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シュヴァルリ ―姫騎士物語―  作者: けろぬら
第1章 Grüß Gott! 私、姫騎士(仮免)です

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【改】01-012. エイルと、囮と、ビックリ技です ~ティナその1~

20201020サブタイ変更

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20250223 改稿

 京姫(みやこ)の試合が終わった丁度その頃、試合コート四面ではティナの試合が開始される直前であった。


 ティナは試合コートに面した登録エリアで、武器デバイスや換装した鎧の攻撃箇所判定を最終チェックしていた。なにせ鎧のデータは大分前に申請登録してあったが、この学園では初陣となる()()である。可動部位と()()()()()()の正常性を念入りに確認していた。


京姫(みやこ)は勝ちましたか。取り敢えずは一安心です。スコアがフルカウントとか中々に魅せる試合運びですね」


 作業中、インフォメーションスクリーンに映る京姫(みやこ)の試合を横目でチラ見していた。第二試合途中からではあったが。


「しかし、テレージアは大型騎士剣(両手剣)で槍の運用とか、とんでもないですね」


 普通は考えません、とブツブツ言っている。


「毎度思いますが、あの重量物は抜力(ばつりき)だけではスタミナ保持できません。身体操作だとしても、あの膂力(りょりょく)はサイボーグ化でもしてるんじゃないですか? まぁ、お笑い担当なのは変わりないですけど」


 少々と言うより、大分酷いことも呟いているのがナンとも。

 競技コントロール演算機を挟んで反対側の登録エリアでは、ティナを見たエイルが少し引いている。この()平気かしら、と。



『試合コート四面をご覧の皆さま、長らくお待たせいたしました! 第四回戦二戦目も引き続き、解説担当はスポーツ科学科五年、キース・スウィフトがお送りいたします。審判も同じく、スポーツ科学科五年、アナトリア・ルッキーニです!』


 そのアナウンスに、この試合へチャンネルを合わせている観客が一際(ひときわ)歓声を上げる。審判のアナトリアが人気なのだ。


『更に! この二戦目ではスペシャルゲストをお呼びしました! 騎士科五年、【騎士王】アシュリー・ダスティン・グウィルト!』

『どうも。アシュリーです。なぜか連れてこられました』

『粗暴な言動で一部では「チンピラ王子」と呼ばれている彼、アシュリー。私、子供の頃から長い付き合いですが、昔から非常に手が早い! 先日もこれから試合をするエイル選手を口説き、こっ酷く振られています! ざまあ! だからこの試合に連れてきたら面白かろうと思って呼んだんですよね』

『てめぇ。なに人のプライベ『おお! 選手の準備が整ったようです!』トを…………』


 無理やり会話をブッた切られるアシュリー。昔から、こういった扱い方なのだろう。


『まずは、第二戦目の競技者紹介です。東側(オステン)選手は、超高速の斬り落としで皆さまお馴染みでしょう! 北方のアースガルズからやって来た無冠の女王、二つ名【慈悲の救済】、騎士科四年ノーヴィゲン(ノルウェー)王国国籍、エイル・ロズブローク!』


 エイルは片脚を引き、もう片脚で膝を曲げるように背筋を伸ばした挨拶、カーテシーをする。トゥーへアード(プラチナブロンド)で少し癖のある金髪を腰まで伸ばし、後ろ毛を肩の辺りからゆったりめの三つ編みでまとめている。銀の蔦を絡めた額冠の両サイドに白い羽を象ったアクセサリ型簡易VRデバイスを付けている。

 色白で少し垂れ眼の緑眼は瞳が少し大きめ。身長は一六〇()程、母の薫陶で美容と健康に気を配り、適切なトレーニングを続けて全身を理想の状態で引き締めている。雰囲気も柔らかく、深窓の令嬢と言ったところで、とても強い騎士(シュヴァリエ)には見えない。


 鎧は、白地にメタリック調仕上げ。所々に金細工や金縁、アクアマリンのようなクリスタルが埋め込まれている。胸元はエイルの大きな円錐型の胸に合わせて被さるようにパーツが分けられている。

 鎧下は白いワンピースで、裾は股下五()程。腰から下のスカート部はフレア状だが、前と後ろの中央がスリットとなっており、左右に分かれたスカートはスリット上で重なる形になっている。スカートの裾から三()程に金糸のラインが織り込まれ、鎧とデザインの統一感を出している。



『次は西側(ヴェステン)選手です! 音楽と文化の国から舞い降りた公爵の姫君、二つ名【姫騎士】、騎士科二年エスターライヒ(オーストリア)共和国国籍、フロレンティーナ・フォン・ブラウンシュヴァイク=カレンベルク!』


 ティナは、両手を下腹部正面に手を重ね、丁寧なお辞儀をする。今日の髪型は左右の側頭部上部から三つ編みを作り、それをクルリと輪にするように銀細工に緑のクリスタルを埋め込んだ髪留め型簡易VRデバイスで止めている。


 そして、ティナの鎧だが、公式試合で初公開のものとなる。花花(ファファ)橘子(ジュズー)(蜜柑)と言っていた、メタリック調の濃いオレンジ色で統一されている。

 形状も普通の鎧と構造が異なる。胴部分は首から下腹部までの長さで、幅五()程の(なめ)し革の冊を繋ぎ合わせた袖がない身体にフィットしたタイトワンピース状である。丈は股下丁度であるため、少し動くだけで白い下着がチラチラする。後ろは臀部の下三分の一が顔を出しており、下着が紐状のティーバックであるため、一見すると履いてないようにも見える。

 ワンピースと腕鎧の隙間は緑色の丈夫な布材である。腕鎧、脚鎧も造りのコンセプトが違うようだ。


 手甲(ガントレット)は拳に円形の突起があり、指に装甲はなく革手袋製だ。

 指と(てのひら)に小さな板金(いたがね)を嵌め込んでおり、直接剣で斬ることは難しい強度を持つ。

 肘鎧や上腕、肩鎧(ポルドロン)も突起や何らかのオプションをマウントする部品が幾つもある。

 脚鎧は膝鎧(ポリン)の膝頂点が円形の突起物でマウント部品を兼ねる。脛鎧(グリーブ)の脛外側中程から下側に向け、長細い三角の張り出しがある。デザインとは言い切れない形状だ。

 足鎧(サバトン)も特殊だ。通常は靴の上から覆う鎧なのだが、ティナの持ち込んだものは踵側と爪先側で靴ごと足裏を挟み込む構造。足裏の金属部分は複雑なシャギーとなっている。また、踵に半円状の頑丈な突起がついており、中心に穴が開いているのはマウント部品なのだろう。腕鎧と脚鎧のみ装甲を纏っているように見えるが、胴の革鎧部分も細かな小札(こざね)が挟み込まれており、斬撃にはそこそこ強い。但し、実戦に()いては、と注釈が付く。そして、素材の特性上、胴の可動域はかなり広い。元々が可動域を大きく取るための設計なのだ。


 尚、腕鎧は幅広の革製ベルトが丁度胸の上を通り、左右の鎧を繋ぐように止めている。後ろ側も同じベルトで止められているが、左右からもう一本、クロスするように背中から前に通し、胸の下でベルトを止める造りだ。



 正直、ティナの出で立ちは、とても姫騎士に見えない。むしろエイルが姫騎士の名に相応しい見た目だろう。

 実際、エイルも今の二つ名に落ち着くまでは、姫騎士と呼ばれていたことがあった。

 今は違うのでティナの討伐対象には入っていないが。

 観客もティナの普段と違う姿に困惑と憶測が混じる意見を交わしている様子。



『フロレンティーナ選手は今まで見たことがない鎧ですね。全身オレンジ色で可愛らしい救護隊(レスキュー)のようです。突起が物騒ですが』

『オレは好きだぜ、あの鎧。丈が短くて後ろ姿が何とも言えねぇなぁ』

『あなた、そんなだからモテないんですよ? チンピラ王子』

『…………(涙)』


 解説席は教室のバカな男子ノリである。幼馴染に掛かれば【騎士王】は弄られキャラになるようだ。



『双方、開始線へ』


 女性らしい、良く通る声でアナトリアは呼びかける。

 放送席など(はな)から気にも留めず、ティナとエイルはコート中央の開始線に付く。まずは審判に、そしてお互いに礼をする。


 エイルは、ティナの出で立ちについて(いぶか)しむ。卒なく何でもこなすティナが、試合日程の最中に鎧をメンテナンスに出すような事態を招く筈はない。彼女ならば、予め万全を期しているだろう。


 つまり、あの鎧は、()()ある。

 そして鞘を持たずに()()()()()()だけ持ち込んでいる。

 それをエイルが判断材料の一つにすることを()()()()()と判っていながら(わざ)と見せる。


「はぁ、出来ればエイルとは当たりたくなかったのですが」


 ティナが溜息交じりで切り出した内容は弱々しいものである。


 エイルは洞察する。この少女は嫌なら嫌とハッキリ言うタイプだ。(しか)るに、この()に及んで消極的な雰囲気で仕掛けるとは、演技、それとも本心か。どちらで取れる言葉に何を含ませているのか。


「そお? それは、あなたが私のことを苦手だから? それとも、私があなたと同じタイプ(策略家)騎士(シュヴァリエ)だから?」


 エイルも穏やかな雰囲気とは裏腹に、随分と直接的な言葉を使う。


「その二つもそうですね。これがMêlée(殲滅戦)Drapeau(フラッグ戦)なら戦術を持って真っ先にご退場頂くところですが、Duel(決闘)の仕組みだとそうもいきません。ですから、とても苦労しそうです」


 ティナは気弱な雰囲気を出しているが、言っていることは大概だ。


「そうねぇ。お互い苦労しそうだわ。フロレンティーナが何時も通り王道派騎士スタイルを見せてくれるなら助かるわ」

「私は、【姫騎士】を(うた)騎士(シュヴァリエ)ですよ? 姫騎士は王道派騎士スタイルで(はぐく)まれたのですから」


 お互いが軽い調子で言葉を掛け合っていく。だが、それは表から見た限りの話だ。


 ユーザー向けのサービス会話だが、既に双方は戦っている。

 ティナの言葉は含みがあるが、本心でもある。ただ、この会話で思考させる内容を含ませている。この言葉を拾って戦術に組み込んでくれないかな、と(ほの)かな期待をしている。どこかで効けば儲けものだと。


 エイルは再び洞察する。会話のポイントは「二つもそうです」「真っ先にご退場」「王道派騎士スタイル」。

 「二つもそうです」の言葉。「()」と(わざ)と言った。つまり他にあることを示唆するが、在ると使うでは意味合いが異なる。殊更(ことさら)(いや)らしい言葉の使い方だ。

 「真っ先にご退場」、ここで煽って来た。駒があれば戦術で潰すのは容易い、と言っている。

 「王道派騎士スタイル」、エイルはティナを煽った。他の手がなければ楽に倒せると。

 最後はシレッと笑いながら答えていたが、言葉自体に嘘はない。だからこそ、判断を難しくさせている。卒なく曖昧な回答だ。王道派騎士スタイルは使うだろうが、最低でも先の全国大会のような亜種を潜ませて来るだろう。


「今まで機会がなかったからお互い初めて同士の戦いですもの。良い経験になるわ」

「はい。ぜひとも胸をお借りするつもりで勉強させて頂きます」



 お互いの選手が笑顔なのに薄ら寒くなっていた審判アナトリア・ルッキーニは、空気を換えるため少し大きい声で合図をだす。


『双方、抜剣』


 アナトリアの高い声が澄み渡り、ティナは胸の高さで上方を向けていた武器デバイスから刀身が生える。


 エイルは鞘から音もさせずに剣を引き抜く。白銀の剣身が日を浴びて光るヴァイキング型剣。銘はミスティルテイン(ヤドリギ)。剣身は八〇()弱、柄は一二()程の片手両刃剣である。剣幅は鍔元四()、剣先側三()で、そこから剣先に一〇()かけて緩やかな三角を形どる。剣身(けんみ)は中央に幅広のフラー()が剣先近くまで入っており、刃の角度は四〇度の法則に従っているように見える。


 フラー()には刻みのルーンが彫られていると共に「+VLFBERH+T」の文字列が確認出来る。中期ヴァイキング時代、ヴァイキング――この場合は交易――行為でインド、もしくはシリアから当時最高品質であったウーツ鋼を輸入したと思われる。

 柄頭(ポメル)は銀と銅の地金が交互に見えるマッシュルーム型。鍔は騎士剣(両手剣)と戦うために形状を広く変更している。重さは約一.一()。最大の特徴は、ティナの剣同様マーブルの波紋が浮いている。

 刀剣分類としてはヤン・ペータセンのタイプMに該当する形状のため、九から一〇世紀頃の製造だろう。現存すると言うことは、当時の王族家系から代々継がれていたと想像出来る。


 ティナの剣は、以前紹介したので詳細は省くが、剣身の長さがエイルの片手剣と同じである。柄だけが両手剣としても長めの三〇()であるが、全長は一般的な騎士剣(両手剣)程長くはない。今回はマーブル波紋が浮いた剣同士である。



『双方、構え』


 アナトリアが右腕を水平に前に出す。彼女の大きな胸が揺れる。彼女の仕草にファンも多い。


 エイルは右脚を少し前に出し、左脚を少し後ろに引く。左手を後ろに回し右手を頭上より少し高く、剣先を後方へ斜めに傾ける。ファルシオンで見られるWacht(見張り)の構えを取る。相手の攻撃を叩き落とし、遠間から一撃を浴びせることが出来ると言われる構えである。


 その構えにティナは付き合った。前脚を右脚に、奥脚を左脚で少し外向きに配置。右腕を曲げ、頭の後ろ側の高さで(てのひら)を外側に向けるように剣を持ち上げ剣先を相手に向ける。あらゆる技を繰り出すことが出来ると言われるファルシオンの構え、Steer()である。


 時として、ドイツ式武術の剣術では窮屈な構えが見受けられる。しかし、身体操作法を身に着けた前提であり、構えから歩法と入り身などで、攻撃・迎撃・防御の段には武器を最適な位置と効率的な持ち手の構造へ変化する前提だからだ。



 エイルは表情を変えずに考察する。


 「((あえ)て、私のスタイル(片手剣)に合わせた構えですのね。そこから騎士剣の技に移るのでしょう? いつ変わるのか見定めさせて思考を割かせるつもりなら無駄ですのよ? その構えなら技の切り替えをどうするのかも、何かを混ぜたところで対応されるとも判ってるでしょ?)」


 ティナの表情も変わらない。


 「(……などと考えているのでしょうね、エイルは。ふふっ、少しビックリさせてあげますよ)」



 アナトリアは少し溜めた後、前に出した右腕を上に上げながら開始の合図を告げる。


『用意、――始め!』


 合図と共にティナが動く。それも愚直に真正面から。

 

 構えのセオリー通り、奥脚の左を前に()み込み、前脚を前へ一歩滑らせ剣を振る体勢へ移行。しかし驚くべきはその速度。中世式歩法に見せて骨と股関節の可動を使い、通常の()み込みより倍以上速く動かせている。脚の移動に合わせて、剣は正眼(中段)へ移動し、攻撃態勢に入る。

 その最中(さなか)に、視線をエイルの胸元をチラリと見て突きを放つ。だが、狙いは腕。いや、厳密には振り上げられている剣を持つ右手の指。



 良く見る中世式歩法ではありえない速度を出して来たティナ。その上、(しっか)り視線誘導のフェイントも入れて来たが、エイルは冷静だ。

 面白いことを考えるな、とエイルは事も無げに防ぐ。右脚を引く。その勢いにフワリとスカート前後のスリットが開き、レースが入ったシルクの白い下着が顔を覗かせる。そして、キュッと勢い良くスカートが左回転する。前脚となった右脚に身体の連動が繋がり右側に力が移動した証左だ。


 Wacht(見張り)の構えからエイルの代名詞である超高速の斬り下ろしでティナの剣が狙いへ届く前に、ビンデン(鍔迫り合い)を仕掛けたのだ。剣が接触すると同時に、右半身の連動で取り出した身体の重さを抜力(ばつりき)によって剣へ乗せる。

 股関節の可動で、ティナの剣を左側面から巻きを仕掛け、自身の右外側へ押しやった。


 それだけでは終わらない。

 エイルは、下から巻いたティナの剣を関節の構造から力が乗せきれない右手外向きに押し遣りながら、剣先を上に向けるように滑らせる。

 剣を一気に()ち上げられるよりも、ぬるりと処理される動きは返って対処が難しい。

 そして、反撃出来なくなったティナの持ち上げられ剣に向けて、正確には持ち手となる右手の甲へ流れのままに切先を届かせた。



 ――ポーンと攻撃の成功を知らせる通知音が響く。


 エイルはティナが本当の狙いとしていた――持ち手へ切先を届かせる――攻撃をそのまま返したのだった。


 ()だエイルの攻撃は止まらない。

 ティナがダメージペナルティで持ち手となる右手が緩慢になっているところに追撃を加える。今なら、どんな優秀な騎士(シュヴァリエ)であろうとも、右手は()()()()()()しか出来ない。だから自由に動かせる左腕も潰しに動く。


 ティナは前脚の右脚を半歩退()き、肩甲骨を使い剣を腕全体で逆時計回りに小さく回す。エイルの剣から逃がしながら攻撃が繋がる導線を下方へ外す。

 自分の剣はエイルの胴へ向け、突きの姿勢に入る。が、不自由な右手では正確な攻撃へ移行出来るか厳しい。だからティナは、流れるように左手を剣の柄に添えようとした。


 観客も、エイルすらも、至極当たり前の動きだろうと()()した。


 当然のことながらエイルは左手を使うことを許さず、ティナの左前腕を超高速の斬り返しで下から上へ薙いでいく。


 再び――ポーンと攻撃成功の通知音が響く。


 それでも。

 ティナはエイルの胴に向かって突きを繰り出した。ダメージペナルティで()()()()()()しか出来ない右手では、腕を使った突きくらいしか出来ない。

 さすがに超高速の攻撃を二連続で行ったエイルは次への対処に一拍の間を必要とする。だが、奥脚の左脚を退()き身体そのものを射程圏から外し対処した。ティナの剣では攻撃が届かない位置取りをする。


 ――苦し紛れ。


 さすがのエイルも、そう思ったことだろう。届かない攻撃に避ける必要はなく、反撃の動作を開始する。

 

 三度目の通知音。――ポーンと鳴ったのは、ティナの攻撃が成功したことを知らせる通知であった。



 二ポイント対二ポイント。この試合コート四面を映しているインフォメーションスクリーンには、エイルが腕へ二回の攻撃、ティナが胴へ一回の攻撃をしたと情報が表示される。


 この試合を見ている観客も刹那の攻防に沸き、別の試合を見ていた観客が何事かと注目する。

 解説席は教室のダベリ具合を醸し出しながら、今の一交差をスロー画面で賑やかに解説を付けている。さすが【騎士王】を招致しただけはある。



 エイルは試合で驚いたのは久しぶりだった。

 攻撃の際に見せた、あからさまな視線誘導。胸へ刺突と見せかけ、それは剣を狙うことを隠すフェイクであった。更に武器への攻撃に見せかけ、それを運用する手をピンポイントに攻撃するのが本命だったなど全く(いや)らしい。

 お返しとばかりに相手の持ち手を斬り抜いたが、一瞬で此方(こちら)の剣から逃れ、そこから胴へ攻撃の導線を繋げる技量は見事だ。

 やはり自分とよく似ている騎士(シュヴァリエ)と、この時点ではそう思っていた。


 エイルはティナの動きを一挙手一投足逃さず警戒していた。

 この娘は攻撃を一度潰しても、別の手段で斬り返して来るからだ。

 案の定、左腕を使って来た。澱みない動きは予定通りだったのだろう。距離が空いた胴へ突きを届かせるならば、左手を柄頭(ポメル)へ添えて射程を伸ばすことが最善だ。初めから右腕は捨てることを踏まえた上での戦術に恐れ入る。

 しかし、エイルもまた読んでいた。その挙動を取るだろうと。


 だから次の手を打つために残して置いた剣先で、高速の斬り上げを使いティナの左腕を斬り抜いた。ところがティナは、()み込みもせず右腕だけで届かない突きを止めずに放って来た。



 しかし、ここでエイルは認識を改めさせらた。

 攻撃の狙いも、迎撃されることも、刺突を防がれることも全ては計算されたフェイクだったのだ。


 左腕を潰されたことで苦し紛れの攻撃だろうと次の一手に動き始めたのが失敗だった。

 届かない筈の突きが胸に吸い込まれたのだ。手の中で柄を滑らせて。

 ダメージペナルティで使えない筈の右手で、よもやこのような攻撃が出来る相手など初めてだ。


 斬り上げた剣で止めの一撃を仕掛ける動きを始めていたが、攻撃をされた場所が悪い。右腕の付け根付近、鎖骨の五()程下の位置へピンポイントに当てて来た。この場所は神経の繋がりが集中しており、ダメージペナリティを負えば一時的に腕自体の機能が真面に働かなくなる。つまり、逃げ一択にさせられた。


「(恐れ入るわ。最初から攻撃を潰される前提で計算していたのね。騎士剣の技に変わるでもなく、片手剣の技を変えるでもなく。技の効果自体を変えてくるなんて、テレージア以来よ)」


 テレージアの場合は、威力を変えていたが。



 ティナは(たお)やかに笑みを浮かべながら内心猛っているのだが、何時ものことである。

 右手を斬らせ、左腕を囮にして仕掛けた罠自体は上手くことを運べた。

 ビックリドッキリ技の「伸び~る突き」。

 今回は腕全体で刺突を繰り出す腑抜けた技であるが、見た目に反する効果へ変えた。肩甲骨を使い一瞬の急加速を加え、剣のみに速度を与える。その全ては(てのひら)の中で柄を滑らせ到達距離を伸ばすためであった。

 複雑な操作ではあるが、()()()()()()で実行出来る代物だ。

 故に罠としては効果覿面(てきめん)だった。

 罠に嵌める流れ自体は予定通りではあった。

 だが、その内容が良いようにあしらわれたとあっては。


「(さすが、仕掛けた技を上回る技量で倍返する心ポッキンスタイルです。ホンと、なんですか! あの器用な巻き技は! 回避どころか防御までさせない巻き技なんてチートです! 運営! 今すぐ垢バンを! ここにチーターがいますよー!)」


 心の声がそこはかとなくネタ(しゅう)(まみ)れる姫騎士さん。


「(やっぱり左腕を潰しに来ました。左腕()を出して正解でした。よくぞエイルを騙しおおせました左腕()! あなたは特別に左腕(デコイ)と呼んであげましょう! 光栄に思いなさい!)」


 あなた全国大会の時、その脳内コントやったでしょうが。



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