04-024.傭兵と剣豪。 Blumen Landsknecht und Kaleidoskop Schwertkämpfer.
二一五六年一〇月二一日 木曜日
本選二日目。今日は第二回戦から決勝戦まで、全一六試合の行程だ。
冬季学内大会の最終日ともなれば、屋外Duelコートや大型インフォメーションスクリーンがある競技場なども客席は満員御礼状態である。学内の至るところに設営された共有野外座席などは、早朝にも関わらずビール片手でChevalerie談議に花が咲いて居たりと賑やかだ。フェストが最高潮に達する決勝戦まで、会場の熱気は徐々に高まりながら盛り上がっていくのだ。
九時からの第二回戦一戦目は、トーナメントAグループとBグループの二試合から始まる。
四つに分けられた試合コートの第一面。これからBグループのシルヴィアとテレージアが戦う場である。
第一回戦で白熱した試合を見せたシルヴィアと、持てる技術の組み合わせ方と使い処の幅を広げて格段に手強くなったテレージアが、どのような試合展開をするのか何かと注目される対戦カードだ。
同時に開始されるAグループは、試合コート第四面でエイルの試合があるため、観客の半数はそちらに注目しているのだが。
『皆さん、Guten Morgen! 本日の試合コート第一面解説担当はスポーツ科学科六年、キース・スウィフトがお送りいたします。審判はスポーツ科学科五年、ジョン=マイク・ヴィンセントが努めます』
学園生解説者のアナウンスが朗々と響く。この試合にチャンネルを合わせている観客にだが。
『それでは競技者紹介と参りましょう。まずは東側選手、今年に入ってからは益々猛威を奮い続けるZweihänder! 二つ名【花傭兵】、騎士科四年ドイツ連邦共和国国籍、テレージア・ディートリンデ・ヒルデ・キューネ!』
足を前に出す騎士の礼を取るテレージアはメタリックピンクの鎧一式と同色の鍔広帽、濃い黄色に染めた髪が良く映える。相変わらずボトムは、二本の黒いリボンで下腹部前面をV字に覆っているが、辛うじて隠れるレベルで肌色率の方が多い。このボトムも倫理的に物議を醸したが、ランツクネヒトは目立ってなんぼ、との理由で押し通した経緯がある。
ムッチリと肉付きの良い彼女のアバターデータは、販売数上位を誇る人気商品だ。
『続きまして西側選手。ファッションの都ミラノから訪れた淑女は剣豪リベリの再来か! 二つ名【千変万化】、騎士科六年イタリア共和国国籍、シルヴィア・フィオリーナ・ベルトンチーニ!』
シルヴィアは性格が良く表れている折り目正しい騎士の礼を一つ取った。肩で切り揃えたストレートのサンディブロンドがサラリと揺れる。
礼を終えて上げられた顔は顎が細く、凛とした切れ長の目に収まる瞳は薄い茶色。背丈一六〇糎後半の均整がとれた身体は一目で女性と判る曲線を帯びている。そこへ肩と背の可動を阻害しないよう分割された腰までの胴鎧、可動優先で造られた肩鎧付きの腕鎧、太腿までの脚鎧が覆う。塗装は原色の緑で、金属の質感を表現した意匠だ。
儀仗鎧のように、鎧各部へイタリア国花である雛菊がレリーフ細工されている。頭状花の中心を黄色、外側に広がる花弁は白と、緑の塗装に良く映える。
鎧下に当たる濃赤のプリーツスカートは股下五糎ほどで、裾は黒いレース仕立てだ。緑と赤、相性は良いが色相差の激しい色使いを目に違和感ないバランスで仕上げているのはお国柄か。
フワリと風で膨らんだスカートから彼女のアンダーウェアが顔を覗く。装備が赤と緑と来れば、白で国旗カラーを期待する者も居ただろうが、実際はパールピンクのバックレース。ローライズ気味なのでジーンズを履く時にも向いた丈だろう。
試合コート中央の開始線で、二人はまず審判に、次は互いに礼をする。
両人とも、装備の色合いを含め良く目立ち、見る者の目を惹く。
だからだろう、テレージアだけでなく観客も気が付いた。シルヴィアが剣帯に吊り下げたシャーボラの柄と同様な、手指を円形に覆う護拳の付いた武器デバイスが右手に握られていたことを。
「ほーっほっほっほっ! 昨年はしてやられましたが、今回のわたくしは一味違いましてよ!」
恒例のマイクパフォーマンスは、テレージアの高笑いから始まった。紡がれた言葉は、昨年に対戦した冬季学内大会Duel本選第一回戦を指している。
「こちらも対策を用意しています。前回、武器が破壊されて苦汁を飲みましたので。それに、随分と面白い技を身に付けたようですね」
前回の冬季学内大会で、シルヴィアはテレージアの斬撃を流しきれずに直刀式シャーボラを叩き斬られた。尋常でない剣速で襲い掛かる質量兵器相手に、斬ることに特化した細身の武器では聊か耐えるに足りなく。
刀身が短くなった状態で勝利した技量は見事であるが、辛酸を嘗めさせられることになった。
「なるほど、腰の剣が予備の武器ですのね。ですが、そう易々とは事を運ばせませんですわ!」
テレージアは、シルヴィアの右手に持つ武器デバイスへ視線を落とし、彼女が準備した対策を口にした。そして、その武器を破壊し、予備に持ち替える暇を与えるつもりはないと言い放つ。
シルヴィアは、直刀式シャーボラを二本持ち込んで来たのだ。
副武器デバイスに小盾を持ち込んでも意味がない。テレージアは、小盾程度なら一撃で粉砕、もしくは腕ごと弾き飛ばすからだ。ならば下手な策を講じるより、武器が破壊されるものとし、予備を持ち込んだ方が余程確実だ。
「では、その牙城、切り崩させていただきましょう」
シルヴィアからの返答は、武器破壊を防ぐだけでなくテレージアの新しい技術ごと打ち破って見せる、と。
シルヴィアは、ここ数年ほど世界選手権大会のイタリア共和国代表として、名が通っている技巧派の騎士だ。先日のリゼット戦で見せたように、併修している武術の技を次々に切り替える姿が二つ名の由来である。その変則的な技を以って、学園では戦い辛い騎士の一人に数えられている。
対するテレージアも、Josteの突撃槍を除き、歴代最大重量を誇るZweihänderをまるで片手剣の如く軽やかに操り、武器破壊もお手の物だ。事前対策に悩まされる手強い騎士である。シルヴィアとは違った意味で戦い辛いと評されるが、今年は複数の武器術を切り替える戦術を組み込んできた。その結果、全国大会などでも大暴れし、彼女を攻略する難易度は跳ね上がった。
『双方、抜剣』
会話を終えたと判断した審判が、準備を促す。
テレージアが持つ、九〇糎はある武器デバイスの柄から、剣身一〇〇糎が出現する。今回持ち込んだZweihänderは、|リカッソ《剣の根本で刃のない部分》三〇糎まで含めた武器デバイスだ。つまり、彼女は此度の試合で大型騎士剣が持つ本来の運用法も扱うと示している。
そして、シルヴィアの右手に持つ武器デバイスからも刀身が出現した。
驚くべきはシルヴィアの直刀式シャーボラだ。剣帯に吊られた普段使用しているシャーボラと柄は似ているが、刀身は一二〇糎と随分長い。シルヴィアが公式試合で初めて持ち込む武器だが、騎兵の用いるスパドーネである。モデルとなったスパドーネは、材質を近代の鋼材と技術で錬鉄、鍛造した、強度と耐久性が高い業物だ。
『双方、構え』
審判の合図で二人は其々構えを取る。
シルヴィアは軽く肘を曲げた中段である。円形に覆う護拳の大きさから考えると、長大で重量が嵩む剣の重心を手元側に寄せるための大型化であろう。であれば、ムリネ、肘回転から繰り出すハーフカット、肩回転の斬撃であるフルカットなど、普段使用するシャーボラでの技を遜色なく繰り出すためのバランス配置であろうことが想像出来る。
そして、テレージアが選択した構え。切先を地面ギリギリまで降ろした騎士剣のAlberである。Zweihänderの柄が六〇糎と長尺であるため、右前半身となってはいるが。
速度の札を持った相手に対し、大型騎士剣、しかも大質量の武器で運用する構えに相応しいか疑問が残る。それがテレージア以外であれば。
その構えを見て、さすがにシルヴィアも訝しむ。この構えは、柄頭側の持ち手で梃子の原理を使い、剣を高速に振り上げることの出来るカウンター技に派生し、防御力が非常に高い。だが、テレージアが態々セオリー通りに仕掛けるとは思えない。
『用意、――始め!』
合図から即座に行動へ移したのはテレージアだった。カウンター技に派生するAlberは、基本的に後の先、つまり待ちに使われることの多い構えだ。
だと言うのに、真正面から一息で踏み込んだ。途中で別の構えに変わるではなく、Alberの構えそのままに。
やはりテレージアはセオリー通りの動きをして来なかった。それが予測出来ていたからこそ、シルヴィアは姦計に陥って仕舞った。
シルヴィアは、手前で跳ね上がるZweihänderが刺突に変わる挙動を読み取り、スパドーネをZweihänderの上から撃ち下ろすよう被せる。接触した瞬間に、スパドーネを巻きながらZweihänderの裏刃――この場合は剣の下側だが――へ、クルリと刀身の位置を付け替えて剣の軌道を後押しし、そのまま安全圏である上部へ吹き流させる――筈であった。
「(なっ!)」
シルヴィアは手筈の初手から覆されて驚く。自分の予測が浅かったのだ、と。
Zweihänderにスパドーネが接触した瞬間、ただ剣身を跳ね上げただけではないことを感じ取った。以前、テレージアの剣を受け流し切れなかった際に味わった、体重が乗った斬撃。それをスパドーネの感触から理解したが、既に遅かった。
刺突に変わると見せかけた切り上げ。セオリーを無視した動きは、まだ続いていたのだ。
――ガン、と金属の鈍い音と共に、Zweihänderがスパドーネを巻き込んで空高く吹き抜ける。シルヴィアはスパドーネの接触感知から、ほぼ反射的に固定した肘と手首を脱力していた。咄嗟の脱力と刀身が細身であったことも相まって、スパドーネが切断されることはなかった。しかし、剣が肘ごと跳ね飛ばされた。
刀身が先端から三分の一程お辞儀したように湾曲された姿は、衝突の威力が如何程であったかを物語る。
テレージアはZweihänderを梃子の原理など殆ど使わずに、身体運用で切り上げていた。
あらゆる武術で身体の重さを攻撃へ乗せることに法はあるが、身体操作が熟達すれば、真上など、重力と方向に関係なく重さを伝えられるようになる。テレージアの切り上げは正にそれであった。
天高く聳えたZweihänder。陽光を浴びた煌めきはそこに留まらず、巨大な光の帯を造りながら一拍の間もなく切り下ろしに変わる。その速度は豪速。
それは、スパドーネを跳ね上げられ、無防備になったシルヴィアの右肩から入り、胴までを両断する軌道。
しかし、それがシルヴィアを斬り裂くことはなかった。
「(さすがですわ。苦も無くお避けになりますのね)」
口角を上げ、獰猛な笑みで讃えたテレージア。初手でシルヴィアを捕らえられる訳なぞない、と。
相手はヘリヤやエイルとも撃ち合える、上位に位置する一握りの騎士。たとえシルヴィアのゼベルを弾き飛ばせても、切り下ろしが避けられるであろうことは最初から織り込み済である。
Zweihänderが降り注ぐ前に、シルヴィアは左前の半身になり回避した。一六世紀イタリアの武術家グラッシの剣術書にある、斜め又は回り込む歩法――mezzo passo obliquo ocerculare――である。その動きはテレージアの剣から右外側へ入り身で半歩深く侵入し、攻撃の導線から完全に外れる位置取りを確保する役割を担った。
そして、スパドーネは肘と共に上方へ跳ね飛ばされている。それは、肘の回転を使うハーフカットの技に繋がることを示していた。
今度はテレージアがZweihänderを振り下ろした後の肩口へ、シルヴィアの切り下ろしが仕掛けられた。
その刹那、シルヴィアは背筋にゾワリと冷たいものが走る。
「(莫迦な!)」
驚異的な速度で吹き抜けた筈のZweihänderが、腰の高さで静止している異常な光景が視界に入ったからだ。
テレージアはZweihänderを急制動させ、半歩蹈み込み、左前半身へと攻撃態勢に移る。それはシルヴィアが先ほど取った動きと同様、攻撃の導線を外す効果もあった。
そして、ほぼ向かい合った状態からZweihänderを横薙ぎする。剣を振る開始点が自身の正面であり、且つ利き腕の外側へ薙ぐとすれば、往なしには使えるが必殺とは言い難い。だのに、シルヴィアの胴を鎧越しに真横へ両断していったのだ。
だが、それはテレージアの正中をシルヴィアへ開くことに繋がった。
だからこそ、シルヴィアは胴を斬り裂かれる最中、既に始動していたハーフカットの着弾地点をテレージアの顕わになった心臓部分に変えることが容易く出来た。胴のダメージペナルティはまだ発生していないが、この段に入ればダメージペナルティがあろうとも影響はない。
折れ曲がったスパドーネは、斬撃の技で刺突の効果を出すに、都合が良かった。
――ポーンと、テレージアの攻撃が成功したことを知らせる通知音が響く。
少し遅れてヴィーと、通知音がシルヴィアの一本取得を告げる。
『シルヴィア・フィオリーナ・ベルトンチーニ選手一本! 第一試合終了。待機線へ』
審判の宣告を待ち、会場から歓声が響く。偶に観客からは先制した選手がどちらか判別出来ないことが起こるため、騒ぐのは審判の声を待ってからと、一つの風潮にもなっている。
「狙いを一瞬で変えられた技はお見事でしたわ。こちらの斬り返しが間に合いませんでしたもの」
テレージアは胴の横薙ぎの後、もう一太刀折り返しで仕掛けるつもりだったようだ。幾らテレージアでも溜めを入れた初動の速度と比べ、Zweihänderの連撃では、どうしても斬り返しに遅延が出る。それも横薙ぎと言う大きな動作であれば猶更だ。結果、一本判定の猶予時間内までに剣が届かなかった。
「こちらこそ、大型騎士剣の扱いが以前と異なり驚きました。それにスパドーネが一合しか持たないとは思いませんでした」
実際、シルヴィアは持ち込んだ大型のスパドーネでなければ初撃で剣を折られていたと判断している。刀身の長さと現代鋼の強度が、Zweihänderとの衝突で力を分散し、曲がるに留まったのだろうと。
観客の声に送られながら、二人は選手待機エリアへ下がっていった。
――競技コントローラ設備を挟んで左右に設置された、通称選手待機エリア。
物理的に左右へ分けた待機スペースは、光学処理やエアーカーテンで、競技者同士の姿が見えることも、声が聞こえることもない造りとなっている。
その片側ではテレージアが先程の試合内容をお浚い中である。
「判っていましたが、やはり一筋縄ではまいりませんですわ。シルヴィアさんが持つ対応力の幅広さ――いいえ、深さが読み切れませんでしたもの」
テレージアの初手は、相手が反応する前提で仕掛けた武器破壊。よもや剣の振り上げにその効果を持たせるなぞ、完全なる虚を突いたものであるが、剣の接触時に悟られ、瞬時に逃げを打たれた。
だが、両足の母指球を更に踏み込み、大地の反発力を上乗せする奥義から繰り出した剣筋は、ゼベルが力を逃す動きを取ろうとも刀身を大きく湾曲させるに至る。目的の武器破壊は達成したと言えた。
そこからは威力より速度重視に変更し、棹状武器の首掛け――先端の斧や戦槌部などで肩や首へ引っ掛けて体勢を崩す――の技術で肩口へ切り下ろしを仕掛ける。しかし、中世式歩法なれど見たことがない運足で軸をずらす回避をされた上、予想した以上の反撃を繰り出された。
相手の武器を破壊し、封じた。故に、折り込み済だった反撃も相討ちに持っていける筈であった。しかし結果としては、その折れ曲がった形状こそを有利に扱い、まんまと心臓部分を獲られて仕舞ったのだ。
ゼベル術だけでも、様々な流派を併修しているシルヴィアならではの機転を見せ付けられることとなった。
それでもテレージアは、そこで終わらない。腰位置まで振り下ろしたZweihänderを急制動し、モンタンテの技、Revezで胴を両断した。
「おもしろくなってまいりましたわ」
口角を上げながら、楽しそうに言葉を口にしたテレージア。強い相手との戦いは歓びであり、また、得るものが多いことを彼女は知っている。己に脈々と受け継がれた、命すら容易く掛け金へ放り込む傭兵の血がそう訴えかけるのだ。
――ふう、と一息吐いてから、シルヴィアは持参した経口補水液で喉を潤す。
新たな技法を携えたテレージアが侮れない相手であることは重々承知していた筈であったが、してやられた。
ポイント的には勝っているが、斬り合いでの勝敗はテレージアに軍配が上がったとシルヴィアは判断している。
「驚きました。予想の随分上を超えてきましたか。あの独特な技法が、運足の急制動からも発揮出来るとは思いませんでした」
テレージアの奥義であろう剣速の変化や急激な威力上昇などを発露する時、必ず両足でしっかりと大地を掴むことは、過去の試合で分析していた。そして、ほんの僅かながら溜めが入ることも。昨年、実際に彼女と対戦した際、それが正しかったと確信した。
だのに移動から静止と言う、身体が不安定となる状態から仕掛けられたのだ。溜めがなくとも発揮出来る、と。
その上、大型騎士剣で振り上げから振り下ろしを一拍に収める身体運用と技量は瞠目に値する。
更には、振り下ろしを空振りした大重量のZweihänderが急停止し、身体が振れることなく当たり前のように横薙ぎへ変わるなど、何れも此れも尋常ではない身体能力を見せ付けられた。
「何時まで経っても武術の底は計り知れません」
競技の装備は防具ではなく、被弾判定のみを行うためのもので、実際の強度――シルヴィアの装備は繊維強化プラスティックだが――は被弾時に計算されない。しかし、人体に於いては実際に近い強度が在るものとして反映されるため、筋肉や骨の位置で剣が止まったりと現実に準拠している。
それを意も介さずにテレージアはシルヴィアの胴を両断した。想像の範疇を超えた威力と鋭さ。現実に金属鎧と真剣であったとすれば、人を容易く吹き飛ばしていただろう。
「だからChevalerieはおもしろい。いつも新しい発見があります」
その身を以って望む全てを知ること。それはシルヴィアが騎士と成す根幹だ。
クスリ、と笑うシルヴィアの目は、遥か先を見つめる。
――まだ見たことのない何かを。
場内のインフォメーションスクリーンで放映されていた映像が止まり、試合コートが映し出される。これから第二試合が始まる合図でもある。この試合を注目している客席の騒めきも小さくなり、その時を待っている。
開始を告げるのは学園生アナウンサーの放送からであった。
『皆さん、お待ちかねの第二試合です! 第一試合でテレージア選手が見せたAlberからの突撃は、奇策に見せて強力な攻撃力を隠していました! 対するシルヴィア選手は、剣を折られながらも心臓部分を極める離れ業を披露! この先どんな戦いが繰り広がれるのか見逃せません!』
次いで審判の呼び出しにて、テレージアとシルヴィアは試合コートへ戻って来た。
『双方、開始線へ』
第一試合との違いは、シルヴィアが副武器デバイスを持ち込んでいないことだろう。
先の試合で、早々に相手の手を一つ潰したテレージアが如何に奮闘したかの証左である。
「ほーっほっほっほっ! さすが【千変万化】ですわ! わたくしの取って置きを軽く往なされてしまいましたわ!」
そう言いながらテレージアには微塵も憂慮がなく、むしろ余裕さえ伺える。
「ふふふ。取って置きと言いつつも、まだ幾つも用意していると聞こえます。さて、全てを暴けるでしょうか」
「あら、出し惜しみをして届くとは思っていませんことよ。わたくしの全てでお相手させていただきますわ」
「それは重畳。ならば私もお見せしましょう」
シルヴィアの短い返答には、相手への敬意が滲み出ていた。
だからテレージアは嗤った。これから始まる技の触れ合いを期待して。
『双方、抜剣』
審判の合図で、テレージアのZweihänderがリカッソから先に剣身を生み出す。
シルヴィアの直刀式シャーボラがシュルリと小さな音を立てて鞘から抜かれる。
『双方、構え』
シルヴィアは左手を腰の後ろに隠し、右手を顔の高さで相手の目に剣先を向けるOchsの構えを取る。一見すると騎士剣の型だが、シルヴィアが用いたのは一六世紀後半にレイピア術の前身となったスパーダ・ダ・ラトでの構えである。
対するテレージアは右前半身で、少し腰を落とした姿勢だ。重心を下方で安定させた、大型騎士剣の構え、Feldhutである。本来と異なるのは、後ろ脚の踵を軽く上げていることだ。剣身は、剣先の延長を相手の目に結ぶ平眼であるが、リカッソの剣先側にある第二の鍔となる返し部分すぐ後ろを右手で逆手に握っている。柄頭へは左手を添え、長柄武器のような長尺な握りで武器の安定感を生み出している。
『用意、――始め!』
開始の合図で直ぐに行動へ移したのはシルヴィアだ。距離を保ちながら時計回りの移動でテレージアに揺さぶりを掛ける。回り込みをすれば、相手がその場で円の動きを以って追従することは当然だろう。最小限の動きで相対出来るからだ。だがシルヴィアは、その動きこそを確認するために回り込んだ。
その回り込みに対してテレージアは、踵を上げたままの後ろ脚を起点に円軌道で追従する。後ろ脚を母指球で大地を掴むように回転させてから、前に置いた右脚を滑らすように位置調整していく。後ろ脚が回転中に攻撃を掛けられても、そのまま地面の反発を取り出せる動きであり、それは前脚を滑らせている最中でも変わりがない。そして、リカッソを利き手で握っていることが、近接戦で剣の精緻な制御を可能にする。
元々Feldhutは、防御姿勢でありながら攻撃姿勢でもある。ランツクネヒトが槍衾へ突撃し、槍を切断、もしくは往なした後、相手の懐へ飛び込んで造りだした乱戦状態に於いて効果を発揮する構えだ。剣に持ち替えた槍兵の攻撃を防ぎつつ、払いや突き、撫で斬りなど、上下左右から多彩な攻撃を繰り出す、最初から複数の相手を対象とした技術だ。
故に、相手が回り込んで来ることなぞ、基本中の基本だ。
「(なるほど。攻防一体の姿勢ですか。どのタイミングでも関係なく捌くことが出来そうですね。これも家伝で練り上げたものでしょうか)」
シルヴィアはテレージアを観察する。運足、重心の変わり方、動きのタイミング。必要な情報を得る程に厄介な相手だと再認識した。
そのテレージアもシルヴィアの技量に舌を巻いている。
「(間合いの取り方が非常に巧みですわ。あのイタリア式に見えて違う性質も混ざっている歩法は、攻撃しても通らないでしょうし、こちらの決め手が効果を出しにくい絶妙の距離ですわ。――それに、十分見られましたから、そろそろ仕掛けて来られるのではなくて?)」
テレージアは攻防が始まるのは一瞬の内、だと予測している。今のシルヴィアは、そのタイミングを何処に合わせるか折り合いを探っているのだろう、と。呼吸か、視線か、動きの中か。互いが目に見える隙は無いため、相手と調和したその一瞬を逃さなかった時に試合は動く。それは、直ぐにも訪れるであろうことを肌で感じる。
ならばと。テレージアは、それらを全て棚に上げ、敢て自分から打って出る。シルヴィアを一つ、罠に嵌めようか、と。
今なお時計回りの歩法を続けるシルヴィアの動きへ追従する最中で、平眼に構えた大型騎士剣から槍と見紛う一点を穿つ豪速の突き。
鋭く速い突きなれど、距離が相手に時間を与えて仕舞う。更には先の先を読まれ、Zweihänderが届く前にテレージアの背中側――構えの外側――へ、歩法をずらすだけでシルヴィアは難なく躱した。そして、回避で変えた脚の位置から半歩に少し足りない程度で蹈み込んで来る。それがリカッソを握ったテレージアの利き手へゼベルの切先を届かせる距離を造り出し、狙い違わずスルリと刀身が滑り込んだ。
「(一つ目、かかりましたわ!)」
シルヴィアに前手を攻撃させる状況は、テレージアの仕掛けた罠の布石が打たれたことを示していた。
迫るゼベルの刀身に対して、テレージアは左半身へ蹈み込みながら前手を軸に剣の振り上げで対応する。その動きは、シルヴィアのゼベルを剣身で弾き、振り下ろしの姿勢を形造る。
「(二つ目!)」
ゼベルの流された刀身を即座にハーフカットの構えへ整えながら、振り下ろしの射程外へイタリア式歩法と中世式歩法が混在した足捌きでシルヴィアは逃れてくれた。
彼女ならば避けるだろうと。反撃のために此方の攻撃が当たらない距離を見極め、最小限の位置取りをするだろうと。テレージアがシルヴィアの技量を信頼しているからこそ打てた二つ目の布石。そして、左半身でシルヴィアから隠れた後ろ脚を気付かれないように少しだけ前へ移動した。これが三つ目の布石。
「(獲りましたわ!)」
テレージアが繰り出した豪速の振り下ろしは空を斬るも、そこから下段突きに変わりシルヴィアの後ろ脚へ届かせた。
「(ここで届かせますか!)」
シルヴィアの驚きは、テレージアの振り下ろしを避けた後に続いた攻撃だ。
Zweihänderの振り上げから振り下ろしまでが一拍で繰り出されるのは、第一試合で体験済だ。テレージアが左半身に蹈み込んだことによる攻撃範囲の延伸も計上した距離を取った。計算通り、テレージアの斬撃は目の前で吹き抜ける。
だが、振り下ろしが、シルヴィアの攻撃起点となる軸足、後ろに置かれた左脚への突きに変わっていた。Zweihänderを握る右手を離し、柄頭を持った左手のみで最大限に延ばされた、イギリス式武術で良く見る片手突き。
テレージアが柄頭を握って突きを出せることは、シルヴィアも警戒していた。それを込みで距離を保っていた。テレージアの振り下ろしをした踏み込みでは届く筈がなかった。
これはテレージアが打った三つ目の布石だ。振り下ろしで蹈み込んだ前脚が更に前へ滑り込んだ。こっそり前に寄せていた後ろ脚が起点となり、僅かだが追加で前脚を蹈み込ませる余裕を持たせていたいたのだ。それが姿勢を崩すことなく自然に剣の到達距離を稼いだため、シルヴィアも意識外の攻撃となり対処出来なかったのだ。
「(な、ななっ! やり返されましたわ!)」
試合を振り出しに戻す手を打ったテレージア。一本判定がされる猶予内での反撃を潰す目的も持たせた、反撃起点となる相手の軸足へ攻撃は成功した。しかし相手は世界で戦う騎士である。簡単に予想を覆してきた。
シルヴィアはテレージアの振り下ろしを回避するに合わせて、既に反撃へ入っていた。後ろ脚が斬られる前に、蹈み込みと同時に前脚を地を這うように滑らせて、シャーボラの間合いにテレージアを捉えていた。
この段で後ろ脚を斬られ、ダメージペナルティが発生した。不安定な軸足から体重を乗せた攻撃は出来なくなったが、瞬間的な移動をさせた踏み脚は前へ着地していた。力の流れは断ち斬られるが、体軸と脱力で調整し、威力はなくとも回避不可能なタイミングでハーフカットの斬撃を放つ。腕を斬り抜く軌跡を描く筈だったシャーボラの切先は、更に蹈み込んで来たテレージアの胴が射程範囲に入ったことで、そのまま脇腹を薙ぐに至った。
――ポーンと、攻撃が成功したことを知らせる通知音が二つ。
遅れて、――ブーと、合わせて一本となった通知音が一つ響いた。
『テレージア・ディートリンデ・ヒルデ・キューネ選手一本! 第二試合終了。双方、待機線へ』
第一試合で、一本取得の猶予時間にテレージアが反撃したが、第二試合ではシルヴィアにそれをされた。
結果、テレージアは合わせて一本となったが、シルヴィアはトータルで一本と二ポイントを取得したこととなり、リーチが掛かっている。
奇しくも二試合とも一本判定の猶予時間に、駆け込みでポイントを奪う遣り取りであった。中々に珍しい結果を観客も随分と楽しんでいるようで、歓声は途切れない。学生解説者のアナウンスが更に盛り上げている。
「やはり、そう簡単には獲らせていただけませんですわね」
肩を竦めながら零した言葉は、テレージアの素直な感想だ。
「こちらこそ。予想外の手を使われて、危うく何も出来ずに封じられるところでした」
シルヴィアも本心からの言葉だ。
お互い、複数の武術、複数の武器術を扱う変則を伴う戦法である。予測も難しく、反射で凌げるような甘い攻撃はない。常に相手の動きを注視し、不測の事態に対処出来るよう備える必要がある。その事態は全て予想の範疇を超え、僅かな気の揺らぎで一瞬を左右する代物だ。そんな戦いが此処まで繰り広げられた。
二人が選手待機エリアへ控えてからも競技場内の歓声は続く。第二試合のスロー再生に学園生解説者とゲストで呼ばれた学園生騎士が技術解説などを付けていき、観客の熱は冷めることを知らずと言った具合だ。
「随分賑やかですね」
そう呟きながらシルヴィアは、外から聞こえる音に耳を傾けた。
待機スペースの防音機能があるエアカーテン越しに聞こえる程の歓声は、同時刻に始まったエイルの試合が決着したことも要因の一つだろう。
「三段構えの罠とは恐れ入りました。あの二連撃が囮で本命が避けた後だとは、とてもではないですが読み取れませんでした」
均衡を崩す一手に見えたテレージアの流れるような連撃が、最後の一撃を隠す捨て技だった。まんまと罠に掛かって仕舞った。
元々シルヴィアの武器と戦法は、テレージアと相性が良くない。広範囲をカバーする質量兵器でもあるZweihänderを相手に、細身のシャーボラで正面から撃ち合うには聊か分が悪い。それが証拠に第一試合開始早々、スパドーネを使い物にならなくされた。
シルヴィアが用意したテレージアの対応策は、攻撃を誘発させると同時にカウンターで斬り込む、だ。しかし、その一瞬に対処する術をテレージアは持っていた。
「ふふふ。言葉通り、色々と見せてくれますね」
それが面白くて。それが楽しくて。シルヴィアは笑みを浮かべていた。
待機スペースでテレージアは、両手を上に大きく伸びをしていた。肩幅より少し狭く脚を開き、爪先側へ七割、踵に三割の重心配分で、トントンと軽く跳ねながら骨盤と背骨を整列し直す。
彼女の剣は四瓩後半と、手に持ち揮うには大重量の部類に入る。故に、簡易VRデバイスによる筋肉への重量負荷と、実物を扱う場合とで、負荷部位の違いが顕著になって仕舞う。だから体軸のずれが本来と違う形で発生するため、微調整しているのだ。
「中々に厳しいですわね。一本へ並べようと思いましたのに、一試合目の逆をやられましたわ」
肩の位置を少し後ろに開き、肩甲骨を下げて調整を終了させながら、テレージアは先程の攻防最後で二ポイント獲られたことを振り返った。シルヴィアは、さすが世界でも上位に食い込む騎士である。刹那の時間で仕事をしていった。
「それでも、最後の突き可変が悟られなかったのは上出来でしたわ!」
技量の高い騎士に成る程、相手が攻撃の意思を出したことを察知する。剣を振ろうと身体が、指が、動きを始める前よりも早く察知する先の先だ。
テレージアは振り下ろしの攻撃意思を変えずに、突きへ変化させた。新たな攻撃意思が生まれなかったために、シルヴィアが察知出来ない攻撃となったのだ。
この辺りの技法は、ルーの鍛錬に付き合った際、姫騎士さんや竊盗と手合わせなどで散々にやられて身に染みたことから、対策の一つとして覚えたものだ。
「さて、次もお付き合いしてもらいますわよ」
ポイント的には後がないのだが、それは些事であると。ニヤリと口角を上げるテレージアは次の試合も攻勢に出るつもりだ。Chevalerie競技は一瞬で状況が覆されることなど日常茶飯事で、逆転劇など良く見られる。最後まで戦い尽くして、初めて掴み取れるものがあるのだ。
第三試合が始まる。競技場内のインフォメーションスクリーンには、先程勝利を決めたエイルの試合映像も流れている。簡易VRデバイスのチャンネルが違うため、観客の声しか聴こえてこないが、解説者が試合解説をしていることだろう。観客席を見れば、凡そ半分がエイルの試合画像に釘付けだ。
こちらの試合会場用インフォメーションスクリーンは、試合コートの映像に変わっている。競技場内で観客の残り半分ほどが静かになっているのは、まもなく始まるこの試合を待っているのだろう。
『双方、開始線へ』
時間となり、選手待機エリアから二人が現れたタイミングで、審判から合図が掛かる。
四米五〇糎の距離を挟んだ二つの開始線其々へ足を運んだテレージアとシルヴィアが向かい合う。
「ほーっほっほっほっ! まだまだ終わりにはしませんことよ! キューネ家の妙技、味わっていただきますわ!」
「ならば私もイタリア式武術の奥深さを披露いたしましょう」
まるで、楽しい時間が始まる子供のように。
二人共、純粋な喜びを隠すことなく露わにする。
『双方、抜剣』
シルヴィアが直刀式シャーボラを小さな音で抜く。
テレージアのZweihänderがリカッソから剣身を生成する。
『双方、構え』
シルヴィアは、左肩を引き、左腕は自然に任せて力を抜く。少し前傾になった右前半身で直刀式シャーボラを胸の高さで相手に切先を向けて構える。一六世紀イタリアの剣術家ヴィッジアニがしたためた剣術書にあるstrettoである。
ヴィッジアニは斬撃よりも刺突に重きを置き、剣術家アグリッパが考案した「肩から突く」技法を発展させた。それが後世でランジと呼ばれる動作の原型である、肩、つまり肩甲骨から放つ刺突――punta sopra mano――を発明した。
彼の書に記された、初期の刺突技である七つの構え自体には防御技がなく、左手に盾やマントを持たなければ、体捌きと足捌きで回避する前提のものだ。
テレージアは、Feldhutと同じく剣を水平にしたPflugの構えだ。右手で柄頭、左手が鍔元を握っており、腕を交差して構えるには持ち手の幅が長尺であるため、左前半身の姿勢を取っている。
『用意、――始め!』
審判の合図と共にシルヴィアは仕掛けた。イタリア式歩法で、テレージアの右側から背後へ弧を描きながら相手の射程圏内へ蹈み込む。一度右側を経由したのは、テレージアに反応させるためだ。
シルヴィアの歩法は洗練された、とても美しいものだった。だからテレージアは目を奪われるように動きを追って仕舞った。シルヴィアの右へ運足する流れと距離感が余りに見事であったため、攻撃が来る、と意識を誘導させられた。
「(まだまだわたくしも修行が足りませんわ!)」
テレージアは思惑通りに動かされたことを苦笑しながら、左へ滑らかに回り込むシルヴィアを迎撃する手を打つ。Feldhutを構えた時とは違い、左前半身にした前脚を軸に後ろ脚が滑りながら身体ごと追従する。その動作でシルヴィアへ正対しながら横薙ぎを繰り出した。
ここで意識を誘導させられた一瞬の間が効いてくる。シルヴィアに回避から攻撃へ繋げる準備が整う時間を与えて仕舞っていた。シルヴィアは瞬間的に体捌きのみで剣の軌道から上体を下げて回避し、Zweihänderが吹き抜けたと同時に踏み込む。
それをさせじとテレージアは、左に薙いだZweihänderの切先を円の動きで勢いを殺さずそのままに斬り返し、右への薙ぎ払いを仕掛ける。
だが、そこまで流れを読まれていたのだろう。シルヴィアは、足捌きでZweihänderが吹き抜ける一瞬だけ剣の軌道から逃れ、本命の攻撃を仕掛けるために再度蹈み込んで来た。
しかし、その動きはテレージアも読んでいた。
「(なんと! そう来ましたか!)」
シルヴィアは、射程内に捉えた筈のテレージアが自分の距離へ立て直し、体捌きや歩法では回避が間に合わない状況を造り出したことに感嘆する。
Zweihänderを右へ薙いだ勢いそのままに、後ろ脚を軸に半回転。シルヴィアは距離を埋めるため蹈み込み始めたが、テレージアは更に前脚を軸へ変えながら、Zweihänderと共に回転したため、蹈み込み途中で身体が半端に開いた姿勢で止められて仕舞う。そして、相手の踏み込みを警戒させる回転の終わりでテレージアは、シルヴィアの射程外へ逃れた位置にて正対し、攻撃態勢に入っていた。
「(捕まえましたわ!)」
シルヴィアを左前半身で捉えたテレージアは、相手が移動途中の姿勢を整える前に刺突を繰り出した。鍔元の左手をガイドに、柄頭を持った右手は内回しにしながら突き込む。キューネ家の秘伝である、Zweihänderでの槍術、螺旋を纏う刺突である。
「(くっ、想像以上です!)」
シルヴィアは、歩法途中で斜めに残った左胴へ迫る刺突を受け流すしか選択肢はなかった。歩法による回避が間に合わないこと、体勢が整っていないことも理由だが、自身の持つシャーボラでは、テレージアが振るうZweihänderを受け止めるだけの強度がないことを判っているからだ。
直刀式シャーボラの切先を下に向け、左手の甲を切先裏に当てる。体勢的に手の平を返して押さえる動きでは間に合わないからだ。そして、両手でZweihänderの平を滑らせながら押しのけるつもりだったが、叶うことはなかった。
ギャリリ、と金属の甲高い音を発しながら、螺旋を帯びたテレージアの突きが異常な直進性を持って直刀式シャーボラとぶつかり合う。シルヴィアがZweihänderへシャーボラを押し当てた瞬間、幅広の剣が回転し、逆に押し返された。下から上に向けた回転がシャーボラに掛けた力のバランスを崩す。右腕は前のめりとなり、左腕を持ち上げるように押し出して仕舞った。その場所はZweihänderの刺突が進む先であった。
――ポーンとシルヴィアのポイントが奪われたことを知らせる通知音が響く。
左上腕を穿たれたシルヴィアだが、その音が聞こえた時には既にテレージアの右側へ大きく退避していた。
槍術の刺突後から距離を開きながら回り込み移動する相手への追撃は、さすがに体勢が不安定となるため、テレージアはシルヴィアの動きへ正対するだけに留める。
二人の距離は四米程度離れている。完全に仕切り直しとなった。
「(最初はしくじりましたが、何とか優位に持っていけましたわ)」
「(最初は此方の思惑通りでしたが、途中から巻き返されました)」
二人の思考は同じでありながら、真逆の内容だった。
シルヴィアは、第二試合までテレージアの動きを観察していた。今日の彼女は、どんな動きをするのか、思考や身体のキレはどうなのか、と。
特にDuel競技は、一瞬の判断力と対応力が勝負を決める。それは、上位者に成るほど顕著に現れる。
Chevalerie競技は、何かが一つ天才的に優れていても勝つのは難しい。総合的な能力を高レベルで要求され、その上で相手に勝る何かを使いこなせなければ上位に食い込むことは出来ない。
だから、騎士は戦う相手を良く観察する。相手の特徴や動き、癖などは当然のこと、その時のコンディションや用意してくる戦法など、都度変わる情報を洞察する。全てを足し算、引き算をしながら戦い方の組み立てることを当たり前に行う。
テレージアも同様に、第二試合までシルヴィアを観察していた。どのような戦法を軸に使ってくるのか。武術の切り替えはどのようなタイミングなのか。昨年直接戦って以降、再び戦うために練っていた対策が通じるのか、と。
攻撃を回避される前提で、その後に予想外、且つ意識外からの一撃を放つ。これがシルヴィアへの基本対策であった。
そして、もう一つ。最も警戒するべき刺突攻撃への対策を用意して来た。
「さて、次で決めさせてもらいます」
そう言いながらシルヴィアは、軽く肘を曲げた中段で構える。シャーボラ術の構えである。
「そう簡単には獲らせませんことよ」
テレージアは、Zweihänderの柄を肩の位置で持ち、剣身を頭部の後ろ、左方向へ流すように担いだ構え、騎士剣のZornhutである。
互いの武器特性からか、今回のシルヴィアは回避してからのカウンターを軸に戦術を組んでいる。それを逆手に取る。
二人共、四米開いた距離は未だ確保されている。シルヴィアにしてみれば、相手の攻撃を誘発したいところだが、この局面でZornhutの構えを取るテレージアの真意が読み切れない。行動へ踏み切るに、確たる切っ掛けが見付けられないでいる。
テレージアの戦術は此処まで、待ちに見せて仕掛け、仕掛けるに見せて待ちであり、そのアンマッチが相手の思考へ牽制させることに成功している。そして、自らの攻撃自体はシルヴィアの誘発に絡めて動けたのは僥倖だった。斬撃は対処できることを見せた。それらの全てを布石として次の一撃に繋げる。
シルヴィアは揺さぶりを掛ける。テレージアの射程圏内へ掠めるように踏み込んでからの後退。攻撃を仕掛ける挙動を見せてからの退避。回り込みの運足に対しては、その場で正対するよう位置調整はするが、それ以外に全く反応がない。
攻撃を誘発させるどころか、こちらの射程距離まで蹈み入っても対応する素振りすらないテレージアが、手の内も判らない初見の騎士に感じる。この流れは変えるべきだろうと判断したシルヴィアは、一度引いて攻略方法を見直すことにする。
「(ふむ。まるで動きが掴めないのは如何ともし難いですね。ここは初心に戻り、攻撃が最大の防御とする教えを実践しましょう)」
シルヴィアが修めた武術の中には、十六世紀イタリアで剣術界を牽引した、マロッツオ、アグリッパ、グラッシ、ヴィッジアニ、四人の剣豪が遺した刺突技術も含まれている。何れも攻撃することが最終的には防御にも変わり得るとの思想が隠れている。
余談だが。
後のスペイン・イタリア武術、フェンシング競技に大きく影響した技術体系の祖とも言える四人であるが、ヴィッジアニの著書は非常に評価が高かった反面、剣術師範としてはパッとしなかったとも言う。
シルヴィアは一息で距離を詰め、テレージアの射程に入るか入らないかの位置へレイピア術の刺突を仕掛ける。攻撃の意思を保持したままの刺突は相手の攻撃を誘発し、それを回避しながら再度蹈み込む二段目の突きが本命となる。マグダレナが得意とする、相手の虚を造る二段突きと同じ技術だ。
その一段目の刺突で、シルヴィアはシャーボラの刀身を半分失うこととなった。
――テレージアは。
シルヴィアが場の支配や誘引などの駆け引きではなく、純粋に攻撃を仕掛けるタイミングが来るまでじっと待っていた。
そして、シルヴィアが届かない距離からではあるが、明らかに攻撃の意思が乗た刺突を繰り出した時、テレージアの攻撃が始まった。
シルヴィアは、こちらの攻撃を誘発しつつ懐まで入り込むのだろう。
それに乗る。
両足の母指球で大地を踏み込み、反発する力を取り出す。その力は剣速を反応出来ない速度に引き上げ、Zornhutの構えから袈裟斬りのように弧の軌跡を描かせながら、ゼベルの刀身を通り越していった。
キン、と短く響いた金属の音は、地面へ大質量の物体が叩きつけられる轟音に打ち消された。
そして、地面に叩きつけられたZweihänderは、その反動を取り出し、逆袈裟斬りの軌道でシルヴィアの上半身を捉えて駆け上がる。
刺突に対する武器へのカウンター。
最速の斬撃で確実に相手の武器を破壊するため、Zornhutの構えで初動の溜を造った。それがシルヴィアのレイピア術に対応すべく用意した一手であった。
――シルヴィアの直刀式シャーボラは、Conteであったベルトンチーニ家で代々保管している軍刀がモデルだ。軍閥であった十八世紀後期の当主が作刀させた、数ある軍刀の一つである。当時の鋼材、製法を用いた細身の刀身は、用途と思想の違う大型騎士剣と戦う想定がない。
故に、シルヴィアはテレージアの剣と直接撃ち合うことを避けていた。しかし、彼女のスタイルは、何時も正面から相手の牙を打ち砕いて来たのだ。第一試合の初撃で、それを嫌と言うほど味合わされ、細心の注意を払っていたつもりであった。
だが結果は、宙を舞うシャーボラの半身である。
「(まだです!)」
刀身の半分を斬り飛ばし、今なお自身の胸元を両断する軌跡で迫るテレージアのZweihänder。シルヴィアは、それをイタリア式武術の刺突技術で対応した。
前脚を滑らせながら身体を倒すほど前傾になり、折れたシャーボラの到達距離を稼ぐ。前傾になった背中をZweihänderが吹き抜けていく。その時には、シャーボラの切断面は、テレージアの右鎖骨下五糎ほどにある神経節へ届かせていた。
「(なっ! 右腕を封じられましたわ!)」
腕の根本にある神経節へダメージを受ければ、腕の自由を奪うことが出来る。吹き抜けたテレージアのZweihänderは右腕の制御を失い、一本判定猶予時間であるコンマ二秒内での行動を封じられてしまった。
――ポーンと、攻撃が成功したことを知らせる通知音に続け、――ブーと、合わせて一本となった通知音が鳴る。
『試合終了、双方開始線へ』
審判が試合の終わりを告げ、二人は開始線へ向かい合った。
シルヴィアは軍閥貴族の家系であるためか、姿勢を正した軍人然とした佇まいだ。
同じ軍閥貴族の末裔であるテレージアだが、九〇糎ある武器デバイスのリカッソ部分を肩へ当て、斜めに担いでいる。軍人ではなく、傭兵であると謳っていることが垣間見える姿だ。
『東側 テレージア・ディートリンデ・ヒルデ・キューネ選手 一本と一ポイント』
テレージアは敗者となったことを素直に受け入れている。同じ相手に二度、牙を折った上で負った敗北は、まだまだ自分の力が及んでいなかったからだと。
『西側 シルヴィア・フィオリーナ・ベルトンチーニ選手 二本と一ポイント』
手強い相手だった――、そうシルヴィアは試合を振り返る。攻撃を誘発して後の先を獲る戦法は、テレージアがそれを踏まえて、もう一手用意していたことにより後塵を拝する結果となった。正に辛勝であった。
『よって勝者は、シルヴィア・フィオリーナ・ベルトンチーニ選手』
審判は、シルヴィアへ向かって手を上げる。勝者が正式に宣言された瞬間だ。この言葉が紡がれたことで、観客席から歓声が一気に上がる。この試合は、互いの武器特性が全く違う上、見ている者の想像を超えた戦い方が多く繰り広げられた。至るところに見どころがあり、当分は話題に上るだろう。
「おめでとうございます、シルヴィアさん。今回は対策して来ましたのに、結局、上回れてしまいましたわ」
「ありがとうございます。こちらこそ、用意した手の更に先を征かれるなど、良い勉強をさせて貰いました」
お互い、次は同じ手が通じないだろうことは判っている。視野を広げ、様々な事柄の体験を糧に、更なる精進を繰り返す。上を目指す騎士ならば誰もが当たり前に取り組んでいることだ。
「Mêléeでは、ローテーションの問題で剣を交えることが無かったのは残念でしたわ」
「そうですね。地形や状況が影響する戦場でならば、また違った楽しさが味わえたでしょうね」
「次の機会がございましたら、まだまだお見せしていない当家の秘儀を味わっていただきますわ」
「それは楽しみです。いずれ、世界選手権大会でも相見えることになるでしょうから」
「ええ、いずれ。そこへ辿り着くまで今暫くお時間を頂戴しますが、なるべくお待たせしない内に伺いますわ!」
学園内のみならず、世論的にも屈指の剣豪と謳われるシルヴィアとZweihänderをあらゆる武器の運用で自在に扱える唯一無二の存在であり、総合力に定評があるテレージアの試合はシルヴィアの勝利で終了した。
テレージアは今回の冬季学内大会で二回戦敗退となったため、最終成績はベスト一六となった。
彼女の世界ランキングこそ三桁台だが、決して弱い訳ではない。
Chevalerieは二五〇〇万人を超える競技人口の中で、最上位者として数えられる騎士の数は二〇〇〇人に満たない程度である。テレージアは、その中に数えられているのだ。
春季学内大会のDuelでは、京姫と当たり予選敗退したが、昨年の春季学内大会では本選出場を果たしている。その際、一回戦でシルヴィアのゼベルを砕くも敗退し、ベスト三二止まりであったが。
そのシルヴィアも春季学内大会では、フルスペックで戦いだした埒外の強さを惜しみなく出すヘリヤと予選一回戦で当たって仕舞い、善戦はしたが一ポイントも奪えず敗退している。
「おねーさま、おねーさまぁ…………」
テレージアに抱き着いたハンネが、その豊満な胸に顔を埋めて子供のようにグリグリと左右に振っている。しょんぼりとした声も消え入りそうだ。
「あらあら、ハンネ。悲しむ必要はありませんわよ? わたくしが足りてなかったことは重々承知していますもの」
「そうですよ、ハンネ。テレージアさまは素晴らしい戦いを成されたではありませんか。讃えこそすれ、悲観すべきではありません」
ラウデの言葉は至極当然なことを紡いでいるのだが、端々に儘ならない感情が言葉の抑揚や表情へ見え隠れしている。二人の妹分は、悲観すべきではないことを言葉では判っていても、姉が負けて仕舞った悔しさ、やるせなさをどうにも抑えきれないのだ。
「二人共、もう少し騎士の深いところが見えてきましたら、自然と判るようになることですわ。悲しみで止まるより先へ進める道を指し示された幸福がある、とね?」
テレージアは手を伸ばし、ハンネの隣にラウデを招き寄せて抱きしめる。
「フフフ、二人の心はちゃんと届いてますわ。その優しさは変わらず持ち続けてくださいね。そして、その心のまま先へ進み続けて、何時の日か、わたくしと一緒の景色を三人で見たいですわ」
止まるべくではなく、進む力に変えること。高みを目指すには、それが重要であると。二人に優しく諭すテレージアは、お姉ちゃん役も随分と板についてきた模様。
この様子を見守る、ルーとベル、それにマグダレナ。三人はテレージアの試合後に競技者控室へお邪魔しに来たのだ。
京姫、花花、小乃花は、まだ試合が残っているため別室で自分の出番を待っている状態だ。
試合に出ない三人で縁が有る出場者の元へ巡回しているのだ。応援なのか冷やかしなのか聊か怪しいところではあるが。
ついでだが姫騎士さんは、目下アバターショップで販促店員としてフル稼働中である。
「良い話です! ドラマみたいです!」
シンミリ具合をブチ破るように元気よく所感を口にするベル。この娘にかかれば、どんな悲愴感も陽気な空気に強制変換させられる。
「なんかウチと違うです! ルーはそんなハートフル展開味わったことねーです!」
ルーの場合、まずダメ出しをされ、次いで良く出来た部分を軽く褒められるが笑顔で首根っこを掴まれて道場に連行、が何時ものパターンだ。ぐぬぬ、と唸るルーは、本当に冷やかしに来たとしか思えない。
「シルヴィアへの刺突対応は見事だったわ、見事だったのよ。最後、相手がイタリア式の前傾スタイルを出さなければ決まっていたわ、そうよ決まっていたのよ」
マグダレナだけが、試合に触れた話を出す。前二人の会話で内容が軽く聞こえて仕舞うのが何とも言えない。このトリオで巡回するのは無理があるのではないか、と思われたとしても仕方がない。
「ありがたいお言葉ですわ。マグダレナさんとの模擬戦があったればこそ、用意出来た戦術でしたもの」
テレージアは大会前にルーの鍛錬を手伝った一人だ。その時、教導の手が空いた上級生組同士で、模擬戦などがされていた。途中から手伝いに参加したマグダレナとも何度となく戦った経験が、今回の試合で生かされたのだ。
「それは戦った甲斐があったわ、あったのよ。お陰でテレージアと遣ることになったら苦労させられそうよ、苦労するのよ」
次の大会でテレージアと当たることがあれば、対応に苦労させられそうだとマグダレナは言う。そんな彼女も、既にテレージアの対策を用意しているのだが。
マグダレナの刺突は、知覚外の速度を叩き出すティナの必殺技を除き、現在の学園内で最速を誇る。テレージアは彼女の剣速を最大値に設定し、刺突の対策を練れたのだ。避けるでも防ぐでもなく、正面から叩き伏せるために。
どんな相手だろうと真っ向勝負を仕掛ける。
槍衾へ臆することなく攻め入り、道を切り開いた先祖の意思を継ぐ。
それがランツクネヒトとしての、それがテレージアとしての矜持だ。




