04-028.功夫と竊盗。 Hinunterfliegen Kamelie und Papilio Dehaanii.
午後からの準決勝以降は、一戦三〇分毎の時間間隔で実施される。試合自体は三〇分もかからないが、設営コートのメンテナンスや、次に戦う騎士が競技コントローラに装備情報を最終チェックするなど、準備時間を考慮しての配分だ。
三位決定戦だけは特別で、直前で試合をした騎士が連戦となるため、開始までの時間はプラス一五分される。
これからトーナメントCグループの勝者である花花と、Dグループの勝者、小乃花で準決勝が始まる。
双方とも、競技コントローラで装備の最終登録と被弾判定箇所、および心臓部分判定箇所の最終チェックを終え、選手待機エリアで試合開始待ちだ。
衆目を集めるのは、観客席からも困惑の声が多く上がる小乃花の騎士装備。いつもの青いグラデーションが掛かった直垂姿ではなく、Mêléeで着用した頭巾から上着物、袴に脚絆で裾を絞った姿。Mêléeと異なるのは、全身の着物は中途半端な灰色で、唯一肌が晒される目元部分を暗赤色でペイントしている。
はっきり言って異様だ。
花花は、ヴリティカ戦で着用した演武服だ。上着が黒、下が朱色の唐調服仕立てで、着物と袴のシルエット。
何時もの旗袍ではないため、引き続き脚は隠れる。
「うーん、小乃花も厄介なカンジで来たヨ。精神ゴリゴリ消耗する戦いなりそうヨ」
小乃花を見るに、何時もの戦法を取らないのでは、と予感させる出で立ちだ。
彼女も夏季休暇の終わりから冬季学内大会が始まるまで、ルーの鍛錬に携わってきたメンツの一人だ。教導をする上級生組が手すきの時は対戦なども盛んに行われた。Duel形式で小乃花と戦う場合、彼女が主戦術に使う脇構えの攻略法は確立してあり、余程のことがなければ後れを取ることもない。
その余程のこと。大抵が脚から身体の連動を分析され、それが小乃花の技法と合致する組み合わせになった時、認識外から獲られるケースだ。
そんな相手に脚の動きを見せるのは危険だと、この試合も行灯袴のようなスカートを装備した。余程のことを減らすためだ。
「どこまで見せてくるか判らないネ。コッチも出してイイとこ要注意ヨ!」
そして何の心変わりか、今回は間違いなくDuelで見せなかった技術を使ってくる様子。今迄の戦法を攻略されたから、ではないことだけは明らかだ。遣り方次第で幾らでも通用させられると、小乃花本人が実証している。
とは言え、一目でそれと判る出し方はしないだろう。彼女がこれから繰り出すのは、時代の陰に隠された技術と思われる。で、あるならば、見せても良い技に混ぜ込んで来ると容易に想像出来る。元より人の目には触れない技だからだ。
Duel形式以外なら小乃花に隠形を使われるだけで、六対四の割合で獲られる。ルーの育成期間中に上級生組複数人でluttes形式の手合わせした際、小乃花の気配操作と潜伏能力に何度も冷汗をかかされたものだ。
だからこそ、小乃花が「何処まで」技を公開するのかで、此方も対応する技――同じく見て判らないように――を使う必要がある。ウッカリそのまま技を見せちゃいました、では大問題になる暗部の技であるため、匙加減が非常に難しいのだ。
出来ることなら公の場ではご遠慮したいのだが、出さなければ六対四どころではなく一方的に獲られることになるだろう。それは美しいとは言えず、花花の矜持に反する。
だから。それに付き合おう、と。組み立てが非常に面倒なので花花は渋面であるが。
今までのDuelと今大会のMêléeを比べれば、小乃花はDuelで正対した相手との技法を鍛錬していたのでは、と抱いていた疑問が辿り着く。練度が違い過ぎるのだ。
自分と同様、本質を見せないことが本来の姿なのだろうと花花は想う。自身も競技で見せ始めた技は、実戦で使う目的としたものであるが、見せていけない技を一つも出したことはない。本当に必殺と言える技は、誰も知らないからこそ威力を発揮する。だから非公式だとしても見せるのは表の裏技までだ。
花花の師父に少林寺の法を説く大法師、武僧ではなく生粋の僧侶が一人いる。その師父は人が持つべき徳、本当に必要な事柄を学ぶために招いた御仁だ。故に、精神修業の体力を付けるために少林武術の基礎を修得されているが、武術は門外漢だ。好々爺とした人柄に花花も良く懐き、また可愛がられた。
だからだろうか。武術家でない筈の師父が、誰も知らない高度に練られた技を伝授してくれた。相伝なのだろう、この世にたった一つしか存在しないその技は、命の危機に瀕した時のみ使いなさい、と。鍛錬の姿どころか、技を持つことすら知られないよう、密かに継いでいくのだ。これは、極端な例ではあるが、知られていないと言うことは力になる典型だ。
「もってる刀も長いネ。どう使て来るか、ヨ。あの不思議気配も初めてヨ」
小乃花の持参した武器は、ベルとの試合でも使った打刀。時たま使用する場合もあるが、基本的に脇構えで刀身を後ろに流し、武器の出所を隠す戦法だと広く知られている。ベルとの試合では、それ以外の用法も使ったが、刀身を見せず相手の反応を引き出すこと、正面の死角から相手の懐へ浸食する戦い方は共通だった。
だと言うのに、今回は明らかに何時もと違う気配を相手が察するように出している。
只でさえ厄介だと言うのに、相手に気付かせるための隠形を掛け算されては堪ったものではない。
そして、刀を一本しか持ち込んでいないことから、小乃花の得意技である棒手裏剣を投擲してくるだろう。何時ものように副武器デバイスへ登録しているだろうと容易に想像が付く。
「小乃花の投擲はめんどいヨ。動きの中に投擲動作混ぜるは気配つかめなくてキツイネ」
花花は中国単剣を一本持ち込んだ。花花が試合に持ち込む武器は演武用ではないため、所謂硬剣と呼ばれる硬度が高い実戦向けの武器だ。演武などでは軟剣を用いられることが多い。其方は柔らかく、動きで剣身が波を打って揺れるものだ。
以前、コマーシャル撮影のスチルテストで、三人娘が場の流れから接近戦オンリーluttesを披露した。その時、花花が持参した二刀は軟剣であったため、その特性を利用して剣が絡め捕られるのをスルスルと逃げたりしていた。
――閑話休題。
「花花は副武器デバイスに鏢を登録してた。どっちも投擲が要になる」
淡々と呟く小乃花は、花花が副武器デバイスに鏃のような投擲武器を鼻歌交じりで競技コントローラーへ設定していたことに警戒する。
試合のみならず、今まで使ったところを見たことはない。しかし、此処で投擲を出すのであれば、その練度は推して量るまでもなく。問題は花花が修めた投擲の情報が全くないことだ。どんな状況で何を目的として挿し入れて来るのか、完全に隠し札となっている。
「あの身体能力と反応速度は危険すぎ。初見の技にも対応出来る身体を造ってると見た」
京姫を介して二年、花花との付き合いがある。そこから知り得た情報を元に小乃花は分析している。もちろん、試合中も随時アップデートするのだが。
花花の聴勁は、音や気配のみならず、振動すら拾う。遠間ならば、此方の索敵能力が上回るが、接近戦となれば花花が上手を取ることも多くなる。
彼女の躍動する技は、極めて緻密で繊細な技術の裏付けがある。それを非常識な程の膨大な土台で支えるからこそ、針に糸を通すような技でも全く揺るぎない恐ろしいものに仕上げているのだ。
お互い制約がある中での戦いであるが、花花を相手取るに、正攻法での攻防は後塵を拝する。
では、どうするか。
僅かな違いこそが大きな差に変わり得る。
ならば、竊盗の本懐を成せば良い。
「秘技を忍ばせるのは逆に邪魔。隠形と表裏の技に陰を少し混ぜて賄う。あと手裏剣の使いどころ」
戦いは武器だけではない。目に見えぬ隠された技術など幾らでもある。
そして小乃花は、試合の流れを変える手を投擲武器の使い処に定めた。
インフォメーションスクリーンに流れていた前試合の映像が止まり、現在の試合コートが表示された。いよいよ試合開始である。
『皆さん、Guten Tag! 準決勝二戦目の解説担当はスポーツ科学科六年、キース・スウィフトがお送りいたします。審判はスポーツ科学科五年、ジョン=マイク・ヴィンセントが努つとめます』
午後にアサインされた技量の高い上級生アナウンサーが放送し始めたことで、試合開始準備が整ったことを観客も察する。喧噪に近い歓声が小さくなり、騒めきレベルまで場内は静まる。
『ではでは、気になる競技者紹介とまいりましょう! まずは東側選手。先の準々決勝は拳銃と手裏剣で、まさかの撃ち合い! 飛び交う弾を制して拳銃を撃ち落とした妙技は、感嘆の一言! 二つ名【鴉揚羽】、騎士科五年日本国籍、小乃花・神戸!』
小乃花の二つ名である【鴉揚羽】はラテン語の学名がそのまま使われる。
「Papilio Dehaanii」がそれだ。読み方はほぼローマ字読みで、ドイツ語や英語などでも同じ発音だ。
だが、腰に差した打刀の柄に左手を置きながら武士と同じく折り目正しい礼をした小乃花の姿は、鴉揚羽と紹介されるには聊か困惑する出で立ちだ。今回の装備は華やかさと無縁の、一種怪しげな雰囲気を醸し出している。
『続きましては西側選手。先の試合で戦った姿は二つ名の如く、大輪の花が咲くかのようでした! トリッキーな動きの中に垣間見える、彼女の類稀なる美技に魅せられた方も多いことでしょう! 二つ名【舞椿】、騎士科三年中華人民共和国国籍、陳・透花~!』
花花は、両手を高く振りながらピョンピョンと跳ねて観客へアピールする。午前中と同様に、両側頭部に高めで留めた、輪にした三つ編みのボンデリングヘアーだ。豪奢な金色をした留め金を飾る、複数の短冊がチャリチャリと音を奏でる。
『双方、開始線へ』
審判のジョン=マイク・ヴィンセントが二人の選手を試合コートへ促す。
向き合った花花と小乃花。見るほどに小乃花の装束が違和感を発し、思わず花花が口を開く。
「小乃花、その灰色は老鼠みたいヨ。目なんてマッカッカはおさるさんみたいヨ」
陽気に言葉を掛けながら、花花の内心では警告音が鳴り響く。目の周り、瞼まで暗赤色でフェイスペイントされたそれは、陽が当たれば目が色に溶け込み、影にあっては視線どころか焦点が読めない効果を認めたからだ。
「チューチュー。バナナを所望する」
小乃花の受け答えは、ネズミとサルが合体している。
「混ざってるヨ! その不思議なカッコウも混ざってるカ?」
突っ込みを入れながら、ニヤリと口角を上げる花花。「混ざってる」は、色々な技術を混ぜて来るだろうことに掛けての言葉だ。無論、小乃花なら意味を違うことなく受け取るだろうと。
「試合が始まってからのお楽しみ。隠形系の竊盗が如何に戦うか、ご覧じろう」
「おー、イイネ。ワクワクするヨ。ナニ見せてくれるか楽しみヨ!」
小乃花の答えに、歯が見えるほど口角を上げて笑う花花。やはり何時もと違うことをして来る、と言質が取れたからだ。
『双方、抜剣』
審判が会話の流れを汲んで、合図する。長すぎず短くもないタイミングは、騎士や観客が気持ちを切らさない絶妙な時間間隔だ。こういった一見目立たないところに気を配れる上位のテクニックがあるからこそ、準決勝の審判にアテンドされるのだ。
花花の持つ中国単剣が銀の刀身を空に描く。剣首に付けられた赤い剣穂が風に揺れる。
小乃花が指三本で刀 無銘 當麻を引き抜く。刀一本のみで抜刀から始められる時は鞘引きをしない。あれはタイミングと位置取りが難しい試合最中なればこその抜刀方法だ。
『双方、構え』
審判が合図をかけた直ぐ後で花花が中国武術家お馴染みの演武を始める。
既出である、陳式太極剣三六式第一段に含まれる型だ。預備式から、起式、攔門剣、仙人指路、叶底藏花で右立膝、その下へ交差するように左脚を畳む。剣を右手に持ち替え立ち上がり、続けて朝陽剣で前方に刺し、立ちながら斬り上げ、右手は頭上で剣を相手へ水平に構える。右膝を軽く落とし、右へ半回転する夜叉探海と続け、一〇番目の金鷄展翅まで披露した。
そして、構え自体は両膝を曲げた中腰で左の踵を上げた左前半身となる。右腕は軽く肘を曲げて耳の高さで柄を持つ。左手は肘を曲げ二本指を右手首に当て、剣先は約四五度の角度で臍下丹田の軸線上へ置く。陳式太極単剣、第六式閉門式の型だ。
対する小乃花は、何時もの脇構えではなく正眼だ。右前半身で、切先を相手の正中線に捕らえながら刀身は僅かに角度が付き、鎬で受ける姿勢となっている。
『用意、――始め!』
合図と同時に小乃花の気配が曖昧になる。何時もは隠形で気配を消してDuelで戦っているが、やはり違う手を使って来た。
態と気配を中途半端にすることで、存在が揺れてぼやけた輪郭を花花は捉える。捉えてはいるが、その存在どころか視線の欺瞞が加味されて猶更あやふやだ。確かに居るが、そこに居ない。視覚、聴覚に気配と振動を総動員しても、得られた情報が一致せず真実を隠す。
聴勁にまで認識の齟齬を重ね掛けする真似が出来ることに驚いた花花であるが、驚きに比例したかの如く、手を出すには危険度が跳ね上がる。
「(まいったネ。あの灰色は気配揺れるで会場に溶けたヨ。逆にあの赤いの、視界にムリヤリ印象残す手だったネ。なのに小乃花の視線全部消えるから読みがズレでるヨ)」
小乃花はと言えば、開始直後にフラリと存在が揺れてから、反時計回りでスルスルと移動し始めていた。花花を中心点とした円の移動だ。
糅て加え、気配自体が密度を変えながら消えては現れる隠形により、恰も移動速度が可変を繰り返すように映る。それは錯覚か。将又、実際に遅速しているのか。正確な判断をさせない技量に花花も舌を巻く。
一番恐ろしいのは、暗赤色で塗った目元だ。移動と共にその真価を発揮した。揺れた気配で全体像が曖昧だと言うのに、暗い赤色が有無を言わさず視界に入り、意識をしないと目を惹いてしまうのだ。
人間は、無意識に頭部を目で追う。生理現象を利用した虚偽の技。たとえ、目で追ったとしても相手の視線は完全に隠蔽されている二段構えの虚偽である。
花花は点の動きで追従するが、未だ打って出ない。現状は小乃花の術中に嵌まったままだからだ。今、行動を起こすのは危険だと、暗部の技術を基礎で積み上げているだけに理解しているのだ。
ならばと、牽制しながら聴勁の精度を上げていく。時々死角を晒して相手に罠を張っていると見せ付け、僅かな反応を拾えるように。
余談であるが、小乃花の抜重に見える歩法は、移動中でも受けと攻撃を可能とする体軸を崩さない竊盗の技術に特化して練り続けた神戸家の家伝である。
「(やはり簡単には乗ってくれない。逆に隙を出して私の所在を捕まえようとしてる。気配操作を逆に利用された)」
存在の曖昧さを逆手に取り、揺れの差分から逆算しているのだろうと、小乃花は花花の索敵方法を推察する。お互い表には出せない技術が根幹にあるため、危険に対する勘所は似たものがある。花花も、過てば死に直結する場面での鍛錬を積んでいるのであろう。一見、罠をちらつかせた牽制は、自分を丸裸にするための手立てであると想像が付く。
では、情報が集まる頃に更なる情報を与え、情報過多に追い込む。感で察せられたとしても、花花は一挙手一投足を緻密に制御する技術体系を十全に活用するため、未知の情報が整理し終わるまで動かないだろう。
彼女は、陽気なノリと言動や行動から誤解されやすいが、極めて慎重で決して無謀な冒険をしない。陰に潜む技を持つ者は、確実に仕留める筋道が組み上げてから動くものだ。
「(そろそろ見極められる頃合い。では竊盗の歩法パート二をご賞味あれ)」
とは言ったがそれほど複雑な技法ではない。歩法の速度へ遅速を加えるだけだ。だから、反時計回りで花花から一定の距離を維持することも変わらない。気配の揺れで遅速に見せる錯覚へ、物理的な遅速も加えて情報を撹乱する。
情報を取り扱うことに掛けては、小乃花の流派は相当に精緻だ。此方の情報を抜き取られる時間など、相手の挙動から推察する技術を持っている。その中には、抜かれた情報の分析が終わるだろう時間を凡そ読むことも含まれる。
分析が終わるまでは後少し掛かると見た。そこまで計算してから小乃花は次の手を準備する。
「(小乃花がスゴクキケンになたヨ! やっと攻めるポイント見つけた思たら卓袱台バーンされたヨ!)」
古い番組でも見たのだろう。花花が引用した卓袱台返しは、昭和の日本でしか通用しない完全な死語だ。
小乃花の気配操作を伴う歩法は、呼吸や所作で自身の左右へ気配が振れ、識別に齟齬を生む技法だ。勿論、左右だけではなく本体も含め、気配の出し方を入れ替えるなどをしている。虚偽と欺瞞だらけで、元より情報収集するには難易度が高い相手なのだ。
花花は露骨な罠に反応させた情報、左右に揺れる気配の比較など、様々な要素を分析していた。精査がほぼ終わり攻めどころへ仕掛ける時が来るのを待つだけだった。関節の可動範囲上、どうしても動きに切り替えが発生するのだが、コンマ数秒以下程、他のパターンより多く手間が掛かる一瞬を探り出した。詰まるところ、流れを僅かに停滞させる箇所へターゲットを絞ったのだ。
それが、全部無駄になった。
小乃花は歩法を少し足しただけで、蓄えた情報と全く違う結果にしたのだ。身体の構造上発生する切り替え自体も違う方法へ変えられ、攻め入る点を潰された。
同じ流れを豹変させる技術は此方の気が削がれそうになるくらい絶妙だった。情報の扱いを得意とする竊盗と言うだけある。再び情報収集と分析を強いて来るところも卒がない。此方の諜報力が如何程か完全に悟られている。読みの精度が高すぎるヨ、と花花は苦虫を噛み潰す。
だからと言って、情報収集と分析を怠ることは出来ない。花花の諜報力を見越した上で仕掛けられているからだ。
只の歩法だけで、余りにも難しい判断を迫られるとは。
花花が予想していた通り、精神の削り合いが確定路線となった。それも情報戦でだ。
正直、外から見れば花花を中心に小乃花が一定の距離を保ってグルグル回っているだけにしか見えない。
だからこそだろう。合いの手が入る。
『これは珍しい状況です。透花選手を中心に、その周りを遠い間合いで円を描くように移動する小乃花選手! 透花選手が点の動きで、小乃花選手の正面を絶えず向いていますが、その状況が一分を疾うに超えました。何方が狙っているのか、はたまた罠が待ち受けるのか、展開が全く読めません!』
花花と小乃花の動きが、間合いを取り合っているのだろうと認識している観客は多い。
しかし、試合に動きのない時間が長く続いたことで、学園生アナウンサーが解説を挟み込んだ。観客に飽きさせないギリギリの匙加減で一言入れ、客席の意識が途切れないように誘導する。オマケでこのアナウンスが試合を動かす切っ掛けになれば有難いと期待も少々。
「(言うは気楽でいいネ。事件は現場で起こてるヨ! コッチは冷汗モノヨ!)」
明白に口を尖らせている花花は、また何かの台詞を引用している。試合でなければ声を大にして叫んでいることだろう。
「(はぁ。見た目で試合が動かないテコ入れくさい。けど観客に余計な先入観で引っ張るのはどうか)」
小乃花は、アナウンスの言葉に溜息一つ。言葉で導くより、見る者が判断すれば良いと。どの道、直に動くだろうに。
既に準備は終わっているのだ。今は仕掛ける条件が揃う時を待っている段階だ。
それから数周ほど花花を中心に回ってから小乃花が動く。
「(よし。来た。始められる)」
ポツリと小乃花は内心で零す。待っていた条件へ導く筋道が漸く組み合わさった。
それは花花が小乃花の動きを分析し終えたタイミング。分析するために注視した視線が全体視へ焦点が切り替わった僅かな変化を見止めた時。
小乃花の動きに変化が現れる。円を描く動きではあるが、スルスルとその半径を縮めていく。無論、花花の制空権に侵入し、聴勁の精度がより高くなる――隠形を見破られる可能性が高い――位置へ蹈み込んでいく。
だが、此処で三つ目の歩法へ切り替える。運足で僅かに発生していた地面への振動を完全に消す。言葉にすると一言で終わるが、実際は歩法の奥義である。
新たな情報を与えたことで、小乃花を警戒こそすれ、花花は接近を妨げることは危険と判断するだろう。此方が迎撃する前提で罠を張っている可能性を彼女なら必ず読むからだ。
だが、それこそは花花に小乃花が繰り出した攻撃へ迎撃を合わせさせる一手である。
「(やってくれるヨ。攻撃受ける一択にされたネ)」
呆れたように呟く花花に焦りはない。むしろ余裕さえ伺えるのは、未だ序盤だから、と言う訳ではない。この状況で攻撃を待つのであれば、反撃の有無は別として対応可能な技術を持つからだ。
此処までは小乃花の想定通り。距離を詰めるためだけに、態々気配操作を重ねた歩法を三つ出した。それを踏まえて接近する行為は、此方の準備が整っていると、相手にも伝わっている筈だ。
その証拠に花花の迎撃する意思が伝わって来る。
「(……迎撃する意思が掴めた? やられた。逆に嵌められた)」
攻撃の挙動に移っていた小乃花だったが、最早動きを止めることが出来ない絶妙な状況で仕掛けられた。
気配察知の攪乱を施した螺旋による距離の浸食。抜重と浮身で体軸を通したまま、身体の連動を移動に合わせながら攻撃態勢へ移行していた小乃花。
点の移動で追従する花花とは、絶えず正面で相対していると見せかけた動き。花花が脚を移動する動きに合わせる。最小半径で追従するには小さな円を造るため、身体の内部で大きく動く部分が必ず出る。それは全体を整えるため、他に動作を回せない一瞬。
そこに攻撃を仕掛けた。
気配操作で出所を曖昧にした正眼からの斬り下ろし。
股関節の動きで相手の軸から僅かに外した軌跡を取らせる。こちらの太刀筋だけ体軸が通った攻撃は、相手の軸をずらすことで、受けられても押し通せる代物。
それは回避行動に移られても有効だ。軸がずれた回避から反撃しても、効果は出ない。
小乃花と花花は、同じタイミングを狙っていた。
小乃花の斬り下ろしに対し、花花は中国単剣で防ぐ素振りもなく、剣身を持ち上げ水平にした。
そして、肩口から斬り裂かれたと誰しもが見えた瞬間、花花の身体が一瞬ブレた。
虚歩で後方重心に寄せていたからこそ出来る、瞬間的な一〇糎程の後退。小乃花の刀を眼前で遣り過ごし、姿勢を戻す。通り過ぎた刀が斬り返しを始める前に、右腕を山なりに持ち上げながら手首だけで剣先を下げる点剣で、小乃花の右上腕へ切先を届かせた。
「(そうきたか。遁走)」
小乃花の判断は早かった。斬られた瞬間、花花の射程圏外へ飛び退き、四歩の距離まで退避。
利き腕の上腕を斬られれば、刃筋が狂う。しかもご丁寧に経絡も合わせて斬られた。斬り上げや左持ち手を使った螺旋の剣筋で反撃も可能だが、その後が続かない。斬られた経絡の影響で、右腕が正しい連動とならないように無力化されているからだ。
その状況に在れば、此方が討ち取られてしまうのは明白だ。ならば、逃げを打つ。
――ポーン、と一ポイントを失った通知音を小乃花は耳にする。先行したのは花花だ。
「(引き際はサスガヨ。先、読まれたヨ)」
花花は、自分の何を狙われているか判っていたからこそ、そこに罠を仕掛けていた。
相手共々、陰に潜む技を織り交ぜれば、常道の手は通用しなくなる。だからこそ、物理的に身体の流れを切り替える必要がある瞬間に合わせると読んだ。
実際に此処まで、その鬩ぎ合いを繰り返していたことも判断の理由だ。
特に小乃花は、此方が観察していることを承知で、音や意思、呼吸などの様々な情報源を開示してきた。が、その全てに真偽を混ぜている。
そうなると、得た情報源を差分として、見える動きと突合しながら判断せざるを得ない。その動きも気配操作をされ、未だ振れ幅が大きく始末に負えない。
ならば。相手の攻撃に任せ、その瞬間を待つ方が確率は上がる。
相手が捉え辛かろうが、自分へ撃ち込まれる攻撃だけは真実だからだ。
「(小乃花もあそこから動けるは思てナカタみたいヨ)」
花花の罠は、点の追従と脚の配置による身体操作自体の偽装。
点の移動により体軸を右に左へ繰り返し切り替えるのだが、前脚となる左脚は踵を上げた形で変えない。実際は重心が掛かっていない虚歩を維持していたのだ。
点の動きは最小半径を取る円だ。小さな動きほど、身体操作は忙しない制御を必要とする。物理的な切り替え、要は空白の時間が多く発生することを示す。
だが、花花が重要視したのは動作的空白や体軸よりも、中心軸を維持することだ。中心軸さえ整っていれば、どのような姿勢であろうが強固な身体の連動を花花は使える。
だから体軸を切り替える瞬間に放たれた小乃花の攻撃は、中心軸を起点で動ける花花に回避されたのだ。残念ながら、退避した小乃花を追う態勢は整っていなかったが。
「(うーん、震脚の出番なくなたヨ。これから出せる機会は来るかネ?)」
本来なら小乃花が反撃で刀を斬り上げるに合わせ、虚歩を震脚へ踏み込む予定であった。そこから中国単剣の振り降ろしで刀を押さえつつ刀身の上で滑らせて左手首へ切先を届かせる。そのまま畳み掛け、投擲の挙動がされるより速く残り一つを獲る流れとして組み立てていた。
しかし、小乃花の引き際が余りにも鮮やかだった。
あっけなく退かれ、絶好の機会が失われた今、震脚を踏むことは意識から外した方が良いだろう。元より警戒されている技術であるし、花花の震脚は秘伝の身体技法を用いるため、発動にそれなりの準備が必要となる。
「(見事にだまされた。思った以上に身体操作の違いがある。あの状態から動ける手を持っていた)」
小乃花は、花花の一挙手一投足のみならず、重心移動、体内に巡る力の流れを観察した。そして、数度に一度だけ、その全てを並行で繋ぎ変える瞬間を見付けた。それは瞬き程の空白。
此方が動けば、相手も動かざるを得ない。その動きの中で、どの組み合わせになった時、空白が出来るのかを計っていた。
花花に自分の動きを分析させると共に、小乃花も花花を分析していたのだ。
だが、実際に蓋を開ければ罠が張られていた。体軸の切り替えに入った最中であっても、回避と此方の次弾を放てなくなる攻撃を繰り出された。
「(アレは重心移動の流れじゃなかった。股関節で避けられた? それに腕の置き方。一気に叩き潰す準備と見た)」
それを裏付けるのが刀を振り降ろした先に見た、花花が左脚先を内向きに滑らした場面だ。ほぼ間違いなく震脚で威力を増大させた剣が相手となる。利き手上腕と経絡を斬られては、なす術なく獲られるだろう。特に経絡の乱れは自然回復までに一秒近くかかるため間に合わない。
だからこその緊急回避だった。
間合いを挟んだ駆け引きと一合の交差。それだけの中に、彼女達が積み重ね、練って来た膨大な量の技術が組み合わされていた。相対する当人同士でしか判らない戦いがあったのだ。
特に花花は「自分の修めた技が美しいことを魅せる」ことを信条に、見た目が派手目な技術を多く使うが、今回のような戦い方こそを深く修めているのだろう。
何時もの技と比べれば、明らかに繊細で熟達した身体操作をしているのが見て取れた。
「(さて。次なるは竊盗の小細工をご覧あれ)」
距離を四歩開いたまま、小乃花は両手をだらりと下げる。右手の打刀は下段の構えとは程遠く、切先を斜めに持っているだけに見える。未だダメージペナルティの三〇秒が経過していないから力が入らない、とは見えない。一体何故かと、観客席から疑問を口にする声がチラホラ聞こえる。
――棒立ち。
誰彼も、小乃花の姿をそう表すだろう。誘い、ではあろうが、あまりにも無防備すぎる。
だが、その姿に対峙する花花は封じられたように動きを止めた。牽制や誘発、間の取り合いなど、大抵試合の至る場面で見られるような細かな動きすらなく、本当にピタリと静止したのだ。
それでも、警戒度は試合開始時よりも明らかに高く見える。中国単剣も花花が構えの起点で見せる演武の型でもない。剣身で身体全面をカバーするよう斜めに構え、どこから攻撃されても対処出来る姿勢に変えている。
「(嗯嗯。やられたヨ。こんなヤリカタでコッチがナニまで出すか見に来たヨ。先に使わせる気満々ネ)」
その無防備な姿勢は小乃花が花花へ使うからこそ、実に良く牽制が効いた。距離の空け方も嫌らしい。一息に飛び込む、或いは少しずつ間合いを詰める。その何方でも手裏剣の的になる。
何時でも投擲出来る距離こそが重要であり、投擲しないと言う選択肢も在る。何気に下ろした刀は、持ち上げるだけで相手の侵入を防ぐカウンターとなる。最低でも二手以上は用意しているだろうと花花は読む。
その上、隠形を掛けない素の気配を相手に態と掴ませる。無防備でありながら、それを構成する情報量が多過ぎるのだ。
幾ら虚実に掛かりにくい花花と言えど、通常の対応では、まず確実に上手を取られて仕舞う筋道しか浮かばない。
だから花花は唸るのだ。通常ではない対応をせざるを得ないために。
「(なるほど。動きを止めて仕切直した。このレベルまで技を出す模様)」
小乃花の無防備は、どのような状態でもカウンターを繰り出せる待ちの姿勢だ。しかし本当の目的は、花花が修得している暗部の技術をどの範囲まで出すかの仕切りである。
花花も本来、表に出さない技術を使えば攻略は容易だろう。だが、何処まで技術を出すかで難易度が変わるように仕向けた。どのレベルで付き合ってくれるのか。その閾値を決める無防備だ。
時代の陰に息衝いて来た技術は一括りに出来ない。武術の違いや流派の違いに始まり、その成り立ちや用法、危機管理能力、反応速度など、多岐に渡り技術体系が分かれている。どんなことに適用させるのか、何処に重きを置くのか全く異なる。
表裏の技ではなく、その陰と位置付けられる技を持つ同類だけに、何に対してどのくらい反応するかで仕掛ける技や防御法が変わって来る。
そして。花花が動きを止めたことで、技術を混ぜ込んで来るラインが明確に定まった。
動きを完全停止し、攻撃や迎撃でもなく防御の選択をしたことで、花花が秘事と呼ばれる類の技術を出すつもりはないと理解した。言葉はおかしいが、一般的な暗部に属する中位者ならば対応出来るであろう技術が花花の取った動作だ。隠し混ぜて出すには、絶妙な塩梅だ。
瞬時にそのラインを選択出来る時点で、相当高位な技術を隠し持っていることが伺える。此方の技術も予定より一つ上まで出して丁度良さげだと小乃花は判断する。
「(仕込みは成った。これから本当の陰をコッソリ混ぜる撃ち合い。こっちも何処まで隠し出せるかが問題。誤魔化すのがめんどい)」
花花の言う「ホンとで戦うの技」は、演武も含む一般で学べる技を本当は実戦で使えるものだと証明するものだった。戦うために突き詰めれば、技は美しくなる、と。
果たして花花は如何様な技術体系を見せてくれるのか。そして人に知られざる技同士、表の世界で衆目が集まる中、何処までそれと気付かれず混ぜ込んで来るのか。
「(踏ん張りどころを決めた京姫の後に花花と当たれてラッキー)」
既に花花の潜在能力はヘリヤと遜色ないレベルを持っていることが騎士達に知られ始めている。そのような相手と、このタイミングで当たったのは小乃花にとって降って湧いた幸運だ。今後の試金石と成り得るからだ。自分だけではなく、それを伝えたい後輩にも、だ。
今回、改めて別の技を試すことに決めた切っ掛けは、午前中に日本在住の知人から貰ったメールが発端だ。
戸隠流に出稽古へ赴く際、必ず立ち寄る蕎麦屋の主人が差出人だ。彼は戸隠流の門弟でもある。今日、ヘリヤが番組の収録で戸隠流忍法四十代宗家、磁雷矢 将馬と手合わせを行なうと事前に聞いていたので、その結果だけを連絡して貰うようにお願いしていたのだ。
そして肝心なメールの内容。磁雷矢が延遁、空蝉、分身の術まで使い一本と二ポイントを獲って敗北した、と。日本とは時差が八時間あるため、此処ローゼンハイムでは朝九時か一〇時頃の出来事であった。
今後、ヘリヤと当たるならば、今迄よりもう一段階上の技術を出さねば戦いにすらならないだろう。
だから花花なのだ。公式な試合で隠し出せる技が彼女に通じるならば、ヘリヤにも通じる可能性は大きい。
「(ティナがDuelをバックレたのが残念。花花と違う方向も試せたのに)」
ヘリヤと同格扱いになったティナが今回のDuelを不参加としたのが悔やまれる。彼女もガッツリ暗部の技をこれでもかと使えるからだ。それも、見られたところで誰も真似が出来ない特殊な技術を。
それは扨措、もう一つ理由が生まれた。直前に行われたAグループとBグループの準決勝で、京姫の成長が見られたからだ。
この後輩は、自分の本質に恐れを抱き、時たま思い出しては震えるような心の危ういところがあった。ティナの母ルーンに師事を受けたことで精神も大分安定したが、奥底に葛藤を残して燻っているのを同郷の同室だからこそ良く知っていた。
それがシルヴィアとの戦いで、恐れを受け入れる覚悟を見せた。であれば、憂いも無くなっていくことだろう。これからの京姫は武人として確実に変わる。
花花は通常とは違う戦い方が出来る相手だ。ならばこそ違う強さもあると、先に生まれた者として見せておこう。
生真面目で融通が効かず自分に厳しいのに、心の奥底は臆病で、独り抱え込む。心を許した相手にも末っ子らしからぬ甘え下手で、相談事すら不器用な可愛らしい後輩へ。
内に秘めた想いは別として、今は試合の最中だ。その心情などは関係なく時は進む。
花花が仕掛けて来た。
そう仕向けたのは小乃花本人であるが、やはり花花の引き出しは多い。明確にラインが引かれた中であっても、此方の予測を簡単に飛び越えて来た。
「(半端じゃダメネ。一気にGO!ヨ)」
花花は、完全に動きを止めて対峙していたが、身体の内部は全く異なっていた。
呼気で内功を高め気脈へ巡らし、内勁で体内を巡る力の流れを整える。左右で発生させた纏絲を臍下丹田へ溜める。迎合する左回りの渦と右回りの渦。二つの渦が一つの螺旋を描き、相克する力を混ぜてゆく。その渦を上半身へ連動させて行く。
同時に両脚で次の纏絲を練り始める。左右で対になる螺旋が脚全体へ行き渡った時、一気に放出した。
通常ではない対応。
見た目では判らない異常。
零の次が最大となる速度。
左脚の纏絲で移動に掛かる動作を加速させ、時間を圧縮した瞬歩。小乃花の真正面へ空間を削り取って浸食した。
まだ残っている右脚の纏絲を使い、一瞬で左の移動へベクトルを変える。小乃花が刀を振り上げる速度よりも早く、武器の効果範囲外である右側面深くへ滑り込む。
さすがに小乃花も察知能力は他の追随を許さないレベルなだけあって、まるで未来視したような反応で対応して来た。が、そのくらいは然るべしである、と。
「(ホイサッとヨ!)」
小乃花が前脚を滑らせ、半円を描きながら花花へ正対する。その最中、振り上げられる刀の峰に中国単剣を宛がい、動きに合わせて途中で静止させる。位置取りと刀の押さえは、振り上げに投擲動作が含まれている可能性への対応だ。未だ彼女のダメージペナルティ時間は数秒残している筈だが、位置取り含め、小乃花の武器を確実に足止めすることが第一目的だ。
上半身へ満たした纏絲で、小乃花が最善の状態であったとしても、腕をその場に縫い付ける程の圧力を生み出す。その結果、正対した小乃花は、右袈裟斬りをした直後のように、右腕を身体の動きから取り残された。それでも体軸が崩れずに保たれているのは、彼女が研鑽し続けた賜物だろう。
不利な姿勢を取らされたと見えるが、何時でも反撃に転じる術は持っていると感じる。
だが、その点も含めての織り込み済、である。問題はこの先だ。
「(こっからが本領発揮ネ)」
良く知る相手だが、今回に限っては全くの未知だ。今迄とは系統の異なる技が曲者だ。本来練っている技術の殆どを見せず、上位陣に数えられている小乃花ならば、此処から複数の返し技を持っているのは容易に想像が付く。
ある意味、お互い様の話ではある。双方が先読みし辛い厄介さをどう捌くかで事態が根本から変わりうる、非常に繊細で、且つ綱渡りの戦いだ。
小乃花は、花花が動きを止めた対応を見せた時、瞬歩を使って来るだろうと確信していた。見せても問題ない技で此方のカウンターを掻い潜るには、速度を短縮する接近法は効果が高い。
使う技術のレベルにより、攻略方法が異なる仕掛けを持った構えが無防備だ。通常の技術でも時間を掛ければ攻略の糸口も見つかる。だが、花花は攻略が長尺になることを避けるだろう。自分達のような存在は、みすみす手の内を晒す時間など掛ける筈はない。
その諸々が省略出来る手段を花花が持っていることは知っている。それは単純であるが故に、恐ろしく効率が良い。
試合で使ったところは見たことないが、六月のホーエンザルツブルク要塞攻略イベントで、零から急加速する瞬歩を目の当たりにする機会があった。あれは普通の技術ではないことを実際に見たからこそ判っていた。
だから、花花に此処で使って貰えたのは僥倖だ。然れば、それが先での瞬歩を抑止することになる。
しかし、使われることは想定内であったが、その内容が範疇の外にあった。
「(瞬歩の速度が異常。投擲のフェイクが間に合わなかった)」
読んでいた筈の瞬歩には続きがあったのだ。最高速のまま進行方向を急転換したのは完全に予測外だった。
「(同じ速度のまま回り込みまで出来るのがおかしい)」
独特な身体操作でヘリヤにすら回り込みが出来るティナと遜色ないレベル。
だが、瞬歩を発動中の気配がどのように移り変わるかを掴んだ。見取りをしていることは花花にも気付かれるようにしていた。次は瞬歩に対応して見せる、と軛を打ち込んだ。
それを踏まえてだろう、花花は有利になるよう立ち回った。小乃花のダメージペナルティが解除されても、右腕を使うには一手順動作が必要となる仕込み付きだ。中国単剣での抑え込みへ体重を乗せ、自由を奪っているところが全く抜け目ない。
そう、強力な抑え込みだ。
だのに有利な状態でありながら、剣身を滑らせ手首を斬りに行く訳でも無く。或いは巻きや流しで、腕や胴を攻めて来る訳でも無い。
十中八九、此方の左腕に牽制を仕掛けている。投擲するにも微妙な位置を保っているからだ。投擲と言う札の存在から、花花が剣をその場へ抑え続けさせた。
だが、この状態から花花がどのように繋げていくのか興味深い。お互いの剣は下方で交差しながら次の動きを潰し合う鬩ぎ合いの状態だ。
気になるのは花花の投擲だ。使いどころと射出方法が初見であるからには、まず回避は難しい。一つ貰うことは已む無しとする。
その代わり、気配の動きを見取りし、試合コートを俯瞰で検知している脳内マップに追加の情報を貰う。まずは、引き続き花花が先に動くように仕掛ける。
膠着、と言うには短い一秒も満たない時間の経過。
試合を牽引、いや、動きを誘引するのは小乃花だ。ダメージペナルティが終了し動き始める、と偽装した筋肉の動きを僅かに漏らす。花花は即座に反応し、崩しへ入った。
抑えられていた刀と剣の接触点から、刀の峰へ反時計回りだろう、点の螺旋が加わった。剣の重さが一点に集中し、身体操作を使わなければ、瞬間で刀が折れるレベルだ。
花花が中国単剣で押さえている場所は、剣身の中央で芯が通る部分、剣脊と呼ばれる箇所である。硬剣だからこそ、螺旋と共に重力を点で発露させれば力が逃れず、その威力は接触から切断、もしくは折り砕くことも可能とする。あくまで身体操作が熟達している前提の技術ではあるが。
「(こう来たか。やりおる)」
感心しながらも小乃花は、刀へ直接ダメージを与えようとする接触感知を受けた瞬間、加えられた荷重を刀から腕へ通し肩甲骨で受け流した。脱力と身体の連動を使うため、実はまだ終わっていないダメージペナルティによる負荷も影響しない技術だ。
しかし、よもや片手剣で接触状態から武器破壊の手段を持っていたことに感嘆する。
掛かる筈の力を受け流したことで、刀と剣は接触しているだけの状態となった。表情や気配では判らなくとも、接触した武器から花花の言葉が伝わって来る。
――またしても先に動かされた、と。
このような虚偽の仕込みは小乃花の得意とするところだ。虚実に掛かり難い花花ですら騙し通した。しかし、一度起動すれば流れるように畳み掛ける技術を花花は持っている。それは小乃花も重々承知しているし、如何にそれをさせないか腐心した結果が今だ。
お互い制約の中で、どのように技術を隠して織り込むのか違いを良く観察出来た小乃花は、面白いものが体感出来て満足度も一入だ。
それは別として、またもや観客に伝わらない技術の応酬だったことは触れないでおく。
「(小乃花は細い技術が秀逸ヨ。点で読ませて、その先の読み変えて来るネ)」
隠形で完全に気配を消さない。それこそ小乃花が自分を騎士とは違う視点で危険視している証左だ。花花の聴勁なら、完全に人が気配を消せば、自然の中でポッカリと空白が出来る不自然を見逃さない。
だからこそ、気配操作で実像を揺らしながら複数の技術を幾重にも重ねて来た。その中でほんの僅かに異質となる点を一連の流れへ自然と混ぜている。普通では気付けないレベルだが花花なら読み取るだろうと見越して。ある意味、此方の能力を信頼しての罠だ。
撃ち合いどころか削りにも来ない。何気ない動きに含ませた普通では気付かない違和感。それは、陰に潜む技を持つ者ならば反応して仕舞う、奸計に陥るであろう誘引。その全ては必殺の一撃を放つために打たれた布石だろう。
「(哎呀! 想像以上だたヨ。アッチならトップクラスに入るレベルヨ)」
小乃花が唯一攻撃を仕掛けたのは、確実に仕留められると判断したであろう斬り下ろしのみだった。今や、それすらも虚偽に混ぜて来るだろうが、決める時は確実に一撃で終わらせる組み立てを花花は見た。正に陰へ潜む者が使う技術だ。
表の世界で、見せてはならない技術をそれと気付かれずに出すことがテーマなのだろうか、と。
「(オモシロイネ! Duelでそんな戦い方出来るはレアイベントヨ!)」
どの道、小乃花の策に嵌まり、先に動かされた訳だ。ならば、そのまま乗って仕舞おうと花花はニヤリと笑う。
花花が暗部の技を気兼ねなく使える相手は、師父達か、ティナくらいだ。
ティナの母ルーンも花花の相手は造作ないだろうが、特級の危険信号を察知しているのでお相手して頂くことにならないように話題すら避けているのは内緒である。
兎も角、花花にとっても、暗部の技を中心に隠し出すのは新しい試みだ。実際、それと判らないように使うものではあるが、「競技の枠内」では、まず使うことは無い。あっても身体操作を少しだけ、程度だ。
解禁、とは違うのであろうが、花花の身体操作がガラリと切り替わった。臍下丹田に蓄えられていた螺旋の渦が、全身に行き渡り循環しながら増幅を始める。
その瞬間。
小乃花の刀を押さえていた筈の花花は、四米近く離れていた。
「(ここで瞬歩とは驚き。離れる時に使われる対応はしてなかった)」
小乃花は、花花の内部を巡る力の流れが一瞬で別物に変わったことを鋭敏に察知したが、瞬歩で距離を取られることは想定していなかった。発動時の気配は掴んだが、その時には既に遅く、相手は届かない距離に居た。重心移動もなしに、そのような動きが出来るとは、ティナの前例がなければ到底信じられなかっただろう。
「(やはり、身体操作に特別な技術を持っている。なるほど、ウチと比べれば隠し出せ易そう)」
――それに、と小乃花は言葉を続ける。
「(花花の投擲は状況の組み立てで出すと見た。退避の動きに混ぜて脚を潰された。お陰で追撃に出られない)」
言葉と共に、小乃花の左脛に刺さった、鏃のホログラムが消えていくところだった。仕切り直しのためだけに撃たれたのだろう。必要な場面があれば挿し入れる技能だと小乃花は念頭に置く。
――ポーン、とポイントを取得した通知音が二つ響く。その音を聞いた客席はザワリと色めき立つ。二人が離れた後に鳴った通知音は、何に対して判定したのか直ぐには理解出来なかったからだ。
「(マサカの相討ちヨ! 鏢投げた体勢合わせて避けられナイの投げて来たヨ!)」
花花は瞬歩で最速の退避を掛けながら、仕切直しの投擲を放った。標的は小乃花の後ろにある左脚の脛。膝より下へダメージペナルティが発生すれば、此方を追従しようにも速度と姿勢が整わず、まず無理は出来ない。
ところが、小乃花の追従へ入る予備動作に別の手が含まれていた。花花の投擲に反応して、小乃花も投擲。それも投擲モーションの終わりに合わせて着弾するように、花花の身体がどう動き終わるかを計算して。
手裏剣が飛来した場所は、腕の付け根、神経が集中しており、左腕の動作が緩慢になる位置だ。中国単剣は下方を向いたままのため、防御へ間に合わせられない。結果的に胴へ被弾判定となり、ポイント的には追い付かれた。
「(投擲の練度は小乃花が上ネ。足止めしたケド、コッチは左腕一本使えナイされたヨ)」
本来、投擲武器は牽制の役割が大きい。ところが必殺の一撃と成り得るのがChevalerie競技だ。それは牽制だろうと、当たれば等しく被弾の扱いになるからだ。
競技の特性を理解したからこそ、手裏剣を戦術へ組み込んだ小乃花の方が使いどころを掴んでいる。実のところ、二人の投擲技術自体に殆ど差はないのだが、競技の理解度で差が現れたのだ。
予想外の一撃を受けた花花だが、ダメージペナルティなど構わず直ぐに行動へ移していた。小乃花を中心に反時計回りで円を描く歩法だ。先程の二人とは立ち位置が逆になっている。
違うのはそれだけではない。その速度がおかしい。瞬歩を使っている気配がないのに同等なのだ。
纏絲を全身で循環、増幅させる身体能力の底上げに、骨の連動を加えた高速機動。
それは点の追従なれど、左脚にダメージペナルティを負った状態の小乃花では、花花と正対する動き以外にリソースを回せなくなる速度。
対応のため、小乃花が左脚へ重心を傾けた瞬間、花花は射程内へ強襲した。荷重を掛けられない状態の左脚では、花花の威力を増幅させた斬り下ろしを迎撃どころか回避するのも難しい。
必然的に受けるか流す選択肢に絞らせる一撃。無論、捌きに意識を取られた後に出す手が本命だ。そこまでの道筋は小乃花も察しているだろう。受けの体勢を取った姿が物語っていた。
「(さすがに待ってはくれない。速攻きた)」
小乃花の左脛に受けたダメージペナルティは、花花を相手取るのであれば非常に厳しくなる。それを判っているからこそ、花花は即座に仕掛けて来たのだ。
それに対して小乃花は左脚へ負担が掛からないよう、柄頭を右上にし、刃先は下へ向けて刃筋を立てる。身体正面を斜めに刀身が横断する姿勢だ。
左右の手を交差させ刀身が斜めになる構えは、ドイツ式武術の撓め切りを撃ち込まれた時に使う受けである防壁の構えに良く似ている。違うのは防壁が受け流す型であることに対し、小乃花は刃筋を立てた受けであること。
だが、問題はある。刀を持つための右手は逆手気味になるため、受けた衝撃が手首の外回し側に掛かって仕舞う。武器を持つ手首を外側に回す。それは武装解除の基本だ。故に、幾ら両手で受けたとしても、持ち手が交差した状態では攻撃の分散に劣る。
では、どうすべきか。 その答えは、股関節を可動させ上半身の位置移動で補うことである。
右に上半身を回し、花花の中国単剣が接触するより速く、此方から振り下ろされる剣刃部分の殆ど切先数糎に合わせて刀を搗ち当てる。刀の区(根本)に近い部分で、相手が剣に最大の力を乗せるポイントより前に受けることで掛かる威力を減らした。
「(やはり、そのまま次手に繋げた)」
刀の接触感知から剣の刃先であるに関わらず、体重を乗せるではなく花花自身の重さが降りて来た。刀の斬り方である下に降ろす、と同様に、剣を引くでもなく押し当てるとも違った。剣の先まで身体全体が一塊となっている感触。
「(むっ、下か!)」
花花の次の手。相手に受け、若しくは流しをさせてから、左脚を畳み仆歩の姿勢へ移行。右脚を伸ばしたしゃがみ込むその動きは、相手の武器から剣の切先を滑り外し、そのまま棍の技――摔棍――でがら空きの胴か脚を斬る流れであった。
「(チョット、待つヨ!)」
仆歩の姿勢で摔棍を放った花花は驚きの顔だ。攻撃を不発にされたよりも、まさか、こんな方法で防がれるとは思ってもいなかったからだ。
剣の切先を刀に受けられた時、相手の刃が欠けたのだろう、引っ掛かりが出来、金属が噛み合って外れ難くはなっていた。横の動きから縦への牽制攻撃、そして本命である上下移動の攻撃で流れが立体的に移行し、噛み合った剣は高低差から金属の加締めをすり抜けられる筈であった。
この状況は誰しも想定出来なかっただろう。
小乃花は、花花の剣先を刀の区(根本)付近で絡め捕ったまま、仆歩で潰されたように這い蹲った。
当然、小乃花は勢いに潰された訳ではない。
仆歩の動きに同期するよう、右脚は爪先、左脚は膝、そして左手を柄から外し五本の指だけで大地を掴むように身体を畳みながら伏した。三点着地の形だが、花花の伸ばされた右脚の先は、小乃花が指を着いた左手の直ぐ内側で、今にも触れそうなくらいの距離だ。その上、肩口と頭部付近が足先を覆い被さる位置に来ている。
刀自体は伏した身体に合わせて右腕を肩ごと持ち上げ、刀身が左肩口から背中後方へ流れるように配置されている。中国単剣を受けている場所は顔の直ぐ隣、且つ斬り終わりで勢いが抜けきる場所。
低い姿勢になった花花が尚、見下ろせる位置に小乃花が陣取った。このまま中国単剣で斬るには左右しかない。だが、そこには攻撃禁止の頭部があり、実質、身体を引かなければ攻撃手段がない。足先の上を覆う小乃花が邪魔をし、花花が姿勢を起こすには真っすぐ後ろ方向のみへと制限されている。
「(一気に不利なたヨ! ヤラレタヨ!)」
一番の問題は、小乃花の担いだ刀だ。花花の体軸をずらして崩し、且つ自身は伏したまま体軸を保って武器の主導を取っている。身体を退くにしても、中国単剣の剣身に刀身を滑らせて追撃して来るだろう。この状態では力を必要とせず押し流され、刀の刀身を止められない。更にそこから被せるように斬り込みが繰り出せる流れを造られている。
そして、小乃花が左膝を着いたことにも意味がある。脛の長さ分、攻撃距離が前に伸びているのだ。退避で距離を稼ぎ、空振らせようにも追い付かれて仕舞う。
更に、お互いの武器が噛み合っている場所。中国単剣は射ち終わりの腕を伸ばした姿勢であり、力が乗せられない。対して刀は腕を畳んだ状態から力の乗せ始めが出来る姿勢。初めから次の手に繋ぐため、意図した受け方だったことに感服する。
それがここで効力を発揮し、攻防を不利のまま退避する必要に迫られた。
そして。その全てを小乃花は頭を下げた状態、詰まり花花を一瞥すらせず遣り果せているのが恐ろしいところだ。
傍から見れば花花が上を取り有利に見える態勢だが、実際は下になっている小乃花が主導権を握っている。
「(イイネ‼ 小乃花、サイコーヨ!)」
花花は仆歩の歩形に成り終わった瞬間には動かざるを得ない判断を強いられた。相手に状況をコントロールされた中ではあるが、攻撃を貰おうとも身体を退き起こさなければ迎撃どころか回避も出来ないのだ。
だのに、花花は満面の笑みを湛える。
いなかったのだ。一部のみとはいえ、花花が暗部の身体運用を使い、予測不能な動作で必中にまで持っていった攻撃を完全に凌駕してくる者が。ティナですら被弾を前提に全力回避する攻撃。
それを凌ぐどころか、純粋な技術のみで覆してくる存在。
こんな身近に居たとは。
お互いが全ての技を出す訳にはいかない公の場。見せることを制限している技術だけで、これ程迄の物を小乃花が隠し持っていたことに花花は歓び打ち震えた。
呼気で練り込んだ大量の酸素を一気に使用し、循環する纏絲の増幅度を上昇させながら全身へ行き渡らせる。そして、全身を巡る内勁を一段階引き上げた。
意識を一つ深くまで身体と繋ぎ、強制的に脳下垂体よりベータエンドルフィンを放出させる。それを左腕付け根の末梢神経系へ導くようコントロールし、痛覚を消す。動かせない筈の左腕が復活した。簡易VRデバイスからダメージペナルティの負荷が実施され続けている状態にあるのも関わらず。
花花は後ろに畳んだ左脚を起点に、身体を退き起こす。纏絲による身体能力の底上げは、人の範疇を超えた異常な速度に至らせる一瞬のためだ。
まず、常人では反応出来ない秘儀を使った瞬歩と同レベルの退避。それは中国単剣も同じ速度で退くことに繋がる。
だが、小乃花はその速度に問題なく追従してきた。接触感知からだろうか、花花の後退と共に、刀を背中から正面への振り降ろしで合わせる。畳んだ左腕を伸ばし、起こした身体が高さを調整する。
予想通り中国単剣をガイドにしながら攻撃の導線を維持して来たが、何時の間にか左膝の位置がほんの少しだけ前に移動していた。それが上半身を更に前へ移動させる。花花の予想より距離を稼いできたのだ。
そして、続く動きに驚かされた。
呆気なく中国単剣を押し遣りながら刀身は滑り、円の軌道で振り降ろされる。中国単剣の上刃を外側から交わるように抑え込む形へ変化し、そのまま切先で右手首を斬り裂くと見えた瞬間。花花は刀の感触が消えたことに目を見開く。
刀の軌道が正しく縦に振り降ろされていながら、中国単剣の外側に外れたのだ。この段に於いて、小乃花は股関節の可動で右半身を迫り出し、体軸の向きを可変させたのだ。
そのまま刀の切先が中国単剣の下を掻い潜り、花花の胴へ斬り込んできた。予想外の攻撃に花花は右腕を引き、刀の軌道に挿し入れる以外は選択肢がなかった。
肩甲骨を使い、高速で引いた右腕の前腕で刀を受け止める。橈骨の半ばで刃は止まり、刀を絡め捕ることに繋がった。
復活させた左腕を下から弧を描くように上へ放る。射出された鏢が、上半身を起こし右腕を固定されていた京姫の胸に吸い込まれた。
ポーンと被弾の通知音が三つ。
遅れて、ブーと合わせて一本を取得した通知音が二つ流れた。
「マサカなコト多過ぎヨ……。マサカがインフレ起こすヨ」
ポツリと呟いた花花の言葉に続くように、審判から試合終了の合図が出される。
『双方一本! 第一試合終了。待機線へ』
審判の宣言で観客席は沸くが、インフォメーションスクリーンに表示されている双方のポイント数に観客達が騒めく。
そこには、花花と小乃花が一本と一ポイントで並んでいることを示していたからだ。二人が最後に何かを仕掛けたのだろうが、それが何かは試合を見ていたにも関わらず判らなかったからだ。
「小乃花がアノ状態から手裏剣シュッシュしてくるは思わなかたヨ」
試合後の会話で花花が発した言葉から、観客達も投擲の存在に思い至った。小乃花と言えば投擲術については外せない話題であるからだ。
最後の攻防。花花が投擲で勝負を決めたのと同様、小乃花も左手から手裏剣を投擲していた。自身の止められた刀と花花の右腕を綺麗に避けた僅かな隙間から、心臓部分を狙ったのだ。身体を起こしつつも頭部はまだ上がっていない状態、要は気配だけで投擲したため、着弾点を結ぶ途中に投擲が終わった花花の左腕が在ることを気付くのに遅れて仕舞ったが。
何時、投擲動作を織り込んでいたかと言えば、花花の攻撃で伏せる時、左手を刀から外して着地に使用する動作がそれであった。
「そっちも鏢の使い方が嫌らしい。左で使うとは予想外」
小乃花は敢て、花花の投擲技術が利き手以外で使えることを語っているように言葉を濁した。終局で花花が左腕のダメージペナルティ中に投擲したことへ言及しないように。花花が公言して良いか微妙なラインの身体操作を使ったからだ。
「よく言うヨ。ソッチこそ見ないで戦うは予想外ヨ」
視点どころか焦点すら捉えられないのは当たり前だった。小乃花は相手の分析に必要な時以外、花花を視界内に収める程度でしか見ていなかったのだ。視線が読めない筈である。
「竊盗は暗闇でも戦える」
何とも神秘的な一言で返し、選手待機エリアへ引っ込んでいった小乃花。少なくとも観客には、そう聞こえた言葉だ。
実際に相対している花花は、何とも言えない顔をしていたが。
――選手待機エリア。
ズズズと音を立てながら番茶を啜る小乃花。縁側のおばあちゃんライクな姿は、相も変わらず希薄な気配で、人々に気付かれないのは何時ものこと。小乃花が先の戦いを振り返りでポツリと呟かなかったら、誰も彼女を認識しないだろう。
「花花の身体操作は相当深い。こちらと運用が別物と考えた方が良さげ」
花花が鏢を射出した左腕は、起点となる腕の付け根にダメージペナルティを受けている最中で、とてもではないが投擲を練れる状況ではなかった筈だ。だとすると、痛覚遮断をしたのではないかと小乃花は思考する。
小乃花の流派でも痛覚遮断をする技法はある。特定の身体操作と精神操作で重ね掛けしながら、技法を結実させる類のものだが、如何せん時間を必要とする。故に、潜入工作や、戦闘行為が含まれる作戦時などの前に使用する。
それを花花は、戦いの中で遣り果せたのが信じられないところだ。技術体系の違いか、花花の才覚なのかは判断するには情報が足りない。
が、何時でも特殊な身体操作を使えると言う札が切られた事実。だが、それが在ると判っていれば幾らでも対処の手はある。
「次はたぶん、一合で決まる」
小乃花は、第二試合で勝負が決するだろうと気を引き締める。
お互いが後二ポイントを残すのみ。一気に仕留めなければ後手に回り、そのまま押し切られるだろう。それぞれが切った札は、それを可能にするものだからだ。
丁度良い温度で保温した茉莉花茶を一口含み、喉を潤わせる花花。ここ、選手待機エリアへ入って来た時と同じ、何とも言えない表情を浮かべている。
「うーん。接近戦を相手見ナイで撃ち合うは非常識ヨ」
第一試合最後の攻防を小乃花は確かに気配察知のみで賄っていた。接近戦、それも武器が搗ち合っている状態に於いて、そんなことが出来る者なぞ終ぞ出会ったことがない。それ程に異常な戦い方を見せられたのだ。
「ウチでも暗闇で戦う鍛錬するケド、小乃花は光ナイとこで戦う鍛錬してるの厄介ヨ」
夜間戦闘――新月など星明りの元――の術は花花も体得している。しかし、小乃花は光が無い完全な漆黒の中で戦える技術を携えていた。彼女が持つ、異常に広範囲な検知能力と微に入り細を穿つ気配察知能力は、全てその技術を支える根幹ではなかろうか。加えて、瞬間的な読みの精度は花花を上回っていた。だからこそ絶大な威力を発揮し、最後まで小乃花の罠から逃れることを妨げた。
実際、小乃花の索敵は、隠形技術の奥義に類するもので、多岐に渡って使用する。特に気配察知は花花を唸らせる程の精度を誇り、他の追随を許さない。近接であれば、花花の聴勁が有利ではあるが、察知能力の使用に関して思想が根本的に違うことが先の攻防結果に繋がったのだ。
「さてと。次は瞬間で終わりそうヨ。小乃花もそのツモリで仕掛ける思うネ」
花花も第二試合は一瞬で決するだろうと予感する。互いの技量を考えれば、その選択以外は負けに繋がるからだ。 小乃花の対策は特にない、と言うより立てない方が上手く回るだろう。相手の罠が何時仕掛けられるか予測も難しく、そこに合わせて後手になるよりは、持てる技術で随時対応しながら押すのが最善だろう、と。だから一息で決められる組み立ての流れを決めた。
そうして長くも短いインターバルは終了していった。
インターバル終了に合わせて、学園生アナウンサーが次の試合開始直前まで、トーク力で会場を温めてくれていた。花花と小乃花の使った技術は高度なれど、試合を俯瞰で見ていた者には、とても地味な戦いであったのだ。それを面白く聞かせる技量はさすが最上級生のアナウンサーだ。
会場が試合開始の準備に入ったところで、盛り上がっていた観客も、これからの試合のため少しずつ静かになる。
そのタイミングで審判のジョン=マイク・ヴィンセントが声高らかに声を上げる。
『双方、開始線へ』
東側に小乃花、西側へ花花が開始線を挟んで向かい合う。二人が装備を変えた様子はなく、第一試合と同様、武器と投擲の組み合わせだと観客も予想する。
「さっきはNINJYA技にしてヤラレたヨ。本場のNINJYはエゲツないネ」
「NINJYA違う。正しくは竊盗。そこテストでる」
「ナンとヨ! しっかり勉強しなきゃヨ! NINJYAはシノビ、手裏剣シュッシュヨ! そしてドロンネ!」
「うむ。励みたまえ。ニンニン」
阿吽の呼吸でネタ会話が展開されている。先程の戦闘と比べて温度差が酷い。
だがそれは、何時でも冷静であり、即座に切り替えが出来ることの証左だ。
今まで記載はしなかったが、選手が開始線へ向かい合ったところで、審判は試合が可能か判定している。審判用ARモニタに表示される選手のバイタルデータに不調はあるか、装備データが前試合の状況を引き継いでいるかを計測する。全てに問題がないかチェックし、次の試合へ進める可否を決める時間でもある。マイクパフォーマンスの裏ではこのような作業に充てられているのだ。
『双方、抜剣』
審判の合図が掛かる。チェックは問題なく通ったようだ。尤も、この段階で試合中止になる事態は余程のことがないと起こらないが。
花花の中国単剣が銀の線を空に描く。赤い剣穂が鮮やかに揺れる。
小乃花の刀 無銘 當麻が音も無く引き抜かれる。鎬が高く、鎬幅の広い刀身は、陽光を浴びてくっきりと陰影を造り出す。
『双方、構え』
小乃花は左前脚で右頭部側に刀を立てる八相の構え。甲冑剣術、特に兜を被った際の上段である。
対する花花は第一試合の開始と同様、陳式太極単剣、第六式閉門式の型だ。こちらも左前脚だが、完全な左半身となっている。
『用意、――始め!』
審判のジョン=マイク・ヴィンセントが高く上げた手を交差させながら降ろし、開始の合図を掛ける。
その合図で花花から辺りを埋め尽くす力の奔流が溢れた。全身を循環させている纏絲と内勁の増幅を一段階上げて来たのだ。
対照的に小乃花の気配が小さくなりながら左右に振れ、実像を曖昧にぼかす。気配をほんの少し残し、景色と溶け合うギリギリの状態が虚構を造り出す。
お互いが次の一手で決める準備をしたのだ。
二人は第一試合とは打って変わり、滑らかな動きでスルスルと正面から間合いを詰める。お互いの射程圏にギリギリ触れ合うところでピタリと歩を止めた。
静と動。この静止が、それを区別させる一瞬だったからこそ、見ている者の印象に尚のこと残った。
何せ、静止から一秒かからずに決着が付いたからだ。
「(いざ尋常に)」
「(それいけ、ヨ!)」
二人で止めた時間が動き出す。
膨大に蓄積された花花の勁力――運動エネルギー――が骨の連動に乗せて発露する。零の次が最大速度となる中国単剣の刺突。静止したことで小乃花の気配が小さな振れ幅になった瞬間を狙い、確実に胸元へ着弾する軌跡を描く剣先。
虚を突くどころか認識を置き去りにする強襲は、小乃花を反応すらさせない。
させないように見えた。
「(ちょっ⁉)」
思わず花花は目を見開く。小乃花の胸へ吸い込まれた剣先が届いていない事実に。
小乃花は花花の強襲に反応出来なかった訳ではなかった。打って出られることを見越して、対策が済んでいたのだ。
気配を前後に置くことで、認識の齟齬を造った。相手に距離の錯覚を植え付ける。全ては先手を撃たせるための仕込み。それが成った今、八相から振り下ろされる刀は、花花が刺突で伸ばした右前腕を斬り抜く線を結ぶ。
「(むっ! これを避け、なっ!)」
今度は小乃花が驚かされる番であった。
後の先ではなく、完全なる後の後。相手の動き終わりに合わせて発動させた二つの罠。
一つは伸ばしきった腕を斬る振り下ろし。花花の攻撃終わり、つまり身体の動きを切り替える必要が発生するタイミングで避けられない斬撃を仕掛けた。
そして、二つ目。八相から振り下ろす右腕の挙動に投擲動作を練り込み、腕を斬ると同時に刀身の下を胴に向かって飛翔する棒手裏剣。
それが思いもよらぬ方法で回避され、そして攻撃された。
花花は、伸ばした右腕が刀で斬られる瞬間、後ろ脚となっている左脚を畳んで上半身ごと後ろへ倒した。逸らしたのではなく、正に倒れ込んでいく状態だ。その姿勢は小乃花の刀から右腕を逃がし、棒手裏剣が身体の上を通過する程に崩れている。
最早、誰もが倒れるだろうと確信した瞬間、花花は信じられない動きを見せた。
花花が蓄えた膨大な勁力は、身体が持つ性能を最高率で引き出すことに使われた。畳まれた左脚が伸ばされながら歩法を開始する。重力が働いてないかの如く、不自然に上体が引き起こされる。
それらが同時に行われた一瞬後。花花は小乃花の右側に回り込みが完了していた。
――ポーン、とポイント取得の通知音が響き、続けてブーと合わせて一本を知らせる通知音が鳴り、客席から動揺の声が其処彼処で上がる。傍からは花花の刺突で決着が付いたように見えたが、どうやら自分達が思ったものと違う結果だったことが判ったからだ。一体、何が起こったのか。何故、小乃花の脇腹に鏢が刺さっているのか。観客は疑問の答えが出ないから騒めきが引かないのだ。
重力エミュレートされた鏢が、引力の再現でスルリと落下する。
「(あの異常な回避を囮にしてきた。潔い)」
鏢のホログラムが消えゆくところを見ながら小乃花は呟いた。
『試合終了、双方開始線へ』
審判が終了の合図を掛ける。審判を挟んで東側に小乃花、西側に花花が並ぶ。小乃花の表情は隠されて見えないが、花花は今にもヤレヤレと言いそうにグッタリしている。
『東側 小乃花・神戸選手 一本と一ポイント』
目を瞑り、腕組みをして佇む小乃花の表情は全く読めず、彼女が何を思って試合結果を聞いているか誰にも判らない。
『西側 陳・透花選手 二本』
腰に両手をやり、フンスと胸を張る花花。一瞬だけキリリと顔を整えたが、途端にヘナヘナと力なく萎れていく。
『よって勝者は、陳・透花選手』
花花に向けて審判から上げられた手は、勝者を示すもの。場内が一気に沸き、勝者を讃える観客の声が至る所から聞こえる。声援へ応えるように花花は両手を振りピョンピョン跳ねるが、直ぐにガックリと肩が下り大きく息を吐いている。相当に疲労が溜まっていたのだろうと伺える。
「一日に二回も精神ゴリゴリする試合になるとは思わなかたヨ。スゴク疲れたネ」
首を項垂れながら小乃花へ顔を向けた花花は愚痴のように言葉を零した。
「よくやった。最後の倒れる回避を囮にコッソリ鏢を投げたのは見事」
「回避の仕方は最初からヤル決めてたヨ。絶対、手裏剣シュッシュしてくるから当たる場所無くしたネ。斬ると一緒に手裏剣飛んできて間に合うかヒーッなたヨ」
相手の攻撃に隠れて手裏剣の投擲があると花花は読んでいた。只、どのタイミングで仕掛けられるかまでは読めなかった。だからこそ、上半身ごと後ろに倒して被弾対象自体を消し去ったのだ。そして、普通では在り得ない姿勢制御を見せ、相手に次があると意識させた。それを隠れ蓑に、身体を起こしながら投擲動作を練り込んだのだ。
「まさか、あの体勢から姿勢制御と移動を熟すとは、まんまと騙された」
「風評被害ヨ! ソッチこそ最後のアレはナニヨ? 当たる突き当たらない初めてヨ。聴勁ダマすトンデモないネ」
「それは誉め言葉。竊盗は相手を欺いてナンボ。楽しんで貰えて重畳」
確かに楽しかったと、花花は声を上げて笑う。
笑いが収まったところで、再び小乃花が口を開く。
「次の試合も楽しんでくるといい」
小乃花の口調は何時になく優し気だ。花花は、次の試合を戦う二人に向けて届けた言葉だと察する。
「そうネ。二人で、――楽しむヨ」
笑みを浮かべながら短く答えた花花の言葉の本意は、この場では小乃花にしか伝わらないが。その言葉には、漸く殻を破れた京姫を慈しむ気持ちが籠っていた。
――競技者控室。
花花の試合時間は正味十分程度で終了したため、次の決勝戦までは四五分ほどの待ち時間がある。後一五分のインターバルを挟んで、三位決定戦、小乃花とシルヴィアの試合が始まる。花花の出番はその後だ。
唐調服仕立ての演武服は脱ぎ去り、何時もの丈が短く身体にピタリと貼り付く旗袍に着替えている。次の試合は機動力を必要とする戦術と、使う武器の特性もあり、脚を隠すヒラヒラした装備は都合が悪いのだ。
次で使う武器は、部屋に常設されている武器デバイス確認用スペースに収められ、武器デバイスの最終チェックをしているところだ。電子工学科とスポーツ科学科のサポート要員が、剣身のホログラムチェック中である。
競技者控室のミニキッチンで沸かした湯をいそいそと茶壺――日本で言うところの急須――に流し込んでいる花花。次の試合が最後なので、持ち込み飲料は豪華に発酵保存蔵にも拘った熱茶タイプのヴィンテージ普洱茶をまず洗茶しているところだ。茶葉が解れたところで一度中身を注ぎ棄て、再度湯を注いだ。かなり良い茶葉のため、普洱茶で良く聞くカビ臭さはない。
「花花さーん、おめっとさんでーす。ルーがきたですよー」
「陣中見舞いに来ました! 花花さん、おめでとうございます!」
「決勝進出おめでとう。あら、良い薫りね、薫り高いのよ」
いきなりドアから入って来たルー、ベル、マグダレナの自称応援団が静かだった競技者控室を賑やかにする。
「ありがとうヨ。また来るするは思わなかヨ。丁度お茶淹れてたからついでに振舞うヨ」
半ば呆れ顔の花花。彼女達の訪問は今日、これで五度目だ。準決勝前、四度目の訪問から、然程時間は経ってない。
「あら、催促したみたいで悪いわね。遠慮なくいただくわ。いただくのよ」
「花花さん、ありがとうございます! 中国のお茶はあんまり飲んだことがないので楽しみです!」
「ルーはお茶よりゴマだんごをパクつきたいのです。分け前をよこすです!」
ルーの留まるところを知らない食い気に、完全な呆れ顔となる花花。ヤレヤレ仕方ないヨと、甘い餡の入った胡麻団子をルーの口にポイッと放り込む。反射的にモッチャモッチャと噛み出したルーは暫く大人しくなるので放置。
その間に蒸しが終わった普洱茶を茶壺から茶海へ移し入れ、茶の濃度と温度を均一にする。そして、茶盤――簀の子が乗った深いトレイ――に置き、余った湯を掛けて温めた小ぶりな茶杯へ注いでいく。ふわりと、棗のような甘い香りが立ち込める。
「おいしいわ。舌触りが滑らかなのね、滑らかよ」
「ほんのり甘いカンジがします! お茶なのに不思議です!」
「気に入ったようでナニよりヨ」
マグダレナとベルには好評のようだ。熟成期間も長い茶葉なので、渋味が丸くなり口当たりは甘くまろやかな仕上がりだ。
「最後の刺突。あれはヘリヤクラスの速度があったわ、あったのよ。私と戦った時、あれを出されてたら一方的に仕留められてたわ」
春季学内大会でマグダレナは花花と予選で戦った。第三試合時間一杯まで使い、判定で敗退した経緯がある。
ちなみに。過去、マグダレナは上級生組トーナメントに組み込まれていたが、前大会は公式の試合出場が少なく、実績が少なかったことから年相応の下級生組トーナメントへ組み込まれた。昨年度は、国元で闘牛士の免許取得に時間を割いていたのでランキングポイントが四桁台まで大幅に下がっていたのだ。
「あー、ムリムリヨ。あの速度出せるは中国単剣までネ。レイピア相手には射程足りないヨ」
「小乃花さんにズバッてしたかと思いました! まさかホワッと避けてたなんてビックリでした! その後のシュビッシュバッって手裏剣の投げ合いが熱い展開です!」
ベルの天才語録は難解だが、何を言わんとしているかは何となく伝わるパターンだったのが救いだ。
「モニュモニュ……ゴクン。最後の花花さんは、Waldmenschenみてぇな動きです。あんなのエレ姉や姫姉さまくらいしか見たことなかったです」
「結果は同じけど動き本質違うネ。ティナは部品単位、ワタシは身体の中一つにして動かすヨ」
胡麻団子を食べ終わったルーが所感を漏らしたが、取り敢えず感が拭えないおざなり気味に口を開いたのは何時ものこと。
花花が答えた内容を、ほヘー、と相槌だけで会話終了してるのが困ったものだ。
ここでマグダレナは、伝えて置くべきことだけを口にする。
「さっき京姫のところに寄って来たけど、良い仕上がりよ。振り切れた印象を感じたわ、感じたのよ」
さすが、闘牛と言う饗宴で生と死の遣り取りをするマグダレナは、京姫の状態を鋭敏に感じ取ったようだ。
「そりゃヨカッタヨ。京姫アウアウしてたら呼び起こすのが大変だたヨ」
会場入り前、京姫の試合を最後まで見る時間があった。そこで京姫が初めて見せたものは、相手を確実に屠るために純粋なる暴力で組まれた技。千年以上続いた武の家系ならば、取って置きの誅する技を持っているだろうと花花は予想していたが、やはり、と言ったところ。彼女の奥義を使うためならば、あの神懸かりと呼ばれる技術は過分なのだ。それを余すところなく運用するための法があるのだろう、と。
しかし、今迄の京姫ならば、躊躇して技を出せなかっただろう。だからこそ、心配もあったのだ。
だが、試合の去り際に伝えられた小乃花の言葉。そして、マグダレナから聞いた今の京姫。その二つがあるからこそ、笑って向かい合える。
「――だから京姫。二人で本気の楽しもうするヨ」
期待を込めて花花は小さく呟いた。
ここには居ない京姫へ伝えるように。




