04-012.計算外と想定外。 "B"Gruppe und "D"Gruppe, Wettbewerb im Mêlée.
この話から遡って4話前と2話前み伏線入れ忘れてたので。
(´;ω;`)
今回で伏線分を丸々入れたので予定より長くなり。
そして、本編も1話で済ますところが、分割してもう1話書くことになり。
ほんげー
実験的にチョイと細かい描画まで入れてまする。
2156年10月11日 月曜日 午後
昼を過ぎて、漸く陽射しが雲間から注ぎ始める。気温は現在十二度と過ごし易いが、少々乾燥しているため、水分補充は温かい飲みものを摂りたいところである。
学園敷地の東側に位置する屋外Mêléeコート。本来は十二人対十二人で戦う競技であり、コートの大きさは縦七十メートル、横五十メートルの広さを持つ。それが四面収容されているスタジアム形式の建築物は、サッカー用ピッチを内側に持つ陸上競技場よりも一回りは大きい。客席数は一般のスタジアムと比べ少な目の三万席弱なのは、客席上部をぐるりと取り囲むように配置されるインフォメーションスクリーン三十二基の設置スペースが確保されているためである。
観客席の入り具合は半分ほど。とは言っても、他の競技を観戦している一般客も合わせれば五、六万人が学園に入場しており、アミューズメントパークや大規模イベントと然して変わりがない。それもそのはず、学内大会は学生プロ騎士が競技者に含まれる公式下部大会の位置付けであり、設備がふんだんに使用されるため有料の入場チケットを必要とする正規の国際競技イベントであるからだ。
チケット料金は学生大会と言う前提のため、球技などのプロ競技観戦チケットよりも大分価格は抑えられている。一日のみ有効なチケットから大会終了までの全日程で有効となるシーズンパスなど、顧客の予定に合わせた組み合わせで購入出来るようになっており、当然のことながら複数日程を購入するほど割引が効く。そして、チケットには様々な特典が組み込まれている。学園敷地内でアクセスできる試合中継と解説音声、提携テレビ局の有料番組生放送、および同ネット放送、学園生編集のネット放送などが簡易VRデバイスの受信機能でサービスを受けられる。ARスクリーンに限り、ここだけで配信されるコンテンツの閲覧サービスも人気が高い。また、別料金になるが観客席にも指定席やVIP席が用意されていたりと、様々なオプションも取り揃えられている。
マクシミリアン国際騎士育成学園が公式下部大会を開催して以来、ここローゼンハイムの一大イベントとして広く認知されており、今では観光収益なども成長著しい。学園で主要なイベントがある三月、六月、十月などはローゼンハイム市の人口が何倍にも膨れ上がる集客力がある。ならば、観光事業として街ぐるみ――この場合はローゼンハイム郡独立市とローゼンハイム郡だが――で力を入れるのも当然だろう。学園側も観光事業は、創立当初から視野に入れていた案件であるため協力を惜しまない。
イベント期間限定で一般住宅での宿泊施設提供許可証発行、近隣に存在する観光名所を抱き合わせた各種ツアーや様々なクーポン券の発行など、相乗り感も多々あるが地域に貢献する事業体となっている。
当然、イベント開催期間はマクシミリアン国際騎士育成学園の広大な敷地に多種多様な露店が出店しており、フェストと何ら変わりない。露店を冷やかすだけでも一日が終わってしまう規模がある。さすがに近隣はミュンヘンで開催される世界最大規模のイベントである、オクトーバーフェストと比べれば大人と子供ほどの差はあるのだが。
現在午後十三時半。Mêléeコート上では、参加する騎士四十三人が一堂に介している。競技個別の開会式を済ませた後、中央インフォメーションスクリーンに視線が集まる。これからチームの組み合わせ、そして試合の組み合わせがコンピュータのランダム配置で決定する様子をリアルタイムで表示するからだ。騎士と観客が固唾を飲んで見守る瞬間である。但し、予めチーム参戦をしているティナとグウィンのチームは試合組み合わせのみであるが。
観客席から感嘆や驚きなど、様々な声が上がり騒がしくなっている。今しがた、スクリーンにAからEの五チームにメンバーが割り振られ、試合の組み合わせが表示されたからだ。ちなみに、チーム参戦をしている場合は申請順に符号が付与されるため、ティナのチームはA、グウィンのチームはBである。
「ランダムチーム編成の妙です。侮れないチームが一つ産まれました」
スクリーンに表示されているチーム表を見て、思わず肉声で言葉が漏れてしまったティナ。予想していたより、一つ上のレベルを持つチーム編成が成されたことに少し眉尻が上がる。
「糊代込みで五戦を想定して正解でした。場合によっては優勝決定戦も有り得ます」
「五チームで五試合確定って言い切ったのは、やっぱり一敗を許容してたのね。不確定要素も必ず計上するカレンベルクの兵法だもの」
カレンベルク一族であるクラウディアは、ティナと同じ兵法を伝授されているだけあって、どのような思想が用いられていたのか察していたようだ。
Mêléeなどの集団戦は、参加人数がそこそこ揃ってもチームとして考えれば多いとは言えない。今大会もチーム人数を八名に縮小した特別ルールとし、辛うじて競技の体裁が整う五チームを編成出来たくらいだ。チーム数が少ないため、トーナメント方式もリーグ戦が採用されており、各チーム四試合の勝率で順位が決まる。試合の分母が小さいので、一敗するだけで同率首位となることも多々ある。そうした場合、優勝決定戦、もしくは三位決定戦など、過去何度も実施されていた。ティナも、予測不能なイレギュラーケースが有るとして一敗は已む無しと計算し、プラス一戦を予め考慮していたのだ。
「でも全勝するつもりヨね? ちょっとメンバーが危険な組み合わせのチームいるケど彼女達がどう動クか」
「そうでございますわね、ヴリティカさん。特に音速を超える攻撃は事前察知できませんと対処が難しゅうございますから」
ブリティカとテレージアが今回のイレギュラーに強力な攻撃力を持つ相手が混ざっており、先を獲らざるを得ない戦術に絞られる、と会話から滲み出る。
そのイレギュラーのDチームに所属する一人――もちろんイレギュラーな人物でもある――が、優雅な所作で近寄ってきた。
「あら、随分不景気な顔をしてますのね、フロレンティーナ」
「はぁ。不景気にもなりますて。まさかあなたがMêléeに参加してくるとは思いませんでしたよ、エイル。今までも集団戦に出場されていたことはなかったと記憶してますが」
ティナは、Mêléeの参加者が公開された時、エイルの名前が記載されていた箇所を見つけ、思わず二度見したくらいだ。そして、エイルがピンポイントでこの競技に参加してきたことを訝しんでいた。どこかで、自分が集団戦に参加することを察せられ、Mêléeに出場することを読まれて参戦して来たのではないかと。
「上級生になるとDuelだけでは済まないケースとか出て来るでしょう? その訓練も兼ねてますのよ」
シレッと答えるエイル。この辺りの駆け引きもティナが会話から思惑を読むであろう前提で紡いだ言葉だ。何気ない会話が全く油断できないのである。まぁ、お互い様なのではあるが。
学内大会はDuelが人気も高く、学園内の騎士が六、七割は出場する。しかし、上級生を中心に、集団戦へ掛け持ち参加する騎士は必ずいるのだ。特に、実力が安定したことにより学生の内からプロチームと契約したり、個人でもスポンサー契約をしている騎士達が当て嵌まる。将来、プロの騎士として身を起こそうとする者達は、必ずと言っても良いくらい、少なくとも数度は集団戦の経験を積もうとする。それは、各種イベントで集団戦が組まれたり、変則ルールの試合を参加するケースが増えるなど、Duel以外の技術も必要だと言う事態に直面するからだ。
「それより、その鎧……Kampfpanzerungでしたかしら? 色違いも持っていたのね」
Mêlée競技開会式直後のため、この場に居る騎士は、騎士装備を着用している。ティナも例に漏れずKampfpanzerungを身に纏っているのだが、朝の大会開会式で装備していたメタリックオレンジの鎧とは色違いだ。艶消しのグリーン系を基本としており、軍用装備品と言っても違和感がない。その色は自然に溶けるカラーリングである。
「訓練用の鎧です。Kampfpanzerungの予備として装備登録していたんですよ」
「そうなのね。予備で形状も同型と言うことは、また暗器が隠されてるのかしら」
「そこは当たって見てのおたのしみということで」
「ふふふ、何が出るのか楽しみにしているわ」
クスリと軽く笑い、自分が割り当てられたDチームへ戻っていくエイル。あと数分で競技説明が始まり、それぞれの試合会場へ移動するのだ。
ティナとエイルの会話は、外から見れば軽い挨拶であった。しかし、双方とも言葉少なく交わした会話は、当たり障りのないように見せているのだ。エイルのキーワードは、Duel以外の参加、鎧の色違い、暗器の有無、何が出るのかなど、全ての言葉に含みがある。対するティナも、突如集団戦に顔を出したエイル、暗器の有無を仄めかせる言葉、どうとでも取れる嫋やかな笑みは崩さずに。お互いが然して情報も得られないような会話の裏をキーワードで推測し、読み取り、相手の思考を組み立てる。そこにはブラフも仕込まれていることを前提として。智謀、策謀を駆使する二人は既に戦い始めているのだ。
「(やっぱり、エイルは前に戦った時の言葉を拾ってきてるっぽいですね)」
ティナが、春季学内大会のDuelでエイルと戦った際にマイクパフォーマンスで、集団戦ならば戦術を以って容易に狩れると煽ったことがあった。今回の参戦は、「やってみせろ」との意味合いも含んでいると思われる。もう一つ、エイルと戦い果せた後、ティナの武術に興味を持たれ、再戦の意思を表していた。ところがティナはDuelに出場しないと知れ渡り、エイルが卒業までに開催される学内大会残り四回の内、再び剣を合わせる可能性が一つ減ったのだ。
「(しかし、エイルは私と戦うためにピンポイントでMêléeに参加したと考えるのが妥当ですね……)」
どこから漏れたのでしょう、と首を捻るティナであるが、ここ暫くの行動を考えれば、何らかのタイミングでチームメンバーの集まる様子を見られた可能性が高いだろう。
事実、エイルはトレーニングルーム棟の帰り道、ティナ達チームが初顔合わせ終了後にコミュニティセンターから出て来るのを偶々見かけたのだ。普段ならば肩を寄せ合わない特異なメンツの姿から、ティナが何かを仕出かすであろうと。そこから推測した結果、集団戦にチーム参加すると判断した。Drapeauならば、ここ暫く鳴り響くティナの武勇が脅威と認識されていると想定され、結果として集中砲火を浴びることであろう。それは、luttesと何ら変わらない試合運びとなり、チーム戦の意味をなさくなる。人数が十一人であったことから、Quartier_généralでもないだろう。消去法でMêléeに参加すると判断したのだ。
そして――あら、そっちにでるのね。ではお邪魔しようかしら――と。
ティナのチームが如何程であるか、直接見てみようと集団戦へ参加することに決めたのである。
「(鎧のカラーリングから森林戦特化だと気付いてるでしょうが、森に入ったWaldmenschenの戦闘力までは測れていないでしょう。まぁ、エイルと森林戦で当たる確率の方が低いですけどね)」
インフォメーションスクリーンには、チーム割り当てと試合組み合わせが一覧表となって煌々と掲示されているが、試合マップの欄は空白だ。どのマップで試合をするかは開始十五分前に発表されるためだ。その十五分でマップに適した戦術を練ることになる。仮に事前通達とした場合、チーム参加した者が仕込みをする時間が取れ、有利になりすぎるケースが発生することを憂慮して今の方式となったのだ。
ティナも、どのマップが最初に当たるかさすがに読めず、森林戦特化のKampfpanzerungを装備して万全を期している。
「姫姉さまー、向こうにヘンなヒトがいるですよ」
トテトテとティナに歩み寄るルー。その姿は子犬が構って欲しいときの様子に似ている。
「あら、ルー。もうじき競技説明の時間ですよ? チームメイトと一緒にいた方が良いんじゃないですか?」
「うゆー。だけど気になるです、あのヒト。ライフル持ってやがります」
「ああ、リンダですね。彼女は合衆国の北軍を模倣してますから。あのライフルは銃剣術の土台ですから射撃はしまんよ?」
弾が出るのは副武器デバイスですよ、と聞き捨てならない言葉を口にするティナ。
ほえー?、と口を開けてキョトンとするルー。だが、その怪しげな言葉の内容を聞く間もなくお呼びがかかる。
「おい、ルー! そろそろ説明始まるからこっちに集合しろ」
「なんですか、グウィン。説明なんてどこで聞いたってオンナジです」
「そのまんま試合コートに移動するから集合しろって最初に言っといたろーが! 相変わらず自由だな!」
グウィンに襟首を掴まれ、ズルズル引き摺られていくルー。姫姉さまオサラバです~、と呑気に手を振り、なんだかんだと余裕がありそうだ。見送るティナは、お得意のロイヤルお手振りに嫋やかな笑みを浮かべる騎士モード。既に競技へ向けて切り替えたようだ。
競技説明――どちらかと言えば観客や視聴者向けだ――が開始され、インフォメーションスクリーンにルールや試合進行の方式などが解説者の台詞と共に一つずつ表示される。
Mêléeは五チームのため、総当たり戦は全部で十試合となる。チーム数が奇数であることから、一度に行われる試合は二試合ずつとなり、一チームは待機である。そして、試合後は三十分の休息時間を置いた後、次の試合マップを決定する。その十五分後に再度二試合が開始される。休息時間を取るのは、連戦となるチームが必ず発生するからだ。
本日は、合計四試合を消化する予定だ。残り六試合は翌日行われ、その午後は三位決定戦や優勝決定戦が発生した場合の糊代として確保されている。
「最初のミソッカスは私達のようね」
競技説明後、インフォメーションスクリーンに試合組み合わせが表示されている攔の横へ試合順序が割り振られていく様子を尻目に、エルフリーデは肩を竦める。出来れば一番最初に試合し、このチームが持つ戦闘力を見せ付けて牽制に使いたかったのだ。
「だけど、エイルのチームと新入生チームが遣り合うところが見られるの。要注意チーム二つの戦力が一度に測れるの」
「そうね。技量派のシルヴィアとエイル、トリックスターのリンダとルー。それとパンク王子がどんな戦術を用意するのか興味深いわ、興味深いの」
リゼットとマグダレナの言葉は、グウィンのチームが初っ端からエイル達と戦うことを示している。グウィンが大会までの間に、新入生達の練度を如何程まで仕上げて来たかも、この試合で判明することになる。しかし、彼等のチームは小等部での実績も誇れるほど持っており、侮れない面子が揃ってはいる。だが、如何せん新入生主体のチームが初戦で引くには、厳しい相手と言わざるを得ない。
「へー。エイル達は障害物マップを引いた的~。今回は建物が遮蔽物なんだ~、って建物に入れるんだコレ」
「ほんとですね。今回は運営側も随分と趣向を凝らしてきましたね」
「さあさ、皆さん。待機室に移動致しませんか? 腰を落ち着けて試合を拝見させていただきましょう」
テレージアに促され、チームに割り当てられた競技者待機室へ移動するメンバー。第一試合が制限時間一杯の四十五分まで費やした場合、自分達の試合開始までは最長で九十分待ちとなる。移動や試合開始までの糊代も含めると、もう少し長くなるのだが。長時間の騎士装備着用は少しずつ疲労を蓄積する。だからスポーツ科学科のサポート要員に一度装備を外して貰い、楽な状態で身体を休めるのだ。装備を外し、一息ついたところで、部屋に四機設置された観戦用モニターが最初の二試合を映し出した。
――屋外Mêléeコート
グウィン達とエイル達の二チームが試合コート短辺の両端に分かれ、陣地起点となる開始線で試合開始を待っている。もう一試合の組は森林戦のため、公園エリアへ移動している。観客からは、客席上部のインフォメーションスクリーンに、その様子が表示されており、この場から森林戦の閲覧が可能となっている。マップを用いた試合に参加する競技者は例外なく、インフォメーションスクリーンから戦況を把握できないように処置が施されている。細胞給電式コンタクトレンズ型モニターやAR表示デバイスなどがジャミングされており、スクリーンを見上げても灰色にしか見えない。もちろん、音声通信も遮断される。
試合コートは中央にMR表示で壁だけの建物が三つほど、双方の視界を遮る形で配置されている。建物も複数の入り口や裏口、作為的に大きな窓があったり、明らかに複数の部屋があると思われる建物など、全て間取りが異なる造りとなっている。建物内部の構造は競技者へ非公開であり、室内を使った戦術を予め用意することが出来ない。また、壁越しの攻撃も当然だが出来ない。
配置も厭らしい。自軍陣地から見て右側に一番近い建物が横たわる。そして中央には如何にも怪しい大きめな建物、その奥に相手側が待機している開始線側となる左側方面に建物が一つ配置となり、双方の陣地は建物で目隠しされた状態だ。正面から相手の動向を目視出来ない造りとなっている。左右の建物は試合コート長辺の側面付近に幅二、三人分の通路スペースがあり、建物の裏側からも迂回出来るようにもなっている。所謂、路地裏に相当する小路がある訳で、警戒するポイントが建物正面と内部以外にも存在することを示唆している。双方の開始線から建物までは比較的広めのスペースが確保されており、屋外での戦闘も考慮されている。マップの選定やレイアウトなどは、学園内のChevalerie競技委員会の仕事だ。委員自体は各学科から参集しているので、騎士以外の目線で突拍子もないアイディアが発案されることも屡。今回の障害マップは、造りの厭らしさから、近日発売予定の高難易度ゲームを開発した電子工学科所属の委員が発案したのだろう。ただ配置するだけでも微妙に難易度が高いマップに仕上がっているところを見るに、ほぼ間違いはないだろう、と。
建物は感触もあり、簡易VRデバイスにて接触時の制御はされているが、壁はホログラムなのだ。通り抜けようと思えば可能であり、室内で乱戦となった時には戦闘の勢いですり抜けてしまうことも想定されている。しかし、態とすり抜ける行為は即座に反則となり、ポイントを一つ失うペナルティが課せられる。故に道なり、或いは建物の形状に合わせて移動する必要が出るのだ。
「さて。見通しが効かねえ上に建物内も活用できるときたもんだ。殆どが遭遇戦になるだろうが、建物内じゃフォローは無いと思ってくれ。ヤバくなったら予定通り駆け抜けろ」
グウィンの作戦には、相手と正対するよりも奥深くまで進軍することを優先し、撹乱と混乱をばら撒きながら、それに乗じて大勢を整えるところまで視野に入れているようだ。
「私達、三人は建物に入らず敵陣へ移動で良いのですか?」
「ああ。シルヴィア、アドリアナ、スラヴェナの遊撃班は変わらず迎撃だ。エイルが障害物を利用しないと踏んでるからな」
受けた相手の技を倍返しする技量を持ち、状況に捉われない動きをするエイルが、自らの枷となり得る狭い屋内で戦うことを選ばないだろうとグウィンは予想している。そして、エイルに正面切って対抗できるのは、同格であるシルヴィアだけだ。だから彼女にチーム内でも戦闘力が秀でている二名を付け、可能な限り三対一の図式に持ち込んで完封する絵図面は引いてある。だが、エイルを単独に分断すること自体が非常に難しいと思われ、理想の形に持ち込むのは分の悪い賭けでもある。唯一の懸念事項は、エイルが小盾を持ち込んでおり、複数人と戦うことを前提としている点である。
「ルーが背後から狩るのは変わらんです?」
「ここでのおまえは討伐主体だ。気取られねえように一人ずつ仕留めてくれ。それとリンダの動きが読めねえ。発見次第最優先で狩れ」
「あの歴史の教科書に載ってるみたいなヒトです? ライフル担いだ昔の軍人」
合衆国南北戦争の北軍を模倣するリンダ・フォーチュンは、金釦で留める紺のジャケットに青灰色のズボン、白手袋と革のブーツ姿。頭に被っている鍔広帽は、右側の鍔を金の部隊章で右側頭部に巻き上げ留めている。全長を四十インチまで詰めたライフル銃に銃剣を挿し、左腰前面に拳銃のホルスターを下げている。名が知れた騎士の中で唯一、副武器デバイスにリボルバー拳銃を採用している。
Duelでは銃剣術を軸に、拳銃によるクイック・ドロウを織り交ぜたトリッキーな戦術で有名なのだが、如何せん彼女にはDuel以外のデータがない。一体どのような挙動を取るのか予測を立てられないため、対策としてサーチ&デストロイなのである。
「ミーナとオレの電撃班は右翼から相手が建物を利用するか判断してから884か762を決める。チェスターとマリーの強襲班は左翼からまず建物まで全速力で取り付け。相手が部屋に入ったら664、外を回るようなら592だ」
符号による戦術の行使。グウィンが試合ごとに符号の方式を変えるため、毎回一度きりしか使われない。今回は三桁の番号を用いた通称ナンバーズシステムを作成した。そして、初めから屋内戦、つまり障害物は相手に利用させ、行動制限を掛けたところで叩く戦術である。
「盾持ちのオレとチェスター、シルヴィアは、移動時は防御重視だ。相手が相手だからな。道すがら狩るどころか逆に仕留められる可能性の方が高けえ。序盤は危険を極力回避して、損耗を如何に抑えられるかが鍵だ」
このチームメンバーは大会までの期間、世界選手権出場クラスのシルヴィアと、騎士ならざる武術を使うルーを相手に連携と立ち回りの練度を上げてきた。如何に練度の高い上級生組が相手だとしても、冷静に引き際を見定め、仕留められる前に撤退戦をしながら状況を整えるくらいは出来るように仕上がっている。まず、駒を損耗させないことが最優先事項なのだ。グウィンは、限られたカードで最良を目指す戦術を練っている。今、手にしているもので何処まで出来るのか、例え戦力が不足していようとも、必ず覆せる方法があると、模索を止めることはない。それこそがグウィンが生み出す戦術の根幹にあるものだ。
「ルー、ハンドサインは覚えてるな?」
「ナニ当たり前のこと言ってるです。陰に潜む戦闘士は目線と手信号に置き標で意思疎通するのを知らないです?」
「知らんがな……」
思わず八の字に眉尻を下げるグウィン。Waldmenschenの常識を一般人が知る由もない。
ハンドサインの使用を促すのは、競技開始後に通信機などの連絡手段が利用制限を掛けられるからだ。指示や連絡なども肉声かハンドサインのみとなる。唯一電子的な機能として、各々の頭上へMRによる失点数表示があるだけだ。しかし、それも五メートルまで接近しないと表示されないシステムとなっている。また、友軍の残存数やマップ上での所在位置表示もない。どちらかのチームが最後の一人となった時、場内放送でマップ全体に知らされるだけだ。
『試合開始一分前です。各競技者は用意をしてください』
学園生アナウンサーの場内放送が流れる。
その短い言葉を聞き、競技者が騎士の顔に変わる。
この放送で試合に赴く競技者への音声情報は全てシャットアウトされた。試合終了のアナウンスまで通信機能も停止する。
場内をカウントダウンアラームが鳴り始める。最後の四秒は――ピッ、ピッ、ピッ、ポーンとスタートを知らせる電子音が鳴り響いた。
「状況開始!」
グウィンが大きめの声で部隊の行動開始を告げる。この声量では、相手側の開始位置でも聞こえたことだろう。
最初の予定通り、シルヴィア率いる遊撃班が中央から、一番近い建物がある右翼側から進むグウィンの電撃班は、駆け足で建物内を抜け、シルヴィア達と足並みが揃うように位置取りをする。
相手陣地寄りに配置されている左翼側の建物へは、チェスター率いる強襲班が建物手前の壁に張り付くように出口と中央側の空間を警戒する。
別動隊のルーは、音をさせずにコート側面ラインギリギリから敵陣近く、左翼側の建物を抜ける手前まで到達している。相手側も開始早々、陣地付近に入り込まれていると想定していないようで、警戒度は完全に前方から敵が来るであろうルートへ向いている。ルーは敵の動向を注視する。初手として、コート側面から建物を迂回してくるならば少し戻った角にて待ち伏せ、部屋へ入って来るなら後ろから回り込み仕留める算段であった。
しかし、相手側の部隊全体が見えてしまった。
「(あー、こりゃイカンです)」
気取られず観測点へ即座に展開できるルーは、優秀な斥候でもある。しかし、競技コートは広く見えるが、実戦で考えれば遮蔽物もあり非常に狭い。直ぐに接敵する距離しかないため、得た情報を持ち帰る行動は有効とは言えない。
「Zuhören! 501です!」
この場合、斥候からの情報は声を上げて自軍に伝える、が正解となる。
だが、それは敵に自分の位置を教える行為でもある。
ルーの声が消えると同時に、グウィンが指示を出す声が遠間に聞こえた。
ルーは、密集陣形を取った敵から二人ほど、警戒しながらこちらへ向かってくる気配を掴み取る。まだ、自分は姿を見せていないため、建物の影に潜んでいる、もしくは撤退したと判断されている前提で戦闘状態に移行する。
競技中と言う限られた状況下では、相手が取るであろう警戒行動は二つ程度の基本的な方法に絞り込まれる。建物より離れた奇襲を受けない位置で安全を確保しながら様子を伺う。もう一つは、気配を押さえながら建物の影から身体を隠しながら覗き込む。相手が専門家でなければ、だが。
「(いない……。既に撤退されたか……)」
壁の影からそっと少しだけ顔を覗かせた敵チームの騎士は、視界に誰もいないと確認したことにより警戒が一段緩み、正中線を晒して路地裏に歩み入ってしまった。
その瞬間、彼女の細胞給電式コンタクトレンズ型モニタに、右膝へ一ポイント、左胴へ二ポイント、合わせて一本獲られて敗退したメッセージがARモニタに流れ、唖然とした。右膝の内側と左腹部にダメージペナルティを感じることが現実であると証明している。そして、視界の下から不意に、音も無くぬるりと滑らかな動きで立ち上がる小さなメイドが現れたことに驚きを隠せなかった。
ルーは、近寄る相手が発する動きの気配から、路地裏から見えない位置で壁に張り付こうとしていると察知する。二つ目の方法、壁の角から覗き込む挙動だ。ならば、死角位置となる壁の角からほんの少し後ろ側に、下半身を壁へ水平に添わせ地面擦れ擦れとなる立膝で高さをコンパクトに納める。上半身は壁を背に張り付くように右半身で姿勢を小さくしたまま気配を断つ。覗き込んで安全を確認する場合、まず目線の高さから物を認識し、全体を把握するのでタイムラグが発生する。Waldmenschenは森林戦を行うため、物と同化するよう気配を周囲に溶け込ませ、視界に入っても瞬間は物であると認識させる術を持つ。相手が気を緩めたことを感知した瞬間、足先から手指まで各関節単位で回転を掛け、体幹の制御で部分単位に発生させる疑似的な体軸を整えながら、先に届く右手のメスで膵臓に刃を深く差し込む。同時に後ろ脚のスライドで蹈み込みの位置を延ばし、後方寄りに配置していた牽制用メスを右膝内側の靭帯へ正確に届かせた。
次の行動に移るまで、瞬き程度の時間も必要としなかった。ツーマンセルで索敵に来た相手は、さすがに二人同時で覗き込むような愚行はしなかった。路地入り口を曲がった壁から人一人分の空間を確保して待機している。索敵の結果、二対一で戦うことになった場合、自分達が有利に展開できる配置なのだろう。折角なのでルーはその広さを利用した。
敗退した騎士の頭上へMR表示された驚きの内容。待機していたもう一名がMR表示に視線を移し、他のことが意識から抜けた一瞬の間、広い空間が死角に切り替わる。生み出された死角へ小さなメイドがスルリと音も無く飛び出していた。相手が視界の隅にルーを認識した時には、Waldmenschenの高位歩法による方向転換で再び消えた後だ。関節単位の回転を伴う歩法は目線の死角を利用し、あっと言う間に相手の背後へ滑り込む。背中側から容易に心臓部分を一突きした。実のところ、危うく相手の口を押えて頸動脈と喉の根本にメスを差し込みそうになったルー。ちゃんと踏み止まれたところを見るに、少しは成長しているようだ。
相手に攻撃タイミングも、防御タイミングも絞らせず、ルーは流れるように二人目を仕留めた。
ルーが視界の脇で捉えたグィン達の乱戦。予め決めていた密集陣形を取られた時の戦術に、グウィンがブラフの指示を声高に叫んだことが功を成し、撹乱は見事に成功したようだ。しかし、相手陣営は、騎士個人の練度や集団戦経験者などが含まれていることで、全体の戦力としてはこちら側の分が悪いと伺える。良く拮抗してはいるが、徐々に押し返され始めている。
小さなメイドは、誰の認識からも外れてしまう経路を辿り、音も無くスルリと消えた。
「(チッ、完全にジリ貧だな。まさか障害物を無視して部隊丸ごと突っ込んでくるとは予想外も甚だしいぜ)」
表情は冷静だが、グウィンの内心では次の策に移るタイミングを見出すため、戦場を俯瞰で見下ろしながら高速に思考している。
密集陣形を取られ、こちらの戦術を個の戦いに強いられた。
現在は、こちらの人数が一名多いため拮抗しているように見えるが、ポイントを獲られている騎士が多く、内容では押されている。
相手の陣形はエイルを最前線の頂点に据え、三角形を形造る配置を取っている。日本の陣形で言うなら、魚鱗や鋒矢に近い。陣を成す各々が歴戦の騎士であり、一筋縄で行かない手強さがある。
そして、エイルの後ろ、即ち陣の中心に位置するリンダが曲者であった。
ライフルの尖端に装着するバヨネットを武器とする銃剣術は、払いと突きを主体とする特化した槍術である。刃の土台となるライフルが重量物であるため振り回しなどもこの競技では有効にならず、槍とは異なった運用法になる。ライフルの自重と形状から、突きもしくは縦へ振り下ろす動作に負荷が少ないことから、バヨネットの刃も縦方向へ装着することが多い。そもそも、斬ることを主体にするよう造られた武器ではない。
騎士剣より長さに勝るライフルとバヨネットの組み合わせは、短槍として優秀であった。陣の中心に据えられたリンダを起点に、周りを取り囲む騎士達のバインド時や、敵の攻撃牽制などに、追加のもう一撃となる刺突が飛来するのだ。これは武器、と言うよりも、リンダ個人の能力が優れていると言えよう。多角的な視野を持ち、瞬時に判断して適切な補助をする。集団戦を深く知り尽くしているとしか思えない動きを見せている。
陣の先頭で猛威を奮うエイルの攻撃力と防御力は、シルヴィアをそこに足留めさせる意味を持つ。正面から遣り合うことになったため、最大戦力を止められる者同士が四つに組み合わなければ戦場が混乱し、それこそ泥仕合に発展しかねない。それはお互いに益がない。
――キンッ、と金属の撃ち合う音が幾度と響く。互いが繰り出すは、全て必殺となる一撃。シルヴィアの直刀式サーベルとエイルのヴァイキング剣が飛び交い、盾で凌ぎ、剣で抑える。
長く続く剣戟は、高い技量と互角の実力を有している者同士であることを雄弁に物語っている。双方がポイントを一つずつ失ったのは良い証拠となるであろう。
「(さすが、無冠の女王と呼ばれるだけはあります。全ての攻撃に通せる筋道が見えません。完全に根競べですね。僅かでも乱れた方が仕留められます、か)」
シルヴィアは、付け入る隙が全く無いエイルの技量に舌を巻く。
新入生だったエイルと戦い、敗れたのが今から四年前。当時、イタリアの全国大会でベスト4に入賞したシルヴィアを全く歯牙にもかけなかった相手。それが今では拮抗していることに喜ぶべきか、未だに越えられないことに悔やむのか。シルヴィアの表情からは伺い知ることは出来なかった。
「(技のお返しをする余裕がないですわね。この小康状態、悔しいですが持久戦はこちらが不利ですわ。でも、均衡が崩れるとしたらどうかしら?)」
エイルが得意とする、受けた技を上回る技量で倍に返し、相手を追い詰める何時もの戦法に至れない相手。シルヴィアが持つ攻撃の鋭さ、防御の巧みさは、自身が得意とする技で仕掛けなければ拮抗できず、予断を許さない状況にある。このまま続けば、息切れを起こすのはエイルであると自身でも判り切っている。今はその時が来るまで耐え凌ぐ。
「(来たか)」
戦場を周辺視で捉えていたグウィンの視界に、敵陣の後方――まだ遠くだが――より、小さなメイドの姿が陰を縫って滑るように近付いてくるのが見えた。それは場を覆す手札を引いたことに繋がる。
「(駒が揃った。ここで仕掛ける)」
待っていたタイミングが漸く来た。だから、グウィンは声高に指示を飛ばす。
「286! 総員突撃!」
その指示は、エイル達チームメンバーの動揺を誘った。「突撃」に備えたところ、相手が撤退の挙動を取ったからだ。
グウィンが今回の大会だけのために導入したナンバーズシステムによる本当の作戦指示と、言葉で紡ぐ虚実を含んだ作戦指示の同時発令。相手に対して聞き洩れがないよう叫ぶ作戦指示は、真偽の判断を鈍らせ、思考に回す空白の時間を造らせる。作戦指示の発令自体が戦術の一部なのだ。
一瞬、時が止まった空間の中で動く者が二人。
ぬるり、と、音も無く陰が滑る。それは敵陣の陰から這い出たルーの姿。光を反射せず陰と同化したメスが最短距離を駆け、標的であるリンダへ刺し込まれる。
パンッ、と乾いた炸裂音が一つ。
作戦指示により退避行動を取ったシルヴィアは、エイルの追撃を避けられる剣と逆の方向へ一歩下がった。
だがそれは、リンダの射線が通った瞬間であった。
リンダはライフルを手離し、反射より早く左腰前のホルスターからリボルバーを引き抜く。同時に左手で撃鉄を起こして回転弾倉を回す。射撃が投擲武器扱いであるため、左手で行った一連の流れが投擲に必須な予備動作として設定されている。
腰だめで引き金を引いたのと、背後から心臓部分を獲られたのは同時だった。
零コンマ零八秒。
シルヴィアが胴を撃ち抜かれて敗退するまでの時間だ。
そして、リンダが敗退した瞬間でもある。
今度は、グウィン達チームメンバーに動揺が走る。状況を覆す作戦行動が、逆に悪化させる結果となってしまった。ここでシルヴィアが討ち取られること自体、想定外であった。
だが、グウィンはすぐさま切り替え、立て直しを図る。作戦指示を出すために口を開いたところで、心臓部分に白銀のヴァイキング剣が突き刺さっていた。
「(してヤラレタな、こりゃ。せめてエイルを狩れりゃ勝ち筋は残るか……。まぁ、今回は残った連中にゃ悪いが作戦通りに動けるか実戦練習ってとこだな)」
フリーとなったエイルは、真っ先に指揮官であるグウィンを仕留めた。指揮官云々より、その口から吐かれる言葉が混乱を引き起こしていると判断したからだ。
グウィンが敗退して残り六名。ルーは単独行動のため、他五名でツーマンセルとスリーマンセルのチームに分かれる。指揮官不在時の臨時編成として、二名、もしくは三名一組を基本とし、複数対個の図式となるように立ち回りを訓練してきた。当然のことながら、相手もその動きに対応し、孤立しない立ち回りに変わる。
が、それをさせないのがルーの仕事だ。
「(ナンか、いいカンジに動けてるです? 斬るのはヒトにブン投げたからですかね。獲物を散らすだけならラクチンです。分担バンザイ!)」
Waldmenschenの高位歩法。関節単位で回転を発生させ、体幹で一つの動きに制御する法。
ルーの回転を伴った動きは、容易に死角へ入り、的確にポイントを奪っていく。絶えず注意を払わなければならない存在が、戦場を闊歩し、部隊を分断する。その隙に臨時編成した二組が、それぞれ一人ずつ敵を仕留めた。しかし、払った代償は同じ人数の敗退だった。
エイル達のチームは残り三名。
グウィン達のチームは残り四名。
ここで状況が変わる。
「(ナンです⁉ このヒト、振り切れないです!)」
エイルがルーに張り付き、その動きを阻害する。残り二名が一組となり、まずグウィンチームで相方が敗退して孤立した騎士を狩った。その間、グウィンチーム最後の主力であるスリーマンセルからツーマンセルに減った組は、フォローに回ることが出来なかった。なぜなら、ルーが部隊を分断した動きをエイルがルーを牽制する最中にやってのけたからだ。
これで三対三。実質、エイルとルーが一騎打ちの状態であるため、二対二の攻防だ。小細工無しで同じ人数同士ならば、場数を踏んだ騎士に軍配は上がる。小等部大会と比べ、難易度が跳ね上がる一般大会の経験者相手に、新入生では余程のセンスや才能が無ければ勝ち目は薄い。それでも小等部で好成績を残してきたメンバーだけに、何とか一人は仕留めていった。
『戦局のお知らせです。只今、Bチーム残存一になりました』
不意に学園生アナウンサーの放送が入ってきた。チェックメイトが掛かっていると公言している。
「(とうとうルーだけになっちまいやがったです……。ちょっ、このヒト後ろ獲っても見ないで反応するです! 剣速もヤタラ速えーですし、ナンで追尾しやがるです! 正面ダメ、ゼッタイ!)」
エイルに張り付かれているルーは、能面のように表情は変わらないが、内心冷汗を垂らしている。死角を獲っても、見えていない場所の方が正確に反応されるのだ。そして、見える場所では異常な剣速の切り下ろしや自在に変わる剣筋で翻弄される。攻めに転じるための後一歩が届かない。
「(シルヴィア姉さん、よくコンなヒトと切った張ったしてたです……。やっぱトンでもねぇのですって、うげげ!)」
敵で生き残ったもう一人が合流した。これで二対一。ルーは非常に厳しい状況になった。
「(……この娘すごいわね。「竜殺しの法」で、ここまで逃れられたのは初めてよ。フロレンティーナに係わる人物なればこそ、かしら)」
エイルの母、アスラウグの生家であるヴォルスング家の秘伝「竜殺しの法」。自身の圏内であれば、相手のあらゆる攻撃行動を認識することが出来、尚且つ最適な技をノータイムで繰り出せる。限定範囲内で絶対的な強さを生み出す理合いそのものである。ヴォルスング家の武術を深く継いでいるエイルは、家伝の奥義も継承している。
ちなみに、姉であるヘリヤは、ドイツ式武術、しかも基本しか出来ないため家伝の技を一つも受け継いでいない。しかし、奥義まで駆使するエイルをいとも簡単に打ち破る異常な強さを持つ。
「(ギャー! ギア一つ上げてきやがったです‼ ナンです⁉ あの地面滑る歩法は! 骨で移動してやがるから倍近い速度じゃねぇですか! オマワリサーン! スピード違反でーす! とっ捕まえやがれです!)」
スルリスルリと二人分の剣戟を掻い潜るルー。エイルが戦闘速度を上げたため、回避に余裕がなくなっていることは傍から見ても判るほどだ。
ルーの右前方にエイルがいる状態で、左からもう一人がはたき切りを仕掛けてきた。無意識に近いレベルで最適な受けを繰り出せたルーは、ここ暫くの修行が成果をもたらしたと言えよう。だが、それが正しいとは限らないものだ。本人も思わず声に出たのは自覚があるからだ。
「あ、やっちまったです」
反時計回りに旋回してくるはたき切りの力が乗る前の地点へ、ルーは左手に持つ牽制用メスを迎撃に出してしまった。そして、相手の剣を下から押し上げるように斜め上まで滑らせ、体勢を上方に開かせる。その間、右手に持つ攻撃用メスは、上方に崩された相手の持ち手を斬り裂くため、下から斜め上に振り抜く軌跡を取らせてしまった。
上がった右腕の下を予想通りヴァイキング剣が交差していく。
ルーの心臓部分へ白銀の刃が吸い込まれていった。
『試合終了です。各競技者は待機線へ整列してください』
――ビーと、アラーム音が場内に鳴った後、学園生アナウンサーが試合終了を告げる放送が響いた。
『Bチーム残存ゼロ、Dチーム残存二。よってDチームの勝利です』
学園生アナウンサーが勝敗を宣言し、場内を揺らすように湧き上がる観客の歓声が随分と騒がしい。
スタジアム長辺側の待機線で、横一列に並んだ競技者十六名の明暗がはっきり言葉で表された瞬間であった。
客席も中々に盛り上がっている。障害物マップで障害物を無視した戦術が用いられた珍しい試合であり、新入生主体のチームが予想以上に善戦したとなれば、観客の熱も上がるというもの。騒がしさに雑多な声も混じり、勝者を称える者、戦術の考察を話し合う者、新入生チームの戦いぶりに感嘆する者など、話に花が咲いている。
客席の拍手に送られて、試合コートを後にする。割り当てられた競技者待機室で、ホッと一息をつくグウィン達チームメンバー。これから三十分プラス十五分間のインターバルだ。
皆が落ち着いたところでグウィンが口を開く。
「今回の敗因は、オレがリンダの情報を洗い切れてなかったことだ。戦術の土台から引っ繰り返されちまった」
相手が使わないだろうと思った戦術こそ有効になり得る可能性が隠れていると教わることになった、とグウィンは言う。
「戦況を見ながらフォローする腕といい、これ以外にないタイミングで射撃する腕といい、戦術もリンダが用意したと考えれば合点がいく」
まさか、Duel以外に実績がない騎士が、集団戦を十全に戦える能力を持っているとは誰も予想をしていなかったであろう。
「あれだけの仕事が出来るヤツだ。絶対、何らかの実績があったはずだ。Chevalerie以外の情報を集めなかったのは失敗だった」
リンダ・フォーチュン。合衆国はペンシルベニア州ゲティスバーグ出身である。そこは、南北戦争で事実上の決戦が行われた地であり、昨今では当時の装備や部隊編成などで、空砲や光線判定による北軍と南軍が戦うイベントを史実に基づいた七月一日から四日まで毎年開催している。無論、リンダも幼い時から北軍側へ参加しており、イベント時の階級は現在CAPTAINだ。その階級は、イベントでは一個中隊を率いる隊長であることを示す。
つまり、彼女は初めから大規模集団戦に長けていたのだ。だからこそ、マップとチームメンバーの特性、小隊規模であることなどを鑑みて、密集陣形による個の能力を表に出した部隊運用を即興で方針を決め提案したのだ。そして、自分は仲間のフォローをしながら、相手部隊の肝であるシルヴィアを仕留める役目も担う。彼女が回避出来ないタイミングを虎視眈々と待ち続けた。全員で亀のように防御を固めて。
それ以降の戦術は、シルヴィアが敗退した後に勝敗が決まった結果通りである。
「オレがいなくなった後の立ち回りも予定通り上手くやってくれたのを確認できたのは幸いだった。まぁ、シルヴィアがいなくなった途端に弱体化しちまう課題は残るがな」
グウィンを口切に始まり、チームメンバーで反省点や改善点などを次々に出していく。所感を含めた意見も視点が変われば見え方も変わる。現在では実現不可能なことでも、今後の課題として取り組めば良い。今大会で活かせそうなことを絞って纏めていく。
彼等彼女等は、自ら率先して動かなければ何も変わらないことを知っている。それが出来る者だからこそ、騎士としての今があるのだ。
「ルーは分担作業が楽だったです。ヤルこと減らすと驚きの動き易さだったのですよ」
何となく集団戦での優位点っぽいことがあると認識しだしたルー。まだ集団戦は一戦しかしていないので実感も湧かないのだろう。それでも個で完結していた頃と比べれば、視野も広くなった様子。未だ持って修行中の身なので、ほんの少し、と枕詞が付くが。
そして、言いたいことを言い切ったらしく、Kampf-Dienstbotenを謳う騎士でない者は呑気に茶を啜り出した。
「ところでルーよ」
「なんの用です?グウィン。このお茶は分けてやらんですよ?」
「茶が欲しい訳じゃねえよ、全く! ……なあ、おまえだったらリンダの拳銃をどう対処するんだ?」
「うゆ? 避けるですよ?」
「無茶言うなよ……」
チームメンバーも普段の軽口と思ったのだろう。苦笑したり、実際避けられれば対抗出来るよね、などと半分はネタ扱いである。
「ナニ言ってるです? 普通、避けるですよ? あれは避け易い射撃ですから」
何時もの如く言葉は淡々としているが、軽口などではなくルーにとってはごく普通のことなのだとチームメンバー達は判らされた。それはルーが、何でおかしなことを言うのか、と本気で疑問に思っている表情をしていたからだ。
「Waldmenschenの武技を扱うヤツらはミンナ避けるですよ? 姫姉さまなんか、避けるのと投擲を一緒にしながら近づいてくるです」
ルーの発言は随分と衝撃だったらしく、場に引き攣った笑いを造り出した。しかも、どこぞの姫騎士さんは、避けながら反撃し、尚且つ近づいてまで来ると言うのだ。皆、理解が追い付かないのだろう。唖然として、口を開いたままの者までいるくらいだ。少しの会話に含まれている情報量が多すぎて、オーバーフロー気味の競技者待機室であった。
銃弾など、音速を超える物体を飛翔後に回避することは人間には不可能である。だから発砲前に回避する。
肩甲骨と股関節の可動範囲を広げ、柔軟に扱えるようになると、手足の速度は劇的に向上する。左右の肩甲骨を前後に引けば、瞬間的に正中線を外すことも出来る。左右に大きく避ける必要もない。股関節でも同様のことが出来る。あとは、射撃する相手の撃つ気を感じ取り、引き金を引く前に動けば良い。筋肉の動きや視線、呼吸、気配など、人間の身体からは多くの情報が出力されている。それを人が本来持っている「察する」と言う能力を使い、情報を読み取るのだ。
辺りを満たす空気なぞ全く知ったことではないと、ルーは空気をぶち壊す言葉を平気で放り投げる。
「……オヤツはいつ出るです?」
「大会中に競技者への間食は用意されたことがありませんが」
「な……ん……で、すと⁉ シルヴィア姉さん、ホントです……⁉」
「私の記憶では学園から一度もいただいておりませんね」
「おやつ出る署名を集めるです! グウィン! 署名造れです!」
「何でオヤツ出ると思ってたんだよ……。つーか署名なんか作ったことねーわ!」
先の試合で撃破数の半分を稼ぎ、戦場を食い散らかした小さなメイド。
しかし、そんなことは些事であるらしく、いつも通りの平常運転だ。




