04-005.見習いと見習いと見習いと見習い。 Knapp und Écuyers und Samurai-Lehrling.
前回分は、この話から分割したですが。
それでも長い。
ちと分けられない事情。
レクリエーションが終わった次の時限から、普通に授業が始まり午前中が終了した。
物理、倫理の授業と続いたため、ルーがボヤいたのは言うまでもない事だが。
昼食は入学準備期間から一階の食堂が営業していたため、新入生達も既に慣れたものだ。食堂へ向かう者、敷地内のコンビニエンスストアやバーガーショップへ向かう者、弁当を持参する者等、様々である。
食堂は国際色豊かな学園生向けに、肉・魚メインのメニューから、野菜中心のベジタリアン、ビーガン、アレルギー対策など、生活習慣や宗教的戒律による摂取禁止の食材などにも気を使われたメニューが取り揃えられている。
特に騎士科の生徒は女子でも消費カロリーが多いため、量が多いメニューを用意されていたりする。アスリート向けに脂分が少なく良質なタンパク質を摂取できるメニューが人気だ。
食堂の中庭側に張り出したオープンテラスでルーが席を陣取っている。ティナ達が入り口から入って来る気配を察知し、後ろへ振り返りながら元気に声を上げた。
「姫姉さま、皆さん、こちらです! 席とっときましたです!」
「あら、早かったですね、ルー。」
「確かに随分速いな。二階と言っても騎士科の教室位置から食堂は反対方向だったと思うんだが。」
「中庭のテラスから飛び降りればスグヨ。いつもミンナに止められたネ。」
「まさかルー、あなた飛び降りたんですか?」
「ほえ? 当たり前じゃないですか。直ぐ下がオープンテラスですよ? 場所取りには最短距離です!」
皆から仕方ない娘だなと、呆れ果てた空気が流れるがルーは全く気にしていない様子。と言うより判ってないのだろう。
元々、Waldmenschenの戦闘職にとっては二階程度の高さなど、ヒョイと障害物を飛び越える程度の認識でしかないからだ。
そうこうする内にメンツが集まってきた。
「おまた。養肝漬切ってきた。京姫、お結び用意。」
「ハイハイ。今、お重開けますよ。」
「おー、すごいです! 四段重ねのお弁当なんて。ルーは初めてです!」
京姫が先日から仕込んだ煮物、焼き物、練りモノ、揚げ物のおかず三段と、一段にはびっしりと俵結びが詰まっており、この五人でも多過ぎる量だと判断できる。日本でよく見る重箱よりも一回り以上大きめであり、十人前と言っても納得できる量だ。取り皿や箸の数が他にも人が集まることを物語っている。
「殿下、皆さん、お待たせいたしましたでしょうか。」
「遅くなりまして申し訳ありません皆さま。」
「おそくなりましたー。おねえさまからの差し入れで無糖ケーキを持って来ました!」
「ふえー。遅くなりました~。ティナさん京姫さん。小乃花さん、花花さん。」
別動隊が合流した。
追加でやってきたのは、テレージアと従騎士の二人。彼女達は従騎士制度の二年間を目一杯テレージアから学ぶことにしたようだ。
肩より少し長い黒髪に濃い緑の瞳を持ち、代々貴族家に仕えて来た家系であるゲルトラウデ・シュッセル。愛称はラウデ。
ダークブラウンの髪をボーイッシュなショートにクリっとした目をした妹キャラであるハンネ・パラッシュ。
そして、もう一人。オランダからやって来た時代劇のお侍さんになりたいヒルベルタ・ファン・ハウゼン。愛称はベルだ。
この計九人が食卓で一堂に介することは今までにも無かった。通りすがりの生徒が思わず二度見をしたり、遠くから偶に視線が向けられたりするくらいなので、大分珍しい取り合わせと思われているのだろう。
全員、ルーの鍛錬に協力する者の集まりなのだ。昼食後に本日放課後の鍛錬内容を話し合うのである。
ティナは入学準備期間の最中、ルーの育成計画でとびっきりのイレギュラー相手を経験して貰うことを決めた。その相手として技術も大剣と言う武器もその扱いもイレギュラーなテレージアに白羽の矢が立つ。要は、姫騎士さんが巻き込んだのだ。テレージアにお願いしところ、内容の詳細も聞かずに二つ返事で返して来た。礼など無用と言う彼女だが、さすがに態々時間を割いてもらうので、その時間の補填として、彼女の従騎士二人にも集まった面子で稽古をつけると言う形にした。彼女達も他競技から転向して来た、謂わば騎士見習いであり、まだまだ修行中だからだ。
ベルは進化速度の違う鍛錬相手として手伝いをお願いしている。彼女の出身であるオランダでも国内トップレベルの競技者を輩出する激戦区に身を置きながら、剣術を始めてからたった二、三年の少女が全国大会一歩手前まで食い込んだのだ。全くの素人が、その短い期間で武術の理合いを身に付けたのは異常な程の吸収力と、それを行使するための身体運用があっという間に仕上がったことを示す。
だが身に付けた技術と比べ、身体が成長途中であり技に追い付いていないこと、戦法や駆け引きなどの戦術が追い付いてないこともあり、熟練の相手にはまだまだ敵わないのだ。
詰まるところ、ベルは天才なのである。そのような絶えず成長を続けている相手との研鑽は得るものが多い。
だが、まだ見習いと言っても良いだろう。だから彼女には京姫、小乃花が刀術の面倒を見ることで話を付けている。まぁ、彼女もお願いしたら内容も聞かずに「はい!やります!」と即答した口だが。
「そう言えば朱里はエゼルバルド騎士学院に編入したそうですね。防御力の強化を図るのでしょうか。」
食事時の話題として、ティナが日本で突発イベントを開催した際に参加協力して貰った、浜崎 朱里の進退について聞きかじった内容を口にした。この場にいる半分は、当該イベントに参加したので知古の間柄となる。
「ああ。漸く浜崎さんも世界に向けて動き出したようだ。どうも、イギリス式武術の防御を打ち破るくらいの決定打を身に着けるためにイングランドへ行ったそうだよ。」
「また、SAMURAIな決断ですね。国を飛び出た日本人の騎士はそう言う方ばかりな気がします。」
チラリと京姫と小乃花に視線を向けるティナ。しかし、その視線は見事にスルー。別の話題が進んでいく。行き場のなくなった視線がジト目に変わったとしても仕方がないだろう。
「京姫。朱里のことを未だ苗字呼び。」
「いや、長いこと苗字で呼んできましたから、ついつい。」
「ダレです? そのアカリとか言うヒト。このタマゴ焼いたのウメーです。」
「私もこのタマゴ美味しいと思います! ほんのり甘いです!」
「おねーさま、この焼きタマゴ、黄色が綺麗です!」
ルー、ベル、ハンネが天然系会話術で話のベクトルを見事に明後日方向へ。
この妹キャラ系三人が揃うと示し合わせたかのように話しがすり替わること屡。
「はいはい。京姫さんの玉子焼きが美味しいのは良く存じ上げていますわ。良く噛めばもっと奥深い味になりますわよ? そうそう、朱里さんのことでしたわね。夏のイベントでご一緒した日本の剣士ですわ。回避能力がとても優れたお方でした。」
そして話の方向を元に戻すのは、いつもテレージアの役目だ。面倒見の良いお姉ちゃん気質が自然とそうさせている。
ナチュラルに流れた話をナチュラルに戻してくれるので実のところティナ達は大助かりである。コントが始まる前に潰してくれるからだ。
「テレージアさま、その方は【白羽根】と呼ばれている剣士ではないですか?」
「そうですよ、ラウデ。二つ名を知ってらしたのね。」
「はい。フェンサーとしては、あの方の回避はとても参考になりますので。」
ラウデはフェンシング競技からの転向組だ。突きと斬撃を主としたサーブルと言うカテゴリの選手であったが、この競技は元々ハンガリー騎兵隊の剣技から発祥したものである。ラウデの先祖は十五世紀、ハンガリーの黒軍に参加していたドイツ人種傭兵であり、当時参戦したウィーン占領以降に神聖ローマ帝国――現在のドイツ――の貴族に腕を見込まれて召し抱えられた一族の出自だ。先祖から伝わった剣技がフェンシング競技ではルール的に生かせなかったため、騎士となったのだ。
真剣な面持ちで受け答えをするラウデとは対照的に、モッチモッチと咀嚼していたルーは、何かを思い出したように口を開こうとしたが、慌ててゴックンと飲み込んでから言葉を出した。以前、食べながら喋ってゲンコツでも貰ったのだろう。
「回避です? あー、この間見た姫姉さまの動画にいましたです。あの後ろに目が付いてるヒトです。気配読んでる雰囲気ないのに普通に躱しやがるのがオカシイです。」
「ルー、あなたは全く…。自分の理解が及ばない相手を適当な語録で表現するのはそろそろ控えませんと。」
ティナの一言でスヒュースヒューと吹けない口笛をしながら目を逸らすルー。姫騎士さんもヤレヤレと言ったリアクション。
「朱里は自分の周囲を俯瞰で認識する目と事前予測が秀逸。」
「ん? あの避けるウマい娘ネ。アレ、暗部とかに伝わるの技ヨ。」
「いや、浜崎さんは先祖が武家だったらしいけど、今は一般家庭と聞いたぞ。」
「先祖からナンか伝わたか、本人の才能か、ヨ。具体的言うと小乃花の言た認識と予測に探査加わるヨ。音は波ネ。空気揺れるの地面揺れるの波ヨ。」
つまり、花花の言う探査とは振動を感知していることを指している。空気の振動、地面の振動から相手の行動を察知し、他二つの技能と組み合わせ、常識外の回避力を持っている様子。
「言われてみれば朱里は体感RPGより、模擬戦の回避精度が一段高かったですね。」
「花花の話からすればホログラムの相手より、対人の方が情報量を多く得られるから回避も向上するってことか。」
「おもしろい。波を察する技は持ってない。他の竊盗にも伝わっているか謎。」
「良く花花さんはお判りになりましたのね。武術のご慧眼が素晴らしいですわ。」
「ドリルん家も伝わてる思たヨ? 空気の流れ読むしてるヨ。アレの上位版ヨ。」
「確かに当家に伝わる技法では相手が発する音から先読みする法がございますが…。その先の技術となる訳ですか。」
花花のドリル呼びが罷り通っていることは別として、テレージアのキューネ家は乱戦真っただ中で生み出された技法が多く残る。その中で確実に相手の動きを読む方法として音の出方で攻撃に入るか牽制かを読む術がある。それは武器が風を斬る音は元より、相手の鎧や衣擦れの音である程度の行動を予測するものである。先祖が騎士爵から男爵へ陞爵する戦功を上げたのも、この技法で果敢に戦い生き延びたからである。
「なるほど。テレージアと戦った時、ずっと私の上手を取られていたのは、その技法が使われていたと言う訳か。」
春の学内大会でテレージアは京姫の攻撃――武器は実体がなく電子音表現なので――を衣服の音がどのように出るかで凡その判断をしていたのだ。
「おねーさま、すごいです! ビュッ!バッ!って音だと私は判りません!」
「花花、あなたがそれを判ると言うことは、当然使えると言うことでしょうか。」
「使えるヨ。ウチの聴勁は気配だけ違くて振動も掴み取るヨ。だからティナよりルーの歩法が才能ある判たヨ。」
「ほぇ? 姫姉さまよりルーの才能あるです? どこです? 思い当たらないですよ?」
その辺りはティナも気になるところだ。花花のことだから高位レベルの話だろうが、どの様な違いがそう判断するに至ったのか。
「ティナの歩法は、自然の中に溶ける歩法ヨ。足の置き方で音を掴むように消すネ。でも安定してないヨ。」
ティナはWaldmenschen、森の民の戦術士と言う、戦闘時の要となり最前線で直接戦闘を得意とする者が就くカテゴリに属する。戦闘力が極めて高く、相手と正面から対峙して打ち斃す技を数多く持つ。要塞攻略イベント時に行った殲滅戦のように空間を使った三次元的動きによって相手を翻弄する。対してルーは戦闘士と言う隠密戦闘に特化したカテゴリーに分類され、罠を掛け、誘導し、忍び寄り、相手と接触した時は既に必殺の一撃が繰り出された後になる。
「ルーの歩法も自然の音に溶け込るケド、波起こさないヨ。波は足で大地掴む時にも出るヨ。それ抑えると後ろから近づかれても判らなくナルヨ。」
歩法で完全に音を消せるのは人工物の上など、ごく少数に限られる。自然の中では落葉や雑草、木の根や小石など、様々なものが大地に敷き詰められており、その上を音を出さずに歩くことは極めて難しい。だからWaldmenschenは、森で自然に溢れる音と同じ音で動くのだ。音がしても自然の音であれば警戒心を抱かれることは無い。
「そうなんです? ルーは習った通りニャンコの動きをしただけですが。」
「動物の動きチャンと出来るは少ないヨ。ヒトは肉球ナイから波出さない難シイネ。」
「衝撃の事実です! ルーはニャンコだったです!」
「ルーちゃんはネコちゃんだったんですか! ビックリしました!」
「ニャンコミミが付いてないですよ! オランダのニャンコはミミ取れるんですか?」
妹キャラ達の間では、ニャンコ人ルーが爆誕した。
すかさずテレージアが話のベクトルを変えつつ、本来話し合う内容に導く。
「ルーさんは猫のようにしなやかな素晴らしい身体能力をお持ちと言うことですわ。日々、鍛錬の積み重ねが成せる技ですわね。」
「そうですよ、ルー。今日は身体の使い方を重点的にお浚いしましょうか。折角、猫さんの動きで私より優れているのに、それを伸ばさない手はありません。」
ティナが導かれた話に肉付けしていく。褒め言葉を入れて、鍛錬への拒絶反応を誤魔化しながら。
姫姉さまより優れているですか?うへへへ、などと見事に誤魔化されている。相変わらず安上がりだ。
「猫はとても良いもの。静と動を直ぐに切り替える。そして癒しを運ぶ。」
「癒しって、小乃花…。確かに可愛いのは頷けますが。ふむ、猫の動き、か。それなら、皆にも競技時に注意した方が良い身体の動かし方を教えようか。」
見習い組の放課後鍛錬の内容もこの一言で決定。半ば済し崩しのようにも見えるが、事前に鍛錬期間を設定した際に大まかな方針は決定しており、その方針に則した選択であるため問題はない。
ベルは、ニャン月殺法を覚えます!などと時代劇のお侍さんがやらかした様な技名をナチュラルに口からこぼしてたり、ハンネなど、ネコちゃんは丸くなる動きに秘密が!と明後日の方向に思考が向いている。ラウデだけが「注意する身体の動きですか。なるほど動き一つで戦いが変わると言うことですね」とマジメに言葉を受け取っているのを見ると、常識人と妹キャラ三人組の思考回路が如何に違うベクトルなのかを比較出来るのも面白いところだろう。
「そういえば、ルー。あなた、クラスに馴染めそうですか?」
「姫姉さま、ルーはどこでも人気者になるですよ? 人心把握と誘導は基本なのです。」
会話後半が暗部としての意見を混ぜている困った回答をするルーに、ティナも苦笑い。
「あなたが興味を引く、おもしろそうな人はいましたか?」
キョトンとするルー。何かあったかなぁ的に思い出そうと視線を上に向けていたが、該当者がいたらしい。視線を戻して勢い付けて語り出す。
「ヘンなヤツいたです! ルーが学校通ってる間にチームに参加しろって言ってたです! グウィルト侯爵家の次男です!」
「あら、アシュリーの弟でしたか。同じクラスになったのですね。」
「確か、彼も小等部時代チームを率いて集団戦で好成績を上げていたな。」
「グウィルト侯の侯弟殿下は二つ名が【一番槍】と呼ばれるほど侵略戦が得意な方だと記憶しておりますわ。」
「へー。電撃戦とかやりそうですね。ルーはチームに参加するんですか?」
「へ? ルーはKampf-Dienstbotenですよ? 偶にでイイとは言ってやがりましたが興味無いです。まぁ、貴族相手にその場で断るのは問題なんで、考えといてやりますって言っときました。」
ぶっちゃけ、貴族相手に対する、と言うより初対面での言葉使いとしては大変宜しくないのだが、それがルーなので仕方がない。むしろ、相手が貴族であるならばカレンベルク所縁の者にチョッカイ出せばどれ程痛手になるか良く知っているだろう。
少し、考え込む姫騎士さん。と言ってもそれほど深く考える必要もないと言った短い時間で結論が出たようだ。
「ルー。その申し出、受けて見なさい。もちろん、相手が偶にと言ったのですからゲスト参戦の位置付けでならと、お約束して貰う必要はありますが。」
「姫姉さま、ルーは面倒事に自ら突撃するのはカシコイ子だとは思いませんです。日々平々凡々と暮らしていきたいのです。」
「花花、あなた朝の四時から鍛錬してましたよね。その時間でルーを「姫姉さま、ルーは是非ともゲストでスンゴク目立ってこようと思ってたところです。」すか。あら、それなら良かったです。」
ルーは相当焦ったらしく、ティナの言葉に勢いよく被せる手の平返し。その様子を見て花花が大爆笑しているが。
「しかし弟君、確かパンク王子とか呼ばれてましたか。入学初日に勧誘を仕掛けるなんてアシュリー同様、選定眼に余程自信があるようですね。見定めたら即決する思い切りの良さもさすが兄弟と言ったところでしょうか。ルーに部隊経験させようと思ってましたから、ホントに良いタイミングでした。」
「ほぇ? 部隊ですか? ルーは孤高なヴォルフですから単独行動専門ですよ?」
先ほどまでニャンコ人だったのがオオカミにクラスチェンジした。モフモフでコロコロしそうな子狼なイメージしか湧かないのは言わぬが花。
「何言ってるんですか。部隊の中で自身の運用を考える必要は必ず出ますて。あなた、戦術基本と戦術理論、それに指揮教養の教科を私と一緒の時間にスケジュールしたのは何のためと思ってるんですか。いずれ実務に入ったら部隊に指示を出す立場にもなるんですよ?」
戦術や指揮系の講義は、知識が有る者と一緒に学べば理解度が跳ね上がるのである。
「Das ist neu! 聞いてません! エレ姉だっていつも一人です!」
「あら、エレさんは護衛達の管理と指揮をしてますよ? あなたにはその補佐と、何れ指揮権の一部が委譲されるハズですから、って露骨に嫌そうな顔はしないでください!」
明らかにウゲェとしかめっ面を晒すルーは、誰が見ても「めんどくさい」と雄弁に物語っている顔芸である。
「ルーさんは隊長さんですか! スゴイです! 敬礼します!」
ハンネが片手を斜めに挙げて敬礼をするのだが、その所作は旧ドイツ軍でハイル!ドイチュラント!とか言い出しそうなそれである。そして、本人はビシッと敬礼しているつもりなのだろうが、見た目はフニャリとしている何とも気の抜けた敬礼である。
うーん敬礼は難しいですー、と言うハンネ。彼女は、元々活動していた競技がChevalerieと親和性があっただけで、特に軍属ではないので敬礼に詳しい訳ではないのだ。
――アーマードバトル。
金属の鎧を纏い、ラタンを芯に持つ剣や、刃を付けずに角を丸めた金属の模造剣、強化ゴムのヘッドを持つメイスなど、所謂スポーツウェポンで十五、六世紀に行われていた戦闘訓練の試合を現在に蘇らせたものだ。二十一世紀前半に復古されたドイツ式武術などを筆頭に中世剣術が競技と共に広まり、打点ポイント先取などの判定を元に、多岐にわたるルールが創設され続けている。血筋は違うがChevalerie競技の先祖と言っても良い程に類似する項目や思想が見られる。
戦闘訓練をエミュレートしているため、当時でもルールとして有効だった蹴りや殴打、体術も使用するが、相手を負傷させる危険な技や、負傷を目的で技を行使することは当然の如く禁止である。
しかし、中世の武術などが持つ本来の技――体術を織り込んだ――が使用可能となるため、駆け引きなど戦術の幅が広がる。何より当時の騎士宛らに戦うロマンも相まって、ヨーロッパを中心に世界でも根強い人気がある競技だ。
ハンネは幼少の頃からアーマードバトルを続けて来た。それがある日、騎士の試合を直接目の当たりにする機会が訪れた。同じ剣戟競技で在る筈なのに、まるで様相が違った。見たこともない速度で剣が振るわれ、それを当たり前のように回避する騎士達に驚き、衝撃を受けたことが始まりだった。そこから色々と調べる内に何時しか騎士に魅せられ、この学園へ入学するに至ったのだ。
しかし、彼女はアーマードバトルを辞めた訳ではない。それぞれの楽しさがあることを知っているからだ。現在でも週一、二回程、ローゼンハイムにある道場に通っている。
彼女の場合、それぞれの競技で優れている点を、異なる競技間で最適化することを目標に鍛錬している。競技によって戦い方を切り替えているのである。この辺りはルーに見習って欲しいところだ。
「ハンネ、その敬礼は違うと思われます。」
ピシリと敬礼するラウデ。右上腕を肩の位置で横に開き、指先が側頭部に触れるように肘を曲げる、現ドイツ軍の敬礼だ。
「ほぇー。ラウデは物知りです! こうですね!」
早速、真似をするハンネ。ビシッっと敬礼してるつもりだろうが、やはりフニャリとした何とも気の抜けた敬礼であるのは変わりないが。
「ふはははは! ルーをもっともっと崇めるです! ルーは隊長です!」
「あらあら、随分と可愛らしい隊長さんですこと。」
テレージアの言葉に気を良くしたルーは、無い胸をググーッと反らす。しかし、椅子に座った状態で思いっきり背を反らせば自ずと次の結果が見えてくると言うもので。
「ふはは、はわ? はわわー‼」
「おっと。」
ルーの隣に座っていた京姫が、椅子ごと後ろに倒れかけたルーの膝小僧辺りを手で触れただけで、体勢を元に戻させる。助けられたルーは目をパチクリさせて驚いているが、思いがけず危機を逃れたからではない。この程度であれば、ルーは問題なく体勢を整えて着地出来る。まぁ、椅子はヒックリ返るだろうが。
ルーが驚いた理由は、目を見開きながらゆっくりと京姫に顔を向けた口から聞かされる。
「…京姫さん。一体ナニをしたですか? 脚を触られただけでルーの身体が整ってバランス取らされました。オカシイです。摩訶不思議です。世界三大七不思議です!」
「世界三大七不思議って…。実際、そんな大したことはしてないよ。私はただ身体の整列を伝えただけだぞ?」
キーワードだけでは伝わらない技法であることは、その言葉を聞いた皆の様子から伺える。驚きや理解出来ないなどと言った顔をしているからだ。早く、続きを話せ、と皆の視線が訴えている。さすがに説明を乞われていると見て取った京姫は、ハァと一息吐いて言葉を続ける。
その中で只一人、花花だけが、何となく察している様でウンウン頷きながら「ふーん、なるほどヨ」などと呟いているが。
「ルーの身体に触れながら、私の仙骨を締めて骨盤を少し前に出してから、肩甲骨を下に移動させたんだ。」
「あー、やぱり動きの伝播だたヨ。投げるトキ身体の力コントロールする骨を緩めると相手も同じトコ緩むヨ。そうすると相手重心保てなくなてコッチの重さ全て伝わるから簡単にポイ出来るヨ。」
「花花さんの説明ですと、京姫さんの技法と逆しまではございませんこと?」
「ドリルの言う通りヨ。京姫は逆さやたヨ。自分の身体整列したヨ。それを手で触れてるだけで伝えるは初めて見るヨ。」
「どうですか? ルー。他流を知るとはこういうことですよ。我々が知らない身体の使い方は幾らでもあります。それに触れることが出来るだけで価値があるのですよ?」
京姫が行ったことは古武術の中でも特殊なカテゴリに入る。合気術に分離する前の古戦場で使われた技である。花花が言うように、組打ちの最中に骨の整列や逆に緩めることによって相手の身体がそれに合わせてバランスを取ろうとする動きを利用し、崩しに使う法である。崩すのが可能ならば、逆もまた然りである。
「おどろきです。相手に影響を与える身体の使い方なんてルーは知らないです。…ハッ! 初日の手合わせ! 京姫さんの腕が触れただけでルーがポイされたのはコレですか!」
「まあ、身体運用は違うけど、技の方向性は同じかな。」
「ナンてこったですか…。そんな身体の使い方、Waldmenschenでも教えてナイです…。」
「身体操作は武術や流派によって違うからな。でも人の身体は同じだから突き詰めたら似た様な運用法になるさ。」
「そうですよ、ルー。京姫の体術だってWaldmenschenの戦術士が使う投げ技で近しいものがありますし。戦闘士のあなたでは扱う技術が異なりますから理論だけ学び、修得しない技だってあります。と言うか、自分の技術しか興味を持たないから流派の技なのに知らないって言いだすことが問題ですが。」
スッと顔を逸らしスヒュースヒューと吹けない口笛を吹くルー。ダラダラと汗を流しながら何とかこの後の展開をうやむやにしてやり過ごそうと必死だ。当然無駄であるが。
「ルー、今日は身体の動かし方をお浚いすると言いましたよね。放課後鍛錬は装備Cで集合です。」
「姫姉さま…プロテクター装備じゃないですか⁉ ルーが投げられるです‼ オカシイです! 競技は投げ技禁止です! 必要性が感じられねえです!」
「あなた、修得した技と競技の技を切り替える訓練も必要だって忘れていませんよね? 時たま、今までの技法で研鑽することも大事ですよ?」
ギャーギャーと理由を付けて口早に文句を並び立て始めるルーであるが、まるっきり理由が子供理論だった。特に、死んだオババが投げ技するとノーミソひっくり返ってオバカになる言ってたです、の一言は、ハイハイと軽くあしらってくれと自ら言い出した様なものである。ちなみにルーの祖母は健在で、現役バリバリの戦闘士だ。
「投げは経験が必要。猫は一日にして成らず。」
「ニャンコになる投げ技は興味あります! 私も覚えたいです!」
ハンネが食い付いて来た。彼女はアーマードバトルの試合では甲冑同士で投げを打つこともあるため、有効になりそうな技術に貪欲である。二足の草鞋を履いているようにも見えるが、騎士でもDuelやluttesなど複数の競技を掛け持ちすることも多々あるため、競技体系が近いアーマードバトルを併習したとしても何らおかしいところはない。特にハンネが師事しているテレージアは、乗馬にテニスに水泳にとChevalerie競技と全く違うスポーツを国体選手並みに熟す万能さを衆目の元で、まざまざと見せているくらいだ。
「小乃花さんの投げは投げられるまでが痛いです! ルーの心がポッキンするです!」
「あら。投げられた時の対応に持ってこいじゃないですか。滅多にない投げ技を経験出来るのですから、ルーはすごく恵まれているんですよ?」
「姫姉さま…。ルーは恵まれてるですか? ポイポイ投げられる恵は望んでないのです…。」
「私は京姫さんのフワッとする投げ技を教えて貰いたいです! ニャンコになるのです!」
ハンネは甲冑相手の投げ技として、小乃花の骨法や花花の近接で崩す方法より、京姫が使う相手の力を利用する合気が有効だと判断したようだ。甲冑を纏った際の投げでは、まず使われない技法であるため、極めやすく防がれ難いであろうと。
「みんなネコちゃんになるんですね! わたしもニャン月殺法の巻物を手に入れます! まずはネコちゃんの動きをマスターしなければ!」
シュパッと元気よく挙手するベルであるが、巻物どころかニャン月殺法なる技は、まず存在しないと思われる。仮に実在していたとすればTV番組レベルの話だろう。だが、心配召されることはない。この手のオモシロ技術などは小乃花がでっち上げるのが得意だ。特にホントかウソか判別がつかない微妙なラインでソレらしく仕上げてくるのだ。さすが虚実を併せ持つ竊盗。
「私は体術が全くの素人ですから、お話が新鮮ですね。ですから何やら凄そうなことを話しているのでは?と、しか認識出来ません。」
「あら、ラウデは体術の経験は全くありませんでしたのかしら? 授業の古式レスリングくらいですの?」
「はい。テレージアさま。元々、スポーツとしてサーブル競技を嗜んでおりましたので体術を本式で学ぶ機会はありませんでしたから。」
騎士科の授業には武術基本の教科で、簡単な体術を教えている。騎士は所属する流派で武術を習っていることが多く、体術に重きは置かれないが技として一通り修めている。しかし、中にはスポーツ競技の転向組や体術が含まれない流派もあるので、ヨーロッパで一般的な体術であった古式レスリングを体育の授業レベルで触りだけ教わるのだ。
「そうですわねぇ。護身が行える程度には覚えておいた方が宜しくてよ? 身体の動かし方を知ると色々と武術の幅が広がりますし、何より無手の場合に対応手段が増えますもの。」
「なるほど。丁度良い機会の様ですし、私も教えを乞うた方が良いかもしれません。」
「ここで教えてくれる方達は、体術も相当の上位者ですから短い期間だったとしても得るものは大きい筈ですわ。と、言う訳で小乃花さん、京姫さん。彼女達の鍛錬でご面倒をお掛けしている身としては、ついでのようにお願いするのは筋違いかと思いますが、出来れば少しでもお時間を割くことは叶いませんでしょうか。ラウデにお二人が持つ体術の基礎を是非ともご教授お願いいたします。」
テレージアは保護者として板についた振舞いで、礼を尽くしながら妹の鍛錬を日本人組に交渉する。本当は、学ぶべき本人が教えを乞うべきなのだろうが、彼女が面倒を見ている従騎士であるため、教導する立場から自分と同格の教導員である二人にお願いを出したのだ。
「ああ、私は吝かではないですよ。ラウデは真面目ですし、すぐ基本を身に着けられると思いますよ。フェンサーだったからか背中が凄く柔らかくて、高い瞬発力を生かす手足の位置取りが良いですからね。体術の身体運用で補えば、かなり強力な剣士になりそうです。補完と言う点ならば、合気の方が向いているかな?」
「うん。ラウデはかなりいい。あの斜めに崩れた姿勢から、反作用に変えて次の攻撃をノーモーションで斬り返すのは中々の技。移動の一つ一つが技に繋がるように練られている。でもよく崩れるのは体幹の安定性が足りていないから。身体に芯が通れば相当延びると思う。京姫の言う通り、骨法の体術より相手の力を利用する合気の技があってると思う。」
「驚きました小乃花さま。私の評価を勿体ないお言葉の数々で頂きましたが、そもそもこれ程長いお言葉は滅多に聞くことはなかったと思いますが。」
「新入学限定ヴァージョン。」
事も無げに一言で終わらす小乃花も通常運転である。
「あら。どうやら今日の鍛錬内容はガッツリ体術系に決まったようですね。ほら、ルー。一人だけ投げられるんではないですから、拗ねて椅子にしがみつくのはやめてください。」
「ルーだけ装備Cです。ポイポイってされるです。そんな死地にはいかないのがカシコイ選択なのです。」
装備Cと呼ばれる軍用プロテクターと軍用衝撃吸収スーツの基本装備。軍用アイテムのラッチベルト、戦闘用グローブにタクティカルブーツ、場合によっては各種武器や暗器をマウントして最大戦闘重量で訓練をすることもある。そして、何より頸椎から背骨、仙骨までを補助するケミカルボーンと呼ばれる素材が身体のラインへ張り付くように装着されている。パワーアシスト機能はなく、基本的にケミカルボーンが装着されている箇所は、骨折等を含む致死攻撃を吸収・分散し、無効化する仕様だ。その効果は頭を逆さに二階から落としてもアイタタタ、レベルで済むのだ。純粋に首や背骨を折ったりすることが殆どない。だからある程度、安全性は保たれるのである。
「逆を言えば、ルーが一番安全だと思いますよ? 何せ、普通の投げや打撃では骨が折れるどころか、関節技も効きませんし、捻挫することもないんですから。」
「姫姉さま…。その普通の投げや打撃をされたことは一度もないと、ルーは記憶してるですが。」
「何を言うかと思えば。それはルーの技術が普通より遥かに高いからですよ? あなたはWaldmenschenの秘蔵っ娘と呼ばれる戦闘士ですもの。そんなあなたが勉強になる投げ技なんて普通な技の訳ないでしょう?」
「ルーちゃん、すごいネコちゃんだったんですね! キャット空中三回半捻りです! とってんぱらりのにゃんぱらりん!」
ベルは大昔のアニメーションでも見たのだろう。明らかに一般では存在しない技名に謎の掛け声をオマケで付けていた。しかも言葉を口にしながら、両腕を横に開いた手振りは器用にもウェーブをうたせ、右から左へ波が移動する芸の細かさ。その動きは宙返りに全く関係ないのだが。この様子だと、ニャン月殺法もアニメーションで見たのでは、と思われる。そのまま真似されないことを祈ろう。
「チッチッチ、ルーは孤高のヴォルフなのです! ニャンコの動きも簡単に熟す、差し詰めヴォルカッツェなのです!」
狼に猫にと忙しいルーは、また無い胸を反らせてドヤッとしている。会話内容を考えると胸を張るレベルでないのはご愛敬。ルーはヴォルカッツェなどと相反する動物を合体させたが、はっきり言って謎生物である。WolfとKatzeの造語であるが、ルーを表す言葉だとすれば、どの道モフモフコロコロの子狼か子猫だかがキャンキャンニャーニャー鳴いているイメージしか持たれないだろう。
「ふふふ。あなた達が集まると、食事時が楽しいものになりますわね。」
テレージアは、目を細めながら元気な子供を見るように頬を緩め、三人へ穏やかに語り掛ける。
ルー、ベル、ハンネが寄り合うと、賑やかで場が明るくなるのだが、話がどんどん明後日の方角へずれていくのも、ここ数日で慣れたものである。特にテレージアは、その面倒見の良さで、この三人の引率状態である。
「テレージアさまは、時たま少々甘くなると思います。ハンネもベルも新入生と変わらずに扱われるのは、余り成長が見られなかったと訝しまれても仕方がないことです。」
「フフン! ラウデ、私は意外と成長してるんですよ! 全身鎧の人がポイーン、と飛んでくところを見たら、多少のことなんか全然余裕になるんです!」
「ま、まあまあ。二人共、そのくらいにして置きましょう。あなた達が去年のあなた達より、確実に成長していますのは私が一番存じ上げてますわ。」
「テレージアさま…」
「おねえさま…」
騎士が従騎士を実は認めていたのが初めて判った瞬間、と言うドラマ仕立てっぽい、しんみりとした雰囲気になった。
が、取り繕うようにテレージアが二人を窘めたことを姫騎士さんは見逃さなかった。これはオモシロ案件であると。
「おやおや~? 人がポイ~ンと飛ぶんですか~。その辺りを詳しく聞きたいところですね~。」
「哎呀! ヒトブッ飛ばしヨ! イイネ! どうやたか興味津々ヨ!」
「いえいえ、殿下も花花さんも。お恥ずかしい限りですので、その件につきましては聞き流して頂きたいところですわ。」
「ほお~。なるほど、なるほど。ハンネ、何があったんですか?」
「はい! テレージアさまが、たまにアーマードバトルの練習を付き合ってくれるんですが、大剣の平打ちで鎧のオジサンがポイーンと飛びました! 鳥人間みたいにスゴク飛びました!」
テレージアが止める間もなく一気に捲し立てたハンネ。彼女は聞かれたことを素直に答えただけなので、それについてテレージアは、含むところなど無いどころか、そんな考え自体することはない。ただ、あちゃー、と額に手を当てて苦笑いをするだけだ。
本人ではなく、いきなりハンネに話を振れば、直前の話題がまだ温かいのでポロッと漏らすだろうと踏んだ姫騎士さん。予想通りの結果であるが、話の内容がチョットとんでもない事例だった。姫騎士さんも「へぇー、そうなんですか。それはすごいですね」と、少し引き攣った笑顔でハンネに返答している。
花花などは、両手で頬をキュッと挟み、タコのような口になりながら、「うひー、鳥人間コンテストヨ。オレ飛ばすな?だからオマエ鳥な!的なヤツヨ」と変顔しながら珍回答を呟いている。
テレージアのお相手をした方に合掌をする姫騎士さん。殊勝な雰囲気は微塵も無い御座なり感満載であるが。
「良いオチがついた。今日の締め、八十点は固い。」
「小乃花、まるでコントの寸評をしてるみたいですよ。」
重箱を片付けながら、小乃花にそうは言った京姫であるが、彼女も似たような感想を抱いていたりする。
この面子で雑談を始めると、妹キャラ三人組がコントのように話を変えたり、花花や小乃花がポツリと思わず吹き出す様な言葉をこぼしたり、話が終息しそうなところで姫騎士さんがぶっ込んだり、と。それはもう、ワイワイガヤガヤと楽し気な空気になるのは、ここ数日を共にした京姫も一緒に楽しんでいたからに、重々承知している。
「さて。そろそろお昼休みも良い時間ですね。今日の方針も決まりましたし、次の授業準備が間に合う内に戻りましょうか。」
姫騎士さんが言葉で締めたので、それぞれが席を立ち移動を始める。やはり妹キャラ三人組は帰り道も賑やかだ。話が脱線しそうになると、さり気なくテレージアが方向修正するのもお決まりである。
ルーと言うイレギュラーが起爆剤となり、日常に変化をもたらした。普段、技術的には接点が少ないテレージア達と、毎日顔を突き合わせて鍛錬を共にすることになろうとは誰も思わなかったことだろう。当然、テレージア達も同様の心持ちだ。
縁とは不思議なもので、ある日突然結ばれるものである。
しかし、この縁に限っては姫騎士さんが計画し、その人脈で手繰り寄せた縁だ。
お互いに得るものがあるようにと、計算しているのは言うまでもない。
一方的に受け取るだけでは健全とは言えないのだ。
――全ては何処かで繋がり、その先へと紡がれるものである――
「やっぱりポイポイされたです! ルーは受け身マッスィーンと化しました! ナンか受け身が上手くなった気がするですか? いや、するです‼ …たぶん。」
「にゃんぱらりんがムツカシイです。軽やかなネコちゃんの動きは、もっとフワッとしないとニャン月殺法までの道のりが遠のきます。」
「ビックリでした! 私、鎧の上からでも合気って技が出来るとは思わなかったです! アーマードバトルでも粗忽…違った、そこつはか?となく有効です!」
「いつもの歩法がそのまま体術に繋がるなんて、武術とは奥が深いのですね。いえ、武術から競技が生まれたことを考えれば在って然るべき技術と言う訳ですか。」
放課後の鍛錬後、下級生組四人がそれぞれ口からこぼした言葉。
そこには、ほんの僅かではあるが確かに成長を感じさせる何かが芽生えていた。
彼女達が受け継ぎ、紡いでいくものが、どのような実を結ぶのか。
まだ、その形は定まっていないのだから。
――実が色付き始めている者達はと言えば。
「今日の晚饭は、美美が广东菜造てくれてるヨ。ミンナ食べてくヨ!」
「確か、アッサリ目の味付けですがUMAMIが深いお料理でしたね。煮込みやスープが秀逸でした。」
「花花さん、毎回私達の分までお食事をご用意いただいて申し訳ありませんですわ。」
「イイてコトヨ。医食同源ヨ! 鍛錬に合わせた食事大切ヨ! それに、イベントの屋台メニュー試食兼ねてるヨ。意見聞くするヨ。」
「小乃花、その手提げにタッパーが入ってるじゃないですか。持ち帰る気満々ですね…。」
「大丈夫。大人数向け中国料理は余りを持ち帰る前提と聞いてる。」
「アハハ、小乃花、良く覚えてたヨ! 多めに造てるから持て帰るイイネ。」
年少組と比べ年長組の会話の温度差は如何ともし難いものだ。
だが、それで良いのだ。
その域に辿り着いた者達だからこそ、いつも通りになるのだ。




