04-025.武将と戦乙女。 Teufel Prinzessin und Walküre Der Gnade Mitleid.
時刻は一一時を後少しで迎えるところ。
屋外Duelコートで第二回戦の全八試合が終了した。そして第三回戦へ進む八名、つまりベスト八が出揃った。
各騎士は次の面々となる。
【Aグループ】
エイル・ロズブローク、京姫・宇留野。
【Bグループ】
シルヴィア・フィオリーナ・ベルトンチーニ、ヴェロニカ・レシチニスキ。
【Cグループ】
ヴリティカ・チャウデゥリー・ガウタム、陳・透花。
【Dグループ】
リンダ・フォーチュン、小乃花・神戸。
八名の内、Husariaを模倣するヴェロニカと合衆国南北戦争の北軍を模倣するリンダは、Chevalerie競技の参加は学内大会のみだ。両名とも自国の歴史的合戦再現イベントが主な戦場であり、そちらで広く名が通っている。騎士としては無名なのが面白いところである。
しかし、他の騎士を抑えてベスト八まで勝ち残って来た。それは、少なくとも公式大規模クラスの大会、例えば全国大会などで、優勝に絡む実力を持つことを示している。
二人の存在は、競技者以外の強者が在野に潜んでいるのだと、雄弁に物語っている。そのような実例さえも見ることが出来るのは、Chevalerie競技の奥深さであると、ファンからすれば喜びの一つに数えられているようだ。
屋外Duelコートの四万五千席には空席が見当たらず、立ち見客も続々と入場して来る。学園内各所に設置されたインフォメーションスクリーン越しではなく、直接観戦をしたいがために入場チケットを購入し、場所移動して来た者達だ。現地会場で観戦する場合の特典目当てである。
一〇米四辺の試合コート四隅に、――Solid Hologram Field――SHFと呼ばれるサイバースペースを形成する高さ七米のSHF環境用多機能ポールが一本ずつ立てられている。ポールで囲まれた内側がサイバースペースになるのだ。
その内部空間では、ARで様々な映像が自由な位置で表示可能となる。武器や競技者頭上のスコア用ホログラム、審判の監視パネルなどがそれだ。(競技コントローラー設備と競技者待機エリアは、また別のサイバースペースが造られている)
試合コートを取り囲むSHF環境用多機能ポールはサイバースペースへ偏光フィルターを掛けており、レンズなどの光学機器で内部を視認出来ない仕組みだ。観客は試合会場の入場チケット購入時に、細胞給電式コンタクトレンズ型モニターや眼鏡型のARグラスモニターなど、個人用モニターへ閲覧表示の許可を受ける仕組みだ。
そこで特典が関わって来る。チケット購入者は会場内に限り、SHF環境用多機能ポールに実装された高性能カメラの視点越しに試合を観戦出来るのだ。コート一面毎にカメラの数が四〇を超え、更にドローンのカメラも対象となる。視点切り替えも自在で、煽りや俯瞰は元より、別角度での二画面表示など多彩な表示機能も使用可能とする。
放送局や動画配信のカメラワークとは異なり、目の前にリアルタイムで戦う騎士を自分が気に入った視点から観戦することが出来るのだ。
但し、肖像権や版権、著作権保護の名目で、個人で試合の録画、写真撮影は原則禁止である。それでも撮影等をしたい場合、事前にかなり面倒くさい申請を出し、非常に厳しい承認手続きが通れば、許可が降りる。
試合会場の入場チケットを購入しない観客は、共有野外座席や学園内に至るところへ設置されたインフォメーションスクリーンに流れる映像で観戦するのだ。その映像はスポーツ競技などで良く見る、選手が画角へ収まるアングル主体だ。
ベスト八以降の試合は、トーナメント終盤への折り返し地点であることから、立ち見客が増えていく傾向にある。しかし、今回は何時もより立ち見客の増加が激しい。
試合コート第一面でトーナメントAグループの第三回戦を目当てに来たのであろう。これから始まるのが、注目カードの一枚であるエイルと京姫の対戦だからだ。
もう一つの試合は、試合コート第五面でトーナメントBグループの第三回戦だ。こちらはシルヴィアとヴェロニカのサーベル対決で注目度も高いのだが、六:四で観客をエイル達に持っていかれている。
一一時を五分過ぎ、試合コートの準備が完了した。試合コートの競技コントローラー操作を受け持っていた電子工学科の担当からメンテナンス終了の通知が運営チームに入り、学園生解説者がアナウンスを始める。
『皆さん、お待たせしました。これよりAグループ第三試合の開始です! 試合コート第一面の解説担当は引き続きスポーツ科学科六年、キース・スウィフトがお送りいたします。審判は変わりまして、スポーツ科学科六年、ロン・シャイダーでお送りします』
審判は第二試合終了まで立ち会っていたが、ここで交代するようだ。解説者が継続なのは、技量が高い騎士の戦いを本選最後まで通しで解説出来る担当者だからだ。解説者は語録枯渇や疲労などで、最後の試合まで持たない者の方が通常であり、交代要員が常に複数人待機しているなど、裏方は大変である。
『お待ちかねAグループの競技者を紹介いたしましょう! 東側選手は、我々一般人では見ても判らない秘儀! 彼女と戦った騎士からは避けられない攻撃を仕掛けてくるとの噂が後を絶たない神秘の侍! 二つ名【鬼姫】、騎士科三年日本国籍、京姫・宇留野!』
京姫はその場で折り目正しい深い一礼をする。今回はポニーテール姿ではなく、髪をシニヨンに結って後頭部へ纏めている。朱塗りした槍の武器デバイスと腰に差した脇差、黒を基調とした和のテイストが前面に推された騎士装備なのは何時もと変わらない。腰回りがビーチバレー競技のユニフォームと同系な随分とローライズなアンダーが丸見えなのも、である。
今回、装備の中で革足袋と草鞋は日本のスポーツ用品メーカーが提供した、京姫専用に誂えられた新作だ。新開発の素材を使い、履きずれ防止とグリップ力の向上、足裏に伝達される力がそのまま取り出せる人間工学デザインを施されたメーカー自慢の一品で、京姫も履き心地に満足している。
『続いて西側選手! 先のMêléeでは集団戦でもその強さに陰りはなく! Duelでは見せたこともない更なる技術が次々と披露されました! 我々は『無冠の女王』ここに在りと、再び認識することになりました! 二つ名【慈悲の救済】、騎士科五年ノルウェー王国国籍、エイル・ロズブローク!』
エイルは片脚を引き、もう片脚で膝を曲げる様に背筋を伸ばした挨拶、カーテシーで応える。フワリと揺れるトゥーへアードに合わせたような装備がエイルのイメージカラーを造り上げる。白銀と白、縁を彩る金細工と各所に嵌め込まれたアクアマリンカラーのクリスタルがアクセントだ。彼女がメディアに認知された最初期、【姫騎士】の名で呼ばれた時期があったと言うのも納得いく佇まいだ。
そんなエイルだが、今回は武器デバイスの形状が異なっている。鞘は何時も通りなので剣身は変わらないようだが、その柄が二〇数糎はあるだろうか。明らかに騎士剣として使用する前提のサイズであった。
『双方、開始線へ』
審判が試合準備を促す合図で、ザワザワと騒々しかった観客が静かになっていく。競技者のマイクパフォーマンスに耳を傾ける準備のようなものだ。
二人が開始線へ辿り着き、まずは審判に一礼、そして互いに礼が交わされる。そして、最初に言葉を紡いだのはエイルからだ。
「あら、随分と自信に満ち溢れていますのね」
「エイルにはそう見えますか? 私としては何時もと何ら変わりないのですが」
返す京姫も言葉にヒッソリと反撃を含めている。普段の彼女からすれば、意図せず素直に心の内を返したとも取れるのだが、戦いの場に於いて揺らぐことは無い、と断言した意味合いを含んでいた。
「春のグループ予選ベストエイト決定戦が始まる前。あの時に見せた弱々しさが別人のようね。そこはやっぱり騎士と言うことかしらね」
「あの時の私も、今の私も、全て私の中にある一部ではありますよ。人の本質はそう簡単に変わりませんから」
「ええ、その通りよね。姉さんは卒業してもあのままだし、母さんも変わらないわ」
エイルが平時と戦時に見せた京姫の姿について、軽い世間話に見立てて遣り取りした。京姫も軽く笑って答えるが、エイルはその立ち居と心の機微から情報を読み取っていく。
そして、この騎士が、既に尋常ではない処へ歩を向け始めている、と結論付けた。
二年前、京姫は学園に入学早々、冬季学内大会に出場し、いきなり本選まで喰い込む実力を持っていた。
小乃花のように、世界で名が通る騎士が他国に比べて圧倒的に少ない日本人。大抵、その他大勢と一括りに語られる日本人の騎士が、世界を舞台に戦う強豪犇めく学内大会本選で、ベストエイトにあと一歩で入りかけたのだ。
只者ではないからこそ、学園に来たと周囲が認知する。自国のランキングポイントこそ上がらない京姫だが、要注意だと実しやかに囁かれ、一目置かれるようになった切っ掛けは其処だった。
――実際、京姫は日本の地区予選で不遇に陥られていたため、本来の実力が学内大会で漸く陽の目を見た訳であるが。
今年の春季学内大会本選。全力を出した姉からポイントを二つ獲っていくなど、自分でも難しい。それも現世界最強を謳われる姉が知覚のみならず、気配すら認識出来ない攻撃を当てたのだ。
無我の境地。
武術家ならば一度は至る夢を見る、遥か遠い絶対的な世界。
其処へ一歩踏み込んだ騎士。
そして戦いの間、ずっとゾーン状態だった騎士。
エイルの目的は、既に騎士としては同格、もしくは上を征く京姫が、戦闘直前の精神状態をどのように敷いているか在り方の確認だった。彼女の春から此処まで戦った姿を見た限り、時たま発動する無我の境地に入り込んで仕舞えば、いくら言葉による心理戦を仕掛けても意味がなくなる。だから此処で確認することが重要だったのだ。
「(これは……。フロレンティーナとは違った厄介さですわね。全く、次から次へと辟易することばかり増えるのは、如何にかならないかしら)」
少ない会話から得られたものは、京姫が常にフロー状態であり、何時でもゾーン状態に踏み込める下地が造られていたことだ。
ゾーンと呼ばれる「超集中状態」へ入るためのメンタルトレーニングはない。ゾーンへ入るためには、平時のフロー状態がしっかりと確立されている必要がある。そこで初めてゾーンへ至る一歩を踏み出せるのだ。
それを京姫は普段通りに当たり前のことだと言ってのけたのだ。何ら変わりない、と。
つまり、エイルはヴォルスング家の奥義「竜殺しの法」を最初から出さざるを得ない状況に、心の中で顰め面をするのだ。何せ、戦いに於いても母の薫陶である「騎士は美しくあれ」を体現して来た自分が、非常に汗臭い戦いを強いられることになりそうだからだ。
「(シルヴィアと言い、メイドの娘と言い、最初から奥義で対応する必要がある相手はご遠慮願いたいわ。それが今回はとびっきりとくれば、ねぇ)」
エイルが見定めた京姫の評価は、相当高いと伺える。
「(ふむ、余り心理戦を使って来なかったな。何か確認でもしてた感じだったし)」
京姫は、エイルの代名詞である会話の心理戦が予想に反して少なく、肩透かしを喰らった気分だった。
エイルが確認していたとすれば、自分が最近話題にされている初動の判らない攻撃や三昧と言った技能を使ってくるか、なのだろう。
初動の判らない攻撃。つまり、攻撃の起こりを出さずに繰り出す法。
実際、武術の上級者であれば、ほぼ必須で持っている技能だ。攻撃の虚実に使用するものであるし、相手の反応を引き出すものでもある。マグダレナの戦法などは、その両方を自在に扱っているが故に、戦い辛いと評される。
ならば何故、と疑問が残る。
京姫の初動が判らない攻撃は、様々な方面から此れだけ怖れられるのか。
――それは、これから始まるエイル戦で理由が明らかになる。
『双方、抜剣』
審判の合図とともに京姫の持つ柄から、太刀打ちを含む槍の穂が現れる。大身槍 銘 備前行包作がその姿を完成させた。
向かい側ではエイルが音も無く、剣身八〇糎のヴァイキング型片手剣――オークショット分類ⅩⅠaの亜種――である、銘ミスティルテインを引き抜く。今回は、柄が二〇糎を超える騎士剣仕立てである。
『双方、構え』
その声と共に、京姫は左前半身の自護体となり、腰を落とす。その腰辺りには水平に槍が構えられている。神道系の槍術にある「地ノ構え」など、流派により色々な呼び方がある中段の基本構えだ。相変わらず腰回りはパンツ一丁で四股を踏んだように脚を開いている。乙女としてその姿はどうかと思えるが……この時代では騎士の構えなど、何かに託けて公序良俗などを持ち出して騒ぐ反競技派などが騒ぎ過ぎないように、競技の歴史三〇年を掛けて社会的に和解済である。
そして、ザワリと観客席から落ち着きのない騒ぎが随所で起こる。その原因はエイルだ。彼女が今まで見せたことのない構えを取り始めたからだ。
ヴォルスング家に伝わる奥義「竜殺しの法」には、決まった構えは存在しない。奥義を使用する各々が一番パフォーマンスの出せる型を取るのだ。
エイルが見せたのは、ドイツ流武術や近似する武術に似た構え、ではある。Alberに似た構えは、剣先こそ下方を向いているが、相手の膝位置辺りで止まっている。尚且つ、相手の正面を捉えている訳ではなく、左前半身になりながら相手の外側――京姫から見て左の背中を超えた辺り――に剣先がある。詰まるところ、攻撃と防御の軸が相手からずれている状態だ。
識者が見れば、ここから有効な攻防が出来るものなのか疑問を抱く構えであるのだ。
「(初っ端から全力を出すのは初めてですわね)」
エイル自身も、見せられたら疑問を生じるであろう構え。が、只々淡々とその姿を受け入れている京姫に、半ば脅威を感じたが故に吐かれた言葉。
だが、その言葉と共に、奥義「竜殺しの法」が此処に本来の姿を始めて現したのだ。
「(なんだ⁉ エイルの剣から外側一歩分まで何かの膜でもあるようだ。口伝に聞いた感知領域があれか)」
京姫の心の内で出た言葉は、少しの喜びを含んでいた。エイルが自分に対して初手から取って置きの技を使う相手と認識してくれたことに感謝と敬意を払う。
心は静かに凪いでいる。その先へ辿り着く準備は出来ているようだ、と客観的に自分を捉える。辿り着く其処は、自分の意思を出せば届くことは無い、とルーンに修練を示唆して貰い、言葉ではなく実際の感覚で教わった。
自然に在るがまま。それこそが道に繋がる、と。
しかし、ルーンやティナは強制的にゾーン状態を造り出す法を持っているので、教えに水を差しているとも言えるのだが……。「一旦棚に置く」とは正にこういうことだろう。
両者の間には緊迫した空気などなかった。只あるのは、冬の静かで遠くまで見渡せるような冷たく澄んだ、何処か暖か味のある凛とした空気。
『用意、――始め!』
開始の合図で直ぐに試合が動き出すことは無かった。
京姫とエイルは構えそのままの姿勢で微動だにしない。相手の様子を伺っている、とも見えない。
エイルは開始の合図とともに、京姫がゾーン状態に入ったのを察知した。その相手は、こちらの奥義が持つ気配や攻撃を検知出来る絶対的な領域の外に居たままではあるが、エイルから動きを見せれば一手足りずに獲られるだろうことだけは直感した。
戦場に立ちながら、戦いを気にも留めていない。
只、其処に在る。
それほどまでに京姫が自然体なのだ。
噂される「初動が判らない攻撃」を実際に体験したことのない今の状態。そして、京姫が完全に未知の相手となったとくれば、打って出るには危険すぎる、と本能が訴えかけるのだ。
「(参りましたわね。姉さんや母さんと対峙してるみたいだわ。フロレンティーナのように未知の技を見せ付けて翻弄してくる方が幾らかマシよね)」
エイルが展開中の奥義「竜殺しの法」は、厳しい鍛錬と地道な修練により研鑽して鋭さを増していく。
五感を研ぎ澄ませ、六感で周囲を掴み取る。そして身体内部に巡る力を連動させて取り出し、十全に活用する。中国武術で言うところの内功に近いだろう。鍛錬の末に生み出された、所謂第七感を発露させる。相手の意思、気配、空気の動き、振動など、事細かく情報を取得する。
それら全てが自分の精緻に察知出来る範囲までを「法」の絶対領域として展開する。そこに触れるものが何であれ、情報差分からほぼ確実に察知と対応が可能な空間だ。それを無意識に身体が反応出来るようになり始めて、漸く奥義の使用許可を拝受する。そして実戦を重ね、完成するまでの長い道のりをエイルは此れからも練り上げて征くのだ。
その技を以ってしてもエイルは相手を危険視した。それこそが、静かに佇む京姫が彼の領域に踏み込み始めている証左だ。
「(ああ、雲が少なくなってきた。午後からは陽射しが見えるかな?)」
心身ともにゆっくり凪いでいく。
呑気に呟く京姫はエイルと対峙しながら、試合コートに客席、景色まで、視界に映る全てをその内に収めていた。この時期は一日中本曇りとなるため、陽が姿を見せるとしても一瞬であったりする。観客の声も、風の音も、かつて至ったあの時のように、消えるのではなく共にある。自然の一部として、溶け込んでゆく京姫。世界は隔てるものではなく共に、と。ゆっくりと流れを変えた時間が世界の美しさは此処にもあるのだと、自身から大樹のように枝を広げて教えてくれる。
――そして。
丁度、獲るに都合の良い空白があったのだろう。本人も意識しない内から、大身槍がエイルに刺し込まれていた。
開始から一秒なのか、もしや一分を超えていたのかも知れない。エイルは曖昧となった時間感覚から、京姫に空間の支配権を獲られたことに気付いた。戦場に於いて、空間の支配は時間の支配と同義だ。それが、気を合わせることなく引き摺り込まれた。故に、警戒を一段階上げる。
京姫から目を離した訳でも、気が逸れた訳でも無い。むしろ、試合会場のみならず、中継放送を見る者まで含めれば、数えきれない目が京姫を見ていた。その中で誰も気が付かない内に、エイルは其れを受けていた。
「(此れが初動の判らない攻撃なのねって、もう一振りっ!)」
攻撃を検知したのは、あわや心臓部分を獲られる寸前である。ここで奥義に用いているエイルの独特な構えが機能を果たした。
左前半身から半歩右へ入り身をし、剣先を大身槍に当てる。その穂先を剣身に滑らさせ、剣自体は鍔元の右手で円を描くように引き上げる。柄頭の左手で弧を描くように左前方へ押し引く。
その結果、京姫の一突きは、剣身で綺麗に上方へ流せたが、仕掛りの遅れにより左肩を切り裂いて通り過ぎることを許して仕舞った。と同時に、流した穂先がクルリと半円を描きながらエイルの左脛を斬り裂く軌道を取る。
それは空気の流れと槍から接触法で受け取った力の流れにより検知済なため、左脚をほんの少し引いて大身槍を吹き抜けさせた。
エイルが剣先を持ち上げた方法はAlberでも使う梃子の原理ではない。半身から正対し直したことで力の連動を整え、右半身に脚から右肩まで軸を通した。そして、左の肩甲骨を前方向へ一押しする力と、左肋骨を下げて生まれる力、両方の円に働く力を使う。
根底に螺旋を乗せた防御。そうしなければ、長柄武器――今回は大身槍だが――の力が乗った攻撃を片手剣でいなそうにも難しい。特に中国槍や日本の槍は、前手をガイドに後ろ手を回しながら体重を乗せた螺旋の突きを放つ技法が多々ある。普通に剣で逸らそうにも弾かれて仕舞う技法だ。
それが幾ら強度のある名剣であろうとも、相手より遥かに小さな武器では受け止めることが非常に難しく、基本は受け流すことを主体とする。下手に回避を選択すれば、突きの二段目が回避先に追従してくるからだ。
故に、エイルは長柄武器が相手の場合、ヒット&アウェイの戦法を基本としている。今回のように撃ち合いが主になると想定されるならば、両手を以って相手の威力に拮抗させるため、騎士剣仕立てのヴァイキング型片手剣を武器デバイスとして持ち込む。相手のスタイルに合わせて戦術を変えているのである。
「(なるほど……。此れは避けられないわ。その刃に、戦う威も斬る威すら乗らず、攻撃自体が自然の一部になっていればね)」
京姫の「初動が判らない攻撃」とは、攻撃の起こりを消す技法と異なっていた。攻撃自体の「熾り」が知覚出来ない類のもの。――つまり、風が吹いた、雲が晴れるなどと、日々の生活にある自然現象などは人の注意から外れやすい。その延長に京姫の攻撃があったのだ。それがゾーン状態に入り、加速した時間の中から放たれるのだ。速度、威力が二割程増加して。
エイルは僅かに不自然な空気の流れを感じ取り、紙一重の差で最悪な事態を回避した。
それでも自ら体験することが出来た。その本質に触れた。代償は二ポイントの損失であったが。
しかし、判った其れは、じっくりと攻略を練る必要があるもので、戦闘中に対策を立てられる代物ではなかった。今回は全て後手に回って仕舞うことだけが見て取れた。
相手と時間の流れが違う中。エイルは半ば自動的に自己の領域から提示された情報を確かめる。彼女の奥義は、ゾーン状態に入った相手の検知や対応なども当然の如く可能とする法が含まれる。それは自身がゾーン状態にある必要はなく発動するよう、研鑽されている。
そのレベルに達せなければ、姉からポイントを奪うことなど至難の技だ。
「(確か、フロレンティーナがどこかの番組でコレを避けてたわね。……あー、彼女なら然もありなん、か)」
夏に、京姫経由で日本の番組へティナが出演すると言うので目を通しておいた時。番組の余興だろう、思った通り姫騎士VS鬼姫で軽く模擬戦がされた。その時ティナは今ほどの精度ではないにしても、京姫の此れを見てから避けたことが記憶に新しい。
ティナは、自在にゾーン状態を切り替え、身体のリミッター解除をする術まで持ち得ている。奥義として伝わっているならば、その対処法もまた然り、であろう。
エイルは、昨年までは対戦する相手に、此れほど興味を抱いて試合に赴くことは無かった。家伝の技も、Chevalerie競技も好ましくはあるが、自身が鍛え上げた技で美しく戦うことが彼女の本懐だ。試合の際、相手の強さだけが基準点。その基準点を如何に美しく凌駕するかが彼女の試合観であった。故に、何時からか仕掛けられた攻撃を更なる技量を以って倍返しすることが常道となっていた。
切っ掛けは春季学内大会、フロレンティーナとの試合。少なくとも普段見せていたドイツ流武術よりも練度が高いと一目で判る、未知の武術を隠し持っていた。予想の範疇を超えた動き、対処方法すら常識では頭を捻って仕舞う技を以って終始翻弄された。そんな経験なぞ初めてだった。
其処からだろうか。相手が修めた武術をどのような技量で以って扱うのか興味を抱き始めたのは。
エイルが今大会のMêléeに参加した理由は、フロレンティーナと再戦出来る可能性の期待が半分。もう半分は様々な騎士の間に紛れながら、其々がどんな技術を扱い、どんな思想で戦うのかを改めて間近で見てみたい欲求に駆られて、だ。
京姫がエイルの左脛を狙い避けられた大身槍の穂先は、その流れを止めていなかった。滑らかな動きでクルリと斬り上げに変わりながら、更にエイルの左上腕へ弧を描く刺突へ変わり繰り出されていた。
さすがに自らの検知領域内で起こったことはエイルも時差なく知覚している。同時に、穂先がどの場所を通り、攻撃を届かせるのかも認識している。動きの流れと検知した情報、経験による未来予測だ。
槍を含む長柄武器は、先端の剣身以外にも特定位置までを武器特性として殴打が認められている。穂先や刃の部分のみを回避するだけでは、そのまま打撃に移行されることもあり、その後の動きにこそ注意が必要なのだ。
無論、エイルにそのような隙はない。
最短の軌道で左上腕へ到達した穂先を、エイルは右前半身へ半歩蹈み込んで防御した位置から、今度は左前半身に半歩蹈み込みながら大身槍の穂ではなく、太刀打ち部分へ剣先から挿し込んで横面で受け滑らす。蹈み込み分の移動距離がそのまま京姫の槍を持つ前手まで届かせる。相手の反撃を許さない、距離を潰す防御と攻撃だ。
滑らせた剣先を京姫の左手首に届かせた。本当は、指先を斬り落として槍の制御を完全に奪う予定だったが、極々自然に槍を持つ前手が下がったため、結果として手首に当たったと言うのが正解だ。だが、それこそ戦いに於いては不自然である筈のものをエイルは気にも留めないよう自然な挙動だと錯覚させられていたことに慄く。
「(槍から力が抜けた? 仕舞った!)」
懐深く入り込んだエイルへ攻撃するには、京姫が身体、もしくは武器を一度引かなければ有効打を撃てない。
――槍ならば。
斬られた左手首が丁度良い、と大身槍を手放しダラリと腕ごと力を抜いた。その動作で京姫は反撃の通り道を造ったのだ。
両の手から離された大身槍が、重力に牽かれて落下を始める。
左前半身の左脚を軸に、体を正面に向けるように僅か数糎を紙一枚の高さで跳躍。その飛翔が終わる一瞬には僅かな腰の捻りで、脇差――備前国住長船七郎衛門尉行包作――が放られた左腕と落下する槍の隙間を縫って、右片手で縦に抜刀されていた。
その状態に成ったならば、全てが終わったことを示す。
エイルが大身槍を流しながら攻撃するために割いた身体の動きは、自身の左外側へ力を伝達している。そこから身体の右内側へ動きを切り返すには、僅かに速度が足らない。
自分の剣先が迎撃に出るためピクリと動いた時には、京姫の刀はお返しにと、エイルの左手首を音も無くスッと斬り落としていた。
一拍も経たず、槍がカランと音を立てて落ちた。
その直後、ポーンと攻撃が成功したことを知らせる通知音と、合わせて一本となった通知音が――ブーと響いた。
『京姫・宇留野選手一本! 第一試合終了。待機線へ』
審判の合図で観客が一斉に騒がしく沸いている中で、エイルは試合時計に目を配る。永いように感じた試合は、実に開始から一二秒で決着したことを示している。やはり、時間感覚が狂わされていたわ、と小さく笑う。
「全く。実際に剣を交えなくちゃ本質までは見えないものよね。あなたのソレは異常なほどに厄介だわ」
「私は特に意識しなくても、身体に染み込んだ技が自然と出ただけなんですけどね」
――それがどれ程の事なのか自覚なさいな。
そう言い残して選手待機エリアへ向かって行くエイル。
その姿を見送った京姫としては、エイルを含め「自分より高みを歩む騎士が周りで溢れてますから、手にした法だけでは全く足りてないのですが」などと一言物申したい神妙な面持ちであった。
選手待機エリアにて、温度を低めに淹れて来た緑茶で口を湿らす京姫。せっかく試合で温まった身体を冷やさないように、飲料水も温かいまま染みさせるための温度管理をしている。それは京姫にとってもゾーン状態に入った身心を、インターバル中どう扱うべきか模索している試みの一つである。
「ふぅ、身体への負担が少なくて良かった。ずっと加速状態を維持し続けるのは無理筋だな。気軽にゾーン状態へ出入りするティナやヘリヤを参考にしたら、間違いなく試合途中で失速してたか」
身近で参考に出来る相手が須らくイレギュラーである。前例的な情報も少なく、結局自分で模索しながら最適解を見つけるしかない。
「やっぱり、一つずつ実戦で確認していくのが一番良いんだろうな」
京姫が目指すは、先も遠く長い道のりだ。慌てたところで距離が縮まる訳ではない。だからこそ、自分のペースで練り上げて征くのが一番だろうと、まだ見ぬ楽しみに口元を綻ばせた。
エイルは、随分と落ち着き払っている。
元々、不利になる展開をある程度予想していたからだ。京姫と戦ったことで、予想の一つ上を征く厳しい相手であると判った。それもまだ発展途中だと言うのだ。しかし、其の先へ向かって積み重ね続けているのは此方も同様だ。
今は未だ敵わずとも、などと微塵に思うことなく。今持てる技術で如何にして凌駕するか。短いインターバルの間、エイルは只管その一点に思考を巡らす。
「長柄武器なのに動きは繊細、且つ相手が主導で体感速度を狂わされた斬り返し。懐に入った瞬間には副武器デバイスへ切り替える判断の速さ。武器に固執する訳でも、勝つことに固執している訳でも無し」
手を顎に当て考え込むエイル。相手の心情を考察して、次の試合でどう動くのか予測を立て始める。
「表情に一瞬だけ笑みを浮かべたのが二箇所。竜殺しの法を見たときと、視線を会場全体に広げていたとき」
それに、と鋭く目を細めるエイル。
「身体に染み込んだ技が自然に出るだけって言葉」
言葉には本人が意図しなくとも意志が乗り、意味を生み出すことがある。
「あの娘、強い相手に自分の習い覚えた技を十全に出せることが歓びに繋がっている? むしろ勝敗よりも、そちらの方が重要かしら。だから終始、恐ろしいほどに精神が自然へ溶け込んでるのね。ならば――」
其れが在るのを初めから折り込めば良い、とエイルはほくそ笑む。その表情は悪戯っ子のようで、姉ヘリヤを思わせる。
第二試合で、京姫の技法へ対策を打ち出す時間など足りる筈もない。だからこそエイルは戦術自体に重きを置き、一つの答えを見出した。それでも分の悪い賭けではある。しかし、一方的に良いようにされるのは癪に障るのだ。
エイルは、一つ獲り返させて貰うわと、小さく呟いていた。
『双方、開始線へ』
インターバルが終了し待機線へ選手が出揃ったことを合図に、審判から第二試合開始の言葉が告げられた。
この時間まで会場へ幾多に設置されたインフォメーションスクリーンの半分には、京姫とエイルの第一試合が流れていた。観客も実際その目で試合を見ていたにも関わらず、流れる動画を数度見直してから漸く京姫の初動が攻撃であったことを認識出来た者の多いこと。それを機に、武術と競技の境目や人の認識とは何か、果てには哲学的な話にまで波及したり、色々と物議を醸し出していた試合であった。
学園生アナウンサーが賑やかに解説や豊富な語録を披露したことで、インターバル中も随分と盛り上がっていた。その手腕に京姫も「随分と話が上手い解説者だな」と感心していたくらいだ。
互いに礼を終えて、開始線に向かい合った二人から最初に声が上げたのは京姫だった。
「先ほどはお見事でした。あの展開された結界でしょうか、強力な領域に手を出すのが憚られ、如何な攻撃も通せるとは思えませんでした」
「あら? その割にはスルリと入り込んで、二つも獲っていったのではなくって? 此方こそ目前に迫るまで攻撃を検知出来ない経験なんて初めてですわ。観客の皆さんも一体何が起こっているのか未だ理解が及ばない方々もいらっしゃるようよ?」
エイルが観客席を見回しながら言葉を紡げば、客席の至るところで同意する観客の姿が結構な数、見受けられた。
マイクパフォーマンス中であるが、学園生解説者も「おーっと、エイル選手! ここで観客を煽ったー‼」などとノリも良く参入し、観客がエイルの言葉に意識を向けてより面白い結果になるよう盛り上げる。
ここに至って、エイルは心理戦を仕掛けたのだ。
それも京姫へ、ではなく観客を助長する形で。今回の解説者は実況が上手く、選手の言葉や状況を拾ってアナウンスを挿し込む性格も利用して。
観客と言うものは、少なからず試合中の選手へ良し悪し関係なく影響を与えるものである。声援などで力を貰ったり、野次を受けて気を乱したりなど様々だ。どんなに修練を積んだ上位者でも、耳から入って来た言葉につい反応して仕舞うことだってあるのだ。
エイルの会話から、客席では幾多の奇異な視線が表れ始め、疑念の言葉が其処彼処で聞こえて来るようになった。
当の京姫は、と言えば――。
「ふふふ、観客も不思議なようですね。私自身でさえ未だ良く判っていない法ですから、当然と言えば当然ですね」
何でもないように自然と受け応えた。
これでエイルは、京姫には揺さぶりは効果がないと決断する。それは、用意した戦術から相手を揺さぶる技術が除外されたことを示す。
本来であれば、観客への感情誘導はジワリジワリと効果を発揮し、最終的には決定打となり得る揺らぎを生むことすらある侮れない戦術の一つだ。
エイルが観客へ紡いだのは、第二試合用の戦術調整を目的としたマイクパフォーマンスだったのだ。観客を使い、自分が有利になるように場や思考を特定の方向性に導く予定であった。今回は残念ながら、一切効果を得られそうもないので諦めざるを得なくなったのだが。
「そんなものかしらね。私の法も、外から見れば判らない類ですもの」
満面の笑みを湛えてでシレッと自分の事を棚に上げていたと判る言葉を出したエイル。こういった姿勢は、姫騎士さんと良く似ている。
その思惑を知ってか知らずか、京姫は苦笑いをする。案外、ティナみたいだ、とでも思っているのではないだろうか。
『双方、抜剣』
会話が終わったと判断した審判から、次へ促す合図が出される。これからが本番だと。
第一試合同様、空の色を映す槍の穂先と、陽の光を眩しく反射する剣が生み出される。ホログラムと言えど、この世界では実在する本物だ。
それこそ、この競技が広く受け入れられている理由の一つだ。
本物の剣で、己の鍛え上げた技を以って真剣勝負を繰り広げる。夢物語や映画の世界が現実にあるのだ。
それは決められた殺陣でもなく、模擬試合などの寸止めもない本物の勝負。本来ならば斬り合い自体を見ることすら敵わないだろう。だが、決して双方も傷つかず、且つ安全であるとすれば。
だからからこそ、人は惹かれ、熱狂するのだ。
『双方、構え』
京姫とエイルは、第一試合をなぞるように同じ構えをしていた。槍の中段とAlberの亜種である。双方とも、小手先の技は不要だとでも言うように。
『用意、――始め!』
審判の掛け声で試合が始まった。その様子は第一試合を再現したかのように、何方にも動きはない。
只、凛とした空気が辺りを支配するように漂っている。この空気を生み出しているのは京姫なのか、将又エイルであるか。もしくは、お互いの技法が触れ合って生まれるものかもしれない。
「(警戒すべくは躊躇なく同じ構えを取ったことかしら。此方の技法は受けも含むから起点の形がそう変わらないとしても、彼方は違うわよね。むしろ本質から考えると、今見せてる構えや型すら自然にそうなったと見るべきね)」
どの道、動き始めれば警戒なんぞ何ら意味がなくなる点は変わらないと思い直したエイルは、構え云々の話なんて莫迦らしかったと内心で苦笑する。
専門知識のない一般人が、何となくの雰囲気で天気を予測するようなものだからだ。
天気を引き合いに出したので続けるが、ここで重要になるのは風が吹いたらコートの襟を立てられるか、雨が降ったら傘を差せるか、である。もちろん、コートや傘も予め持っていなければならない。
京姫とエイルも、予め其れを持っているのだ。後は使うべき時に使えるか、である。
「(やっぱりこの結界術は凄いな。まるで付け入る場所がない。さっきも自動的に返し技が出されたようだったし。ああ、そうか。此れが、か)」
京姫は先の試合で、その結界術へ半ば無意識に攻撃を仕掛けたことは完全に棚に置いた所感だ。そして、このエイルが用いている技術こそが【永世女王】アスラウグから引き継いだ、家伝の奥義だと納得する。
「(シルヴィアは、此れを相手に撃ち合いを続けていたのか。ルーは二対一になるまで完全に回避していたな。ちょっと私だと難しいかな?)」
思い起こすは、先週のMêlée試合内容。明らかにエイルが今と同じ技能を使っていた際、その相手をした件の二人は見事に対応して見せたことへ改めて賞賛を送る。自分では難しい、と言いつつも全く気にした様子がない京姫。
自分は自分であり、出来ることをすれば良いと完全に割り切っているからだ。この辺りの心持ちは、春季学内大会で花花の諭した言葉が切っ掛けだ。
――そして、攻撃出来る折り合いが視界の中から見つかったのだろう。意識より先に身体が動き始めた。
「(っ⁉ 来た!)」
エイルは自然に刺し込まれた刺突を第一試合より早い段階で捕捉した。一度経験したことで凡そのことが判りかけて来たため、ほんの僅かだが検知速度を向上させることに成功したのだ。
剣先を右斜め下方で構えた剣の柄頭側を持つ左腕。その隙間を掻い潜り、大身槍の穂先が心臓部分へ一息に届く軌道を取っていた。
幸いだったのは、また刺突で攻撃して来たこと。初手が殴打系の攻撃ではなかったため、此方の対策が初見で通せることで、成功する確率が上がった。
ギャリッと、金属の擦れる音がする。エイルは両の手を垂直に持ち上げながら、剣の鍔元で大身槍の穂を受ける。身体操作で両の手を持ち上げる上方へ体重を乗せ、槍の突き込みに負けない受けで穂先を上方向へ流した。
その動作の途中から、後ろ脚となる右脚を二〇糎ほど前へスライドさせ、左前半身となっている自身の身体を更に半歩踏み込む距離を造り出し、槍の射程より内側へ入り込む。
京姫の上へ流された大身槍も、既に反応をしていた。穂先がエイルの頭上で大きな円を描きながら左腕を薙ぎに落ちて来た。エイルが持つ剣は未だ剣先が右方向にあり、剣で左側へ対する防御など出来よう筈もないだろう。
そう。剣での防御は出来ない。そして、狙われているのは左腕。
――ポーンと、攻撃の成功した通知音が聞こえたその直後。
ヴィーーと、一本取得を知らせる通知音が鳴り響いた。
『エイル・ロズブローク選手一本! 第二試合終了。待機線へ』
思わず、ふうと声を出して息を吐いたエイル。半ば危うい罠だったが上手く働いたことに安堵して、だ。
さすがに相手の技法が技法なだけに、薄氷を踏む危うさで罠を仕掛けていたのだ。
対する京姫は驚きで目をパチクリとさせている。自身が反応し始めるより速く、相手に畳み込まれたからだ。そして事態を把握したのか、目が楽しそうに細まっている。
――京姫の技法は、相手が呼吸や動作などで生理的に生まれて仕舞う空白を的確に攻撃する。攻撃の初動が判らないことは厄介過ぎるが、受ける側で攻撃の位置を誘導させれば良い。だからエイルは左腕を捨てた。槍の所在を確定させるために。心臓部分を狙わせるのはリスクが高すぎるため、差し出したのが左腕一本だ。
相手は切断力が強力な日本の槍だ。腕を斬り落とされた判定がなされ次の攻撃へそのまま繋げさせないため、エイルは左腕を剣から離す動作で肘を軽く曲げながら、上腕から肘元、前腕へ通るように、槍の穂を斜めに受け入れた。その結果、前腕の骨で槍の穂が止まる判定となる。
そこからは右手一本あれば事足りる。エイルの剣は、元々が片手剣だ。長く親しんだ武器であり、柄が両手剣用に多少長くしてあるが問題はない。相手が副武器デバイスへ手を掛けた時には、超高速の斬り上げが右下から正確に京姫の心臓部分を掠めながら斜め上へ駆け抜けた。
エイルの代名詞とも言える超高速の斬り落とし。しかし、其れは斬り落としの技法だと明言したことがない。只、今まで斬り落としでしか使う必要がなかっただけの代物だからだ。
本来は、どの方向への攻撃でも可能なのだ。それが今回の決め手となった。
――そう。ゾーン状態と言う加速した時間の中でも十分に通用する技なのだ。奥義「竜殺しの法」に含まれる、対加速時間用に攻撃と防御で扱う技術の一つである。
相手の反応を敢て利用することで、こちらの攻撃を当てる機会を造り出す。これがエイルの描いたシナリオだ。相手が加速時間の中に居るので思うように動いてくれる確率が低くなるため、全ては賭けであったのだ。
京姫の技術は、未だほんの数試合でしか見られていない。だからこそ通じた罠だ。次も同じことが通じるかは甚だ怪しい。
何れ、京姫の技が広まれば対策を考案する者も増えるだろう。しかし、その時分には京姫が自身への対策にも経験を積んで、期待値程度の効果しか出なくなるであろうが。
「お見事でした、エイル。お陰で呆気なく獲られました。大身槍の切断力も考慮して穂先を受け留められるとは。次の手を潰されるとは思いませんでしたよ」
「何を言うのやら。こっちは珍しくやっとの思い、なんてさせられたところよ。次はどうしようか考えるだけで頭が痛いわ」
肩を竦めて、どうしたものかと思案する素振りをするエイル。当然、この言葉とジェスチャーにもブラフが含まれている。次の試合で決着が付くだろうその直前で、弱気な単語を放つところは全く抜け目がない。何かがあるのか、それとも言葉通りなのか。この段になっても相手に真意を探らせる罠をヒョイと入れるのがエイルだ。
その言葉を受けて、へーとしか感想が出ない京姫は、もう少し心理戦を学んだ方が良いと思われる。
選手待機エリアで一息吐いているエイルは変わらず普段通りである。特にポイントで先行されている焦燥もなく、いたって冷静だ。もっとも、上位に位置する騎士は精神面も十分に鍛えており、状態は常に安定しているものだ。精神が未熟な内は、幾ら技が立とうとも歴戦の騎士と真面に戦うことも難しく、簡単にあしらわれて仕舞う。
「今は京姫の感覚だけが先行しているから意識が遅れてるけど、何時かそれが合わされば更に始末に負えなくなるわね」
エイルは京姫の技法に対する所感を漏らしている。次は何をするか、もう決めてあるからこその振り返りだ。
第三試合は此方から打って出る。只それだけだ。まずは主導を取ることを優先する。そして、先に攻撃をされた京姫がどう動くのか確認も兼ねている。
「その内、加速時間の精度が上がれば対応が厳しくなるわ。「竜殺しの法」をもっと練らないと勝ちは奪えないわね」
既に、今ではなく先のことを考えているエイル。彼女は勝敗を気にする方ではない。しかし、戦うのであれば騎士の技が持つ美しさを以って勝利することを目指す。それがエイルの矜持でもある。
「ある意味、フロレンティーナに感謝ね。春の大会で試合中に動揺させられる経験をさせられたからこそ、冷静に京姫を観察出来るわ」
姫騎士さん、こんなところで敵に塩を送っていた。しかも自分以外の試合で。
彼女の実家があるザルツブルクは岩塩の産地でもあるので良い塩を送ってそうだ。
「うーん、自然と出た技に対するカウンターを仕掛けられたか。さすがエイルだな。第二試合でもう対応して来た」
今日の京姫は変わらず呑気だ。実際、精神が凪いだ状態を保っており、世界と繋がっている感覚が常にある。そのような精神状態にあれば、多少のことでは動じなくなるものだが、視点がグローバルになり過ぎる点がある意味弱点だ。
だからゾーン状態にある中で、エイルが普段通り動いている違和感に気付かない。
「しかし、自分で意識してない攻撃タイミングを読めるってことは、私の動きに何か特徴でもあるのかな?」
ゆっくりと温めのお茶を染みるように飲みながら独り言ちる京姫。自分でも判らない何かをエイルに掴まれたと考えるに、他人から見た方が良く判ることなのだろう。思い起こせば、姫騎士さんは普通に攻撃を避けていたものだ。
「まぁ、少しずつ修正するしかないしな。どう慌てたところで技術の大元をまだ理解しきれてないから意味ないし」
そろそろインターバルが終了する。
最後の第三試合も此処までと同様、このままで戦うつもりだ。むしろ行き成り何かを変える方が無理だ。その何かが判らないのだから。
京姫は思考を隅に片付け、お茶と一緒にゆっくり飲み干した。
これで考えることは終わりにする。そして、インターバルに入ってからずっと賑わっている客席に耳を片向ける。
相変わらず学園生解説者の弁が良く立っており、客席を盛り上げる見事な手腕に、京姫は再び感心していた。
余談ではあるが。
今回の解説担当であるキース・スウィフトは、試合を見ている者を如何に楽しませるか常に尽力している。最早プロ意識と呼べるそれは本職からも評価が高く、彼の卒業後は大手放送局へアナウンサーとして入社することが決定している。
『双方、開始線へ』
この試合、三度目になる開始合図だ。向かい合う二人の姿は、最初と比べて違いが表れていた。
此処まで試合時間は短い方だが、実際に戦った二人の体感時間は現実の時間から、優に数倍へ引き延ばされていた。特に終始ゾーン状態にあった京姫はそろそろ疲労もピークだろうことが伺える。
しかし、其れに付き合った筈のエイルは普段通りである。
「随分とお疲れのようね。顔に出ているわよ? 試合中で相手に弱みを見せるのは愚策ではなくて?」
疲れを隠そうともしない京姫へ、エイルはChevalerie競技者としてのセオリーを説く。相手も競技者である以上、暗黙の了解として当然判っていることを敢て問うたのは、京姫の真意を探るためだ。
「ええ、私も宜しくはないと思います。しかしエイル相手に隠し立てなど見抜かれてしまいますので、意味がありませんから。それに、丁度良い具合で力が抜けてますので、そのままでいいかと」
京姫にしては随分とフランクな内容の受け答えだ。だが、エイルにとっては非常に拙い内容だ。疲労から精神が緩んでいる訳ではなく、完全なリラックス状態に入ったので余計な気を張り流れを止めたくないのだ、と解釈したからだ。
「あら、そうなの? 私のことを大分高く評価してくれているようね、光栄だわ(心身ともに抜力状態なのね。ここに来て技の冴えが一段階引き上げられた、か)」
「こちらこそ過分な評価を頂いているようで恐縮です」
丁寧にお辞儀をしながら感謝を告げる京姫に、良く言うわ、と言うのがエイルの感想である。京姫のことは、情報を集め、念入りに本来持つであろう能力へ余剰分の糊代まで含めて相当上方に評価していたエイル。そして、蓋を開ければそれでも過少評価であったのに、今更何を言い出すのやら、と半分呆れていた。
少なくとも今大会出場者で一、二を争える能力を持っていることを京姫には早く自覚して欲しいところだ。自己評価を下に見ているからこそ時たま現れる不安定で予測し辛い動きも消えることになり、ずっと戦い易くなるからだ。
『双方、抜剣』
審判の合図で、武器デバイスへ刀身生成コマンドが発行される。京姫の大身槍は、根元から穂先迄が流れるように生成される演出、エイルのヴァイキング型片手剣は、鞘から抜剣に合わせて刀身が産み出された。
『双方、構え』
ここで京姫が、今まで見せたことがない構えを取る。右前半身となり右手を前の持ち手に、左手は石突き付近を軽く添えている。右構えの中段かと思えば腰をそれほど落としておらず、運足重視と取れる脚の置き方だ。
穂先はエイルの正中線を挟んで右目付近へ結ばれる位置取りで、槍自体が斜めに持たれている。穂先も斜めになっており、断面が二等辺三角形をした平三角槍の穂は鎬部分がエイルの剣先側へ傾いており、刃が相手に正対していない。刀術の正眼に近い構えと言えば良いだろうか。
一方でエイルは変わらず、左前半身でAlberの亜種となる構えだ。剣先の位置にも変更がない。しいて言えば、相手との身体の置き方が同じ方向――アンマッチ――になり、攻撃までの距離は縮んだが、逆に相手の懐が深くなっている。
双方で最初の崩し方が変わる構えとなっている。
『用意、――始め!』
始めの合図とともに飛び出したのはエイルだ。相手の射程圏へ一気に蹈み込み、左前半身のまま右下方に向いていた剣先を超高速の斬り上げで相手の穂先目掛けて繰り出す。相手がどう動くか反応を引き出すためだ。
そのまま受けてバインドに持っていくか、受け流すか。或いは剣を巻くか、それとも躱すか。剣を押さえに来ることも考えられる。
しかし、エイルの予想とは何れも違った対処が成された。
槍の穂先がエイルの剣を出迎えた、つまり受けに入ると見えた瞬間。剣先が穂先をすり抜けた。
「っ‼ (ここで引きを入れるとは!)」
エイルが驚いたのは、この局面で右手をガイドに左手が一瞬だけ槍を引いたからだ。
受けると見せかけて剣を空かされた。剣は上方へ吹き抜け、胴が無防備を晒すことになった。しかし、超高速の斬り上げは、最高到達点で円を描きながら止まることなく、威力と速度を保ったままの斬り落としに変わる。胴への攻撃を許さない斬り返しだ。が、エイルは京姫の動きを検知し、それが失敗だったと判った。しかし、既に発動した動きを止めることは出来ず、剣を振り抜くしかなかった。
――ギンッ、と力強い金属が撃ち合う音で一瞬、時が止まる。
京姫は、その斬り落としにこそ合わせたのだ。一拍にも満たない僅かな間を空け、エイルの斬り上げを追いかけるように半円を描きつつ槍の穂先を斬り上げる。造った間はエイルの察知を遅らせるためだ。
そして、エイルの剣が斬り下ろしへ変わった直後、相手の剣を叩き折る勢いを以って槍の穂が鎬部分を剣先にぶつけ、受け留めた。
幾ら剣の速度と威力が保たれていたとしても、力を乗せる位置は相手を斬り裂く瞬間に合わせている。それ以前では本来の力が出ないのだが、その速度のみ利用して剣先を穂の鎬へ食い込ませたのだ。
だからこそ、相手の剣を滑らすことなく、その場に縫い付けることが出来た。攻防の仕切り直しを強制的に入れたのだ。
一瞬のバインドで、エイルは自分の受けが弱い位置だと判断するや否や、剣先を引きながら槍の穂を巻きに入る。引きを入れるのは、相手が槍であるため受け位置は向こうの方が強い力を発揮する。それを分散するためだ。
対する京姫は、その動きに追従した。巻きに合わせて槍の穂先を剣に添え続け、エイルと同じ動きを取る。
無論、エイルはその動きに対して直ぐさま対応して来た。巻きの途中で肩甲骨を旋回させ、剣先へ螺旋を発生させる。そして、剣に軽く乗せられていた体重を身体操作で一気に剣先へ自重を集中させた。それが槍の穂に掛かる剣の荷重と、加えられた螺旋が接触の変化をもたらした。力加減が急に変化したのだ。
巻きを追いかけて、有利な位置へ穂先で相手の剣を押さえるように付け替えに動いていた京姫の槍は、力加減の変化で虚を突かれ、一瞬だけ離された。攻撃に変わる、と京姫は迎撃態勢に動き始めたが、よもや相手が引くとは思いもよらなかった。
その一瞬は、距離を取るためのもの。エイルはこの流れで追撃をするつもりはなかった。良くて相討ち、悪ければ獲られていたからだ。ポイントは双方一本一ポイントで並んでいるが、位置取りが悪かった。相討ちと言いつつ、一つ獲れば御の字、だが彼方には胴を薙ぎ二つ獲られる体勢に導かれていた。だから、仕切直すために右脚を軸に左脚を引き、一歩分なれど槍の射程から逃れた。同時に左前半身から右前半身にスイッチし、相手とも対峙位置を変える。
二人の距離は、剣先が触れ合うギリギリの距離。対峙位置が変わったことで、お互いの心臓部分は懐に入らなければ届かない位置になる。
とは言いつつも、双方とも二ポイントを奪えば良く、心臓部分に固執する必要はない。
「(あと少しだったのに、穂先が自由になるところで上手く躱された。横一文字に斬り抜くことを見抜かれたみたいだ。こっちの手がバレたかな?)」
実際、京姫は剣と槍の巻き合戦で有利に立った瞬間、攻撃へ移る流れを造っていた。それを察せられたのだろう。互いの武器が接触した部位に荷重を掛けられ、動きを遅らされて引かれて仕舞ったのだ。
「(あぶないところだったわ。タイミングを潰さなきゃ獲られてたところよ。それにしても――)」
エイルは初動の判らない攻撃で迎撃されると踏んでいた。
京姫へ先制攻撃を仕掛けたが、槍の穂で受けると言う極めて普遍的な方法で返された。にも関わらず、受けるどころか此方の攻撃を利用して隙を造られる。刺突や殴打、遠心力を纏った斬撃など、槍の特徴を使って来なかったところも疑問が残る。
何かが噛み合わない。エイルは京姫の応戦に違和感を感じた。
「(さて、征くか)」
京姫は、此方の番とでも言うように、エイルへと仕掛ける準備に入る。再び独特な正眼の構えとなる。その型は意識せず自然に取られたものであり、構えてから京姫も「この技が必要になるのか」と、未だ思考より感覚が先行している。
エイルも、距離を仕切らずその場で再びAlberに似た構えとなり警戒をしている。
この段になって漸く京姫も気が付いた。
「(そう言えば、エイルはゾーン状態に入っても普通に対応して来たな。三昧に入りかけの時は技が通り易かったけど)」
上位者にはゾーン状態だけでは余り通じないものなのだ、と京姫は漠然と理解した。
元々、超集中状態の恩恵に与るのは本人のみだ。大量に血中へ流れだすアドレナリンと糖分により、知覚の鋭敏化や時間感覚の延伸、痛覚の鈍化や身体能力の一時的向上などが代表される反応だ。周りが止まって見えるなどは時間感覚の延伸が其れにあたる。
だが、Chevalerie競技に於いては、その止まった時間に動けなければ有利と言うにはほど遠い。コンマ数秒の間に剣を交え駆け引きを行う競技であるからして、一瞬程度では如何様にも返す方法があるのだ。相手から見れば速度や攻撃威力が上昇していると判るが、一から二割程度の強化ならば対応可能な範疇であるし、格上と戦った経験が多ければ猶更、力の差を埋める方法に熟知している。
特にエイルは、そう言った相手と戦う法を扱い慣れている。模擬戦なり試合なり、姉と剣を交える時には必須の技法だったからだ。
身体操作で体軸の調整や骨を整列し、関節など力が分散する箇所を埋めて動くため、特に余分な力を入れずとも本来発生した力をロスなく取り出せる。それがゾーン状態に入った相手と互角かそれ以上の速度と威力を発揮するのだ。
以前、Mêléeでエイルと対峙したルーが「骨で移動してやがるから倍近い速度じゃねぇですか」とキャンキャン吠えていたのが其れだ。
エイルの恐ろしいところは、一瞬、もしくは短時間で終わって仕舞う其れを維持し続けることだ。
【永世女王】アアスラウグがヴォルスング家からロズブローク家へ持ち込んだ家伝の奥義は、次代の継承者へしっかりと受け継がれているからこその業だ。
「(来るのね)」
ほんの僅かに震えた空気の流れ。
エイルは京姫が攻撃を仕掛けて来ると察知した。
その直後、自然に溶け込みながら地を這うように足先を滑らし距離を縮めた京姫が槍の射程圏にエイルを捉える。相手にとっては認識に齟齬が生まれる虚となる接近だ。
そして、高めに構えられた正眼から一瞬だけ槍の穂先が斬り上がる。相手の反応を引き出す二つ目の虚だ。銀の穂が相手の迎撃をすり抜けるように曲線を描きつつ、運足で半歩懐へ潜り込みながら胴へ実の攻撃を届かせる。
――筈であった。
ガッと鈍い音を立てて、槍の太刀打ちへエイルの剣が滑り込む。胴への左袈裟斬りに合わせて剣で搗ち上げたのだ。
「(ここで初動の判らない攻撃を出すのね。検知してなかったら際どかったわ)」
京姫が攻撃に出るのを察知出来たエイルは、その攻撃にのみに集中出来た。だからこそ、最初の斬り上げが次の攻撃へ繋ぐ布石だと読む余裕が出来、本命に合わせた迎撃態勢を取れた。
剣先を下げたまま両腕を上げる。そして予想通り本命の攻撃となる筋道を見て取れた瞬間、重心移動による荷重と左右の腕を回転させる遠心力も追加した超高速の斬り上げを槍自体に仕掛けたのだ。
「(やっぱり、この動きは槍ではないわね。あの長巻とか言う柄の長い刀に似ているわ。テレージアみたいなことをするのね)」
エイルが先程から感じた京姫の独特な槍術が、どのような技術を使っていたのか凡そ察しがついたようだ。
「(重いな)」
予想以上に威力が高いエイルの受けに心の内で所感を呟いた京姫も、当然のことながらこの一太刀で仕留められるとは露ほどにも思っていない。既に次の手を繰り出していた。
「(なっ⁉ 重さを消された! 円の技法か!)」
エイルの力を乗せた迎撃で槍の太刀打ちに食い込んだ剣は、そのまま京姫の槍を巻き上げながら攻撃の導線を結ばせないよう、力が抜ける外方向へ動きをコントロールする挙動を取り始めた。しかし、其の仕掛りで、槍に掛けていた力が抜かれた。いや、中和されたのだ。
方法としては、京姫が異種武器でバインド状態の中、右肩甲骨を縦の後ろ回転、左肩甲骨は横の旋回をして、エイルから槍にかけられている荷重を身体の中に通して分散させた。エイルの家伝で言う円の技法も同じように掛かる力を波として受け入れ、骨の動きによる波で打ち消す法だ。
拮抗していた槍と剣の力関係がバランスを崩す。エイルが下から体重を乗せた斬り上げは相手に力を逃されたことにより、単純に武器だけで撃ち合った際の結果に挿げ替えられた。したがって、武器だけの重さに変わる。その状況を造り出した京姫は、バインド状態のまま、エイルの剣を下方まで押し下げることに成功する。
其処はエイルが超高速の斬り上げを発動させていた位置だ。しかし、槍で押さえられている状況では、斬り上げなどの初動を封じられる。
接触法により、京姫がエイルの武器をコントロールしている。押せば引く、引かば押すと言った具合で、剣先と槍が離れない。
だが、相手はエイルだ。彼女は、押されている剣を柔らかく触れる程度に調整し、相手の意識だけを其処に集中させる。それは瞬きの間だけで十分だ。一瞬、京姫が槍の前手に意識が集中させたところを、エイルは剣をそっと槍の穂から外側に滑り抜き、ほんの二〇糎の右前入り身で、槍の石突きを持つ左手前腕へ超高速の斬り上げを届かせた。京姫の反応は、接触点の前手であったため、意識の外側から避けられない攻撃を受けることになった。
――ポーンと攻撃の成功した電子音が響く。
「(参った。まさか武器術で当身の技法を利用するとは思わなかった。技としてあるならば如何様にも使えるっていい例だ)」
エイルが使った技法は、打撃などで使用することが多い技術だ。例えば、打撃が相手の受けで接触した場合、意識を其処に取られると、まだ有効であると錯覚し、もう一本の腕が反応出来なくなる。その技術の応用だ。
京姫も体術としては合気道を、当身としては古流柔法を修めており、技術的には身に付けているが、まさか剣技の最中に其れを発揮されるとは思ってもみなかった。強者が相手だからこそ見ることの出来る武術の奥深さを身体で感じ、京姫はむしろ喜んでいる。
一つポイントを奪い、あと一つで勝利するエイルであるが、先行した余裕など微塵もない。其のあと一つを奪う難易度が跳ね上がったからだ。
ポイントを奪われた京姫は、すぐさま対応して来た。ダメージペナルティが発生した左腕は添えるだけで、槍の穂先は右腕一つで制御しながら円を描く斬り上げを空打ちする。この挙動でエイルの剣を槍の長い柄で弾く。入り身で懐に入ったエイルの正中線へ、後ろ脚となる左脚の運足でクルリと正面に捉える。剣を弾かれて剣先が流れた状態のエイルへ、前手と遠心力のみを使った速いとは見えない右袈裟斬りを仕掛ける。
遅い、と言っても外から見た場合だ。反撃に見せ敢て空を斬らせ、自分の有利な態勢へ崩しを入れる。エイルはその後に来る本命の反撃に対して即座に反応する。左脚を引いて槍の斬り下ろしが通るであろう筋道から軸をずらし攻撃を吹き抜けさせる位置取りを取った。
それが失敗だったとエイルは痛感する。
自身が展開する領域内で相手の動きを検知出来ることを逆手に取られ、攻撃の遅速を掛けられタイミングをずらされたのだ。
回避行動を済ませ、迎撃態勢に入りかけたエイル。それは、斬り下ろしに反応したことで重心が壇中に上げられた状態であり、上半身だけでは遅速への対応が一手、間に合わない状況であった。
槍の穂が描く攻撃の導線は、エイルの左腕全体に繋がる広範囲のものである。右腕一本で剣を扱うにしても、撃ち合いの距離では左腕の引きが遅れれば剣速に影響する。左腕一本犠牲にするとしても、攻撃を貰う位置が重要になる。故に、エイルは腕全体の動作に影響が少ない左手首を槍の通り道へ当たるように両腕を持ち上げる。
再び、ポーンと攻撃の成功した電子音が響く。実際は前の電子音から一秒も経っていない。
それはエイルが左腕を捨てた音だ。
被弾した左手を柄から離し、壇中に上げられた重心をそのまま利用しながら胸骨を中心に左上半身ごと左腕を後ろへ引く。右半身は両腕を持ち上げた時の状態が残してあり、その形は斬り下ろしへ繋がる。
超高速の斬り下ろしによるカウンター。京姫がエイルの左手を斬り抜いた後を追うように仕掛けられた。
槍を持つ前手を斬り裂く軌道の筈であった。
「(仕舞った! こちらが本命だったのね!)」
エイルの斬り下ろしは京姫の右手から一〇糎ほど離れたところをすり抜けた。京姫が右袈裟斬りに入った時、右前半身の右前脚は紙一枚分ほど踵を浮かしていた。そして、エイルの左手を斬り抜いたと同時に、踵を上げていた右足先の母指球を軸に踵を前方向に回す。それが体軸を残しながら足先分の距離をエイルから離していた。
そして、槍の穂をクルリと裏刃に回して下から逆袈裟斬りで、エイルの右前腕を斬り抜く。
エイルの奥義でも微細な身体の動きまでは検知出来なかった。ほんの僅かに移動されただけで、回避と反撃を同時に行われたのだ。
既に左手首はダメージペナルティで剣の操作は出来ない。そこへ右前腕を使い物にならなくされた。最早、一本が判定されるまでの猶予時間である〇.二秒内に、駆け込みで反撃をすることも叶わなかった。
――ブーと、合わせて一本となった通知音が聞こえる。
「(あの動き……。やっぱり剣の動きだったのね)」
第三試合、京姫は槍で刀の運用をしていたのだ。
『試合終了。双方開始線へ』
審判が試合の終わりを告げる。
エイルが京姫に目を向ければ、大きく息を吐いて呼吸を整えているのが見える。本来であれば、呼吸を乱さず戦うのが基本であるが、さすがにゾーン状態を長く続ければ息が上がるのも当然だろう。
『東側 京姫・宇留野選手 二本』
『西側 エイル・ロズブローク選手 一本と二ポイント』
高々と読み上げられる対戦結果。観客席も固唾を飲んで最後の一言を待っている。
『よって勝者は、京姫・宇留野選手!』
ドッと客席から歓声が上がる。
三試合目は決着までは僅か一〇秒足らずであった。試合の行方を見ていた観客や学園生達も、バインドへ入った時、双方の武器が離れた瞬間に何方も攻撃を仕掛けるだろうと予想していた。その予想が覆されるどころか一瞬で起こった激しい攻防が観客達を熱狂させた。僅かな時間で、これだけ密度の高い試合は滅多に見られないからだ。それ程、衝撃的な戦いであった。
「おめでとう京姫。私の完敗だったわ。ここぞの時に初動の判り辛い攻撃を組み合わせて、それを罠にするなんて。こちらの対応が一手、間に合わなかったわ」
「ありがとうございます。こちらこそ、良い勉強をさせて貰いました。技を出す前に次手まで対応されていたなんて貴重な経験でした」
それすらも楽しかったと京姫の表情は語る。
「一つ聞いていいかしら?」
「なんでしょう」
「三試合目、あなた槍で剣技を使ってたんじゃないかしら。お陰で微妙に違う攻撃に手を焼いたわ」
「やはり気付かれてましたか。あれは槍で刀術の技を使って見たものです。戦場ならば体裁など気にしてられませんから」
「なるほど、使う技は選ばないってことね(その技の練度が問題だけれどね)」
納得したと答えるエイルではあるが、京姫の言葉から別の意味を読み取った。それは技術として在るものだと。でなければ、あの流れるような動きは説明付かない。
それもその筈、京姫が扱った技は、状況により組み上げたのではなく、法として確立されているものだからだ。
――宇留野御神楽流 奉納槍術 奧伝二之段「剣」
槍にて剣の技を扱う謂わば虚をつく搦め手の奥義だ。両刃の剣に纏わる技術自体は、時代の流れで武器が片刃に移行したため刀術へ置き換わったが。
宇留野御神楽流は、奧伝の段数が多いほど高度なものとなる。今回使用した奧伝は二之段と、ほんの入り口のもので、基本技術を組み合わせた延長線上に在る。とは言え、そう単純なものではない。槍と刀では武器の構造や特性、運用する理合いも異なる。物にはそれに合った使い方があるのだ。だが、その理合いを捻じ曲げるでもなく、使える部分を抜き出すでもなく、拡大して異なる武器にそのまま適用させる。故に、奧伝の一つに数えられるのだ。
観客の歓声に送られながら会場を後にする京姫。加速した時間での戦い方も大分慣れては来ているが、試合を終えた疲労感は以前と比べれば遥かに重い。
「ふむ、あと二つか。予想より疲れが溜まっているな。少しでも回復しておかないと」
控室で水分と糖分を補給しながら京姫は呟いた。自分の状態を口に出して認識することで、休息へと心身ともに切り替える。そうすることで回復度が上がるタイプであると、ティナの母ルーンに師事していた時、自身の特性を分析されてから続けていることだ。
あと二つ。
京姫が順当に勝ち進めば、試合が出来る回数だ。
だが、二回勝てば優勝と言う意識はない。
まだ二回も戦える歓びと期待に打ち震えるのだ。
戦国の世を駆け抜けた先祖の血が色濃く出ているのだろうか。
彼女の本質は、槍を十全に奮うことを良しとする戦人であった。




