04-002.浙江紅山茶と見習。 Hinunterfliegen Kamelie und Knapp.
2156年8月28日 土曜日
ザルツブルク駅から南に見えるカプツィーナ山。その麓にルネサンス様式の数値的調和を基に設計された三階建てのブラウンシュヴァイク=カレンベルク邸が佇んでいる。
貴族当主の住まいとして建屋にある程度の大きさを必要とするため、敷地面積は凡そ六百七十㎡を確保している。ユネスコ世界文化遺産であるザルツブルク市街歴史地区の直ぐ側で、これだけの敷地を確保できたのは僥倖だろう。
敷地はバロック様式の鉄柵でぐるりと取り囲み、つる植物が誘引されて金属の冷たさを緑が緩和している。つるバラであるフロレンティーナが誘引されている正門には、5月の開花以降に返り咲きで秋口までポツリポツリと花が咲く。最盛期と比べ2割の数だが疎らにイレレガンスな赤い華が顔を覗かせ、孤高で豪華な彩を添えている。
その門の外側にあるロータリーに一台のタクシーが止まっていた。
「おや、送迎車が来てる様だな。誰か来客の予定はあるのかい?」
「私ではありませんよ、おとうさま。」
「私も違うわよ、ヴィル。」
確かに来客と見える送迎車が停止しているのだが、家人の誰も人と会う予定を入れていないとのこと。
メディアの取材にしても芸能記者レベルがこの邸宅へアポイントを取らずに突撃してくることはない。そんなことをすれば、取材を敢行した記者を切り捨てて知らぬ存ぜぬを貫こうとしても、芸能誌の編集部どころか出版社の存在自体が危うくなるレベルの一族だからだ。
果たして何者なのか。訪問して来た者の素性が判らないことには門のセキュリティも開かない。訪問者からの連絡待ちである。
ところが、いくら待ってもインターフォン通知もセキュリティも反応することがなく、唐突に玄関扉が開いた。
「来たヨ~! ミンナ元気だたカ~」
突然の来訪者は花花であった。
彼女なら邸宅内のセキュリティでは家族レベルの生体認証許可を出しているため自由に出入り可能なのだ。京姫と小乃花も同様に家族レベルの扱いだ。
だから家人も帰ってきた娘を迎え入れる様に「おかえりなさい」と、平常運転だ。
「ふぁーふぁだ! ふぁーふぁきた!」
一人大喜びのハル。花花と両手を繋ぎ、ぴょんぴょん飛び回る。
「花花、来るならせめて事前に連絡をください。ビックリしますから。」
「哦。…手紙は書いたヨ。ただ飛行機早かたヨ。手紙より先着いたヨ。」
手紙と言うからメールと思ったが、紙の手紙らしい。久しぶりに筆を取り、墨で一筆認めたとのこと。随分古風なことをするなぁ、とティナは思うが、実際に花花の手紙が到着したら困惑するだろう。中国語簡体字で書かれているので翻訳が必要なレベルだからだ。
「ようこそおいで下さいました、花花お嬢様。お荷物はどちらにお運びしますか?」
控えめ、且つ出しゃばらず、極自然と言う様にスゥーッと現れた家宰のバルドが花花の大荷物を気遣う。
そう、大荷物なのだ。騎士装備コンテナの上に随分大きなスーツケースがマウントされ、更に横には武器デバイスのコンテナがラッチされている。その反対側には大きな布製のバッグ。まるで長期旅行から戻ってきた先がこの邸宅では?と、思われる荷物の量である。
「バルドさん、久しぶりヨ! いつもの部屋にお願いしたいヨ。」
「畏まりました。では、お荷物をお預かりいたします。騎士装備は道場にお運びいたしましょうか?」
騎士装備一式を道場に――。バルドがそう気を回したのは、花花が新顔であるルーを目ざとく見つけてニンマリと笑ったからだ。ロックオンされたルーは睨まれたカエルの如く固まって冷汗をダラダラ流している。
「そうネ。後で使いそうだから、それでヨロシクヨ!」
小さくヒィィ!と叫び声が聞こえているが全員完全スルー。
遊びに来たとしては多い花花の荷物に素直な疑問をぶつけるティナ。
「花花、その荷物の量…。もしかして、中国から直接ここに来たんですか?」
「ん~? そうヨ。宿舎帰って無いヨ。家から直接ココに来たヨ。」
疑問の通りだった。
ハルを抱っこしながら今度は花花が訪ねる。
「アノ娘が前言ってたエレさんの一族ネ? 結構、練られてるヨ。オモシロそうヨ!」
「いえいえ、来て早々それですか。まずは一息入れませんか? 彼女を紹介したいですし。」
「好的ヨ! おみや買ってきたからお茶請け出すヨ!」
――居間でのお茶タイムに移行。にこやかなルーンやハルと対照的にこの世の終わりが来たかの様な顔をしている小さなメイドが約一名。良く見るとプルプル震えているのでは?と思われる。
「ハーイ、パンダクッキーヨ! 漢服と旗袍も手に入れて来たヨ! ミンナの分あるから偶には着てヨ! そんでハルには道着一式ヨ~」
キャッキャと喜ぶハルは、後でお着換えするヨ~と新しい服を着せて貰えると判って、やった~、と随分興奮している。
「…このチャイナ服ですが。スリットが腰上までガッツリ入ってるのが二つあるんですが。」
「ティナと京姫のヨ。パンツ見せるヒトとパンツ姿で戦うヒト用ヨ。」
「花花の私達に対する認識が酷い件について。」
「しゃおしゃおのはないの~?」
「フフフ、心配ご無用、ヨ! 小乃花のは別に用意してあるヨ。」
ウィンクしながら人差し指を立てて応える花花であるが、その「別」が碌でもなさそうなのは言うまでもない。
「多分、ここに来るヨ。京姫も九月に帰てくる言てたから、新学期準備週間に入る前にココ寄るヨ。」
もちろん、彼女達もハルに会いたいから来るのだ。それこそ、学園の宿舎に一度帰る時間を惜しんで。
ブラウンシュヴァイク=カレンベルク家は、ずっと家族として彼女等を扱っているので、漸く彼女達も遠慮はしなくなっていた。尤も、連絡も寄こさずいきなり突撃してくるのは花花だけであるが。
「あら、チャイナ服は私達の分もあるのね。」
不意にルーンが口を挟んだ。明らかに人数分が広げられて、微妙にデザインが違う。
「あ、袖ナイのは姨姨のね。肩の動き阻害シナイヨ。」
「半袖はヒルドさんの分ヨ。帯電防止だからビリビリしないヨ。」
「エレさんのは長袖ヨ。袖は防刃だからナイフ戦で有利ヨ。」
どうやら花花は各人の能力も考慮して見合う機能性を持つもので選んで来た様だ。特にヒルドとエレに用意された物は民生品だろうか怪しくはあるが。
「漢服は姨夫とバルドさんヨ。通いのメイドさんの分は中国簪沢山買て来たからミンナで分けてヨ。」
袋を逆さにザラザラと零れだしたのは、色とりどりで細やか装飾が施された簪や髪留めである。少なくとも二十~三十個はある。
次に功夫靴も何足かポロポロと取り出した。中には中国刺繍がされた豪奢なものまである。
そして、ハルが気に入っている甘栗の小袋をたくさんと、引っ付きパンダ(大)が六頭追加された。パンダ軍団が益々精強に拡大される。さっそく既存の引っ付きパンダ(小)十二頭が出撃し、大一頭、小二頭の小隊が六部隊、テーブルの上に編成された。小隊編成後のハルはホクホク顔である。
「後は新人さんの分ヨ。サイズ判らないからSサイズにしたヨ。今年の新入生だから、まだカラダ小さい予想したヨ。」
最後はミニスカ旗袍が颯爽と取り出された。形状から最早ドレス扱いではなくチャイナ服と一般に知られた呼び方の方がしっくりくる一品だ。
「ほえ? ルーの分もあるですか? 初めて合うのにオミヤゲくれるなんて良いヒトです!」
先程まで花花に戦々恐々だったルーが一瞬で絆された。随分と安上がりである。
「ワタシ、陳・透花ヨ! 花花て呼んで好的ヨ! 新人さんは何言う名前ヨ?」
「ご丁寧にどうもです! ルーはルイーセ・ヨランダ・ファン・クレーフェルトです。ルーと呼んでください。ハルぼっちゃまの専属護衛です!」
「見習だがな。」
「見習ですよね。」
「当分、残念な見習ね。」
「みならいー? なになに? おいしいの?」
「ああ、ルーの扱いが思ったよりヒドイです。部屋のスミで膝を抱えて壁のシミを数えるレベルです。」
ガックリ四つん這いになって項垂れながらブツブツとこぼすルー。ハルが、だいじょぶー?と、頭をポンポン撫でているところが哀愁を誘う。
「アハハ! オモシロイヨ! 芸人ヨ!」
「芸人ちがいます! ルーはKampf-Dienstbotenです!」
ガバリと勢いよく立ち上がり訂正する小さなメイド。この切り替わりこそ芸人なのでは、とツッコミを入れたくなるが余分な話が誘発して発散するので、誰もこの件には触れない。皆、ルーの扱い方を熟知している様だ。
「戦闘メイド? ソンな仕事あるヨ? 初めて聞いたヨ。」
「戦えて召使う有能な職業です!」
エッヘンと無い胸を張り、誇らしげに声高らかと答えるルー。しかし、そんな職業はない。
「この娘、騎士ではなく戦闘メイドと言う競技者のカテゴリを認めさせるつもりらしいですよ。」
すぐさま補完するティナ。ここ暫くでルーの言動を放置すると明後日の方向に舵が切られ、聞いた方も言った本人も訳が判らなくなる状況に陥ることが身に染みたからだ。
「へー。オモシロイこと考えるヨ。大きいか小さいかコメント難い目標ヨ?」
「これは偉業とも言える大きな目標です! 文句言うヤツは片っ端から捻じ伏せるです!」
「ほー、実力で黙らせるカ。随分自信あるネ。でもチャンと通用するか疑問ヨ。」
「ならばお見せしましょう! ルーは戦うとすごいんですよ!」
「イイネ! じゃあ相手なるヨ。スゴイとこ見せて貰うヨ。」
「お任せください! 何が起こったか判らないレベルで見せ付けるです! …ってアレ?」
話の流れで花花と手合わせをすることになったルー。ここでふと思い出す。このヒト、エレ姉よりヤバイヒトじゃなかったっけ?と。
「姨姨、道場借りるヨー! エレさん、どんだけヤッてイイカ?」
「あ、あの、ちょっと…」
「花花嬢ちゃん、ルーは実戦の技を競技に適応させてる途中なんだ。まだ急所攻撃とかつい出しちまうんだが。」
「エレさんと仕合うトキはルールどうしてるヨ?」
「今は急所有り、体術有りのルールで少しずつ競技の技に落とし込んでるところだ。」
「じゃ、それでイイヨ。一度、全力も見ておきたいヨ。」
「エロスーツは着せた方が良いカ?」
「そうですね。花花が体術ありであの子を相手するならプロテクターも上に着せますよ。」
手を伸ばした状態で本人抜きで話があれよあれよと決まっていき、今更無しには出来ない雰囲気に。
「なんか、どんどん決まってくです…本人の意思が意味を成さないと知りました。ルーは脳細胞一個分かしこくなりました。」
光の無い目で諦めたように力なく口からダラダラとこぼれる弱々しいルーの声は、言葉の威力を保てずに床にポトポト落ちてコロリンと散らかる幻想が見えるくらいだ。
「誘導、簡単でよかたヨ。最初、警戒してたから散打までどうやて持て行こうか頭捻るトコだたヨ。」
「はぁ~。この辺りの受け応え方も教え込まないとなりませんね。」
「まぁ、花花嬢ちゃん遠慮せずにやってくれ。どうやっても勝てない相手ってーのが他流にも居るって教えなきゃならんかったからな。戦術を組み立てる鍛錬にもなるし丁度いい。」
戦う本人であるルーは放置された状態だ。何せ、特殊なルールやどのレベルまで技を出すのか、などの細かい話に入ったからだ。特にルーが苦手とする分野の。
「絶対戦いたくないヤバイヒトとナゼ戦うことになったかルーも謎です…。」
「るーるー、くみてするのー?」
「あー、坊ちゃんそうなんですー。花花さんとナゼか戦うことになりましたです。」
「がんばってー。ふぁーふぁはハルのししょーなんだー。」
え?あの方の弟子?、と一驚き中のルーが呼ばれる。
「ルー、装備Cで道場に来い。武器デバイスだけ競技用でな。」
「ふわぃ! ルー上等兵、ただいま準備いたします!」
右手で敬礼しながらスタコラサッサーと退場して行くルー。不穏な話はこれ以上聞きたくないと言わんばかりに退場が早い。
「あっという間にいっちゃいましたねー。」
「動き早カタよ。普段から部位単位に回転させる歩法使てるヨ。相当、骨と健が頑丈で持久力あるヨ?」
「さすがに花花はすぐ判りましたか。あの娘は最上位の歩法技能を持ってますから。ナイフ二刀も中々オモシロイ技ですし、しっかりダメ出ししてあげてくださいね。」
「先生役ナタつもりはナイヨ…。」
「ちょっと強引に手合わせに持ち込んだんですから、その位はしてあげても良いでしょう?」
「へーい。まぁ、実戦に近い形するから流派の違い見れてオモシロイかも、ヨ?」
花花の言う流派の違いは、暗部の技を実戦で使う場合の思想や用法についてだ。競い合いではないところにポイントが集約されている。
ブラウンシュヴァイク=カレンベルク邸に併設されている道場。近隣で秘密裏に護衛任務に就いている担当者やエレなどが鍛錬に使用するが、元々はWaldmenschen、森の民を率いるケーニヒスヴァルト家の姫たるルーンのために建立された。
常に最新の「Système de compétition Chevalerie」プログラム更新がされているChevalerie競技用機器一式も導入されている。競技の鍛錬にティナも使用するが、ホログラムによる実戦形式の戦闘訓練にも活用されることの方が多い。
そのため、競技ルールとは別に、現役の暗部や戦闘員が訓練に必要な事細かいケースを想定したオリジナルルールが複数組みこまれている。
今回は、そのオリジナルルールから全身を攻撃判定するルールを使用する。
騎士服として仕立てたミニスカメイド服を着たルーは、その下に黒い耐衝撃スーツ、足の甲から太腿中程の前面を覆うプロテクター、オープンフィンガーグローブと肘あて付きの手甲、胴体部分前面は打撃訓練用プロテクターを着用している。それらは全て軍用で、実戦時と差異が少なくなる様に身体へ密着する薄型軽量の造りだ。だからプロテクターを付けているとは言いつつも、見た目は随分とスリムだ。
頭部はメイドらしくヘッドドレスを着用しているが、素肌が露出している部分にはホログラムへの接触を感知するHCが混入された特製ナノスキンスプレーを塗布し、全身が攻撃判定ありの状態になっている。
「なんで花花さんは軽装です? 体術アリですからアブナイですよ?」
ルーが疑問を持つ様に花花は何時ものミニスカチャイナ服仕立ての騎士服姿だ。ティナと組手をする時の耐衝撃スーツすら着用していない。
「問題ナイヨ。ちゃんとナノスキン塗てきたヨ。プシューとヨ!」
「いえいえいえいえ、蹴りとか生身で受けるです⁉ 痛いです! ケガするです!」
「ダイジョブ、ダイジョブヨ。当たらなければどうと言うことは無い、ヨ!」
「ないよー!」
何かのセリフを引用したのだろう、そこを喋る時だけキリリと顔を引き締めた花花。そこはかとなくネタっぽい雰囲気が漂う。見学のハルがフンスと胸を張って花花の言葉尻を真似てるところが微笑ましい。
どうすれば良いのか教えて欲しそうな目でエレやティナに顔を向けるルー。やれやれ、と言う様にティナが口を開き、エレが言葉を添える。
「ルー。花花が大丈夫と言ったのなら、何も問題はないんですよ?」
「そうだぞ。お前は胸を貸してもらう立場だ。遠慮せずに全力で抗え。」
納得いかない顔つきで、渋々とその言葉に従うルー。
実際に会った花花の雰囲気が陽気でお茶目だったので、その印象が先立ってしまい彼女は忘れている。
今、目の前にいる相手は絶対戦いたくない相手であったことを。
「はーい。準備はいいですか? 始めますよー。花花、発勁は禁止ですからねー。」
ティナが陽気に声を掛ける。準備はいいかと、確認を促しながら返事を待たずに競技コントローラーをテキパキと操作していく。コントローラーの両脇にスクリーンが二つARで表示された。それぞれ人を象った前面と背面からの画像が写されている。ここに被弾した際の情報が表示されていくのである。
剣生やしますよー、とティナが言った直後に、二人が両手に持つ武器デバイスから剣身が生成される。心の準備も了解の意思表示も全くさせない進行だ。
ルーは右手に25㎝の刃がある軍用メスと左手に40㎝はある刃と鍔の両脇に5㎝程の杭が突き出た軍用メスの二刀流。両方とも艶消しの黒をしており、光を一切反射しない。
花花の両手には筆架叉が握られている。中央に30㎝程、その両脇に12、3㎝の杭で構成された三又に分かれた刺突武器だ。
「ポチッとなぁ。」
何とも気の抜けたティナの掛け声。そして、その指は試合開始タイマーのボタン表示を押していた。これは様式美である。
ピ、ピ、ピ、ポーン、と時報が時を告げる様なアラーム音でこの試合――と言うより仕合――が開始される。
「いつでも来てイイヨ。」
気さくに告げた花花は、直立した状態から左脚で肩幅に開く預備式から手の先を臍の辺りで留める起式で止めている。套路と呼ばれる型稽古の開始準備あり、戦うための型でも構えでもない。
一方のルーは警戒度を上げている。花花が隙だらけに見えるのに攻撃が決まるビジョンが全く湧いてこないからだ。左手は牽制する様に前へ出し、右手で軽く持ったメスは、肩甲骨から肘、手首までをグルグルと多角的に回転させて何処を狙っているか定めさせない様に泳がせている。近代軍用戦闘術をミックスした運用法だ。左手で防御、右手で攻撃と、明確に役割を持たせている動きだ。
そして、花花に声を掛ける。相手の動向を探る目的ではあるが、背中から湧き上がる不気味さに堪らず、と言った方が正しい。
「花花さん、構えないです? このままだとルーが有利ですよ?」
「んー、来てイイ言たヨ? それじゃ、ワタシ一歩も動かナイするヨ。かかって来るヨ。」
花花は右手を伸ばして手の平を上に向け、器用に親指で筆架叉を押さえながら四本の指でチョイチョイと相手を呼び込む動作をする。
一見、挑発していると見えるのだが、ルーもさすが暗部仕込みの精神力を持っており、気を乱すことは無い。むしろ、かかってこいと、簡単に言ってのける花花に戦慄を覚えるくらいだ。
「ふいぃーーーー。」
ルーは一度、大きく息を吐いて全身を脱力した。どうも緊張が溜まって身体が固まっていた様だ。ここまで来たら一気に攻め込む以外に選択肢はない。
関節単位で回転させる独特の歩法で、急激な左右の移動から相手を振って懐に飛び込む。
が、花花はルーの動きに全く乗ってこなかった。宣言した通り正中線を晒したまま微動だにしていない。
ルーは左手の防御兼牽制用メスで花花の上半身、と言うより頸動脈を斬り付ける。それを囮に右手は腹部を刺突し、接触の瞬間に肩甲骨を縦に旋回し真上、顎のしたから鼻腔の後ろを通して小脳へ刺し貫く軌跡へ改変した。
「あれ?」
気付いた時には、両の手からメスが消えていた。そして、肋骨の隙間から花花の筆架叉が心臓に突き刺さっていた。
「花花嬢ちゃん一本。一回仕切り直しだな。ホレ、ルー。さっさと武器拾え。」
「うーん。やっぱり花花は厄介ですね。」
コロンと転がるメスの武器デバイスが二つ。ルーは茫然としている。何が起こったか理解が追い付いてないからだ。
「え? え? ナニがおこったです? ナンでメスが落ちてるです?」
「武装解除は軍事戦闘術が得意するヨ。だからソレ返しただけヨ。」
「ふぁーふぁすごーい、すごーい!」
ハルが喜んでいる姿と対照的に顔が引き攣るルー。
事も無げに言う花花に改めて戦慄する。一族の中でも自分に武装解除を出来る相手は殆どいない。武装解除された場合でも、その瞬間に次の一手へ切り替える訓練も死ぬほどやってきている。だが、切り替える以前に気付かない状態で仕留められるのは初めての経験だ。
花花はナイフが到達する直前、筆架叉の三又でナイフを引っ掛け、関節の外側へ回して絡め捕っただけだ。その速度が異常に早かったため、相手の斬り付け速度による力の乗り方が感触を鈍らせ、気付かれずに武装解除したのだ。
後は、筋弛緩で武器が固定されない筋肉の境目と骨の隙間から筆架叉の刺突で確実に心臓を貫いた。
花花にとって、この流れは簡単に熟せ、技にも満たない技能だ。
ふええー!と叫ぶルーに花花は促す様に発破をかける。
「このままだと意味ないネ。ここは死なない戦場ヨ。本気だすのイイヨ。」
花花の言葉にピクリと反応するルー。そして、確認する様にエレとティナに顔を向ける。二人共、無言の頷きを返した。
それは、つまり。
実戦の技を使えと。自分の意思を以って人を屠る技を出せと言うこと。
その無言の遣り取りを見ていた花花からも言葉を添える。
「遠慮無用ヨ。殺す気で来るがイイヨ。でなきゃ鍛錬ならないヨ。」
そこまで言われれば出し惜しみする必要はない。ルーは戦闘士としてのスイッチが入った。
「(いきますです!)」
さすがに暗殺の術を持つ一族だけあって気配が極力抑えられ、顔の表情が能面の様に一切の感情が削げ落ちた。あれだけ騒がしかった娘が一瞬で暗闇に潜む刃に豹変する。
「ふーん。そう言う方向なるネ。」
音もなく関節ごとに回転を掛ける歩法で、虚を突く様に急激な方向転換をしながら花花へ急接近するルー。
相手の武器を一つ塞ぐため、左のメスを刺突に使い受けさせる。意識を防御に回させ、右のメスを複雑な回転を織り交ぜながら腹部へ刺突すると見せかけて、対応してくるもう一つの武器を持つ手首を狙う。
そこから肩甲骨を右に旋回させ、剣先を内腿の急所であるリンパ線に斬り込む。
速さも技の繋ぎも最初の攻防と比べれば明らかに洗練され、より実践で即戦力として使える技ではあった。
しかし、その威力を発揮する機会は訪れなかった。
ルーの左手親指は花花に捕まれ、擒拿、つまり捕縛術を掛けられた。人間の筋肉や骨の繋がりがある限り、ある特定の位置に捩じりや抑えを発生させると、受けた方は抗えなくなり、簡単に転がされ取り押さえられる。右手に持ったメスは握り手が親指を被せる様に横から捕んで開かれ、既に武装解除されている。
花花は自分の武器を捨てて対応したのだ。もちろん、最初とは違った対応を見せるためである。
「…ルーは一体ナニをされたですか? ナンで天井を見上げてるですか?」
左腕を花花に獲られたまま、仰向けに転がされたルーが信じられないと言った表情で自分の状況を確認する様に呟く。
「チャンと手加減したヨ。ホンとは俯せに倒しながら腕折るヨ。そんで首踏み抜くヨ。」
ホラ起つヨ、と花花に手を引かれて起き上がったルーはキョトンとした顔をしている。
そして、花花から告げられた採点はかなりの辛口であった。
「20点ヨ。」
「技も身体運用も良く練られてるヨ。でもそれだけヨ。自分の技術に自信持ち過ぎヨ。モシモのトキ対応考えられてナイヨ。だから簡単に獲られるヨ。」
「それに表情消すの良くないネ。これから攻撃シマス言てるもんヨ。殺気漏れてたからイツ何処に攻撃来るか丸判りだたヨ。」
花花のダメ出しに項垂れるルー。そして止めの一撃。
「見習いなくなるは、もう何年か先ヨ。」
その言葉にガーンと擬音が付く表情でヘナヘナと崩れ落ちる。なまじ才能があっただけにチョッピリ天狗になっていたことは否めない。何せ、ブラウンシュヴァイク=カレンベルク邸に住み込み護衛として選出されることは優秀だと認められたことでもあり、ルーの自信にも繋がっていたのだ。
「殺気で技底上げするはマダマダの証拠ヨ。技に殺気が着いてくるが正解ネ。ティナやエレさんを良く見るヨ。殺気隠す技術スゴイけど、全部技が先にあるヨ。」
いきなり槍玉に挙げられたティナとエレは苦笑い。気配を隠蔽するWaldmenschenの技術も花花には見破られていた様だ。
それに、と花花が続ける。
「人斃すのに殺気は要らないヨ。技極またら必ず斃せるようになればイイだけヨ。」
この発言にはティナも驚いた。花花は暗部の技、つまり人を屠れる技を数多く持っている。その割には全く殺気を感じたことがないのが疑問だったのだ。気配操作で隠している訳でもなく。力を練る際に、膨大な気配の奔流が溢れることはあったが、只一度も殺気が乗ることはなかった。
特別な才能が見いだされ、それを生かすため暗部の技を継承することとなった。――それが以前、花花の武術はどの様なルーツで修めることになったのか教えて貰った話。
そこから、現代の様に命の遣り取りをする必要がない生活を送るのであれば、技を技として継承しているから殺気がない、と解釈していた。それが誤りだったと知る。
花花は殺気がないのではなく、殺気を必要としないのだ。技を極めれば必ず相手が屠れるのだから。
片や殺気を無いものとして抑える技術。
片や殺気を初めから必要としない技術。
同じ暗部でも、全く違ったアプローチにWaldmenschenの面々は驚かされる。
「…ルーは、まだまだ甘ちゃんなベイビーでした。地元でドヤッと鼻ターカダカしてたのが恥ずかしいです…。」
四つん這いでルーがゲロリと過去のピエロ行為を吐き出した。一応、羞恥心があった様だ。
その様子を見て、ハルが「るーるー、なにごっこしてるの?」とゴッコ遊びをしていると勘違いしている。ここ最近、それ程よく見るポーズである。困ったことに。
「ホンとの大師は普段も戦うも全く区別つかナイヨ。普通に人の中混ざてるヨ。見た目判らないヨ。」
達人と呼ばれる方々は、見た目は一般人と殆ど区別出来ない。達人に成れば成程、人の中に溶け込む。見る者が見れば身体操作から判別可能だろうが、それが出来る者も極僅かだ。達人は達人を知る。そう言うことだ。
「姨姨とかがソウヨ。普段はわかるヒト少ないヨ。その上勝てるのヒトも殆どいないヨ。」
花花はルーンを相当な脅威と見ていることが良く判る。実際、現世界最強のヘリヤと互角の勝負をしたティナでさえ、ルーンから一本獲ることも至難の業だ。そう考えれば、花花が如何に相手の武威を正確に掴み取る能力が高いかが知れる。
あら、とルーの被弾箇所を表示するARスクリーンに情報が追記されていることに気が付いたティナ。稍あってから四つん這いに打ちひしがれたルーに目をやり追い打ちをかける。
「ルー、あなた武装解除される前に攻撃を二つもらってますよ?」
「おっ、本当だ。綺麗に両腕へ刺突が入ってるな。これは見事だ。」
ほえー、と呑気な声を上げてヨジヨジと這いよりARスクリーンを見上げるルー。そしてダラダラと冷汗を吹き出しながらスクリーンを指差し、ギギギと錆びたロボットよろしく、その首を花花に向ける。
口をパクパクとしているが声が出ない様子。
「ん? ちゃんと言たヨ? イツ何処に攻撃来るか丸判りて。なら攻撃当てる簡単ヨ。」
花花は筆架叉を手放す前の一瞬で、ルーの両前腕へ一突きずつ当てる余裕があった様だ。
再びガーンと擬音が付く様な表情でルーが崩れ落ちる。何事かブツブツと呟いているが誰も気にしない。皆の様子から、この娘の扱いはそれが正解らしい。
今回のルールでは、ダメージペナルティを無効にしている。
極度の緊張下やアドレナリンが分泌されている状態では、瞬間的な攻撃の感触を気付かないことがある。
それをちゃんと認識出来る様にするための訓練も兼ねている。少なくともWaldmenschenの技では痛点を避けて、痛みを気付かせない攻撃の仕方もあるからだ。
「ほい、一休み終わりヨ。次はワタシが攻撃するから受けるヨ。その次は組手ヨ。盛りダクサンヨ~」
「いえ、ルーは十分堪能しました! 一生分味わいました! もうこれ以上ないほどに!」
「何バカ言ってんだ! さっさと起て!」
ゴスッと、頭蓋骨の繋ぎ目に入るゲンコツの音が鳴り響く。
フガーッ!アタマが割れる、割れる!とゴロゴロのたうつルー。お馴染みの光景だ。
「イーヤーでーすー! 今日の業務は終了ですー! ムーリーでーすー!」
「お前、入学までに技を競技に落とし込まにゃならんの忘れてないか? 時間が足んねーんだだから無理でも何とかすんだよ。」
エレに首根っこを掴まれて仰向けにズルズル引き摺られていくルー。往生際が悪く手足をバタバタさせている。
「倒れた相手、仕留める技タクサンあるヨ。」
花花の一言を聞いてシュピン!と直立するルー。
「そんな鬼のような技はダメです! ルーは平和主義です! アラソウ、イクナイ!」
暗部で飛びっきりの技を仕込まれて、群を抜いた戦闘能力を持っている者が言うと全く説得力のないセリフが飛び出している。
「ヨシヨシ、ヨ。続き始めるヨ~」
「ギャー! ルーは今日天に召されてしまいます! オータースーケー!」
終始、騒がしい少女は、このあと散々武器術に体術にと今迄に経験ない技を花花から大量に浴びせられた。ミッチリと揉まれ捲ってヘトヘトになり、溶けたアイスかと思う位、床に溶けていた。
本来、自分が狙う急所への連撃をそっくりそのままどころか遥かに練度の高い技にして返して来たり、武装解除されない状態で武器を使えなくされたりと、花花も隠すことなく多彩な動きを見せた。
「るーるーとけたー。」
「…う…あぉ…ぼっちゃまのお声が…お相手したくてもカラダ動かないです…。不覚!」
ハルがルーの様子を見ながらツンツンと指で突く度にピクンピクンと動くのが楽しいのだろう。
「うん。コンなモンヨ。おーよそ掴めたヨ。」
「どうでしたか? ウチの新しい見習は。」
「細かいハナシは学生なてからでもイイケド、大きな欠点昇華させるは根が深いから小乃花と京姫の手がいるヨ。」
「花花嬢ちゃんだけでなく、京姫嬢ちゃんや小乃花嬢ちゃんまで必要ってのどう言うことだい?」
「技が固まり過ぎてるヨ。攻撃に対してパタン化したの他の技組み合わせ受け付けないヨ。だから途中で崩れれば全部崩れるヨ。それ沁みついてるネ。」
「あー、やっぱり。そこを指摘しますよね、普通は。」
「ああ、だから二人が必要なのか。」
「そーヨ。ワタシと違うて全く違うアプローチで攻撃当る出来ナイ相手と組手は必要ヨ。」
「技使えないトキ、どう手の内を変えるか沢山身に付けないと競技の技に落とすキビシイヨ。」
「そうですね、二人に前倒しで来れないか打診してみますか。」
その様子を遠巻きに見ている当事者たるルーはと言えば。
「ああ、またルーが知らないところでハナシが進んでるです…。」
「るーるーはげんきだしてー!」
「ああ。ぼっちゃま、おやさしい。癒される~。」
「なんだ、余裕ありそうだな。癒されたんならもう一回かな。」
「ホント、もうムリです! カラダ動きませんです! エレ姉は鬼ですか! むしろオニの方が優しいと思いますです!」
言わなくて良いことまで包み隠さず勢いで発言するルーが待つものは。
ゴスッと、頭蓋骨の繋ぎ目に入るエレのゲンコツであった。
「フガーッ! 割れる、今度こそ割れる! モーセが海を割るみたいに! モーセが海を割るみたいに!」
大騒ぎしながらゴロゴロのたうつルーであった。
コッソリ、yapoos「私は孤高で豪華」のサビをオマージュ入れてます。




