04-030.緩やかなひと時とこれから。 Zeit zum Entspannen und in Zukunft.
二一五六年一〇月二二日 金曜日
朝から学園生総出で大会の跡始末が始まった。
屋外屋台設備などは外部からの出店が多いため、業者が入り込んでの撤去作業だ。大会開始前に予め打ち合わせて決定した業者スケジュールの管理や諸々発生する折衝などは運営科に担当が割り振られている。業者トラックの交通整備なども彼等の仕事だ。護衛ではないが、いらぬトラブルが発生した時の防波堤として、騎士科の面々も駆り出されている。
今のところ進捗は若干前倒しとなっており、通年通り午前中にはほぼ片付く見込みだ。
電子工学科などはアバター販売のため自前で本格的な店舗を施設しているが、そこは長年蓄積されたノウハウを持っている彼等。過去の経験が凝縮された組み立て式の店舗も相まって、何と小一時間もすれば完全に形跡すらなくなっていた。
屋外の各所へ臨時設置されていた小型インフォメーションスクリーンの半分はMR表示ではなく物理パネルであり、建屋の壁面に埋め込まれた設備だ。使用しない時はワンタッチで収納可能となっている。
噴水広場や共有野外席に設置された中型のインフォメーションスクリーンも物理パネルであるため、電子工学科と力作業要員に騎士科がサポートで入り、いそいそと運び出している。騎士科のメンツも女性たちが数多く参加しているが、筋力よりも身体の使い方を知っているため、運搬は力自慢の男性よりも役に立つのだ。
「はい、一、二、三で持ち上げますよ」
「はーい。ラウデが掛け声やってください!」
「ルーにかかればコンなのチョチョイのチョイです」
「では。一、二、三!」
掛け声と共にラウデ、ハンネ、ルーの三人がフワリと小型インフォメーションスクリーンを持ち上げる。予想以上に軽かったようで、ハンネがビックリ顔だ。
この三人、撤去したインフォメーションスクリーンを校舎内の備品室へ運び込む役目を貰っている。最初はラウデとハンネの二人だったが、もう一人つけてスリーマンセルにしようと話が出た際、人員を決める時にヒョッコリやって来たルーがこれ幸いとチームを組んだのだ。
エッチラオッチラと運ぶ姿はコマコマとした二人を含んでいるからか、お手伝いをしている感を醸し出し周りをホッコリさせている。
試合コートや競技場回りの整備は騎士科がメインで受け持っており、端末類を含む試合設備などはスポーツ科学科や人間工学科がメンテナンスの可否を隅々まで確認しに回っている。データを元に修理が必要な箇所は予備と交換し、学園内設備の武器・装備工房へ運び込む。メンテナンスは後日、電子工学科主体で実施、もしくは業者に修理へ出される。
「やっと第一の六面まで終わった。やれやれ、見た目は異常なさそうだけど結構、消耗してたりするんだな」
田植えの最中、腰に手を当てて伸びをするような仕草で京姫が呟く。ここでは昨日、準優勝となった京姫も作業担当者だ。
各試合コート自体は管理システムからダイアグノスティックが定期的に実施され、機能状態は確認されているのだが、床面パネルの傷や劣化具合などまでは判断出来ない。目に見えない損耗もあるため、チェッカーデバイスを持ち込み、騎士科の人員が人海戦術で確認するのだ。コート面を自動走行しながらチェックする機器などもあるが、学園では導入していない。
良く見るとヴリティカやシルヴィアなど、上位入賞者の姿もチラホラ見えており、仕事に於いては優遇などないと物語っている。
安全管理面は学園の警備部だけでは手が足りず、カレンベルク財閥の警備部門から派遣された要員が補助し、巡回員を増やしている。だが、警備計画案のたたき台の提出も然ることながら、現場管理まで学園生に実務研修として任せているのだ。
イベント事の大半を学生達で処理出来るのが、この学園の強みでもある。様々なエキスパートが育っており、企画・発案、制作は言わずもがな、管理、折衝、現場の仕切りから実働部隊まで揃っており、小規模ならば内製で完結して仕舞うほどだ。このような集団であるからに、騎士以外の生徒も企業から引っ張りだこになる。
そして、全ての進捗管理とコントロールは生徒会が総括する。学園生が組織する各委員会の窓口へ指示出を出し、報告を受け、問題発生時には即座に解決へ動く。
競技に関してはChevalerie競技委員会、催事関係はイベント運営委員会といった具合に、科を跨いだ要員で構成される委員会が幾つか存在する。今回は学内大会であるため、Chevalerie競技委員会が開催から閉会に関わる業務の陣頭指揮を執っているが、予算や人員アサインの適切性、スケジュールや安全基準などの提出された資料を吟味し、稟議するのは生徒会である。稟議した内容は学園経営陣へ提出され、協議を経て正式に決裁が下りるのだ。
この生徒会、日本など一般に知られる生徒会と異なり、学園生側の経営陣なのだ。学園経営サイドから許可された範囲内で、学園の運営を実際に執り仕切っている。
余談だが。
実は姫騎士さん。入学した時より、生徒会から登用のオファーを受けている。未だに勧誘は続くが、体よくお断りしている。毎度それらしく建前を宣わっているが、本音はメンドクサイからなのが酷い。
大財閥の令嬢、且つ世界でも顔が効く貴族の出自で、企業の役員どころか他国の政府高官や王家にも顔が効き、面会や会談など難なく熟す人材である。生徒会にしてみれば、喉から手が出るほど引き込みたいところ。既に政治的意図で動いているところは本当に学生か?と疑問を呈すべきだろう。
その姫騎士さんは。野外席のインフォメーションスクリーンを撤去していたルーをとっ捕まえていた。昨晩、アバターショップ撤去後に引き揚げた商品整理の手伝いをお願いしていたのだ。が、店舗撤去作業が始まるところまで居た筈なのに、何時の間にか消えていた。
「ちょっ! 姫姉さま、襟はNeinです! 首がし~ま~る~」
「あなた、お手伝いをお願いしたじゃないですか。こんなところでサボって」
解放された首元をサスリサスリしながら、こんなに早く姫姉さまに見つかるとは予想外です、とブチブチ漏らすルー。状況を打破するために、灰色の脳細胞をフル回転しながら言い訳を捻り出そうとしている。冷汗ダラダラであるが。
そこへ一緒にスクリーン運搬をしていたハンネとラウデから援護射撃がなされた。
「フロレンティーナさま、ルーさんはちゃんとお手伝いしてましたよ?」
「ええ。三人でスクリーンを運んでました」
スクリーンの真ん中を持って貰いましたよ、との弁を聞き、ジト目でルーを見るティナ。どう見ても信用してませんと物語っている顔だ。
「ルー。スクリーンは四〇瓩ありますが、重量物を持ち上げる技法は修得してませんでしたよね? 落として壊したらどうするんですか」
四〇瓩は思いっきり嘘である。設置されていたインフォメーションスクリーンは中型でも一〇瓩程度、彼女達が幾つも運搬して終わらせた小型タイプは五瓩もない。小型と言っても一〇〇インチほどはあるので運搬要員三人は妥当な人数。
「そんなに重かったんですか! ヒョイっと持てたからビックリです!」
ルーより速くハンネが反応した。四〇瓩の嘘を真に受けてるところは困ったものであるが。既に何枚も運搬した後に衝撃の事実を知った!と驚きの表情だ。ラウデは実際に運んだ感覚から、ティナが態と増量した意味を薄々察して、半ば呆れ顔でルーに視線を送っている。
「平気ですよ? ルーは持ってるフリなんで落ちたら重いモン持たせたヤツラに責任とらせるです」
無い胸を反らせて自信満々にオサボリを暴露するルー。ティナが重量と破損のキーワードを混ぜたことから、意識をそちらに取られて弁償なんかしません!と意気揚々に自分のスタンスを口からこぼして仕舞ったのだ。言い訳で取り繕う以前の問題だ。誘導の引っ掛かり方がチョロ過ぎる。
「え? ルーさん持ってなかったんですか⁉」
「言われても判りませんでした。むしろ気付かれずに持った振りが出来ることに驚きです」
つまり。三人でスクリーンを持ち上げる最初から持ってる振りをしてたのだ。だからティナの嘘に気付けなかったのだ。
「ルー。このスクリーンは五瓩くらいですよ? どう見ても、このサイズでこんなにも薄いのが四〇瓩もあるわけないじゃないですか」
全くしょうがないですね、と姫騎士さん。
スヒュースヒューと吹けない口笛を吹きながら視線を明後日に向けるルー。
「四〇瓩じゃなかったんですか……」
何故か運んだスクリーンの重さが軽かったことにションボリするハンネ。どうやら重いものをヒョイと持ててたのが嬉しかったようだ。まさかルーの釣りにハンネが掛かるとは姫騎士さんも予想外。すかさずフォロー。
「いえいえ、重さを感じなかったと言うことは、ちゃんと身体を使って運んでいたと言うことですよ? さすがテレージアから学んでいるだけはあります」
そうなんですね!と元気一杯で再起動するハンネ。フンスと鼻息荒くヤル気満々。なのだが、今しがたスクリーンの運搬は終わったところだ。
「さて。そちらのスクリーン搬送はお終いみたいですね。ハンネとラウデは次のお仕事決まってますか?」
「はい、テレージアさまと合流してJosteコートの整備です」
「おねーさまがJosteするんで事前準備も兼ねてるんです!」
おや、テレージアがJosteとは珍しいですね、何かのイベントかしら、と少し記憶を探ってみたが該当する項目が見つからない。ハンネがポロッと内々の話を漏らしたようなので言及は控えて置く。
すかさず、ラウデが「それはまだ言ってはいけないお話です。注意してください」とハンネを諫めていた。
「フロレンティーンさま、この件はどうか……」
「あら、ラウデ。私は何も聞いてませんよ?」
嫋やかな笑みでシレッとラウデに返すティナ。騎士としての笑顔を態々チョイスしたのは、競技に関係する話だろうことまでは読んでいる旨の意思表示だ。
それを察せるだけラウデも育ってきた。ありがとうございます、と丁寧なお辞儀を残し、ハンネを引き摺りながら騎馬トレーニング場方面へ去って行った。
おたっしゃで~、と手を振り二人を見送るルー。オサボリして捕まったことは灰色の脳細胞から既に零れ落ちている様子。
「姫姉さま、ルーは小腹がすきましたのです。そろそろオヤツの時間なのです」
キリリとティナに向き直り、欲求ダダ漏れ発言をするルー。時刻は一〇時を回ったところ。ドイツやエスターライヒでは軽食が摂られる時間帯だ。
にこやかに微笑みながら両手でルーの頬を摘まむ姫騎士さん。擬音にすればミョ~ンとルーの頬っぺたが伸びる。
「ふぃめねーひゃま⁉ ひゃにしゅるんれすか~」
「ホンとに困った娘ですね、ルーは。お手伝いを放りだして逃走したのはもう忘れたんですか?」
「ふがっ⁉」
フニフニと頬を伸ばされながらスッカリ頭の中からキレイサッパリ忘れてたことがフィードバックしたのだろう。ルーの視線はアッチコッチにさ迷いながら冷汗をダラダラ垂らしている。
キュポンと頬から手を離されプルルンと元に戻ったルーは、すかさず言い訳にもならない主張を捲し立て上げる。
「違うのです姫姉さま。ルーは細いモノを分けたり数えたりは向いてないのです! それはもう徹底的に! ヒトには向き不向きがあるです! 出来ん子にやらせるのは生産性の観点から不毛の荒野なのです!」
「だからと言って、コッソリ逃げるのはいかがなものかと思いますよ?」
「うぐぅ」
ルーからぐうの音が出た。
この娘、ターゲットが現れるまで何時間どころか何日も気配を消して潜伏するのは容易く熟すが、細かい単純作業は五分で飽きる。面倒事は最初からしなければ良いとの自己都合的理論で逃走したのだ。ティナからも気付かれずに逃げおおせるところは、さすがWaldmenschen筆頭近衛であるクレーフェルト家の秘蔵っ子と謳われるだけあるのだが、壮大な能力の無駄遣い感。
「はーい、行きますよー。おサルさんでも出来る作業ですから安心してください」
「そんなら、おサルさんにやらせるのが世界は幸せになるです……」
「ばかなこと言ってないでさっさと動く! はいはい、早く」
「ふわ~い」
姫騎士さんの後をトボトボついていくルーの姿に哀愁が漂う。
結局、作業をするはめになるルー。作業の間もくだらない主張でグチグチと小騒ぎする光景が何度も見られるのだが、その度に姫騎士さんから窘められては大人しくなる、を繰り返すのであった。
時刻は午後を少し回ったところ。
午前中で片付けの終わった学園生達がチラホラと屋内大スタジアムへ脚を向ける。
学内大会開催後の打ち上げパーティー会場に移動しているのだ。
会場設営や料理、給仕の手配などは学園側で受け持つが、ホストは生徒会だ。生徒会は跡片付けの旗振りもしており、タスクがオーバーフローするのではと、訝しんで仕舞うが、別途チームを編成して上手く回している。もはや管理者視点の仕事振りである。
今回、手足となるのはイベント運営委員会。そして、毎度のことながら有志が催し物を企画したりするので実働要員には事欠かない。
「おー。すげえのです。家ん中でフェストやってるです!」
ティナに連れられたルーが屋内大スタジアムに入った瞬間漏らした声だ。
お手伝いの報酬で渡されたバナナの房を小脇に抱え、モッチモッチとバナナを咀嚼しながら目を輝かせている。
「マクシミリアンの学園生はお祭り好きが多いですから、こういうイベントでは率先してお店をだしたりするんですよ」
ほら、あそこにストリートパフォーマーもいますよ、と姫騎士さん。
国際色豊かな店舗や露店に加え、路上パフォーマンスも多国籍だ。世界中から人が集まるこの学園ならではである。
屋台街を進みながら、ほえー、と口を開きキョロキョロするルーの手にはバナナが握られ、何とも気の抜けた雰囲気が滲み出ている。まるで近所の子供が物見遊山している様相。
「おー、ティナとルー発見ヨ。今日は中華料理入てるネ。オススメヨ!」
「あら、随分とまぁたくさん取って来ましたね。花花食堂の出前みたいですよ」
「花花さんウエイトレス検定一級っぽいです。バナナ乗るです?」
遭遇した花花が持つ両手のトレーには、溢れそうに犇めく取り皿が乗っている。多種多量な料理は盛り付時に見栄えを考慮したようで、花花の拘りが垣間見られる。のだが、寄宿舎から中国組の出前を頼むと、時たま腕まで使ってこんな具合に複数の料理を運んでくることがあるのだ。
ルーは謎検定名をでっち上げているが、適当な枕詞なのでスルー安定。小脇に抱えたバナナの房を乗せようとして花花にサッと避けられ、ぐぬぬと唸っている。
学園側が用意する料理は毎回変わるのだが、今回はフレンチとイタリアン、そして初の中華枠が設けられた。招致されたのはミュンヘンの三ツ星ホテルに入店している三ツ星中華専門レストラン「新栄記」である。人気の逸品がビュッフェ形式で提供されている。本店を北京に構え、支店が幾つもあるが現代中国風に仕上げられた上品な風味と、魚介を扱う台州料理が店舗共通の特徴だ。花花達、中国組も本職の味を楽しみたいのだろう。複数の取り皿に中華料理を乗せた中国組の面々があちこちでウロチョロしている。
学園は著名なレストランなどに依頼し、特別出張をお願い出来る強力なコネがある。理事長からして影響力が絶大な大貴族の一員であるし、学園の共同出資者であるカレンベルク財閥も手を回すので、かなり融通が効くのだ。カレンベルクの姫であるティナが在学している現在は、そのネームヴァリューも相まって交渉が捗り易くなっている裏話がある。
「うんうん、理事長に交渉しといてヨカタヨ。ドイツで一流の中華食べられるは至福ヨ~」
花花が春季学内大会の打ち上げで「次は四川料理お願いしたいヨ」などと言っていたことが思い起こされる。四川云々は兎も角、本格中華料理店の招致をネゴっていたと伺える。相変わらずの行動力。
「アッチに京姫や小乃花達の陣地あるヨ。食べ物ぶんどったら来るがいいヨ」
花花がヒョイと顎で指す方向は、場内奥側に設営された舞台の手前に配置されたテーブル席だ。
「人数多くありませんか? あの区画だけ違うイベントに見えますよ」
遠目で見るとテレージアやマグダレナを始め、普段は余り一緒に行動しない面子などもおり、結構な大所帯。幾つかの丸テーブルを寄せて浮島のようになっていた。
話は言い切ったと、不安定に見える大荷物がありながらスルリスルリと人混みを避けて浮島へ向かう花花の後ろ姿が印象的だ。
「何です?花花さんの歩法。Waldmenschenでもアンな動きできねぇです……」
眉根を寄せた渋い顔をするルー。
「花花の怖いところは人混みの中をかき分けても気にも止められないところですよ。人の目がある場所で気付かれることなく堂々と技を掛け捨てしていけるんでしょうね」
「それ、どこの修羅です? 戦闘士よりヤヴェじゃねーですか」
これでもWaldmenschenの戦闘士としてトップレベルにあるルーだが、思わず口が蛸のようになっている。顔芸で聞きたくなかったと訴えかけている。
「世界は広いでしょう? 世の中には知らない技術が溢れるほどあるんですよ」
「ルーは絶望したです。もう楽隠居してのほほんと暮らしていくのです」
「またしょうもないことを言って。さぁ、お料理を取りにいってみんなと合流しましょう。ビュッフェは無料ですけど一度に食べきる量だけ取るのがマナーですからね?」
「大盛りマシマシが防がれやがったです! タダ飯ならいくらでも入るですのに……」
バナナをモッチモッチと頬張りながら、誠に遺憾であると謝罪会見に立つ政治家のような妙な真面目顔をするルー。放って置いたら取り皿にタワーが出来る勢いだったのだろう。姫騎士さんは長い付き合いから、妹分に釘を刺さないといけないケースを良く知っている。
ブツブツ言いながらバナナの房を頭に乗せ、両手に持ったトレーには溢れるほど取り皿を乗せたルーの姿は大道芸のそれだ。花花に一頻り笑われていたが。
「ヴリティカとシルヴィアが一緒なんてめずらしいですね。そこにクラウの組み合わせとは……何か起こる前兆かもしれません」
浮島には、ルーの教導メンバーに加え、ヴリティカとシルヴィア、そしてクラウディアが席を囲んでいた。今来たティナとルーを含めると一二名になり、大会前なら警戒されるメンツが揃った団体さんだ。
「何でアヤシイ方向を刺し込んでくんのよ。あなた、昔から適当な時は本当に言葉も投げっぱなしにするわよね」
「……ソンナコトナイデスヨ」
到着早々、ネタっぽい台詞を吐いた姫騎士さん。しかし、親戚のクラウディアには適当な対応だったと図星を付かれカタコトになっているが。
「三人は試合コート整備で一緒だったからその流れだよ」
と、京姫の弁。集まりなんぞ、そんなレベルで良いのだ。
「皿がすげえ数になってやがるです。ルーが持ってきたの置くですからとっとと詰めやがらないとバナナ投下するです」
ハイハイと、テーブルの上にスペースが造られていく。尊大な態度の最年少は、ここでも甘やかされているのだ。そろそろ増長しそうだが、その辺はティナが上手くコントロールしているのをルー本人は気付いてない。
ちなみにルーの性格上、バナナ投下はネタではなくホントにやるから困ったものだ。
「北京ダック、初めて食べタけど、皮がパリパリしテ不思議ね」
ヴリティカがに北京ダックの皮と薬味の葱と胡瓜、甜面醤を荷叶餅で巻いたものを食していた。ヴリティカは貴族階級でカースト上位にあたるため、普段はヒンドゥー教で食せる肉類自体も口にしない傾向であるが、イベントならば別だ。
「この北京ダック、皮が広東式近いけど、身は北京式ヨ。厨房に北京ダック造る専門の火考鴨師いたからホンモノの味ヨ」
北京ダックは、火考鴨師が鴨の選別から捌いて仕出すまで、実に五四工程を経て造られる。本場と言えば北京式で、こちらは皮だけでなく肉も相当旨い。広東式はより皮がパリパリとした食感が特徴だ。肉の味も加えると好みが別れる料理である。
熱した油を掛けて皮だけ出すナンチャッテ調理法の店もあるので、これを北京ダックと呼ぶと軋轢を生むので注意。
「イタリア料理と銘打たれてますが、北部と南部料理が一緒に食せるのは不思議ですね」
シルヴィアはポルポ・アッフォガートとコトレッタ・アラ・ミラネーゼを並べて感慨深く頷いている。
彼女の地元であるミラノは北部にあたり、バターやチーズなどの乳製品をたっぷり使った料理が多い。水田も多いためリゾットなども良く食される。対してナポリなどの南部料理は、トマトやオリーブオイルが主軸だ。ピッツァやパスタなどもトマトやオリーブオイルが欠かせないだろう。シルヴィアのチョイスは日本で言えば、きりたんぽとゴーヤーチャンプルーを並べているようなものだ。
「シルヴィアさん、今年はナポリが世界選手権ですよね。おうちには帰るんですか?」
ハンネがふと疑問に思ったのだろう。思った段階で口にだしていたが。
「いえ。実家に立ち寄る時間はありませんね。距離だけで言うなら、ここからナポリは実家の二倍ほど遠いところですから」
「ほえー。そうなんですね」
遠いというキーワードで地球半周分を想像していそうなハンネである。
「このフレンチ、テリーヌとムニエルにコンフェとシチューはいいけど、ピカタがイタリア料理と被ってるわ。被ってるのよ」
ピカタはイタリア発祥のピッカータで小麦をまぶした肉を揚げ焼きするものだ。コトレッタ・アラ・ミラネーゼと系譜は同じだ。
「うーん、ランプ肉の低温ステーキを試しに持って来ましたが、周りを見ると没個性ですね」
何となく肉類をチョイスしたティナは、いまいち面白みがなかった食材に残念な目を向ける。三ツ星レストランのシェフが造っているのだから味、盛り付けとも一流なのだが、評価のベクトルを変えるのはどうかと。
テーブルの隅っこを見ると、小乃花がひっそりとお結びを食べている。どうせ京姫に米を炊かせたのだろうが、ブレない。持参したであろう漬物に味噌汁。おかずは焼き魚のようだが、フレンチかイタリアンのシェフに焼かせたのだろう。まさかそんな我儘を言われるとはシェフも思わなかっただろうに。
「そろそろ日本の水を輸入しなければ」
「はいはい、もう発注は掛けてますよ」
ポツリと零した小乃花に京姫が答えている。よもや水自体を輸入するようになっていたのか、と姫騎士さんも驚きだ。
相変わらずカオスな状況。自由人達を好きにさせた結果がこれだ。
やれやれと、姫騎士さんも飲み食いへ戻ることにした。
その途端。
――バンと大きな音が聞こえる。この音はMêléeで聞いた音だ。
「この音……。バイソン撃ちの大弓じゃないですか? ララ・リーリーが狩りでもしてるんですか」
「テレージアじゃないか? さっきララ・リーリーの店へ串焼き買いに行ったからな」
京姫の言葉で先ほどテレージアとラウデが席を立ったのはお花摘みではないことを知った姫騎士さん。しかし、話が繋がらない。
「ララ・リーリーの大弓引けたら串焼き二割引きするらしい」
小乃花から補足が入った。それを聞いた姫騎士さんは、なんともムチャな割引チャレンジを用意したなぁ、と呆れ顔だ。ザイルと見紛う極太の弦が張られた大弓は実に身の丈を超す。弦を引くのに独特な身体操作を必要とする大弓を一体誰が引き絞れるのか。まぁ、身近な人物が出来て仕舞ったのだが。
「串焼きを仕入れてまいりましたわ!」
「そちらに空いたお皿を重ねてください」
串焼きの入った油紙袋を抱えたテレージアとラウデが帰って来た。五、六本はありそうだが、串焼き一本のサイズが大きいので二袋なのだ。料理が無くなった空き皿へ未使用の取り皿を重ね、牛、豚、鳥とヴィーガン向けの野菜串が並ぶ。
「本数が並ぶとすごい量よね」
「春にヘリヤはコンだけ一人で食べてたヨ」
一本合計二〇〇瓦の肉が刺さっている串焼きが集まると壮観だ。それを見てついポロッと呟いたクラウディアに花花が脅威の前例を上げたのだが、即座に二度聞きしたとしても仕方ないだろう。
「テレージアは大弓チャレンジしてきたんですよね? しかしまあ、良くアレを引けましたね」
「わたくしの身体操作法と相性がよろしかったんですわ! さすがに連射は出来ませんでしたけど」
ララ・リーリーの弓射術はお見事でしてよ、とテレージアが結んだ。
そもそも大弓チャレンジは、Mêléeで披露した大弓が余りにもインパクトが強く、試合後から問い合わせが頻繁にくるので、これ商売になるカナ?と串焼き屋の目玉イベントにしたのだ。商魂たくましい。
モッチモッチと食べることに集中し、大人しかったルーが食休みのバナナに手を伸ばしたところで何かを思い出したのだろう。ティナに顔を向けて話始める。
「姫姉さま。こないだ森の人から長げえメール来やがったですが、アバターデータ取得?ってナニやるです? ルーはめんどいので華麗にバックレるのです」
「ルー。逃走禁止です。逃げだしたら宿題たくさんだしますからね?」
ガーンと音が聞こえるほど絶望の表情を披露するルー。なんで?と目が訴えている。
「もう、そんな顔して。アバターデータ提供は学園の騎士としてのお仕事ですよ。本人が提供したくないならお断りできますが、ルーのアバター化は私が許可しました」
「またルーのことなのにルーに決定権がないのです……」
ルーのアバター化要望がたくさん届いた結果ですよ、と姫騎士さんに言われ、無い胸を反らし自慢げに自画自賛しだしたルー……は放っておかれたが。
「みなさんもアバター更新の依頼は届きましたか? ウルスラの怨念が籠ったメール」
ティナの元にはウルスラから長文のメールが届いていた。Mêléeでチームを組んでいたウルスラも試合中に新規アバター案件を覚悟していたが、Waldmenschenの身体運用が、またSDC――Système de compétition Chevalerie――では計測しきれないデータ不整合を起こすレベルとは想定外だったのだ。
つい先日まで姫騎士さん専用の武術プログラム作成で不夜城と化した電子工学科アバターチームもデータを見て悲鳴を上げたのは仕方なかろう。
その上、ルーや小乃花の隠密機動、ララ・リーリーの大弓、クラウディアの剣を使った体術他多数の案件が降って湧いたアバターチーム。
更に、追い打ちが掛かる。Duelで初公開の技や身体運用を披露した騎士が複数人いるのだ。その場合、単なるアバター更新だけでは済まず、アバターデータ調整ルームで詳細なデータ取得が必要になるのだ。世界選手権大会を間近に控えた今の時期、どうあがいてもスケジュール内に収まらない案件の数々に、この打ち上げで羽目を外している電子工学科のメンツがチラホラ目に付く。自棄になっているのだろう。先程、ウルスラも舞台で恨み言満載の替え歌を熱唱していたくらいだ。
「やっぱりみなさんにもメールは届いてましたか」
ティナが聞いてみたところ、届いたメールの内容は人によって変わっていたようだ。アバター更新日程調整と恨み言付きの二種類に分かれていたのが闇を感じる。
「世界選手権参加組は、大会が終わってからのスケジュールになりそうだな」
「妥当じゃないカしら。開催地が近場と言っテも出身国によって合流日程は違ウもの」
世界選手権大会の開催日は毎年不変で一一月七日から一一月一八日の二週間だ。実質あと二週間後なので、アスリートにとってはスケジュールがタイトだ。が、騎士はスポーツ選手と違い、常在戦場の思想が広まっているので、二週間はどちらかと言えば長いスパンと捉える者の方が多かったりする。
「私はMêléeだから週明けには現地でチームと合流ね」
クラウディアはMêléeドイツ代表として、すぐさま現地入りする。団体戦の代表は混成チームになるケースが多く、選抜されたチームメイト達のスペック把握と摺り合わせ時間、戦術を元にした連携などの練習は必要不可欠なのだ。
「私は秋休みの三十日から小乃花と一緒に日本代表と合流だな」
日本組は、一週間前に動くようだ。Duel代表の場合、基本個人試合なので、団体戦ほど必要作業がない。装備のメンテナンスと体調管理が主な仕事だからだ。
ヴリティカも同じ理由で日本組と移動日が同じだ。
「私は二日のナポリ行きチケットを取りました」
イタリア代表のシルヴィアは、大会四日前と随分余裕だ。開催地が南部と言えど出身国であるため、他国の騎士よりも国の風土や風習などを良く知っているからでもある。
「わたくし達は一日に現地入りしますわ」
"わたくし達"の中には従騎士であるハンネとラウデも入っている。二人はサポート要員だ。余計なことをポロッとしないように両手で口を押えるハンネがいじましい。
「あれ? ドリルは大会代表じゃナイはずだたネ?」
「アォスシュテルングシュピールでお呼ばれされましてよ。何に出るかは当日のお楽しみでございますわよ~」
それを聞いた姫騎士さん。午前中、ハンネが漏らしたテレージアがJosteの事前準備、と言う単語を思い出す。そして、マジかいや~、と高貴さの欠片もない言葉を内心で呟き、首を傾げる。月末イベントありますよね、その翌日に移動はスケジュールがタイトすぎではないですか、と。
イベントやエキシビジョンマッチなどのイレギュラー要件がポロリと零れたことを皮切りに、世界選手権の試合以外で嫌な予感がよぎる姫騎士さん。アスラウグが母ルーンと月に何度か手合わせしていることを思い浮かべ冷汗が一滴流れる。さすがにマサカそれはないと、無理やり納得しておいた。精神衛生上非常に宜しくないので。
「ティナはいつから現地入りするんだ? 明日は取り敢えずザルツブルクに行く日でいいんだよな?」
「ええ。明日、実家に帰る予定は変わりません。ハルも楽しみにしてますし。朝八時集合も何時と同じです」
予定を聞いて来た京姫に応える。かわいい弟は、お姉ちゃん達がやって来るのを心待ちにしているのだ。その期待を裏切ることなどあってはならない。
まだ京姫は、それで?と目で語っているので質問に返す。
「ナポリ行きの話ですよね。私は四日に移動です。来週末までイベント目白押しですし」
「私の記憶では、世界選手権までChevalerie競技のイベントはないと記憶していますが」
シルヴィアは大小関わらず、参加可能なChevalerie競技の日程を押さえている。さすがに、世界選手権直前までの間で、大会出場選手が招致されるような試合は組まれ無い。あるのは大会不参加の騎士がイベントに参加したり、企業案件を熟したりするくらいだ。
「いえ、来週三〇日の土曜日、バイエルン州主催のアーマードバトル大会が開催するんで、特別招待枠でテレージアと一緒に参加するんですよ。ハンネの伝手ですね」
「へえ、ある意味太極の競技を選んだのがおもしろいわ。おもしろいのよ」
マグダレナも、騎士と準闘牛士で二足の草鞋を履いている。競技としては、仮想と物理が明確に分かれているため、ティナのチョイスは種類が違えども似たような境遇だ。
中世騎士達の練習法を元に発生したアーマーバトルは、金属鎧を纏い物理的に戦う競技だ。世界中で愛され、競技人口もちゃくちゃくと増え続けている。ラタン製、ゴム製、刃のない金属製武器と扱う素材によってレギュレーションは変わるが、ティナが参加するのは投げ、殴打有りの金属武器部門だ。ある意味、ティナとテレージアは今回の大会で目玉扱い、つまり客寄せも兼ねているが、招待されるアイドルなどと違い、ガチで戦える騎士であることが注目を集めている。
海外のアーマードバトルでは、軍人なども参加していたりするので、試合中の殺気がもの凄いことになったりもする。
目下、回避特化のChevalerie競技の騎士が、どこまで戦えるのかが話題になっている。
それを聞かされたメンツは、この娘は何だかんだで自由過ぎるな、と呆れさせたのだが。
「さて。この面子が再び揃うのは世界選手権ですかね。ヘリヤを待てせていることですし。待たせたぶん、何を見せてくれるのか期待してますよ、きっと」
あー、と世界選手権Duel出場組から声が零れる。ヘリヤが卒業時に出した宿題「刹那に繰り出す五連撃への対応」へどのような対策を見せてくれるのか待ち望んでいることだろう。
宿題の難易度は高いが、考え工夫し、用意する。それ自体が答えであるのだ。
世界中の強豪が集まる世界選手権大会。プロアマ問わず一角の騎士、と言うより歴戦の武術家が揃うのだ。ここにいる幾人かは、既に世界を経験し、相手を打ち下し、一握りの中に数えられる経歴の持ち主もいる。
今年の世界大会は、一波乱あると有識者や評論家からも下馬評が上がっている。
それもその筈。マクシミリアン恒例の冬季学内大会で展開されたDuel本選は、其々、世界選手権と比べても何ら遜色がないレベルだったからだ。
世間は世界選手権大会の始まりを心待ちにしている。
お気に入りの騎士に夢を馳せる。
騎士とは、彼等が託した夢を現実に見せてくれる体現者でもあるのだ。
――人々が見た夢の跡。打ち上げ後の宿舎にて。
「イタリアにはナニもってくですかね。塩焼きと素焼き、抱き枕の釜揚げもバッグに詰めねえといけないのです」
「ルー、ぬいぐるみは置いてきなさいな」
早くも旅行の持ち物を厳選していたルーは、口を尖らせ、横暴ですー、と文句タラタラ。世界選手権大会には、便宜上ティナのお付き見習いであるルーも同行する。そして、ルーがコマコマと集めているエビのぬいぐるみは調理名の名付けがされている。食いしん坊ここにあり。
「坊ちゃまと遊ぶオモチャも忘れちゃならんのです」
「あら? ハルもイタリアに来るんですか? 初耳なのですけど」
「うゆ? 奥さまと坊ちゃまとエレ姉がいくですよ? エレ姉がイタリアのカレンベルク家と現地のWaldmenschenで場を整えたって言ってやがりましたです。ナンか大統領と首相?元老院?とかのオジジ達を動かしたって聞いたです」
何で知らない?、と頭に疑問符を浮かべているルー。
ルーの言葉に、本格的な公的訪問じゃないですか、と冷汗をたらす姫騎士さん。
本来、他国へカレンベルク財閥当主であるブラウンシュヴァイク=カレンベルク家の者が赴くことは、非常に難しい問題を抱えている。訪問先の国が細心の注意と警備体制を万全に整える必要がある国賓扱いの一族なのだ。
当主一族ともなると、政府のみならず、多大な人員と金銭が動くため、気軽に他国へ訪問など出来ない。ティナが夏に日本入りする際も、現地との調整に四半期まるまる掛けているのだ。例外は安全面を確保済である一族の本拠地であるニーダーザクセン州、ミュンヘンとローゼンハイム、そしてエスターライヒの主要都市。
しかし何故、今回母が態々出張ってくるのか。カレンベルク、Waldmenschen全ての中で最高戦力となる母ルーンが動けば、両一族に絶大な影響が出るのは目に見えている。だが、ちょっとした思い付きで周り度外視にフラリと動くタイプであることは娘だからこそ良く知っている。ティナも娘なだけあって行動が似ているからだ。
だからこそ判断に苦しむのだが、ティナにも知らせないように事を進めているのが気に掛かる。
「……ものすごく嫌な予感がします。思わず頭を抱えたくなるような」
「ほえ? 姫姉さまバナナ喰うですか? なんとかミンでオツムに栄養がビシバシぐるぐるするってルーは聞いたです」
ぐぬぬ、と唸りそうな姫騎士さんとは対照的に、拍子抜けするルーの平常運転さで明後日方向に話が噛み合わないが何時ものこと。
ルーが小脇に抱えたバナナの房は、ティナに差し出した一本を残すのみになっていた。
食べ過ぎ感はあるが、日常的に高位歩法を使用するルーは燃費が非常に悪いのだ。
「あら、ずいぶんとおいしいですね。プレミアムバナナだったかもしれませんね」
貰ったバナナを丁寧に食する姫騎士さん。
シュガースポットが程よく出て、正に食べごろだ。
予想外のおいしさに全てを棚に置き、ミンダナオ島を思い浮かべるのであった。




