04-027.武将と剣豪。 Teufel Prinzessin und Kaleidoskop Schwertkämpfer.
午後に入り、次第に雲の切れ間が多くなる。風も少なく、暖かな陽射しが降り注ぐ時間も増えて丁度良い気候であろう。とは言え、過ごし易い、と恩恵を感じるのは、地元民や緯度の高い地方から来た者に限られることだろう。現に、熱帯、亜熱帯などの緯度が低い地方から来た騎士達は、平熱自体が一度程度低いこともあり、冬の肌寒さを口々にする。
午前中の試合で勝ち抜いたDuelベスト四の四名は、京姫、シルヴィア、花花、それと小乃花である。
それぞれ何方が勝っても可笑しくない拮抗した試合展開で観客を沸かせたが、特にリンダ対小乃花戦は、一際観客を賑わせた。勝敗を決したのが拳銃対棒手裏剣の投擲武器同士で、刹那の攻防であったからだ。
そして、冬季学内大会第二部Duel本選第四戦。つまり準決勝は一四時から開始となる。準決勝からは一戦ずつ二戦、三位決定戦、決勝戦と、合計四戦が執り行われる。
その最初を飾る試合は、トーナメントAグループで勝ち抜いた京姫とBグループの覇者であるシルヴィアが戦う。今は二人共、試合開始まで競技者控室で試合の準備中だ。
――時刻は一三時半過ぎ。京姫の競技者控室は賑やかである。
「京姫さん、ルーが遊びにきたですよー」
「ごきげんいかがですか、京姫さん! 陣中見舞いに来ました!」
「どうやら万全の様子ね。激励に来たわ、激励に来たのよ」
ルーとベル、マグダレナの自称応援団が所縁の有る選手を訪問し、応援と言う名の冷やかしに来ているのだ。
「三人共、ほんとに試合ごとで巡回してるんだな。他も回って来たのか?」
三人の心意気は嬉しくもあるが、京姫は少々呆れ気味だ。何せ彼女達三人は、一戦毎に縁者の元へ訪ねているのだ。京姫の元へは本日四回目の訪問とくれば、少々行き過ぎではないかと呆れられても仕方ないと言えよう。
「さっきシルヴィアさんのところに行ってきました! キュピーンってカンジでした!」
「シルヴィア姉さんはルーにオヤツくれたです。イイ人です」
ベルとルーの受け答えに温度差はあるが、ここへ来る前に京姫の対戦相手であるシルヴィアのところに顔を出して来たようだ。
「京姫の技を間近で見たことが有るもの。シルヴィアも万全だったわ、万全なのよ」
マグダレナは、京姫の対戦相手が最良の状態であったと告げる。
六月のホーエンザルツブルク要塞攻防イベントで、攻撃側チームの要となったシルヴィア、マグダレナ、京姫は最後の攻防で三人一緒に行動していた。シルヴィアとマグダレナは、京姫の初動が判らない攻撃を間近で見ることになったのだ。
だからこそ、京姫がどれだけ脅威であるかを重々承知している。
だからこそ、シルヴィアが対策を練って来たのは当然であると。
「そうですか。シルヴィアも万全なのですね。それは願ってもない」
相手が手強いことを歓び、笑みが浮かぶ京姫。その様子をジッと見つめるルー。
「……京姫さん。その机にあるオヤツをルーはモグモグしたいのです」
空気を読まず緊張感などブチ壊すことを平然と言い放つルーは平常運転だ。
ルーの言葉で、卓上に置いてあるドライフルーツの袋に皆が視線を向けると言う、何とも間の抜けた空気に挿げ変わる。
「やれやれ、またか。何度も言うが、それは試合後の糖分補給用だから全部は食べないでくれよ?」
京姫の言葉が終わるや否や、了解なのです、とドライフルーツに飛びつくルー。本日四回目の訪問とくれば、その度にオヤツを強請るルーが呆れられても仕方ないと言えよう。
応援団が滞在中だった約五分程は終始賑やかとなり、良い意味で空気を変えていった。
時刻は一四時。今回は午後からの試合が一戦毎に時間をとれたことから、試合コートは中央に一面のみへと再設営されている。
競技コントローラー近辺の待機線では、武器デバイスの最終登録等、準備を終えた京姫とシルヴィアが学園生アナウンサーの選手紹介で呼び出されるのを待っているところだ。
矢庭に雲が流れ、陽の光が射す。その光は、シルヴィアの装備である儀仗鎧仕立ての鎧が原色の緑鮮やかに際立たせ、スカートの濃赤が対比となり、アクセントを生み出す。
そして漆黒の中へ光を吸い込む京姫の装備。今大会では鎧下である直垂を鶯色から蓼藍に墨を混ぜたような黒とも言える濃紺の染め物へ変えている。結果、全身を黒で纏い、草摺がない紺糸裾素懸縅胴丸の前立挙と肩上を結ぶ橙色の紐と、武器デバイスである大身槍の朱塗りが視線を集める。腰回りの肌色具合も同様であるが。
冬季学内大会の本選が始まってからの京姫は、前述の装備で実を固めていた。それは、少なからず観客や配信の視聴者などから興味の対象となっていた。ネット上でも装備変更について色々と考察がされていたくらいだ。
『皆さん、Guten Tag! 午後は準決勝から一戦ずつの試合となります。お目当ての騎士も試合毎にジックリ集中して応援できるチャンスでもあります!』
学園生アナウンサーが試合開始前の導入部として、耳目を集めるために簡単な前フリを入れる。その声を聞いた観客達は、これから始まる試合への期待感に熱を上げながらも、固唾を飲んで一言一句も聞き逃さないよう会場を静寂で包む。
『さて。午後のために設営された特設試合コートでは第四回戦、つまり準決勝戦の一つ目が始まります。解説は再び戻って来た運営科六年、イタリア共和国の配管工ことマリオ・ライナルディです! そして審判は今日の相方、スポーツ科学科五年、フランス共和国のビクスドールことエルネスティーヌ・トゥシャールの二人でお送りします!』
審判業務の現場となる試合コートで、簡易式淑女の礼にて四方へ観客に挨拶するエルネスティーヌ。
午前中で幾試合か解説していたマリオと審判のエルネスティーヌは、休憩を挟んで再び戻って来た。技量も高い高学年である彼等彼女等は、最終局面となる午後の試合を受け持つよう、スケジューリングされている。
『会場もお待ちかねでしょう! まずは東側選手の紹介です! Chevalerie競技では不利と言われる長柄武器を自在に扱い、武器の得手不得手は関係ないと技術で証明する、現代に引き継がれるSAMURAI! 二つ名【鬼姫】、騎士科三年日本国籍、京姫・宇留野!』
京姫は何時もの折り目正しい深い一礼をする。髪も午前中と同じく、シニヨンに結い後頭部で纏めているままだ。
特に日本の合戦場に於いて、斬り合う主武器は槍である。
槍などの所謂長柄武器は、その長さ自体が武器である。尚且つ徴兵した村民や練度の低い雑兵が扱う場合、敵との距離が遠くなることで恐怖心を軽減する効果も持つ。相手が剣であれば、射程範囲外から攻撃できる点は有利に傾く。
しかし、Chevalerie競技では、その有利さが逆に枷となる。
二二世紀では、十分な栄養摂取や自立を促す教育理念などのおかげで心身ともに早熟傾向であり、あらゆる事柄で低年齢層が熟練層の領域へ進出している。更に運動面なども最新の科学的トレーニング法などが広く普及しており、一般的に於いても個々の身体能力は一〇〇年前と比べ、世界的にも随分と底上げされた。
その結果とも言えるだろうか。世間で一流と呼ばれるアスリート達は、反射神経の限界値と一昔前に言われていた〇.一秒の壁を超えたのも一昔前の話。現在では〇.〇八秒にまで届く者さえ現れている。
速度と回避に特化している騎士達は、〇.一秒を切る世界で攻防を組み立てる。
相手が長柄武器であれば、その長さを活かした攻撃さえ回避すれば、次撃が繰り出される前に相手の懐深くに潜り込み、反撃する技量を持つ。
この競技に於いて、重く取り回しが大きな長柄武器では、剣の間合いに踏み込まれた場所は死地となる。攻撃が可能な範囲の内側となって仕舞い、防御一択に絞られるからだ。
それをさせない練達した技量を持つ騎士は数える程度だ。勝ち抜くには、それ程に試合での運用が難しいとされる武器なのだ。
『次に西側選手! 今大会はMêléeに始まり、ここまで戦い抜いたその軌跡には驚くほど多彩かつ流麗な技、そして裏付けされた確かな強さを我々は見せ付けられました! 皆さんも剣豪と謳われる存在感を肌で感じたことでしょう! 二つ名【千変万化】、騎士科六年イタリア共和国国籍、シルヴィア・フィオリーナ・ベルトンチーニ!』
紹介を受けて、シルヴィアも折り目正しい騎士の礼を一つ取った。肩で切り揃えたストレートのサンディブロンドが陽の光を浴びながらサラリと流れる。
『双方、開始線へ』
審判であるエルネスティーヌの良く通る高い声が、二人の競技者を促す。
開始線を結ぶ距離は四米五〇糎。初手は長柄武器が有利に働くその距離で相対した京姫とシルヴィア。武器や思想、戦い方すら異なる二人には共通点がある。その共通点がマイクパフォーマンスに表れた。
「シルヴィアが今大会で戦った試合を見せて頂きました。歩法から戦術にいたるまで、いったい幾つの引き出しを持っているのかと驚かされます。なるほど、正に【千変万化】と呼ぶに相応しい。何時かは手合わせが出来れば、と機会を伺っていました。漸く訪れたこの機会。まだ隠されている引き出しをこじ開けさせていただきます」
京姫の言葉は何時になく固い。最上級生であるシルヴィアに対しての敬意を表して、でもあるが、その熟達した技術に触れることが出来る歓びで。
「こちらこそ六月のイベントで京姫の技に衝撃を受けてから、何れ剣を交えたいと切に願っていました。今日この時にそれが叶うとは幸甚です。しかも、あの時より格段に練度が向上していると見受けられます。私の技は手慰み程度ですが、何処まで通ずるのか惜しみなく奮わせていただきましょう」
シルヴィアも返しが固い。二人共、生真面目な性質であるため、紡がれる言葉も丁寧な語り口調となって仕舞うのだ。
互いが一度だけの遣り取りで終わる。しかし、今大会一の真面目なマイクパフォーマンスだった。
『双方、抜剣』
審判のエルネスティーヌが合図をかける。
京姫の大身槍がその姿を露わにする。一筋に走った銀と朱色は、燃え盛る炎の如く。
シルヴィアがゼベルを引き抜く。銀の刀身が陽を浴びて光を返す。そして左手には副武器デバイス、小盾が形成された。
「(なるほど。その小盾が大身槍の対策なのか。まぁ、定石通りの使い方なんてして来ないだろうけど)」
京姫はシルヴィアの小盾が懐に入り込む一手であると推察する。小盾は、片手武器と共に運用することで最大の効果を発揮する。片手で運用する盾の中で、小盾は攻撃の出始めを押さえ、或いは受け流すなど、至近距離での攻防を有利に導く一助を担う能力を持つ。つまり、受ける機能よりも能動的に操作し、攻撃を潰す役割だ。然し、長柄武器を相手に正面から対応する想定はされていない。
故に京姫は、この武器をどのように使ってくるのか興味が尽きないのだ。
『双方、構え』
その言葉を受け、二人は直ぐに戦闘態勢へと切り替わる。
京姫は、左前半身の自護体で腰を落とし、左前手の中段基本構えだ。
そしてシルヴィアは右腕の肘を上げ、刀身を頭上後方へ流し置くファルシオンの型であるWacht似た構えだ。しかし、ゼベルの運用を考えれば、肩から斬り降ろすフルカット、若しくは速度重視で肘から斬り降ろすハーフカットで仕掛けるようにも見える。
直立姿勢で軽く膝を曲げてはいるが、重心は臍下丹田付近で下半身を安定させていることが見て取れる。
注目すべきは左手で持つ小盾だ。小盾の面を京姫へと、腕を真っすぐ伸ばしているが、片手剣や刺剣相手の構えだ。槍などの長柄武器を相手取るには弱いと言わざるを得ない。更には、片手剣を使うならば小盾の役割は右腕を護るために被せ、Vom Tagの構えとなる筈が、それをしない。故に罠の疑惑を孕んでいると言えよう。
『用意、――始め!』
審判が開始を告げる。
が、二人共その場を動かない。外からは様子見をしているように映っているだろう。その状況が数十秒経過した時、試合が動く。
いきなりシルヴィアがバックステップで後方へ飛び、完全に二人の間合いは一息では届かないところまで離れたのだ。
京姫を見れば攻撃の素振りもなく、最初の構えから全く動いていないように見える。
観客のみならず、観戦に回っていた騎士達も極々一部を除き、何が起こったのか全く判らない有様だ。
「さすがですね。まさか一瞬で気付かれるとは思いませんでした」
その何かをしたであろう京姫から、シルヴィアへ賞賛の声がかけられた。
「恐ろしいですね。このような崩され方を受けたのは初めてです。本当に武術とは奥が深い」
シルヴィアは認識外から仕掛けられたことに、驚きと畏怖、そして自分が知らなかった技術を受けて溢れる好奇心を抑えきれないでいる。
「(一体、何をされたのか見当がつきません)」
何故か自身の重心が、下半身から上半身へ変えられた。だからシルヴィアは緊急回避したのだ。浮かされた重心では京姫の攻撃を凌ぎきれないと察して。
開始からここまでの間、京姫を見ていた者達も彼女に動きはなかったと言うだろう。だが、外からは判らない威の掛け合いがあった。その最中、見えない部分、身体の内部にこそ京姫が仕掛けたのだ。
人間は面白いもので、外部から受けた感覚や視覚情報をほんの僅かでも鋭敏に察知し、脳が対応しようと無意識下で反応する。所謂、生理反射の一つだ。
京姫は、それを利用して崩しを仕掛けた。自分の重心を臍下丹田から壇中へ移動させ、相手が同期するよう仕向けたのだ。
以前、ルーが椅子から転げ落ちそうになった時、京姫がルーの膝に触れて骨の整列を伝え、姿勢を正させたことがあったが、その視覚版だ。
武術の心得がなくとも自身の重心移動は意外と簡単に出来る。意識せずに胸式呼吸をすれば重心が上がり、臍下を意識して腹式呼吸をすれば重心は下がる。結果の判別は友人などに後ろから抱き着くように持ち上げて貰えば、持ち上げ易さが明らかに変わることを判るだろう。
――閑話休題。
二人の距離は五米少々開いている。京姫の大身槍ならば、一息で飛び込めば射程にギリギリ届かせられるだろうが、決定打にまで繋げられない微妙な距離。ましてシルヴィアのゼベルでは最低でも二歩半、確実に攻撃を通すなら三歩の距離だ。
誰しもがお見合い状態から相手を探りつつ有利な距離の奪い合いが始まるだろうと見ていた。
しかし、京姫は。
無造作に、ごく自然な仕草であるかのように、例えるなら陽気が良いから散歩へ出かけるかの如くシルヴィアの元へ歩きだした。
「(っ! 仕舞っ)」
シルヴィアの綴る言葉が終わらない内に、ガリリッ、と物を打ち付けて擦った低い音が響く。
小盾が、大身槍の穂先を左外側へ流すように滑らせていく。だが、このタイミングは、京姫に誘導された結果だ。シルヴィアが経験豊富だったればこそ、受け流しへ持ち込めたのだ。しかし、それが最良であったかは、シルヴィアが漏らした失態を仄めかす言葉で明らかだろう。
MêléeやDrapeauなどの団体戦と異なり、Duelは一対一、それも選手が向き合った状態から始まる競技だ。試合は構えてより開始の合図を契機とする。故に、距離と間の読み合いが初手の要と言えるだろう。
だからこそ、それを意に介さず無作為で近づかれた場合、相手が何をして来るか判別するために思考を一瞬取られて仕舞う。
その一瞬はシルヴィアの反応を後手に回させた。
刹那の逡巡から戻り即座に右脚を蹈み込んだ時、京姫が自然の一部と錯覚させる初動の判らない攻撃を仕掛けていた。ご丁寧に途中から前手を外し、左半身から石突き付近の右手でそのまま右半身へ入り身に変わり、大身槍の長さ全てを使う最長距離攻撃だ。
京姫の技に知見があること、そして槍と言う重い武器で石突き付近を持つ不安定となる片手突きだったなどの要因が重なったおかげで、シルヴィアは一瞬の間で小盾を受け流しに間に合わせた。それを成すために左脚の股関節を引き、正面で相対しながら相手の中心軸を斜めにずらした。その状態で小盾を添えれば、槍は自分を避けるように自ずと斜めの軌道となるのだ。
だが、その代償は大きく、両脚の位置とは逆に股関節を動かしたことで、直ぐには蹈み込みへ移れない時間を造られた。
本来の予定だった、小盾による攻撃回避から懐深くへの侵略。この試合に用意した、牽制と攻撃を織り交ぜた崩しの基本を担わせる、虚実が含まれる技術であった。
ところが、右脚を先に蹈み込まされたところで攻撃を仕掛けられた。後ろ脚となる左脚をその場に縫い付かされ、次の歩法が出せない。つまり剣が届かない位置で用意した崩し技自体の動きを潰されたのだ。
斯く言う京姫も右手と上半身を縦に整列させているため、次弾を放てない前提で仕掛けたのだが。
お互いがその位置で仕切り直す。とは言え、京姫は相手へ大身槍を届かせることが目的である手を使った結果だったため、元の位置に引いた場所は互いの距離が四米。試合開始時より半歩短い距離である。
「(さすが、シルヴィアはエイルと真っ向から撃ち合うだけはあるな。大身槍相手に小盾を遠間にしてどう扱うか不思議だったが、引きながら受け先のコントロールする手段に使うとは)」
京姫は先の一瞬を振り返る。虚を纏った長距離攻撃は、シルヴィアがどう応するのか、その時に身体をどう動かすかを正面から見極めるためだった。エイル戦で初動の判らない攻撃をあっと言う間に対応された経験から、確認を最優先としていた。そうしなければならない危険な相手であると判っているたからだ。
「(小盾と股関節の軸合わせだけで大身槍を綺麗に流された。身体の使い方が日本の古武術みたいだ)」
そして、見て取ったシルヴィアの練り上げた技量は、決して力だけでは届かない類のもの。ならば、自分の懐へ入り込む流れを見つけるどころか造り出すことも可能だろうと確信する。
世界の強豪と数多く戦い抜いた経験を積んでいる騎士相手に、一筋縄では行かないと。
「(私の動き全体を追う視線を感じました。どうやら初手は見定めることに費やしたのですね。攻めと回避、両方へ動けない状況を造った上で私の本質となる動きを探りに来るとは)」
シルヴィアは京姫が取った行動に舌を巻く。
様子見どころの話ではなく、僅か一合で多くの情報を収集された。それこそ、これからの攻防で中核に紐づく動きを引き出されたのだ。
確かに技術で回避出来る事柄ではあるが、他流の同格相手に知られたとなれば、ここぞの時に察せられて仕舞う危惧がある。それが在ることを知っているならば対処もされるだろう、と。
だからこそ、シルヴィアは攻撃に対処した瞬間、「仕舞った」と漏らしたのだ。
「(さて。小盾の使い方を見事に誘引されて仕舞いました。手をひとつ暴かれましたが、他も一合あれば凡そ把握されると見た方が良いでしょう。認識の遅れる攻撃を相手取るには少々厳しいですか。しかし、ここは一押しさせていただきましょう)」
シルヴィアは再び小盾を左手で前に突き出して構える。その後にシャーボラをヒュンッ、と風切り音を鳴らしながらクルリと回し、肘を曲げたハーフカットの位置へ。
何気ない素振りで構えの順序立てとシャーボラに音を立てさせることで、相手の無意識下へシャーボラを印象付けるためだ。
京姫は、前手を右、石突き側に左手を添え、右半身で地の構えへ移行した。相対するシルヴィアが左半身であるため、小盾を使うとした場合、槍の進行方向が外側へ流せないアンマッチの位置取りだ。これで小盾を使う場合、身体ごと、或いは身体の内部を右へ動かす挙動が必要となる。槍の長さを活かした簡単故に効果的な小盾封じである。
その一連となる動きは、京姫が無我の境地へ僅かながら入りかけているが故の、無意識から来るものだ。
京姫が構えを終える間際に、読みも気を合わせることもなく、言葉通りシルヴィアは仕掛けた。相手が予測に入る条件が整う前に虚を突く挙動。
それはシルヴィアが初動の判らない攻撃を誘発させるための一手。
来るべき攻撃は、シルヴィアが京姫の制空権へ絶妙な距離に入り込んだ時、飛来した。
盾を持つ側の左脚が接地したタイミング。小盾で攻撃をいなす行動に入るため、剣を持つ後ろ脚の蹈み込みを封じる攻防一体となる大身槍の刺突。これこそ、先程のシャーボラを印象付けた布石が効いている証だ。
「(やはり、ここで来ましたか)」
罠を張ったのはシルヴィアだ。故に、どのタイミングで攻撃されるのか予測していたが、予測した最良を京姫は取ってくれた。ならば、認識が遅れる攻撃であろうとも、来ると判っているならば対応は可能だ。
そして、罠が発動する。
驚いたのは京姫だろう。シルヴィアは、小盾で内側、つまり剣を持つ右側へ槍の穂先を流した。この動きは、自らの反撃を捨てたと思わせるのに十分だ。
しかし、そのまま小盾で槍の柄を滑らせ、距離を浸食する。シルヴィアは京姫から見れば、左前半身のままであるが、アンマッチどころの騒ぎではない。槍に対して水平、つまり真横を向くように身体を位置取りして来た。
小盾は京姫の前手である右手にほど近い。その上、京姫の背側、言うなれば攻撃の範囲外へ蹈み込んだのだ。
初めから歩法をpasso rectoと見せかけて、実際はpasso obliquoとなるよう、偽装していたのだ。
この段に入ればシルヴィアが俄然有利となる。右肘を軽く曲げたハーフカットの構えから手首を外回しにしながら、イタリア剣術家マロッツォの教えにある、mandritto tondoへ繋げる。狙う箇所は槍の起点となる、京姫の利き腕――右上腕――だ。
シャーボラは、確実に京姫の腕をその場へ縫い留めるため、刀身深くまで食い込む軌跡を描く。が、よもや攻撃を逃れることが出来ない距離になった時、シルヴィアは小盾で押さえていた槍の圧力が消えたことを感じ取った。その瞬間、京姫の右腕が消え、背中が露わになる。深く斬り込ませたシャーボラは、自身の左腕と交差しながら京姫の右肋へ切先が届いていた。
京姫の反撃が始まる。
カラン、と大身槍を転がした音が鳴る。
音と同時に、肋を斬り抜かせたシルヴィアの右腕が反撃を妨げない位置まで見送る。右手一本で抜刀した脇差が無防備となった小盾を持つ左腕内肘を薙いだ。
だが、これは次を確実に通すための布石。
攻防へ被さるように――ポーンと、被弾した通知音が続けて二つ、場内に響く。
その折には、脇差を捨て次の動きに入っていた。京姫は、大身槍の転がる方向へ左の飛び受け身をしながら右の手で槍の柄を拾い上げる。受け身が終わり、立膝で整えた姿勢は低い位置だ。その姿が認められた時には、左手を石突き側で持ち、前手となった右手をガイドにシルヴィアの右胴へ刺突を放った後であった。
これこそが、本命の反撃。
相手に防御と追撃をさせない、遠間からの一撃。
――ブーと、合わせて一本となった通知音が、その結果を語っていた。
『京姫・宇留野選手一本! 第一試合終了。待機線へ』
エルネスティーヌの高い声が良く通る。その調は、第一試合を制した者の名を場内に響き渡らせる。
其処彼処で観客席から歓声が溢れる。冒頭の見て判らない攻防から高度な遣り取りへ続き、最後はウルスラのサーカス連射が如く曲芸じみた決まり手。一貫して珍しい試合運びだっただけに、観客は盛り上がったのだ。
歓声を背景音にシルヴィアが語りかける。
「驚きました。仕掛けた罠をあのような手で覆されるとは思いませんでした。SAMURAI言葉で『肉を切らせて骨を断つ』でしたか。それをこの身で受けるなど、貴重な体験をさせていただきました」
よもや副武器デバイスまで捨てて受け身を取るなぞ、Duelでは初めて見るのではなかろうか。感慨深い表情で然り然りと頷くシルヴィア。水を差すようではあるが、彼女が例えに挙げた日本の故事は剣道由来である。
「いえ、そちらこそ防御と見せかけて攻撃へ繋げる一手を打たれるとは、してやられました。結果、この試合は辛くもいただきましたが、掌の上で踊らされていたことは否めません」
――京姫は、シルヴィアの罠に嵌まって仕舞い、攻撃が避けられない状態を造られた。だがそこで、敢て攻撃を受けることに決めた。
右腕を封じられることを防ぐため、遠間へ転がるよう大身槍を手放す。と同時に、空になった右腕は脇差の柄へ持っていき、ゼベルから攻撃の導線を外す。腕の移動で露わになった右脇へ被弾するだろうが、刀身の長さから斬りは浅いと見積もった。それならば、ダメージペナルティを負っても腕の挙動は最低限確保出来る、と。
シルヴィアの攻撃が吹き抜け、最長位置まで到達したことを確認してから、脇差を横抜刀する。その流れで小盾を持つ左内肘を斬り抜き、再び槍で攻撃を仕掛ける時に邪魔をしてくるであろう厄介な防御を潰した。
役目を終えた脇差を躊躇なく捨て払い、左へ転がした大身槍へ向けて、飛び受け身に入る。左肩から受け身に入るため、右手で大身槍の柄を拾い、受け身終わりで槍を扱える姿勢となるよう整えた。受け身の終着点は、シルヴィアの射程範囲外である。尚且つ、小盾の防御は封殺済だ。
後は相手の体勢が整う前に、大身槍で最速の攻撃――刺突――を繰り出した。
それが罠に掛かりながら覆した攻防の全てだ。
開始時と同様、二人の会話は固い。互いが礼儀正しい言葉使いで一言だけ交わし、待機線へ下がっていった。
選手待機エリアで経口飲料水をゆっくり口に含むシルヴィア。
京姫が持つ脅威――初動の判らない攻撃――については、六月のイベントで一緒に戦った時の情報と、午前中の三戦目にエイルと戦った動画から、凡そのことを推察していた。そして、正面から対峙することで視点が加わり、シルヴィアは確信する。
「無我の境地の弱点は予想した通りでしたか」
一見すれば無敵ではないかと畏怖させるに値する、高位の域である無我の境地。未だ入り口に差し掛かっただけで熟れていないとしても、無心に至れる相手との対峙は脅威でしかない。
しかし、この世には完璧なものは物理的に存在しない。例え無我の境地であったとしても、だ。
シルヴィアは其処に攻略の糸口があると判断し、無我の境地へ至るプロセスよりも、至った後へ比重を置いた。
何年も世界のトップ層と戦い続けたシルヴィア。京姫とベクトルは違うが、無意識下の攻防を繰り出す相手とは何度か戦っている。
その者の名はエデルトルート。彼女自身で発動をコントロール出来ないが、視界の範囲内ならば本人が認識していない攻撃を受けたとしても身体が反射より速く防御する。まるで異能とも呼べる特殊技能だ。そして、異能たる所以は、その技能を以って一度でも防いだことがある攻撃は、いとも容易く防ぐようになるのだ。一度経験したことを身体が覚えるかのように。
「これはエデルトルートに感謝ですね。おかげで何を見るべきか良い標になりました」
過去の対戦があったればこその今があると、口元を緩ませるシルヴィア。
エデルトルートと剣を交わした経験は、京姫攻略の良い導きとなったからだ。
無我の境地と言えども、全く知らない技が出る訳ではない。
つまり、京姫が習い覚え、経験したことが前提となるのだ。
彼女が無我の境地へ歩を踏み込んでから、未だ半年なのだ。無心で出せる技があるとしても、それが初めて当たる相手、しかも予想外の行動を取ったとなれば、未経験の事柄に対応がどうしても一瞬遅れるのだ。
だからこそ、槍の攻撃を小盾で自身の攻撃を塞いで仕舞うと見える、通常では考えられない防御法を取ったのだ。
それは全て、「経験」の一言で表せた。シルヴィアの優位性、そして京姫の弱点。
「途中までは思惑通りに運びましたが、最後の反撃で覆されました。あれは、その場で技を組み合わせた、とは到底思えない練度でした」
あの局面で副武器デバイスの刀まで捨て去るとは、シルヴィアも内心では驚いていた。その上で、先に捨てた槍を受け身の途中で拾って刺突を仕掛るなど、鍛錬しなければ出来得るものではない。
そんな奥深さも持っていた京姫の対策へ一つ情報を付け加えながら、ふう、と深い息を吐く。その表情は苦笑いであった。
「うーん、無我の境地からの動きを対策されたな。攻撃と囮が次々入れ替わって、あっけなく懐へ入られた」
午後は温めの煎茶を淹れてきた京姫。その薫り高い緑を目で楽しみながら、ゆっくりと口に含む。時たま思案しながら漏れる呟きは自問自答である。口に出し、再確認する作業でもある。
「蔭の鍛錬も欠かさずにいて良かった。無我の境地から抜けられなかったら確実に獲られていただろうしな」
――宇留野御神楽流 奉納槍術 奧伝三之段「蔭」
シルヴィアが疑問を口に出した最後の一手は、技として確立されていたものだった。ならばこそ、練度が高い筈である。
これは、戦場にて無手となり体術へ移行出来ない場合の搦め手に分類される技だ。付近に武器と成り得る物があれば拾いつつ攻撃に転じる。
言葉にすれば容易く聞こえるが、そもそも対峙する相手は技量の高いことが多く、拾う素振りでも見せようものなら、即座に斬られて仕舞うのだ。それをさせず、尚且つ反撃するための技が故に、奧伝の一つに数えられる。
当身や受け身にて相手の攻撃を捌き、或いは崩しつつ、武器を入手し反撃するまでが一連の流れだが、その技法はかなり幅広い鍛錬を必要とする。落ちている武器を拾う、相手の腰に差している刀を奪う、相手の武器を奪う等々、全く異なる動きが技一つの中で体系化されている。
今回は、大身槍を拾う前提で、脇差共に捨てたのだ。
先の試合、戦いの流れが無我の境地だけで完結していた場合、一本獲られていたのは京姫であった。幸いと言えば良いか、無我の境地に少しだけ踏み込んでいただけだったことで天秤が傾いた。無心状態が思考で解除され、シルヴィアの攻撃を受け止めつつ防御を潰した。そして、「蔭」を以って立て直すことが出来たのだ。
「もしや、無我の境地自体を誘導されたか? ちょっと嗜んだ程度だと逆に利用される訳か。さっきのように居合の駆け引きでも実質負けたことも考えれば、上手く切り替えながらことを運べるのが一番なんだろうけど……」
京姫とシルヴィアが外からは見えない複雑な技法を遣り取りした第一試合。
同じ空間に居合う中で仕掛け合う、言葉で表すところの居合であった。世間一般に居合と言えば刀の居合術を思い浮かべるが、実際のそれは抜刀術である。本来、居合とは状況と対応を示す。その攻防には武器の種類どころか有無すら問わないものだ。
その鬩ぎ合いでシルヴィアに上手を取られたのだ。勝者こそ京姫だったが、実際の勝負では、と問えばシルヴィアに軍配が上がる。世界の上位で戦う騎士が何故強いのか、京姫は身を以って知れたのは僥倖だったとほくそ笑んだ。
『さあ、お待たせしました! これから第二試合が開始です! 試合開始まで、第一試合を簡単にお浚いしましょう!』
インターバルの終了に合わせて、場内にアナウンスが響く。
『冒頭のお見合い状態からシルヴィア選手がいきなりバックステップと、選手同士でしか判らない高度な攻防があっただろうと伺えました。次に京姫選手の超長距離からの牽制攻撃で、槍の距離となった戦場。その距離へ打って出たのはシルヴィア選手でした! 盾を上手く使い槍の奥深く飛び込む技量は見事なものでしょう!』
今試合の学園生アナウンサーであるマリオ・ライナルディが第一試合の振り返りを話だし、観客を盛り上げる。
『しかし、京姫選手は何と! 武器を捨て凌ぎながら再びで拾い上げ勝負を決めると言う、何ともトリッキーな技を披露してくれました! 先行するは京姫選手、それを一ポイント差で追うシルヴィア選手! まだまだ波乱の予感が満ち溢れております! この第二試合を表するならば、期待の一言でしょう!』
マリオ特有の耳に残る抑揚を付けた喋りは観客の高揚を引き出し、次の試合に向けて場を温めた。
『双方、開始線へ』
前説代わりの解説がアクセントとなり観客の注目が次の試合へ興味を惹いていく中、それを敏感に感じ取った審判のエルネスティーヌが、丁度良いタイミングで選手へ合図を促した。
これから始まる第二試合。開始線を挟んで向き合った二人が礼を済ませて上げた顔からは、第一試合で掴んだ情報を取り込んでいると、お互いが認識した。
二人の間に時間が流れる。この段階で軽く威を発し合い、互いの反応を探り合う。少し間が空いたが、そろそろマイクパフォーマンスを始めなければ、審判が今回は発言が無いものとして試合を進める流れになる。その微妙なタイミングで言葉を発したのはシルヴィアだ。
「噂されていた、気付けば繰り出される攻撃。あの日、この目で見た時と比べ自身が受けて初めて、その恐ろしさを実感いたしました。なるほど、生半では打ち崩すことが出来ない脅威でした」
シルヴィアの言葉は京姫の技を実際受けた所感を簡単に纏めただけに聞こえるが、その裏を読めば対応出来ると言っている。
「過分な評価、ありがとうございます。しかし、既に私の技が通じるか怪しくはありますね。小盾の技だけでも予想の上を征かれましたが、次は何が飛び出すのか楽しみです」
対する京姫は、シルヴィアが用意したであろう対策を引き出し、打ち砕くと、暗に宣言したのだ。
互いが一歩も譲る気などはないのは当然であろう。
真剣勝負、手加減無用。幾ら負け越そうとも最後の瞬間まで勝利を掴むために足掻く。
それが騎士であり、Chevalerie競技と言える。彼等彼女等は、一瞬の攻防に己を注ぎ込む。その生き様は、まるで瞬き消える花火のように。
だからこそ、人々は騎士に魅せられるのだ。
だからこそ、人々の記憶に残るのだ。
『双方、抜剣』
京姫の大身槍が太刀打ち、穂先の順に生成されていく。
シルヴィアの鞘から抜いた直刀式ゼベルがその刀身を現す。左手の小盾が形状を完成させていく。
『双方、構え』
シルヴィアは、Vom Tagの構えを取る。片手剣と小盾の構えを型通りに用い、第一試合開幕をなぞるように変えて来た。左脚が前脚となることから、右脚を蹈み込んで剣を振る――と言う形になるのだが、第一試合の伏線が効果を発揮しており、考える判断を強制的に挿し込まれる。
しかし、無我の境地に入りかけている京姫に対しては効果が薄い。故に、この胴を空けた形を記憶の隅に残させる印象操作が本質にある。
一方、京姫も意図を探らねばならない特殊な構えだ。左半身で肩幅に左手を前へ、右手を石突き側で持ち、肩の高さに水平で構える槍の上段だ。
特殊、と言われるのは、槍が上段構えを取れば、必然的に相手の首より上を狙うことになるからだ。
競技の特性上、首を含む頭部への攻撃は反則だ。そこへの攻撃が意図的ならば、危険を伴う攻撃と判定され、即退場となる。故に、長柄武器などは、刺突系の上段構えを有効に扱うことが難しい。競技で用いるには、構えの狙いと異なる着弾点に変えざるを得ないため、一手間の無駄が出るからだ。
槍使いである京姫が、それを知らない訳がない。その構えでも被弾範囲を狙える、と雄弁に語る。
『用意、――始め!』
その合図と共に、京姫自身が風景と同一になるのをシルヴィアは察知した。
「(……来ますか)」
次の瞬間、シルヴィアが予測した通り、遠間に居た筈の京姫から刺突が繰り出されていた。その位置は首ではなく壇中。心臓部分の範囲だ。
ギャリリ、と金属が搗ち上う音が響く。シルヴィアはシャーボラと小盾の両方を使う基本的な流しで、京姫の攻撃を左肩上へ逸らせた。槍が次弾を繰り出すため、高速で引かれていく。
シルヴィアは槍が引かれる速度に合わせ、そのまま正面から蹈み込んだ。
槍が連撃をするに有利な位置へ、自ら飛び込んだのだ。
「(掛かった)」
一拍を置かずに槍の刺突が腹部へ繰り出されたことで、シルヴィアは試合を制したと確信する。
一撃目を受け流したシャーボラと小盾は胸の位置にある。それは、二撃目の刺突が来ると判っていれば、対応させるに十分な場所だ。だが、この位置取りでは槍を流すことは不可能に近い。
だからこそシルヴィアは、京姫の想像を超えた方法で対応した。
小盾が槍の穂先を上から押さえるように流し、着弾点を左腹部へ誘導する。連撃と言えど、体重が乗っている槍の刺突は、容易にシルヴィアの腹部を貫き、穂先が背中へ貫通する。――実際には武器が背中から飛び出すようなホログラム再現をされることはないが。
――ポーン、と京姫がポイントを取得した通知音が流れる。
だが、シルヴィアは止まらない。
更に貫通した槍を身体へ押し込むように半歩踏み込む。
その距離は、シルヴィアの攻撃範囲内だ。胸の位置に降ろしていたシャーボラは、刺突を繰り出せるように体勢を整えていた。
シャーボラの切先が、京姫の心臓部分へ吸い込まれていく。
ヴィーーと、一本取得を知らせる通知音が鳴る。
シルヴィアが一本獲り返したのだ。
京姫が二撃目から対応に移る――状況を認識して動く――前に決める必要があった。だから自ら被弾を誘い、槍が直ぐに抜けない身体の奥深くまで刺さりに行き、武器を封じる方法を取った。
Chevalerie競技のルール上、武器の攻撃成功判定直後は、相手の被弾箇所、つまり相手の身体から刀身なり穂先なりが一度離れなければ再度の攻撃判定はされずに武器がホログラム状態となる。腹部被弾から心臓部分までそのまま斬り裂いたとしても、攻撃判定は最初の腹部だけだ。そんな滅多にお目にかからない手を取られたからこそ、京姫が副武器デバイスへ切り替える思考を一瞬奪った。それは反撃を封じ、一本獲り返すための一手であった。
爪先から離れ、爪先から降りる独特の歩法。それは、自然の中へ同調した京姫を相手に読ませることなく大身槍の射程圏内へ、スルリと距離を縮めさせた。
その移動は攻撃態勢を整える手段でもある。その場所に辿り着いたと同時に無意識下から槍の刺突を繰り出していた。
大身槍を送るガイドとなる左の前手を左半身側肋の可動で左半身ごと数糎下げる。それが大身槍の角度を付け、右手で大身槍を送れば、威力はそのままに着弾点は下へ一〇糎以上変わる。
一撃目に反応したシルヴィアはさすがと言えた。ゼベルと小盾の二つで大身槍の穂先を力が分散するように滑らせ、肩の上へ吹き上げさせた。しかし、京姫は大身槍の持つ特性である連撃に移る。大身槍を逸らせたシルヴィアが正面から距離を詰めて来たからだ。
日本の槍は後ろ手で放つ技法を持つ。前手のガイドで方向を制御させ、後ろ手による引きと送りは股関節の可動で賄えるため、中心軸を崩さず体重の乗った攻撃を放てる。
それが仇になった。まさか、シルヴィアが小盾を使い大身槍を被弾するよう導くとは京姫も想定外であった。更に、大身槍で貫かれるを構わず、太刀打ち部分まで深く身体を進めて来たのだ。競技ならではの行動を取られ、一瞬の逡巡が生まれて仕舞った。大身槍を捨てるのも、脇差を抜くのも間に合わない状況を造られた。
その結果が、心臓部分へ突き刺さるゼベルだった。
『シルヴィア・フィオリーナ・ベルトンチーニ選手一本! 第二試合終了。待機線へ』
第一試合と比べれば、あっという間に決着が付いた第二試合。しかし、その短い時間に凝縮された戦いを目にし、観客の熱気は益々上がっていた。
京姫の長柄武器から放たれたとは思えない息を吐かせぬ連撃、そしてシルヴィアが胴を貫かれながら突き進んで反撃するなど、まず見ることのない展開が観客を沸かしたのだ。
「お見事でした。私の想像が及ばない戦法で仕掛けてくるなど、良い修行をさせて貰いました。第二試合は私の完敗ですね」
潔く自分の負けを認める京姫。悔やむどころか賞賛に値する戦い方を見せられたのだ。
「今回も賭けでした。望む展開へ持っていけるよう仕込みはしましたが、一撃目を放たれた時、仕込みが失敗したかと内心焦らされました」
会話はお互い一言だけで終わる。余分な言葉は無粋だとでも言うように。
東側選手待機エリアで、京姫は煎茶とお茶請け兼糖分補給用のドライフルーツをひと切れ摘まみながら、シルヴィアに流れを支配されていた第二試合を振り返っている。
「ルーのことは言えないな。実戦と競技の境界が認識出来ていなかったのは私もだった」
京姫の二撃目は、確かにシルヴィアの胴を深く貫いた。実戦であれば致命傷となりうる攻撃だ。
しかしながら、シルヴィアは胴に刺さった大身槍をなおも蹈み込んで身体の中を通らせると言う、実戦では想定しない動きを見せた。全く予想していなかったその動作は、京姫の初動を遅らせた。深くまで大身槍が刺さったのならば、引き抜くよりも手放し、脇差を抜いた方が速い。その判断が間に合わなかったのだ。
「エイルと戦った時も、畳んだ腕と骨を使って穂が直ぐに抜けない判定で防がれたな。シルヴィアもやり方は違ったけど、大身槍を使わせないことに関しては同じだった。正に肉を斬らせて骨を断つ、をやられたな」
だが、シルヴィアは無我の境地の技に対してこそ罠を張り、凌駕してくる。それが第一試合で判っていた筈なのに、更に上を征かれた。
「やっぱり、無我の境地の技を完全に見破られてるな。驚かされてばかりだ。全く、自分の未熟さが身に染みるよ」
明らかに格上の戦いをされたのだ。相手の良いように踊らされた試合結果は、自分が至らないことを浮き彫りにされた。自嘲気味の溜息を零した京姫は苦笑いを浮かべる。
そして――。
「ならば――」
京姫は空を見上げる。自然と二人の友が浮かぶ。
一人は、目的のためならば如何なる手段を用いることを厭わない少女。
一人は、いつも陽気に振舞いながら何があろうと決して揺るがない少女。
人々が知る由のない世界の彼方側を見て来た少女達。彼女達の本質はそこにある。
「――私に足りないものを手繰り寄せれば良い」
京姫は思う。今一度、宇留野御神楽流の本質に立ち返ろう――と。
時代の陰で脈々と続いた巫の家系は、単なる祭祀ではない。時に血濡れ、時に討ち、宵闇へ導く。古くは、その役目を担った一族の末裔だ。戦場であれば幾らでも斬ろう。
その選択が自然に出ると知って仕舞った時の怖れなぞは小さきことだった。自分は自分であることを認めれば、心の在りようなど変わらないと友から学んだ。それが強さに繋がると。
ならば。怖れが故に、必要なしと打ち捨てたもの。今こそ向き合おう。
それは純然たる武を揮う覚悟。
唄おう宇留野の唄を。古より伝わる、魂魄を御許に還す唄を。
伽藍伽藍と鳴らしたまへ。
宇留野の鈴は常世鈴。
あれに見ゆるは荒魂。
あくがれさせで奉じたまへ。
巫の娘は武将となりて戦場にて奉る。そこは死地にて命を還す祭祀の場。然るに死のない戦場で、何を恐れることがあろうか、と。
シルヴィアは、お馴染みの経口飲料水で喉を潤してから大きく息を吐いた。第二試合で仕掛けた罠が意図しなかった部分を含め、上手く作動したことを漸く安堵出来たのだ。
「中々の綱渡りでした。まさか初撃で心臓部分を狙うとは思いませんでした。態々胴をさらけ出したのに、左腕で急所を覆っていた僅か数糎の隙間を掻い潜って来るとは」
そのお陰で、京姫の一撃目を上方向に捌くと言う、予定になかった一手を挿し込まざるを得なかった。それでも、意識を上に向かせる一押しとなったのは嬉しい誤算だ。
初動の判らない攻撃。これが発動するのは、京姫が自然の一部へと同期する状態ありきだと、これまで見て、実際に受けたからこそ確信を持てた。常時、無我の境地になられては区別の仕様もないが、今は未だ朧気に境界がある。
それが判ったからこそ、シルヴィアは即座に反応出来たのだ。
「槍の引きが想像以上に速く、追いかけるのがギリギリでした。前手をガイドにする技法は、速度と威力を両立しているところが厄介ですね」
そもそもシルヴィアの罠は、マイクパフォーマンスが始まる直前、威を発し合うところから始まった。仕掛けたのは無論、シルヴィアだ。試合開始直前に武威の掛け合いで意識を誘導し、試合開始の合図と共にピタリと威を消した。相手の脳に錯覚させるためだ。
それはVom Tagの構えが、腹部を空けた隙だらけの状態と判断させる。
無意識の技が故、こちらが隙を見せたと反応し、攻撃をさせることが出来た。予想した攻撃箇所ではなく焦りはしたが。
結果として、シルヴィアが槍の引きに合わせて距離を詰めたこと、布石を打った上方への意識付けが無意識下へ刷り込まれていたことで、二撃目を当初の目的通り腹部へ刺突を導けた。それ以降は試合を見ての通りだ。
ポイントを失おうとも武器を使わせないことが目的の賭け。相手の武器を封じつつ一本獲り返すと言う、最初から捨て身が必要な作戦だったのだ。
「双方、後一ポイントの奪い合いですか。彼女を形作る根幹が何であるか、判る良い機会です」
最後の戦いに向け、シルヴィアは気を引き締め直した。識るべきものを見い出すために。
Chevalerie競技は、たとえ自身のポイントが一つしか残っていなくとも、いとも容易く逆転するなどざらにある競技だ。たとえ優勢だとしても一瞬たりとも気を抜くことは出来ない。
特に双方が後一つポイントを獲れば良い状況は、身心共に消耗度が跳ね上がる。お互い最後を締め括るに相応しい技を揮うからだ。
だが稀に、文字通りの一撃必殺を繰り出す者がいる。故に、注ぎ込まれるは、魂の底から振り絞る全身全霊の現出。
だからこそ、一瞬に価値がある。
学園生アナウンサーが三度、観客を盛り立て場内に熱気が点る。喧噪の中でも良く通る高い声で、審判のエルネスティーヌが選手を呼ぶ。
『双方、開始線へ』
シルヴィアは、開始線越しに向き合った京姫が確かに変わったと感じた。それは立ち居振る舞いや気配ではなく。言うなれば、存在そのものが増したのだ、と。
「それが本当の貴女ですか。何かが変わったと言うより付け足した、いいえ、有ったものが現れたように見えます」
彼女の真に恐ろしいところは、複数の武術を扱う高度な技量でも、冷静で正確な判断力でもない。真似することの出来ない深い洞察力にある。
シルヴィアは知的好奇心が旺盛で、様々な物を観察する。その中には当然、人間、つまり騎士も含まれている。細部に至るまで観察し膨大に蓄積した情報から、あらゆる筋道を紡ぎ合わせ、相手の本質に辿り着く。
「その御慧眼には感服します。仰る通り、見て見ぬふりをしていたものを拾い上げてきました」
京姫は淡々と事実のみを答える。元々それは、京姫の中に在ったのだ。それに気付き、恐れ蓋をして、不要であるとしたものが。
『双方、抜剣』
三度となる大身槍と直刀式ゼベルの顕現。シルヴィアの小盾などは、度重なる大身槍の防御で傷だらけである。
『双方、構え』
左脚を前に、右のシャーボラを腰元で相手に向け、小盾を刀身の先端から三分の一辺りで被せるように置く。シルヴィアの構えは、片手剣のPflugである。小盾がなければEberの構えと呼ばれるものだ。右脚の蹈み込みと共に繰り出す刺突が強力な構えだ。
場内が騒めく。その原因は京姫だ。
彼女の構えは、槍では見ることがないものだ。ショートスタッフなどで見るOberhutに似ている。前手の右手は大身槍中ほどを持ち、後ろ手の左手は、石突きよりも二〇糎は手前を持つ。そして右脚を前に、軽く右半身となりながら大身槍を顔の右隣で、穂先を天に向けている。
まるで大鎧を纏った武者が扱う刀術の上段である。
その独特な構え、と言うよりも京姫の在りように面食らったのはシルヴィアだ。
シルヴィアは、第三試合が今までの流れと全く異なるだろうと察する。京姫を洞察するに、自然と一体になる独特な気配の薄れは感じない。むしろ逆でもある。立ち居振る舞いや気配など普段の試合と変わらないのだが、京姫自身が、装備一つひとつ、槍の穂先まで一体となっていると感じた。
『用意、――始め!』
開始の合図がかかるが、双方は動かない。
特にシルヴィアは京姫がどう動いても対応出来るだけの準備をして来た。初手での無我の境地はないと見積もっている。二度、無我の境地の弱点を突かれ、三度同じ手を使うのは二流。そうであれば、京姫がここに居ることはない。
そして、シルヴィアの判断通りであった。初手は、威の掛け合いから始まる。
ジリジリと。時間が過ぎてゆく。第一試合と異なるのは、外から見える形での応酬結果がなかったことだ。双方とも、攻め入るための一瞬を探り合っているかのように見える。
――内実は全く異なっていたが。
「(ここで更に威を高めますか。気を合わせるでもなく、こちらの威を正面から浸食、いえ、一方的に圧し潰されました。これほどまでの武威には小手先の技は通じません)」
この試合、シルヴィアは牽制からの崩しで一気に仕留める技を用意していた。それが通じなくとも、幾らでも他の手に切り替える準備がある。しかし、それが一切無駄になると悟った。今の京姫には、そう思わせる凄みがあった。
あれは最早、策を弄する以前の問題だ。斬られる前に斬る。只管そのためだけに己を高めているのだろう。
彼女と同じ舞台に上がらねば斬られて終わる。ならば、その舞台に上がろう。自分が持てる全てを一振りに込めて。
始めの合図と同時に、京姫は神懸かり、つまり超集中状態に入った。ルーンに師事してより、平静を保ちつつ埋没状態へ至れるよう精神修養をした成果だ。
「(無我の境地に近付けたからって、いつの間にか無意識の技に頼り過ぎ……いや、縋っていたな。人は見たいものしか見ないとは良く言ったものだ)」
京姫は流派が持つ本当の意味から目を逸らしていたと悔悛する。
自分の流派に言葉だけ残り伝わっていた神懸り。そして、禁忌の秘事として伝わる最も古く祖にして裏と呼ばれる型。とても人が実現できない一振りで八つを刻む莫迦げた五つの技法。太古に厄払いで舞われた神楽――その名残だと扱われていたもの。
神懸りの数を熟す内に、気付き、怖れ慄き蓋をした。
あの技の一つひとつに何故、御霊の名を冠するのかを。前提が違っていたのだ。
――神名を以て戮す技。人の手に余るのは当然である、と。
――神懸り。人非ざるをなりし時、初めて使い得る技だった、と。
無我の境地。武術家なら誰しも一度は夢見る一つの到達点だ。
だが、そこへ辿り着くために成すべきことを成さずでは、真の意味で届いたと言えないだろう。だからこそ、ここで宇留野御神楽流の全てを出そう。それが血塗られた技であろうとも。
「(世界と一つになる必要はない。私とシルヴィアだけ在ればいい)」
集中すべきは一人のみ。それ以外はただの障りだ。
音が消え、景色が消え、時間が遅速する。そしてシルヴィアだけが鮮明に浮かび上がる二人だけの世界。
神懸りで大量に分泌されたアドレナリンが、身体を高揚させる。武威が血脈を巡り全身に満ち渡る。裏腹に、自らを認める覚悟が心を凪ぎ、研ぎ澄ます。相克する精神と身体が一つとなり空間に溶け混ざる。
京姫とシルヴィアが己を高めるために時間を費やしてから、優に一分は過ぎたであろうか。その二人を見つめる観客も、いつの間にか波が引いたかのように静まっていた。これから始まる一瞬を逃すまいと、ただ固唾を飲んで見守っている。
動き出したのは二人同時だった。折り合い、気合いが付いたからではない。ただ、その時が二人に訪れたからだ。
大身槍の刀術と見紛う上段は、京姫の持ち手具合から槍の技を仕掛けると取れない。そうとすれば、双方はほぼ同じ距離での撃ち合いとなる。
シルヴィアは後ろに置いた右脚から蹈み込み、次に送る左脚で幾何学的歩法に入った。mezazo passo obliquo o cerculareだ。京姫の槍を構えた外側へと、攻撃の導線を外しながら、自身が最大の攻撃力を得られる姿勢と位置取りまでを一動作で済ます。
京姫はと言えば、後ろ脚を寄せてから右脚を蹈み込む半歩ずつの小さな歩法でスルスルと滑るように距離を詰める。足先と股関節で身体の向きを微調整しながら。
ここまで一瞬だった。歩法の駆け引きは、互いが正面を向いた状態で距離だけ詰まった結果となる。
その状況へ収まる瞬きほどの間際にシルヴィアが仕掛けた。一動作に三つの動きを凝縮して。
接地する筈だった右脚を滑らせ大きな踏み込みへ変え、小盾を振り降ろす。それと同時に右肩甲骨から刺突を放つ。一六世紀イタリアの剣術家ヴィッジアニの教えである、punta sopramanoである。そこへ東洋の武術から取り入れた、肋の可動で骨による更なる加速が加えられた。
今まで誰にも見せたことがない最速の一撃。それは学園内最速を誇るマグダレナの刺突と遜色ない速度を持っていた。
最速の点攻撃。いかな京姫でも、上段からは対処が間に合わない筈の刺突。それが初見の攻撃ならば、猶更対応は遅れる。
フォン、と風を切る長い音。途中でカン、と金属を打ち付けた音一つ。
――そして、ポーンと被弾を知らせる音が三つ。遅れてブー、と合わせて一本になった通知音が静寂の間に鳴り響く。
シルヴィアは刺突を繰り出した姿勢のままだ。残身にも見えるが、あまりの出来事に動きが止まって仕舞ったのだ。シャーボラの刀身が、回転しながら遠くへ飛んでいくのを視界の隅で捉えながら。
「(一体、何が! 動きに全く対応出来ませんでした!)」
正面の京姫を見れば、右前半身で槍の中段構えを取っていた。一本の通知音が鳴らなければ、そのまま刺突が繰り出されたことだろう。
まるで出来の悪いコマ撮り映画のようだった。見えた軌跡は四つ。確かに見えはした。だが、それは被弾する瞬間のみ、だ。故に、軌跡を描いたように脳が補完したのだ。
途中経過の全てがコマ落ちしているとなれば、シルヴィアとて対応出来よう筈もない。
夢でも見たのかと錯覚しそうだ。だが、踏み込んだ右膝、左前腕、そして右上腕のダメージペナルティ。右手に持つシャーボラの柄には三分の一だけ残った刀身。それが現実だと訴えかける。
「(ふぅ。まさか、無心の技より恐ろしいとは。あれは相手に何もさせず蹂躙する、と言えば良いでしょうか)」
試合終了の猶予時間が過ぎ、ダメージペナルティが解除された。シルヴィアは一つ息を吐いてから、固まっていた身体をほぐし、姿勢を戻す。手に持つシャーボラと小盾も初期化され、欠損がない初期状態のホログラムへ再表示された。
『試合終了。双方開始線へ』
シルヴィアの耳には審判の声がやけに遠くで聞こえた。精神力を一気に消耗した結果、届いた音の処理が遅れているようだ。
開始線を挟んで横に並ぶ京姫も、額に汗し、呼吸は乱れ、肩で息をしている有様だ。午前中の試合よりも消耗が酷く見え、今にも座り込みそうである。最後の技は相当消耗するものだったのだと伺える。
『東側 京姫・宇留野選手 二本と二ポイント』
客席が落ち着きなく騒めき始める。一合の攻防で三度の攻撃が与えられたと審判が言葉にしたことで、観客もインフォメーションスクリーンに表示されたポイント情報を漸く現実として捉えたからだ。
『西側 シルヴィア・フィオリーナ・ベルトンチーニ選手 一本と二ポイント』
シルヴィアの攻撃は誰しもが成功していたと見ていた。その後に獲り返されたのだと。しかし実際は、攻撃が当たる前にゼベルを斬り飛ばされていたと言う事実が告げられたのだ。
『よって勝者は、京姫・宇留野選手!』
審判の手が差し上げられた京姫を見れば、息も整い終え、綺麗な一礼を披露している。観客からは両選手を称える言葉が其処彼処から聞こえて来る。
『第三試合まで縺れ込んだこの勝負、一瞬を制したのは京姫選手でした! 双方が披露した華麗なる妙技による決着は私達も忘れることはないでしょう! 皆さん、今一度両選手に盛大な拍手を!』
学園生アナウンサーの締めで場内から割れんばかりの拍手喝采が沸き起こる。それが試合は終わったと実感させる。
「おめでとうございます、京姫。まさか、あれほどのものだったとは驚きです。第二試合の仕掛けまで返されました。素晴らしくも恐ろしい技でした」
シルヴィアの賛辞に続く言葉は、京姫が拾い上げて来たと言う本質を指して、だ。そして、返されたとは、強烈な威を発しておきながら、瞬間的に一切の威を消したことだ。
シルヴィアの刺突が決まる寸前、京姫の武威だけならず気配も全て消えたのだ。脳に錯覚を起こさせるために仕掛けた手と、同じことをされたのだ。それが計算の上だったかは今時点でシルヴィアが知る由もない。
「ありがとうざいます。むしろ、私の問題点を浮き彫りにしていただいたおかげで、自分と向き合えました。シルヴィアが相手で本当に良かった。また一歩踏み出せたことに感謝します」
二人は剣を交えた者同士でしか判らない言葉を混ぜて短い会話を終える。互いが軽く笑みで讃えて退場していった。
競技者控室に戻った京姫。
現在、大量消費した糖分補給のために持参したブドウ糖タブレットとドライフルーツを次々に口へ放り込んでいる。
「うん。やっぱり決断させてくれたシルヴィアに感謝だな。しかし、無我の境地の入りを完全に見切って来たのは凄かった」
先の試合を振り返れば、シルヴィアは初動の判らない攻撃自体に罠を仕掛け、更には無我の境地の発動すら対応して見せた。シルヴィアの洞察力が特に優れているからの結果なのだが、京姫は同じ経験をしたことがある。
それは六月に行われたホーエンザルツブルク要塞攻防イベントでのことだ。防御組であるエデルトルートを足止めするために対峙した時、初動の判らない攻撃を初見で回避された挙句、以降は全て封殺され、足止めを維持するだけで手一杯だった。
「世界選手権の常連ともなると、私の無我の境地は弱点だらけに見えるんだろうな。おかげで、色々と踏ん切りがついたよ」
どちらかと言えば、特殊技能を持つエデルトルートとシルヴィアが相手だったからではあるのだが。しかし、今回追い詰められたことで取り返しが付かなくなる前に次へのステップを踏み出せたのは大きな収穫だろう。
無我の境地の技へ依存して仕舞う前であったことに。
「実際やってみて判ったけど、一振りで八つを刻むなんて、まず出来ないよな。やっぱり止めを刺すまで攻撃の手を緩めないって例えが正解に近いのか?」
演武をする際は一連の流れで一つに見せるが、どう動いても一振りでは最初の四つまでしか繋がらない。だとすれば、技で指定された八箇所を狙うことが目的で、一連の流れは動きの基本を現している教本ではあるまいか。宇留野御神楽流の裏と呼ばれる技は、祖と言うだけに、それぞれの動きは基礎として表の技にも受け継がれている部分が多々ある。それを見るに、八つを狙う動きを都度、状況に合わせた組み合わせで使う線が濃い。
御霊の名を冠する技は五つ。その全ては経路と用いる技法で差別化しているが、八箇所の狙いは皆同じだ。
裏の技法と言うだけはあり、伝わっている心得も曰く物騒だ。
こころしずめ事成りたまへ。人のけはい見伏せ、ぐっと奮ひて果たさしめ。
手足をもり、肋六枚へ通しひとゑぐり。喉掻きまなこゑぐりて鼻根へ通しひとゑぐり。
――第三試合、最初にして最後となった一瞬の攻防。
歩法が終わる絶妙のタイミングでシルヴィアから放たれた刺突は、マグダレナと同等と言える最速の点攻撃であった。神懸かり――超集中状態――にあって尚、それは脅威となる速度を持っていた。
京姫は攻撃が放たれた瞬間、裏の技法を発動させていた。
――こころしずめ事成りたまへ。
精神を平静に保ち、事を成す。
――静の中に動を持って来ればいいんですよ。
友が誰かに言い聞かせていた言葉が浮かぶ。
武威を内側へ向け、気配全てを世界に溶かす。
――人のけはい見伏せ、ぐっと奮ひて果たさしめ。
相手の気配を見定め、一気に技を奮い確実に斃す。
――あれは、出来ないことチガウヨ。もう京姫にとって出来ることヨ。
友が自分に諭した言葉が浮かぶ。
自分の意思で無我の境地を引き出す。
出来る出来ないではなく、やる。
気配だけでなく心もスウッと世界に溶かす。世界と一体になるのではなく溶かすのだ。無心へ近づくために存在を消した。
――手足をもり、肋六枚へ通しひとゑぐり。喉掻きまなこゑぐりて鼻根へ通しひとゑぐり。
四肢を捥ぎ取り、心臓を刺し抉る。喉を掻き斬り、目を抉り、鼻の急所から脳を刺し抉る。
裏の技法で狙う八箇所は、相手を無力化し、反撃させずに仕留めることが本質なのだろう。
まずは、迫り来る刺突を無力化する。
刀術に見える上段から、両腕をそのまま下へ降ろす。刀術もそうだが、基本的に構えの段階で刃筋を立てた軌跡となるよう、腕の位置を決める。腕を上げる、降ろす動きは、全く同じ軌跡をなぞる。そうでなければ、関節の回転で前後左右に刃筋が振れて仕舞うからだ。
大身槍の通る軌跡の調整は上半身ではなく、股関節の可動で方向を定める。
ゼベルの峰側からシルヴィアが踏み込んだ右脚までを直線で結ぶ軌跡を描き、無拍子で大身槍が通り過ぎる。穂先が強力な三角穂は、容易にゼベルを断ち砕き、シルヴィアの膝を斬り抜く。
そのまま大身槍を振り上げながら股関節で位置を変え、小盾を持つ左前手を斬り抜く。
そして、再び大身槍を降ろす。今度は次の刺突に移るため、左股関節の可動を大きく取り、先程よりも奥側へ穂先を届かせる。これでシルヴィアの右上腕が斬られた。
斬撃の終わりは完全に左半身へと変わった中段の位置だ。ここから肋六枚目の隙間、つまり心臓部分へ刺突を繰り出す。その直前に、一本取得の通知音が響いた。
心臓部分判定の猶予時間も含めると、最初の攻撃を当ててから〇.二秒で二箇所へ攻撃を成功させたことになる。ゼベルの切断も合わせれば〇.三秒ほどの出来事だった。
――宇留野御神楽流 八葉祓之理「建御雷之男神」
縦の動作を基本とする裏の技法だ。他の技法ではいきなり頭部を狙うものもあるため、比較的ルールに適用し易い技法を京姫は用いた。
しかし、技の出始めから終いまでが〇.三秒あれば、騎士ならば反撃と追撃に出ても可笑しくない。
後にインタビューでシルヴィアが質問に応じた時、「斬られる瞬間以外が全く認識できず動きに反応できなかった」と答えている。
その秘密は、認識の齟齬と攻撃の遅速による判断力の攪乱だ。
溢れていた武威をいきなり消したことで、相手の脳に認識の齟齬を生んだのが一つ。更に存在感まで希薄にし、相手の認識を曖昧にしたことが一つ。
そして、無拍子で放たれた技が、その齟齬と曖昧さを背景として縦横無尽に飛び交ったことが更なる認識の掛け違いを生み出した。
人間の映像処理速度は、年齢や個人差もあるが凡そ〇.〇〇八秒と言われている。身体の反応速度と比べれば十倍からそれ以上は早い。それだけの認識が出来れば視覚内で捉えることは可能と思われる。
だが、実際はシルヴィアが京姫の攻撃を追えなかった。複数に渡る認識の齟齬が脳の処理を狂わせたからだ。
騎士が意識で追うのは攻撃や防御など動作に加え、気配や空気などの読みも含まれる。しかし、突然に仕掛ける側の気配や存在感が薄れた状態になると、判断材料の幾つかが曖昧になる。搗て加えて視覚で捉えても、それが軌跡を描く刀身と斬る際の速度が異なる性質を持つ連撃であるとするならば。斬る抵抗で〇.〇数秒の遅れを生むため、視覚で捉えやすい遅いタイミングを速度の印象に深く刷り込んで仕舞う。一度印象付いた速度が槍を振る速度と乖離を生み出し混乱させ、捉えるべき事柄の優先順位が狂う。
シルヴィアが「相手に何もさせずに蹂躙する」と感じたのは正鵠を射ていた。
宇留野御神楽流 八葉祓之理に含まれる五つの技法は、人の感覚や反応、心理状態や今ある状況を利用して確実に討ち取る技である。
だが、その技を実戦の場で扱うには、生半な心持では切先が鈍る。それは只の道化芝居となり得る。
確実に討ち取る技は、それ相応の覚悟を持って奮う必要があるのだ。
これが、第三試合で京姫が奮った技の全てだ。
京姫は、スポーツ科学科のサポート担当に装備を外して貰い、今は椅子に背を預け、目を瞑っている。回復と精神の平静を保っているところだ。
次の試合は決勝戦だが、花花の準決勝と三位決定戦を間に挟むので、実質一時間待ちである。次に使う装備も調整は済ませてある。
「少しは近づけたかな」
ポツリと、誰に言うでもなく京姫は呟いた。
困れば振り向き、手を差し伸べてくれる。
いつも背中を追う友たちの姿。
手を伸ばせば触れるところまで追い付けたのだろうか、と。
本当いうと。京姫に裏の技を使わせるのは終章後編の世界大会の予定でした。
その相手はエデルトルートかシルヴィアの予定で。
ところがDuel本選のトーナメントをあみだで決めた時に、京姫とシルヴィアが準決勝で当たる配置に……
仕方なく、前倒しで京姫には一つステップを上がって貰ったのです。




