって強さは一流と言っていい。だが勝てない訳じゃない。いくらでも遣り様がある。まだまだ尻に殻が付いてるヒヨコだしな」
たとえ世界選手権大会で良い成績を残せるレベルの騎士であったとしても、飽くまで競技の枠内なのだ。彼女達が真に目指すものは、その外側にある。だからこそ、エレは雛鳥だと称したのだ。彼女達が踏み込んだ場所は、果てしなく広く深く、遠い道のりが待っている。未だ一、二歩程度であるからして、足りないものが多いのだ。
「常道に甘んじるな。常軌を逸しろ。全部自分のために身体を動かせ。有利不利も得手不得手なんてのも自分が勝手に決めてるだけだ。んなモンはなっから存在しねえんだからよ。まずはそれを身に刻め。自分を変えるんじゃなく広げろ。じゃなきゃ先にゃ進めんぞ」
実戦の場に身を置く者が発するからこそ意味を成す言葉。京姫や本物のヒヨッコであるルー、暗部に深く携わるティナ、花花、小乃花ですら、今は大した差がないと。
例えば海を理解するに、浅瀬で戯れる子供と知識だけを蓄えた者に差はあるだろうか。本質を掴めていないのならば、その例え程度だとエレは言っている。本当の海を知るには、自分の意思で船を漕ぎださねばならない。
「もう学園卒業しちまったが、良いお手本が身近に居ただろ? 剰え剣を交えたんなら、それを知ってるヤツだったって判んだろ?」
その言葉を聞いて、ルーを除いた彼女達が思い当たるは一人だけ。それは現世界最強を謳われる者。
その者は基本の技しか使えず。
フェイントや技の変わることすら出来ず。
実母の【永世女王】からは騎士としては凡庸としか評されず。
だが、それを受け入れ、折れることなく。
ただ愚直に尋常ならざる鍛錬を積み上げ、全てを凌駕した者。
ヘリヤである。
彼女は、数多の素晴らしい武術を目の前で見たいがため、それを奮って貰えるだけの対戦者に成ることを選んだ。そこへ立つに相応しい強さを得るため、然も当たり前に、笑いながら荒れ狂う嵐の海へ身を投じた。そして、その身で大海を知ったのだ。
畏怖する程の強靭な精神力で人の限界を打ち破り、凡庸を極め、その先へ辿り着いた。それでも旅路は終わらず、更に先へと道を切り開き進んで征く。
ヘリヤは自分自身のために戦う。戦う理由を、高みを目指す理由を、決して他人に預けない。凡庸であるが故に特別なぞ無いことを知っている。だから現実で果てることのない夢を見続けられるのだ。
「確かに。ヘリヤなら事実を在るがまま受け入れた上で、それを超えるために動くでしょうね」
「うーん、自分自身が限界を決るべきでないと言葉は判るが、そこに到達するのは容易くないな。身に積まされる話だ」
「ヘリヤくらい突き抜けるすれば雑音ナクナリそうネ。ヒトはどしても何かに惑わされるヨ。影響無くすは難しいネ」
「やはり、この試合は得たものが多い。気付いてない弱点を教わった。オマケに弱点を克服するヒントも貰えた。お得」
ティナ達にはエレの言葉が意味を違えず届いていた。技術教導では学べないものがここに在る。
たった一言ずつダメ出しを喰らったものの、ティナ達は技術云々より、もっと根源的な部分に紐づく「意識の一つ」を授けられたのは僥倖と言って良い。
ややもすれば、彼女達の此れからに影響を与えるような事柄だ。翌月に世界選手権大会を控えた騎士に今話すことではないのかも知れない。だが、それしきで崩れるならば、元より足りていない未熟者だと言えるのだ。
「ルーはヘリヤさんと逢ってねえです。知らねえヒトのこと言われてもサッパリなのです」
相変わらず太々しいルーではあるが、言っていることは判らないでもない。逢ったこともない相手を引き合いにだされても……と、普通ならば困惑するであろう。
はっきり言って、ルーは騎士の人名に疎い。興味がないからだ。だから名打ての騎士であろうが、自分に係わりのない相手ならば学内大会中でも試合すら見てないくらいだ。しかし、ルーは護衛見習いとして、知らないでは通せない立場にある。
「ルー……。おまえの技を競技に落とし込む鍛錬兼ねてんだぞ? 当面は騎士相手すんだから有名どこの過去映像研究しとけって言っといただろうが‼」
語尾に行くほど力が籠るエレの叱咤と共にゲンコツが飛ぶ。シュポンッと子気味良い音をさせたルーの頭。液状化現象が起こる!液状化現象が起こる!とゴロゴロ小騒ぎするルーの姿はお馴染みだが、こうも頻繁だとゲンコツにポイント制が導入されそうだ。無論、貯まったポイントは強制的にゲンコツと引き換えられるのだが。
「よし、そんじゃ続けるぞ。コッチの武器特性を考えろよ? メス戦闘は相手の急所に刃を滑らしゃ終わるもんだ。だから撃ち合いの前提がないからな。それを踏まえて自分の何にポイントを置くかしっかり考えながら動けよ?」
――結局、ティナ達はエレに促されるまま一〇戦を繰り返すこととなった。
埒が明かないと、五戦目でエレが競技ルールを現行ルールに戻してからの六戦目。漸くティナ達はエレを捕まえることが出来た。
最終的には、エレの被弾率も上がっていたが、一本まで捕れたのは二試合だけであり、完勝とはとても言えない。五人掛かりで一人に対する戦績と考えれば決して褒めたものではないが、終盤では各人の立ち回り方が随分と洗練された。
「どうだい? 多対一戦は。Duelと違って、なかなか難しいもんだろ。一人相手にゃ一度に攻撃できる人数だって限られるしな。連携つっても仲間を捨て駒にすんのも盾にすんのだって競技だから許される。それぞれがどう動くかで攻防の仕方もガラッと変わるし、見え方も変わったんじゃないか?」
Chevalerie競技や武術流派の鍛錬に於いても、多人数で一人を攻略するケースは少ない。皆、多人数を相手取る法は流派の修練に含まれているが、その逆は戦でもない限り重点を置かれない類のものだ。
競技で集団戦があったとしても、一人に対して多人数が向き合ってから開始する試合はない。企業や諸団体のイベントで見かけることが在る程度だ。武力的に個として強力なティナ達は、多人数側に回ることも殆どないと言って良い。
だからこそ、エレが最初に言った通り、違う視点を見いだす学びには良い機会であった。試合の支配方法、戦力として括られる個の扱い方や活かし方、状況と思想による戦術の流動性など、近接攻撃で取り組むそれは、集団戦とは違った能力が必要だと身を以って体験した。違う立場に立てば、技術や戦術だけでなく、見えるものや精神面、特に思考方法が変わることを彼女達は知った。今は形にならずとも、経験として確かに蓄積されている。何時か、その時が来れば役立つこともあるだろう。
「仲間を過信するって意味が良く分かりました。なまじどう動くか判るから動きに引き摺られて次の選択肢が狭くなるのを体感しました」
「そうネ。近接だと判断一瞬なるから後に繋げるの考えが戦うのジャマしたヨ。細い予測ポイして、もとユルユルで自分集中するが結果でたヨ」
最初に口を開いたのは京姫だ。生真面目なだけに、エレへ受け答えの形で実際に戦って得た所感を伝える。京姫の言葉を継ぐように花花がどのように落としどころを定めたのかを紡ぐ。
「さすがにこちらが多人数側となると個人の技法を表に出し過ぎれば破綻しますね」
「うむ。寧ろシンプルが応用効く。隠密も最低限の方がむしろ効いた。まだまだ知らないことは多いと教われたのは僥倖」
ティナと小乃花は、得るものが在ったと一〇戦を振り返っている。競技に準拠しながらも、五人と言う人数で一人を目標に攻撃すること自体が初めてなのだ。最初、いきなり連携を組み上げたのは或る意味見事と言えた。しかし、各々が連携に拘り過ぎると、返って空回りになると身を以って知ることになる。結局は、基本的で原始的な戦い方の組み合わせが彼女達には正解だったのだ。勿論、今は、と注釈が入るのだが。
「エレ姉はルーをポポイッとする呪いにかかってるです。さっさと教会いって浄化しやがれです」
ただ一人、ブチブチ文句を垂れるルー。何時もの適当な引用がスピリチュアル方面に浸食している。
莫迦言ってないで身体操作の練度上げろ、の言葉と共にパカンと面白い音がしたエレのゲンコツはルーを直撃。頭がパッカンするです!缶詰みたいに!缶詰みたいに!と、ゴロゴロ小騒ぎするルー。本日幾度目かを数えるのも莫迦らしい。
「ほんとにもう。ルーは余計なことを言わずにはいられない呪いにでも掛かってるんじゃないですか? あなたこそ教会でお祈りを捧げた方が良いですよね」
姫騎士さんはルーの言葉をなぞりながら、この困った妹分へ言い放つ。溜息混じりの呆れ口調なのは毎度のこと過ぎるからだ。当のルーはと言えば、そんなメンドイこと御免被るとばかりにスヒュースヒューと音がしない口笛を吹きながら、明後日の方角へ視線を逸らす。
視線の先は、ルーの真似をしてスヒュースヒューと口笛を吹いたハルが、またピューと音が出てビックリしているホンワカ空間。思わず皆の目尻が下がる。
不意にルーの視線がルーンと搗ち合う。
「それじゃ、ルーは私と一汗流して呪いを吹き飛ばしましょうか」
にこやかな笑みを浮かべて放たれたルーンの一言はルーにとって死刑宣告と同義だ。
「奥さま! ルーの業務は終了したのです! 閉店後のお買いものはできないのです~」
御座なりなお断りの言葉を垂れ流しながらバビュン!と音がするかのように一瞬で逃走ルートに入ったルー。オサラバです~、との捨て台詞にドップラー効果が発生しそうな勢いである。
「こら、ルー! ちょっと待てっ……て、もう消えやがった」
何も聞こえませんと、エレの制止の声が終わるより早く姿を消したルー。
「逃げた。あの逃走は竊盗の上を行く」
「相変わらず無音で走る技量が見事だな」
小乃花をして遁走能力が瞠目に値すると言わしめるルー。なのだが、逃げることを褒められた訳ではない残念感。京姫も技能だけに言葉を添えているので殊更残念感が際立つ。
「もう。すぐ面倒から逃げ出すんですから。あの娘に本気で逃げられると捕まえられないのが困ったものです」
「アレは才能ヨ。歩法使うを見ると一つの到達点に限りなく近いヨ。どんな時もスルスル逃げるできるは強みネ」
残念娘のレッテルを貼られるルーではあるが、どんな状況でも確実に逃走出来る強力な手札を持っている。
だがしかし。その能力の殆どを厄介事から逃げるために使うから残念と言われるのだ。後で説教されるまでがルーチン。
「ったく、しょうがねえな。あんなでも場を弁えるから始末に負えねえ」
そう言いながら大きな溜息を一つ吐くエレ。ルーは、肝心な場面では確りと要求以上の成果を上げるのだ。普段との落差が酷過ぎるきらいはあるが、その内に修正されるであろう。学園在学中の間、ティナがルーの育成を受け持っているので、教育プログラムが進めば、と言う話ではあるが。ルーがさっさと成長してくれることを切に願うエレである。
「まぁ、ルーが逃げちまったんで、今日はもう終わりだな。普段使わない筋肉も動員してたのが何人かいるから、クールダウンよりも活法で整えとけよ」
エレの促しで、各々が自分の流派に伝わる活法を使っていく。其々、身体内部の調整法が異なることを見て取れる程に違いがある。京姫は身体の動きも使い、要所を散らす方法、小乃花は経穴の刺激と位置移動で経絡を中心に整える法。花花も経絡と気脈を撫でるように触れて正常化させる技法。
ストレッチの伸筋よりも、リンパや神経節、血脈のダメージを抜いて正常な状態に戻す方がダメージを押さえることが出来るケースなのだ。身体内部にダメージが蓄積される身体の使い方をしたから、である。
Waldmenschenに伝わる活法を施し終わったティナはエレの元へ近付きながら、気になっていたことを口にする。
「しかし、エレさんも良く私たちの鍛錬に手を貸す気になりましたね」
「ん? ちょうどいいタイミングだったんだよ。お嬢達も次の段階に入りそうだったからな。足りないまま技量が上がりゃ、その先で迷走すんのが目に見えてる。尻んとこに殻ひっつけたまま出来上がっちまうのは嫌だろ?」
エレは優し気な笑みでティナ達を順に見やりながらそう答えた。それは家族――姉が妹を見守るように――へ向けた眼差しだった。
世界的に教育基盤が発達した恩恵で、子供達は早熟傾向にある現在。精神面でも大人になる時期は早い。そんな背景が後押ししたからこそ、ティナ達は早々に技量が熟達したと言える。しかし、まだ多感な少女時代を過ごしているのだ。
若さ故の狭窄に陥らないように。
視野を広げる一助となるように。
だから、エレは彼女達が経験したことのない状況を与えたのだ。
彼女達が競技者ではなく、武術家として歩んでいるが故に。
「それで道先案内役を買って出ていただいたんですね。ありがとうございます」
恵まれているなぁ、とティナは心の内で噛みしめる。
本来なら、この手合わせが実現することはない筈だった。それだけエレの術理は一族内でも秘事に位置するのだ。
ティナやルーがWaldmenschenの技能を表へ出す際、差し障りがない範囲の技限定でも一族から使用許可を得る必要があったくらいだ。
つまり、エレは自身の技を揮う許可を取って来てくれていたのだ。家族扱いではあるが、一族ではないティナの友も導くために。
「私達がヒヨコと言うのも頷けました。何だかんだと護られていた若輩者なのだと」
「別にいいんじゃねえか? 護られんのも若い内の特権だしな。何れ護る側になった時、お嬢達が導いてやりゃいいんだ」
ティナが綴った言葉は、色々気付かされた、と反省に近い。
されど、当たり前だから気にするな、とエレは応えた。
人を導くことは巡り巡るものであると。
しっかり者と見られるが、大人からすればティナもまだまだ子供に含まれるのだ。
「ルーの言葉じゃないですが、まだまだ甘ちゃんなベイビーでした、と言うところですね」
自分も大人から見ればルーと然して変わりないのだな、とティナはしみじみ呟いた。
その様子を見ながらエレは破顔一笑した。
――そして、幾つかの日を重ねた後日。
今日の日に隠されていたもう一つの意図。
彼女達は驚くべき状況で知ることになる。




