04-016.砂上の楼閣。 "A"Gruppe und "C"Gruppe, Wettbewerb im Mêlée.
2万字軽く超えたので分割しましたその1
なろうはタイトル入りきらなかった……
今回のタイトルは以下となりまっする
『04-016.砂上の楼閣。 "A"Gruppe und "C"Gruppe, Wettbewerb im Mêlée. "zu praktizieren"』
『試合開始一分前です。各競技者は用意をしてください』
学園生アナウンサーの屋外放送が流れる。
両陣営の騎士は気を引き締める……かと思えば、Aチームは何だか賑やかである。
耳を澄ませば「UMA参上!プクスwww」「風評被害です!」と聞こえて来るのだが。
そんな状況でも競技開始のカウントダウンアラームは鳴り始める。
ラスト四秒、ピ、ピ、ピ、ポーンとスタートを告げる電子音が響く。
「さあ、はりきっていこう! ソラー!」
何とも気の抜けたネタっぽい台詞の姫騎士さん。ソラー、と皆が合いの手を入れているので完全に何かのネタであろう。
しかし、間抜けな遣り取りとは裏腹に動きは機敏だ。
ティナはサクスを片手に駆け出し、そのままサバトンの爪先裏にあるジャギーを使って木の幹を音もなくスルスルと登る。これで何処に居るのか全く判らなくなった。
小乃花は、マップの途中までは全速で距離を稼ぐために、左手で刀の鞘を押さえ、右腕は木の枝や障害物を避けるために前へ出した格好で走り出す。所謂、竊盗走りである。序盤は立てる音すら気にせず走り、ルーに自分がマップ右側を移動していると察知させ警戒を引き出す目的がある。だが、気付けば音と共に姿を消していた。
クラウディア、エルフリーデが率いる二部隊は、立てる音など気にせず一気に小川を飛び越えマップ左側へ移動する。それ以降は、相手に相対して死角を造りながら直線移動する方法へ切り替えて侵攻する。その動きは森林戦を熟知しているそれであった。
「状況開始!」
グウィンの合図で、Bチームの面々は作戦行動に入った。
まず、ルーが合図と共にスルリと陰へ姿を消した。今回、ルーは森林移動用の特注製ブーツを履いている。靴底が柔らかくフラットなゴム製で、エッジも無く全体的に曲面で構成されている。ルーの歩法ならば走ったとしても自然に存在する音程度しか発生しない代物だ。
シルヴィア率いる要撃班はマップ中央近くを木の陰や所々にある腰より上まで生えた叢を利用し、なるべく音を立てずに部隊が潜める位置を探しながら移動する。視界には強襲班が絶えず入るように。
チェスター率いる強襲班はマップ右側際ギリギリをやはり木の陰や地形を使って移動する。場所によっては匍匐前進で慎重に移動しながら位置取りを行う。要撃班と連携が取れる場所の確保を最優先に。
グウィン率いる囮班は、相手に見つかる前提で堂々と川縁を橋に向かって進む。その速度は早駆けと言っても良いだろう。相手より先に橋へ辿り着くことを是とするからだ。
森へ消えたルーは、自分が有利に立ち回れる地点を幾つか目星を付ける。
「(おー。コソコソスーツに持って来いの場所です。草の生え方がいいカンジの低さです)」
そこは膝丈ほどのシダ植物が多く茂り、木の生える間隔がある程度開いている見通しの良い場所と言える。およそ隠れるには向いていないだろうと、誰もが口を揃えて否定する空間。
だがルーは、それが最適だと言ってのけた。そして、気が付けば見通しの良い筈の空間へ、その痕跡も残さず消えた。
「(思った通りです。コソコソ動きも広く出来るトコです。それに草が計算通り相手の陰になって見付からんのです)」
一見すると匍匐前進のようだが、これもWaldmenschenが持つ高位歩法の一つで、脚と腕の接地を最小にして移動する技法だ。その速度は歩くよりも多少遅いくらいだと言うのが恐ろしい。
「(ヤヴェエです。姫姉さまのチーム、展開が異様に早いです)」
姿のないヒット&アウェイを仕掛けるため、相手が移動に使うだろうと予測した幾つかのルートをコソコソと巡回していたルーは、予想よりも早く敵の部隊が侵攻して来たことを察知する。
「(クラウディアさんは当然ですが、あのエルフリーデってヒトも森の戦い方を知ってやがります。こりゃグウィン達がスタコラサッサに徹さないと総崩れになるです。まぁ、ルーがコソコソ削るのは変わらんです)」
クラウディアはカレンベルク一族であるため、Waldmenschenとの付き合いも長い。故に彼等の森林に於ける行軍方法などを学んでいるだろうことは想像に容易い。ところが、エルフリーデも森林戦を良く判っている動きをしていることにルーは驚いた。
エルフリーデは所属するプロチームで森林での戦い方を学んでいる。それも世界で指折り数えるDrapeauチーム、Salzfestungの指揮官教練を叩きこまれている。
ティナが指揮官として誘った人員は、あらゆるマップに対応出来る技術を持っている前提で選んでいる。いかなる事態に直面しても憂慮の必要すらないのだ。
「‼」
ルーは潜んでいた位置から瞬間的に身体を捻り、一呼吸後には随分と離れたところに移動していた。
元いた場所には一本の矢が刺さっている。地面に接触したためホログラムが消えてゆくところであった。
「(ヒヤリハットです! 森の人、シャレになんねぇ索敵能力もってやがりました!)」
潜伏技術を一段階上げ、ルーは更に森へ溶け込んだ。
「う~ん、逃げられたっポイ的~。モリゾーやるな~」
「ウルスラ、あの娘がいたの?」
獲物を逃して残念顔のウルスラにエルフリーデが問いかける。行軍途中にいきなり隣で弓を射られれば、何ごとかと聞きたくなるのも仕方がないかと。
そのウルスラは辺り一面シダ植物で覆われた場所を指差し、「そこの隙間でモゾモゾしてた的~」などと宣わっているが、素人目には差し伸べた場所の区別がつかない。
「何処に⁉ まるでそノ痕跡がナいワよ!」
ヴリティカが言うように、草木が揺れるでもなく何かが動く音がした訳でも無い。無論、気配など微塵にも感じることも無く。むしろ、人の隠れる場所があるのか疑問を口にするような地形だ。
ウルスラが指を広げて「このくらいの隙間が空いてる的なとこ~」と表すそのサイズがコイン程度の大きさとくれば、猶更判ろう筈もなく。
右斜め後方でエルフリーデの部隊と段差を付けて横隊で行軍していたクラウディア達も、ウルスラが指し示した場所に人が居たなど信じられない様子である。その一人であるリゼットが唐突に声を上げた。
「え⁉ ウソ! 脚を斬られてるの!」
自らの踝にいきなりダメージペナルティを負ったのだ。確かに足元を斬られはしたが、そのような前兆も攻撃の瞬間すら気付くことも出来ず、驚きを顕わにする。すぐさま周りを見渡しても人が居た形跡すら見つからない。当然、足元にも居る筈はなく。
足元を斬るなど、通常では一度きりの伏兵である。何故ならば、伏したまま攻撃する技術を持つ騎士など殆どいないからだ。討ち漏らしや複数人の相手で会った場合、攻撃した後は無防備を晒すだけになってしまうのだ。
だが、最初から伏した状態で戦うことを前提にした技術ならば、攻撃後の対処も折り込まれているのは当然であろう。
それは、騎士の知らない戦い方。認識外の攻撃であったからこそ、リゼットも無防備に攻撃を受けてしまったのだ。
狩人に見つけられた死神は、大胆にも間を置かずに攻撃を仕掛けて来たのである。それも、発見された場所から大きく移動をして。
だが、潜伏の他に移動速度と言うカードをエルフリーデ達六名に早い段階で見せた。手札を明かせば直ぐにも対応する歴戦の騎士達に、である。故にそれ以降は彼女達の警戒度も上がる。
だからルーは。
そのタイミングが来るまで陰に沈んだ。
音もなく現れる死神。此度は、草葉の陰からやって来る。
――自身の技能を競技のルールに落とし込むこと。
それが、ルーの雇い主であるブラウンシュヴァイク=カレンベルク家から課せられた最初の仕事だ。
ここ暫くは、実戦と競技の違いに翻弄されながらもティナ達に稽古で揉まれ、身体に覚え込ませる鍛錬を繰り返した。
そして、試合の数こそ少ないがChevalerie競技を実際に経験したことで、そこからルーなりに導き出した答えが騎士と戦闘士の違いを活用することであった。
一方、囮として川沿いを進むグウィン達の周辺は薄気味悪いほど静かであった。
「(チッ! まるで相手の気配がしねえ)」
グウィンはアーチ橋へ近付くにつれ、この橋を有効に使うことは想像以上に難しいことだと判った。もう一つの橋も思ったより粗末で、この二つの橋は難易度が非常に高くなるよう構成をされていた。
後少しでアーチ橋に届く距離まで来た時、予想外の静けさを不気味に感じる。
敵の動きが全く見えない。こちらが橋を囮に使うことを読まれたとしても静かすぎる。
しかし、幾らなんでもこの場所を完全に捨てられるのだろうかと、グウィンは首を捻る。
「グウィン……」
マリーが小声でグウィンの名を呼ぶ。そこには今の状況に対する不安が滲んでいた。
「ああ、マリー。オレ達は一杯食わされ……なっ!」
横目でマリーとアイコンタクトをとりながら、同じように小声で答えたグウィン。
しかし、視界の隅に先程まで存在しなかった影が一つ。
突然そこに現れていた。
「……っ⁉」
「っひぅ」
息を呑むグウィンとマリー。
アーチ橋の一番高い中央部分。その欄干の上に何時現れたのかティナが佇んでいる。視線をグウィン達に向けてさえもいない。
ただ、そこに居る。
――だのにアレは近付くことすら危険であると、心の奥底から警鐘が鳴り響く。
「戻るぞ、マリー」
「了解」
小声で遣り取りするグウィン達の行動は早かった。ティナが追って来ることは無いと踏み、堂々と背中を見せて脇目も振らずに来た道を戻っていく。
ティナは走り去るグウィンの姿が見えなくなると音もなく垂直に跳ね上がり、頭上に生い茂る木の中へ消えていった。
「肝が冷えたぜ……。ただ立ってるだけでコッチの動きを押さえられるたぁ思わんかった」
「……あの娘の言う通りね。遭遇したら必死に逃げろって意味が良く判ったわ」
第三試合が始まるまでの休息時間。要注意人物のお浚いをしていた際にルーの漏らした一言が思い起こされる。
――姫姉さまか小乃花さんが視界に入ったら何が何でも逃げるです。躊躇するなです。
聞いた時には技量の差を埋めることが難しい相手だから、とグウィン達は認識していたが、言葉の意味がまるで違っていたことを痛感する。
自分が知っている騎士などとは掛け離れている。根本的に違う存在なのだ。視界に入っただけで絶望の二文字が浮かぶ。そんな相手とどう戦えば良いのか。焦燥にも似た怖気が腹の底から湧き上がり、知らずグウィンは歯噛みをしていた。
「うぉっ!」
「うそ……」
橋から少しでも早く遠のくために逃走していたグウィンとマリーは、その存在に気付く。
いや、意図的に気付かされた。
それは、ほんの瞬きの間に現れた。川の対岸に黒尽くめの竊盗が一人。腕を組み、その場で微動だにせず。
何をすることもなく、只々、瞳だけがグウィン達を追っていた。
その視線から逃れるように、グウィン達は脱兎の如く森へ逃げ込んだ。
「……冷汗が止まらねぇ。完全に見抜かれてるな」
「橋の向こう側を使う気がないのはバレてるってことね……」
「ああ。たった二人に場をコントロールされた。つまり相手さんは六人がマップのコッチ側に今いるってこった。こりゃ、相当厳しくなるな」
グウィン達Bチームは第二試合が待機時間だったことで、第一試合でAチームが森林戦をどのように戦ったのかを細かく分析して来た。
遠距離からの精密射撃による相手チームの行動阻害と侵攻位置の特定。それにより一方的な侵略戦となり、森林戦を平地マップと変わらない戦い方にして見せた。
その中でも想定外の立ち回りを披露したティナと小乃花の二人。Duelで知られている姿と同じ人物なのかと疑うほど、全てが違っていた。特に要注意人物と位置付けた上で戦術を用意したが、画面越しで見た彼女達と実際に遭遇して感じた脅威度との乖離は非常に大きいものであった。画面からでは判らない、より深い顔を見せられたのだ。
それは、グウィンに一つの疑念を抱かせる。何せ相手は、集団戦を得意とするクラウディアとエルフリーデも抱えているのだ。先の平地マップ化した森林戦はDuelで戦うようなイメージに近かった。しかし、その姿こそがイレギュラーな動きだったのではないかと。
「トライアングルで対処出来る上限を超えて来るかも知れねぇな……」
「なら、私達も早く陣のポイントに急がないと」
「ああ。移動の経路と前面はオレが見るから、後ろの警戒は頼むぜ」
逆三角形の頂点に部隊を分散させ、相互で攻撃と防御のフォローをする陣を採用したグウィンであるが、この陣形で本当に良かったのかと心の隅を燻らせる。
――もし、Aチームのメンバーが分析以上の動きを見せたのならば。
――察知出来ない相手二人を考慮して用意していた糊代も足りているのか。
不安材料が次から次へと持ち上がって来る。
だが、もう動き始めたのだ。今更、陣形の変更など論外であるし、むしろ最適な方法を見つけたとて、それを行使すれば後手に回るのは必須だろうと判断する。
双方のチームを比べて引き算すれば、どうしてもこちら側がマイナスになる。
現状、シルヴィアとルーがチームの攻撃リソースと言っても良い。この二人が可能な限り相手を削れるよう、場合によってはグウィン、もしくはチェスターの部隊を死に駒として隙を造ることも必要なのでは?と、グウィンはその考えを頭の隅に取っておいた。
チェスター率いる強襲班は、マップの長辺側ギリギリを障害物に隠れながら慎重に進む。左に十メートルほど離れて連携しながら移動する要撃班へハンドサインを出しつつ、小声で自部隊に通達する。
「進軍停止」
まだ自分達の部隊はマップ三分の一ほどしか進めていない。だが、相手は既に半分を超えていることを目にした。先んじて見付けることが出来たが、相手の動きがとても奇妙に映る。突然、木の影からフッと現れたと思えば直ぐに消え、次に見えた時は大分近付いた場所に居る。一瞬だけ現れては消えるを繰り返しながら移動しているのでは、と推測出来るが、どのような技術なのかは見当が付かない。
しかし、互いの距離を考えれば、現地点を要撃ポイントとするのが正解だろう。そのために身を潜めるには最良と言える場所で停止したのだ。
再びチェスターはハンドサインのみで指示を伝える。
――この場で陣形が整うまで敵をやり過ごす、と。
強襲班、要撃班共に、重なった木立と地面の傾斜や生い茂る野草に囲まれ、隠れても立ち回るにしても優位に持っていけるだろう場所だ。尚且つ、敵の侵攻ルートを取り囲むように部隊を配置出来ている。
グウィン達が囮として後方から現れ相手が食い付けば、二部隊で後ろから虚を突き、陣形を崩せるだろう。こちらの陣形は、相手を取り囲みつつ持久戦へ持ち込むことに長けている。チェスター達は息を潜ませ、時が来るのをじっと待つ。
――だが、それは甘かった。
「なんで?」
ミーナが驚愕の混じった言葉をポツリと漏らす。その瞳は左腕から生えている矢を見つめている。
その声に前方を警戒しながら視線を向けたチェスターとスラヴェナは、自分達の居場所を捉えられていたことを知る。彼等は木立と生い茂るシダ植物の隙間――ほんの数センチも無い――から敵の様子を伺っていたのだ。まだ二十メートルは離れたところから、その隙間を縫って見付けられるなど想定外であった。
「あ!」
今度はスラヴェナが小さく声を上げる。その肩口には矢が生えていた。
「全員退避!」
チェスターが小声で即座に指示を出し、強襲班の三人は傾斜を盾に相手から見えない位置へ転がりながら避難した。同時に元居た場所へ三射目の矢が突き刺さったところを目にし、ギリギリだったと胸を撫でおろす。
試合開始直前にルーがこぼした「匍匐前進も考えろです」の言葉は揶揄ではなく、そこまでしなければ対応出来ない相手なのだと痛感させられた。
当然、強襲班と連携をしている要撃班も、この一方的な攻撃は視界に入っている。彼女達の潜伏場所も察知されている可能性が非常に高いと悟ったシルヴィア達は、すぐさま匍匐状態に入り、少しでも有利な位置を目指して慎重に移動を開始した。
「見つけた的~」
気の抜けた一言とは裏腹に、ウルスラは既に矢を番えて一射目を放った後であった。横に広がった二部隊の一番左翼に位置するウルスラは、若干の傾斜による高さを生かして索敵をしていた。
偶に吹く微風でほんの僅かに揺れた草木の隙間から獲物を補足する。それは、彼女が狩猟解禁時に森で獲物を見つける時と何ら変わることはない通常の行動である。
今回のマップでは、彼女が狩りで使う狩猟用短弓と同じ仕様だ。三十メートル先を着弾点とするように弦のテンションを調整している。Duel用にカスタマイズした短弓と違って速射向けではないため、さすがに三射目は逃げられた。それは、仕方ないとも言えよう。
その逃走に合わせ、ほぼ平行となる右側の位置に動きがあることをクラウディアは目敏く見つけたが、降って湧いた想定外に塗り潰される。
「二時方向にシルヴィア発見。そのまま潜伏って、ここで⁉」
「あ~、やっぱ三連射だと速度遅くなる的~。で、ソッチもかなりイヤラシイ立ち回り~」
想定外は、ウルスラの射撃に合わせて攻撃を仕掛けて来た死神だ。ウルスラからはフレンドリファイヤとなる位置で戦いが展開されている。
始まりはヴリティカの一言だった。
「ぬっ! ここで足を斬ってキますカ」
ウルスラが三射目を放つ瞬間、木立の裏側を陣取っていたヴリティカは、何処かの叢の中から左足首、つまり剣を振るう上での軸足を音もなくスーッと斬られた。すぐさま木立を背に次の攻撃を受けないように防御を固める。何せ、相手は騎士では研鑽していない剣筋で襲ってくるからだ。
そしてヴリティカの目前には何時現れたかも知られず、ギリースーツ姿のルーが音もなく佇んでいた。
その場所も厭らしい。ウルスラからの援護は、間にエルフリーデを挟んで射線が通らない位置だ。クラウディアが率いるもう一つの部隊も駆け付けるには僅かに距離がある。辿り着くまでの数瞬があれば、ルーはまた潜伏してしまうだろう。
だから、クラウディアは援護ではなく、ルーがどのように立ち回るのか、何処へ消えるのか見極めることに決めた。
まさかルーが正対するとは思っていなかったヴリティカだが、これはある意味チャンスであると判断する。
世界中から達人と称されている導師アヤンが育てた最後にして最高と言わしめた弟子は、たとえ軸足にダメージペナルティが発生しようが、彼女の修めた身体運用の前には些事でしかない。何せ、ティナや花花と体術で互角に渡り合える能力を秘めている。故に、身体の連動や重心移動、体重の掛かる部位を変えれば、踏み脚がなかろうが苦も無く戦える。
現に、両脚で大地を掴むのと変わらない速度の連撃をルーに浴びせている。しかし僅かに威力と精度が落ちているのは否めない。
スルリスルリと連撃を躱していくルー。軸足が使えないことで、パタの攻撃到達距離が僅かに短くなっていることを読んでいるのだろう。
ヴリティカが秒の間に繰り出した、四度の回転する連撃は全て避けられた。五撃目は背の体軸を整え肩甲骨を下から右上に円を描くように稼働させ、螺旋の力を乗せた一撃。連撃は、この一撃を揮うための布石だ。上半身だけの身体運用のため大きな効果は生み出せないが、剣先の届く距離が遠くに延ばせる。それは相手を確実に捉えられる距離だ。
ルーは避けなかった。
いや、むしろこの一撃を待っていたのだろう。
ヴリティカが放つ螺旋の攻撃は、ルーの前腕鎧で刃を絡め捕られた。攻撃の威力があったがため、深く金属同士を噛み合わせる結果となった。それは、ヴリティカの行動を一瞬阻害する。
その瞬間にルーは右手のメスで攻撃を仕掛ける。ヴリティカは致命傷――この場合、胴へのポイント――を防ぐため、獅子の構えから攻撃を盾で受けに行く。
しかし、メスが吸い込まれる先は、絡め捕られている右腕だった。
ルーは、翳された盾で相手の死角を獲りつつ、Waldmenschenの高位歩法――関節単位で回転を発生させる――で、思考の隙間を縫いながらヴリティカが背にした木立の陰へ移動する。
その瞬間、陰へ溶けるように再び姿を消した。
「やラれた。見事」
ティナから注意を受けていたルーの小手。ヴリティカは、たとえ受け止められても次撃が可能なように速度だけの連撃で牽制した。それをルーは、全てギリギリ当たらない距離で回避してきた。そして、本命の威力が乗った攻撃を繰り出した時、ここぞとばかりに剣を絡め捕られた。裏をかかれたヴリティカはルーを称賛すれども渋い面持ちだ。
「あの娘が見せた手札自体、ブラフも込みだったのね。ウルスラが敵を見つけた瞬間、そっちに意識を割いた隙を待ってたんでしょう。やっぱりクレーフェルトの秘蔵っ子は厄介だわ」
「そして、まんまと逃げられたの」
クラウディアは冷静に分析するが、依然、見えない敵の脅威があることは変わらない。こちらが攻勢に出た瞬間を狙ってくる選択肢まで増やされた。しかし、ルーが小手をどのように使うのか知ることが出来た。
彼女達の部隊は、ルーの離脱タイミングを注視していたが、相対するヴリティカや木立を上手く使い、視線が切れた瞬間に姿を消された。消えたと思われる地点を探ろうが、既にそこには居ないであろう。リゼットの言う通り、まんまとして遣られたのである。
「それでも収穫はあったわ」
ポツリとクラウディアがこぼす。
「敵の配置ね。両翼へ並行に展開、たぶん姿が見えないパンク王子は後詰めで、三方向からの包囲網と言ったところかしら」
エルフリーデが捕捉する。指揮官として練度を積んでいる彼女達は、敵の僅かな動きから凡その作戦行動を予測することが出来る。それは、集団戦を主戦場にする指揮官の必須技術である。
「悪くないけど、正規チームじゃないって前提だとね」
クラウディアは苦笑いをしながら受け応えた。
「あー、なるほど。だから先生役なのね」
「全く。結局ティナは全試合読み切ったわね。カレンベルク本家筋はコレがあるから恐ろしいわ」
カレンベルク本家の血筋は「読む」ことに長けている。
千五百年の歴史を持つカレンベルク一族は、地方豪族だった時代から多岐にその手を広げ、国々の経済基盤へ食い込んだ。その原動力は偏に「読む」ことへ集約する。時代を、世情を、人を。人の考え及ぶあらゆる事柄を読み、一族を導いた。結果、現在でも一族は国を跨いで多大な影響力を持つに至った。
その本家筋のティナが、この試合を「授業」と言った。
この段になって、言葉の全貌が見えたエルフリーデとクラウディアは呆れ顔である。そして、何をすべきか彼女達は直ぐに理解するだけの経験がある。
「それじゃ、やることは決まりね」
「そうね。予定通り小乃花が出て来たタイミングに合わせましょ。……いえ、一つ呼吸を挟んでから動いた方が効果ありそうね」
「いいわね、それ。そうしましょう」
今回、戦局を大きく動かす時は、一番遠距離から包囲網を敷く小乃花からと方針を決めていた。
エルフリーデとクラウディアは、これからの行動指針を小声でメンバーに伝えていく。
その時、直ぐに戦術を切り替えるために。
ルーは、Waldmenschenの暗殺術を修めた戦闘士である。だからこそ殲滅力に重きを置いておらず、騎士と正面から撃ち合うのは随分と分が悪い賭けとなる。しかし、彼女の技術が発揮できる環境であれば、一流の騎士であろうが関係なくなる。
それは等しく獲物であるからだ。
先程、敵陣のど真ん中に飛び込んだルーだが、それは全て計算ずくの行動であった。敵の配置と行動範囲、目的を達成するまでの時間配分、退路の確保までを組み立てた上で立ち回りをしている。だが、彼女にとっては初歩の初歩として当たり前に習い覚えた技術だ。
実戦を前提とした暗殺術に対抗する術を持っている騎士が如何程いるのか。
二秒弱の攻防は、その答えが垣間見える一幕であった。
「(アブネーです。カレーのヒト、片脚だけでシルヴィア姉さんクラスの攻撃力出しやがったです。手から生えた剣でメス戦の速度出すなんて想定外もいいとこです。脚斬っとかなきゃ獲られてたです)」
次の攻撃ポイントを目指して地面を這うようにコソコソと移動するルー。相手の動きから二部隊で運用していることを見て取ったルーは、其々の部隊へポイント損失のAR表示がされる人員を造ることにした。五メートルまで近付けばAR表示で場所が割れる。潜伏にて攻撃を仕掛けようとするBチームにとって、この優位性は大きい。
「(とりあえず両方の部隊にピコーンがでるようにしてやったです! あともう一人ずつピコーンつけてやるです!ってヤヴェェェッ‼)」
ルーがカサカサと擬音が付きそうな動きで、緊急避難用に確保していた退避ルートへ高速移動する。あっと言う間にその場から消え去り、移動経路の特定すら難しい位置へ潜伏した。
「あら、逃走技術はさすがですね。もう何処にいるか判らなくなりました」
木の上から姫騎士さんが呟く。ルーを補足したので射程まで移動し、今まさに上から強襲するところであった。
「そろそろ小乃花が動きそうですね。こちらも準備しますか」
静寂が戻る。
最初から誰も居らず、何もなかったかのように。
「おいおい、スタート位置まで戻ってきちまったぜ……」
「私達、逃げすぎ?」
――囮班のグウィンとマリーは、自分達が思ったより後方へ退避していたことに苦笑いをする。自軍の開始線が目と鼻の先であったのは、それだけティナと小乃花の遭遇に脅威を抱いたのだろうとグウィンは分析する。心理状態によって、作戦行動に支障をきたして仕舞ったことの未熟さを反省する。指揮官は如何なる時も冷静に状況を見極めなければならないのだから。
現状、追われはしなかったが、ティナや小乃花が突然現れる可能性も十分あり、移動するにしても不安材料しかない。それでも、待たせている強襲班、要撃班に素早く合流することを最優先とした。彼等が揃わなければ陣形が機能しないからだ。
だが――。
その思考自体が大きなミスだと言うことに、グウィンは気が付いていなかった。
グウィン達は、味方に最速で合流するため、身を隠すのを最小限にしながら襲撃の警戒に比重を置いて移動を開始する。
何せ、開始線近くまで戻って来てしまっているのだ。視界に敵なり味方なりが入るまでは、この速度重視のペースを維持する。
「クソッ、味方が何処に潜んでるか見当たんねぇ。こりゃ陣形どころか合流も厳しいかもな」
「敵の姿も見当たらないなんて……。一体何が起こってるの……」
グウィンとマリーがマップ四分の一付近まで辿り着いた時、余りの静けさから思わず言葉を口にした。今ここで本当に試合が行われているのか、誰もが疑問を抱くほどに何の動きも見て取れない。偶に微風が吹き、木の葉や草花が揺れる程度で、遠くから鳥の鳴き声も聞こえて来る。
「(チッ、戦闘どころか人の動く気配すりゃねぇ。この雰囲気やべえんじゃねーか?)」
木立からそっと顔を出し、辺りを伺っていたグウィンがそう思った瞬間、風を斬る音を纏いながら、タンッ、と矢が隠れている木立に突き刺さった。
木立の根元にずり落ちるように姿を隠したグウィンは、足元のシダ植物を隠れ蓑に葉の隙間から辺りを伺う。突然の攻撃に、マリーも慌てて草の陰に転がり隠れている。
「(アブネェ! どこからだ? 矢の出所が割り出せねぇ。距離が掴めねぇのはキツイな)」
だが、グウィンにとってはある意味僥倖であった。飛来した矢の音はこの静けさではよく響く。仲間がグウィン達の到着に気付いてくれた可能性が高い。ならば潜伏している場所が近ければ、ハンドサインなりで居場所を伝えて来るだろう。
案の定、チェスター達の強襲班は、マップ右端に近い地形傾斜の陰に生い茂るシダ植物の中から手だけがコッソリと現れた。
シルヴィア率いる要撃班の位置は随分と左よりに移動しており、腰ほどある草の群生を盾にするように密生したシダ植物の中からハンドサインが送られて来た。
両方の班はグウィン達と十数メートル離れた位置で潜伏している。これならばと、陣形の起動開始を伝えるハンドサインを送った。
グウィンは身をもって判った。チームメンバーが全方位から完全に潜んでいたのは、あの恐ろしい精度で飛来する弓の的にされたからだ、と。
つまり、敵にこちらの位置を掴まれている可能性が非常に高い。それは、当初予定していた潜伏からの強襲を防げると言うことだ。
そこまで有利になる手札が揃っているのに、何故敵は動かないのか。相手が要撃のため潜んでいるとは思えない。Aチームの過去三試合を見ても、戦力も戦術的にもグウィン達より遥かに勝っており、態々膠着状態に持ち込む必要もないからだ。
しかし、グウィンが射撃を一度貰った以降は、再び静寂に包まれ動き出す素振りすらない。
グウィンは思考を巡らすが、相手の思惑が見えてこない。只々、冷汗ばかりが流れるのであった。
だが、その膠着状態を産み出しているのはグウィン達自身が招いた結果であった。
「射程外だけど見事牽制出来た的~。リーゼントに刺さったらオモシロかった的なのに~」
「ウルスラ……。その絵面は笑えるけど、頭部狙いは一発退場貰うでしょうが。まぁ、これで相手も最後の面子が着いたって判ったでしょ」
「エルフリーデ、そっちから見てシルヴィアはどう? こっちの部隊の子はチェスターだったかしら、相変わらず息を潜めて動きが無いわ」
「シルヴィア達の動きも無いわよ。クラウディアから見た部隊も同じってことは、指揮が執れる人材がいないのね。陣形に拘り過ぎて部隊の自由裁量を考慮しなかったみたいよ。それが足を引っ張ってるわ」
Bチームは、さすがに新入生主体のチームであるだけに欠点が多いことは否めない。練度不足は当然なので除外するが、根幹に係わる欠点の一つに指揮官不足が挙げられる。
グウィン達もティナ達と同様に、チームを組んで連携や戦術を携えて参戦している。その鍛錬期間が二週間だったとは言え、試合当日にランダム編成されたチームが相手ならば問題なく戦えることは実証済みだ。しかし、予めチームを組んで戦術を練って参加して来た相手に対しては足りなかった。分散させた各部隊の応用力が欠けていたのだ。
Aチームにティナを含め指揮官が三名もいるのは、複数編成した際に各部隊を率いる指揮官へ作戦行動を任せるためだ。全体の方針さえ決まっていれば、状況により最適な行動を指揮官が導き出す。
それは、即席で組んだチームを実運用レベルへ押し上げるための答えである。
今のBチームは、指揮を執れる者がグウィンしかいない。だからこそ、メンバーが戦術の優先順位を判断出来ず、息を潜めて陣形の維持に努めたのだ。陣形を優先して仕舞ったがための悪手である。
もし、クラウディア達が同じ状況に置かれたならば、膠着状態になること自体を許さない。相手に戦術を察せられたと判断した瞬間には、直ぐに戦術を切り替え部隊が有利となるように立ち回る。
「おー、小乃花が来た的~。お散歩しながらリーゼントに近付いてる~」
潜伏場所の自然物に空いている数センチにも満たない僅かな隙間から、三十メートル以上離れた状況を正確に索敵するウルスラ。彼女にとっては狩猟時の兎や鳥と違い、幾ら身を潜めようが人ほどの大きさならば良く目立つ部類なのだ。
ウルスラの報告で部隊が戦闘態勢に入る。
後はタイミングを待つだけだ。




