【改】01-014. パンモロです、なにを今さら ~ティナその3~
20201020サブタイ変更
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20250223 改稿
次の試合準備が完了するまで、解説者がゲストの【騎士王】と共に第一試合のスロー再生をしながら、ああだ、こうだと解説をしている。なかなかに的確なコメントが出され、観客もインフォメーションスクリーンに釘付けである。
その画面が一度消え、現在の試合コート四面が映し出される。次の試合が開始される合図でもある。
『みなさん、第一試合はいかがでしたか? 開始早々、目を見張る技の応酬で互いに二ポイント。そしてフロレンティーナ選手が神速の五連突きを放ち一本と二ポイントを取得! 一気にエイル選手を引き離しました!』
散々、第一試合中で、インターバルの時間に、と賑やかしていた学園生解説者のキースである。しかし、第二試合となれば改めて仕切り直し、簡潔にポイントへ注視する言葉選びをする。
『あと一ポイントで勝利となるフロレンティーナ選手、それを追うエイル選手! まだまだ逆転の目は残っています! 技量の高さに定評がある彼女たちはどんな戦いを綴ってくれるのか! 期待の一戦、今開始です!』
幕引きはまだまだ先であると観客の意識へ刻み込むように。
そして、解説者の言葉に続き、審判のアナトリアから合図が掛かる。
『双方、開始線へ』
エイルは開始線に向かいながら視界の隅へ入ったティナの姿に違和感を覚える。
一挙手一投足に目を見張る。何かが違う。普通に歩いているその姿は第一試合と変わりない。
だが確かに違うのだ。それが判らないまま開始線で対峙する。
その疑惑を気取らせず、エイルが先に口を開いた。
「さっきの試合はほんとうに驚きましたわ。手元で伸ばす突き、まるでビックリ箱のようですわね」
「驚いていただけたなら、出した甲斐がありました」
シレッと宣うティナ。嫋やかな笑みは揺るがない。
「それに最後の連続突き。まるで姉さんと戦っているようでしたわよ?」
「必殺技でしたから。あれを避けられたら当分立ち直れませんでした」
今回、エイルは策も弄しない普通の会話をした。もちろん態とだ。素の会話でティナの表情、声質、言動から探る。
表情に僅かな変化も見られない。これは期待していなかった。彼女は毒を吐かれても、それがどうした、と気にもかけないタイプだからだ。
声音も全く変化はない。最初の弱々しさが演技だったのだろうと確信出来たくらいだ。
そして言動。文字通り本物の必殺技。受ければ確実に獲られる。それがティナにとっては当たり前の技であったと。確実に当てる自信があったと。それが伺えた。
なるほど、とエイルは心の中で相槌を打つ。確かに、あれを捌ける騎士は姉さんか母さんしかいないだろう。大前提として、捌ける方がおかしいのだが。
そこから導き出した答えは、隠し技や変化技などの決め手ではなく、知れ渡っている王道派騎士スタイルとは全く別の能力を使うと。最早、隠す気もないようだ。
だが、あの突きは再び出てくることはないだろう。まだ試合が残っているのにクールダウンをする行為は、それだけ身体に負担がかかる証拠。そう度々出来るものではないと物語っている。
つまり、あの異常な技が出ることはなくとも、他の何かが飛び出すビックリ箱相手に戦うと言うことだ。既出の技術が出されない分、厄介さが跳ね上がる。
「フフッ、やはり戦い甲斐がありますわね」
「ええ、ほんとうにそうですね」
お互いが微笑み合っているが、審判のアナトリアは二度目の背筋が凍る気配に襲われているところだ。それを振り切るような大きな声で高らかと合図をだす。
『双方、抜剣』
ティナは右腕を真っすぐ前に出し、左へ柄を向ける。エイルと水平にした状態で剣身が生成された。その様子を見たエイルの眉根がピクリと気付かれない程度に動く。
「(……先の試合を考えれば、これが単なる仕込みなのか判断が難しいですわね。動揺や思考を削ぐためのポーズでもなさそうですし。そのような技を持っている、と解釈するのが正しいでしょう)」
先程、隠す気はないとエイルは自身で判断したのだ。ならば、ティナの所作は隠していた未知が詳らかになる前哨と捉えるべきだろう、と。
『双方、構え』
アナトリアが右腕を水平に前へ出し、軽く拳を握って胸元へ置く。彼女が何時もする仕草だ。彼女の大きな胸がまた揺れるのも仕様である。
エイルは左手を腰の後ろに曲げ軽く拳を握る。右手を斜め下向きにし、前脚も右脚だ。奥脚の左脚は少し外側に開き、膝下のみ身体の少し後ろ側へ配置。剣先は斜め下で刃は少し内に傾いている。ファルシオンで言うBasteyの構えだ。
騎士剣のAlberと同様、防御とカウンターに繋がり、後の先を獲り易い。
そして、ティナは。
演武ともつかない、独特の動きを舞った。
水平に持った剣を右へ払いながら、そのまま身体もクルリと回転する。身体が正面に戻ったところで、再び横倒しになった剣を持つ右手前腕の中央に、左掌が添えられた。左に向いた剣先が、手首を軸にくるりと時計回りで一周させてから正面へ向ける。脚元は前に左脚、奥脚に右脚で完全な左半身だが、両の脚は身体の中心軸に配置。正面からは手前の脚しか見えない。
エイルは、最初の違和感が何であるかを知った。
――ああ、全く知らない武術の歩法で歩いてたのね、と。
解説席も彼女を良く知る観客達も唖然とするなか、どこ吹く風のティナは独り言ちる。
「(Ja! Es ist Showtime! お代は見てのお帰りです!)」
アナトリアが右手を上げる。ほんの少し溜めた後、手を振り下げる。
『用意、――始め!』
相変わらず身体の一部が揺れに揺れる。
始めの合図と共に、ティナは両脚をバネのように使い一気に跳んだ。後方に。
両の脚を前後に揃えていたのは、バックステップの準備をしていた奥脚の状況を隠すため。ご丁寧にも剣を正面へ向けて意識分散の誘導付きで。
その行為は、離れた位置で歩法を見せ付けるためである。人は認識したことが記憶として呼び出される。それが歩法ともなれば、警戒と言う行為が思考に割り込む。
知らなければ反射で対応されて仕舞う、まさかの事故がある。警戒されれば、そのまさかが激減するのだ。
いきなり距離を空けられたエイルは、初手の動きに面食らってはいた。だが、即座にエイルが見ずとも感知出来る領域――剣を伸ばした射程圏から更に剣一本分の距離――を保つため追従しようとして脚が止まる。
ティナが始めた歩法は余りにも剣術のそれとは掛け離れていたからだ。
ティナは歩法で左右の円を描く。位置により右半身、左半身と変わりながら、肩幅より少々広く両足を開き軽く膝を曲げ、トントン、とステップを踏む。前後の移動は奥脚、前脚の順にトントンと、左右に動く際は半身となった奥脚どちらかの脚から、脚の幅を変えないように絶えずステップを踏んでいる。
ボクサーのような歩法が一番近いだろうか。あるいはスペイン式武術の幾何学的論理歩法と言うべきか。何れにしても似て非となるものだ。
縦横無尽に速度が変わらず自在に動く。リズミを刻んだと思えば不規則に。まるで不協和音を目で見ているようだ。それでいて一つの音楽であるかのように。
正に変幻自在な動き。惑わされず追従出来る歩法は、剣術では数える程であろう。
ティナが両脚を細かく蹈み続ける歩法は、胴体革鎧の裾を少しずつ上へ持ち上げる。白の総レースで造られた下着が段々と姿を顕わにする。どうやら素材は化繊ではなくシルクで出来ているらしい。
完全な余談だが。
相手を撹乱するような歩法の最中、ティナは右腕を胸の下に置き、剣身を左上に向けて抱くように配置する。左手は右前腕の表面――エイル側――から軽く触れるように手を添えている。攻撃準備だろうが左手の意味や思想が見えて来ない。
「(なに、あれ? 何の武術? そんなこと今はいいわ。それより)あのステップは近接されれば回り込んで優位に立つ歩法になってるわね。どうしたものかしら。類を見ない技だわ。不規則過ぎて様子見も役に立つのかしら」
エイルは、此処まで見ることに徹したティナの歩法から、どう対応して来るものか凡そ当たりを付けた。侵略と回り込み、回避と退避。全てを熟せる歩法だろうと。
などと、思索をしていたエイルにティナが声を掛ける。試合中、それも攻防が始まるというタイミングで。
「エイル、エイル」
「何かしら、フロレンティーナ」
訝しみながら応えるエイル。
「声出てますよ」
「‼」
言われてエイルは驚愕する。心の声を何時の間にか肉声で出していたようだ。
そこまで動揺させられていたのかと、エイルは深い呼吸を二つし、精神を整える。
「ご親切にありがとう、フロレンティーナ。でも。今の内に攻撃すれば簡単にポイントを奪えたんではなくて?」
「それではお互い詰まらないでしょう。技のない攻防なんて」
「そうね。まだ見せて貰ってないもの。では。忠告をいただいたお礼に、こちらから一手お見せするわ」
「あら、ご親切に。こちらは攻めと守りも区別ない技ですから、どうぞご随意に!」
その言葉の意味をエイルは考える。攻防に区別がない?つまり攻撃と防御が即対応出来るのか、或いは攻撃と防御が兼ねるのか、それとも……。
見えないものに思考を割くのは得策ではない。ならば在る前提と定めて、宣言通りに此方の手札を切る。
それは、Basteyの構えから斬り上げて、刹那の斬り落としに変わる連撃だ。
相手が知覚した時には肩口へ剣が吸い込まれた後になる。たとえビンデンされても触れるのみで一切無視。相手の対応より速く一撃を与える、エイルの代名詞である超高速の斬り下ろしを本当の速度で出し惜しみせずに繰り出す。
エイルは奥脚の左脚爪先を浮かせて滑るように蹈み込み、爪先から着地。前脚である右脚の爪先も滑らせ、同じように爪先から着地する。重心は爪先から踵の中心部分で保持させたままの移動だ。
骨を使った上、上半身は全く振れなく動くため、瞬間的に距離を埋めると共に相手へ接近の誤認をさせる。一歩の距離が初めから無かったかのように浸食する歩法。
「(やっぱりエイルも中世式歩法に見せかけてましたか。ヴォルスング家の技を継いでるって話を聞いたことありますが、まんま【永世女王】の足捌きですね)」
たった一歩を詰めるだけで本気度が伺えるなあ、とティナは呑気に感想を呟く。感想の思考とは別に身体は然るべき動作を熟しているが。
エイルは歩法で距離を埋め、ティナの剣へビンデンを仕掛ける軌道で剣を斬り上げる。
が、それはフェイントだ。本命は、相手の剣ギリギリを吹き抜けさせて上から超高速の斬り下ろし。
しかし、斬り上げたと同時にティナは独特な歩法で右――エイルの剣とは逆方向――に半歩蹈み込んで来た。
その結果、エイルが斬り下ろしを仕掛けても完全に導線が外れた空振る位置となる。即座に股関節を反時計回りで回転させ、距離的に最短となったティナの左肩口へ攻撃箇所を調整した。
よもや攻撃が当たるとなった瞬間。
これから先、エイルは未だ嘗てない経験を味わう序章となった。
エイルは剣の横腹に抗えない程の衝撃を受ける。視界の陽性残像は、目の前を横切った白閃が確かに存在した証だ。
白い金属と言う摩訶不思議な剣。その白い横腹がエイルの剣に叩き付けられたのだ。
単なる防御ではないことはすぐに判った。叩き付けと同時に身体の体重を乗せて押し付けられ、手首を外側へ捻られたからだ。
手で物を握る場合、外側への回転に弱い。骨の構造による弱点であり、相手の仕掛けるを許せば防ぎようがないのだ。
いとも簡単にエイルの剣が宙を舞う。
そして。エイルは、完全なる未知を見た。
ティナはエイルの剣を押し飛ばした勢いのまま剣を留めず、その動きに合わせるかのように身体ごと反時計回りに回転する。回転の勢いは振られた剣の速度を追い抜く高速。骨を使って速度を限界まで高めたようだ。エイルの視界ではティナが徐々に位置を低くしていく。脚を畳み込んでいるのか。
エイルの正面まで一回転した時には、ティナがしゃがみ込んだ姿であった。
真横に伸ばされた左脚がブレーキの役目をしたのだろう。少し外を向いた右脚は完全に畳み込まれている。
だが、これが終わりではなかった。
身体の影から現れた白い剣が、円の軌道を描きながらエイルの右脛を薙いでいく。回転で追い越した白い剣が、後から追い駆けて来たのだ。
「(っ‼)」
エイルは感知領域へ忽然と現れた剣を察知し、中世式歩法にはない動きで回避する。
咄嗟に本来の歩法、骨で動く高速な歩法を出して仕舞っても仕方ないだろう。形振り構う時間などなかったのだ。お陰で、退避がギリギリ間に合ったのだから間違いとは言えない筈だ。
この攻防で開いたティナとエイルの距離は、凡そ三歩半。お互いの姿勢では次に繋げない状態。そもそもエイルは無手となっている。
『双方、一旦中断』
アナトリアから仕切り直しの合図が掛かる。
エイルが武器デバイスを取り落とした判定になったからだ。故意に手放す以外は、一定時間後に装備着脱のルールが適用され、装備品の再装着時間が設けられる。柔道の帯が外れたり、剣道の竹刀が折れたりなどの対応と同じだ。
今のティナは姫騎士と言うより、過去からの立ち振る舞いと完全に乖離した格好だ。
右脚は正面に折りたたみ、踵に臀部が付く程に近い配置。左脚はと言えば、ほぼ真横に伸ばされ爪先を正面に足の裏が接地している。その状態で脛鎧が阻害しない造りになっているのは、そう言った動きがあると想定された設計なのだろう。
見た目は花花が仆歩をした姿勢の上半身を右に捻った形。
左手は拳を握り、身体を支えるかの如く真っすぐ地面に立てているが、実際に荷重はされていない。右腕は横に薙ぎ終わりの位置、肩から真っすぐ下に降ろされ、剣は地面と平行に正面へ向けられている。腕から拳までの骨を整列した構造強化が成されており、この位置からでも肩甲骨を使い高速に剣を操ることが出来る。
そして、盛大に開脚しているのであれば、必然的に股下丁度の革鎧が極めてケシカラン状態になろうものだ。
革鎧の裾は盛大に持ち上がり、Vラインの深い白い下着が丸見えとなっている。身体も即座に動作出来るよう仙骨の角度を付けているため前傾姿勢だ。
そうすると、革鎧の後ろ側は盛大に引っ張られるのは摂理。
三分の二が顕わになった臀部には、ティナのトレードマークでもあるティーバックが全開だ。後ろが細いレースリボン紐であると良く判る。下着の種類がタイ・サイドでもあるため、全面以外は細いリボンで構成されている。
サイドリボンと後ろ紐が接合する部分は逆三角の小さなレース生地となっており、そこには「Abendröte」のメーカーロゴが刺繍されている。
ローライズ仕立てのため下着は前後が丸見えで、全体像を良く観察出来る。
この下着、Abendröteがティナ用にオートクチュールした一点物だ。
ティナがスポンゾァ契約している絡みで、彼女専用の下着がメーカーから数種提供されている内の一枚。
ちなみに。エスターライヒ全国大会でティナが履いていたピンクのティーバックは、フロレンティーナモデルとして一般販売されているものだ。
「(なんですか、あの技! 跳ね上げた剣の斬り落としが異様に速すぎます! あれがエイルの本気モードですか。左も使ってギリギリとか、ホンと良く間に合いました……。冷汗モノです。漏らしたらどうしてくれるんですか!)」
――左を使う。
ティナは右前腕へ添えた左手も剣を引くために使った。右腕のみでは間に合わない状況を左の肩甲骨も動員させて動きを加速させたのだ。その反動は、エイルの剣を弾いて斬り下ろしに入った動きを吹き飛ばした。
予期せぬ回転エネルギーが発生したことで、身体ごと回転して分散しなければ剣を振れない状態になる。それでも只の回転ではなく、上下の動きへ変化させたところに、ティナの技は立体的な術理を持つことが伺える。
「(ん? 「お漏らし姫騎士」もアリですか? 字面的には「姫騎士のお漏らし」の方が良いですかね? ……特殊需要しかなさそうですね。薄い本にネタを提供するべきか脳内会議開催です!)」
年頃の乙女が自分をネタにアレな検討をコッソリしつつ、剰え提供元になろうと考えるのは如何なものかと。
随分と長い間、あられもない格好のままだったのは、ファンサービスなのかスポンゾァの製品を認知させるめだったのか。この娘の場合、何方のケースも在り得るから困ったものだ。
ティナはナンともな思考をしながら、鎧の各所を叩きながら立ち上がる。
左脛の三角状の箱のような張り出しも叩く。小さくコトン、と音がする。
立ち上がればエイルの準備が終わろうとするタイミングであった。
そして、開始線でエイルを待つ。
――エイルは登録エリアで武器デバイスのチェックプログラムを走らせながら、珍しく狼狽している自分を呼吸法まで用いて落ち着けさせた。
「(この学園に来て、色んな武術と巡り合って驚かされはしましたけど、狼狽させられたのは初めての経験ですわね。取って置きを避けるどころか捻じ伏せるなんて。フロレンティーナの武術がどういった方向性か皆目見当がつかないわ)」
特にあの歩法が問題だとエイルは分析する。
「(剣を振り始める挙動のまま一瞬で相手の横を取る歩法。注意はしてましたけど予想を軽く超えて来たわね)」
攻撃距離は得てして奥脚の位置で変わるものだ。後ろ脚を先に動かすあの歩法は、何時でも最長距離の攻撃を仕掛けるためとも見える。だが、それこそ副産物で、歩法自体に別の秘密が隠されているとしか思えない。上体の動作はそのままに全く別の生き物を合わせた動きが出来るのだから。
「(剣を巻く、払うなどの技法ではなく、剣その物を役立たずにするあの技、中国拳法のような上下動からの斬撃。ビンデンすらさせて貰えないのは厳しいですわね)」
あの一瞬で自重を剣の腹に乗せ、点ではなく面で押しのけたのは、エイルの剣がウーツ鋼の柔軟性で威力分散して仕舞うことを抑える役目も持っていたのだろう。その威力で腕ごと弾き飛ばすのが目的だったのではなかろうか。
「(剣が無事でも、あの回転軌道の上下で射程から逃れられたかしら。ほんと、ビックリ箱よね。出して来る情報がどのセオリーにも当て嵌まらないとなると、この先に出て来る情報も同じだと思った方がいいわね)」
合成音と共にエイルの武器デバイスチェックが完了する。登録エリアで再度、機能チェックを行い試合コートへ入れば、自動的に剣身が生成される。エイルはまるで気にしていないことから、それが当たり前の風景なのだろう。そして、試合が仕切り直されたため、開始線まで戻れば涼しい顔をして立っているティナが待っていた。
「お待たせしたかしら?」
礼儀としてエイルは言葉を掛けた。この試合を見ている誰もがそう思う場面である。
しかし、実際は違う思惑が含まれている。エイルもまた、ティナと同様に表情や言葉使いで自身を読ませない騎士だ。
平素と変わらぬ態度と言葉使いで、先の予想外に対して微塵も乱れていないとの意思表示であると共に、相手が返す言葉から心理状態を読み取るための一言だ。
「いえいえ、もう終わったのですか。早かったですね」
良く言うわ、とエイルは内心で呟く。何とも可愛くないことに、ティナは「この短い時間で対策は練れたのですか?」と言う意味で言葉を綴って来たのだ。此方の言葉に含まれている意味を正確に捉えての返しだ。
そして、もう一つの意味がある。それだけでは足りないぞ、と。
「幸い、異常はありませんでしたもの」
エイルの返しが含む意味は、受けて立つ、だ。
お互いの何気ない遣り取りは、全て言葉の裏を探り合う心理戦だ。戦闘よりも消耗するレベルで複雑な応酬を必要とするので、二人が当たりたくない相手だと言うのも頷ける。
『双方、構え』
会話が終了したと見計らい、アナトリアから試合再開の合図が出される。さすがに彼女は二人が交わした会話に含まれた意味までは分かる筈もなく。
心理戦を得意とする騎士以外は気付かないだろう。
この場では放送席のアシュリーが普通過ぎる会話から、何か仕掛けてんな、と察しているくらいだ。
エイルは第一試合で見せたEberの構えだ。剣は地面と水平に下げ持たれている。
違うのは、奥脚が身体の真下へ配置され、そこから前脚を肩幅より僅かに広い距離に位置させていること。エイルが骨で動く歩法を最速で発動出来る姿勢だ。勿論、ティナの変則的歩法に即応するためだ。
対するティナは右半身となり、相変わらずトントンと小刻みなステップを踏む。始めの合図で前後左右に動くのだろうことは、これまで試合の中で見せている。
歩法は変わらないようだが、今までとは大きく異なる点が一つ。剣先を斜め右上に向ける角度で持っていることだ。
右手は左前腕へ添えるように置いている。剣の持ち手を左に変えて来たのだ。
「(ほんと、嫌になるわ)」
またティナが新たな技法を見せた。エイルは次なる手を観察すらさせない彼女の徹底具合に愚痴を零す。
西洋剣術の場合、武士と違い利き手を矯正されることはない。左利きの場合は、構えや動作が反転するだけだ。
だが、エイルは単なる持ち替えではないと見ている。相手は予測出来ない技法を次々と繰り出して来たティナなのだ。あの構えから剣をどのように使うのかエイルには判別出来る程の情報がない。構えの時点で戦術を組み立てるのは大抵の者がしていることではある。なのに、ティナは戦術どころか、どのタイミングで、どう使うかも決めているのだろうことだけは判る。
エイルは再び噛みしめる。やはり、姉と同類なのだ。相手の動きも含めて戦いを組み立てられるティナの方がより性質は悪い。
『用意、――始め!』
掛け声と同時に挙げた両腕を前で交差するように振り下ろしたアナトリア。プルンと一部が盛大に弾む。
合図と共にエイルはティナの剣先が向いている左――ティナから見て右――方向へ、地を這う歩法でヌラリと円を描く。それも自身の感知領域より外側へ後退する位置取りで、だ。
近付くのは得策ではない。ならば、相手が接近する動きと、感知領域に蹈み込んだ動きの二段構えで警戒し、何をして来るか判らない状況の識別時間を多く取る対処法とした。
しかし、当のティナはエイルの警戒など気にした様子もなく。
無造作に歩いて近付いて来た。無防備に。散歩でもするように。
然しものエイルでさえ、内心は相当に驚いている。無防備で近付く法は虚を付くケースに良く見る。何をするか判らない、と思考に混乱を生ませる手だ。しかし、ティナは「何をするか判らない」と言う札を既に切っているのだ。ならば、エイルが虚を突かれることなぞない。それが判っていての接近だ。
エイルの判断は速かった。最早、状況の識別を待ってはならないと。
ならば、何か仕出かす動作に入る暇も与えず、此方から一気に畳み込むべきだ。
股関節を柔らかく使い、脚の動きと連動させる。僅かに浮いた足は地表を滑るかの如く高速に動作する。筋肉に依存しない骨を使う高速機動は一瞬でティナを射程圏に捉える。
移動と同時に上半身も歩法と連動させる。前脚が右脚に来るタイミングと合わせて肩甲骨を使った超高速の刺突。下げていた右腕が前へ進むことで、腰辺りにあった剣が相手の胸元へいきなり現れる虚を含んだ攻撃。
本来ならば。必中と言っても良いタイミングと、目で追うことも難しい高速の突きであった。
だが。その瞬間、エイルの剣はまたしても横腹を叩き付けられていた。
ティナが右斜め上を向いていた剣を振り払うようにエイルの剣へぶつけたのだ。先と同様に添えていた右腕も使い、剣速を上乗せさせて。
またエイルはビンデンすらさせて貰えず歯噛みする。剣を弾き飛ばされこそしなかったが、そのまま右下――ティナからは左下――へ押し込まれたのだ。接触の瞬間に右脚を接地させて自重を乗せる直前、剣が挿し入れられた。攻撃としては完全ではない状態にさせられれば、速度はあるが剣の威力もそこそこ程度に抑えられる。何より右脚の接地がずれたことで、右半身の連動は崩れ蹈鞴を踏んで仕舞い一歩下がる。追いやられた剣の立て直しと迎撃へ入るにはどうやっても一手遅れる事態だ。
ふと、エイルは剣に掛けられた圧力が消えたことに気付く。
そして、ティナが想定外どころか、在り得ない挙動を取ったことに愕然とする。
ティナは自然体でエイルに近づき攻撃を仕掛けさせた。単に歩いている動きだが、身体内部は秘技で動かしているため別物であった。それは、どのような姿勢であろうとも局所で身体の連動をさせる代物。故に、凡そ剣を振るには相応しくない脚の配置であろうとも何ら問題なく攻防が可能だ。
本気のエイルが放つ超高速の刺突は、今までがお遊びだったと言える程であった。
だが、来ると判っていれば幾らでも対処は出来る。そもそもティナがそう仕向けたのだから当然だろう。
刺突が届く直前に合わせ、右肩甲骨を左肩甲骨へぶつけて造った波を追加で乗せ、左腕を高速に振り払う。添えた右腕も肩甲骨を使った加速で左腕を押し込んだ。結果、剣速はエイルと並び、被弾する前に左外側へ押しやった。エイルが剣に重さを乗せる動作を空回りさせられたので、体勢を崩すことも上手くいったと、嫋やかな笑みの下でニヤリと口角を上げるティナ。表情には全く出していないので、心象風景ではあるが。
場を整え終わった。
「(わたしのターン! ドロー!)」
電子になった今も尚、人気が高いカードゲームなどで定番のセリフを叫ぶティナ。心の中でだが。
普段だったら顔もキリリとしながら言い放ち、京姫のツッコミが入っていただろう。
ドローと言いながら、ティナは剣を場に捨てた。
右脚の膝が高く上がり、膝先が伸ばされる。エイルの胴を狙うように足先が迫る。まるで前蹴りである。が、エイルの感情が追い付かない程の速度で反時計回りに吹き抜ける。
その風圧でエイルのスカート中央に入ったスリットから捲れ上がる。レースが多用されたシルクの白い下着が顕わになる。
幾ら何でも蹴りが来るとはエイルも予想出来なかっただろう。表情は変わらずとも、不意に蹴りを繰り出され上半身が仰け反る姿が感情を代弁している。身体正面が完全にがら空きとなり、立て直しが遅れたことも含めてだ。
ティナは腰を中心に反時計回りで回転する。剣を振り降ろした動きも加えているため、非常に高速だ。前蹴りから外回し蹴りへ変化した右脚は既にエイルの視界から消え、ティナの背中を見るという状態。とは言っても回転の途中であるため、すぐ左上半身が正面に回ってきたが。
その段ではティナの右脚は接地し、代わりに左脚が身体の回転と共に後ろ回し蹴りの軌道を描く。
エイルの正面――心臓部位――に左脚裏が向き、ギッと音が鳴るかのようにティナの身体全体に急制動が掛かる。
一瞬の静寂が過ぎ、ヴィーと一本取得の通知音が鳴り響いた。
エイルは視界の下端に見知らぬ物が映っていると気付く。恐る恐る首を下げながら視線を向ける。
そこには心臓部位から生えた一本の細い杭。
今まさにホログラムが消え去るところだった。奪われた一本と共に儚く。
『フロレンティーナ選手、一本。試合終了、双方開始線へ』
審判のアナトリアが試合終了を告げた。
南側を向き、戦いを終えた二人が横並びとなる。
全く気にしていない素振りで革鎧の裾を直しているティナが印象的だ。
『東側 エイル・ロズブローク選手 二ポイント』
審判の右手がエイルへ伸ばされる。
フゥ、と小さく息を吐いたエイル。表情こそ変わらないが、心労が伺える一コマだ。
『西側 フロレンティーナ・フォン・ブラウンシュヴァイク=カレンベルク選手 二本と二ポイント』
嫋やかな笑みを崩さないティナ。粛々と審判の声を受け入れていると言った雰囲気を醸し出している。
『よって勝者は、フロレンティーナ・フォン・ブラウンシュヴァイク=カレンベルク選手』
アナトリアがティナへ向けて斜め上に腕を挙げ、勝者を宣言した。
一部がまたプルンと揺れる。
審判の宣言を待っていた観客が一気に歓声を上げる。なにしろ世論の下馬評では、第一ブロックBツリーの勝者はエイルが確定だろうと予想されていたのだ。それはTV放送の特集やネット上の予想記事などでも等しく。
先のエスターライヒ全国大会Duelの部、三位決定戦でエデルトルートを圧倒したティナの評価は上方修正されていたとしても、だ。それを差し引いてもエイルの強さは際立っていたのだ。
それが、エイルを相手に勝利したばかりかポイントも大きく引き離し、且つ勝利条件を二ポイントも超過している。
圧倒したのだ。あのエイルを。だからこそ観客は盛り上がるのだ。
学園内ではティナが本質を見せ始めたこともあり、五分の戦いになるだろうと予想されていた。ところが、ティナの隠していたものは学園生達の予想を遥かに上回っていた結果だった。
そう言った裏事情も知っている解説者席では、ギャーギャーワーワーと騒がしく実況をしている。それでも学園内部の騎士評価や情報を一切漏らさないのは見事である。
そして、観客も待っていた試合後のマイクパフォーマンス。アフタートークと言った方が聞こえは良いが。
「おめでとう、フロレンティーナ。見事だったわ」
「ありがとうございます、エイル。おかげで随分と苦労させられました。やはり当たりたくはなかったですね」
心底疲れましたと表情で応えるティナ。
戦闘モードを解除したティナは、とたんに表情豊かになる。それでも衆目の下、準公人である彼女はイメージを崩さない程度に抑えているが。
「こちらは当たって良かったと思ってるわ。あなたの知られざる姿を漸く引き出せたんですもの」
「だから当たりたくなかったんですよ? エイル相手だと確実に手札を切る必要がありますから」
「随分買ってくれているのね、光栄だわ。ところで気になることを聞いてもいいかしら? 答えられなければ流してくれていいわ」
聞きたいとエイルは言う。ティナは、エイルの話し方からタブーとされるスキルについて聞いてくると察した。公の場であるから、差し障りのない程度で、と前置きしている。
「ええ、応えられる範囲なら」
軽く受けるティナ。果たして、問いはその通りだった。
「あなたの技、一体どこの流派なの? (記録や文献でも)全く見たことがない系統の術理よ、あれは」
確かに流派の系統ならば差し障りはない。正確に答えなくとも良いレベルの聞き方をエイルはしてくれた。
但し、答えられるかは秘事とされる場合を除けば、だ。
「うん? んー、んー。……まあ、技も出しましたから少しくらいは良いでしょう。あれは、一二世紀頃にいなくなったWald Menschenの格闘術です」
「森の民? 聞いたことがないわね」
「森の民自体、歴史の表裏どころか影にさえ徹底して出て来ない引きこもりでしたから。資料も存在痕跡すら全て消し去ってる筈ですよ? 僅かに残った子孫にのみ代々伝えているんです」
五世紀頃、ゲルマン人の大移動が影響し、西ローマ帝国は滅亡する。西ヨーロッパの各拠点からローマ人は撤退した。政治中枢はフランク王国が西ヨーロッパ全体を治めていたが、ローマ軍が居なくなったことで各所に点在した拠点や都市の大半が放棄される。人が居なければ三〇年程度で自然は回復する。それが黒い森と呼ばれる深い森を育み、西ヨーロッパを包んだ。
そして一二世紀頃から始まったドイツ大開墾運動で森林が開拓される。
西ローマ帝国滅亡から開墾運動が始まるまで、人が訪れることのない大森林の奥深く、秘密裏に小国家を築いた部族があった。
多種多様な人種の移民、難民、住処を追われた者、世俗との係わりに疲れた者達が森へ入り、寄り集まり、時を経て国となった。
人口は全体で二、三万人と少なかったが建国の経緯からか、盟友の一族を除いて外部と隔絶する。外部からの介入を望まず、稀に来る侵入者は全て撃退した。
その必要に応じて、森林戦に特化した武術が生まれるに至る。
格闘戦を前提にした鎧、Kampf Panzerungを纏う。
人体を知り尽くし、容易く破壊する。宙を飛び、地に潜む。音もなく忍び寄り、気付かれぬまま狩り獲る。
手に取れるものは悉く人を壊す道具と化す。暗器を忍ばせ、地形を活用し、侵入者を一人も逃さなかった。
森の外に居る盟友一族から、情報や技術を積極的に入手し適応させる。
独自の格闘術を発展させ、武器術を組み上げ、類を見ない特殊な体系を創り上げた武術。
深い森が消え始めたことを契機に森の民は痕跡を全て抹消し、盟友一族の助力を借りつつ各地へ消えていった。
――FinsternisElysium MassakerKünste――
フィンスターニスエリシゥム鏖殺術。
ティナは語らなかったが、母から継承した武術は格闘を軸にした現役の確殺術である。
「(姫騎士の技が確殺術とか醜聞が宜しくないじゃないですか! 流派名も今のところ公言する許可まで出てませんし)」
現在も日常に溶け込みながら、時代の闇に潜むWald Menschen。
諜報、暗殺、情報操作、工作、防衛を得意とする暗部集団である。
盟友であるカレンベルク一族とは千年を超えた運命共同体だ。
「なるほど、家伝なのね。最後の一撃、あれは投擲武器よね? いつ投げたのか判らなかったわ」
「蹴り技で射出する仕組みですよ、あれは」
「は? 蹴りって、あの蹴りはそのためだったのね。それはさすがに判らなかったわ」
「今回は蹴りがトリガーになる暗器でした。この鎧は森の民が使う武器でもあるんです。様々な暗器の射出機能も付いてお得ですよ!」
ティナが放った蹴り技は反則ではない。身体を使って直接相手に攻撃を与える場合のみ反則だからだ。そのため、万が一にも相手へ当たらないよう、安全マージンは確り取って蹴りを繰り出している。
特定の投擲操作を熟すことで射出可能となるホログラム製投擲武器は、小型の形状に限り副武器デバイスとして同種類五個まで登録出来る。
ティナは脛の投擲装置に左右一本づつ射出用の杭を実装していたのだ。投擲装置を叩いてロックを外し、特定の速度を与えると射出する実際の機能をそのまま設定している。
「はぁ~、だから今回その鎧だったのね。仕込み暗器なんて独特よね。……あなたまだまだ色々持ってるんでしょ? ちょっと見たくなったわ。ま、今回は完敗ね」
右手の人差し指を唇に当て、いたずらっ子のように笑みを浮かべるエイル。
「また試合で当たることがあるかもしれませんね。その時はお手柔らかに願います」
嫋やかな笑みで騎士として返答するティナ。されど定型文なのがナンとも。
「(フラグ乙!はヤメテください! 見たくなったって、あなた、そんなアクティブキャラじゃないでしょーが! 出てこい!ちくわ大明神! 空気変えやがれ下さい!)」
その裏側では別のことを考えているティナ。しかし、相変わらず心の声が酷い。
対戦者のみならず、観客や見ている者全てを仰天させた、試合コート四面第四回戦二戦目はこうして幕を閉じた。
ティナは苦汁を飲んで姫騎士らしからぬ出で立ちで技を使わざるを得なかった対エイル戦を勝ち進み、当初の目標であった予選ベストエイト入りをした。
やれやれと一安心したティナであったが、今回の試合である可能性に気付き戦々恐々とするのだ。
「マズイです! Kampf Panzerungヴァージョンで売り込まないと!」
只でさえ姫騎士らしからぬ鎧と技が目立ち捲ったのに、それをエイル戦と言う衆目がもの凄く集まる場で公開して仕舞ったのだ。何時もの姫騎士として知られた姿を上書きするくらいにはインパクトが絶大。動もすれば、今回の姿から二つ名が変わるかもしれない。大勢の声は流れを造って仕舞うものなのだ。
「あれは姫騎士バーストモードとかの扱いにしなければ! 電子工学科へGO! 急いで慌てろ!」
自ら喧伝することで被害を最小限に収めようと画策するティナ。
関係各所に走り回るティナの目撃情報が暫く学園内を賑わせたのであった。
なまじ、いろんなことが出来ると、二つ名固定化のイメージ戦略が大変なのだ。




