04-018.木苺と弾丸。 "B"Gruppe und Waldmenschen.
2156年10月12日 火曜日 午後十三時
学内の至るところに点在する屋台や仮設食堂に出向いていた観客が昼の食事を終えて、各スタジアムや共有野外座席へ流動的に移動している姿が多く見られる。
十三時半からはluttesの決勝戦、十四時からはMêléeとDrapeauの順位決定戦が始まるので、見たい競技が開催されているスタジアムへ赴く観客の流れが出来ている。
競技に関わらず、大量のインフォメーションスクリーンを設置しているスタジアムへ流れる観客も多いが、ビール片手に観戦をしたい観客は共有野外座席へ流れていくのも、学内大会ではありふれた風景だ。
至るところに設置されているインフォメーションスクリーンには、午前中に実施された試合のリプレイや、学園生解説者と名を知られている騎士科の生徒が解説を添えた番組が流れている。深いところを取り上げた渋いコメントで玄人好みの映像を流している番組まであり、期せずして色々なニーズに応えることとなっている。それが見知らぬ観客同士で話の輪が出来たり、流れるシーンを見て感嘆や驚愕などを上げたりと、この冬季学内大会を見るために訪れた人々は賑やかな雰囲気の中、其々が楽しみを見付けている。
Mêléeは午前中の二日目第三試合で優勝がAチームに決定したが、次点がBチームとDチームの二勝二敗で同率二位となって終了した。Chevalerieは競技と言う形態であるため、他のスポーツ競技に倣うように表彰台の概念が残っている。故に、三位までの順位を決める決定戦を行うのだ。
実際には表彰台や賞牌などがある訳ではない。手にするのは戦った誇りと栄誉、そして結果だけである。しかし、学内大会は公式下部大会の位置付けであるため、世界ランク用のポイントが順位に応じて加算される。集団戦の場合は、Duelなどの個人競技と違う枠でのポイントが加算されるため、個人が持つランキングポイントには影響しない仕組みだ。
AチームとBチームが森林マップで戦いを繰り広げていた頃、もう一つの試合、DチームとEチームは平地マップでの戦いだった。ここまでの勝敗結果から考えれば、Dチームが優勢と見られていた。
だが、Eチームは二日間で三試合を熟したことで集団戦を学習し、指揮の真似事くらいは出来るに至った。元々、個の技量は非常に高いメンバーが揃っていたところへ簡易ではあるが部隊運用なぞ始めれば、総戦力は劇的に向上する。
結果、Dチームの中核を成すエイルとリンダが真っ先に狩られ、その勢いで一気に畳み込まれたのだ。
こうしてDチームは戦績が二勝二敗となり、同率二位の座に就くこととなった。
――Bチーム競技者待機室
昼食を持ち込んだBチームの面々は、食事をしながらAチームとの試合映像で気付いた問題点や反省点を話し合いながら分析していた。室内に設置されているモニタ二台の画面を其々四分割、計八画面で各所のカメラが捉えた映像を時間軸に合わせて表示する。気になる点や明らかに問題だった点などを見つける度、巻き戻しやスロー再生をしながら話し合っていく。
そうこうして小一時間ばかりが経過したところだ。
「やっぱり最大の敗因は、指揮官を部隊と離したことと陣形に拘り過ぎたことだな、こりゃ。弓で最初の狙撃をされた時に相手さんの指揮官が一目で作戦を見抜いてたのが怖えぇな」
試合映像を見終わったグウィンが片眉を上げ、肩を窄めながら総括する。
競技者は、サイバースペースを構成するSHF――Solid Hologram Field――環境用多機能ポールのカメラとマイクで記録した映像と音声のデータが、試合中を除き再生する許可が与えられている。そこには、Aチームのクラウディアとエルフリーデが会話した内容も含まれていた。
余談だが、集団戦の場合は個人の簡易VRデバイスで拾った音声と、録画可能な細胞給電式コンタクトレンズ型モニターの映像もデータとして集められており、後に競技者目線の映像などを試合映像に盛り込む編集がされる。試合会場でリアルタイムに流れる映像とは別で、臨場感のある動画が配信される。また、試合会場で流された解説者のコメント付き映像も別のコンテンツとして配信されるため、一つの試合で複数の動画が制作されるのだ。
――閑話休題
「その時に私達を見付けていたことを悟らせない技量が見事ですね」
シルヴィア達の要撃班は、チェスター達の強襲班が狙撃され退避行動へ移ったことに合わせて、潜伏しながら位置を移動していたのだ。それが実は補足されていた。
「姫騎士殿を合わせて三人の指揮官か。其々のレベルが高すぎるから霞んで見えるが、戦術自体はシンプルだ。簡単な指示で効果を出してきやがった」
それと状況に合わせて直ぐに戦術を切り替える判断力には敬服する、とグウィンは告げたした。
「つまるところ、部隊を分けるにゃ時として別に指揮官が必要ってこったな」
「今の僕達では難しいってことだね」
「ああ。オレのミスだ。完全に想定してなかったからな」
肘を曲げて両手を軽く上げ、お手上げと言うようにグウィンはリアクションをする。
「そう言えばですが。ルーがクラウディアの剣を小手で受けた時に何があったのですか。ヴリティカの力が乗った剣を受けるよりも威力は低かったと思われます」
シルヴィアの疑問はヴリティカの剣を絡め捕ったルーが、クラウディアの剣には押し切られたことである。
映像からは、クラウディアが放ったショートソードの威力に押されてルーが転がったように見えていた。
「うゆ? クラウディアさんに剣で体術しかけられたですよ? スタコラ間に合わんかったら串刺しだったです」
「それは何とも……。やはり武術とは奥深いものですね。まだまだ知らないことが沢山あると言うのは面白いものです」
知的好奇心旺盛のシルヴィアならではの感想だ。ルーの言葉を聞いたグウィン達は体術などと想定外のキーワードに思わず白目となっているが。
ハッと気付いたかのようにゴホンッと咳を一つ吐き、気を取り直すグウィン。そろそろ次の試合について戦術を練らなければ間に合わない。
「あ~、とりあえず午前中の話は終いだ。これからDチームとの対策を検討する」
「ルーがコソコソするのは変わらんです。オヤツに集中するからほっとけです」
「いや、参加しろよ! オマエは討伐主体なのは変わらねぇが、もう一つ仕事を任せたいんだからよ」
露骨にウゲェとしかめっ面を晒すルー。明らかにメンドウクサイと顔が物語っている。
「そう嫌がんな、全く仕方ねぇヤツだな。ちょっとだけ手助けして貰う以外は何時も通りだからよ」
そっちこそしかたねえですね、と渋々ルーが諦めたところから作戦会議が始まった。
そして大まかな方針と戦術が決まった頃に、順位決定戦の部隊となるマップが発表される。試合開始十五分前、すなわち十三時四十五分となったのだ。
発表されたのは森林マップ。Dチームは第一試合で、Bチームは先程の第三試合で、共にAチームから良いようにされた苦い記憶が鮮明な戦場だ。幸い、と言えるだろうか、Dチームのリンダは先の試合で、森林戦の経験が余りないと見受けられたのは救いか。
「よもや森林マップに決まりましたか。作戦に変更は?」
シルヴィアが戦い方をマップで変更するのか聞いて来た。彼女は切り札でもあるため、マップ種類によって運用の重要度が変わって来る。
皆で送られて来た線画状のマップ図面をMR表示で卓上に投影して障害物の配置を確認する。木立などは直径の円表示、段差などは等高線で記す程ではないため、図線で表現されている。
「いや、特に変えるつもりはねぇ。今から小細工したところで、そこが穴になるのが目に見えるしな。オレ達はここを拠点に立ち回る」
テーブルにAR表示したマップを見下ろし、木立の生え具合が包囲を守るように茂る箇所を指差すグウィン。前試合の経験から、防衛と立ち回りに役立ちそうな箇所が凡そ判断出来たのは大きい。後は草木の生え方やシダ植物、ルーが移動に使えるルートが確保出来るかなど、実際に見ないことには判らない項目は現地で微調整する。
一度は戦って負けた相手ではあるが、森林の戦い方を少しは理解――判らせられた――したことで今度はこちらに天秤が傾いて来た。それをどう利用するかは指揮官にかかっている。
「よし、全員装備の準備だ。ルーはもう一度ギリースーツでかき回してくれ」
へーい、と気の抜けた返事をしたルーは、いそいそとギリースーツを着込む。また左手に前腕鎧と手甲を装着しているのはエイル対策だろうか。
「よし、そんじゃ行ってみるか」
グウィンは号令をかけ、メンバーを引き連れて競技者待機室を後にした。
――学園内公園エリアMêlée特設コート
待機線で両チームが観客への顔見世を終え、其々の開始線へ移動する。
グウィン達は到着までの間、実際の地形と告知されたマップ図面を擦り合わせた。マップ全体で起伏に富み地形効果を得られる箇所が多い。かつては薪などの農用林区域だった名残で、育樹され自然に還った雑木林が所々に複雑な影を生んでいる。それが、最大の懸念事項であるリンダの射撃から射線を遮る役目も果たしているのは僥倖だった。
「図面で見たより実物の方が遥かに良い塩梅だ。お陰でコッチに追い風が吹きそうだぜ」
自分の目で確認したことで、攻撃も防御にも有利な展開へコントロール出来そうだとグウィンは気付いた。前試合の教訓を得て、作戦の視点をほんの少し変えただけだ。それでこれだけ違うものが見えるのかと。
今回グウィン達が用いる陣形は、カクテルグラス型と呼べば良いだろうか。斜めに両翼を展開し、中央に指揮官を配置する。その後ろに二名が随行する形となる。先頭の二名は左にチェスター、右にシルヴィアの盾を持ったメンバーだ。その内側寄り後ろ斜めに配置されたのは、火力が高いアドリアナとスラヴェナ。その後ろに位置する中央のグウィンを頂点に三角を造るよう後詰めとして配置された二名、マリーとミーナが後方警戒も兼ねる。ルーは何時も通りに単独行動だ。
グウィンは部隊を分けず、戦術自体も極めてシンプルにした。指示が直ぐ部隊へ行き渡るように。自ら複雑なことをしなくとも、地形効果が勝手に戦術を深めてくれる。ならば指示をする内容も単純化が出来、騎士のパフォーマンスを発揮し易くなるだろう、と。
学園生アナウンサーの試合開始一分前を告げる放送が、簡易VRデバイスから音声通知された。
森林マップ内に設置されたスピーカーからカウントダウンアラームが鳴り始める。最後の四秒は――ピッ、ピッ、ピッ、ポーンとスタートを知らせる電子音が鳴り響く。
「状況開始!」
グウィンの号令で作戦行動を開始する。今回は部隊を一つの陣形で運用するため、メンバーは全員足並みを揃えた行動となる。但し、開始直後に草葉の陰へ溶けていった死神以外。
目指すは、天然の要害として目星を付けたマップ中央に近い右よりの場所。ここを拠点として相手が攻めて来るまで籠る。
籠城に近い戦術ではあるが、仮に相手が同じように籠城したとしても、攻めに転じざるを得なくなる筈だ。防衛拠点から動かなければ、死神が狩りに来るだろう。安全な巣穴が、獲物の豊富な狩場へと早変わりするからだ。
森林マップの広さを活用させないよう、相手が予想しない札を見せることで流れを引き込むのだ。
「さて。敵さんは部隊を分けて来るか、だな。オレの役目は相手が複数人で攻撃した時に、後方から前へ出て盾を刺し込んでからポジションに戻る嫌がらせ戦法だな」
「ルーに追い立てられて、こっちへ攻撃に転じた時の人数が何人で来るか、かな」
「少なくとも二手に分けて波状攻撃を試すと思われます」
移動しながら会話をする、グウィンとチェスター、それとシルヴィアの盾持ち三人は、防御を中心とした相手に有効打を打たせない方法で戦場のコントロールを測る予定だ。
移動で発生する音なども構わず、最速で目的地点に到達することを優先した。そこから眺めるに、相手チームは警戒しながら侵攻している姿が木の隙間などから時たま見える。まだ、こちらと同じ様に作戦を展開する場所に着いていないか、元より遭遇戦を考慮しているのかは、まだ判断材料は足りない。しかし、こちらは潜伏などもせず、拠点で防衛体制を取っているのが遠目でも判る情報を与えている。
グウィン達は、左方向凡そ十五メートル先、雑木が遮蔽物となった地点にリンダを含む四名が辿り着くのを視界に収めた。どうやら部隊を二つに分けたようだ。右方向にエイル達が移動している最中だった。
リンダ達二部隊が目前まで接近しているのに、全く動かず様子を伺うだけのグウィン達を訝しんでいる様子が垣間見える。幾ばくか距離が離れているため細かい表情までは見えないが、リンダは次の手をどうするか悩んでいることだろうと、グウィンはほくそ笑む。
事実、リンダはグウィン達が用いるであろう戦術を幾つかのパターンで予想し、個々の対策を立てていた。ところが、時間制限のある試合で、場合によっては千日手となる防衛線を選んで来たのは想定外であった。
エイル達の部隊はリンダの反対側、右側に少し高台となった場所からグウィン達の様子を見ている。リンダ、もしくはエイルが戦端を開けば、そのどちらかは拠点の横から防衛ラインへ侵入し、中と外から連携を崩す方針とした。即席チームが使える限られた戦術の中でも、保有する戦力から考えれば単純だが効果は高い。さすがにエイル達もリンダの指揮下で四戦を共にすれば、簡単な指揮であればその意味が理解出来るようにはなっている。しかし、チーム戦術自体に精通している訳ではない。だからこそ、危険と感じれば戦術に囚われず動けると言うことが最大の強みでもある。それを含んだ上でリンダは戦術を決定した。後は自分達が主導を取れるタイミングを見逃さずに行動開始が出来るよう、辺りの警戒をしながら感覚を研ぎ澄まして時が来るのを待つ。
彼女達にとって、一番の警戒対象は死神である。何せ、先の試合では姿を現した時以外、何処に居るのか映像にも全く写っておらず、尚且つ姿を隠したまま信じられない程の機動力を持っていることが判明している。グウィン達が陣取っている木立にルーがいないことを見れば既に潜伏しているだろうと伺えるが、それが拠点近辺なのか、将又、マップの何処かに移動しているのか。その軌跡が痕跡すら掴めないことがリンダ達を慎重にする要因である。
「(アッチの見なくて斬るヒトは二メートルまで近寄ったら見っけられるです。シルヴィア姉さんと遣りあってるときにギャースしてやるです! とりあえずライフルのヒトんとこでコソコソ斬りするですか)」
ルーは、リンダとエイルの部隊が足踏みしている場所のちょうど真ん中から、コソコソと高速に動き出した。
「足が!」
「え⁉ 攻撃された⁉」
リンダ達が陣取る雑木とシダ植物が生い茂る地点で、二人の騎士が思わず声を上げた。その対象が左端と右端に陣取っていた騎士で、お互いが数歩の距離であったことにリンダはゾッとする。警戒度を上げても嘲笑うかの如く、容易く懐に潜り込んでくる隠密性。それに付け加え、誰にも気付かれず離れた相手を瞬時に狩る能力まで死神が持っていた。更に攻撃があった瞬間だけに限らず、その前後ですら何処に居るのか微塵も悟らせることはなく。
それは、この場が捕食者の餌場であることを示していた。
「攻撃開始!」
リンダは進撃の号令を発し、部隊の移動を開始させた。ルーからの攻撃で部隊を動かさざるを得ない状況にされたからだ。足首を斬られてダメージペナルティが残っている二人には申し訳ないが、今ここに留まることすら危険である、と。経験したことも無い未知の技術を持つ相手と対峙するより、移動に遅滞が掛かるとしても、グウィン達と接敵して混戦に持ち込んだ方が勝ちの目は出る。武力としての総合戦力はこちらの方が上である内に仕掛けるべきだと判断した結果の指示だ。
その動きに合わせてエイル達の部隊も移動を開始する。移動時に死神が攻撃して来ないことは先の試合映像でも確認済だ。接敵し、攻撃を仕掛ける時に再び現れると予測するが、その対応は優先順序を低くしている。最優先で目標とするのは相手チームの要であるシルヴィアだ。彼女を自由にさせないことが肝要である。
二部隊で左右から時間差を付けて攻め入る。先に辿り着くのは距離からしてリンダの部隊になるだろう。リンダの拳銃が警戒されていることを踏まえて動けば、相手に牽制を強いる動きが折り込まれる。それは一手分こちらが有利に立ち回ることへ繋がる。そこへ直接的な警戒が必要なエイルの攻撃が重なれば、必ず隙が生まれる。隙を突き、一気に相手の最大戦力へエイルを辿り着かせれば、そこだけ戦場を切り離せすことが出来る。然すれば、敵の数を減らすこと、指揮官を敗退させることに部隊を動かせる。集中戦術に見せかけて全面へ電撃戦を仕掛ける短期決戦。それがリンダの用意していた戦術だ。
「(おーう、スタコラされたです。ライフルのヒト、状況判断が速いです。ならルーは、いないけどいるよ作戦でコソコソ斬りをムッシュムッシュなカンジにするですよ?)」
謎の単語を織り交ぜてリンダを追いかけるようにコソコソ移動するルー。が、途中で引っかかる。
「(こいつ、甘い香してやがるからナンだと思ったら木苺のヤツでした! 後でパクつくのです!)」
ルーが移動中に見つけた道草をその場で食べなかったことは評価に値しないだろう。後でドヤ顔しながら申告しそうだが、試合中に呑気が過ぎると咎められる案件である。
お見合い状態から戦局が動く切っ掛けはルーの隠密攻撃による、とグウィンは踏んでいた。指揮官ならば、見えない攻撃の対策無しにその場を固執するような愚行はしない。Dチームが進撃を開始したのはそう言うことだろう。リンダの部隊から動いたため、そちらにルーが現れたと思われる。二つの部隊が左右に別れたまま合流されないよう、こちらの拠点は前面からの攻撃が出来ない立地を選んでいる。敵の圧力を分散させること、そしてルーが自由に動けるスペースを確保する意味合いがある。
「やっぱりシルヴィアにエイルをぶつけて来るか。そりゃそうだわな……」
ここまではグウィンの予想した展開である。この先の立ち回りに全ては掛かっている。上手くこちらのペースに持ち込めれば勝機はある。
「右翼はシルヴィア中心に部隊展開! シルヴィアの右にはオレが入る! 左翼はリンダの対応! チェスターの盾を中心に専守防衛!」
リンダの部隊へ回したチェスター達三人は攻撃を捨て、完全に防御を主体で足止めをしてもらう。部隊を損耗させないこと――最低でも相手と同数を保つ――が第一に課せられた戦術であり、それを行うに最適な立地を選んだのだ。その間、エイルの部隊をシルヴィアが中心となる四名で敵の人数を削る。シルヴィアはエイルと遣り合うだろうが、エイルが剣を持つ逆手側にグウィンが陣取ることで警戒を引き出し、疑似的に二対一の状況に持ち込む。相手も四名いる訳だが、盾を持ったシルヴィアは二人相手に立ち回ることが出来るので問題はないだろう。エイル以外の攻撃に対処中は、エイルとの間にグウィンが盾を割り込ませて行動を阻害する役目も担う。その三人と地形効果を盾に、高火力のスラヴェナ、移動速度と攻撃の読みに優れるマリーの二人で、エイル以外の三人に対応する。その際、相手がエイルをフォローしようとするならばグウィンが盾で間に入る段取りだ。
「おい、そこに木の根が出てっから気を付けろよ」
「え? わたっ!」
高樹の合間に生い茂る雑木の脇をマリーが通る時、木の根に足を引っ掛けた。根元部分は空中に盛り上がるよう曲がっており、向こう側が見える空間を生み出している。そこにマリーの爪先がスッポリ入ってしまったのだ。もう少し早く言え、とマリーはグウィンに文句を言いながら場所を変える。戦闘中に足を捕られるのはゴメンであると。
地形を利用するならば、足元も有効に活用する必要がある。グウィン達は、部隊を展開しながら注意が必要な場所を頭に入れていく。
グウィン達が陣取っている拠点の右側から迂回する形でリンダ達は接敵した。防衛している相手と一対一の状況を造り出す筈であったが、そう簡単にはいかなかった。相手が防衛に展開した位置は傾斜や木立を盾としており、こちらの有利となる地点を上手く潰している。
両チームとも今大会の森林戦はAチームと戦い敗退したが、試合内容は全く異なっていた。Bチームは潜伏や陽動など、森林を有効に活用しようとした上で敗れているが、そもそもリンダ達Dチームは森林戦を遣らせて貰えなかった。その違いが森林戦の対策に現れ、一歩先に行かれる結果となった。
木立を利用し、人数差を上手くコントロールしている。むろん、リンダの拳銃を警戒している様子も見て取れるが、一対一にさせない立ち回りが上手く機能し、それをカバーしている。そのためリンダが予測した一手分の優位性が無くなり、対等な状況となった。
「(先の森林戦で経験を積まれたか)」
相手は盾役を中心に攻撃を誘い、木立で受けながら先へ進ませないよう道を塞ぐ。徹底した防御を取っていることから、こちらを足止めする目的だろうとリンダは判断する。シルヴィアの元へ通さない腹積もりであろうと。
「(だけど、こういう戦い方もある)」
ここまでリンダは、ライフルを肩掛けスリングで調整して腰だめの高さで扱う戦い方をしていた。そのスリングを肩から外し、銃床側を持つ右腕を起点にライフル前部を引っ張り上げるよう右腕へスリングを巻き付ける。そして、引き金部後ろのグリップを握り、銃床上部を右前腕の下に当て、梃子の原理で銃を安定させる。右腕に負担は掛かるが、銃の前部から引かれてピンと張った肩掛けスリングを左手で手繰るように持てば、上下の動作や狙いを左腕でフォロー出来る。当然ではあるが、銃剣を扱うことに影響が出ないよう左手の引きで重量バランスもコントロールする。只でさえ騎士剣よりリーチに優れた銃剣が、短槍と変わらぬ武器へ変貌したのだ。
攻撃距離を伸ばした銃剣が刺突を繰り出す。それが木立の隙間を縫って、相手に切先を届かせた。
「うわっ!」
正面からの攻撃を盾でいなしていたチェスターは、予測していなかった右横からの攻撃に思わず声を上げた。相手の侵入を防ぐ木立と自分までの距離は、剣の刺突攻撃では届かない位置を確保していたからだ。それが、剣を盾の前に添えて防御を固めていた右腕にリンダの銃剣が穂先を突き込んで来た。
「くっ!」
「(占めた!)」
チェスターの左隣で攻防を繰り広げていたアドリアナは、敵が声を上げて軸足からバランスを崩し、剣の軌跡が空振るほど乱れた隙を突いた。防御の体勢が間に合わない内に、木立の攻撃点とする場所から、刺突を通す。斬りは浅かったが、相手の手首に届いた。相手のAR表示は敗退したことを示す常時点燈に変わる。一ポイントずつ三回の攻撃を受けたと表示は物語る。開始時にルーが足を狩っていった騎士であった。先程の乱れは、攻防に意識が集中したところで、ルーが再び足を狩っていったと伺える。味方ですらルーが何時攻撃を仕掛けたのか全く判らなかったのは苦笑いするしかないが。
相手が一人敗退したお陰でチェスター達は三対三の同数となり、数の不利から解放された。受けが一つ減らせたことで、より防御に集中出来る。
「(彼女は、まだこちらをターゲットにしてる? 掴み処がないのは単独行動で状況に任せている?)」
味方を一人減らされたリンダは、ルーに対する警戒度をもう一段上げる。こちらの攻撃時に仕掛けて来るとは思っていたが、体勢を崩させて味方に討ち取らせるような場のコントロールまでして来た。ポイント一つを囮にルーの攻撃が何処から来るのか場所の特定をする腹積もりだったが、攻撃された際の様子を見るに、それすら難しそうだ。尚且つ、こちらが一人分攻撃の手を失ったことで、相手の防御力が目に見えて上昇した。ルーがまだここに居るものとして考えれば、脚を止めて撃ち合うのは愚策である。
ならば強行軍で木立を乗り越え敵の懐に入り込み、当初の予定通り一対一で戦える場を造れば良い。リンダは一言短く指示を出した。
「撹乱!」
リンダの声と同時に部隊が動く。味方の其々が木立を盾にする各個の敵へ強襲した。ここからが騎士として経験を積んだ技量の差を活かす。圧力を掛け攻撃を誘発させ、バインドからの半ば強引な位置取り変更。小等部の騎士では殆ど見ることがない技術を前に、チェスター達は押し通され、個々に分断された。
号令「撹乱」は、ルーに対しての攪乱である。各自がヒット&アウェイを繰り返し、脚を止めないことでルーの攻撃を牽制する意味合いがある。相手に連携を取らせないよう一対一の状況を維持しながら相手の戦力を削っていく。
リンダの号令は、エイル達への指示でもある。エイルを中心に四名がシルヴィアの元へ雪崩れ込む。当然のことながら、シルヴィアの前にはエイルが立ち塞がる。残りの三名も一対一になるように相手の拠点へ侵攻する。ここでも騎士個人が持つ技量により押し通った。
「(おいおい、地形の有利を強引に無効化されちまった。せめて乱戦なら何とかなったが弱点を突かれちまったな)」
グウィンは苦い思いから片眉を上げる。エイル達の強襲で個別に分断され、一気に不利となった。彼等の弱点は騎士としての経験不足である。メンバーの殆どが新入生であり、一般大会へ参加するレベルの上級生達と正面切って渡り合うには足りてないものが多い。故に複数人の部隊を単位とした攻防に持ち込み、不足分を補う必要があった。だが、そこを崩され相手が有利となる個の戦いに持ち込まれた。
シルヴィア以外はジリジリと押されている。一対一となったが、まだ木立など地の利を活用して何とか凌げている。このままだと瓦解するのは時間の問題だろう。しかし、逆転の目は残っている。その鍵となるエースの手札が動き出した。
エイルから一番離れた地点でマリーは相手と対峙していた。先を読む早さに技の速さが追い付いてはおらず、なかなか攻撃に転じることが出来ない。次第に防御一辺倒に追い込まれる。
ふと、マリーは視界に違和感があることを気付く。何時の間にか森の一部かと言うようにルーが相手の後ろに佇んでいた。それは、最初から其処に在るかの如く。
気付いた時には全て終わっていた。マリーの相手は背後から心臓部分攻撃を受け、敗退させられたのだ。攻撃を受けた騎士は驚きを以って振り返り、唖然とする。
草木と見間違えそうなギリースーツ姿のルーが、シダ植物の中へ溶けるように消えていく信じられない光景を目撃することになったからだ。
すかさずマリーはスラヴェナのフォローに入る。マリーの先読みが加わればスラヴェナの火力を活かせるだろう。二対一となり戦力的には有利となるが、そこは経験豊富な上級生が相手だ。二人でようやく互角の勝負になれば御の字だ。マリーかスラヴェナのどちらかは欠けて仕舞うだろう。それでも、相手を確実に仕留められることだけは確実だ。その後、生き残った方がグウィンとシルヴィアの加勢に駆け付ければ良い。
グウィンが左の防衛に充てた部隊では、チェスターがリンダの攻撃に四苦八苦している。凡そ、彼の経験では味わったことがない攻撃だからだ。
「(やりづらい……。この銃剣、軽い動きをしたと思ったら同じ動作で重い攻撃を仕掛けて来る。盾が無かったら終わってたかな)」
既に味方は誰もがポイントを一つ二つ失っており、非常に厳しい状況となっている。お互いのフォローも出来ず、防御で手一杯となり余裕がない。
味方が防御に徹する中、アドリアナは果敢に攻撃を繰り出している。傍から見れば押しているが、実際は攻撃を全て凌がれている。隙があれば反撃され、逆に押し切られるだろう。それが判っているからこそ、アドリアナは攻撃の手を緩めることが出来ないのだ。
何時から其処に在ったのだろう。
相手の背後に人と見紛う高さを持つ叢が鬱蒼と立ち茂っている。
アドリアナがその不自然さを認識した時には既にそれは消え去り、対峙していた相手の頭上に敗退を示すAR表示が常燈した後だった。
「(フヒヒー、二つ獲ってやったです。チョロっと顔出しして動きは見たです。もうスタコラしても通じないですよ? コソコソ斬り再開のお知らせです)」
ルーが態々姿を現して狩りをしたのは、敵の動きを把握するためだ。全体を見ながら、個々の敵が線で動く流れの中から攻撃を仕掛けられる点を見極める。それさえ判れば、相手が如何様に動こうがルーの敵ではない。
草葉の陰に隠れながら死神が再び狩りに出る。言い変えればコソコソと高速移動を再開しただけなのだが。
「んなっ⁉ 移動中なのに‼」
ルーは行き掛けの駄賃宛らに、ミーナが相手をする騎士の足首を狩り獲っていく。まさか、ヒット&アウェイで波状攻撃の最中に足を斬られることはないと踏んでいたのだろう。驚きで声を漏らしたのが良い証拠だ。予想外の出来事に意識が一瞬取られ、脚に受けたダメージのリカバリーが一手遅れている。
防御の立ち回りは得意なれど火力に不安を残していたミーナではあるが、生み出された隙を逃すことはなかった。
そうして無傷だった相手が一瞬で二ポイントを失うことになった。その直後にアドリアナが合流する。ミーナとチェスターの両方へフォロー出来る上手い位置取りだ。二対一の体制となり手数が増えたことで、相手へ傾いた天秤をこちら側へ手繰り寄せた。
後は何方が先に敗退するかの根競べだ。
エイルがシルヴィアと戦い始めてから何合撃ち合っただろうか、随分と時間が経った。技量の差は無いのであろう。互いに奪われたポイントは未だ無い。
当然のことながら、エイルは母方のヴォルスング家が伝える奥義「竜殺しの法」を用いている。技が完成の域に後少しで届くところまで鍛錬しているが、今の段階でも上位の騎士相手に十分通用する能力を持つ。それでも盾を持ち込んだシルヴィアは拮抗してきたことに、彼女の技量が単に高いだけではないことが伺える。
「(ホント、厄介だわ。イタリア式の良いところ全部取りで技を修めるなんて、普通はやらないわよ)」
戦いの最中は表情を読ませないエイルも、その仮面の下では苦虫を噛み潰している。今大会で数年振りに対峙したシルヴィアは、初めて戦った時と比べて格段に手強くなっている。小盾の扱いも練度が高く、エイルが時たま用いる超高速の切り下ろしも、大抵は反応できないレベルの速度でありながら剣の振り出しに合わせて押さえて来ることに瞠目する。その流れでしっかり反撃を仕掛けてくることも侮れない。さすがに奥義を使用中のため回避は出来ているが、小盾を除いてもセオリー通りにはやってこない技の組み合わせで、ヒヤリとすることも屡。
エイルにとってシルヴィアは、普段からの淡々とした性格そのままに、試合中も思考が読み難い面倒な相手である。
「(やはり、一段階レベルを上げて来ているようですね。ルーの言った通り、一定の距離内では見なくとも対応出来るレベルの気配察知ですか。実際、聞くと経験するとでは全く印象が違いますね)」
シルヴィアは片手剣の撃ち合いだけでなく、盾を使った攻防もエイルにスルリと回避されており、決め手がないまま時間だけが過ぎ去っていく。
今回Mêléeでは盾を持参したシルヴィアだが、普段では盾を持つ姿をほぼ見ることは無い。
春季学内大会では、初戦でヘリヤと組み合わせになりストレート負けを喫したが、その時も盾を持ち込んではいなかった。それは、ヘリヤ相手では小盾が全く役に立たず、逆に片手を塞ぐ枷となってしまうからだ。そう言った事情もあり、今までDuelに小盾を持ち込んだことは片手で数える程度だ。
シルヴィアの武術はイタリア式である。イタリア式武術の面白いところは、時代毎で隆盛な他の武術を取り込んできた歴史がある。だが、現在、取り込まれた技術が体系的に総合武術となっているかと問えば、そうとも限らない。
だから、シルヴィアは過去にイタリア式武術で採用され、戦の方法や主流から外れ廃れていった技術などにも着眼点を置いた。復古された様々なイタリア式武術を修めたのだ。そこにはドイツ式やスペイン式、フランス式、ローマ式、スイス傭兵式など、イタリア式武術に取り込まれ、時代や環境に最適な形へ変化していた技術が含まれている。
彼女の技には様々な様式が同居しており、それを容易に組み合わせて扱う。故に次の攻撃を予測することが困難であり、対峙するエイルを苦しめている。
エイル然り、シルヴィア然り。世界選手権で戦えるレベルの騎士は、何かしら卓越した技能を持つからこそ、世界の上位に在り続けるのだ。
「(チッ、防戦一方になっちまった。オレの技量アップも命題だな、こりゃ)」
何とか相手のポイントを一つ奪ってからは、攻撃する隙すら与えて貰えない程の猛攻を浴びせられているグウィン。ギリギリ盾でいなしつつも、既に二ポイントを失い後がない。起死回生の一手を模索するが使える手札は自分の技量のみ。それこそ対峙する相手よりも劣っているのは明らかであり、正攻法での攻略は選択肢から外れる。ならば、一度しか通じないであろう博打を打つ。
不自然にならないよう、攻撃に押されながら少しずつ後退する。雑木の茂る場所に差し掛かった時、不意に後退りするグウィンが仰向けに倒れかけた。
木の根に足を捕られた、と相手は判断しのだろう。倒れたグウィンを上から攻撃する体勢に変わった。
グウィンは後ろへ倒れ込む途中で不自然にピタリと止まる。マリーが足を引っ掛けた木の根に自ら足先を入れ、身体を支えたのだ。そこから相手の胴に向かって刺突を放つ。身体が固定されていれば、グウィンの刺突はJosteで培った安定性を発揮する。
倒れる筈が途中で止まる想定外。相手の認識を逆手に取った罠。
「(これを防ぐのかよ……。熟練の騎士はとんでもねえな。せめて相討ちには持って来たかったが過分な欲は身を亡ぼすってか)」
グウィンの剣先は、相手の腕で止められた。虚を突いた攻撃だったにも関わらず、対応されたのだ。そして、そのままグウィンは胴を薙がれて敗退した。
それとほぼ同時にスラヴェナの声が聞こえた。
「しまった!」
それは、シルヴィアの左側で奮闘していたスラヴェナが撃ち負けて漏らした声だった。
マリーと波状攻撃を繰り返していたが、さすがに相手の技量が高いだけはある。防御を熟しながら、タイミングを計られていた。マリーが攻撃し、スラヴェナが繋ぐまでの僅かな瞬間。マリーの攻撃を剣でいなした流れのまま、スラヴェナが攻撃を出す動きに合わせて剣を巻き上げ、突きを放たれた。胴を穿たれたスラヴェナはここで敗退する。
だが、マリーもいなされた後の動きから攻撃に出ることを読み、相手の視界から外れる位置へ移動していた。スラヴェナが討ち取られたと同時に、マリーの攻撃で相手を狩り獲った。二人が課した、一人になろうとも確実に相手を討ち取ることは成功した模様だ。とは言っても、生き残ったマリーは一度でも攻撃を貰えば即敗退になるまで損耗している。
数的には二対一であったが技量の差は大きく、苦戦を強いられた。攻撃を読み、木立を利用しつつ、脚を止めることなく動き回った結果、漸く仕留められたのだ。
しかし、マリーが最後に立った場所が悪かった。
そこは、エイルが支配する絶対圏内。エイルはシルヴィアと撃ち合っていた筈が、一瞬で領域に入った獲物を狩り獲る。シルヴィアから目を離さず、見ずともマリーの挙動を掴んでいるかの如く。
エイルが自身の攻撃範囲に入ったマリーを狩る動きを見せた時、シルヴィアはグウィンを斃した相手に向かった。マリーの援護には間に合わないと悟ったからだ。
そして、この場はシルヴィアとエイルだけが残った。
ミーナとアドリアナ、そしてチェスターは、数的利を生かせずに苦戦していた。相手二人に対して、アドリアナが遊撃することで疑似的に二対一の体制となる。戦局は有利に展開する筈であった。
しかし、リンダ一人に戦局を乱されることとなったのだ。
リンダはチェスターの相手をしつつ、その合間に銃剣の長さを活かしてアドリアナを牽制する。銃剣と言う特殊な武器で騎士と渡り合える技巧は知れ渡っていたが、今大会で見せた複数人相手の立ち回りこそが脅威であった。グウィン達が最初に戦った際、密集陣形の中央部から全体を見渡した上で適切なフォローをしてのけた姿が記憶に新しいが、今のようにリンダ単騎での動きに手を焼いている。
ミーナが対峙する相手の攻撃と防御を切り替えるタイミングに合わせてアドリアナが攻撃を刺し込む挙動を阻害し、チェスターの行く手を遮り合流させない。リンダが造り出す独特な間は、実際に対峙しないと判らない類のものであった。
チェスター達三人に対して相手は二人。その内の一人は二ポイントを失いリーチが掛かっている。にも関わらずリンダ一人のお陰で、彼等の思惑は全て覆された。何せ、ルーが通り魔的に強襲して一瞬有利になったが、それ以降は相手のポイントを奪えず逆に全員が二ポイントを失う羽目になった。
そして、リンダの銃剣がチェスターの盾で受けられたタイミングを見計らい、ミーナの相手をアドリアナが強襲した。ミーナはそこで敗退してしまったが、漸く相手を仕留めることが出来た。これで、リンダに対して二対一となり、チェスターとアドリアナは集中的に攻撃を仕掛ける算段が付いた。
が、その思考は一瞬、気を散らすことになった。
リンダは、そこを突いた。その状態で攻撃を受けさせれば、相手の挙動を後手に回すことが出来る。
仲間が敗退した瞬間には次の動作に移っていた。チェスターが盾で受けていた銃剣の接触部を起点にそのままの位置に抑え込み、ライフルのグリップを中心に銃床側を下から搗ち上げるように滑らした。自身はチェスターの左横へ蹈み込む。盾を押さえる時に体重移動で重さを伝えたのだろう。チェスターは、剣を持つ右方向に踏鞴を踏み姿勢を崩した。追撃するには剣を振るため体軸を整える必要がある。一手分多く掛かる状態にされたのだった。その時間は別の相手を攻撃するために生み出された。
盾から外れた銃剣部分は、ライフルの縦回転にて、下からアドリアナの脛を切り上げる軌跡を通った。
「(あちゃー、アッチが滅亡五秒前です。ちょっくらライフルのヒト、コソコソ斬りしとくですか)」
少し離れたところからシルヴィアとエイルの戦う様子を観察し、斬り込むタイミングを検討していたルーは、草葉の陰からコソコソとチェスター達の戦場へ高速移動する。
ルーが現場に着いたのはちょうどリンダがアドリアナを討ち取った瞬間だった。
リンダはアドリアナを下から切り上げたライフルの回転を移動に変換し、姿勢だけが整ったチェスターに向き直る。先程作った一手分が効いている。チェスターが攻撃や防御の動作を開始する直前に取り付けた。そのまま右脚を蹈み込み、銃剣を盾の隙間から晒されている胴へ突き込んだ。
「(⁉ フフッ、ここで仕掛けるのか)」
リンダは銃剣で刺突をする動作に入った瞬間、前へ蹈み込んだ右足首を斬られた。力の移動が始まっている最中に、その動作の起点となる右脚から力が抜けて姿勢が崩れる。この絶妙とも言えるタイミングで仕掛けるルーに思わず口角が上がる。その笑みは称賛である。
しかし、リンダが見せた対応は見事の一言だろう。
左へ倒れ込む身体をその勢いに任せて、自ら回転を掛ける。横回転の飛び受け身に似た動きは、低空でクルリと身体を小さく回し、左立膝の状態で着地する。そこからチェスターの膝を銃剣で横薙ぎした。
ルーからリンダを討ち取れるお膳立てをして貰ったチェスターだったが、まさかリンダが崩れた姿勢から横回転して攻撃に転じるとは予想だにしなかった。反応が遅れ、あっけなく敗退することとなった。
チェスターを討ち取ったリンダはライフルを捨て、左腰前に下げたホルスターから拳銃を引き抜き、撃鉄を起こす。弾込めをしていないシリンダーの初弾部位がロールして、有効弾が装填してある弾倉部位をロードする。Bチームの残存はシルヴィアとルー。この二人を相手取るなら、銃剣よりも拳銃が有効だと判断したようだ。リンダは、まだルーが居るであろうと想定し、拳銃を腰だめに構えたまま慎重に警戒する。
彼女の拳銃は、パーカッション式コルトM1851だ。南北戦争当時と同様、シングルアクションの六連装リボルバーだが、Chevalerie競技では投擲類の副武器デバイスは五発の制限があるため、シリンダーの一つは空にしてある。射撃までの規定操作としては、撃鉄を起こし、シリンダーを回転させて次弾を装填するまでが流れとなる。後は、投擲の替りに引き金を引くことでキャップ式の雷管火薬を打ち付け発火させ、弾薬の替りに実装している光学式弾道発生器を起動させる。この装置は標的を光で結び、実際の弾速を計算して着弾判定する仕組みだ。
「(ライフルのヒト、特殊部隊にでもいたですか? 銃撃部隊が面制圧で即時射撃体勢する動きをしやがったです)」
リンダが横回転で攻撃した動きは、一般兵の訓練にはない。ルーが言うように特殊部隊などが隊列状態から射線を重ならないように一瞬で前列後列に面で展開するための動きである。リンダ自身は民間人だが、知古に軍人でもいたのだろう。
「(ライフル捨てやがったです。リフォルファだけならチョロイです。後回しするです)」
スササササーッとルーは激戦地へ移動する。シルヴィアとエイルは一進一退で、お互いが未だに被弾していない状態だ。再び撃ち合いが始まり、二人の位置が入れ替わった。
「(見なくて斬るヒトが手前に来やがりました。手間なくウシロにピッタリできるから楽でいいです)」
エイルの後方ニメートル、検知される領域へ僅かに踏み込んだ位置。ルーは、ぬらりと立ち上がる。右にエイルを、左にリンダを視界に収めるように横向きの姿勢だ。
ルーが討伐以外にグウィンから託されたもう一つの仕事。それはシルヴィアがエイルを仕留めるための隙を造ることだ。
一番驚いたのはリンダであろう。ルーとの距離は五メートルほど。こちらが飛び道具を構えているところは目に入っている筈なのに、まるで気にする素振りがない。同時に、射撃しても逃げられるのではないか、と一歩を踏み込めない自分が居ることに気付く。ルーが動く気配はない。シルヴィアの攻撃にタイミングを合わせるつもりなのだろう。
ならば、こちらのチームが有利となるよう標的をシルヴィアへ切り替える。その来るべきタイミングにこちらも合わせ、エイルへの援護射撃とする。
シルヴィアまでの距離は凡そ八メートル半ほどだろう。リンダが拳銃での射撃精度を保てる限界点に近い距離である。
銃口をシルヴィアから離さないように拳銃を腰だめのまま引き金に指を掛け、左手は即座に撃鉄を引き起こし二射目を放つため、撃鉄付近へ固定する。
シルヴィアとエイルは、互いに撃ち合いながらも周りの状況を確認していた。撃ち合いながら二人の位置を入れ替わるように誘引したのはシルヴィアだ。これで最新の状況を確認した。
「(残ったのは私とルーだけですか。相手もエイルとリンダの二人。ルーが立ったまま動かないのは拳銃を気にする必要はないと言うことですね)」
リンダの銃口が自分に向いていることをシルヴィアは確認した。しかし、この状況は何ら問題ないのであろう。それが危険ならばルーは誰にも気付かれず排除に動いている筈である。だから、シルヴィアはリンダを気にすることはなくエイルに集中する。
「(あの娘、私の領域に態と入って来たわ。ギリギリの位置なのが嫌らしいわね。でも立ちんぼのままで、どう動くのか見えないのが不気味だわ)」
リンダと同様、エイルもルーの動きに驚いた。間違いなくシルヴィアの攻撃に合わせて来るのだろうが、現状ではその素振りすら見せない。先に排除したいところだが、ルーは奥義である「竜殺しの法」で狩りきれない厄介な相手だ。シルヴィアの隙を突いて相手取るには危険すぎる。リンダが拳銃を構えているところを戦闘の合間に見ていた。まだ発砲していないのは、タイミングを計っているのだろう。彼女が優秀な指揮官であることは、これまでの戦いを通して良く判っている。ならば、状況を有利にするための攻撃を選択してくれるだろう。だから、エイルはルーのことを一旦棚へ置きシルヴィアに集中する。
永遠に感じる一瞬の間が過ぎた。
シルヴィアがエイルへ、イタリア式レイピア術の刺突攻撃を仕掛けた瞬間、全員が動き出す。
ルーがカーブを描くようにWaldmenschenの高位歩法でエイルの背後へ移動する。あくまでもエイルを右横に捉える位置取りだ。
エイルはシルヴィアの攻撃に合わせて迎撃体勢へ移行していた。エイルが得意とする超高速の撃ち下ろしで強制的にバインドへ持ち込み、シルヴィアとの撃ち合いでは初見となる回避と防御をさせない巻き技をここで仕掛ける。
パン――と、渇いた炸裂音が二発。
そして、――チュインと金属音が二つ。
音と同時に、エイルはシルヴィアの刺突を剣で受け止めたまでは予定通りだった。が、背後のルーが攻撃に転じていた。リンダはルーを止められなかったのだろう。右の肩甲骨を斬られ、ダメージペナルティが発生する。それは、右腕を持ち上げる力が抜けてしまうダメージであった。剣を封じられれば、如何にエイルであろうとも成す術はなく。止めたシルヴィアの刺突が息を吹き返し、胴に吸い込まれるのをエイルは見ているしかなかった。
『戦局のお知らせです。只今、Dチーム残存一になりました』
場内にアナウンスが響く。
Bチームはシルヴィアとルーが無傷のまま残っており、一ポイントを失っているリンダは分が悪いと言えるだろう。
しかし、インフォメーションスクリーンで試合を見ている観客や騎士達は、飛び道具を持っているリンダに分があると見ていた。リンダから一番近いルーまでは、優に五メートルの距離がある。リンダへ近づく前に撃ち抜かれて仕舞うだろうと。それは、リンダが二発射撃した時に何が起こったのか、画面越しでは伝わっていないが故の評価であった。
リンダは動くことが出来なかった。冷汗が止まらずにいる。
それはコンマ数秒の間に繰り広げられた出来事であった。
シルヴィアの胴へ正確に射撃した銃弾は、信じられない方法で防がれた。ルーが何故、エイルとリンダを両方視界に収めていたのか理由が判った。リンダが拳銃で狙った位置の軌道上へ正確に前腕鎧を刺し込んで来たからだ。一度は防がれたが、反射レベルで即座に狙いを変え、二発目を射撃する腕をリンダは持っていた。しかし、二度目も防がれたのだ。つまり彼女は、銃に対する防御法を持っていると言うことだ。
「(上手い射撃だからラクチンです。銃口が向いてるトコにしか弾は飛ばないのです!)」
ルーの前腕鎧と手甲のセットは、副武器デバイスとして登録してある。盾や武器の扱いだ。だからこそ、剣だけでなく飛び道具の弾を受けても被弾判定にはならない。
止まった時間が再び動く。
最後の一人を仕留めるために、ルーがのそりとリンダに向き直る。
そして、ゆっくりと近付いていく。
乾いた炸裂音が連続で三度、響く。
残響が尾を引く中、リンダの心臓部分から生えた陰と見紛うメスは、Bチームが勝利したことを雄弁に物語っていた。
「とんでもないわ……。銃を避けるなんて出来ることなの?」
まだこの場に残っていたエイルが消え入るように呟いた。その目で見たが信じられないのだろう。ルーの頭上にはAR表示もない。つまり、三発全て回避したと言うことだからだ。
「ふむ、なるほど。避け易い射撃、ですか。フロレンティーナはこの動作に投擲を差し込むのですね」
シルヴィアは、初日にルーが話していた言葉をなぞりながら頷いている。それを聞いたエイルは、何を言ってるんだと少し引き攣り気味であったが、余りにも普段と変わらないシルヴィアを見ると、自分の認識がおかしいのかと目をパチクリさせている。
ふう、と大きく息を吐いたリンダは、銃を持つ手が固まっていたことに気付く。銃のグリップから指を一本一本剥がしながら、ホルスターへ拳銃をしまう。そして自分が体験した出来事を思わず口にしていた。
「引き金を引いた瞬間に相手が消えるなんて初めてだった……」
読まれて銃の初弾を避けられることは極稀にある。だが、大抵は大きく避けるので、次弾を回避されることはまずない。たとえ読まれても崩れた体勢では回避できないからだ。
しかし、ルーには当たり前のように銃弾を回避された。単なる防御法ではなく、避ける前提の技術が世にはあるのだとリンダは認識を改めた。
ルーの技術は、先の先、相手が引き金を引く前、「射撃する」と思考した気配を察知しての回避だ。回避方法は避ける方へ、その反対側にある肩甲骨を打ち付けるよう動かし、瞬間的に正中線を銃口から逸らす。Waldmenschenの高位歩法で股関節を柔らかく動かし、上半身の動きと連動させながら入り身になるように一歩進む。肩甲骨と股関節を柔らかく使えれば、動きの速度は極限まで高められる。それにより最小限の動作を瞬間的に加速させる。故に相手からは、引き金を引くと狙った先が消えたように見えたのだ。ルーは、それを三度繰り返し、リンダのがら空きになった心臓部分へメスを突き入れた。
基本は円の動きと波の動きである。関節と筋肉の円、体軸を中心に動く円、骨の動きで造り出される波、呼吸で生まれる波、様々な力が複雑に組み合わさり、身体が動きを体現する。ルーが通った足跡を辿れば、真っすぐ進みながら波打つように小さく蛇行していることが判るだろう。
そのルーは、そそくさと目的の地に向かっていた。
「フヒヒ、木苺パクつき放題です! 甘々なのです! ウマウマなのです!」
もっちもっちと木苺を食べながら、外した手甲を器がわりに木苺を摘んでいくルー。試合中に見つけた道草を回収しに来ていたのだった。
公園エリアの休息スペースに設置された待機線へ、ルーが何時まで経っても現れなかったため、探しに来たグウィン達が引き摺って行くまで、道草回収に勤しむルーであった。
こうして冬季学内大会Mêléeの部は、全試合が終了した。
今大会のMêléeは見どころが非常に多く、観客だけではなく騎士の間でも語り継がれる内容であった。
いつもはDuelに参加している騎士がMêléeならではの特殊な技術を持ち出したり、普段では見ることの出来ない戦いなど、色々と初めて目にするものが盛り沢山に詰め込まれていた。
そして。
アバター更新案件が一気に増え、涙目になったウルスラ。
しかし。
涙目になったのは彼女だけでは無かった。
夏季休暇返上で姫騎士さんの武術プログラムを先週まで作成したアバターチーム。
彼等もまた、悲鳴を上げることになったのである。
【Mêléeリザルト】
Aチーム:四戦 全勝
Bチーム:五戦 三勝二敗
Cチーム:四戦 一勝三敗
Dチーム:五戦 二勝三敗
Eチーム:四戦 一勝三敗
今回で集団戦は終了です。
次回からは主人公が参加しないDuel戦が始まります。
集団戦のお話、4章の12話から18話まで(14話を除く)は、脇役にスポットライトを当てています。
脇役の人数が多いので、キャラクタと言う記号ではなく、人として厚みを持たせたかったと言う思惑があります。
んでも、セリフ回しで表現するのもアレなので、地の文にて状況と背景を密に記載する方法を試してみました。
脇役達の心情はなるべく記載しませんでした。
キャラクタの状況と行動から、このキャラはこんなこと考えてるんじゃないかな?的に想像の余地を残しています。
まぁ、ぶっちゃけ記載方法の実験してただけなんですが……。
だから、冗長になって一万文字オーバー連発です。
今回は二万文字オーバーになったりしています。
あ、16話と17話は元々1話で書いてたのを分割してるんで、こいつらだけ日本語タイトルの付き方が違います。
本当は、「砂上の楼閣と資質」だったですが、話とともにタイトルも分割したのです。
そんなカンジ。




