04-017.資質。 "A"Gruppe und "C"Gruppe, Wettbewerb im Mêlée.
2万字軽く超えたので分割しましたその2
なろうはタイトル入りきらないのだ……
今回の正式タイトルは以下でございまする
『04-017.資質。 "A"Gruppe und "C"Gruppe, Wettbewerb im Mêlée. "unterrichtet werden"』
それは、何時の間にかそこに居た。
最初に見つけたのはチェスターだった。指示の有無と定点確認を兼ねてグウィンにハンドサインを送り、その返答が出るのを注視していた時だった。
ポツンと森の中に佇む影が音も無く、ゆらりと揺れる。ゆっくりと、しかし確実にグウィン達が潜む場所へ近づいていく。
一瞬の驚きに目を見開いた後、すぐさまハンドサインを送る。同じようにシルヴィア班からもハンドサインが出されていることをチェスターは視界の隅に見た。
――後方に敵あり――
グウィンとマリーは、その合図を受けて小乃花が追い付いて来たことを知る。
見えない敵への対処法。各部隊がお互いを視野に入れて三方向から死角を失くす――グウィンの取ったティナと小乃花対策だ。それが功を奏した。
敵が何処から来るのか確認するため二人は振り向く。そして唖然とする。
自分達の元へ隠れることなどせず、ゆっくりと歩いて来る小乃花が見える。その姿はまるで影そのものだ。それを見つめ、幾度も瞬き、目を擦ってしまう。
遠くから近付いてくる影は、ピントの合わない写真のようだった。まるで幻影を見ているのではないかと疑ってしまう。
しかし、遠くに居た筈の影は、瞬く間にほんの数メートル先まで接近していた。
慌てて迎撃態勢に入るグウィンとマリーだが、それは遅すぎた。
「あれ?」
本人も声に出していたとは気付かない様子のマリーは、細胞給電式コンタクトレンズ型モニターへ表示された被弾通知に目を見開く。視線を下げると、何時の間にか胴に二本の棒手裏剣が生えている。何が起こったのか理解が追い付かないまま、頭上に敗退を示すAR表示が点燈していた。
――小乃花さんの隠形はこの森の形だとシャレにならねえです。
グウィンは試合前にルーが言った言葉を思い出した。
完全に姿を隠されるよりも半端に見えている方が対処に難しいと聞いたが、その意味が身に染みた。あれは直接目にして初めて恐ろしさが判る技術だった。相手の姿も距離間すら全てが幻想に見えた。しかし、繰り出された攻撃だけは実像であった。
「Dパターン!」
グウィンの行動は速かった。後方からの強襲に、なす術もなく一人狩られた瞬間には駆け出しながら戦術変更の指示を叫んだ。
張るべき伏線を読み潰された上、陣形も機能する前に食い破られた。最早、潜伏している状況ではない。陣形が破られた際の戦術として用意した「Dパターン」は、一度に狙うターゲットを点で捉え、二部隊による二面攻撃で確実に削る。そのためには、まずシルヴィア達の要撃班と合流し、チェスター達の強襲班と足並みを揃えて一気に機動戦へ変更する。要撃班が潜伏している十数メートル先の位置までが異様に長く感じるグウィンであった。
「おお、なかなか素早い」
走り去るグウィンを見ながら、淡々と所感を漏らす小乃花。最初の仕事を果たしたので、自チームが動き出す様子を高みの見物中だ。次の仕事までは猶予がある。その隙に地形と全体の気配を索敵で捉えながら脳内マップを更新していく。
今回、小乃花がグウィン達を追い詰めた技。気配を曖昧にし、視界から入る情報と認識に齟齬を与える。そして相手の呼吸を読み取り、思考の隙間を縫って接近する隠形術である。彼等には、小乃花が終始ゆっくり動いている筈が、距離を無視したように突然近寄られたとしか見えなかっただろう。
観客達が見ていた試合中継では、普通に歩いて来る小乃花にグウィン達が反応しない不思議な映像となっていた。カメラでは記録出来ない類の技法は、得てして客観的には認識出来ないものである。
そして、小乃花は手裏剣の投擲に奥義を使った。難波歩きで基本の一つである半身連動から投擲に必要な挙動を練り込み、自然な所作に合わせて片手ずつ投擲した。脱力をした状態からの投擲は、何時攻撃されたのか察することも難しい技である。
「動いた。小乃花は一人獲ったみたいね」
「少年はシルヴィアのところに向かってるわ。彼が合流したら始めましょう」
三十数メートル先に敗退者を示すAR表示が常時点燈する。もう形振り構う余裕がないであろう、グウィンの指示と思われる声がここまで聞こえた。
エルフリーデとクラウディアは作戦開始のトリガーをグウィンの合流に定めた。相手は次の手を出して来るつもりだろうが、それはこちらも同じだ。
グウィンがシルヴィア達の潜伏している背が高い叢の陰へ飛び込んだ。
それは本格的に戦端が開かれる合図である。
「全員作戦開始!」
エルフリーデの合図で二つの部隊が一斉に戦闘速度で進撃する。それはルーへの牽制も兼ねている。移動速度が上がれば、コッソリ足首を狩るなど難しくなるのだ。
相手の居場所が判明している今、移動時に発生する音などを気にする必要もない。
左翼はエルフリーデ達の部隊、右翼はクラウディアの部隊で横に広がった横隊となっていたが、侵攻に合わせて密集陣形に変化する。態々、敵から挟撃を仕掛けるには持って来いの陣形を取ったのだ。
グウィン達は、潜伏位置が割れている以上、打って出る他に活路は無い。だから誘いと判っていても、一気攻勢をかけるため姿を現した。
その瞬間、エルフリーデの部隊は右から来るシルヴィア達へ、クラウディアの部隊は左から来るチェスター達へ向けて分離する。最初から迎撃を目的として、左右の部隊を入れ替えるための密集陣形であった。
まずはエルフリーデの部隊とシルヴィア達が交戦に入った。
シルヴィアへ集中攻撃が仕掛けられる。ウルスラがシルヴィアの剣が届かない位置から射撃を開始したと同時に、ヴリティカが射線の反対側からパタの回転を伴った連撃を加える。シルヴィアは、剣を持つ右側にウルスラ、盾を持つ左側にヴリティカと、配置をアンマッチにされた。結果、防御に集中せざるを得なくなり攻撃を封殺されている。
その状況を維持するために小盾を持ち込んだエルフリーデが、グウィンとアドリアナを牽制する。シルヴィアの元へ辿り着けないよう阻害するのが仕事だ。故に、相手を倒す必要も初めから無い。それは別の者が狩りに来るからだ。
「(チッ、指揮官だからと技量が低い訳じゃねぇ良い例だぜ。最小限のいなしで進ませない立ち回りは教えを乞いてぇくらいだ)」
グウィンは片手剣とカイトシールド、アドリアナはオークショット分類ⅩⅢタイプの両手剣を装備している。アドリアナの攻撃力は中々に高く、グウィンも盾の運用を鍛錬しているため防御も固い。しかし、対峙したエルフリーデは立ち位置だけで進む道を塞ぎ、二対一を一対一になるように誘導したりと、グウィン達それぞれが得意とする技法すら使わせて貰えない巧みさに翻弄されている。
エルフリーデはDrapeauを主戦場としているプロチーム、Salzfestungの二軍に所属している指揮官候補生だ。彼女にとって森林戦は、数多いマップカテゴリーの一つである。然しながら、只の森林戦だけではなく、山の斜面が険しい山林戦や武器を振ることも難しい密林戦など、試合では採用されることもない厳しい条件下で数えきれない程の鍛錬を繰り返した経験を積み重ねている。その鍛錬相手は世界一にもなったことがある一軍のチームだ。森林戦でどのような戦術を用い、指揮をし、立ち回れば良いのか世界で戦えるように叩き込まれている。このマップ上ではWaldmenschenに次ぐ森林戦のエキスパートである。
その積み重ねた技術は、容易にシルヴィアを孤立させた。
「(これは厳しいですね。まさか防御を徹する羽目になるとは思いませんでした。これも集団戦ならではでしょうか。認識を改めなければなりませんね)」
シルヴィアは盾でヴリティカの連撃を凌いでいるが、等間隔で連射される矢の処理に剣を奪われる。予想以上に集中力を高める必要を強いられている。消耗度は激しく、長くは集中力が持たないだろう。そうなる前に仕掛ける。
等間隔の射撃。シルヴィアは、それを利用した。矢の飛来するタイミングに合わせ、ヴリティカのパタを小盾で受けた瞬間、威力を肩甲骨で逃がしながら内側、つまり右側へ引き込んだ。同時に飛来した矢の処理を行った剣をムリネで剣身を回転させ、パタの上から抑え込む。そして、そのまま剣を滑らせ、ヴリティカの右前腕へ切先を届かせた。
ヴリティカの頭上には、敗退を示すAR表示がされるのだった。
元よりポイントを二つ失っていたヴリティカの何処へ被弾させても敗退に追い込めるからこその賭けであった。そして、ウルスラまでは三歩で届く。次の矢が飛来するにはまだ一拍の猶予があり、それだけの時間があれば射撃前に仕留められる。
しかし、行動へ移す前にシルヴィアの心臓部分には矢が着弾していた。
「ふう。罠は単純なほど嵌まると効果が高い訳ですね」
「そだよ~。射撃速度変えてた的~。ヴリティカもまったね~」
「あの娘、こっチに来なかったカら向こウね。後は任せたワ」
「了解的~」
三歩の距離ならば、ウルスラにとって心臓部分は必中だ。敗退して去り行くシルヴィアとヴリティカをウルスラは陽気に見送った。
ウルスラの連射速度を偽装することは初めから作戦に折り込まれていた。ヴリティカの連撃を押さえられシルヴィアが攻勢に出た場合、最速の射撃を繰り出し予想外のタイミングで討ち獲る。ヴリティカかウルスラのどちらかで、刺し違えても確実にシルヴィアを仕留めるための作戦だ。最悪、二人共敗退しても已む無しと言う、被害度外視の一手である。その結果、見事に相手の切り札を討ち獲ることが出来た。
「マジかよ、こりゃ参っ⁉」
剣を交合わせているエルフリーデの後方で、シルヴィアが敗退したのをグウィンは視界に捉える。一撃で仕留められた様子を見せつけられ、思わず声に出てしまったグウィンだが、その言葉は驚きに遮られ最後まで紡がれなかった。
なぜならば。
背後に衝撃が走り、自分が敗退した通知を細胞給電式コンタクトレンズ型モニターに表示されたからだ。
「なんで⁉ いつの間に!」
同じくグウィンの斜め後ろで声を上げるアドリアナ。彼女の頭上にも敗退を示すAR表示がされている。
二人は攻撃を仕掛けられた後ろへ振り向いた。
そこには森の色に溶け込むティナが佇んでいた。
下げられた両手には、やたら厚みのある白い剣身が輝くサクス、剣身に「+VLFBERH+T」の文字が刻まれた豪奢な装飾の柄を持つサクスが光を鈍く反射していた。其々がカレンベルク本家の宝剣、Waldmenschenの王であるケーニヒスヴァルト家の宝剣である。
ティナは小乃花がクラウディア達の向かう方角へ移動したのを見て、エルフリーデ達の元に移動した。シルヴィアはヴリティカとウルスラが対応していたので、エルフリーデが押さえているグウィンとアドリアナをターゲットに設定する。エルフリーデが地形と木立を利用しながら、一対一の波状攻撃しか選択出来ないよう巧みに防衛線を張っていたが、増援ありきの動きであった。だからその動きに合わせた。同時に二人を仕留められるタイミングを見つけだし、音も無く背後へ降って来たのだ。
後は両の手に持つサクスで、背後から二人の心臓部分へ刃を突き立ててお終い、である。
「やれやれ。こちらはお終いですね。向こうもそろそろ片が付く頃合いですか」
「ギリースーツの娘が残ってるから、まだ油断は出来ないけどね」
ティナとエルフリーデは既に観戦モードだ。観戦先は、クラウディアが戦線を押し上げたので二十メートル以上は離れている遠間であるが。まだ戦闘は絶賛継続中なのだが、余程のことが起こらない限り手を出す必要も無いと判断している。ウルスラだけが森の中をキョロキョロと見回し、「モリゾーどこにいる的~」などとフンフン鼻息荒く呟いている。ルーを狙撃する気満々のようだ。
――エルフリーデ達がシルヴィアと戦端を開いた頃。
チェスター達強襲班の手前には、クラウディアの部隊が迫っていた。彼等は潜伏していた地形段差の陰に生い茂るシダ植物の中から飛び出していた。元居た場所は潜伏と要撃には向くが、四つに組んで立ち回るには厳しい。開けすぎているのだ。
チェスター達は作戦変更の指示を受け、打って出るため直ぐに移動を開始したが、相手の侵攻速度がそれを上回り呆気なく捕捉された。そのため、半端な場所で迎撃することを強いられる。万が一、この近辺で直接戦闘となった時は、七、八メートル後方に木立の並びが天然の盾になる場所があり、そこへ相手を引き込んで凌ぐ予定だった。そこへ辿り着くよりも早く接敵したため、何とか予定した場所まで退がり、態勢を整える必要がある。
相手は、クラウディア、リゼット、マグダレナと、刺突が強力な騎士だ。
だからこそ、無傷で盾持ちのチェスターが敵の注意を引く役目を受け持った。加えて、彼が扱うイギリス式武術の固い防御力は折り紙付きであり、ミーナとスラヴェナを退避させる時間が稼げると見込んでのことだ。
まずは一当てして様子を見る。クラウディア達が最初から決めていた方針だ。
その役はマグダレナが受け持った。
理由は単純だ。クラウディアの持つヘルバルトは、その射程から混戦状態になった際のフォローに向く。リゼットは一ポイント失っているため、もしものことを考えて。二人共、マグダレナの初撃で相手がどのように動くか見極めてから対応する手筈となっている。
盾持ちの少年が仲間を守るように前へ出ている。
マグダレナは、凡そ剣が届く筈もない位置から攻撃を開始した。
背筋を伸ばしレイピアを構え、スペイン式武術の幾何学的円の歩法で遠間から瞬間的に一歩蹈み込んだ。
これは相手を崩すための誘いだ。人は攻撃の挙動を感じると、それに反応する。意識は防御や受けなどに回され、攻撃に吸い込まれるように其方へ、ほんの僅かだが体勢を整えようとする。実際に攻撃が来なかった場合、防御に向けていた意識は瞬間、途切れる。ここで攻撃を貰えば、通常よりも大きな威力で受けてしまう。攻撃の虚実である。
マグダレナの二歩目。その空白の間へ届かせる攻撃の実を放つ。
以前、花花と戦った際には虚実を見抜かれ、攻撃方法を可変させる布石に利用せざるを得なくなった技法だが、彼女が繰る巧みな誘いは大抵の騎士相手ならば良く効く。それは、彼女が戦い辛い騎士として、歩法と共に挙げられる理由の一つでもある。
チェスターはタイミングをずらされ、防御も出来ずに刺突を貰うだけの状態にされていた。しかし、その一撃が当たる瞬間に盾で防ぐことが出来た。それは技術ではなく、驚きで盾を持つ腕が振り上がった先に攻撃があっただけだった。それでも、マグダレナの刺突を防ぎ、盾に斜めの角度が付いていたことで刺突を上方へ流すことが出来た。
だが、偶然はここまで。
マグダレナの攻撃が盾に防がれた瞬間には、クラウディアが後詰めをしていた。マグダレナの右後方からヘルバルトのブレード角部分をチェスターが持ち上げた盾の上部に引っ掛ける。そして一気に盾を降ろし剥いだ。
その段にはマグダレナの体勢が整っていた。最短距離を最速で点の攻撃が放たれる。
「また! 足斬られたの!」
マグダレナの刺突がチェスターの心臓部分へ吸い込まれるのと、リゼットの叫び声は同時だった。
マグダレナの攻撃が防がれた瞬間に動いたのはクラウディアだけではない。リゼットはチェスターの右後ろにいるスラヴェナへ斬り込んでいた。
退り始めた相手の移動に合わせ、エストックの柄側を持つ左手を残して距離が延びる片手突を仕掛ける。蹈み脚となる右脚で大地の反発を掴み、前と上に発生した力を体重と共に剣先へ移動させる瞬間、右足首をスッと斬られたのだ。ダメージペナルティで起点となる脚から力が抜け、まだ空中にあった左脚が予期せぬ接地となり踏鞴を踏んだ。完全にバランスを崩し、リゼットはコロリと転がった。
草葉の陰に死神がいる。
それはクラウディア達に警戒を強いることとなり、ミーナとスラヴェナが退避する時間を与えた。二人は戦闘場所として予定していた地点へ滑り込んでいった。
エルフリーデとクラウディアは、小乃花を起点に戦局が動いた時、ルーは放置することに決めていた。何処に潜んでいるのか判らず、気付くと足首を斬られる。それならば最初から攻撃を貰う前提とした。出現後に対処する方針だけは、最初から変わらない。
そして、此度はクラウディアの方へ死神が訪れただけである。
「ううー、技を止められたの。屈辱なの」
恨めしそうにリゼットが唸る。相手の逃げに対応する高度な技法を含んだ技。それを絶妙のタイミングでルーに潰されてお冠なのだ。彼女は華麗な技を揮うことこそを是とする。人を魅了し、記憶へ残るように。それがリゼットの騎士として成る全てである。
そのためにドイツ式武術を始め、イタリア式武術やスペイン式武術を齧り、フランス式サブル術、そしてフランスの総合武術であるサバットを修めた。彼女がエストックを愛用するのは、剣術だけではなくサバットのラ・キャンにも使用できる形状だからだ。
「たぶん、まだ潜んでいるわ。また来るのよ、必ず来るわ」
マグダレナは、ルーがシルヴィア達に合流することは無い、と読んでいる。
闘牛と同じだ。Torero matadorが練習に用いた後の闘牛はヒラヒラと鬱陶しいカポーテではなく、人を攻撃すれば良いことを学習してしまう。ルーにとって天敵であるティナと小乃花、そしてウルスラはカポーテと同じなのだろう。そこに突撃すれば良いように仕留められてしまうことを知っている。ならばカポーテは無視して人を狙うだろうことは想像に容易い。直ぐ手を伸ばせば届くところに獲物が居るのだから。
「リゼットを中心に横隊で進みましょう。進軍速度は緩徐で、あの娘を惹き付けるわよ」
クラウディアは、ゆっくりと部隊を移動させることでルーの攻撃を誘発させる方法を執る。これはルーの自由な動きを予測し易いよう自分達と同一線上に連れていくためだ。相手の部隊を攻撃する時に合わせ、必ずルーが仕掛けて来ると予想しているが、それは小乃花、もしくはティナにルーの居場所を知らせるための布石とする。死神の相手は、それを狩れる者に任せる。
そして、リゼットを挟んだ横並びの隊列は移動中にルーから攻撃をされた場合の対策だ。中央のリゼットを狙うならば、敵に挟まれた位置から攻撃することになる。容易く反撃される位置取りなどルーはしないと踏んでいる。だからこそ、左右に無傷のクラウディアとマグダレナを配置し、そこへ攻撃をさせる前提としたのだ。
相手までは十数歩の距離。ちょうど木立が入り組んだ場所に陣取っており、刺突などの直線攻撃に制限される地形だ。刺突の専門家まで有するクラウディア達の方が断然有利であることは判り切っているだろう。だとすれば、木立を盾に専守防衛をすると考えられる。援軍が来ると信じて。
「(ものスゴク警戒されてるです。とりあえずアッチへ着く前に一つ削っとくです)」
リゼットへ攻撃したルーは、大分離れた地点まで退避していた。敵と味方が一望出来る場所だ。そこからクラウディア達が通るであろう経路を予測し、攻撃を仕掛けることが可能なポイントへコソコソと移動した。
それは、クラウディア達が距離を半分まで埋めた時に起こった。
「そこか!」
音も無くスゥッと左足首を斬られたクラウディアは、間髪入れず左下方向へ反撃する。予め予定していた行動なのだろう。石突き付近を左手に持ち替えていたヘルバルトは、腕の長さも含めてニメートル以上の広範囲を薙ぐ。
さすがに匍匐状態で回避は出来なかったのだろう。ルーが音も無く飛び跳ね、現れた。
ヘルバルトを薙いだ勢いを利用し、ルーと正対するように態勢を流したクラウディアは、勢いそのままに武器を捨てる。すかさず副武器デバイスのショートソードを引き抜き、前傾に移動させた重心と右脚の蹴りで跳ね、ルーとの距離を詰める。ダメージペナルティを受けている左脚には加重させず、着地時に自然と脚が置かれるように膝でコントロールする。それと同時にBasteyの構えから切り下ろしを仕掛けた。
ルーはショートソードを前腕鎧で受け止めた。ルーの小手が相手の剣を絡め捕る機能が有ると知った上で、クラウディアは攻撃を仕掛けたのだ。
クラウディアの剣を絡め捕ったルーは驚くことになる。絡め捕った筈の剣から、まるで腕を掴まれているような感覚を与えられる。そして、抗えない抑え込みが下丹田に掛かり、ルーは腰から崩れて転がった。
そこは強かなルー。体勢が崩された瞬間に後方へ転がり、前腕鎧で受け止めた剣を外す。受けていた抑圧から解放された瞬間に、退避ルートへ姿を隠した。
「逃げられたか。膝を突かせて一撃入れるつもりだったのに……。さすがはクレーフェルト、と言ったところかしら」
「あの娘、危険は冒さないタイプよ。次は私を狙うわ、狙うのよ」
クラウディアと相対するのは危険であるとルーに警戒されただろう。ならば、次の囮役はマグダレナである。ルーが確実にマグダレナを狙うように、横隊の陣形をそのまま維持しながら三人の左側位置が固定だと見せ付け、クラウディアのダメージペナルティ回復を待つ。
再び潜伏したルーは次の攻撃地点へコソコソ移動中。追撃と位置特定を避けるため、かなり大回りなルートを選択している。
「(アレなんです⁉ 受けたのまんま返そうとしたら腰砕けです! ナニしやがったかわからんです! クックロビン狩ったのがダレかわからんくらいナゾです!)」
心の声も賑やかである。
ルーは前腕鎧で剣を受ける時、腕の力を使っている訳ではない。手首から足首までの骨を整列させて強固な構造にし、脱力することで身体全体に攻撃の威力を分散させて受けるのだ。時にはその威力を利用する。受けた攻撃の威力を左の肩甲骨から右の肩甲骨へ伝え、右手のメスで攻撃の威力をそのまま返すのだ。ヴリティカの攻撃を受けて、即座に腕を斬り付けたのがそれだ。
しかし今回は、その受け能力が仇となった。
――カレンベルク流操身法――
クラウディアが仕掛けたのは、カレンベルク一族が継いできた家伝の一つ、身体操作による相手の制圧だ。
元々は武器術から発祥した武術だが、身体操作こそを重点的に理合いが発展した。それは身体の内部を運用する技法である。身体の使い方を知ることで、構造上の弱点を学ぶ。そして、呼吸と姿勢、脱力を基本に置き、無意識反応や生理反射、経絡反射や経穴など、人の持つ機能を利用する。
人の部位は特定の位置や角度にある時、触れるだけで筋肉を固定したり、ダメージを受けるなどの弱点が身体の至るところに存在する。触れる角度や強弱によって効果が変わる部位もある。小乃花の骨法でルーに見せた――ほんの一部だけだが――、痛点を直接押さえて崩す投げ技も同じ部類に入る。
カレンベルク流操身法の特異な性質として、既存武術が用いる身体運用を差し替えられることだ。外から見て判らない身体内部の動作を全て置き換えるのだ。然すれば、見た目は同じ動きのまま別の効果を産み出し、攻防の選択肢を広げることになる。
因みに、姫騎士さんがドイツ式武術の身体運用をまるっとWaldmenschenの身体運用に置き変えた「姫騎士スタイル」と言う素っ頓狂な運用方法は、この技術を流用したものだ。
ルーは、三つの技術を以って攻撃をされた。
まずは、腕の経絡を機能不全にし筋肉を固定する急所を手の替りに剣で押さえられた。
――クラウディアは敵の配置を見つけた時、相手の戦術が掴めたことの他に、もう一つ収穫があった。ヴリティカの攻撃をルーが小手で受けるところを見ていたのだ。受ける瞬間すら小手が微動だにしなかったのは、身体の構造で受けているからだと推測した。だからルーの左腕をそのままの状態で固定し、構造の中に通り道を作った。
次に呼吸を合わせられた。
――ルーが息を吸おうとする瞬間に、クラウディアは自身の姿勢と呼吸をルーが主導となるよう合わせた。剣が小手と触れている一点に、身体操作で全ての体重を流し込む。ルーが主導となっているからこそ相手への抗力が生まれて仕舞い、脱力で掛けられた重さをそのまま受けることになった。
そして三つ目は特定箇所へ重さを掛けられた。
――クラウディアは剣からルーの臍下丹田へ向けて体重を乗せた。固定した通り道は、途中で力を逃がさず目的地へ素通りさせる。スルリとクラウディアの体重全てが臍下丹田に流れる。腰の一点を瞬間的に押さえ付けられ、ルーは下半身から崩れたのだ。
クラウディアの攻撃は剣で斬るように見えて、実際は体術だったのだ。
ヘルバルトでチェスターの盾を剥いだ技も、同じく身体操作の法を使っている。
「(クラウディアさん家も、やっぱりカレンベルク一族です。ルーの知らないエゲツネェ技を使って来やがりました……)」
言葉尻は心が折れそうな雰囲気をプンプン匂わせるルーは、フェイスマスクで表情こそは見えないが露骨にウゲェとしかめっ面をしている。その顔が見えたならば、近寄るのはゴメンです、と物語っているのが判ることだろう。
三十秒のダメージペナルティ回復時間を含め、たっぷり一分以上をクラウディア達はその場で過ごした。その時間は、ルーが次の場所へ移動するだろう時間も考慮している。そして、小乃花が配置に着くまでの時間でもある。
待機時間中、まるで巣籠りしている相手部隊の後方に、小乃花が一瞬だけ姿を見せた。それ以降は彼女の隠形で何処に居るのかも判らないが、ほぼ間違いなくルーを狩るための準備に入ったことだけは判った。
「向こうは終わったみたいなの」
リゼットの言葉で、クラウディアとマグダレナはエルフリーデ達が戦っていた場所に目を向ける。なるほど、シルヴィア達三人とヴリティカの頭上に敗退を示すAR表示が出ており、制圧が完了したと一目で判別出来る。ティナの姿もあるので、あちらへ合流したようだ。敗退者もその場に留まっているところを見ると、こちらの決着がつくのを見守っている様子。
ウルスラだけは弓に矢を番え、キョロキョロと何かを探している。まぁ、狙う相手は間違いなくルーであろう。
「さて、そろそろ決めに行きましょうか」
クラウディアの言葉で進軍を再開する。速度は変わらずゆっくりとである。
相手が籠っている場所へ近づけば、なかなかの地形効果を持っていた。木立の間隔が狭く、巻き付いた蔦漆の葉が隠蔽度を増している。木立の手前側に陽がポツリポツリと当たる箇所があり、若木が育ちつつある。それが木立の隙間から奥側への通り抜けを防いでいる。また、若木の隙間を覆うように腰丈の叢が茂り、相手の姿を隠すことと、叢に潜伏出来る場所まである。最初から拠点にすれば効果が高かったのに、とクラウディアは独り言ちていた。
叢と木立が重なった隙間から、こちらを伺うミーナが見えた。彼女は向かって左側に居る。ほぼ陣地の中心辺り、通り抜ける幅がない木立の裏側には、スラヴェナが陣取っているのがチラリと見える。
相手の居場所は確認した。攻め入る前に一手誘いを入れる。
後、四歩のところでクラウディア達は一度止まる。もし、ルーがこのタイミングで仕掛けて来るなら、ウルスラと小乃花が直ぐに不安材料を排除してくれるだろう。然らば、攻撃に集中して臨める。
が、それは元々確率の低い賭けでもある。誘いには乗ってこなかった、が賭けの結果だった。
「これで、攻撃の最中にあの娘がやって来るのは確定ね。始まって直ぐか、途中か」
「じゃあ、手筈通り始めるの」
「行きましょう。私が惹き付けるから、惹き付けるのよ」
その瞬間にクラウディア達は作戦を開始した。今迄ゆっくり接近して来たことが嘘のように、リゼットが四歩の距離を盾となる木立に向けて真っすぐ飛び込んだ。
ミーナとスラヴェナは相当驚く。人が通り抜けられない木立に向かって攻め入るとは思いもよらなかったからだ。それも進行方向を変えるでもなく、木に強化プラスチック製の鎧がぶつかる音まで出るほどに激しく。
その行動を見て呆気にとられてしまったスラヴェナは、そのまま敗退する。これが攻撃であったと認識する迄少しの時間を要した。
リゼットは、先程ルーに潰された距離が延びる片手突きをもう一度使った。狙う先は障害物で阻害されているスラヴェナ。木立の隙間から腕を限界まで刺し込めば、柄頭で持ったエストックの長さならばギリギリ届くと。そうしてスラヴェナの胴体を捉えたのだ。
しかし、最速レベルで腕を強引に捻じ込んだため、肩鎧が木の隙間に挟まり直ぐには抜けないと言う残念な姿になっている。
驚きから立ち直ったミーナは、ご褒美のように差し出されたリゼットの腕を上から切り下ろす。これでリゼットは敗退だ。
だが、リゼットの攻撃自体も罠であった。
リゼットは派手に中央付近で暴れ、相手の意識を自分に向けさせた。その隙にクラウディアは、巣籠りの左から迂回する。そして、リゼットの腕を攻撃することで、完全に後方の警戒が途切れたミーナの背中をヘルバルトで刺突。ウルスラに一ポイントを削られていたミーナもここで敗退となった。
リゼットの突撃に合わせ、マグダレナは敵の陣地を右側から迂回するコースへ進んだ。
木立の裏に回る瞬間、足首を斬られて姿勢を崩す。彼女は予定通り、ルーを惹き付けたのだった。
「これで終わりね、終わりなのよ」
マグダレナは、生い茂るシダ植物の上でチョコマカと高速移動するAR表示を見ながら呟いた。
「モリゾー、見っけた的~」
ウルスラは言葉が終わる前には矢を放っていた。ドヤ顔しているところを見ると、見事ルーに一矢報いたようだ。
マグダレナが体勢を崩した瞬間に、高速退避するルーの姿を見つけたのだ。僅か数センチメートルの隙間をルーが横切ったところを見付けているので、他の者が見ても判らないだろう。そして、移動方向と速度に合わせて偏差射撃をしたのだ。
「(ギャー! スタコラに合わせてズビッとされたです! 森の人はシモ・ヘイヘ(※)ですか⁉ 急いでピコーンが見えないとこまでスタコラです!)」
※シモ・ヘイヘ……フィンランド軍伝説のスナイパー。冬戦争で敵国から「白い死神」として恐れられた。身長が低かったため全長を短くカスタマイズしたモシンナガンを愛用し、狙撃数は五百人を遥かに超える。常に裸眼でスコープは使用しなかった。二百メートル先の鴨の首を裸眼で撃ち抜く腕前を持つ。
ルーは、目前のクラウディア達からAR表示が見えなくなる五メートルの距離を開くため、慌てて移動する。
目指す先は、ミーナとスラヴェナの立て籠もり先。あの場所に合流すれば障害物を十全に活用出来る。ルーならば、複数人を相手に立ち回れ、戦場を撹乱するには持って来いだ。更に、叢を利用した上下の緩急も組み合わせ、部隊を有利な展開に持ち込める。
『戦局のお知らせです。只今、Bチーム残存一になりました』
無情にも合流先のメンバーが討ち取られたアナウンスを聞くことになった。
「(またルーだけになっちまいやがったです! どこでコソコソするか悩みどころです)」
戦力差があろうが関係なく、ルーは相手を仕留めるために、自分の技を然るべき時に揮うだけだ。それが絶望とも言える厳しい状態であろうとも、普段と変わることなく。不安要素はダメージペナルティで緩慢になった左上腕だ。移動には肩甲骨と肘から先を使えば問題ない。だが、攻撃を小手で受ければ上腕部分から先へ力が逃せないため押し切られる。願わくば、ダメージペナルティが回復するまでは敵との遭遇を控えたい。
しかし、その願いは叶わなかった。
ルーが草葉の陰を渡りながら移動中、突然目の前に闇が広がった。
その闇から瞳が覗く。闇色の瞳にはルーが写っていた。
「っ‼」
ルーは動きの起こりを見せず、両脚を使い瞬間的に後方へ飛び退く。他から見れば、いきなりバックステップをしているルーが空中に現れたと映っただろう。
草葉の陰から現れた銀の光が、空中でルーの両脚を横切る。
着地したルーは、脚が効かず無様に転がった。
闇の正体は小乃花である。
小乃花は、ウルスラの矢を受けたルーの気配を捉えた。一度捉えれば地形を脳内マップに照らし合わせ、見なくとも追える。隠形や気配察知の術は、ルーよりも小乃花の方がより精緻で練度も上だ。そして、ルーの移動ルートを先回りして潜伏したのである。
ルーが匍匐に近い状態で移動する技は、竊盗も持っていた。
小乃花は、蜥蜴のように手脚を開き伏し、シダ植物より低い姿勢を維持する。手は片方ずつ払うように進め、払った場所に足の爪先を置く。手の平と足先しか接地しない撒菱を回避する移動術だ。姿勢を低く移動するため、脇差を差した角帯を支点にグルリと柄を背中側に回す。これで刀を背負う形になり、移動の阻害を受けなくなる。
そして、ルーと遭遇した瞬間に動き出した。
低い姿勢のまま、右手で逆手になりながら背中の刀を引き抜く。同時に左腕を柄に添えるため持ち上げ、右脚を伸ばし全身の位置を前に送り、左手を置いていた場所に左膝を折りたたんだまま地に滑らせ移動させる。逆刃に抜かれ逆手で持っている刀を指三本でクルリと回し、左頭部を隠すように構える逆霞にしながら柄へ左手を添える。
同時に両脚の爪先で地を踏みしめながら、上半身を前へ伸ばす。これでルーが飛び退く位置まで刀を届かせる。確実に獲るため、切先で脛骨を浅く斬るように刀を横一線させた。この体勢では左右の肩甲骨を使い骨を断つ剣筋を放っても、脚一本が良いところだ。脛にある二本の骨を斬り落とすには足りず、刀は途中で止まるだろう。だからこその脛骨を掠める浅い斬りだ。それは、両脚を斬り抜くに至った。
「ふんげー!」
ルーは叫び声を上げながらコロンコロンと転がる。それに合わせて敗退を示すAR表示がピコピコと賑やかに移動する。芋虫のようにモゾモゾした後、ガバリと上体を起こしたのと、ビーと、アラーム音がマップ内に鳴ったのは同時だった。
『試合終了です。各競技者は待機線へ整列してください』
試合終了を告げるアナウンスが響く。
最後のメンバーが討ち取られるところを見届けたグウィンは、大きく息を吐き言葉を紡ぐ。
「完敗だ。戦術を全部潰されちまった。もう少し遣れると思ってたんだがな」
「そうですね。もう少し戦えたはずですよ? それだけのタレントは揃ってましたし」
思ってもいなかった言葉にグウィンは驚きの表情でティナを見る。何か言おうとするが、何を言えば良いのか言葉にならず、口だけが開閉を繰り返す。
仕方がないな、と姫騎士さん。一つだけグウィンに助言を与えることにした。
「あなた達は即席チームでしょう? 詰め込み過ぎですよ。敗因を分析する参考にでもしてください」
ティナは、嫋やかな笑みを浮かべていた。それは、騎士として紡いだ言葉であった。
森林マップは待機線まで数分かかる。
そこへ向かう間、グウィン達は口数少なく面持ちも暗い。格上相手と渡り合うための陣形を用意して臨んだ戦いだったが、何もさせて貰えなかったのだ。思ったように立ち回れなかったことを悔やむ者、試合を振り返り、たら、れば、などと終わって仕舞ったことに対して負の感情に引き込まれつつある。
「(あまり宜しくない傾向ですね。まだ試合直後です。囚われ過ぎてしまうのは、経験の不足からでしょうか)」
シルヴィアは、意気消沈しているチームメイトを見回した。
ルーだけが「小乃花さんコソコソ斬り持ってやがったです。今度バックギャモンでプギャーしてやるです」と、元気いっぱいベクトルの違う方向に燃えている。
そして、メンタルケアの役目を担う筈のグゥインからして考え込んで仕舞っているのが頂けない。自分の役目ではないが、口を出すべきかシルヴィアは少し迷った。
グウィンはティナの言葉を繰り返し噛みしめていた。同じ即席チームであるAチームと何が違ったのか。個々の技量差云々とは根本的に違うことを「詰め込み過ぎ」の一言に含まれている。それが何であるかを紐解くために思索が深くなっていったその時。
「ナンです、グウィン。デコに皴よってるですよ? ジジイになったです? オジジ、早くオヤツよこすです」
「ヒトをジジイ扱いすんな! そんで集るんじゃねぇよ!」
ルーが何時もの通り天然系コントを始めた。当然、場の雰囲気を和ませるなどと考えている訳ではない。しかし、それを皮切りに暗い空気が吹き飛び、ワイワイと賑やかになっていく。その様子を見てシルヴィアはホッと胸を撫でおろす。
「みんな。まだ勝敗のアナウンスを聞いてねぇ。つうことは現在進行中で試合は完了してねぇってことだ。後悔や反省も後回しだ」
ルーとの遣り取りで、グウィンは思考の渦から抜け出した。今、指揮官としてやるべきことは皆を導くことだと。
「ボコスカに負けちまったが、オレたちゃ手を抜いた訳じゃねぇ。最後まで戦い抜いたんだ。胸張っていこうぜ」
普段通りのヤンチャで不敵な雰囲気を纏ったグウィンが口角を上げて言い放った。自信を持って顔を上げろと。
その言葉を聞いて、メンバーは顔を上げる。もう暗い表情をしている者はいない。騎士の顔を取り戻したのだ。
最初から影響のない二人、経験豊富なシルヴィアと実戦の技を継いできたルーを除いて。
両チームが公園エリア遊歩道の休息スペースに用意されている待機線に揃う。特設されたインフォメーションスクリーンへ向かい、チーム毎に待機線上で横一列に並ぶ。それを待ってから学生アナウンサーが勝敗を宣言する放送が聞こえた。
『Aチーム残存六、Bチーム残存ゼロ。よってAチームの勝利です』
設置されたインフォメーションスクリーンには、今しがたの試合結果と、チームの戦績が表示された。
Aチームが全勝で優勝を手にした瞬間だ。
BチームはDチームと同率二位となり、午後には二位決定戦が十四時に予定された。開始時間が多少遅いのは、両チームが今まさに試合終了したばかりだからだ。休息の時間を含めた時間調整である。
森林マップは観客が直接観戦出来ないのだが、この瞬間だけはスタジアムや、共有野外座席などの音声が中継される。賞賛の声も届かないでは、味気なさ過ぎるからだ。
何か所からの音声が届いているのだろう。怒涛の如く歓声が響いている。勝者を賞賛する者、騎士個人に声援を送る者など様々な声が聞こえて来る。
その中には敗退したBチームへの賞賛も含まれている。
観客からも発見出来なかった潜伏や、直接対決時の奮闘など好意的な声が多く届く。不利な状況に陥っても、諦めることなく戦い抜いた様には感情移入した観客も随分いたようだ。
勝敗ではなく、良く戦った者こそを讃えるChevalerie競技ならではの声援だ。
「チッ、耳にこそばゆいぜ。結局、完膚なきまでにしてやられたからな」
「確かに最後まで戦い抜いたけど、全部掌の上だったからね」
グウィンが苦笑いで歓声を聞いているが、チェスターも考えて仕舞うところはあるようだ。二人が小声で交わした会話は、あっという間に歓声で上書かれた。二人の間でしか聞こえなかった言葉だ。
だが、例えほんの一瞬だけを見出して讃えられたとしても、それは正当な評価である。戦った相手に敬意を払い、賞賛の声は感謝をもって受けることこそ、騎士として在るべき矜持なのだ。
「さてと。幸い、と言うべきか十四時からもう一試合遣ることになった。時間が足んねぇ。メシを確保したら待機室に集合だ。メシ食いながらさっきの試合確認と作戦を練るぞ」
「なん……です、と……。昼は食堂のシペツィエルメニューをパクつく予定だったですのに……。また戦闘糧食を喰えと言うですか! ルーの昼メシ返せです! オヤツ出せです!」
「不条理な問い詰めはやめろ! んで、オヤツくらいは自前で用意しろよ……」
横暴です!福利厚生は手厚くしろです!、などとギャーギャー小騒ぎするルーを引き摺り、公園エリアを後にするのだった。
――Bチームは、今大会へ参加するために急造した臨時チームだ。メンバーは過去を通してグウィンと組んだこともなく、集団戦のチームとしては僅か二週間の付き合いだ。グウィンの思惑を汲んで最適な働きをしてくれた彼が率た小等部時代のチームとは訳が違う。暗号を含んだ命令系統や複雑な戦術を敷き、連携の訓練に費やした。だが、それが本当の意味で身に付くまでには期間が短すぎたのだ。
「(詰め込み過ぎ、か。マクシミリアンに入学したから気持ちが高ぶって空回りしてたんだろうな。結局、足りねぇモンを継ぎ接ぎしただけのメッキを剥がされたって訳か)」
今大会後は解散する即席のチームである。ならば、重きを置く場所が変わることに気付く必要があったのだ。
「(自分で言ってたじゃねぇか。兄貴が戦略家だからオレは手足となって戦術練るってよ。手足はそれぞれで動くってのによ)」
Bチーム競技者待機室へ向かいながら、グウィンはヤレヤレと肩を窄めた。
――Aチーム競技者待機室
装備を解除し、寛ぐティナ達。本日午後のMêlée閉会式は、装備を纏って参加する必要があるため、まだチームの解散はしていない。
例によって例の如く、ティナが持ち込んだカロリー補充用のアメちゃんをヴリティカとリゼットがガリゴリと齧る音が響く。フェイスペイントを落とした小乃花は、大量の飴玉を一度に口へ入れ、またリスの頬袋状になっている。
「みなさん、お疲れさまでした。お陰様で危なげなく全勝することが出来ました」
姫騎士さん、さすがにチームの発起人らしく、誘った面子へ労いをかけるようだ。
「それぞれが実力通りの力を発揮していただけましたんで、全試合完膚なきまでに蹂躙出来ました」
事情を知らない者が聞けば不謹慎と声が上がりそうな台詞だが、姫騎士さんが最初にメンバーを誘う時の誘い文句でもあった。結果は公約通りです!とでも言い出しそうである。
「みなさん、Mêléeは如何でしたか? たまには集団戦も良いモノでしょう? まぁ、明日からDuelも出る人は連戦の影響が出ないといいですね」
シレッと宣うティナ。Duelに欠場した最有力候補は、声援とは思えない御座なり感満載の台詞だ。自ら率先して行動する時、盛大に周りを巻き込む姫騎士さんは面の皮も厚い。
「ティナは昔から自分が関わらないことは完全に他人事よね」
姫騎士さん、クラウディアのジト目を華麗にスルー。それが何か?という表情。
「しかし、今回はなかなか良い経験だったわ。即席チームだと指揮が限られる中で最良を探すのが面白かったわ」
「そうよね。選択肢がシンプルな分、戦術切り替えの効果が目に見えるほど変わったしね」
クラウディアとエルフリーデの所感は指揮官目線だ。この二人がチームを勝利に導いた原動力である。試合には必ず指揮官を二人参加させていたからこそ、部隊を分けても状況に合わせた柔軟な対応が出来たのだ。
「ララ・リーリー。そのチャパティみたいなモノは何故赤いのデすか?」
「これ? 部族の主食カナ。赤トウモロコシのピキに今日はワカモーレを塗って来たカナ」
「意外なの。ララ・リーリーと言ったら肉たっぷりの串焼きなの」
「わたしの屋台は、実家で観光客向けに串焼き屋台やってるからその流れカナ。実家の食事はピキにマメや野菜が中心カナ。偶に羊が出るくらい」
ブリティカはララ・リーリーが持ち込んだオヤツもしくは昼食で食べている丸く焼いたピキに興味津々だ。リゼットも豪快な肉の串焼き屋台を出すララ・リーリーが以外にもヘルシー食なのを驚いている。
「ぶはっ! ナニこの黒い飴ー! 鼻がツンとするしー」
ニルツェツェグが飴玉を無造作に口へ放り込んで、咽た。
「慣れるとオイシー的~。北欧五カ国の代表するお菓子だよ~」
「ウルスラさん、飴の籠にサルミアッキをお混ぜになられましたの?」
「リコリス菓子は西欧人じゃないと慣れてないわ、慣れてないのよ」
「草? 土? 苦っ! 口に渋味が残るしー! あ、すごく塩辛くなってきたし」
ヨーロッパ人にとって、リコリス菓子は子供から大人まで意外と食べられるお菓子だ。大抵はグミかキャンディ仕立て。
リコリスの根から抽出した成分が、ほんのり甘く苦みを纏い、渋味を加算する。日本人の味覚で言えば漢方薬かゴムタイヤを連想する。サルミアッキは更に塩化アンモニウムを合流させ、鼻を突くアンモニア臭と塩味が他の風味を生かしながら主張する。
ヒーヒーと涙目になりながらサルミアッキを舐め続けるニルツェツェグが憐れだ。羊の血一滴すら無駄にしない遊牧民の気質から、飴を吐き出す選択肢が初めから存在しないのだ。
「うむ。やはり日本の水で炊く米は味が違う」
笹の葉で包んだお結びをモソモソ食べながら沢庵をポリポリ齧る小乃花。ヨーロッパでは竹林が育ち難いので、笹の葉は日本から持参したか輸入でもしたのだろう。実のところ、笹の葉は殺菌力が強いので食べ物の保存が効く優秀な包み物だったりする。
「気付けばカオスになっている件について」
ヤレヤレと姫騎士さん。騎士は自由人が多い。放っておくと好き勝手に動き出すのである。
「毎度、こんなカンジよね。ところで私達は先生役、出来てたかしら? 彼等、なまじ上手く出来てただけに気付くか不安だわ」
「フロレンティーナは終わった時、アシュリーの弟にヒントをあげてたわよね。複雑な意味合いが入ってる一言。小等部出たての彼等にはちょっと厳しい勉強会だったんじゃない?」
クラウディアとエルフリーデは、試合以外の意味合いが含まれた部分について口を開いた。
「新入生の彼等には良い学びの場だったかと。大サービスで一つ教えたんです。そこから紐解く程度は出来るようになって貰わないと。自分達で考えて気付けるかが大事ですから」
ティナは、これから試合をこなしていく中で正解を見付けていく類のものですし、と付け加える。
「あー、だから授業内容が正しい負け方だったのね。負けるべくして負けたのは何を以ってだったのかって。深く考えさせることがテーマなのね」
「アシュリーの弟君、あなたの従騎士でもないのに随分と入れ込んでるんじゃない?」
「いえいえ、エルフリーデ。そうではありません。ルーをパンク王子のところへ集団戦の出稽古をさせる絡みです。出稽古先が育ちそうなら、芽に水をかけて置くに越したことはないでしょう?」
ルーには在学中、より高度な集団戦の技術を経験して貰う予定をティナは組んでいた。学び先の相手は一定の水準をクリアしていることが必須であるが、ルーと同じ一年生にグウィンが居たことは僥倖であった。小等部時代の試合を見ても、一般大会でも十分通用するレベルにあったが、彼自身にはまだ成長する余地が多く残っていたからだ。ルーがグウィンから集団戦の誘いがあったと聞いた時、ティナは渡りに船でルーを送り出した。
共に成長すると言えば聞こえは良いが、目の前で学ぶべきものが育ち、変わっていく様を一緒に体感出来るのであれば、ルーの理解度は一層深くなる筈だ。
今回、ティナがルーを競技理解の浅いまま集団戦に参加させたのも、そんな思惑からだ。グウィンが成長を始める最初から係わらせれば得るものもは多くなる。今のルーが理解出来なくとも、遠くない先で蓄積した経験から答えに繋がる、と。
「あなた、昔から利用する相手のスペックを最大限に引き出させてから使えるだけ使い倒すものね」
「ちょっと、クラウ! 言い方ァ!」
この場合、本当のことなので言い方を変えても結果は変わらない。
さすが親戚。ティナのことを的確に捉えている。
「しっかり双方に利があるのね。相手に文句も言わせないえげつない手だわ」
「エルフリーデまで⁉」
大財閥の令嬢として、企業の重鎮や政治家などと直接顔を合わせる機会も多い姫騎士さん。笑顔で腹芸の一つや二つは平気で熟す能力と胆力を持ち合わせている。しかし、面の皮は厚くとも、同世代から放たれた忖度しない直球の言葉は良く刺さるらしい。
「ぐぬぬぬぬ」
姫騎士さん、とても悔しそうである。
その姿を見て陽気にウルスラが近寄って来た。
「眉間に皴寄せてどしたの的~。サルミアッキ食べる~?」
「いえ、それはご遠慮します」
ノータイムでスパッとお断りする姫騎士さん。
漢方ゴムタイヤ風味のリコリス飴は食せれど。
アンモニア臭の香しい飴はお気に召さないようだ。




