【改】01-013. ちょこっと奥義、だしちゃいます ~ティナその2~
20201020サブタイ変更
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20250223 改稿
大きく退避したエイルとティナの距離は四歩弱。ここから攻撃するにしても接近を含め二手掛かる距離。ある意味で安全圏だ。
「(ほんとに厄介な娘ね)」
その距離を基本に時たま浅く蹈み込んで軽い討ち合いをしながらエイルは内心で辟易する。戦い方をこうも考えさせられる相手は久しぶりだ。
ティナは大きく分けて、王道派騎士スタイル、策略、変則。この三つのパターンを基本に、実しやかに噂される謎の武術を混ぜて来ると思っていた。
だが、予測の外から技自体に欺瞞をかけて来るとは。
更に、ポイントを囮にすることを厭わず、且つ自身も確りポイントを稼ぎ相手に先行を許さない卒のなさ。
新たに二つのパターンを認識するも、これが曲者だ。今は、お互いが二ポイント。後一ポイントで一本となるが、無傷で取れるか甚だ怪しい。様子を見るにしても相討ちで一本取るにしても、危険であることに変わりない。
お互いが警戒する。あと一歩蹈み込めば射程圏となるが、リスクとリターンがセットになって仕舞っているのだ。お互い、お手本になるような美しい軌跡を剣に描かせるも、浅い位置での牽制が繰り返される。
ティナも思案していた。さすが世界選手権大会クラスの相手には、通常の技ではポイントを取りにくい。一つだけ技を使うつもりで仕込んでいたが、実際に剣を交えれば明らかに足りないことが判った。ここはもう一つ札を切らざるを得ないだろう。
結局、早い段階で手札を切る判断を強いられた。こう言った可能性があるから当たりたくなかった相手である。
「(仕方ありません。ちょっと仕込みだけでは逃げきられそうです。確実に一つ獲っとくならアレやりますか。えらく疲れるんでメンドイですが)」
嫋やかな笑みを浮かべたまま、仕様がないなと覚悟を決める姫騎士さんなのであった。
エイルは解説者が謳ったように「無冠の女王」と称される。自国の全国大会では相手に恵まれず早々に敗退して仕舞うため、彼女の世界ランキングは三桁代ではある。ならば何故、無冠の女王と呼ばれるのか。
それは、エイルがヘリヤ以外にほぼ負けない騎士だからだ。
勝率は驚くべきことに九割を超えている。そのような勝率を持つ者など現役ではヘリヤしか居ない。
しかも、そのヘリヤからポイントを奪える数少ない騎士でもある。
彼女は全国大会の予選でいつも敗退する。その相手は、ヘリヤ・ロズブローク。
姉妹であるため同じ県から出場するからだ。つまり、大きな大会ではいつも世界ランキング一位と代表を争うこととなる。だからランキングポイントが伸びないのである。
ヘリヤが同じ県でなければ全国大会のみならず、世界選手権大会に出場していたであろう騎士。それがティナの相手だ。
ティナも出し惜しみをし過ぎれば、あっさり獲られるだろう。
『最初と比べて剣先が合わさる位で、お互い付かず離れずですね。それでも高度な技だと見て判るのは流石です。しかし、大きな動きはありませんね』
『そりゃ、高位の騎士同士だからな。深間に入りゃ一瞬でポイントが決まるからだろ』
『ほうほう、それで?』
『いかに効果的に攻められるかああやって探り合うんだよ』
『効果的に攻める、ですか?』
『そうだ。こちらが攻めて反撃を食らわねえ優位に立てるポイント探しだな』
『なるほど。さすがアシュリー。腐ってる騎士王。コメントが的確ですね』
『そこは腐っても、じゃねーのかよ! つかっ、腐ってねーよ!』
試合は膠着しても解説者席は呑気である。
すでに試合時間は一分少々を過ぎた。
ティナは此方から仕掛ける準備に入る。
接近する姿勢のままバックステップでエイルとの距離を空ける器用な真似をする。エイルに何かある、と警戒させるためだ。
そして、前脚に左脚、奥脚が右脚の左半身となる。右手は腰の位置に、左手を胸の少しへ配置し、剣先一〇糎辺りを掴む。ハルプシュヴェーァトのZweite Verteidigungを取る。剣は斜め上を向く形だ。
ハルプシュヴェーァトとは、騎士が甲冑を纏う相手と白兵戦するための技術だ。剣を刃の付いた棍のように扱う。添え手が剣先の近くを持つため、防御時は安定して受けることが出来、鎧の隙間を狙う時の正確さも向上する。
一三世紀にシュバイツ傭兵が歩兵の概念を変えてから、騎士は下馬をして戦うことも多くなった。真偽の程は謎だが全身鎧全盛期の騎士は白兵戦好きだったとか何とか。
エイルはティナの真意を測りかねた。
ハルプシュヴェーァトの技は基本的に体術なども絡めた近接戦だ。
お互いハルプシュヴェーァトで戦うならまだしも、片方が剣の間合いを維持した場合、相手の懐まで踏み込まなければ攻撃手段がない。
なにせ、Chevalerie競技では、身体を使った攻撃は禁止されている。
つまり、ハルプシュヴェーァトから始まる技の殆どは使えない。更に、剣身はホログラムなのだ。簡易VRデバイスで感触はあるが実体はない。そこを持って振り回そうにも身体の動きや速度によっては手の中を透過し、何のために左手を添えたか分からなくなる。
Chevalerie競技では、意味がないと言われている技術である。
では、何故か? その構えに何かある筈だが全く見当が付かない。ただのフェイクやフェイントの布石にしても選択肢として、これはない。
取り敢えずエイルは様子を見ることにした。と、言うよりも様子見せざるを得ないだろう。公式競技でハルプシュヴェーァトを使うなど前例もない。
ならばと、少し前傾となり、前脚の右脚は配置を少しだけ前寄りに出すことで少し膝に余裕を持たせた。奥脚である左脚は、身体を傾けた延長線上に配置。右腕を腰の少し前に出し剣を相手の胸に向けるファルシオンの型、Eberで構える。
まずは相手の射程外から、動きの情報を収集する。
「(全く。裏をかくなんて生易しいわ。読み切れないなんてここ暫くなかったもの。最初に使った巻き技も対策を練っているでしょうね。今は知ることが優先ね。やっぱり苦労させられる娘だわ)」
実のところ。エイルもティナとの戦いは出来れば避けたかった。
平気で煽り、煽っても笑って返す。会話にひっそり違う意味を乗せて話してくる娘相手だ。読み合い騙し合いが多すぎてうんざりする。まぁ、相手も同じ気持ちだろうが。
兎も角、少しでもティナの情報を集めて、その全貌が知りたい。彼女が伏している騎士の器が凡そでも見えれば技の仕掛けどころなどは推測出来るようになる。
技に虚偽を含めて来るだろうが、対策が整うまでは此方の技量で凌ぐ方針とした。
ティナが攻撃を仕掛ける。エイルの反撃に合わせ、器用にも剣先で受け止め離脱する。ヒットアンドアウェイを繰り返す。エイルが退避のタイミングに合わせ追撃しようものなら、あっと言う間に攻撃範囲から逃れる。ビンデンにも至らず、何を狙っているのか誰も理解出来ない。エイルは情報を集めようにもティナの思惑が全く見えてこない。
「(攻撃にも繋がらない一撃離脱の繰り返しなんて、一体何を狙っているの? その真意が素振りを全く見せないのはどういうこと?)」
ティナの攻撃は闇雲にも見える。が、実際そうであった。
エイルが攻撃に対して剣をどのような位置に出すかの再確認くらいにしか意味がない。
全ては自身の攻撃準備が整うまでのダミーである。
その準備とは己を高めるための祝詞を紡ぐためであった。
「(Erweitern Sie Ihren psychische.)」
――精神を拡張します
「(Kein Problem?)」
――宜しいですか?
「(Ja. alles klar!)」
――問題ない
「(Die Kraft des Schattens, entsperren.)」
――陰の力、開錠
「(Sie Aktivieren.)」
――起動
「(Schweigen, Konzentration.)」
――静寂、集中
「(Zündung, Gleichförmigkeit.)」
――点火、均一
「(verknüpfen.)」
――結合
「(Die Kraft des Schattens, Befreiung.)」
――陰の力、解放
「(Bereit zum Angriff.)」
――攻撃準備
エイルはティナの左手が剣を掴んでおらず、手の甲に剣を乗せていることに気付いた。
この体勢で左手の甲を使うならば、突きの発射台なのでは?、と。
ハルプシュヴェーァトの構えはこれをするためのダミーだとすれば合点がいく。
しかし、相手が察して仕舞う使い方を敢てして来るならば、何かある。
その「何か」へ備えることをエイルは優先する。未知の技術ほど恐ろしいものはない。
即座に突きの迎撃態勢で右半身となり、右手と右脚を前に出して剣先を斜め上に向けたファルシオンの型、Gerade Versetzung構えに移行する。
発射台を用いることで精密な刺突を繰り出すだろうと想定してだ。下からの斬り上げが弱点になりそうだが、それも織り込んで刺突の速度を上げて来るだろう。然すれば、斬り上げを受けた威力を活かし、そのまま上腕か肩口まで届かせる可能性が高い。
ならば斜め上から右方向へ切り下げ、刺突の到達点を身体の外に外せば被害が出ることはない。相手の力量と自身の技術を考慮した、無駄のない合理的な迎撃方法はエイルらしいと言える。
「(その動きを待っていました)」
ティナはエイルが此方の攻撃種類を察して、対処法に斬り下ろしを選択するだろうと読んでいた。
その瞬間、エイルはティナの気配が一気に膨大となったのを感じ取る。辺りを埋め尽くし空気を歪ませるかのように見えた。
それは、ヘリヤが神速の攻撃を放つ時と良く似たものだった。
「(Ziel! Feuern!)」
――狙え!撃て!
ティナが弾丸と見間違える程の一瞬で、深い間合いへ距離を詰め、誰も見たことがない速度の突きを繰り出した。
エイルからは繰り出したのだろうとしか言えなかった。
ティナの剣は陽の光を帯びて、白い軌跡としか映らなかったのだから。
それでもエイルは、ティナの膨大な気配に触れた瞬間、反射的に決めていた迎撃を繰り出していた。相手より早く動作開始したことで、ティナの刺突に剣を触れさせることが出来たのだ。だが、それが効果を生むかは別の話だ。
――カカカカン、と甲高く金属を打ち合わせたような連続音が一つになって響く。
その音が終わると共に、ブーと合わせて一本となったことを知らせる通知音が金属音の余韻を打ち消した。
少しの間、試合は驚愕と静寂が支配した。
『フロレンティーナ選手、一本。第一試合終了』
審判アナトリアが声高らかに宣言した。
場内から割れんばかりの歓声が上がる。この試合は観客の注目も多かったようだ。
解説者も『フロレンティーナ選手が一本先取で、第一試合は終了ー! あの瞬間、一体何が起こったのか!』などと少し興奮している。
ティナは、祝詞を紡ぎ、通常状態へ戻る。
「(Kündigung Verfahren.)」
――終了準備
「(psychische Kraft, Befreiung.)」
――精神力解放
「(Schließe die Kraft und die Psyche.)」
――力、および精神閉塞
「(Ende. alles klar.)」
――終了、OK
「……ぷはぁ~~っ! はっ、はっ、はっ、はぁ~~」
荒い呼吸で一気に消費した酸素を補給するティナ。そして、手足をブルブル振り身体を伸ばしたり、クールダウン系のストレッチを始めたりしている。
エイルが見たもの。
突きが来る瞬間、その剣自体とティナの右腕が、フレームレートが追い付かずブレた映像のように形状が在ると辛うじて認識出来ただけだった。ここまでしか目で追うことが出来なかった。
剣と剣がぶつかり合ったのだろう、凄まじい力で跳ね上げられた感触。そして、気付けば腕へ刺突が入った感触。後は攻撃成功時の通知音を聞いただけだった。
そして、今感じているのは腕に三ヵ所のダメージペナルティ。自分に何が起こったのか、未だ整理が出来ない。それを確かめるため、この試合コート四面を映している場内スクリーンへエイルは目を向けた。
ティナのスコアは一本と二ポイント。内訳は、あの交差で腕から三ポイント取られたことを示している。どうやってとか、どう対処すべきか、などは考えるのも無駄だろう。それ程の代物だったのだ。
エイルからすれば、同系統の騎士であった。
しかし、本当は得体が知れない未知の騎士だったと知った。
呑気にストレッチで身体を伸ばしているティナを見ながら、認識を改める。
ベストエイト戦の前、姉が言った言葉を思い起こす。
――お前たち面白いから全員生き残れよ――、と。
姉に、そう言わせる者は滅多にいない。つまり、ヘリヤが戦いたいと思った相手だ。ならば戦うことが出来る力を持つのだ。彼女達は。
そして、その中でもティナは飛びっきりであった。ベクトルは違えど姉と同じ類の異常であると。
――ティナが見せた技。母方から継いだ武術より、数少ない剣技の近接戦用奥伝である五連撃を刺突だけ抜き出し速射砲として使った。得意技の一つである。
元々は、奥深い森林や障害物が多い場所での戦闘で練られた技であり、一瞬の隙から相手に致命傷を与える。
五連撃は奧伝に含まれる強力な技だが、本来、流れるように突きや斬撃を織り交ぜた連続技であり、攻撃速度と斬り返し速度は相当なものだ。
しかし、いくら奧伝と言えども、そのままではエイルに往なされる可能性は高い。超高速の斬り下ろしを持っているからだ。それも、斬り上げすら同じ速度で繰り出せるならば猶更だ。
そこでティナは奥義を組み合わせたパターンで対応した。これも母方の武術から継いだ技術だ。
暗示によるアドレナリンの大量分泌、自律神経支配と体制神経支配の解放。それが脳のリミッターを外し、一時的に筋肉が持つ潜在能力を使用する。
ようは、火事場の莫迦力を意識的に実行する技術である。
人間の筋肉は通常、二〇から三〇%程度しか使っていない。一〇〇%使用すれば身体が耐えられず、筋切断や骨が砕ける。それを防ぐため脳にリミッターが掛かっているのである。リミッターは緊急時にしか解除されない。脳が、身体を壊そうとも命が大事、と判断した時だけだ。故に火事場の莫迦力なのだ。
それを訓練と暗示で身体を造り、意思の力で引き出せるようにしたが故に奥義。五連撃と奥義を併用し、文字通りの必殺技に仕立て上げたのである。
大量に分泌されたアドレナリンで思考が加速する。時間がゆっくり流れる超集中状態に入った状況と変わらないが、その中で平時と変わらず動けるように鍛錬してあるだけで脅威となる。更に、全身から取り出せる力も段違いとなれば。
そして、脚から背にかけての骨格を整列させ、下半身を強固に固定。左手へも力を連動させ、位置を固定する。胸骨を軸に、右肋骨と右肩甲骨で腕を含む右半身ごと動かし、約三〇糎弱の距離を確保。その範囲で全力の五連続刺突を放った。
異常な力が乗った攻撃は、最初の一撃でエイルの剣身へ当て体勢を崩し、二撃目で剣を完全に弾く。剣を弾かれて無防備になった腕へ残りの三連撃を叩き込んだ。
「ふい~~、ようやく落ち着きました」
ティナはクールダウンを終え、トントンと軽く跳ねながら一息吐く。
身体のリミッターを外すと言うことは、通常時の限界を超えたレベルの出力を生み出すことである。ティナの扱う奥義では大体、筋肉が持つ潜在能力の六〇%、多くて七〇%程度を引き出すのだが、埒外には違いなく、身体への負担は著しい。現状だと差し障りなく使える回数は一回が限度だ。
試合は未だ続くので、今筋肉を平常時の状態へ整えるのは宜しくないが、筋肉の高負荷によるメンテナンスをすぐしないと翌日が酷い筋肉痛で動けなくなるのだ。
一本取得による仕切り直しがなかったらどうしてたのか。
もちろん、甘んじて翌日はベットの住人になることを受け入れる。
「(先にアッチを出してたら、この『突く突く奉仕』は決まらなかったかもしれません。んー、難しいところです)」
何、その技名。わざわざ日本語で名付けているのが考えものである。字面的にもナニを考えていたんだろうか。
「(次の試合運びが問題ですね。後一ポイント、これが曲者です。細々やってたらウッカリって展開は全国大会の準決勝で懲りてますし。やはり全力で一本獲りに行きますか。初っ端から飛ばしていくか、ドイツ式から変則するか。もう奥義も使いましたし、出しますか。いずれ知られることですし)」
開き直りの姫騎士さん。元々、世界選手権大会で初お披露目して対応が追い付かない内にガツンと決める予定だった。結局のところ公開が早まっただけと、ティナは前向きに考えることにした。
「(そうすると花花並みのEntblößung Höschenですね)」
今日の出で立ちは、股下丁度の装備なのだ。試合中も、それはもう盛大に白のレースがチラチラとモロモロしたのだ。
「(男性ファンが増えそうです。今日は姫騎士らしくない格好なのが難点ですけど)」
いまさら何を言っているとツッコミが入りそうだ。
「(あ、アバターデータも更新ですね! 姫騎士Kampf PanzerungヴァージョンとかGutです! 電子工学科に進言しましょう!)」
試合そっちのけで明後日の方向に思考が飛ぶティナ。
またもや最後が締まらなかった。




