04-023.竊盗とお侍さん。 Shinobi und Samurai-Lehrling.
二一五六年一〇月二〇日 水曜日
今日と明日の二日間で冬季学内大会第二部Duel本選が執り行われる。さすがメインのイベントに相応しく、観客数も第一部開催時と比べて跳ね上がる。朝も早くから一〇万人に届く観客が学園へ入場しているが、時間を追うごとにまだまだ入場数は増えていく。
この二日間は人の流入が激しく、屋台などは稼ぎ時だ。故に、出店数も倍以上に膨れ上がっている。地元ローゼンハイムは元より、ドイツ国内の有名店などチラホラと店舗に見える。態々隣国からやって来た店舗もある。
様々な店舗が並び、醸し出される陽気な雰囲気はフェストそのものである。しかしそれは、大会の運営をする運営科と各科から選出されたChevalerie運営委員の面々が調整に忙殺されて造り出したものであることを観客は知らない。
九時から始まった第一戦目の二試合は、トーナメントのAグループとBグループ其々で若い番号の枠順から実施された。やはり、Aグループ一枠のエイルは無冠の女王と渾名されるだけあり、その強さは健在で、波乱など起こることなく勝ち進んでいる。
同時に行われていたBグループの一戦目、九枠シルヴィアと十枠リゼットの試合が見ものだった。
双方とも基本となる流派以外に併修している流派の数が多く、各流派の技を織り交ぜる非常に対処がし辛い騎士である。どのくらい対処が難しいかと言えば、姫騎士さんが王道派騎士スタイルでは勝つのが厳しい相手、と評するレベルだ。二人共、世界選手権大会の出場経験があり、学園内でも上から数えられる技量を持つ。
ティナがWaldmenschenの技を世界選手権大会まで見せたくなかったのは、こういった高位の騎士達が次に当たる時までには研究と対策を必ずしてくるからだ。しかし姫騎士さん、一度出したからには隠すのも意味がない、とエスターライヒの選手選考大会などで開き直って新スタイルまで大公開していたが。
試合の流れは、拮抗状態から一瞬の隙を突くポイントの奪い合いとなった。お互い隙など初めからなく、またあったとしても見せることはない。だから、相手の隙を造り出す鬩ぎ合いがこの試合の本質だ。
シルヴィアが副武器デバイスに小盾を持ち込んでいたことを考えれば、実力的にも互角だと言うことが伺える。
シルヴィアがイタリア式武術にスイス傭兵式武術の技を織り交ぜれば、リゼットがフランス式サブル術にスペイン式武術を組み込んでくる。通常では見ることのない技の変わりに観客も大いに沸いていた。
そして、リゼットが指環の付いたエストックを片手持ちに変更し、指環を軸に剣身がクルクルと回転する独特な攻撃に変化する。両手剣に分類される武器で襲い掛かる連撃の速度は軽い棒を振り回すかの如く。
数多の騎士でも経験することは殆どないであろう技。リゼットが初公開したソバットに含まれる杖術、ラ・キャンである。
エストックを頭上でクルリと回してから繰り出される連撃に、シルヴィアは小盾を器用に扱い凌いでいたが、攻撃の主導は完全にリゼットへ傾いたと誰しもが見ていた。
だが、互いに実力は拮抗していることを判っている。
シルヴィアはリゼットの連撃速度を利用する。小盾で剣身を受けた瞬間、回転へ追従するよう半歩蹈み込み、相手の回転速度を過剰に後押しする。技を出すタイミングが崩されたリゼットは、射程圏の内側へシルヴィアに入り込まれる。
今度はシルヴィアが攻撃の主導を奪う。相手のエストックは小盾で押し流したため防御が間に合わない。直刀式サーベルでリゼットの胴を薙ぐ。が、リゼットが腰の後ろへ装備していたクートーを何時の間にか左手で持ち、攻撃を防ぐ。
そんな戦いが第三試合時間一杯まで使い、繰り広げられた。結果、シルヴィアが二本先取で勝利したが、リゼットは一本二ポイントと僅差であり、お互いが一度に一ポイントずつしか失点を許さない非常に技量の高い試合であった。試合が終了するとともに、二人は崩れ落ちながら膝を着いた。呼吸を荒げ消耗しきったその姿は、如何に激しい戦いであったかを物語っていた。
――Duel本選特別設営試合コート第二面、および第三面。
現在時刻は十一時半を少し回ったところ。午前中最後の試合となるC、Dグループの三戦目が始まる。Dグループは二九枠と三〇枠、つまり小乃花とベルの試合だ。
『さて、こちら競技コート三面の第一回戦Dグループ第三戦! 解説は引き続き運営科六年、イターリエンの配管工ことマリオ・ライナルディです! そして審判も引き続きスポーツ科学科五年、フランクライヒのビクスドールことエルネスティーヌ・トゥシャールの二人でお送りします!』
この競技コートの中継にチャンネルを合わせている観客へ、学園生解説者のアナウンスが流れる。試合開始の報を聞き、観客席の所々で競技コートへ顔を向ける人々の姿が数多く見える。スクリーン越しではなく、直接試合が見たいのだろう者は意外と多いことが伺える。
『それでは競技者紹介と参りましょう! まずは東側選手、近代格闘技の王者を次々生み出す風車の国から訪れた西洋生まれの元気なSAMURAI! 騎士科二年オランダ王国国籍、ヒルベルタ・ファン・ハウゼン!』
ベルの出で立ちは、墨染めの着流しに袴姿、足元は墨染めの足袋と草鞋。腰の角帯へは大小二本差し。
その衣装装身具は侍を彷彿させるのだが、くせ毛がツンツンと跳ねた栗色のショートカットとにこやかな表情。何を思ったのか、今回は簡易VRデバイスであろう、髪色に合わせたフワフワな猫耳を装着し、イレギュラー感を追加している。
小柄な姿でコマコマとした所作から、礼儀正しくペコリとお辞儀するさまが随分と可愛らしい。観客にもそう映ったようで、ついつい頬を緩ませている。
『次に西側選手、先日のMêléeで魅せた姿は正に神秘! 和の国から来たSIHNOBI-Meister、二つ名【鴉揚羽】、騎士科五年日本国籍、小乃花・神戸!』
小乃花はMêlée時とは異なり、何時もの装備である。黒に下方が絞り染めの青でグラデーションされた股下五糎丈の直垂姿。腕は鯰籠手と白手袋、脚は筒臑当に太腿まである白足袋と草鞋だ。今回変わったところは、鉢金型簡易VRデバイスを鴉揚羽が象られた髪飾りタイプに換装。そして、蒼い半幅帯は浴衣向けの蝶結びなのも何時も通りだが、その上に巻いた角帯へは大小二本差し、である。
武士と同じく折り目正しい礼をする小乃花も注目を集める。彼女は打刀を使うこともあるが、それでも一度に持ち込む刀は一振りのみであった。それが公式試合で初めて二振り持ち込んだことに、彼女を知っている者は騒めき立つ。
『双方、開始線へ』
陶器のように白い肌と額を晒していることが特徴の女性審判、エルネスティーヌが競技者へ始まりを促す。
開始線に向きあう小乃花とベル。双方の出で立ちは和のテイストなのだが、両方ともイレギュラー要素があるのは否めない。
そして、試合恒例のマイクパフォーマンスが始まった。
「小乃花さん……、とうとうこの日がやって来ました! わたしはにゃん月殺法の名に懸けて戦い抜きます!」
フンスと鼻息荒く声高々に宣言するベル。意気込みは伝わるが、どう見てもコントの始まりだ。問題は本人が至って真面目であること。
「うむ。最早、言葉は不要。師弟の柵を越え、いざ尋常に勝負いたそう。その技を見せませい、にゃんこ侍よ」
小乃花は小乃花で、腕を組み師匠風を装っている。ベルのノリに合わせて真面目に悪戯進行中だ。いったい何ごとかと、嘸かし観客達の頭上にクエスチョンマークが舞い飛んでいることだろう。
小乃花が時代劇風悪戯を続ける。
「其許に一つ教えを授けよう。実戦の技、その身で味わうがよろし!」
小乃花の師匠風発言もまだ続いていた。
「はっ! 謹んでお受けいたします!」
時代劇調に小乃花が紡ぐ言葉の遣り取りは、ベルがお侍さんに成り切るには十分だったようだ。
なんちゃって師弟が無言で向き合う。ベルの力強くもキラキラと輝く目が、楽しみで仕方ないと意志を伝えてくる。小乃花は、只その意を静かに受けている――風に見える。
無言の刻が過ぎる。
……。
……。
……小乃花がクイクイっと顎で審判に指示する。先へ進めろと。
『失礼しました! 双方、抜剣』
審判も繰り広げられたコントに、何処で仕切れば良いか躊躇していたのは仕方ないことだろう。
ベルが打刀の鞘を前へ引き出し、右手を柄に軽く掛け鞘引きしながら指三本でスルリと刀を引き抜く。淀みない所作は基礎が良く沁み込んでいると見る者に伝わる。
そして、小乃花は打刀の鞘に手を掛け、鞘を前に引き出したまま鯉口を切った状態だ。
――立ち居合。
小乃花が試合で抜刀術を見せるのも初めてである。審判も一瞬の逡巡をしたが、小乃花の目配せで理解し、先を進める。
『双方、構え』
引き抜いた打刀を正眼の姿勢を取るベル。
刀術の正眼は、古式の流れに準ずるものが多い。構えは左前、もしくは右前半身となり、切先は相手の正中線を捕らえながら斜めに傾く。そして刃も正面を向かず、鎬部分が見える。これは鎬で斬撃を受け流すためだ。
受けの際、態々進んで刃にダメージを負う必要はない。相手の繰り出す技によっては刃筋を立てさえしても、刀が折れる可能性すらあるからだ。
余談だが「鎬を削る」と言うことわざも、この技法を指すとすれば納得がいくのではなかろうか。鎬で何度も受け流すほどに打ち合いが続く、とあれば。
ベルがその手にする打刀の銘は、刀 銘 阿州吉川六郎源祐芳 慶応三卯年二月作之。刀身六九.四糎(二尺二寸九分)、反り〇.八糎( 二分六厘)。
脇差共に江戸時代後期の作刀だ。古刀を復古するため、失伝した製法を復活して造られた玉鋼が芯金に使われた頃の新々刀だ。幕末動乱の時代に数多く活躍した実戦刀の造りだ。
腰の脇差は、脇差 銘 阿州吉川源祐芳 慶応三卯年二月作之。刀身四〇糎(一尺三寸二分)、反り〇.二糎(七厘)。名の通り打刀の対となる脇差だ。
大小揃いの刀であるため造りも同じで、切先両刃造(小烏丸造り)、刀身の鎬に近く並行で物打終わりから区(根本)にかけて棒樋、区(根本)に近く刀身の三分の一辺りまで腰樋が掘られている。
向き合った小乃花は、右手を軽く柄に乗せて静止する。
手にする打刀は、刀 無銘 當麻。刀身六九.二糎(二尺二寸八分四厘)、反り一.六糎(五分三厘)。鎌倉時代中期の古刀だ。
お得意の隠形とは打って変わり、小乃花は辺りを支配するような研ぎ澄まされた威を発する。それが「実戦の技」とは、技量や言葉だけでは伝わらない類であると語っている。
これも小乃花が過去の試合で見せたことのない姿。今は竊盗ではなく、剣士であると。
だからベルは口元を綻ばせた。
技や型の鍛錬だけでは辿り着けない戦い方が学べる、と。
『用意、――始め!』
審判から開始の合図が掛かり、――再び無言、いや、二人に静寂が訪れた。
実際はベルが動けなかった、と言うのが正解だ。
身体運用の習得に秀でているからこそ、ベルは小乃花の立ち居に只事ではない物を感じ取った。少しでも気配が乱れるならば斬られると。
「(さすが小乃花さんです……。圧力だけで封じられました。打ち込めるところが見えてこないです)」
ジリジリと時間だけが過ぎ去る。一分、二分と見合ったまま動かない小乃花とベル。
観客も固唾を飲んで見守っている。高位の騎士が戦う時、たまに同様のことが起こるからだ。
ベルは攻めあぐねているだけではなかった。
カウンター技が豊富にある新陰流を学んでいるが、現在の技量で小乃花を相手にするのは厳しい。そもそも刀を抜かせる前に封じることが通じない相手だ。更に、たとえ初撃を防げても、逆に返し技を貰ってしまうだろうことを感じ取っている。後一歩、届かせるためにどうするべきか、幾度も頭の中で斬り合い、勝つための一手を模索をしている。
そして、攻めさせないよう引き締めながら相手の揺らぎを見つけるため、気を張り詰めているのだ。
しかしそれは、彼女の気力と体力を少しずつ擦り減らしていく行為だ。額から流れた一筋の汗が、疲労を色濃く伝えている。
「(ふむ。ベルも中々やるようになった。ここまでしっかり牽制出来ている。来年は大きな大会でも残るはず)」
潜伏などを得意とする竊盗にとって、たった数分程度の時間では全く揺るがない。その上、これしきの拮抗状態であれば、彼女は幾らでも切り崩すことが出来る。
だが、小乃花は、ベルを見ていた。「技を見せろ」と言ったのだ。だから、ここまでじっくりと見たのだ。
そして、ベルが技を出すのを待っている。そのために威を発し、真剣で斬り合う仕合と然して変わらない場を造り上げた。この状況下で、居合にどう仕掛けて来るのかを見るために。
――長い熟考の末、ベルはどう遣っても必ず先に斬られてしまうと結論付けた。
「(ハッ! どうせズバッとされるなら……いっそのこと!)」
内心ぐぬぬ、と唸っていたのだが、名案閃きました!的にベルは思わず楽し気になる。が、それは最初からなので表情に差分はない。
それより重要なことは、良い方向へ吹っ切れたことだ。仕合と見紛う緊迫した中にあっても、それさえ楽しむのがベルだ。そのベルらしさが帰って来た。
「(じゃあ、やってみましょーか! 小乃花さん! わたしの成長をお見せします!)」
下手に動けば即座に斬られるだろう中で、正眼から雷刀に取揚げるベル。柄は顔の右外側直ぐのところに置き、刀身は後ろに流す。斜め上段の構えだ。攻撃の返しも視野に入れていると判る、明け透けなまでの誘いを大胆にも仕掛ける。
この後をどう繋いでいくのか小乃花は興味を持った。新陰流は、攻防一体で構えを無くす「無形」が極意である。相手に打ち込ませ、自らは居ながらにして勝ちを獲る活人剣が本質だ。それらが悟られることに構わず、相手を動かす手を打って来た。で、あれば、当然のように誘いを受ける。但し、ベルの予想を超える遣り方で。
ベルは小乃花から目を離してはいなかったが、一瞬で小乃花に距離を詰められた。正面の死角と認識の齟齬を利用し、相手の懐へ入り込む技法を使われたのだ。故に、運足で剣筋を外しつつ、反撃をする位置取りの確保など、基本的な動きすらさせて貰えなかった。
「(ほえ! 小乃花さん? 抜かない⁉)」
ベルが逡巡した一瞬で、刀その物を封じられた。
試合を見ている観客や騎士達の誰しも、小乃花が居合で抜刀すると思っていたのだろう。それはベルも同じだ。
ところが、小乃花は、柄に親指と指を軽くかけたまま、鞘を更に引き出したのだ。
――そして、ベルが雷刀に構えた柄頭へ自分の柄頭を宛てがい、動きを押さえた。
「(さて。どうする?)」
なんちゃって師匠は弟子に中々厳しいようだ。ここから抗って見せろ、と。
本来、刀術では抜刀する前から戦いが始まる。相手が刀の刃を立てる前に決められるなら最良だろう。互いが抜刀前であれば、柄を相手の胸元に刺し込むことで腕の可動範囲を阻害し抜刀させないなど、有利に展開するための技が流派問わず多岐に渡って存在する。甲冑を纏う場合は、また技法が異なるのだが。
今回は、それと同じ類の攻防であった。ベルの誘いに乗った小乃花は、次の動きを仕掛けるだろう不自然なタイミングの上段を起点から潰した。
「(にゃん月殺法その伍、にゃんこまねきが技を出す前にプチンとされました! むむむ、小乃花さん、鞘をクルリしてます! 今、柄を外すとズンバラリンされます!)」
にゃん月殺法その伍「にゃんこまねき」は、誘いの技である。斬り合いなどで互いの動きが拮抗した場合、構えを変えるなどの誘いを仕掛けることがある。ベルの雷刀は、新陰流本伝九箇之太刀――逆風と呼ばれる技の起点であった。自身から攻撃を仕掛け、相手に躱させて反撃を誘発し、そこにカウンターを合わせる技だ。その技を「にゃんこまねき」のベースとし、カウンターを二回、つまり二変することで、返し技へ合わせられたその動きにこそカウンターを仕掛ける技だ。
招きにゃんこは前脚をクイクイッと二回以上するのだ。(小乃花談)
小乃花は、その初動を押さえる際、鞘を掴む左手でクルリと刀の刃を下向きになるよう鞘を回していた。このまま腰を引けば抜刀できる状態だ。然すれば、露わになった刀身がベルの胴体をそのまま斬り付ける。
Chevalerie競技が身体の接触を禁止されているからこそ、ベルは小乃花に抜刀させないため、柄頭同士で鬩ぎ合いを強いられているのだ。それは刀の鍔迫り合いと同様、力ではなく身体内部の操作による駆け引きだ。
「(やはりベルは身体運用に才がある。ちゃんと抜かせないように立ち回れている)」
ベルの立ち回りは技術的に未熟なれど、その優れた身体運用で対処が出来ていることを伺えた。実際の試合でも普段通りに力を出せていることを確認でき、小乃花は善き善き、と一頻り満足している。全く変わらない表情と気配からは判らないが。
「(小乃花さんに崩しを全部フヨッとされました! にゃん月殺法の壁はギューンと高いです!)」
ベルは鬩ぎ合いで仕掛けた崩しを小乃花に全ていなされた。元より刀術の鍛錬を面倒見て貰った際、易々とは埋められない技量の差があることを自らを以って経験している。それが今この場で、更に奥深い顔を小乃花が見せて来たのだ。
そして思い知った。
挑戦者なのだと。
先ほどまでは、斬られることを覚悟で挑もうとしたではないか。
ならば、答えは一つ。
「(わたしの持てる全部でピャーとします!)」
もはや折り合い無用。只管に挑み続ければ良い。
身を捨てて浮かぶ瀬もあれ。
ベルは、半ば強引な手を捨て技に、相手を動かすための行動を開始した。
小乃花から柄頭に掛けられる圧力は、押せば引き、引けば押す。ベルの動きに合わせ、時には物理的な力、時には身体運用の荷重で相互の威力を打ち消し、動きへ移る手を出させてくれない。
ベルは鬩ぎ合う互いの柄に発生した居着きを利用した。頭より速く身体が反応してくれた。
こちらから柄へ荷重を掛け、小乃花が柄の圧力を打ち消す瞬間、拮抗した力に態と押し負けた。柄頭を起点に右方向へ構えが崩れる雷刀。それに合わせ、自然と取れる程度に上半身の動きを乱した。
それこそベルが取った起死回生の策であった。
上半身を乱したのは、予備動作に使うカモフラージュだ。十五糎程の左前入り身へと運足し、正中線の位置を変えるのが目的だ。ほんの少し位置を変えただけで、小乃花が逆刃で抜刀しても胴への逆袈裟は正中から逃れられる。同時に雷刀を右構えから左構えに切り替える。代わりに右腕一本、どうしても斬られるが、これは捨て置く。利き腕を捨てた状態で、小乃花の刀を受けて返す技など、迚も斯くても通じないだろう。
選択したのは、崩れて左構えに切り替えた上段の再利用。柄頭の左手を持ち直す時間も惜しみ、速度最優先で左袈裟斬りに刀を斬り下ろす。腕を犠牲に小乃花の胴を貰う。それらは全て刀を一拍子で撃ち込む中に含まれた動きだった。
しかし、ベルが動けると言うことは、小乃花も同様に動けると言うことだ。
ベルの袈裟斬りは、確かに小乃花へ被弾したが、彼女の鯰小手を軽く掠っただけに終わる。それでも判定では一ポイントを奪ったことになる。
ベルがフェイクも織り交ぜた一手を打って出たが、小乃花は抜刀すらせず、次の動きに移っていた。ベルは想定外の動きをされ、胴を狙い賺された斬撃だったが、小乃花の小手を掠めたのは僥倖だったと言えよう。惜しむらくは装備のみの被弾判定であるため、ダメージペナルティが与えられないことか。
――ポーンと、ベルの攻撃が成功したことを知らせる通知音が聞こえた時、小乃花は互いの刀が届くか否かの距離に居た。
小乃花は鬩ぎ合いの終いまで、一度も刀を抜かなかったのだ。
そして、角帯から鞘を中ほどまで差し出し、刃は逆刃から上向きへ。
試合開始の状態に構えが戻っていた。
刀が二本差しの場合、腰に差した位置から抜刀しようとすれば、抜かない刀――脇差もしくは大刀――の柄が邪魔をするため抜き辛いものだ。故に鞘を前に差し出すことで、手指や腕の動きが阻害されないようにする。
これには別のメリットがある。刀を抜き始める位置が腰元よりずっと先となり、刀身の半分近く抜刀する時間が早くなる。鞘を引きながら抜く動作であるため、単純計算では倍の速度となる。
だからこそ、抜刀では鞘引きの技量も重要になる。そして、扱う刀の長さを身に染みさせ、無意識レベルになるまで把握させる。然すれば抜刀終わりが初動の始めとなる。抜刀した感覚を得てから動作に入るのとでは一瞬分の差が出る。それは刀同士の戦いでは致命的となる。
「あ」
思わずこぼれたベルの声。それは全てが片付いたことを告げていた。
再びポーンと、攻撃が成功したことを知らせる通知音が鳴った後、――ブーと、合わせて一本となった通知音が響く。
試合時計を見れば、残り一〇秒で止まっていた。
『小乃花・神戸神戸選手一本、第一試合終了。双方待機線へ』
審判の宣告で、観客席の至るところが沸く。この試合に注目していた観客から熱気が伝播しているようだ。公式下部大会では、刀術同士の戦いは滅多に見ることが出来ない。従って注目度は高くなる傾向にある。刀を扱う者の絶対数が少ないことも原因だが、その少数がトーナメントで組み合わさる確率も低い。
今回は、小乃花の初出となる戦い方も相まって、観客も一入歓声に力が入っている。
納刀しながらベルは、ふう、と息を一つ吐いた。自分の判っていること、想像出来ることの範囲が如何に狭かったのかを省みた吐息であった。
――一瞬分の差。それがベルを封じ込めるに至った。
小乃花はベルの雷刀へ、右前半身から右脚をその場に残し、左前半身に蹈み込んで柄頭を合わせた。それが回避と攻撃の仕込みであった。
そして、ベルが打って出たことを受け、後ろに置いた右脚を起点に、斬り下ろされる剣筋から避ける角度へ右前半身と戻した。この段でベルの左袈裟斬りが右前腕の鯰小手を掠めていったことに小乃花は感嘆する。良くやった、と。
小乃花はベルの評価をしながら抜刀していた。それはベルの剣先が斬り終わる位置へ到達するより一瞬分速く。
縦抜きされた刀身は、ベルが次の挙動へ入ることを許さず刀を持つ左腕を斬り抜く。そのまま腕を返して二太刀目。左前半身へ入り身しながらベルの胴を逆袈裟で斬り上げた。
「抜くならば、その一刀で必ず仕留める気概を持ちて振るうべし、と心得よ」
「はい! お教え、ありがたく!」
時代劇風なんちゃって師弟はまだ続いているようだ。
二人の会話だけ聞けば、試合は然も終わりであるかのように聞こえる。
しかし、これからインターバル後に二試合目が始まるのだが……。
――選手待機エリアで待機しているベルは喜色満面、随分と鼻息荒く興奮している。
「すごいです! 小乃花さんの抜刀! シュビーンからギュラーンとなりました!」
ベルも流派に入門して以降、刀術同士で数多く模擬戦や他流試合などを熟してきた。しかし、先の先を読まれ、尚且つそれを後の後で完封されるなど初めてだった。流派極意である無形からの返し技どころか、次の技へ繋ぐ際に生まれる一瞬の間を狙い撃ちされ、全てを決められた。
間とは、隙などと異なる。新陰流で輪の太刀や転のような円を起点とした連続する身体運用であっても、関節の可動範囲以上の動きは出来ない。必ず力の方向を変える動作が織り込まれており、そこに付随する運動法則からは逃れられない。そこを付け込まれたのだ。
悉く思惑を潰された理由の一つに、斬り合いで小乃花は剣士の反応をしなかったことが挙げられる。剣士であればこう動く、と言う前提が崩されたからこそ対応が間に合わなかったのだ。
「まだまだ全然知らない戦い方がいっぱいです! もっと知りたいです!」
先の試合で負け筋を確認するも、その技術に感嘆し笑顔で目をキラキラ輝かせている。自分が持たざるものを見たくて、次の試合が待ち遠しいベルである。
一方、小乃花は、選手待機エリアでズズズと渋茶を啜っている。その姿はまるで縁側のお婆ちゃんだ。とは言え、普段から隠形を効かせているため誰も気付かないのだが。スクリーン越しの観客ですら気を留めない技術は見事だ。
「ベルの大きな大会は確か春先。それまでに一つでも掴めれば代表入りは出来そう」
まだまだ技術的、と言うより駆け引きなどの戦術面に不安が残るベルではある。だが、どのような状態でも一つ揺るぎない戦法が身に付けば、国の代表に手が届くところまで来るだろう、と。小乃花は善哉善哉と頷きながら茶を啜る。
さてと、と一言こぼし、立ち上がる小乃花。インターバルはもう終わる。これから二試合目が始まるのだ。
審判から開始を促され、開始線へ立った小乃花とベル。
第一試合と打って変わり終始放っていた威は消え失せ、視界に入りながらも存在を見失いそうになる隠形を発揮している小乃花。それを見て「ようし、やるぞ」と声が聞こえてきそうに楽しそうなベル。
「さて。次なるは、竊盗の妙技を垣間見せよう。何を掴むかは己次第」
「はい! 全霊で相対させていただきます!」
「うむ、その意気は善し。気を緩めることが無きよう」
「重ね重ねのお言葉、我が身に刻みます」
また、時代劇風なんちゃって師弟のコントが続けられた。小乃花は最後までこのノリを続けるつもりなのだろう。
そして、今度は審判のエルネスティーヌも、ちゃんとタイミングを読んで声高々に宣言する。
『――双方、抜剣』
合図とともに、ベルは打刀を、小乃花は脇差を引き抜く。
『双方、構え』
ベルは再び正眼の姿勢となる。対して小乃花は左前半身の脇構え、つまり普段Duelで見せる何時もの戦法である。
そこへ確かに居る筈なのに存在が曖昧。ベルは小乃花に、ここ暫く刀術を面倒見て貰っていたが、それは技術面や戦術面を学ぶ場であった。小乃花も教えの際に態々隠形を使うことはない。
故にベルは、戦闘態勢に入った小乃花の隠形と初めて相対した。そして、その身に受けて本当の恐ろしさを理解した。
小乃花の気配が完全に消える。意図したのだろう、時たま曖昧な気配が現れる。一貫性がない気配を受けて、ベルはまるで幻を相手にしているのでは、と感覚を乱されるのを感じる。
先の先、あるいは後の先を獲ろうとも、その相手が本当に実像なのか。生まれた疑念は小さくとも少しずつ首を擡げ始める。頬を伝う一筋の汗から、自身が不安であったのだと気付く。それは、己が知る斬り合いとは別のものであると直感して溢れたものだった。
だが学ぶに於いては、これ以上に無い絶好の機会だ。ベルは小乃花の一挙手一投足を一つも見逃さない意気込みを顕わにする。
勝ち筋を掴むため、思考を止めることはないベル。しかし、その思考には一つ足りない要素があった。
――それは、既に小乃花の術中に嵌まっていた場合の考慮だ。
『用意、――始め!』
女性審判のエルネスティーヌは開始の合図を発っしてすぐ、審判用のARモニターへ視線を移す。
選手に小乃花が居る場合、審判の目前に展開される選手のバイタルや被弾状況を表示するAR監視モニターがメインの判定リソースとなる。何せ、目視では審判員が小乃花を見失うことも多々あるからだ。
開始の合図と同時に動きがあった。
小乃花が音も無く、滑らかに時計回りで移動し始める。
その歩法は一見すると、日本の古武術で使われる抜重による移動と映る。しかしそこには剣士と本質が異なる、竊盗の身体運用が使われていた。だからこそ純粋な刀術使いが相対すれば、その僅かな違いに思考を一瞬取られて仕舞う。その上で隠形による認識の齟齬まで仕掛けて来るとすれば堪ったものではないだろう。
距離を詰めて来ない小乃花の円軌道に合わせ、その場で円の動きにて追従するベル。追えてはいるが、それ自体に齟齬を感じ始めていた。
「(おかしいです! 小乃花さんの動きが同じ速さなのにミョーンと伸びたりキューと縮んだりしてます!)」
ベルが言った通り、小乃花の移動速度は変わらない。しかし、実像の前後にあやふやな気配がふわりと移動するお陰で、遅速があるように見える。これが受けた者へ認識の隙間を造り出している。
ならば惑わされる前に先を獲る、とベルは動き出す。
「ほわっ!」
シャリ、と刀の撃ち合った高い音が響く。予想と異なる結果になり、ベルも気が抜けるような声を出した。
――円の軌道を描いていた小乃花が運足で脚の重心を変える瞬間、ベルは仕掛けた。構えを無にして対応する新陰流本伝天狗抄太刀数構八を軸に、相手の捉えどころが難しい動きに備えていた。無形から天狗抄の太刀、明身を繰り出す。相手が撃ち込んで来るよう、僅かに刀の切先をほんの少し下げ技を出す素振りを見せる。一瞬生まれた隙は造られたものだ。その隙を突いてきた相手の手首を斬り付ける、対甲冑の技でもある。
小乃花は、避けようと思えば造作なく避けられた。小乃花の気配操作を認識した時点で、相手は術中に嵌まっている。しかし、敢て乗った。新陰流が狙うとすれば、左前の脇構えから刀を振り出した時の持ち手だろう。竊盗の技を見せるには持って来いの場面だ。
ベルが剣先を下げた瞬間、気配をその場に残すように生み出し、半歩蹈み込みながら実像を曖昧にする。故に、ベルが返しの技を仕掛けてきた箇所は、小乃花へは届かない安全な場所となっている。然すれば、斬り込んできた刀を脇構えから捉えることは容易い。攻撃に対して下から脇差の鎬で切先を滑らせ、クルリと刀身を相手の刀身へかむる位置へ付け替える。そのままベルの刀が進む方向へ後押しすることで、身体が振られて仕舞ったと同じ状況を造る。
それがベルの姿勢を崩し、二太刀目を封じる。
「(忍者技です! 確かに手首をシュバッとしたハズなのに全然違う場所でした!)」
ベルは驚きの連続であった。
小乃花が脇構えから繰り出した刀を避け、持ち手へ撃ち込んだ筈だった。だが実際は、小乃花の位置が捉えていた場所より、ゆうに三〇糎近く刀で撃ち込んだ内側に居た。尚且つこちらの攻撃は鎬で刀の方向を受け流され、力の連動が崩れて仕舞った。
こうなると、幾ら相手の技に対応する無形にて斬り返しに出ても、刀の内側に居る小乃花の方が一手速く攻撃を繰り出せる。ベルが次の手へ移る前に、小乃花の脇差が受け流したそのままにベルの左前腕を斬り抜いていった。
――ポーンと攻撃の成功を告げる通知音が流れる。ベルが一ポイントを失ったことを告げた。
その段には、小乃花から四歩弱離れた位置にベルは居た。ふうやれやれ、と直近の危機を何とか逃れたことに安堵する。
「(アブナイとこでした。あのまま返し技を使ったらブシュッとされてました!)」
小乃花の攻撃が必中だと悟った瞬間には、その先を読み回避行動に移っていた。来るであろう二太刀目の被弾を避けるため、的を絞らせないよう右前半身から左前半身へ転変し、爪先の蹈み込みから踵の蹈み込みへ巧みに切り替える運足で、一気に距離を取ったのだ。
「(良い判断。脚を斬られない限り相手の動きを止められない競技の特性をちゃんと割り切っている)」
全くの無表情で、小乃花はベルが取った動きを評価する。
「(あの一瞬で中々に距離を稼いだこと。やはり、身体の使い方が一つ上のレベルに良く練れている)」
先の状態に嵌まって仕舞えば、相手に上を行かれ、なす術もなくなる。そうなると、技よりも身体運用にこそ才能を多く持つベルが取れる方法は一つ。回避のみであった。
小乃花の相手が太刀を携えた京姫だったら、こうはいかない。何せ、純粋な剣技だけを比べれば、京姫が一つ上を往くからだ。駆け引きや暗器、Mêléeで見せたような環境を加味した総合力では小乃花に分がある。しかし、京姫の剣術も家伝を受け継いだ特殊なもののため、Duelと言う限定された環境では後塵を拝するのだ。
京姫の歩法は抜重や難波、浮身など古流で良くある技法に見えるが、竊盗同様、身体の内部は全く異なる身体操作である。お互い剣士のセオリーから外れた反応をするため、純粋な剣士からは戦い難いと評される。
「(さて。竊盗の正攻法をご賞味あれ)」
お互いの距離が離れてから、小乃花は円の軌道を描く歩法でベルを中心に今度は反時計回りで移動していた。ベルは小乃花と正対するよう円の動きで追従する。
移動の形は先程と同じだが、小乃花は左前半身となり、一般で称される霞と似た上段を構えている。顔の高さで柄を持ち、水平に保たれた刀身の切先は相手を捉え続ける。
ぬらりと滑るような円軌道だった筈が、気付けばベルの鼻先に小乃花が入り込んで来ていた。正面の死角と気配操作による認識の齟齬。相手へ強制的に空白を造り出す浸食である。
「(ふやー! また見てたのに小乃花さんがニョルッと目の前に来てました! 位置取りも返しの太刀も出すヒマなかったです!)」
キシリ、と互いの刀が刃を立て受け止められている。刀の鍔迫り合いと異なり、騎士剣のバインドに似た状態だ。
完全に虚を突かれたベルは良く反応したと言える。だが、相手の攻撃に辛うじて反応出来ただけだ。返し技を仕掛けるには深くまで入り込まれており、ここから次へ繋ぐ技も有るには有るが、相手が小乃花であることが厄介だ。それを決めるのは至難だろう。
互いの刀は鋭利な刃が深く撃ち合ったため、未だ金属が噛み合った状態を維持している。少しでも拮抗させた噛み合いを崩せば、小乃花ならばベルより早く攻撃に出るだろう力量は、ここまで嫌と言うほど見せ付けられた。ここから反撃するには、習い覚えた技術以外の力――知らない武術と戦う力――が必要となる。
小乃花はベルの右半身、正眼に置かれた刀の外側から強襲を掛けた。脇差の長さは打刀より二〇糎は短いため、深く鋭角に蹈み込んでいた。
剣筋はベルの刀を持つ両前腕への斬り下ろし、それもベルが反応して刀で受けることまでを見越した攻撃だ。だからこそ、態々斬り下ろす脇差に注意が行くよう、気配を乗せたのだ。
侍映画の鍔迫り合い、とまではいかないが、ベルの打刀は切先から三分の一辺り、小乃花の脇差は鍔元から三分の一辺りで互いの刃が噛み合っている。噛み合った位置が問題だ。切先と鍔元では身体操作を使っても力を伝える速さは鍔元が有利になる。小乃花は、その状況を造り出した。片手でもベルの鬩ぎ合いを逃さないように。
「(あ……れ? 小乃花さんのおっきい方がナンでここにあるんですか⁉)」
ベルは鬩ぎあいの中、視界の端で曖昧に映る景色の中で、気配無く小乃花の打刀が鞘ごと上に引き抜かれるようにせり上がったのが見えた。
小乃花は右手一本でベルの刀を噛み合わせることによる無効化と、鍔迫り合い自体へ注意を集中させる立ち回りをしていた。そして攻撃の本命は、認識外からの打刀による一太刀である。
左手で鍔に指を掛けながらクルリと刃の向きを下になるように柄で回し、鞘を縦方向に三分の一ほど引き上げる。柄へそのまま左手、つまり逆手で指を掛ける。そして、右手の脇差でベルの刀と刃を噛み合わせた場所を動作連動の支点にし、腰を左に開く。その挙動で打刀はスルリと引き抜かれた。
後は、防御の手が出せないベルの左半身をスッっと打刀で流し斬った。
ベルが小乃花の打刀に動きを感じ取った直後、胴を薙がれていった。
殆ど反射だろう。だが、ベルが今まで積み重ねた修練が、無意識に刹那の返し技を繰り出させていた。
胴を斬られた直後、斬られた左半身を後方へ崩し、小乃花の刀と鬩ぎ合っていた打刀の力からバランスを失わせた。それが噛み合いから刀身を外し、小乃花の脇差を攻撃の導線から外すことになった。そして斬り下ろす形が維持されていた自身の刀は、そのまま小乃花の右肩口に届いていた。
――ポーンと、攻撃が成功したことを知らせる通知音が二つ、そして――ブーと、合わせて一本となった時の通知音が二つ鳴り響いた。
『試合終了! 双方開始線へ』
審判の合図で、小乃花とベルは開始線に向き合う。刀を二振り両手に持った小乃花が納刀する姿は珍しいのだろう、注目を集めている。
『東側 ヒルベルタ・ファン・ハウゼン選手 一本』
声が出ていたら、ふわーと聞こえていただろう。ベルは小乃花の一本判定が終了する〇.二秒の猶予時間に、駆け込みでポイントを獲ったことに自身が驚いている。
『西側 小乃花・神戸神戸選手 二本』
小乃花の表情に揺るぎはない。何時も通りに寡黙な無表情だ。相変わらず気配を消しているため、観客席から直接彼女を見ている者も認識出来ているのか怪しい。
『よって勝者は、小乃花・神戸神戸選手!』
審判の手が小乃花へ挙げられて宣告される。そのタイミングで観客から歓声が上がる。そこには敗者となったベルへの賞賛も多い。良く戦った者こそを讃えるのは、Chevalerie競技では当たり前であり、世に広く浸透していることでもある。
そして、試合後のマイクパフォーマンスだが、時代劇風なんちゃって師弟は最後まで続いていた。
「にゃんこ侍よ。どのような状況に至ろうとも、有利不利など関わらず剣が届くところは即ち己の戦場である」
「はっ! わたしの慰み程度の技前では、まだほど遠いことを痛感いたしました」
「然し、最後の返し。あれは光るものがあった。斬られず、あれが出せれば其許には新たな扉が開かれるであろう」
「お褒め頂き有難く! 此れよりも益々精進いたす所存でありますれば!」
「うむ。日々邁進すべし! 努々基本を忘るることなかれ」
「ご指導、まっこと感謝いたします!」
こうして、Duel本選Dグループの三戦目、なんちゃって師弟対決が終了した。小乃花が最後まで時代劇風悪戯を遣り通したおかげで、何とも締まらない終わり方であったが。
「わたしがピャーと行ったんですが、こう、小乃花さんの刀がシュバーと来てギュワーンとなったのは驚きでした!」
午前の試合が終わり昼食時、身振り手振りを加えベルが興奮しながら熱弁している。小乃花との戦いで得るものが多く、自身に足りないものを自覚できたベルは随分と楽しそうだ。
ただ、会話が天才語録系なので、理解出来る者が何人いることか。食事を共にする妹組のハンネやルーは、おー、とかフムフムなどと相槌を入れているが本当に理解しているのかは謎。ラウデは擬音語で構成される話だと理解出来ないようで、ベルの身振り手振りを見て判断している模様。
妹組達の様子を温かく見守るテレージアは、第一回戦Bグループの二戦目で勝利を収めているが、その勝ち方が人々の目を惹いた。
四月、五月のドイツ全国大会でテレージアが見せたZweihänderによる複数武器術の運用は、相当インパクトが強いものであった。それが更に洗練されていた。
只でさえ質量兵器を自在に操るところへ、次の技が違う武器術の技に変わるとなれば予測は非常に困難で、相手にしてみれば勘弁して欲しいところだろう。
「新陰流の甲冑戦術なのか? 先に斬らせて回避し、相手の手元斬りをするのは」
「確か本伝とか内伝だかで呼ばれている技は戦国の対甲冑技だったと覚えがある。京姫、お結びの追加を所望」
第一回戦Aグループの三戦目を下馬評通り勝利して来た京姫は、ベルが修行中の新陰流について小乃花と話している……のだが、小乃花は食欲を満たすことの方が重要な様子。はいはい、と二つ返事で答えた京姫から、取り皿に一つ追加された握り飯を音も無くモッモッと頬張っている。Duel本選中なので握り飯のみ用意した、とは京姫の弁。
日本組曰く、「戦に赴くならば、まずは米」とのこと。
「この叉燒包、欧洲人でも美味言うイイ味付けなたヨ」
花花が中国組の屋台で出しているチャーシューマンを弁当に持ち込んで来た。今も中国組が屋台で忙しくしているのだが、冬季学内大会第二部より新メニューに追加したチャーシューマンの味確認も兼ねている。新製品の味付けをギリギリまで調整していたので気になっていた様子。
花花は午後から試合だ。そちらを気にした方が良いのでは、と言われても仕方がない。
「そうね。これは美味しいわ、美味しいのよ。手軽なのが良いわ」
ルーの鍛錬に付き合ってから何かと行動を一緒にすることが多くなったマグダレナは、花花から御相伴したバーガー紙――破水紙を二枚、二辺のみ糊付けした袋紙――で包まったチャーシューマンに舌鼓を打っている。
相も変わらずカオスな状況になる。騎士の自由人度は各国共通なのだろう。
ベルの身振り手振りが佳境に入って来た。会話の声も高らかに、熱がこもっている。
「最後に接近戦の技でビュワーっとされました! シュバンってされるまで気付きませんでした!」
フンスと鼻息荒く、自分が討ち取られた技の所感を語っているが、如何せん擬音語で判り辛い。そこへ小乃花が会話に捕捉する。
「あれは、にゃんこの気を惹く隙にムンズと掴む、にゃん月殺法その拾にゃんこじゃらしの法であった」
「なんと! 最終奥義でしたか! この身で受けられたとは身に余る光栄!」
ベルの興奮がピークに達しているのだが、新陰流兵法を修練中に小乃花がでっち上げたなんちゃって奥義「にゃん月殺法」へ傾倒するのは如何なものだろうか。
「いいのか? この流れ……」
京姫のポツリと呟いた言葉が色々物語っていたのは仕方ないだろう。




