04-022.森の民と冬季学内大会第二部。 Waldmenschen und Winter Innerhalb der Schule Turnier Teil 2.
二一五六年一〇月一七日 日曜日
学園敷地内の喫茶店。公園地区の森林を少し入った立地に店を構えており、窓やテラスから目をやると、そこには自然が溢れる。
この季節はブナやケヤキの紅葉が、常緑樹のイチイやスギ、トネリコなどの緑にアクセントを加える。他にも数種を含む雑多な樹木林は、かつて薪を伐採するために育樹した農林用区域の名残であろう。そこに湿地帯だった名残の小さな水辺も目に入るため、独特の景観を生み出している。
「姫姉さま! あそこに木苺のヤツがいるです! パクつくのです!」
窓の外に自生した木苺が実を付けている姿を見つけたルー。二季生りの実がだいぶ熟れているところを見るに、時期もそろそろ終わりだろう。
「あなた、今まさにヒムビィレトルテを食べてるじゃないですか」
「うゆ? オヤツはベツバラだってエライ人は言ってるですよ? 天然オヤツ一〇〇%はBMVgだって推奨してるです!」
「また適当な単語を持ち出して……。国防省がオヤツの推進をしてることになってるじゃないですか。それに今フォークで刺しているトルテはオヤツでしょうに」
スヒュースヒューと音が出ない口笛を吹きながら窓の外に顔を向けるルー。向けた視界の先に入ったようで、コールマイゼが|マイゼンクネーデル《ぶら下がった野鳥餌ネット》にむらがってるです、と新たな発見をしました!的に申告してくる。誤魔化しタイムは既に時の彼方へ過ぎたようだ。
「……殿下、ルイーセ嬢は随分と自由なんですね」
会話をしていた最中に突然木苺発見報告で話をぶった切る、我が道を征くルーに呆れ顔のダキラ。姫騎士さんも苦笑で返している。
休日と言うこともあり、店内には学園生以外に一般客もチラホラといる午後の喫茶店。その窓際の席に陣取っているのは、ティナとルー、それとダキラの三人だ。一人ルーだけがヴィクトリアンメイデンスタイルのメイド服なので、客から店員に間違えられそうである。
今日は、ルーとダキラの顔合わせをティナがセッティングしたのだ。
表向きは戦闘術を扱う者同士の親睦と銘打っている。実際は、学園に在学するWaldmenschen同士の面通しだ。
先日、ルーとダキラがDuelの第三試合で初顔合わせしたのだが、せっかく同族が居るのですからお互いが何者か知っておきましょうと、姫騎士さんが軽いノリで参集した。ついでに其々の役どころを意識合わせもしときましょうか、と付け加えて。
「ルー、お話しながら他所に気を取られるのはおやめなさいな」
「姫姉さま。ルーはそこはかとなくカシコイので違うことしてもチャンと耳は働いているのです。木苺のヤツは帰りに回収するってわかってるですよ?」
「もう、仕方ない娘ですね。試合の流れとダキラがルーと戦かった話でしたでしょうに」
「そんなコトもありましたです……」
既に遠い記憶扱いでルーは答えながら、ヒムビィレトルテをサクサクとフォークで切り分けるのに一生懸命だ。一口サイズの欠片を口に放り込んではウマウマです~、とモッチャモッチャ食べだしている。
一口目を食べ終わり、ルーは視線をダキラに向け、何と!自分から会話を促した。
「そんでナニを聞こうとしたです? 奥義以外、戦闘中に珍しい技は使ってねーですよ」
「おや、今度はちゃんと聞いてくれそうですね。私が気になるのは、その何気ない動きも普段からあの歩法を使っているように見えるところです」
「普段使い用ですよ? ナニおかしなコト言ってるんです?」
首を傾げているルーは、何を当たり前のことを聞いてくるのか、と言った表情だ。
「この娘、高位歩法は日常の延長に捉えてるみたいなんですよ。花花が言うには、歩法の才能は私より上だそうです」
予想外な情報にダキラが目をパチクリしている。そもそも腱と全身に負担がかかる高位歩法を程度の違いはあれ、常時使用出来ることがおかしいのだ。
「それは何とも……。殿下より上の才能と聞いても私の技量程度ではイメージが湧きませんね。花花と言うと陳・透花女史ですか?」
ええそうですよ、と姫騎士さん。その花花には高位歩法の仕組みを察せられていると話が続く。ルーは鍛錬を付けて貰ったりするが、投げ・急所有の実戦組み手でも一撃すら与えさせてもらえずコテンパンに伸されているのだと。その上、京姫やテレージアなどの錚々たる面子から、散々コテンコテンに揉まれていることも。
そこまで聞いたダキラは、ルーに稽古をつけた豪華な顔ぶれに驚き、そして少し考えこんでから口を開く。
「やはり、判っていたことですが。高位の騎士と正面から渡り合うには、私達のナイフ術は分が悪いですね。競技では急所に斬り付けても、相手をそこで止める手立てにならない」
フィンスターニスエリシゥム鏖殺術の支流で、現代戦闘術を取り込んだ流派は多い。その中でアルニスの技術体系を直接組み込んだフィリピン・バウティスタ家と、アルニスや様々な近代戦闘術を組み合わせ改良しながら取り込んだクレーフェルト家。同系の技術を練った二家が、競技と言う場ではあれども初めて剣を交えた。
互いにナイフを扱う近接戦が主となるからこそ、激しい撃ち合いが繰り広げられた。しかし本質は、気取られる前に背後から急所への一撃を最も得意とするWaldmenschenの戦闘士である。それは体術ありきの技術であり、Duel競技には最も向かないと言っても良いだろう。その体術をうっかり競技で出し、反則負けした小さなメイドがここに居るが。
「殿下、何故Duelなのでしょう。ルイーセ嬢の技、それに歩法と奥義も加われば、確かに高位の騎士と渡り合えるやもしれませんが」
ルーをDuelの場へ送り出した張本人はティナである。態々、本来の技能が発揮できない環境で戦闘士を戦わせるのは意味がある筈と、ダキラは疑念を持っていたのだ。
「そこんとこルーもか聞いてないのですよ、姫姉さま。ナンでです?」
モッチャモッチャと再び口に入れたタルトをゴックンと飲み込んだルーは、ティナに子犬が首を傾げたような顔で話に加わって来た。むしろあなたの話が中心だったでしょう、と突っ込まれてもおかしくない。
「あら、そんな難しい話ではないんですよ? ルーは面倒ごとや苦手なことは真っ先に逃げ出すんです」
ルーがスヒュースヒューと音が出ない口笛を吹きながら窓に視線を逸した。
「もう、その逃げ足の速さときたら……。それで今後、護衛業務が本格的になれば、護衛対象を護りながら戦うケースも想定されます」
「ああ、なるほど。それが苦手なことですか。だからDuelなのですね」
「うゆ? 二人でナニわかり合ってるです? ルーにもわかる言葉に翻訳希望です!」
まだ会話から察するところは鍛えられてないですからねぇ、とこぼす姫騎士さん。代わりにダキラが言葉を拾って話を続けた。
「護衛は基本、正面からの対処が必要になります。だから似た状況、対峙して始まるDuelを訓練の一環とする、でしょうか」
「Genau、ほぼ正解です。学園には世界から様々な武術が集まってますよね。その都度、個々に対処方法を考える必要がありますから鍛錬に事欠かないかと。なら利用しない手はありません」
「ルーは面倒ごとに首を突っ込むのはカシコイ選択ではないと知ってるのです。苦手なことは出来るヤツにやらせるのが雇用の循環につながるのです! 社会貢献です!」
フンスッと無い胸を反らせてドヤ顔をするルー。
護衛技術は叩き込まれているが、ついつい殺傷力の高い武技が先に出てしまうルー。気配と音を断ち、強襲奇襲が最善のルーにとって、正面での撃ち合いや状況による対処方法の組み立てなどは是非とも避けたい面倒な案件なのだ。だから正当性があると言わんばかりの強気な態度は、面倒を回避したい思いを前面にだした必死な抵抗である。
「ともかく三年生までは、集団戦にゲスト参加して貰いつつ、Duelでお勉強と言ったところでしょうか」
「見事にスルーされたです……。またルーのことなのにルーに決定権がないのです……」
口を尖らせてブツブツとこぼしているルー。ヒムビィレトルテをまた一口モッチャモッチャと食べ始めているので、都合の悪そうな話題は聞き流すつもりの様子。
「殿下、すると高学年からの育成予定も決まっているのですか?」
「そうですね。学園後半はDuelで培った対処法の精査と護衛業務へ技術の統合、戦略・戦術の鍛錬と人を管理することを覚えてもらおうかと。ダキラはどうするのですか?」
今大会で表舞台へ顔を出したダキラは注目を浴びた。何せ、戦闘術を扱う二人目の競技者が突然現れたのだ。今後の動向を気にする者も多い。
「私は、今回のDuel参加がイレギュラーなだけです。第四回戦目ともなると、こちらの動きを封じられてあっさり獲られましたし。以後は表に出る予定もありません」
ダキラは先日のDuel予選第四回戦、つまりベストエイト決定戦で敗退した。さすがに下級生組トーナメントでもベストエイトを争う騎士の技量は高い。ダキラの対策もしっかりされており、相手の距離で戦わされた。虚実も距離で対応され、徹底して攻め入ることを防がれたのだ。
この戦いは彼にとっても得るものが大きかった。その課題を得て、技術をどう進化させるか練っていくのだろう。
身体内部の螺旋から発する円を描く歩法を披露したが、そこからWaldmenschenであると特定されるほどではない。彼の歩法は同じ高位歩法を扱う者が見なければ判別できない類のものだ。そして、円の動きは武術の基本であり、それが歩法にも表れている流派は溢れるほどある。だからこそ、正体を気付かれる前に競技からフェードアウトする。
電子工学科がSDC――Système de compétition Chevalerie――の試合データから身体運用時の数値で差異を見つけそうだが、姫騎士さんは既にウルスラへ内々の話を付け終わっている。試合中の会話データも戦闘術同士の発言と聞こえるので、ダキラがWaldmenschenであると明言されることはないだろう。
「今後は元通りスポーツ科学科で最新の技術を学んでいくつもりです。学科の対象が実戦に準拠したアスリート向けですし、軍事や警察機構などにもそのまま転用出来るレベルですからね」
「そうですか。いつかダキラの教導した護衛がカレンベルクの警護部隊へ登用されるやもしれないですね」
「そうです! ダキラ授業料よこせです! ルーのまねっこで歩法の使い方覚えやがったです!」
教導の言葉で思い出したのだろう、ルーが息を吹き返す。しかし、集っているようにしか聞こえない。
「ルイーセ嬢……。あれは試合中のパフォーマンスではなく、本気だったのですか……」
ダキラは、とても残念な子を見る目になっている。
「ルー。あなた、そんなこと言い出したら花花や京姫達に授業料を納めないといけないですよ? いろいろと教わってるでしょう?」
「うぐぅ」
ルーからぐうの音が出た。かなり有用なことを教わっている自覚はあるらしい。
なんだかんだで、ルーの自由奔放でナチュラルにコントとなる会話術(?)は、ダキラにとっても新鮮だったようだ。その顔には笑みが浮かぶ。
「ははは。貴重なお話も聞かせていただきましたし、授業料としてここの会計は私に持たせてください」
「おお! オマエ、良いヤツです! きっと木苺かじっても固いタネで歯がガリッとならなくなるです」
「また、ルーは適当なことを言って。それはあなたの願望でしょうに」
また、ルーがスヒュースヒューと音が出ない口笛を吹きながら窓に視線を逸した。そして、木苺の実が熟れて落ちる瞬間を目撃。帰りにさっさと回収しないといけないです、とボソボソ呟いている。
「ダキラ、良いんですか? お支払いをお任せしても」
「ええ、もちろんです。今日は地元以外ではなかなか出会うことのない、他流の戦闘術同士でお話する機会を用意していただいたことに正直感謝しています。充実した時間を過ごせましたからね。そのお礼も兼ねて、ということで」
「そうですか。なら有難く申し出をお受けします」
この集まりは、ここで終了すると暗に告げている。尤も、集合してから既に二時間は過ぎ、技術的な話なども交わされたりと、中々に密度は濃かったのだ。近代戦闘術を扱う者には、と枕詞が付くが。
「では、私はそろそろ別件の時間ですので、ここで退散します。お二人はどうぞごゆっくり」
スッと伝票を手に取ったダキラは、徐に立ち上がり暇を告げた。
この店舗は、国民番号連携の自動清算ではなく紙の伝票をレジに持っていき、店員が電子決済手続きをする方式だ。
過去、世界的に支払いなどが自動化した際に、人との触れ合いが極小化し人格育成問題にまで波及したことから、小売り・飲食業界が提唱した「人との遣り取りを日常生活から廃さない」スローガンをオーナーが実践している。
「こちらこそ急な参集に答えていただき、ありがとうございました」
「うゆ? ダキラ帰るですか? 外の木苺はルーのですが、三分の一くらいは持ってっていいですよ?」
自生した木苺の所有権を主張するルーが面白かったのだろう。ダキラは笑みを漏らした顔で、私はめったに木苺を口にしないので全部どうぞ、とルーに告げて退店した。
――彼等の会話にはWaldmenschenを現す単語は一つも出てこなかった。現在でも闇で暗躍する役割を持つ一族だからだ。
ダキラもティナを「姫」ではなく「殿下」と呼んでいた。メディアで公爵の姫君として「フロレンティーナ殿下」と呼ばれることが多々あり、学園でも「殿下」の呼び名が通っていることに合わせているのだ。配下の一族であると伏すために。
例外はティナとルーである。ルーがマクシミリアン国際騎士育成学園へ入学することが決まっていたため、春季学内大会のエイル戦でWaldmenschenの技と一族名を出した。そして、試合後にエイルと会話した際、部族としては最早存在しないと匂わせている。それを受けたエイルが家伝を継ぐ者だと認識した言葉を肯定するように話を続けていた。
ルーが学園に入学したことで公式にもWaldmenschenはティナとルーの二名であると謳っているが、何れも僅かに一門が残っている呈で情報を出している。一部の子孫に伝わる家伝の技法であるため詳細は非公開であると。
無論、ブラウンシュヴァイク=カレンベルク家で信頼が置ける者達――家族扱いの花花や京姫達など――には、もう少しだけ詳しい情報が明かされているが、聞かれなければ自ら話すことはない。
モッチャモッチャと新たにオーダーした、ヘーフェクレーセを口に頬張るルー。
このお菓子は、酵母を混ぜた小麦粉の団子にジャムやクリームなどを具にふっくら蒸し上げ、温かいバニラソースと芥子の実を振りかける。ここバイエルン州や、隣国のエスターライヒで伝統料理に上げられる一つだ。
ザルツブルクの名物、ザルツブルガーノッケルンと同様、レストランや飲食店のデザートでしか注文出来ず、持ち帰れないタイプのスウィーツだ。ちなみに酵母がサワー種だと酸味が付く。
「ナンか執事みてーなヤツでした」
「彼は礼儀を重んじた所作が特徴ですからね。常に凪いだ精神コントロールは秀逸です。その上で不自然とならない振れ幅で喜怒哀楽を折り込んでいます」
「ほへー。油断ならんヤツです」
「いえいえ、何言ってるんですか。あの精神コントロールは今後、ルーに覚えて貰いたい部分ですよ?」
ウゲェ、と露骨に顔をしかめるルー。めんどくさいことは御免被りますと訴える定番の顔芸だ。
「また、そんな顔して。六年間かけて少しずつ覚えて貰いますから、いきなり特訓とかはないですよ?」
「六年ならルーは余裕なのです! チョチョイと覚えてやるのです!」
「まぁ、覚えることだけは早いんですがね……」
自信満々のルーだが、夏休みの宿題を余裕だからと放置して最終日に泣きを見る子供のような言い回しだ。
その言葉を聞いて、やれやれと姫騎士さん。ルーは確かに物覚えは非常に良い。だが、覚えたことを組み合わせて使うのは日常でも苦手とする。その修行も組み込まれているのだ。だから、ちゃんと身に付かせるための余白込みで六年を設定してある。
その思惑など全く察していないであろうルーは、モッチャモッチャとオヤツタイムを再開している。ウマウマです~、と呑気そのものだ。
「ルーはダキラとお話してどうでしたか? 他流の近代戦闘術と交流することは余りありませんから」
「うゆ? ナンか技術の根っこが似てたですよ? でも技の使い方が違うのはルーもカシコイのですぐ察したです!」
自分の得意なことには察しが良いルー。不都合になりそうな気配もすぐ察するが、大抵ルーでも逃げられない相手ばかり。お得意の吹けない口笛が炸裂するのはそんな時だ。
使い方の違い。例えばWaldmenschenの高位歩法。
フィンスターニスエリシゥム鏖殺術本流正統の戦術士であるティナは、複数を殲滅するために相手の認識と反射を利用して死角を造り出し、一人も逃がさず屠る技法。
ルーも本流正統の戦闘士であるためティナの歩法と共通項目は多いが、一対一の状況を造り出し、攻撃範囲内に相手の急所を絶えず捉えて確実に葬ることを目的とする。特殊歩法である匍匐機動も基本は変わらない。
そしてダキラの歩法は派生系に位置する。取り入れた武術と護身の技法も含めて運用可能なように最適化されていったものだ。その基本は防御力を確保し、被害は最小限に相手を制圧する立ち回りとなる。
高位歩法と言う括りの中でも、用途によって全く異なる顔を見せる。それでも、身体内部の動きは全て同じである。
ルーはダキラの武術に同じ本質を見たが、それが技とイコールではないことを知っている。Waldmenschenは元を正せば多民族国家であったため、様々な武術が寄り集まった。それが森林戦に特化した武術の土台となり、役割や機能によって派生していったからだ。
「思想の在り方によって、同じ技でもそこに至った経緯が違うことの良い例です。似たような理合いであっても使い方一つで幾らでも変化します。そういったことをルーには色々な武術と触れ合って経験して欲しいところなんですよ」
「そうなんです? ならルーはみんな狩り獲るです! 月の無い夜は気を付けろです!」
「いえいえ、何故に闇討ちする流れになってるんですか……。あなたが触れ合うのは競技の中で、ですよ? だからこそ、普段では決して交わることのない武術との経験が積めるんです」
「……ルーは既に花花さん、京姫さんや小乃花さん、テレージア姉さんにマグダレナ姉さんと触れ合ってるですよ?」
「それ、全員特殊系ですから。上で勝てるレベルの騎士は、流派云々の前に逸脱した能力を持ってたりしますので」
ルーの技術を競技用へ適応するために協力してくれている鍛錬相手達が、イレギュラーの能力を一つ二つ持っているのだ。通常の技術だけでは得られない稽古を付けられているので、何処かの道場へ出稽古に出かけるのとは訳が違う。
「ふうん? じゃあダキラはルーにちょうどイイ相手だったです?」
「ええ。彼の技術は現状ではルーに後塵を拝しますが、試合を見た限り騎士の戦い方を理解すれば、上位の相手にも善戦出来る能力があると見ています。まぁ、本人は競技に興味はなさそうですけど」
「うーん。確かにメス戦なんて滅多にしねーですから、やり辛かったです。獲ったハズが上手くスカされたりです」
「暫くはダキラとの試合映像で自分の動きと、それに対応してくるダキラが何故この技なのか、どうしてこの動きなのかを良く見てその答えを見つけてごらんなさい。というか宿題にしましょう」
ルーの露骨なしかめっ面再び。宿題を出されると言うことは、結果の報告が必要となる訳で。それは適当に誤魔化せないタイプのものだ。なので、非常にめんどくさいと顔が雄弁に語っている。
「もう。そんな顔しても宿題は減らないですよ。むしろ、宿題でルーの技術が向上する可能性は高いですから」
「なんですと! ルーが進化するですか⁉ ウェルカム宿題バッチコーイ!」
また適当な語録を繋げているが、ヤル気ナシから一気に最高潮まで上がったルー。相変わらず安上がりだ。
そして、帰り道から即座に寄り道である。
ルーは、喫茶店の窓から見ていた木苺を熟れ過ぎと、ちょうど熟れごろを丁寧に分けて回収していくのだった。
「熟れすぎはジャムにするです! アマアマです~」
「あら、ルーはジャムを炊けたんですか?」
「炊けねえですよ? 姫姉さまに手伝ってもらうです!」
「はいはい、しょうがないですね」
日は傾き始め、薄暮が近づきつつある道。
宿舎へ歩いてゆく二人の影は姉妹のように。
何時もと変わることはなく。
二一五六年一〇月二〇日 水曜日
朝八時半。冬季学内大会第二部、Duelの部本選開会式が屋外Duelコートで始まる。
季節的に冬季学内大会と銘打っているが、実のところ春季学内大会の開催日程より気温が高いため、屋外での実施となっている。
屋外Duelコートは観客の収容数も多く、人気が高い競技場だ。直接自分の目で試合を見たい者や会場の熱気を味わいたい者などで、客席は既に埋まっている。
会場では、Duel本選に出場する騎士が騎士装備で登場しているが、学園生も開会式のため会場入りしており、開催宣言の言葉を待っている。その後、引き続いてトーナメントの組み合わせ発表となる。
開会宣言が声高らかに響く。その言葉を合図に観客席が一層騒がしくなる。拍手や声援のみならず、雄叫びのように発された声が会場全体に渦巻く。朝も早くから熱量が凄まじい。昨今、競技の開会宣言は、観客の一体感が生まれるイベントの一つとなっているようだ。
そして、二番目に訪れる目玉となるイベント。観客のみならず、騎士や会場の学園生も、中央のインフォメーションスクリーンに視線が釘付けになる。
これからDuel本選出場者三二名のトーナメント組み合わせが発表されるのだ。
――学舎噴水広場前設営電子工学科アバターショップ。
朝一のミーティングを終え、慌ただしく開店準備を行う本日のショップ店員。Duel開会式なぞ何処へやら、正直構っていられない忙しさなのが外からでも見て取れる。アバター販促員で招集されているティナも忙しく準備を終え、漸くホッと一息、と言ったところ。
「そろそろトーナメント発表ですかね。今回はどういった組み合わせになることやら」
いつもならDuel参加者側である姫騎士さんの台詞は完全に他人事である。
アバターショップから目に入る噴水の上に多角配置された大小複数のインフォメーションスクリーンへ、Duel会場の賑やかな様子が映し出されているのを時たまチラリと覗き見ている。
あら、ルーったら興味無さげにボーッとしてますね、などと知人を見つけてはボソリと呟く呑気具合。だがそれは、アバターショップ開店後に怒涛の如く接客を強いられることが先週三日間の売り子生活で身に染みたところからきた現実逃避であるのは内緒だ。
ふと、複数あるインフォメーションスクリーンの画像が切り替わった。いよいよトーナメントの組み合わせが決まるのだろう。
中央インフォメーションスクリーンにトーナメント枠がゆっくりと浮かび上がるよう表示される。八名を一つのグループとしたA、B、C、Dと四つのグループ枠が順に浮かび上がる。
Duel本選は、全五回戦+三位決定戦含め三二試合となる。本選一日目は、第一回戦で予定されている各グループの四戦、計一六試合が執り行われる。
試合コートは四面が用意され、一度に二面ずつ使用する。A、Bグループを一戦ずつ終了後、次の二面でC、Dグループを一戦ずつが開始される試合コート入れ替え方式だ。
本選と言うこともあり同時試合数を二戦に抑えられている。勝ち抜いてこの場に立つ騎士の雄姿をより注目し易くするための演出と、観戦する観客や視聴者もより集中出来るようにとの配慮である。
Duel本選は、集客力とメディア視聴数を稼げるコンテンツであるため、年々演出が工夫されている。
場内アナウンスと共に、中央インフォメーションスクリーンへトーナメント組み合わせ開始のメッセージが表示された。会場に居る選手や生徒、観客達のみならず、放送中継の視聴者も固唾を飲んで見守る中、コンピューターの乱数配列で組み合わせた結果が一名ずつ表示され始めた。
『Aグループ 一枠 エイル・ロズブローク 騎士科五年 【慈悲の救済】』
一番最初に表示された選手名が観客を湧かせる。何せ、エイルはヘリヤが卒業した後では優勝候補の一角でもあるからだ。今大会は集団戦のMêléeに出場し、Duelで戦う彼女とは違う姿を見せたことも話題に新しい。増々注目度が上がっている。
同じAグループで特筆すべきは、六枠に京姫が決まったことだ。順当に行けば翌日の第三回戦でエイルと当たることになる。
Bグループは、九枠にシルヴィア、十枠にリゼットが第一回戦目のカードとなった。先のMêléeでは直接対決こそなかったが、どちらも多彩な技法を携えた癖のある騎士だ。
一二枠にエントリーしているテレージアが勝ち進めば、第二回戦で二人の内どちらかと戦うことになる。彼女も大剣に多彩な武器の技法を混在させる癖のある騎士ではあるのだが。
Cグループには、一八枠へヴリティカ、二〇枠にクラウディアがおり、順調に勝ち進めば第二試合はMêléeでチームを組んだ者同士の戦いとなる。二四枠に花花がエントリーされているので、第三試合でヴリティカ達のどちらかと当たるだろう。
Dグループであるが、Hakkapeliittaのアイリ・プーマライネンが二六枠にエントリーしている。その隣の二七枠はリンダである。春季学内大会ではティナと当たり、虎の子の射撃タイミングで引き金に指を掛けた瞬間、遠間から一瞬で指を斬り落とされベスト一六に甘んじている。
この二人も勝ち抜けば第二試合で当たることとなる。
――そして、二九枠に小乃花、三〇枠でベルがエントリーされた。二人は第一試合で戦うことになる。にゃん月殺法で結ばれた、なんちゃって師弟(?)対決である。
どのグループも世界選手権大会に出場経験者が半数以上居り、その内の数名は今年の世界選手権にも出場する騎士だ。
ある意味、学内大会は年齢制限のある世界選手権と外部から見られている節がある。ここで勝ち進めれば、世界選手権大会へ向けての調整にもなり大きな自信も付くだろう、と観客や評論家などの評が巷に毎度流れることを慮れば。
実際に戦う騎士達は、そんな安易な心持ちになることはない。この大会で勝ったとしても、世界選手権大会を勝ち抜くには別の強さも必要だと知っているからだ。
「うゆー。ベルと小乃花さんが戦うですか……。ルーはみんなの応援をやりとげると姫姉さまに宣言したですが、初っ端からどっちを応援したらいいか頭パーン問題です」
「ルーちゃん、好きに応援すればいいんですよ? 勝負は勝負なのですから。私は全にゃんこ力をもって小乃花さんに挑むだけです!」
「うむ。応援と勝敗は別のもの。どの道、試合順を考えると、昼前か午後が対決の場となるからまだ先の話」
ベルのにゃんこ力が謎風味を醸し出しているのが困ったものである。
小乃花が言うには、A、Bグループの先頭、次はC、Dグループの先頭から一戦ずつ順に試合を消化するため、小乃花とベルの試合は後半になるだろうと。
うーんうんと唸るルー。言葉は判るが、感情的に納得いかないのだろう。
「ルーさん、悩むことはありませんわ。小乃花さんとベルさんの両方を応援すればよろしいのですから」
トーナメント表の確認から帰って来たテレージアが助け舟を出した。
「そんでイイんです?」
「ええ、良いのですよ。勝敗だけでなく、如何に素晴らしい戦いが成されたかを賞賛するのがChevalerieと言うものですわ」
迷いを残したルーの目には、優しく笑みを湛えたテレージアが映る。
その笑顔は、思い通り自由にしなさい、と。
そう聞いた途端に息を吹き返すルー。腕を振り上げ、ひとさし指をキュピーンと空に高々と掲げる。
「そんならルーはめいっぱい応援するです! 姫姉さまに売り子手伝えって言われないくらい!」
困ったところにオチを持って来たルー。
しんみりムードも台無しである。
周りの苦笑いを誘い、締まりなくトーナメント組み合わせ発表を終えるのだった。




