04-006.姫騎士と電子工学科。 Prinzessin Ritter und Fachbereich Elektrotechnik.
2156年9月24日 金曜日
新入生が入学してから一週間少々が過ぎた。彼等彼女等も学園生活にすっかり慣れており、この学園ならではの専門教科と、他校と比べても水準を上回る一般授業など、大いに学習意欲を掻き立てられているようだ。
何せ、学園卒業時には、上位の専門校や大学の一、二年で修得する基礎程度が修得できるカリキュラムなのだ。上位の教育機関で最先端の学問に触れるにしても、予め基礎が出来ていれば理解力や修得速度が全く異なって来るのである。
学園の立地は緯度が高い地域であるため、九月も終わりに近付く今時分は、暑さも大分和らぎ、秋の空気が訪れ始めている。空の蒼さは、真夏と比べれば随分と薄まり、代わりに空気が澄んで来たことで空の高さが増すように景色が映る。
深緑の木々も落葉樹は少しずつ色付き始め、常緑樹の緑と随分差が表れていることが見ても判るようになってきた。その様子を見る度に学園生は、冬季学内大会が近づいて来たと思うのだ。
夏から秋口に切り替わる季節。ここマクシミリアン国際騎士育成学園では、幾つかの話題で持ちきりだ。
一つ目は、先だって学園を卒業した現世界最強の騎士であるヘリヤが、世界各地の達人たちを訪問する番組が九月からスタートしたことだ。世界番組ランキングの上位に食い込む程、好評を博している。
何せ初っ端から、ヘリヤが編み出したばかりの必殺技をメディアに公開したからだ。ヘリヤが卒業前に在校生達へ攻略法を宿題として残していった、知覚外の速度を持つ五連撃。初めての一般公開映像は、その必殺技が打ち破られたところであった。それはそれは大きな衝撃を視聴者に与えたことは記憶に新しい。
まだ番組は始まったばかりだが、回が進むにつれて、ヘリヤが進化を遂げていく様を目の当たりにすることになる。戦う度に強くなるその姿は、まるで物語に謳われる勇者を思わせ、子供達や若い世代を中心に熱狂的支持を受けている。
憧憬ではなく、戦う相手として騎士が見た場合、誰しも戦々恐々となっているのは笑って良いところなのか微妙なところだ。
二つ目は、ブラウンシュヴァイク=カレンベルク家所縁の新入生だ。他人の目を全く気にせず我が道を征くスタイルで、その言動や仕草は見る分には中々に楽しめる。だからオモシロキャラとして認識されているのだが、その裏に隠れている危険な何かを時折察する鋭敏な者もいる。
そして、騎士ではなく、Kampf-Dienstbotenを謳っており、あくまでも武術交流による研鑽を目的としているのだと、本人の弁。Chevalerie競技にて模擬戦を実施する際は、騎士服がミニスカメイド服にニーソックス、そして頭部にはヘッドドレスと、この時代でも特定層に人気があるメイド喫茶から店員がやって来たような出で立ちで非常に目立つ。
だが、一番目立つのは、その戦闘方法だ。メス二刀流も珍しいのだが、その歩法が問題である。ボクシングに似たステップや、ピッチ走法のような細かい姿勢制御、極めつけはティナが要塞攻略イベントで見せた、関節単位で回転を発生させ、体幹でコントロールする歩法だ。この姿を見ればティナとルーが同門であるのがバレバレな上、この二人の歩法に遜色が見られないことから実力的にかなり上位にあると思わされる。
「あ、またやっちまったです。」
ポツリと漏らした台詞の原因。
模擬戦中、相手の騎士剣…の柄を握る両手の隙間に自分の手を差し込み、梃子の原理で騎士剣を武装解除。ポイッと飛んでいく騎士剣を尻目に背後へ回り込んだルーは、相手の顎を左手で押さえ口が開かない様にグッと上に反らせて動きを一瞬止めさせ、メスで喉元を一閃。
使用した技能が全て反則であった。まだ競技に慣れていないため、手ごわい相手などと模擬戦をすると、うっかり身体が動いて豪快な反則攻撃を行ってしまう比率も多い。厳重注意、要精進、である。
しかし、その洗練された急所攻撃は、ルーの修めている武術の練度が極めて高いことが見て取れ、騎士科以外でも噂の的になっている。
そして三つ目。これが一番波乱を惹き起こした。
誰も彼も思いもよらなかった事柄だ。
それは、一日の授業が終わり、鍛錬や自己学習、バイトや寄宿舎へ移動する帰宅の準備中に何気なく出た会話であった。
「フロレンティーナさんは学内大会のDuel、ズバリ優勝狙ってます?」
「いえ、優勝は狙っていませんよ?」
「ティナは優勝候補筆頭でしょ? 夏の映像を見る限り、透花が頭一つ飛び抜けて対抗馬になると踏んでるんだけど。」
「アノ娘、ブッとんでたよねー。今までは演武の技だったんしょ? ないわー。只でさえメンドーだったのに勝ち目が全部潰されたわー。あーしはティナにお任せ一択ね。」
「花花と戦うことは物理的に有り得ませんよ。私はDuelに出ませんから。」
嫋やかな微笑みを浮かべてシレッと宣うティナ。
その言葉で時が止まったかのように、会話に参加していたクラスメイトは唖然とし、暫く沈黙が続く。
「え? ティナ? え? え?」
「あーし、今耳がくさってたかもしんない。どゆこと?」
「フ、フロレンティーナさん…。Duelに出ない? 私の聞き間違いかしら…。」
大会が近づく中、最も注目を集めているのは、現世界最強であるヘリヤと互角の戦いを見せたティナである。知古の学園生やクラス替えにて新たにお近づきになった生徒などと軽い談笑と言う名の動向確認だったのは、友人同士の軽いノリにしっかりと情報収集を行う騎士の強かさだ。競技者として長く生き残るものは得てして自ら必要なことを行うのである。
そして、爆弾発言をこれまた軽いノリでぶち込み、今の会話が聞こえていた範囲のクラスメイトまで巻き込んで周囲を騒然とさせた。
その面子の中には、学内新聞の記者班に所属している者もいたため、翌日早朝には、号外メールが購読者に届き、瞬く間に学園内で話が広がる。
何かの間違いだろう?とか、思い直した方が良いだとか、故障ではないかと心配されたり、Duelに参加出来ない事情があるのかなどと、この話を聞いた騎士達、いやさ、新入生を除く学園生達の間で何かにつけてこの話題が取り上げられ、様々な憶測が飛び交った。
春季学内大会、Duelの部決勝戦。
現世界最強のヘリヤを相手に、見たことの無い武術を使い、終始ヘリヤを相手に優勢だった騎士。
更には相手の剣を砕き、敗退はしたが、ヘリヤから二本取得するという偉業をなしえた者。
今期、優勝候補筆頭であった姫騎士が、別段大したことではないと言う風体で、Duelに参加しない旨をその口から告げたのだ。当然のことながら、参加申請を忘れた、などと言う訳ではない。
エスターライヒで世界選手権大会の代表選手にトップ選出され、今期のポイントを稼ぐ必要はなくなったことから、世界選手権大会を万全の状態に期すため参加を見合わせた、などの良識的見解も出たくらいだ。
学内大会は公式下部大会であるため、上位入賞者にはワールドランキングポイントが付与される。騎士の世界ランクに直接かかわって来るポイントである。
号外メールが飛び交った夕刻には、学内新聞も態々紙媒体で緊急発刊され、「【速報】姫騎士、Duel不参加表明?彼女に何が起こったか⁉」などの少し斜め上を目指すスポーツ新聞のノリで一面を飾り、過去最高の売り上げを記録したと言う。後日、売り上げに貢献をしたティナへ感謝状が届く珍事が起こったが。
「あはははは! うける的~。ティナったら大騒動起こすんだもの~。今期はイロイロ目白押し的だね~。」
テーブルをバンバンと叩きながら大笑いするウルスラ。
お茶に出されたティーカップを覗けば、紅茶の水面が揺れている。今回のお茶請けは普通にビスケット。ウサギの燻製が出なくて良かったと思いながら、ティナはビスケットをサクリと軽い音で齧る。
「みんな大騒ぎし過ぎです。騎士だからDuelに出場しなくてはならない、何てことありませんですから。」
「確かにね~。おね~さんも狩人なのにDuelに出てた的だしね~。」
「そうです。自由が売りなのに捕らわれてしまえば、寧ろ競技の幅が狭まってしまいます。」
現在、電子工学科アバターデータ調整ルームの奥、ウルスラの住処ではないかと思われる程いつも在籍しているモーションデータ取得室。だが、ご機嫌窺いや談笑するためにティナはここに来たわけではない。
アバターデータ調整ルームに入る前にプログラム開発ブースを横切るのだが、死屍累々としており、防災用アルミ毛布にくるまって、机の下で高いびきをかいている者すらいる。この件に関しては、姫騎士さんに原因があるため、さすがにスルーしてしまう訳にもいかず、必ず手土産を持って訪れることにしている。先程も途次、焼き菓子を中心に差し入れをしてきたところだ。
今日、ティナが電子工学科を訪れた理由。
「武術プログラムがデバッグ段階に入った的~。実際に対戦して動きのチェックと技の連携に問題ないか見てちょ~だい。」
ウルスラから招集が掛けられた言葉は、詰まるとこ試用版が仕上がったので、最終チェックとバグの洗い出しを行う準備が整ったから協力ヨロシクとの依頼だ。
今回開発したプログラムをホログラム騎士へロードし、運用テストを行う。実働データの取得に合わせて、技などの再現性が水準をクリアしているのかまず確認が必要である。そのため、武術プログラムの元となった本人を呼び出した。動きを目で見るだけではなく、実際に対戦なども行い、問題ないレベルであるかの最終確認をするフェーズである。
「とりあえず、武器デバイスと騎士服のみでよいですかね。生身の部分はHC入りナノスキンを塗布しますか?」
「あ~、格闘も考慮して欲しい的~。ナノスキンもお願いしたいね~。」
「はい。わかりました。チャッチャと終わらせてしまいましょう。」
「終わるといいよね~。そろそろ終息させたい的だし~。生産ロットに回す日程的に正直余裕ないんだよね~、コレ。」
ティナは、ルーの育成に時間を割きたいため、出来ることならお断りしたかった。
しかし、元を正せば、記録映像からはバレないと調子に乗って、Waldmenschenの高位歩法や特殊な身体運用を使いまくったことが原因だ。見た目の動きに相反して、通常ではありえないダメージデータが計測されていたのだ。何せ「新技は世界選手権まで出さない」と明言した舌の根が乾かぬ内にこの始末。今、この状況は自業自得の何物でもない。
だからこそ、効率よく終わらせるためにすぐさま動く。やることは決まっているので、早々に完了させるべくティナ自身が率先して意見や問題点など、少しでも気付いたことをサッサとプログラムチームにセンドバックするのが一番なのだ。
Chevalerieの根幹システムである「Système de compétition Chevalerie」通称「SDC」は、騎士全ての試合データを精密に情報取得する。ダメージなど、どのような材質で、どの程度の力がどの様に発生し、人体に与える影響が如何程であるかを物理計算、重力計算、湿度や温度に風量計算、スペクトラム変化、量子濃度など、百を超える複雑な計算によって、バイタル値や脳波検出値などに掛け合わせ、現実に起こった場合と極力変わりないようにエミュレートしており、その詳細データ全てがデータベース上に蓄積されているのだ。
騎士達の扱う武器や武術などの身体運用により、攻撃で与えるデータは個人によって異なるのだが、それでも誤差の反意と言える振れ幅しかない。姫騎士さんは、六月祭の格闘による模擬戦で、誤差などぶっちぎりで凌駕するデータを叩き出し、「SDC」に記録されてしまったことから話が大きくなったのだ。
昨年、花花のアバターへ拳法による武術を実装する際の話である。
最近では、拳法家などは剣術の他に、競技では使えない体術などを実装し、学園リリースの3D格闘ゲームで活用出来るよう、間口を広げているのだ。
その際、武術データを取得するため、ダメージデータ計測用自立式センサー人形である「身代わりくん」五号を相手に技を発揮してもらい、データを蓄積していった。そして、最後に彼女最大の必殺技を計測した際、彼女だけが扱える特殊な発勁にて「身代わりくん」五号のセンサーとボディの構造体に、点から発生した威力が螺旋を描きながら全身に浸透し、再利用が不可能になるほど破壊された事件があった。
ただ手を添えただけで発動する。
筋力や身体の大小に全く依存しない、全身の内部から生み出される螺旋の波。
既存の武術プログラムでは彼女の技法全てが再現出来ず、花花専用の武術プログラムを新規で作成した経緯がある。
その特殊ケースがあったお陰で、彼の姫騎士さんは、通常では在り得ない身体運用を発揮していたとバレ…もとい、判明したのだ。そして、これも困ったことに既存の武術プログラムでは再現不可能であると。
プログラム開発室は阿鼻叫喚の坩堝に叩き込まれた。
本来は夏季休暇に入る前、ティナが要塞攻略イベントで見せた、回転を伴った歩法のパッチと、新装備であるMithril Rüstungのアバターでセット販売する予定だった。(六月祭でティナと花花が着用していたボディライン丸判りのエロスーツは別枠で販売中)
それを全て一時凍結し、急遽ティナ専用の武術プログラム作成プロジェクトを起ちあげることになったのが夏季休暇二週間前。電子工学科全体の制作スケジュールからウルスラが無理やり人員を遣り繰りし、ティナも駆け足でモーションデータを撮り直すハメになったのだ。
などと言う、降ってわいたスケジュールが割り込んだアバターモーションデータチーム。プログラムの設計を進めたところ、想定以上の構築難易度であったため、スケジュールを調整した。結果、夏季休暇を作業に割り当てなければ冬季学内大会のお披露目までに間に合わないタスク量に膨れ上がっていた。更に夏季休暇中、帰省しない電子工学科の残留組を合宿などと対外向けの名目で巻き込み、ティナ専用の武術プログラムを何とか形にするまで仕上げたのだ。
誰かの叫ぶ声がティナの耳にも届く。あと二週間しかねぇ!新入生でデバッグ出来そうなヤツを目星つけてこい!興味持たれたら、史上最高の武術プログラム作成に携われると言え!などと、随分慌ただしい状況になっているが、へー、とほんわか眼差しで開発ブースを遠目に見る姫騎士さん。
「呑気か~。アレ、全部ティナ一人のために動いてる的~。おねーさんも休み中に何度もリモ~ト会議に出る的になったのに~。」
「ああ、アバター関連のマネジメントはウルスラでしたものね。だから長期休暇が明けて間もないのに随分と草臥れていたんですか。納得です。」
ウルスラは普段から間延びした話し方をするが、今日は更に会話の端々が延びているので、ティナも何かあったのかな、と思っていたところだった。
「なんか~、他人事に聞こえる的は気のせい~?」
「いえいえ。私自身の出来ることは休暇前にお手伝い完了してましたでしょうに。それとは別に、当家名義で結構な協力をしてたんですよ?」
ティナが言うには、居残り組が夏季休暇中の学内設備を優先利用出来るように学園長にネゴったり、カレンベルク一族が経営する料理店のサービス券を配布したり、これまた一族が経営するスパ施設何件かの無料優待券などを振舞っていたとのこと。
自分のアバターと武術データ作成のため、そこまでする必要に迫られた面々に対して、無下に扱う姫騎士さんではない。公爵家の姫君としてならば、猶更だ。仕事を増やす悪魔と呼ばれようが、労働に対する正当な評価と共に、自らが関連する事項に対して偽らざる感謝と、それに報いるための矜持は持っているのである。そこにチョッピリ計算が入っていたとしても。
「あ~。学園も剛毅~と思ってたら、ティナん家がサポ~トしてくれてた的なんだ~。みんなに好評だったよ、アレは~。」
「それは何よりです。ウルスラもご利用されました?」
「こっち戻ってきた時にキ~ム湖のスパリゾ~ト行かせて貰った的~。ヘレンキ~ムズィ~城もよかったよ~。ヴェルサイユをマネッコしただけあってスンゴイ豪奢だった的~。」
「ふふふ、あの宮殿は内装も手が込んでますものね。お楽しみいただけたようであれば、手配した甲斐がありました。」
「学園に帰って来て~最初にリゾ~トで楽しんだから~今もナンとか気力がもってる的~。」
「……。」
アバター関連チームは夏季休暇中、交代で休みを取っていたようだ。ウルスラも八月初旬から中旬まで二週間弱のみ、帰省していたと言う。後半は日程的にも追い込みとなるため、マネージメントが必要となるケースが発生するだろうと想定される。ウルスラが夏季休暇の後半で学園に戻って来ていたのは、陣頭指揮を執るためである。
今の時代、繁忙を極める仕事でも、これだけ忙しくなることは殆どない。
「いつも思うのですが、ここまでしてアバターのリリースを早める必要はあるのですか? 今回は別案件でゲームも出すと聞いてましたから、アバターの制作スケジュールを後ろ倒しにすることも出来たのではないでしょうか。」
「アバタ~関連は電子工学科にとって最優先事項的~。これでもウチが世界最高峰だから~即座にアバタ~出すのもウリなんだよね~。」
この学園、と言うより、電子工学科にとって、アバターデータのリリースだけは特別の意味がある。過去の電子工学科が学園名義で発売した3D格闘ゲームから始まったアバターの実装は、二十年を経てユーザが数十万~一千万単位で最新データの更新を待つ人気コンテンツに成長した。謂わば、学生達の手で産み出し、育て上げた市場であり、常にトップを走り続けていることは彼等の誇りでもある。
「うーん、電子工学科の拘りですか。そこまでせずとも技術評価は一般企業を押さえて最高位ですよね? 二位との差も相当ありますし、多少リリースの遅い時があっても世間は気にしないんじゃないでしょうか。」
「違うんだよね~。評価じゃなくて売り時が重要的~。学内大会の店頭販売はここでしか買えないモノがあるから価値がある~。だから目玉は必要的~。」
だからこそウルスラは、リリースの最終目標を冬季学内大会に設定し、発売が間に合うようにスケジュールを組んでいたのだ。公開イベントである学内大会では、アバターデータの店頭販売をする。そこに並ぶ商品は、全てここでしか入手することの出来ない、アドオンデータやブロマイドが付いた限定版である。詰まるところ、物造りだけではなく、販売のタイミングを考慮しているのである。電子工学科の卒業生が企業から特に引く手数多なのは、そう言った担当作業以外の目線を持っていることも理由の一つだ。
騎士科の騎士が騎士装備を換装したり、新たな技を一般公開した場合、前者は数日以内、後者はユーザーの購買意欲が落ちる前には必ず発売していた。学園を卒業、もしくはアバターデータを提供してくれるプロの騎士など、態々契約を取り交わし、学園へ招待してデータを取得するくらいだ。
発売延期の発表は、彼らが代々築き上げた信頼に陰りを落とす一因に繋がると共に、電子工学科の沽券にもかかわるのだ。
特に姫騎士さんのMithril Rüstungは、一般公開以来、アバター化が待ち望まれていた。
しかし、専用プログラムを造らねばならない特殊事情が絡み、発売を遅らせる判断を取らざるを得なかったのである。当然、発売時期を遅らせてもそれに見合う内容であると、PVなどを数回リリースすることによって逆にユーザの期待感を煽る宣伝をしている。
「目玉と言うなら、ヘリヤの置き土産があるでしょう? あの五連撃も実装したと聞いてますし。」
「それも目玉の一つ的~。でもヘリヤは卒業しちゃったしね~。世界のどこにいるか判んない的だから~売店の手伝いさせらんないし~。」
公に一般客の入場が行われる学内大会などのイベント時にのみ出店する、アバターデータ販売店を電子工学科のみで運営している。学園生の騎士が新製品を出す場合、そのアバター本人が販促員として手渡しで販売するサービスも一つの売りであり、かなり好評を博しているのである。
「そうそう、ティナはDuel出ないんなら、売り子手伝って貰える時間が増える的~?」
「そうですね。でも大会の前半は販促係は引き受けられないんです。後半のDuel日程は丸々手伝えますが。」
「ん~? 前半ってことは団体戦に参加する的なのかな~? そんなイメージない的だから想像つかないね~。」
「私としてはDuelもDrapeauもやることは大して変わりないんですが。」
「そんなもん的~? で、何に参加するの~?」
「Mêléeですよ。そちらに出たいからDuelの参加は止めました。両方共なんて面倒事、やってられませんから。」
「団体戦の連中、殆どDuelにも出てる的~。みんな元気だよね~。でもなんでMêléeに出るの~?」
「六月の要塞攻略イベントではluttesにDrapeauが合わさったような戦い方しか出来ませんでしたから。今度はきちんと戦略を使った戦い方をしたい、ってところです。」
六月初めに行われたホーエンザルツブルク要塞攻略イベントで、ティナは防衛側大将として参加した。後半には大将自ら敵のど真ん中に飛び込み、獅子奮迅の勢いで戦線を崩壊させたのだった。
「へ~。おね~さんも今回はMêléeに出る的だよ~。」
「あら、それは珍しいですね。」
「でしょ~? お~っと、こんな時間になってた的~。そろそろ運用テスト始めよっか~。」
「了解しました。準備してきますね。」
「よろしく的~。こっちも用意しとく~。」
――時間にして二時間程。ティナはホログラム騎士にロードされた、自分自身と戦い続けたのだった。
「お疲れ~。だいぶ良いデータが取れた的~。突貫工事の割りにプログラム的なバグが殆どないのは見事かな~。モーションデータチームのレベルが高くて助かる~。」
MRスクリーンにリアルタイムで表示された、プログラム実行結果をスクロールするウルスラ。動作不具合で赤文字に反転した箇所を開発担当へ修正依頼するため、コメントを付けながら抽出していく。
実際の武術目線による不具合確認はティナが担当だ。
「完成度は極めて高いです。まるで、高位のWaldmenschenと戦っているようでした。動作がおかしいパターンは数個しかありません。」
「お~! それはすごい的~。透花の時に苦労したことが今回は生かされてるねぇ。」
花花の拳法用武術プログラムは、当初、武術プログラムに花花用のパッチを充て、オマケ程度の物として実装する筈であった。しかし、蓋を開ければ埒外の身体能力による慮外のダメージデータが連発され、既存の拳法用武術プログラムでは再現不可能であることが判明する。
今後も同様な事例が有り得ることを懸念し、花花専用の武術プログラムを作成する方向で、急遽プロジェクトが組まれたのだ。イレギュラーケースに対応するための技術を蓄積する意味合いもあるが、これを製品化しないのは勿体ない、と言う当時の開発担当チームの思惑が強かった結果でもある。
「私からは、まず一つ。えーと、ああ、ここですね。身体が傾いて姿勢を戻す時の挙動。軸足全体の回転と上半身の逆回転を繋げる箇所が上手く働いていないと思われます。幾つか同じ状態の時に発生していますね。」
運用テストはプログラムデータと前後左右八方向と上下八方向で三百六十度全周を撮影した動画と紐づけられている。コントローラのジョグダイヤルを操作し、動画をコマ送りにしながらティナが該当の箇所を表示する。それは、丁度プログラム的バグが発生する直前の挙動であった。
「あ~、なるほど~。姿勢制御AIが無理やり正常値で動かした的? だから後続のスクリプトに位置情報が不一致スル~されるエラ~が出たわけかぁ~。」
「そうなんですか? その後の動きは問題なかったのですが…。」
「内部処理な問題的だから~。表面上は見えないところだからね~。でも助かるわ~。エラ~の原因が一つ片付きそう~。」
「へー、異常と感じるところがプログラムでは問題ないと言うのが面白いですね。その後の動作が人と機械では逆の判断なのも不思議です。」
「アバターを動かすのは、あくまで計算だからね~。見た目とは違う的なモノだから~。」
「言葉の意味は理解できますが、感覚では不思議感いっぱいですね。ああ、もう一つおかしかったところ。」
ティナは再びジョグダイヤルで該当箇所を表示する。見た目は何でもない刺突のシーンである。
「この身体全部を使った片手突きですが、右の肩甲骨が横方向に延びきっていません。この左肘の位置が身体の前面に出ているため、背中の連動が切れてしまってます。この場合、左肘は自然に上げた形で、身体の後ろよりに少しはみ出るようにします。」
こうすると、届く距離と刺突の速度が全く異なるんですよ、と言いながら実演して見せる姫騎士さん。無論、その挙動によるデータも記録しながらMRスクリーンにリアルタイムで数値表示されていく。身体の動きがほんの少々異なるだけで、表示される数値に随分と差が出ている。
「おもしろい的~。プログラムだと全く問題ないけどモジュ~ルの組み合わせが間違ってるっぽい的~。同じパタ~ンて他にもある~?」
「ええ。何カ所かありました。えーと、次の場所はここですね。こちらは両手持ちですけど、やっぱり左肘の位置が少しおかしくて左右の肩甲骨が上手く連動してません。そのせいで右肩の動作に制限が掛かっています。」
合計で十四カ所。腕と背中の位置関係がおかしい部分が上げられた。ウルスラが途中で「数個的っていってなかった~?」とぼやいていたが、ティナは「おかしいパターンは数個」と、箇所については数を上げていないと言うオチである。
「初日で結構ある的~。組み合わせのバグだから修正は楽そう~。」
「そうそう。今回の件ではないですが、私の五連突きもアバターが放ってましたよね。」
ティナの奥義である、ゾーン状態の強制励起をするSonne Machtと、身体のリミッターを解除するSchatten Machtは物理的な強化で代用出来るため、武術プログラムにパッチを適用するのみで再現されていた。ゾーン状態に関しては、過去にも幾人かの騎士が同様の事象を引き起こしていたこともあり、既に実装されている機能だ。ゲーム上ではゲージを溜めて実行可能となる「Prime Time」と呼ばれる特殊技能になっており、発動すると自分以外の速度が数秒間ゆっくりとなる。プレイヤーとして扱う限りは、だが。
「五連突きには二つのパターンがあるじゃないですか。左手の甲をガイドにするパターンと右腕のみで突きをするパターン。」
「うん。二つのパターンで登録した的だよね~。それがど~したの?」
「右腕のみで五連突きをする場合、着弾にばらつきが出るんです。それが左甲のガイドを使った時と同じ精度で放たれていました。」
アバターデータは本人宛らの動きを再現しているのが一つの売りである。3D格闘ゲーム上でも、アバターは所謂ゲーム的な決まった動きの繰り返しではなく、実測した動きで表現されるのだ。そのリアルさが没入感を増すようで、発売から二十年経った今でも、他の対戦系のゲームと比べて頭一つ抜けていると評価されるのである。
「え~、そうだったんだ~。じゃあ、今回一緒に修正しちゃおうか的~。」
「体感しなければ意外と判らないものですね。それに、アバターは気配がありませんから意外と厄介です。」
ティナは自分の五連突きをアバターから受け、それを回避した。刹那の時間で全身の関節に回転を掛けて半歩ほど下がったのだ。技が突きと言う性質上、届かない位置まで下がれば脅威はない。
誰でも回避可能かと言えば否である。零コンマ一五秒で五発飛来する剣に対処するのは至難の業だ。ティナの場合は自分の技だからこそ、攻撃のタイミングが読めたのである。
では、軌道が可変となる五連撃の場合はどうなるのか。退くだけでは回避することは出来ない類のものだ。
「それはそうと、ヘリヤが自分の五連撃を受けた時はどうだったんですか?」
「楽しそうに撃ち落としてた的~。自分を相手にしてるハズだけど~普通にアバタ~を蹂躙してた~。」
「やっぱり、とんでもないですね。あれを撃ち落とすなんて論理的には可能でしょうけど…。ふむ、要塞攻略イベントでヘリヤに五連突きを受けさせたのは失敗だったかも知れません。」
少し考えこむ姫騎士さん。対ヘリヤ戦を慮っているのだろうか。彼女と再び相対するのは世界選手権大会だろう。だが、ヘリヤは着々と進化していることは番組を通して知っている。もはや、以前対戦した彼女とは別物と言える。
「ヘリヤがムチャクチャ的なのは変わりない~。」
「ほんとに、それですよね。」
今日の運用テストも終わり、再びお茶の時間である。ウルスラも疲れが溜まっているのだろうか、疲労回復に効果があるルイボスティーが淹れられている。
春季学内大会からフルスペックで戦いだしたヘリヤの話がお茶請け代わりになっていた。
ウルスラもアバターを作成する際に詳細に取得したデータもあり、普通は知ることの無い詳細情報も知ってはいる。だが、個人情報であること、そしてアバター制作会社としての守秘義務があるため、それに紐付く技能などを話すことは無い。彼女達が実際に対戦した主観によるヘリヤが題材だ。
「ヘリヤはきっと後ろにも目がある的~。三人同時攻撃を受け止めてるのに~死角から来た矢を受け止めた相手の剣で防ぐとかオカシイ的~。」
「そのシーン、エスターライヒの番組で見ました。正直、洒落になりません。矢はホログラムですから、射る気配から正確に着弾点を予測したとしか思えません。」
「アズ先生もスゴイよね~。初見でヘリヤの五連撃、四つ撃ち落としてた的~。」
「多分、アズ先生も次は全部撃ち落とすんでしょうね。ヘリヤも五連撃の精度を上げるどころか進化させてそうですし。」
「ヘリヤと直接対決しなきゃなんないのは大変的だよね~。おね~さんは外から悠々観戦するけど~。」
「出来れば当たりたくないです。もう、いっそのことランキングポイントを世界選手権の結果にしてもいいんじゃないでしょうか。」
「ものすごく後ろ向き的。メンドクサイって顔しててうける~。」
グッタリと机に突っ伏すティナ。この娘、世界選手権大会を本当に面倒くさいイベントとして捉えているのが困ったところだ。
死ぬわけではない戦いならば、勝ち負けはどうでも良い姫騎士さんなのである。本来、彼女が望んでいた「姫騎士」として「オーク」と邂逅を果たすと言う目的は既に済んでいる。そちら方面の進展に力を注ぎたいところなのだ。紳士に育ち過ぎたオークをその気にさせる戦略を編む方が、世界選手権大会より重要事項なのだ。
心の底から面倒くさいのだろう。突っ伏した頭をゴロゴロと右に左にゆすっている。それを見ているウルスラも「そんなにメンドウ的~」などとケタケタ笑いながらティナにウサギの敷物を頭に被せたりと弄り倒している。
ふと、ティナの動きが止まる。
ティナは何かを思い出したようにガバリと顔を上げてウルスラに尋ねる。頭に引っかかったウサギの敷物がシュールだ。
「そういえば、Mêléeに出るって言ってましたよね、ウルスラは。」
「そだよ~。ララ・リーリーとニルツェツェグの三人で弓部隊のチームやる的~。」
「…弓部隊。弓兵が三人ですか…。」
顎に手をやり、考え込むティナ。ニヤリと口元が綻んでいるのは気のせいではない。何か仕出かす気、満々なのであろう。
「どったの~? なんかあった的~?」
「いえ、全く問題ありません。時にウルスラ。」
「ん~、な~に~?」
「Mêléeで、弓部隊三人全員で、私とチーム組みませんか?」
「ほえ?」
まさかチーム勧誘されるとは思ってもみなかったウルスラは、素っ頓狂な声を上げ、口を開けて目をパチクリさせている。
Mêléeは十二人一組でチームを編成する。学内大会では、初日にコンピュータでランダムなチーム編成がされるのだが、予めチームで参加申請すればその限りではなくなる。
即席チームと比べれば、元から連携や戦術などの訓練しているため、優位点が多過ぎるのだが、Mêléeのチームを組んでいる者が圧倒的に少ないことから、許容されているのである。
即席で編成されたチームが即興による連携で戦うのも面白いものではある。
しかし、本来はチーム戦だ。正式なチームが戦略と連携を以って戦う様は、即席チームと一味も二味も違い、観客も沸くのだ。
「即答する必要はありません。とりあえず、ララ・リーリーとニルツェツェグの三人で相談していただけないでしょうか。」
「もしかして、ティナはフルメンバ~揃える的?」
「当然です。どうせなら徹底的にやろうかと思いまして。実は、既に水面下で打診している方も幾人かおりますから。」
「へ~。なかなか面白そう的~。ちょっと二人に聞いてみるから返事はまってて~。」
「ええ。来週中頃までにお返事いただければ良いですから。」
嫋やかな笑みを浮かべ騎士として受け答えをしたティナは、そのままその場を辞した。
彼女の胸中では、思いもよらず戦略の幅が広がることになりそうでウハウハである。
「ラッキーです。チート弓使いが三人も手に入ります!」
「皆が思いもよらない戦法が使えそうです!」
ニヤリと口角を吊り上げ笑う姫騎士さん。
とても主人公がして良い顔ではないことは確かだ。




