04-026.功夫と武術の母。 Hinunterfliegen Kamelie und Durga.
「うーん、そう来たネ。同じ戦法になるとは思わなかたヨ」
時刻は一一時二五分。
競技コントローラーを中央に挟んだ登録エリア左側。花花は武器デバイスの最終登録と騎士装備の有効破断箇所をスキャンニングをしながら、反対側の登録エリアで作業中のヴリティカが持ち込んだ武器デバイスを横目で見た所感を漏らしていた。
数分もすれば本選第三回戦トーナメントCグループとDグループの二試合が始まるところだ。今回のDuel本選特別設営試合コートは一から六面までが用意されており、先程Aグループが一面、Bグループが五面を使って試合を終えたばかりだ。結果としてはAグループが京姫、Bグループはシルヴィアが勝ち抜いている。
そして、続くCグループの花花とヴリティカは三面、Dグループのリンダと小乃花が四面でこれから試合を始める。
その準備として選手が競技コントローラーに個人のデータを最終登録している最中なのだが、横目でチラリと見た花花が何時もと違うヴリティカの武器デバイスに「嗯嗯」と唸っているのだ。
かく言う花花の武器デバイスも何時もと異なる物を持ち込んでおり、明らかにヴリティカのパタ対策だったと思われる。
「彼女の武器デバイスも初めテ見るワネ。これはオモシロイ戦いになりソうヨ」
笑みを零しながらポツリと呟くブリティカも、登録作業中に花花の武器デバイスを目にしていたのだ。そこから今までのDuel対戦者とは異なる戦いが出来ると判り、楽しみが増えた、と。
試合会場である屋外Duelコートは、観客席上部に設置されている数多のインフォメーションスクリーンに先程迄の試合映像が流されているお陰なのか、客席は熱気で随分と温まっている。
暫くして試合映像が消え、これから戦いの場となる試合コートが映し出される。次の試合であるCグループとDグループの準備が終わったことを物語っている。観客も慣れたもので直ぐに察し、波が引くように喧騒のボリュームが小さくなってゆく。
選手の入場を見逃すまいと会場の視線も試合コートに集まり始めたところで学園生解説者のアナウンスが観客の簡易VRデバイス経由で音声を流す。
『皆さん、お待たせしました! 競技コート三面Cグループ第三回戦ベスト四決定戦! 解説は人間工学科六年イターリエンの白い配管工こと私ルイージ・ライナルディと――審判はスポーツ科学科六年、二つ名【ヴェルサイユの白百合】ことアンヌ=マリー・クジヌーの二人でお送りします!』
フランス人のアンヌ=マリーは透けるような色白、且つ企業グループの令嬢でもあることから、豪奢なイメージと清楚なイメージの両方を表す二つ名が何時の間にか広まったパターンだ。
『それでは選手紹介です! 東側選手は、インド伝説の達人グル・アヤンが最後にして最高の弟子と謂わしめた武術の申し子! 二つ名【戦いの女神】、騎士科六年インド共和国国籍、ヴリティカ・チャウデゥリー・ガウタム~!』
胸の高さで両手を合わせ、「ナマステ」と挨拶を口にするヴリティカ。その手首にはH型の武器デバイスが其々引っ掛けられている。
目鼻立ちがはっきりした面持ちに小麦色の肌と後頭部で纏められている黒髪。髪留めが簡易VRデバイスだ。そして眉間にはヒンディと呼ばれる赤い点が塗られている。現代ではヒンディもファッションの一つとしてシールなどが出回っている。
競技用の服装は上下セパレーツに別れたパンジャビドレスを着用している。上着は股下丈のカミーズと呼ばれるチュニックを長袖に改良。下は踝丈のチュリダールと呼ばれる細身なパンツ。両方共グリーンに染めたシルク製で、金糸の縁取りや様々な色の刺繍が入り鮮やかだ。
足元は古来からの宮廷靴である豪奢な刺繍が目を惹くモージャリー(元は男性用)。競技用の靴下と薄手の手袋で攻撃判定箇所の素肌部分を覆っている。そして、普段の武器であるパタとは違い、同じ型の武器デバイスを二つ携えているが、公式・非公式の試合に関わらず初めて見せる物だった。
『続きまして西側選手! ほんの二カ月前、自国の全国大会出場選手全員に喧嘩を吹っかけた大胆且つ奇想天外な方法で代表の座を勝ち取った行動力は誰にも止められない! 二つ名【舞椿】、騎士科三年中華人民共和国国籍、陳・透花~!』
相変わらす花花は両手を高く振りながらピョンピョンと跳ねて観客へアピールする。両側頭部に高めで留めた、輪にした三つ編みのボンデリングヘアー。豪奢な金色をした留め金が簡易VRデバイスだ。跳ねる度に留め金を飾る複数の短冊がチャリチャリと音を奏でる。
本日は何時もと違い、唐調服仕立ての演武服。同じ唐調の秀和服と違い、上着は前留めのマンダリンではなく、黒に金糸の刺繍が目に鮮やかな合わせ着物。日本の道着に形は近いが、薄手で手首までの長袖。下は朱色で踝までのロングスカート。腰近くに少しドレープが入っており、袴のようにも見える。黒い帯紐を捩じって腰で止めており、その両端は結ばずに巻いた腰ひもを通して前側の左右に長く垂らしている。スカートの中、脚への被弾判定は何時も通りに膝上丈のストッキングである。
今回は服装を変える必要がある程、相手に脚の動きを見せたくないのだろう。
そして、花花も両手に剣の柄と遠目でも判る武器デバイスを一つずつ握っている。
選手紹介が終わり、審判から開始線に向かうよう促される。二人はまずは審判へ礼を、次に互いが向かい合い礼をする。ヴリティカの「ナマステ」に引きずられたのか、花花も拱手をしながら「您好ヨ!」と口にする。丁寧な挨拶をしているのは、ヴリティカが武術的にも敬意を払う相手だと認識しているからこそだ。
礼が終われば観客も待っていたマイクパフォーマンスの時間である。
「あの手から剣生えたヤツで来るかと思たのに、とんだ誤算ヨ。只でさえヤッカイだたのにモノ凄~くメンドーになたヨ」
腰に手を当てながら肩を竦めヤレヤレと花花。オーバーリアクション気味なのは普段でも目にするが、何処ぞの姫騎士さんのようにブツクサ言うのは珍しい。ヴリティカの何気ない所作から読み取った実力が予想を大分上回っていたので、憂さ晴らしの嘆きだ。
「良く言うワ。その身体の中に練らレテる膨大な力はナニかしら? 全く問題ないって見えるワよ?」
花花は未だ平時と変わらない状態である。それをヴリティカは一目見て花花の普段から練っている内功が如何程であるか測り取っている。
「ソッチこそ、ヨ。どう鍛えたらそれだけキレイに内勁が全身を巡るネ。均一に流れ続けるナンて普通はムリヨ」
花花も聴勁にてヴリティカの力がどのように身体へ分配されているのか読み取った感想を口へ出した。
「そこはお互い様だと思うワよ? 他だと学園生で突出してるノはフロレンティーナぐラいかしラ」
「哦、ティナの身体運用はホンとにオカシイヨ。不安定なのに安定してるヨ」
「そうね。あの娘、力の流れ方が異常なのよね。どう考えテも破綻シてるのに一瞬で全く違ウ流れを連結して膨大な力を取り出せるナんて、本トに人かしラ」
まさかの試合中に本人不在でディスられる姫騎士さん。
そして、姫騎士さんが人外認定されたところで審判から横槍が入る。
『双方、抜剣!』
審判は別に姫騎士さんを庇った訳ではない。二人の会話が長尺になりそうな気配を察したからこその英断である。花花が、おっとっとヨ、と言いながら舌をペロッと出したのを見るに、放っておけば長話になったのだろう。
花花が両手に持つ武器デバイスから刀身が生成される。
今回持ち込んだのは柳葉刀である。約七〇糎の刀身は片刃で、剣先に行くほど幅が広くなる造り。峰側は僅かに湾曲している程度だが、刃側は幅が変わることにより剣先にかけて大きく曲線を描く。重量は演武競技用と比べれば、倍の八〇〇瓦。柄も短く片手用で、斬撃を連続させる類の武器だ。
そして、ヴリティカが両手に持つ武器デバイス。Hの字上部分にも横棒が入ったフレーム型である。小さな梯子を連想して貰えば判り易いだろうか。梯子の横棒が握りとなり、縦棒が拳を上下から挟んでいる。その後端は手首を通り越して前腕中ほど近くまで届く。握った拳先の横棒から、底辺が拳幅、頂点までの長さが四〇糎程ある二等辺三角形をした刀身が生成された。
この独特な形状を持つ武器は、ジャマダハル。
一四世紀頃に北インドで生まれ、近代まで現役だった短刀に分類される武器である。尤も近代は実用品よりも、華美な装飾を施した美術品や蒐集家向けの刀剣としてヨーロッパへ輸出していた物が有名だが。今回ヴリティカが持ち込んだものは、ジャマダハルの中でも大型な物だ。
ジャマダハルは、日本やヨーロッパではカタールと、間違った名称で呼ばれることがある。一六世紀ヨーロッパに於いてジャマダハルを記述した文献で、四世紀頃から存在する両刃短刀であるカタールと挿絵が入れ替わっていた。それが広まり定着し、現在まで伝わって仕舞った影響だ。
ジャマダハルは総合武器術ガッカで扱う武器の一つである。その独特な形状と装備の仕方は、拳で殴るように腕を突き伸ばせば先端へ力が乗せ易く、鎧などへの貫通力も高めな短刀型の鎧通し扱いだ。双刀として使う場合もあるが、実戦では槍や剣と共に携帯される副武器の位置付けが主であった。
だがそれは武器の形状と一般的な特性で語った場合だ。
ヴリティカは、グル・アヤンからガッカの他にマルダニ・ケル、そして総合武術のカラリパヤットを叩きこまれている。カラリパヤットは高度な身体操作の技術体系を持つことが特徴だ。その身体操作を使えば、ジャマダハルは斬撃・刺突・防御の全てを賄える強力な武器に変貌する。カラリパヤットのナイフ術にもジャマダハルに似た柄を持つ武器があるため、扱いの親和性は非常に高い。
持ち手を縦拳にすれば、拳、手首、前腕の骨が整列され、非常に構造が強固になる。骨が整列すれば、乗せた自重が関節で逃げることなく剣の威力に伝わる。また、腕を挟むように前腕にまで伸びた上下の柄は、刀身で攻撃を防御した際も、腕全体で威力を受け止める役目が持たせられる。大型なジャマダハルなればこその運用だ。
更に斬撃を放ち攻撃が当たる瞬間、肩甲骨の可動や半身の連動を加えれば、切る程度だった武器が骨を断ち斬る刃に変わる。
欠点として刀身が短い、刃が直線で固定、もしくは手首を曲げた角度までしか可動範囲がないなど上げられるが、その程度はヴリティカにとっては誤差レベルであり全く問題にもならない。
奇しくも双刀同士の戦いとなる。
花花は遠近の距離など関係なく、全方位から攻撃を繰り出すヴリティカのパタ対策に。
ブリティカは円を基本とした上下左右の立体的な回避と高速な連撃で翻弄する花花を捉える対策に。
互いが相手を脅威と見做したからこその武器選択をした結果であった。
『双方、構え』
審判のアンヌ=マリーが高々に声を上げる。
中国武術家が選手に居る場合、構えの合図でほぼ確実に演武を一つ披露する様式美が定着ているのだが、最近は中国武術家以外でも、演武を持っているものが披露することもあり、一つの新しい流れが生まれつつある。
そして花花が何時もの如く、演武を披露する。今回は双刀であるため、陳式太極雙刀の型を披露した。
刃を上に刀身を左の肘内側で支える形にし、左手の指で柄を二本持つ。足先を微細に動かしながら重心を変えつつ、後ろ脚となった右脚を肩幅より狭く維持しながら左脚の少し前に出す。そして左腕に抱えている刀を一つ取り、右脚を横に開きながら右斜め下から円を描くように頭上まで軌跡を描かせ、頭上を警戒するように前方へ向けて刀を止める。左脚を軽く上げながら、左の刀は横一閃の軌道で水平に峰を右脇の下に触れる位置で止め、左脚は着地。
これが双刀の起勢である、第一式雙刀起勢だ。何時もの演武とは始まり方や内容がまるで違う。
そこから流れるように第二式全舞花朝陽刀、第三式切三刀朝陽と続け、第一二式二刀胡蝶吸水まで一二通りの型を披露して演武は終了した。
「お見事! 下から力の流れがスルリと伝達されて、どのタイミングでも取り出せるのは凄いワ! 後ろや頭上を防御スル動きがカラリに似てるワね。脚を隠してるケど、螺旋の動きよね」
やはり見破られたか、と花花は苦笑い。身体内部の動きは、拝師しなければ教われない秘伝の技法を使っていたが、外から見れば型の演武を披露しているとしか見えない筈であるのに。
「普通じゃ見ラれない良いモノを見せて貰ったかラ、私モ一つ披露するワ」
その言葉に驚いたのは花花よりも観客だろう。ヴリティカは今まで一度も演武などしたことは無かったのだから。
ヴリティカは、肩幅に足を広げて両腕をぐるりと上に回し胸を反らす。両腕の肘から親指まで合わせ付け、前方へ向けながら中腰になり、脚の間まで腕を降ろす。そこからゆっくりと下から前方をえぐるように親指部分を顔の高さまで持ち上げる。動物の姿勢で基本中の基本となる象の姿勢だ。中国拳法の起勢変わりのつもりであろう。
持ち上げた両腕が空を駆ける。左腕と右腕が別の生き物のように其々が高速回転を始める。個別に動きながら全方位に円を描く軌跡は、統一された動きの元で制御されていると見て取れる美しさだ。前後左右上下、まさしく縦横無尽。小さな円、大きな円、将又大小が組み合わせられた円。刺突の動きでさえ、流れるような円に含まれている。
終始中腰の状態から生まれる動きと歩法は、複雑であり共通的でもある。カラリパヤットの基本で八通りある動物の姿勢が根底にある動きだ。動物の姿勢は余すことなく身体の隅々まで使う。故に、全ての姿勢を修めることこそが武術を成すのだ。
そして、締め括りに蹴りの技を一つ。身体に僅かな振れもなく真っすぐに頭上を越えた最頂点に届く其れは、脚を使った剣そのものであった。
客席の歓声が大きくなる中、花花が呆れたように言葉を漏らす。
「やぱり中国拳法に取り入れられた武術だけあるヨ。円の動き澱みが全くナイし、どんな状態でも軸ブレないのナニヨ。どんだけ練ってきたんだか、ヨ」
ヴリティカも花花の言葉から、身体の内部をどう使っているのか察せられたことは、むしろ当然だろうと口元を綻ばせる。何せ、普段の立ち方から細かな所作まで正しい体軸と中心軸がしっかり入っている相手だからだ。直接対峙した瞬間、その高度さに目を見張ったのだ。
蛇足だが、インドからボーディダルマが少林寺に精神修行の一環として伝えたのはタミル武術で、カラリパヤットの源流を成す一つである。
お互いの演武が終わり、武器の構えに入る。陽気だった周囲の空気が二人から漏れだした膨大な気配によって、一瞬で質量を持った。映像越しでさえ、空気感の違いが捉えられたほどだ。
試合を開始する準備が整ったと、誰しも感じた。もちろん、それを一番身近で感じた審判は、すぐさま合図をかけた。
『用意、――始め!』
滑らかな動きで双方が右脚から一歩目を蹈み出す。そして、二歩目――。
花花は後ろとなった左脚を右脚の少し前へ肩幅に開けて真横になるように蹈み込み、それを軸に右脚を後ろへ引く。相手の真横へ回り込む反三才歩の歩法だ。
対してヴリティカは、左脚を中心軸に寄せてから前へ滑らし、肩幅の位置に歩を進めながら後ろ脚となった右足先を左に回転させる。右脚が接地した時には身体が九〇度右向きに変わっていた。象の姿勢による横ステップでの回り込みだ。
お互いが虚を突くために、自身の利き腕ではない方向へ回り込んだのだ。その結果、互いが間合いに入ったが、正面で向き合うこととなった。
「(初手で左の入り方とは! 考えることは同ジだったヨうね)」
「(ヤラレたネ。利き腕側の動き潰し来る思たのに逆張りされたヨ。なら挨拶代わりヨっと)」
内心は驚きながらも、二人の動きは止まることがない。
カカカッ、と連続する金属音が響く。
花花は、小手調べに実戦の速度で第一七式|二刀伏虎《ゥア(ル)ダオフーフー》を型通りに繰り出した。鏡面動作のため、手足の動きは左右逆になっている。左腕は頭上で切先を相手に向け、右腕は左脇下へ配置し、刀身が見えないように。
そこから頭上の刀が左上から右下へ弧を描きながら斬り下ろされ、そのまま右上へ駆け上がる軌道をとる。斬り下ろしの途中では右腕が脇の内から刀身を表し、左下へ弧を描きながら斬り下ろされる。斬り上げられた左腕と一瞬交差して後方まで切先が進み、クルリと上方へ駆け上がる。
その間、先に駆け上がった左腕は縦の斬り下ろしとなり、腰の位置で腕が胴を巻くように切先を後方へ水平に。その段には右腕も胴を薙ぐように斬り下ろしがされたところで止まった。本来は、そのまま回転し後ろの敵へも攻撃する型である。
縦と横、円の動きで間断なく全てが一つに繋がった連撃であった。が、次の回転しながら二刀攻撃と其処から別の技へ繋ぐ挙動を止めざるを得なくなった。
ヴリティカは花花の攻撃をお互いの武器が届く間合い内で受けて立った。
最初の斬り下ろしは、逆側となる左のジャマダハルで刀の進行方向に合わせて斜めに弾き、攻撃の導線を外側へ外す。その攻撃は止まらず上方まで振り上がるところを見た。弾いたと同時に襲い掛かる胴から斜め下、脚までを斬り裂く攻撃は、蛇の姿勢で歩法をずらし、上半身を蛇のようにヌラリとした動きで逸らし回避する。
先に吹き抜けた攻撃は、既に上方から斬り下ろしとなって襲ってきたところで、再び蛇を表す上半身の動きで切先を回避する。右のジャマダハルで通り過ぎた刀を後押しし、相手の円運動に軛を入れる。
そして、胴への薙ぎに対しては、左のジャマダハルで押し込めた。その時、獅子の姿勢に歩法を変え、臍下丹田から内部を巡る力を強めた。その分、強力になった此方の円運動を相手へ過剰に与えることで、次の攻撃を出しても有効にならない位置取りへ変えさせ、相手の四撃目で連撃を止めさせたのだ。
時間にして一、二秒ほどの出来事。
その短い時間で四合撃ち合い、双方は互いの射程外に逃れて向き合っている。
「(やぱり、ウチの基本歩法と同じヨ。横に進む歩法で前に出るから脹脛使てないネ。だから脚でチカラ止まらナイくて剣先に重さ全部乗せて対応されたヨ。あのスウェーも、もう一押し分刀差し込んで当たらない距離取られたネ)」
脹脛は単に歩く時でも、脚が接地した際、衝撃を吸収するため力が入る。脚を前に進めるよりも、止めることへの機能が大きい。止めると言うことは、力の滞留が発生することを示す。前脚を接地した時には制動が掛かるため、その力こそを上へ取り出して利用する術など、古来から様々な武術で歩法が幾つも生み出された。日本の袴などは脚の動きを見せないことで、歩法や技の本質を隠したりもする。
花花の攻撃は、ヴリティカが先の演武で同じ本質を持つ歩法を使ったため、そこからどのように身体を使うかの確認だった。
撃ち合いの最中でも相手が攻撃を繰り出した流れから先を読み潰してくる。その上、膝の動きまで同じ運足で全く違う効果を武器に与えて来た。つまり、脚からどのような動きに紐付くか非常に察し辛いことが判った。
なるほど、だからズボン履いても問題ナイ訳ネと、花花は警戒を一段階上げる。
「(二刀の回転は速度重視に見えテ、全部の攻撃が重いワね。剣を振る時、腰から下を固めて身体の捻りデ体重全部乗せた回転を造ってると見たワ。中心軸と左右ノ回転軸を同時にコントロールするなんテ相当な技量ね)」
ヴリティカも態々撃ち合いを受けて立ったのは、花花の攻撃がどのような質を持っているかの確認であった。
激しく歩を入れ替えながらの連撃は、攻撃の瞬間に下半身を安定させて捻りを生んでいた。攻撃の度に左、右と其々の上半身で回転させる軸と骨盤より下の軸へ、滑らかに繋ぎ変えながら自重を乗せる身体運用。その精密さと激しさを併せ持つ連動の中で、全く振れることもなく天と地を結ぶように安定した中心軸。連撃の合間に位置取りを変えさせる挿しをしても、瞬時に次の手が当たらないと察するや否や、連撃の勢いを安全圏へ逃れて立て直すことに切り替える身体の制御。
感心しながらもヴリティカは、どっちが厄介なんだと、花花へ言い返したい思いが溢れる。
「(じゃあ、今度は此方かラ行かしてもらうワ)」
数秒のお見合い状態から先に仕掛けたのはヴリティカだった。
左半身となっている花花は、頭上で切先が相手に向けた右の刀、左腕は右脇下へ配置し刀身を後方へ隠す。一刀朝陽の終わりに構える姿勢だ。その左前の構えに合わせるためだろう、ヴリティカは右脚を中心軸に寄せてから前へ滑らす。
ヴリティカの初動を見て花花は迎撃態勢に入る。互いは二歩の距離しかないからだ。今から蹈み込んでも、ヴリティカの侵略速度を考慮すれば、此方の攻撃姿勢が半端となる微妙な位置取りになる。ならば、相手が距離を埋めるのを待って有利な形に持っていく。
ブリティカの二歩目は左脚が前となるため、左半身に力を乗せた攻撃に出るであろうと予測する。円の攻撃か、或いは他の技法かまでは今のところ読み切れない。どのような攻撃方法で来ようとも、対処法だけ決めて相手に合わせる。
相手の右手ジャマダハルは左の刀から斬り下ろしの円で防御、本命と思われる左のジャマダハルへは後方から遠心力を乗せた横の円と、先の撃ち合いで臍下丹田へ渦を巻いて蓄えられている纏絲を右の刀に纏わせ、武器を弾き飛ばす威力を持たせたカウンターを仕掛ける。反撃のために僅かな空白を強引に造り出すことが目的だ。
そして、ヴリティカは。
――二歩目を蹈み込んで来ることはなかった。
「(まさかヨ!)」
驚いたのは花花である。一歩で距離を埋められるとは思わなかったからだ。
ヴリティカは同じ足捌きで動いていた。だからこそ気付くまでの空白を造られた。違いは右脚の長いスライド。馬の姿勢に含まれる、長距離の間合いを埋める歩法だ。
脚の歩幅が長くなれば、その分、姿勢は低くなる。相手が自分に対して認識していた距離と高さを逆手に取った虚の攻撃。
ヴリティカの両腕が上半身ごと伸びる。届かない筈だった花花の胴へ、認識しても避け切れない位置まで侵入した左のジャマダハルが刺突を繰り出していた。花花の反応は見事であったが、一手遅れたのは否めない。急遽、纏絲を纏わせた右の刀を頭上からジャマダハルの進行方向へ被せるように挿し込むが、被弾箇所を脇腹に掠める位置へずらすだけで精一杯だった。もし直撃していたら、ダメージペナルティの発生する場所が右半身の連動を断ち斬るところだったのだ。
そのまま刀で左手のジャマダハルが自由に動かないよう、抑え込む。
攻撃はこれだけではない。右手のジャマダハルも同時に襲い掛かっていた。花花の眼下で背中を見せていたヴリティカの上半身が、まるで軟体動物のように左に捩じられ左半身となる。そして、下から右手のジャマダハルで花花の横から斜めに斬り下ろした左の刀を搗ち上げるように刃の上を滑らせながら受け止める。この態勢であっても正面で相対した際と遜色ない威力を持っていた。それが、バインド状態を造らせず、刀の刀身をガイドにジャマダハルが滑り込みながら花花の手元を切り裂くために迫り来る。
そのタイミングで花花は、後ろの右脚を起点に身体全体を引きながら一瞬で仆歩の姿勢となり、地面スレスレまで脚をしゃがみ込ませた。右手の刀は纏絲の威力を活かしたまま左のジャマダハルをその場へ縫い付けている。そして左手の刀は身体ごと後ろに引き、ヴリティカの攻撃を逆に滑らせ切先まで戻した。ジャマダハルが刀から離れた瞬間、花花は棍の技――摔棍――で、ヴリティカの左肩へ刀を斬り下ろす。
しかし、ヴリティカ自身も花花が仆歩に移行したと同時に回避を始めていたのだ。後ろ脚を起点に姿勢を戻していくヴリティカの肩口は射程から外れ、刀はそのまま地面を空打ちする。それは瞬時に斬り上げるため、力の連動を可変させる花花が出した一手。相手の伸ばされた右腕が遅れて通り過ぎるところを捉えるためだ。
追い付きの攻撃ではあったが、ヴリティカは肘手前を下から斬り抜かれる。
――ポーン、と二つ有効打の通知音が鳴る。内訳はヴリティカが二ポイント、花花が一ポイントだ。
ポイント的には花花は負けている。しかし、ダメージペナルティで考えれば、花花は脇腹を掠ったのみで動きに支障はない。
対してヴリティカは下から右腕肘手間を斬り抜かれたことで、小指から中指までの指三本が握る力を奪われた状態である。右腕を身体運用でカバーしようにも、刀身での攻撃と防御が一切封じられた。
試合が続く中で、このダメージペナルティ三〇秒間は大きい。
当然、この機を逃す花花ではない。
退くヴリティカの動きに合わせ、前脚側が起点となり仆歩から身体を引き上げる。動きの最中、右の刀で押さえていたヴリティカの左ジャマダハルを軽く添える程度にまで圧力を落とす。
触れている、と言う状態は、相手の肉体へ無意識に起こる反射を引き出す。
身体の移動にリソースを多く取られているのだろうか。ヴリティカは反射を打ち消すことへ手を回してこない。結果、左腕が伸ばされたまま維持されていた。
その挙動が罠だとしても花花は、その触れた部分を軸にした。反時計回りにクルリと半回転し、二歩分を戻るヴリティカに追従する。
そして、まさかの背面状態から左手の刀でヴリティカが伸ばしている右腕を跨ぎ、右肩から斜めに斬る攻撃へと繋げた。
コン――、と硬いものを打ち付けた音。
花花は、視界の外から刀に挿し込まれたそれを目にした。
「(なるほどヨ。ソッチに動きを割いてたネ)」
腕の上下を挟み込む独特な形状の柄。
右腕のジャマダハルが柄で花花の刀を受け止めたのだ。
「(背面で攻撃を仕掛けるトは。予想外デす)」
際どいところで防御が間に合ったヴリティカは驚いていた。もう一つ先で攻撃が来るものと想定していたからだ。
彼女は左腕の制御を奪われた瞬間、それを捨て置いた。それよりも、花花が回転の終わりで仕掛けて来るだろうと予測し、上半身の右回転と左腕の移動に集中した。退避の歩法が終わった時に、花花と正対して防御をするためだ。
ところが花花は、回転の途中で攻撃を仕掛けて来た。急遽、右腕を先んじて動かし、右肩へ被せるように折りたたむ。右前腕のダメージペナルティはジャマダハルの握りを甘くさせられる。この状態で刀身にて攻撃を受けようものなら支えきれないことは折り込み済だ。
だから、決めていた防御法――柄を盾変わりに腕へ分散して支える――で凌いだ。
後ろの左脚が軸になっていたからこそ、骨の連動で右腕が加速出来たのだ。
「(まだヨ!)」
そう、まだ終わってはいない。花花は回転の途中なのだ。
回転の遠心力で朱色のスカートが裾を広げる。椿の花が舞う。
大輪の花は、ヴリティカの位置から完全に歩法を隠す。
花花は左手の刀をジャマダハルからすぐさま外し、反三才歩で回り込みをしながら、一気にヴリティカの背後まで躍り出る。
ヴリティカも退避の歩法が終わり即座に反応しているが、如何せん右腕を使わされたことと、引き始めた左腕の位置が遠かったことも相まって、僅かに次の動きが遅れた。
花花が歩法の終わりに用いたのは、左半身となった前脚に全く体重を掛けない虚歩の歩型。
ブリティカが正対する間に花花は仕掛けた。
大きく弧を描く右手の刀が横薙ぎに左胴へ斬り込む。その攻撃をヴリティカは右肩に乗せていた右腕の振り降ろしで、ジャマダハルの柄を挿し込み弾く。その勢いを使い、花花を正面に捉える姿勢へ整えるが、その攻撃こそ囮であったことに気付く。
花花が回転の間に仕込んだのだろう。何時の間にか右脇下へ左腕が刀の刀身を隠し、抱え込まれていた。それが右の刀で攻撃を仕掛け始めた直後、ヴリティカが右腕を振り降ろしたことで出来た出来た胴への隙間に、右から左へ横薙ぎに左の刀が繰り出された。
ヴリティカは獅子の姿勢で中心軸を強化する。左半身に体軸を通し、左のジャマダハルを高速で引き戻す。それが花花の本命であろう攻撃を受け止めた。だが、刃が触れ合った瞬間、全力で回避すべきだったと悔やむ。
最早、此処に至っては全てが遅かった。
ズン、と音を立てて大地が震える。
刀がジャマダハルへ触れるに合わせ、花花は虚歩となっていた左脚へ体軸の移動と震脚をした。強力な踏み込みは、大地から膨大なエネルギーを取り込む。その力から生み出された纏絲を臍下丹田で受け取る。纏絲の渦は背骨を通り、肋骨と胸骨の回転に迎合し肩甲骨へ連動させながら、内勁を加え更に増幅して刀の切先まで届かせた。
眼に見えない筈のものが、あたかも其処に在ると幻視させる。一人の少女から溢れ出る力の奔流は正に大瀑布。一瞬で空間を覆い尽くす見えざる大質量。
――それは、ヴリティカの防御を容易く打ち破った。
受けに入ったジャマダハルは骨の連動にて強固な姿勢を造り出していたからこそ、その体勢を維持したまま身体ごと回し押された。
それを成し遂げた刀は、未だ威力を落とさず横薙ぎする。その軌跡は螺旋を描き、無防備となったヴリティカの脇腹を深く抉り込んだ。
ポーン、と三度目の通知音に続き、――ブーと、合わせて一本となったことを知らせる電子音が響く。
『陳・透花選手、一本! 第一試合終了! 双方待機線へ』
アンヌ=マリーは第一試合を制した者の名を告げる。
その言葉を以って観客から一気に歓声が上がるのは何時ものことではある。しかし、今回の試合は動きの派手さに目を惹くが、本質は外から見ても判らない卓越した身体操作のぶつかり合いだった。極めて短い時間で繰り広げられた高度な技術の応酬は、彼女達と同レベルにある一握りしか判らない実に渋い戦いであった。
「身体の使い方似てるでも脚の動きから読めないはキツイヨ。なにヨ、あのグネグネ動きは。ナンで安定崩れナイか不思議ヨ」
第一試合を制した花花は、そうとは見えないショボショボした顔で零していた。
「そっちだって親戚みたいな技法なノに脚を隠しテ読ませなかったじゃナい。見えてたラあんな力、出させなかったノに」
待機線へ去りながらヴリティカが軽口のように返した言葉。その内容は驚くべきものだった。あの大瀑布を脚さえ見えるならば至らせない、と。
やっぱりか、と肩を竦めて花花も選手待機エリアへ消えていった。
花花の陳家太極拳は、タルミ武術が少林拳の土台を固め、そこから分岐した北派の内家拳に分類される。
一方、ヴリティカが使うカラリパヤットは、紀元前から練られていたタルミ武術にアーリア民族の武術が合流し、発展した。その多彩な技術は東アジア全域に影響を与え、「武術の母」とも呼ばれている。
両方共、タルミ武術を祖とする遠縁であるため、特に身体運用の根幹で類するものが多々見受けられる。
だからこそ、互いが警戒を強めていたのだ。
いっそ、全く別な武術であれば異なる技術同士がその技を活かすことも出来ただろう。しかし、なまじ身体の使い方に近い部分が多い故、次へ繋がる動く先が其々の流派で差異を現した。ほんの少しだけ惑わすそれは、互いの虚を突く結果となった。。
「初めて戦たけど、やぱりとスゴクやり辛いヨ。身体の使い方似てるは中国武術同士なら次の手だいたい読めるネ。でも、アレは難しいヨ。似てるのに流れ違うから読みがズレるヨ。それにヴリティカはホンとで戦うの技、使てきたネ。ミスしたら首キュッされるヨ」
選手待機エリア。花花は深蒸し普洱茶で喉を潤しながら吐き出すように言葉を綴った。
相手の恐るべしは異常な身体の柔らかさと、どのような体勢でも揺るぎない安定性。そこから繰り出される、相手を仕留めるための多彩な技術。
さすが、現世界最強であるヘリヤと真っ向から撃ち合い、且つ試合時間一杯まで縺れ込ませる技量を持つだけはある。
「……長くなりそうネ」
だが、本質となる動きが含まれた手の内を見た。それが在れば凡そを察っすることは出来るだろう。易々と攻撃を貰うことはないであろうが、相手も同じことだ。
切り札も序盤で見せて仕舞った。あの一撃に至るための呼吸と姿勢、それに気の流れを掴まれたと確信する。すれ違いざまに放たれたヴリティカの一言は、それを仄めかしていた。
然らば、これからの戦いは相手をどう崩すか、一瞬を造り出すための鬩ぎ合いとなることが容易に想像出来る。相性が良い故に最悪。矛盾を内包する厄介さに、花花はゲンナリと息を吐いた。
ヴリティカは第一試合の短い成れど非常に密度が濃かった攻防を振り返る。
「うーん、とんでもないワあの娘。思った通り潜在能力はヘリヤ級ね。最後のアレが震脚よネ? その場で強く踏み込んで反発を取り出すと思ってタけど、全く違うワ。あの足先の開き具合からスると、力を脚で止めずに導ク歩型の一種ね。そこに一瞬でプラーナと七つのチャクラを繋いで螺旋に乗せて来たワ」
保温瓶から手にしたカップへ注いだのは、煮だしたミルクで淹れたマサラチャーエ。カルダモンやシナモンなどのスパイスが薫り高く辺りに立ち籠める。
その湯気を通して目に浮かぶ。過去に花花が戦っていた試合。そして六月祭の格闘戦と八月に見た下克上イベント。六月と八月。この二つに関してヴリティカは、違和感と言うべく今までの彼女とは違う何かを感じていた。
今日、実際に花花の武技を間近で見て、触れて、後者の二つと完全に重なった。
違和感の正体。
時代の表には決して出ることがない、狩り獲る者。
一部の騎士や自分と同様、競技と言う枠の中へ戯れに紛れ込んだ異物だった、と。
容易く首を喰い千切る牙は隠し、甘噛みするかのように――。
「流派の親戚みたいナ身体操作だかラ、上に乗ってる技術体系の差分で読みを一歩外れルのが新鮮だワ。真剣……は、まずいワね。せめて刃引キの武器同士なラもっとオモシロイ戦いになったデしょうネ」
マハーラージャに代々仕えた武の一門を率いるクシャトリヤ、それがヴリティカの血筋だ。今でも軍閥一派の棟梁である一族の本質は、先陣を切り、苛烈に戦い、誉を称えられる戦士だ。
だからであろう。
言葉と共に零されたヴリティカの笑みは、獰猛な獣が獲物を狩るそれであった。
物理的な武器を使う実戦であれば、ヴリティカと花花はバインド状態から武器の接触感知以上の情報を得る。それは、先の先など、離れた位置から瞬間的に読み取る相手の意志とはまた異なる。
身体操作に優れ、鋭敏な感覚を持つ彼女達は、触れた箇所から相手の内部を巡る流れの先を読む域に達している。意志の先、思惑を汲み取るのだ。
しかし、ホログラムの武器では接触感知が精一杯で、本当に欲しい情報が拾えない。
それが彼女達をして、「読み辛い」と口にさせる。
互いの能力が高いだけに、競技の枠内では表現出来ない部分が足枷となり、相手を捉えるに一歩届かない戦いを強いられる。
その後少しを埋めるため、持てる全てを惜しむことなく使い切り、回避も攻撃でも一瞬で有利な態勢を取ることに腐心するギリギリの戦いとなるだろう。
Cグループ用のインフォメーションスクリーンが試合コート三面の映像に切り替わる。騒がしかった観客の声が静かになっていく。とは言え、試合コート四面ではリンダと小乃花の試合に動きが合ったようで観客の半分以上は騒がしいままであるが。
『双方、開始線へ』
審判の呼び声はインターバルが終了したことを告げる。
陽気に選手待機エリアから、はいはいヨ~、と軽やかな足どりで顔を出す花花。ヴリティカも楽し気に鼻歌交じりで開始線へ。双方とも完全なリラックス状態で向かい合う。
「いやー、あなたオモシロイワ。普段では見せナい技術も引き出されタもの」
「コッチこそヨ! 思わず唸りたい気分ネ。全く、ヤレヤレヨ」
二人の会話は軽い。
しかし、第一試合で表からは見えない攻防が如何程あったのか判る者からすれば、ここで軽い言葉を平然と交わしていることが恐ろしく感じるだろう。
まだ試合は終わっていない。だのに、緊張感が一欠片も無いことに。
「で。ほぼ確実に長丁場なりそうけど、ソッチもまだまだ元気いぱい見たいネ?」
「もチろんヨ。先は長いモの。戦いながら回復する術を使っテるのはお互い様ジャない」
「やっぱりカ、ヨ。これだから骨使う同類はメンドーヨ」
お互いが其々の技量を測り、長い戦いになると断言した会話だった。
第一試合の時間は短かったが、お互い相当激しい動きをしつつも息一つ乱れていなかった。一般の観点からすれば、あれだけの動きをすればインターバルで回復しきれるかも怪しい。だが、第一試合直後も彼女達の体力は殆ど消耗していなかった。ヴリティカが言うように、継続戦闘をする上での回復術を互いが持っているが、そもそもが疲労を蓄積させない動きをしており、回復も一瞬で済む。
――筋肉に依存しない動き。
正確には骨格を正しく維持する必要最低限の深層筋や不随意筋を使い、骨で動く。それが余分な動きを排除し、本来発生する力を損失なく取り出す。だから高威力、且つ疲労を押さえた戦いが出来るのだ。むしろ、疲労があっても変わらずに戦闘を維持できる。それが骨を最大限に活用した動きだ。
それを無意識下にまで術理が落とし込まれている。彼女達の日常、いやさ人生全てが武術の動きで成り立っているらこそだ。
『双方、抜剣!』
両者の武器デバイスから生み出された刀身が光を反射する。丁度、雲の切れ間から射し込んだ陽の光をエミュレートしたのだ。
『双方、構え』
その言葉を受け、二人は独特な構えに入る。
花花は、左脚を前に伸ばし右脚を曲げて腰を落とし、刀の切先が前になるように頭上へ右腕を上げる。左腕は右脇下へ畳み込み、刀身は隠すように後方へ流す。陳式太極雙刀第十五式右插花が終了した際の歩形である仆歩だ。演武などでは、ここから片膝を上げ脚一本で立つ独立歩や、低空から繰り出す体当たり――靠――の準備姿勢とも言われる。
ヴリティカは、左脚を水平に後ろへ、右脚は前に置き姿勢は中腰。脚の踵が直線で結ばれている。上半身は右半身に近いが、右肘を目の高さへ搗ち上げた形で右ジャマダハルの刀身は後方へ流れている。左腕は右腕の対となるように肘が後方へ突き出され、左ジャマダハルの刀身は胸の辺りから前を向いている。打撃技を豊富に持つ猪の姿勢である。
『用意、――始め!』
審判の声が揚々と響く。
その声と相反するかのように、二人には動きが無い。外から見ればの話だが。
実際には開始の合図から猛攻が始まっている。
相手の隙を探している訳ではない。そもそも、互いに隙など無く、在ったとすれば明確な誘いである。
では、彼女達が今、何をしているかと言えば。攻め入るための折り合いを造り出そうとしているのだ。
お互いが威を発し、それを受け流すことが繰り返されている。呼吸、気の流れを読み、威圧を利かせることによって有利なタイミングが生まれるように。つまり、気合――相手の気を合わせる――の駆け引きである。
「(……骨が折れるネ。気をぶつけてもスルリと流されるヨ)」
「(全く乱れずニ武威を返してくるワ。プラーナの継ぎが上手すギて、武威で崩すのは無理そうネ)」
花花とヴリティカは、一握りに数えられる練達の域へ踏み込んでいる。二人の武術は源流が同じところから派生しているが故に相性が良いがため、ここでも均衡を生む悪手となった。
「(ヘリヤやティナみたいに折り合い無視するは、武術の根っこ似すぎてダメネ。向こうも気の同調しか効果ない判てる、カ)」
「(有利なタイミングは全部潰されてるワ。プラーナと気の流レに合わすしか手がナいかしラ。次に気が合った時ネ、動くのは)」
二人共、駆け引きによる有利な展開が現状では難しいと理解した。ならば、双方が同じ状況でぶつかり合うしかない、と。
お互い、呼吸と気の流れを合わさった瞬間に勝負が始まるだろうことだけは感じている。
時間にして一分を少し越えた。花花とヴリティカ共々、剣を交えている時よりも汗が噴き出していた。それだけ集中力と精神力を消費する対峙であった。
更に数一〇秒を過ぎた時、唐突に戦局は動く。
互いの気が合ったのだろう。それは一瞬だった。
観客も何時二人の距離が縮まったのか、驚きに目を見開く。
――そして断続的に金属音が繰り返される。
瞬きの間に、スルリと互いの射程圏に踏み込んだ二人が攻防を始めていた。
武術の多くは、摺足や浮身などがあるように、様々な歩法を持つ。脚をそのまま地に滑らしたり、運足が爪先を起点としているなど、流派毎に、より技を最適化するための歩法が編み出されている。その何れも、運足による腰の上下は殆ど起こらない。
特に花花とヴリティカは、脚を地から離さず下半身の構造的強度を保ったまま、足先の向きを変えるだけで自由に方向転換することが可能だ。そして、両脚の置き場所は、必ず力を大きく取り出せる安定した姿勢を維持した上で、だ。
股関節を起点とした動き。それが脚の速度を加速させる。だから外から見る者をして、目で捉えていた筈が思考の外側に認識を追いやられて仕舞ったのだ。
衆目が集まる最中の一瞬で起こった理解が追い付かない出来事と相成った。
左脚を伸ばした仆歩で腰の落としをしていた花花は、腰から上を通る軸を通したまま身体を引き上げつつ、右脚を滑らせ三才歩で相手に近付く。正中線を捉える位置を取るべく動きだした。
それに対するヴリティカも低く滑らす歩法で、下半身が強固な姿勢を保ちながら歩を進める。流れるような滑らかな運足は、時に前後左右へ、時に上下へ、互いの位置取りをコントロール下に引き込んだ。花花に震脚を踏ませないよう、力の流れが整わない立ち位置へ絶えず移動する。
そして、仕掛けたのはヴリティカからだった。
猪の姿勢は、上半身を屈めるように下からぐるりと上へ円を描くように肘を搗ち上げる動きが基本だ。円を描く、とは言っても、正面からは身体の上下しか見せない技法だ。それを接近の歩法に相手が意識した瞬間に行うため、急に消えて現れる空白を造る動きとなる。そして、人が相手の顔を無意識に追って仕舞う挙動を織り込んだ罠。
急に現れた相手の頭部に集中が切り替わると同時に、首より下は別の動作に入る。
頭部の高さは変わらず花花を捉えている。その状態を保ちつつ猪の姿勢で移動中、横ステップを混ぜて相手の軸足側へ回り込む。後ろ脚の位置を気付かれない程度に本来より前側に位置取ることで、拳一つ分、攻撃の最長距離を伸ばしてある。
そこから、搗ち上げた右肘に隠れていた前腕が、最短距離で右のジャマダハルを下から斬り上げる。花花が迎撃に出し始めた左刀を横薙ぎする引き腕に合わせて。
攻撃距離は、後ろ脚の位置で決まる。有効な攻撃を繰り出すには、上半身の姿勢を保つことが重要である。そこに下半身と上半身の捻りで生まれた距離に、武器自体の長さが加えられて射程が決まる。あくまで一般的な運用の場合だが。
ヴリティカは、上半身を柔らかく倒し込んでも問題なく力を取り出せることは、蛇の姿勢で証明している。通常の騎士と比べても射程が長い。そして、今までは基礎的な歩法と、長距離は馬の姿勢が在ると見せた。
全ては相手に距離感を植え付ける布石。
だが、花花は、何処まで攻撃が届くのか判った上でブリティカのジャマダハルをすり抜けさせた。
「(やはり、生理反射も引き出せナいのね。全体を見られて対処されたワ)」
ブリティカが言うように、花花は相手を全体視することで身体の動き全てを見ていた。気配のみならず、視覚も十全に活用しなければ危険な相手だからだ。故に、ブリティカが後ろ脚の位置を変えた僅かな挙動も見逃してはいない。
だからこそ、攻撃がギリギリ届かない位置を把握して罠を回避した。
「(うーん、細かい差を使て来たネ)」
同じ技でも身体操作を僅かに変えれば、驚くほど結果が異なる。当たらない筈の物が当たる、などと言った選択肢が増えるのだ。同じ技で二通りの判断を強いられ、それが思考の遅延と技の虚実を生む。それに伴い、流れを組み立て難くなる。
相手がそれを察することが出来る域に練達しているほど、集中力と神経を消耗させる手として有効になる。
「(でもソレ続けるは悪手ヨ)」
ブリティカの虚実を含めた連撃が繰り出される。息も吐かせぬ攻撃とはこう言ったものなのだろう。
一見、防戦一方に見える花花ではあるが、それが通じることはなかった。
反撃に出られないと言う点に於いては通用しているのだが、ブリティカの欠点を見取っていることが流れを堰き止めている。相手がより細かな身体運用を使うほど、その欠点が表に漏れ出たのだ。たとえ技を繰り出す本人が技量で補えるため意識の隅に置く程度のものだったとしても。
「(首の左側と左踵に悪い気溜まてるトコ。首が右股関節、踵が左膝裏の動きに影響出てるヨ)」
基本的に武術の流派には、その技術体系に則した活法が存在する。特に当身など体術の場合、稽古相手として手加減した技を使っても、内臓や経絡の乱れ、髄液の漏れなど様々な症状が発生することは多々ある。だからこそ、活法にて不具合を整えるのは必須だ。それは肩こりや腰痛などの軽い症状から、内臓や深層筋の奥深い箇所から現れる微細な症状も等しく、根本原因が他の箇所の影響――筋肉や骨と連動の不整合――だとしても判別を可能とする技術だ。
ある程度、高位の技を修めた者であれば、当然のように活法も習い、その身を以って経験したことが蓄積されている。然もすれば、相手の立ち居や動きから何処に違和感があるのか判るようになるのは必然だろう。
特に、中国武術は活法に対する技術に目を見張るものがあり、道場を開いた憲法家が学生を教えながら治療院を開く、なども多々見られる。そこには通常の医学では未だ解明されていない経験則もある。
第一試合で花花がヴリティカの動きから見立てたのは、通常の戦闘には影響しないレベルのものであった。しかし彼女は、より精密な動きをして仕舞ったことが仇となる。
「(やラれた! 回避出来ない!)」
それは、攻撃挙動を猪の姿勢から蛇の姿勢へ身体運用を繋げ、両のジャマダハル其々で縦と横の立体的な軌跡を描かせた時だった。
其処まで受けに回っていた花花は、左右の刀を巧みに使いながら、受けては流し、滑らせては押し込む。その時々に合わせた歩形と歩法で、決定打を撃たせない立ち回りをしていた。
そして、件の攻撃に合わせて仕掛けた。
縦の斬撃を繰り出す左ジャマダハルは、僅かに踵を滑らせた紙一重で回避される。一瞬遅れて内から外へ横薙ぎされた右ジャマダハルは、左手側で上下に重ねられた二本の刀で出始めを射ち落とされたと見えただろう。が、これこそが明確な反撃であった。
花花は上下に重ねた刀を二本同時に振り始める。そしてジャマダハルに当たる瞬間、右手で持つ上側の刀を先行させ、ジャマダハルを真っ向から迎撃。本来ならば、バインドで拮抗、もしくは互いの武器が弾かれるのだが、ここでヴリティカの右股関節と左膝裏に影響を出させた。刀の威力を下半身へ流し切れない体勢を取らせていたのだ。
それがヴリティカの右腕を崩し、追いかけて来た左手の刀で崩れた腕を一閃した。
――ポーン、と一ポイント取得を告げる通知音が鳴る。
だがヴリティカは、そこで終わらなかった。
崩された右腕を薙いだ花花の刀は、自身の左側へ二本とも吹き抜けている。上半身は下半身と連動を切り離されており、これから防御や攻撃へ移るには一手分、時間が掛かる。その間に花花は姿勢を整えて止めを刺しに来るだろう。
だからこそ、この刹那に賭ける。
ヴリティカは右脚をそのまま軸に、魚の姿勢へ変化させた。魚の姿勢は、片脚を上げ、上半身を水平にするバランスを鍛える姿勢である。戦闘には余り使うことのない姿勢だが、この場合は最適だった。
不安定な上半身はいっそ連動から切り離して倒れ込み、ジャマダハルの到達距離だけを伸ばす役割とした。斬られた右腕は伸ばすだけならばダメージペナルティを無視できる。斬らずとも相手に刀身が触れれば良いのだから。然すれば、仕切直しが出来る。
そして、花花の左腕が引き戻される瞬間、右のジャマダハルがその軌道上へと、そっと添えられた。
――ブー、と合わせて一本となった通知音が鳴り響いた。
『ヴリティカ・チャウデゥリー・ガウタム選手、一本! 第二試合終了! 双方待機線へ』
一気に観客から歓声が上がる。連続した攻防で繰り広げられたポイントの争奪戦は、観客を殊更喜ばせたようだ。
騒がしくなった場内を背景に、花花はパチクリと目を瞬かせ、驚きの表情だ。
「失敗したヨ。当たればポイントなるの忘れてたヨ」
花花は「ホンとで戦うの技」での応酬に、何時しか実戦としての思考が入って仕舞っていた。だからこそ、斬られなくとも然るべき方法でダメージ判定が成されれば、ポイント計上されることへの意識が薄れていた。
ヴリティカのジャマダハルが刃を横に左腕を戻す軌道へ置かれたとき、刀身の平面上で腕を滑らせて回避したのだ。腕は刃に触れずとも、服一枚分が触れることへの考慮が抜け落ちていた。
反射で対応して仕舞うギリギリの嫌な位置へジャマダハルを置かれていたからだ。
「おかげで最後に引っかかってくれて助かったワ」
ヴリティカの賭けは、ジャマダハルを当てることが本質ではなかった。
連撃の遣り取りと身体操作を逆手に取られた一連の流れへ乗るように、ジャマダハルを避けるにも迎撃するのも微妙なところへ置いた。それこそ、花花の技量を信じたが上に、対応を反射でするよう引き出せたのだ。
「アレ、上半身捨てて来た思たヨ。軸バラバラに動くからナニするか読めなかたヨ」
「フロレンティーナの不安定さを真似て見タのよ。私でも動くだけなら下半身を切り離しても成立すルと思ったけど、正解だったワ」
ヴリティカはMêléeでティナとチームを組んでいたからこそ、その身体操作の異様さを間近で見ることになった。理合いが根本から異なるため再現出来る代物ではないが、見た目の真似事くらいならば可能だ。それを土壇場で実践し、成し遂げた。いくら花花でも、ギリギリの展開でいきなり違う理合いを持ち込まれれば読み切れない。
そして、ヴリティカがまんまと一本取得し、場を仕切り直した。
――そして、第三試合。
花花とヴリティカは、互いに警戒度を上げて挑んでいた。
双方の手数は多く、至るところで金属音がかち合う。圧倒的な技量と高速な攻防。観客達も見ごたえがある試合運びに歓声を上げる。
しかし実態は、拮抗した動きのある膠着状態と言う矛盾を孕むものであった。
第一、第二試合で互いが手の内を見せて仕舞ったが故に、罠も崩しすら効かなくなる。
結局、どちらも決定打を与えることが出来ずに時間は流れ、試合時間が終了した。
審判が結果を紡ぎ出す。
『東側 ヴリティカ・チャウデゥリー・ガウタム選手 一本』
『西側 陳・透花選手 一本と一ポイント』
花花は片眉を上げ、口元をムニムニと動かし、随分と渋い顔をしている。第三試合は拮抗こそしていたが、自分の良いところが全て封殺され、勝利した――と手放しには喜べないものであった。
『よって勝者は、陳・透花選手!』
その言葉が終わると同時に、客席から歓声が騒がしく。花花は、審判が勝者に向かって上げた手を嗯嗯と唸りながら見ていた。
「おめでとう、透花。勝ったあなたがそんな顔するモのではないワよ」
「ありがとうヨ。でも僅差だたネ。試合に勝て勝負で負けた気分ヨ」
ヴリティカの言葉に渋い顔そのままで答える花花。困ったもんだと肩を竦め、溜息を吐くヴリティカ。
「あら、何方かと言えば透花が終始、私を押してたじゃナい。最後まで捉え切れなかったモの」
「三試合目はワタシの技が美しいとこ魅せられなかたヨ。全部潰されるは予想外ヨ」
「あなた強すぎだもの。そうしなけりゃ確実に引き離されるかラ。結構、綱渡りだったノよ?」
「それをヴリティカが言うカ。久々に神経ゴリゴリ擦り減らされたヨ」
お互い様。そんな花花の言葉に笑みを零すヴリティカ。
美しい技――境地に至った技は人を惹き付ける。それも演武ではなく、実戦のため突き詰めた技ならば猶更に。
ブリティカは花花が何を求める騎士であるか察した。
強い騎士は、騎士として成すべき何かを持っている。ブリティカがカラリの技を世界で通じるものであると証明しようとするように。
そういった確固たる何かを持っている騎士だけが一握りの世界に踏み込める。
「武器が模造だったラ、また違った戦いになったでしょウね」
源流が同じ武術だからこそ親和性が良い反面、技の相性が最悪となった二人。
実力が高い故、技の潰し合いをせざるを得なかった第三試合。
たらればの話だが、本当の実戦形式であったならば、もっと違う形で技の応酬があっただろうことが伺えるヴリティカの言葉。
「それもイイけど、ヴリティカとは体術の方でも散打したいネ。きっと楽しいヨ!」
良いこと思いついたと、笑顔で言い出す花花。第三試合での鬱憤が大分溜まっていたらしい。
「それ、オモシロイワね。あの黒いスーツ、衝撃吸うんでしょウ? なら、かなり本気で遣り合えそうだワ。スーツは何処から手に入れタの?」
「ヴリティカの身長だたら美美の予備使えるヨ! スーツ欲しい時はティナにお願いするいいヨ!」
観客そっちのけで違うベクトルの会話が展開されていく。しかし内容が興味をそそるのだろう、客席が騒めき立つ。何せ、前例で六月祭のメインイベントに格闘戦が在ったせいだ。観客も、もしやと期待しても仕方ないだろう。
そして姫騎士さん。
本人のあずかり知らぬところで引っ張りだこなのは、日頃の行いに問題があるのでは?




