【閑話】Über dem Regenbogen. ~虹の彼方に~
すんごい長いですよ。
第一試合が終わり、試合間のインターバル。
『うひゃー、ナニこれとんでもねぇっすよ! 目ん玉掻っ穿っても見えませんでした! 一秒四百八十フレーム映像コマ送りでまだブレてるところがあるって何なの? メカなの? ロボなの? 光の反射が残像になる動きって普通じゃないじゃん!』
などと、観客席上部に複数あるインフォメーションスクリーンには、第一試合のダイジェストだけではなく、解説者がスロー再生やコマ送りをしながら面白おかしく、且つポイントを押さえた的確な解説を付けたりと、観客の感嘆や歓声などを引きだしながらどんどん盛り上げていく。
特にヘリヤとハルが交差する際など、漆黒の鎧に虹が掛かるかの様に、見ている者が一種幻想的な空間に迷い込んだ錯覚を生む光景が幾度も映し出されていた。
特設試合コートのすぐ側に設置されている競技コントローラ設備――通称、登録エリア――を挟んで両側には待機線があり、その後ろに選手控えエリアが確保されている。選手のコンセントレーションを乱さない意図などから、選手間は仕切りで区切ってある。オープン型のエリアだが複数のエアーカーテンで風の壁を造っており、異なる空気の流れでエリア内の音波を拡散する役目を持っている。言い変えれば簡易防音室となっており、余程大きな声を出さない限り話声が相手選手へ聞こえることは無い。
ずっとフンフン鼻歌交じりのハルは、持参したスポーツドリンクをズズズーッとストローから勢いよく吸い込んでいる。ヘリヤの代名詞である「不可視の五連撃」もまだ見せて貰っていないことから、次はどの様に戦うのか色々と考えているのだが、どういった組み合わが効果が出るのか、むしろどの組み合わせが楽しく戦えるのか、戦術を決めるのも楽しい遊びの一つであった。
「あの三連突きは必殺技の亜種だったのかな? 突然だったから避けるので精一杯だった。にぃにの身体運用使ってなかったら全部もらってたかも。ホンと、びっくりしたなぁ。」
ウーンと首を捻りながら記憶を明瞭にするため、所感を口に出す。先の試合でお互いがどう動いたのか俯瞰で頭の中に再現する。この技術は小乃花の隠形術に含まれる技能だ。敵の動向を把握するために広範囲の微細な気配察知で得た情報を脳内マップで再現する。
目を瞑って一頻りウンウンと頷いた後、靨を造りながら悪戯っ子の笑みを浮かべる。
「次は、ねぇねの歩法とふぁーふぁの纏絲がいいかな。」
「どのタイミングで必殺技でるんだろ? もう一つ、しゃおしゃおのVerfolgenと気配濁しも含めとこう。」
ただ使用する武術を並べて喋っているだけで、まるで戦術を練っているとは思えない言葉。しかし、姉達の武術が如何なるものか熟知しているので、名を出し並べたと言うことは、その武術を使って最良の戦術が頭の中で自動的に組み立てられるのである。そのくらい姉達の武術がハルの奥底深く根付いているのだ。
一方のヘリヤも随分とご機嫌だ。先程の試合。まさか急旋回をする回避術や自分ですら対応出来ない攻撃をされるなど、期待を遥かに上回ってきた。様々な知らない武術を特等席――目の前で相手の武術を身を以て体験する――で見ることを望む彼女としては大収穫であった。
「いやいや、予想以上の仕上がりを見せて来たなぁ。去年も『結界』をスイーッとすり抜けてきたけど、今年は侵入してくる気配どころか攻撃の熾りすら判らなかった。」
ヘリヤが「結界」と呼んでいる全てを支配する絶対的な領域。
独特の歩法と、自身を中心に剣が届く範囲と外側一歩分までを取り囲む360度全方向の支配。その領域に触れた者は瞬く間に全てを察知される。攻撃も防御も意のままとする絶対的な空間。
母方の一族、ヴォルスング家が代々伝えて来た「竜殺し」と呼ばれる秘技だ。
脈々と続く血が成したのであろうか。ヘリヤは、誰に教わるでもなく自力で秘技に辿り着き、そして超えた。
数多の騎士が踏み込むことさえ難儀する彼女の結界。相手に全力を出させ、その練られた美しい武術を目の前で見せて貰う目的のみで創り上げられた世界。
「まるで木の葉が風にそよぐみたいに、自然と一体になったと言うか…。ああ、そうか。京姫の技術か。じゃぁ、無心の技を使われたんだな。」
人は何らかの行動を起こす時、その意思が僅かながらに現れる。
例えば手の平を広げて置いたコインを奪えるか、守れるかを競う遊びがある。十~二十㎝程度の距離で奪取側が手を動かした時に、コインの守備側は手を握って防御するルールだ。手を握るだけで防御出来る守備側が有利なゲームだが、奪取側が動きの意思を見せない様に立ち回ると立場が逆転する。
訓練を伴わなくとも集中すれば、我々一般人でも動作の意思を感じ取ることが出来る。この場合、奪取しようとする意志を何となく感じるのだ。それを察知出来るかどうかで、0.1秒に満たない時間だが遅延が生まれる。コインの守備側が意思を察せなければ反射神経だけで防御するのは難しくなる。
「無拍子だっけか。コッチが遅れて対応する形になったものなぁ。」
攻撃の察知。ハルは京姫の技も深く継いでいるため、精神を平静にし、ただ覚えた技を無意識レベルで出せるようになるまで身体に沁み込ませている。故に、攻撃の意志を全く見せてはいなかった。だがヘリヤは自身の領域に入り込んで来たハルの動き、それも歩く、息をするなどまで含めた全身の挙動で生まれる動きの意思を察知し、攻撃に繋がる先が何処で、それが何時なのかを身体が反射レベルで察知した。
それは、強者と戦いを繰り返した日々の積み重ねが、最早、未来予測と呼べる程の能力にまで磨き上げた。
だからこそ、無拍子であろうが、後の先、もしくは先の先であろうが、相手の身体全体から発せられる些細な動きから辿り着く先を拾い上げる。反応が遅れていると言いつつも、脊髄反射が始まるより早い段階で対処しているのだ。
「あの回避方法も独特だ。騎士にない技術だな。」
古武術では股関節の可動も重要な要素となる。直接言葉で残ってはいなくとも、技の中に仙骨を中心とした力の連動を伴う動きは伝わっている。それを股関節の動きを意識的に取り出し技術体系として確立した技をハルは回避術に使用した。騎士であれば直接学ぶことが無い技であるため、ヘリヤにはさぞ新鮮に映ったことだろう。
「それに、あの一撃。フフフ、楽しいねぇ。」
ヘリヤの心臓部分に初めから在ったとでも言う様に、時間の概念では捉えられなかったハルの刺突。京姫の無拍子を使い最初の一合以降、打ち合うことは良しとしなかったのだろう。攻撃させる箇所を導く様に誘い込みながらも剣を合わさず、下半身を起点にした旋回による独特の回避をしながら、気付かれない様にこちらの立ち位置も調整されていたのだろうと分析するヘリヤ。
「姉弟揃って、最後の試合にとんでもない餞別をくれるなんてな。」
且つて、マクシミリアン国際騎士育成学園で学園生活最後の試合相手であったティナから、全く未知の戦いを餞別に貰ったことを思い出す。
「なら、返礼でもするか。坊やにはこれから騎士達を引っ張って貰わなきゃならんしな。」
一瞬、獲物を狩る嗤いを見せてから何時もの笑顔に戻り、続く言葉を紡ぐ。
「はてさて、ちょっと面白い技を使ってみるか。受け止めるか避けるのか。どっちを選択するかな?」
フフッと小さな笑いを声に出す。彼女を良く知る者が聞いていたら、随分と優し気で大人びた微笑に驚いたことであろう。豪放磊落マイペースな彼女からは普段見なれないこの笑みは、現在、雇われ講師として子供達に剣術を教導している時の笑顔である。
――まるで子供達の剣術が上達していく様子を見守るが如く。
場内のインフォメーションスクリーンが試合映像から特設コートに画面が切り替わった。インターバルの時間が終わり、第二試合が始まる前準備である。
解説者アンネリース・ペルファルは、エスターライヒで売れっ子のバラエティ系女性アナウンサーなだけあって、笑いや放送ギリギリの単語を混ぜたりと観客を大いに沸かせている。実際、彼女の解説は的を得て、且つ判り易く印象に残る言葉を綴るので、彼女の発言から二つ名が決まった騎士もいるくらいだ。
案の定、観客と対話する様に感情を誘導しつつ盛り上げている。そのテクニックは瞠目に値するが、更に試合開始となれば観客の気分をピタリと切り替えさせるところは見事であると言わざるを得ない。
おかげで、観客も固唾を飲んでインフォメーションスクリーンを見つめる者、特設試合コートから目を離さない者など、場内の騒然は一瞬で収まった。
競技コントローラから試合開始通知が競技選手へAR表示される。
ハルとヘリヤはそれぞれ立ち上がり、特設コートへ歩を進める。二人の表情は緊張した面持ち――などはまるでなく、待ってました!と言わんばかりに楽し気な姿は、忙しない子供が二人居る様だ。
ハルは、陽気な足取りで声にならない声を呟く。
「(Spielzeugbox, Anlaufen.)」
相変わらずフンフンと鼻歌交じりで。
「(Channel Öffnen.)」
そして、戦いの準備を始める。
「(Stil Schicht, Modus ”Schwester und Farfa und ShaoShao und Weißer Wald”.)」
特設コートの開始線に着くまでには全ての準備を整えた。
『双方、開始線へ』
第二試合開始を告げる審判の声に二人が開始線越しに向き合う。
トコトコと歩くハルの姿が横目に入った瞬間からヘリヤは面白いものを見る様に、その一挙手一投足を具に観察していた。鞘を持たずに武器デバイスを右手に持ち、歩きながら武術が変わっていく。ハルが最初から戦う準備を整えてきた――それが嬉しく、ついつい笑いをこぼしながら口を開いた。
「はははは。最初っからヤル気満々だな。その歩法、さすが姉弟と言いたいところだけど、混せてるな?」
「うわー。もうバレちゃってますか! ボク、これでも色々隠すこと得意なんですよ? 家族にも滅多に気付かれないのに。」
「そりゃあさ。十年以上、一緒に戦ってきた相手達の動きだからな。誰が判らなくても、あたしは判るさ。」
その一言は今日まで尽きることなく騎士達と戦ってきたヘリヤの全てが込められていた。
「まぁ、あと二、三年はかかるんじゃないか? 完全に読めなくなるのは。」
「うーん。鍛錬が足りてないのかぁ。先はまだまだ長いや!」
「ああ、そうさ。坊やが望む限り果てはなく、な。」
フンスッ!と鼻息荒く意気込むハルの様子をヘリヤは眩しそうに目を細めながら、呟く様に言葉を漏らす。それは、自らが歩み見続けて来たその先が確かにあると指し示す。
その言葉を受けたハルは、新しいオモチャを見つけた子供の様にニヘラと嬉しそうな笑みを浮かべた。
『双方、抜剣』
ヘリヤが黄昏色の剣を引き抜く。
ハルの武器デバイスから白色の剣身が生成される。
そして、もう一振り。
淡いブロンドの少し幼い面影が残る少年は、左手で豪奢な鞘と柄を持つサブ武器デバイスを引き抜いた。
灰色のマーブル模様が入った、三十㎝程の白い剣身を持つサクスが光を反射する。
サクスとは、ドイツ、ニーダーザクセン地方に居を持っていたザクソン人が使っていた片刃で直刀のナイフを指す。ハルが持つサクスはカレンベルク一族の当主が受け継ぐ家宝の一つであり、右手に持つ騎士剣と対になっているものだ。
剣身の尖端五㎝程は両刃になっており、峰も厚く、鎬部分は通常の剣よりも厚みがある。そのため、サクスとしては非常に重い約八百グラム。当時の一般的な片手剣にも劣らない異常と呼べる重量は、全て強度を稼ぐための造りである。その上、インド産坩堝鋼の中でも取り分け特殊な坩堝鋼が使われ、意図せずナノカーボン化した非常に強固な剣身を持つ。とは言え、特殊用途を持つこのサクスは、単に二刀で扱うために持ち出しただけであり、それ以上の効果を考慮した選択ではない。
『双方、構え』
ヘリヤはAlberの構えに似た、剣先を地面擦れ擦れまで下ろした下段の姿勢を取ることは変わりなく。
変わったのはハルだ。
両足は肩幅に開き、軽く膝に余裕を持たせる。ほんの少しだけ右脚を前に出し、小刻みにトントンとステップを踏む。無論、音などは一切発していないのだが。
そして、右腕は腰の高さで拳の位置を臍から左寄りに置き、下段に向けた剣先は左脚より外に向いている。左腕は右胸の高さに置き、サクスの剣先は右腕外側に向いている。丁度、左右の剣が斜めに一直線となっている。
「(おお、久々に見る構えだな。最後にティナが見せたのは何年前だったか…。)」
ハルの構えを見て少しの懐かしさを味わうヘリヤ。何度も味わった馴染みがある構えだ。ティナが時折用いていた、Waldmenschenが扱う特殊な二刀の構え。短い歩法による細やかな体勢の制御と防御も硬く、攻撃にも優れている。
『用意、――始め!』
審判の開始合図と共にハルは飛び出す。
短い歩幅で脚の回転数を上げて進む歩法であり、体の制御を安定化させ、攻撃や防御へ即座に対応することを可能とする。
パタパタと小刻みな足取りであるが、通常の歩法よりも速度が早い。
相手に対して正面から一直線で迫るのだが、直前で進行方向が変わることはヘリヤも重々承知している。ティナと相対した時も、ヘリヤだからこそ追える様なフェイントを巧みに混ぜて攻撃の威力を乗せられない関節の逆方向へ一瞬で滑り込んでくるのだ。
ところが、この少年の挙動は全く異なった。
ヘリヤの剣が威力を以って軌跡を描ける箇所、つまり正面から左側に移動が変わった。そして一瞬、見失った。
――ポーンと、攻撃が成功したことを知らせる通知音が響き、ヘリヤの左脛にダメージペナルティが発生した。
攻撃を成功したハルは、蹈み込んだ右脚を前方に滑らせ真っすぐ伸ばし、左脚は横に開いてしゃがみ込んだ仆歩の体勢から、脚に重心が働いているかの如く左脚で地面の反発を拾う。そこから発生した勁を回避の速度に乗せて、一気に後退した。その動作を上回る速度でヘリヤの刺突が飛び込んで来たが、彼女の射程圏を抜ける方が先であった。
「(ひゃー、ギリギリだった。完全に虚を突けたのに無意識で対応された! あとちょっと遅れてたら串刺しだ! しゃおしゃおのVerfolgenが無かったら察知が遅れてた!)」
ハルは歩法をWaldmenschenが扱う歩幅の短い小刻みな挙動を取っていたが、内実は全く異なっていた。一歩ごとに纏絲を練り、それを増幅させるようにWaldmenschenの高位歩法である、関節単位へ回転を掛ける技を併用させ、身体にジャイロの様な動きと、内勁による身体運用を掛け合わせていた。その動きは、正面から一気にヘリヤの左側面へ移動する瞬発力を持っていた。更に、小乃花が扱う技能を二つ。空間を俯瞰で捉え、気配の動きを察知する法――ハルはVerfolgenと呼んでいるが――と、動作の意識を正面に残したまま相手の錯覚を誘いながら本人は隠形をかけ、意識外へ移動する法を組み合わせた。
そこから中国拳法のしゃがみ込む姿勢である仆歩で、ヘリヤの視界からは完全に消えていた筈であった。攻撃の起点となる右脚をよもや左側から攻撃すると言うアンマッチを思考のフェイントとして、腰の纏絲を右肩甲骨の横旋回に含めて攻撃距離を伸ばす。届かない筈の位置にある右脚へ攻撃が当たるまでの距離を稼いだ。その間、ヘリヤはこちらへまだ目線すら動かしていない瞬く間の時間で攻撃準備を整えた。
――竜殺しの法――ヘリヤの「結界」に入れる者は全力を振り絞らなければ触れることさえ難しい。そう呼ばれている理由。ハルは第一試合で体験して判っていたつもりだったが、見えていたのは僅か一握りだったと思い知らされた。
ヘリヤのそれは、視覚に頼る必要がないらしい。しかし、剣を両手持ちしていると言うことは、左右へ対応する際に、脚を引く、腰を捻る等の一動作が必要になる。相手が攻撃動作に入ってからでは、その一動作の遅延は致命的だ。
だが、ヘリヤはそのままの姿勢で左脚を前に出し、蹈み込みに必要としない脚でハルの剣が受け止められた。同時に柄頭付近を持つ左手のみで剣を横薙ぎに振るい、一動作分の時間を短縮した。正確にハルの心臓部分へ剣先が合わさった瞬間、刺突に変化する。右脚を横に蹈み込んだ真横に放つ刺突。そこまでの動作を終えて、初めてヘリヤの視線がハルを捉えた。
「(やるなぁ。複数の武術を一度に使うんじゃなく、複数の武術を組み合わせて使えるのか。差し詰め、入りは小乃花で、ティナと透花の身体運用を組み合わせた、かな?)」
お互いは三歩の距離。如何にハルが回避に力を割いたのか距離が物語っている。そこまでしなければ避けられなかったのだ。あの予想だにしなかった刺突を。
「(ヘリヤさんは、基本技しか使えなかったハズだよね。今の突き、真横に飛んでくるなんて初めて見た。何だろ? オリジナルなのかな?)」
ハルが疑問に思った突きは、実のところドイツ式武術では余り使われない方法の片手突きである。イギリス式武術では良く見る技であるが、基本は前脚となる左脚で踏み込みながら右手を離し、左手のみで目一杯リーチを伸ばして突き込む。だが、後ろ脚となる右脚から地面の反発を乗せて突き込むだけでも、速度と威力を上げることも出来る。
ヘリヤは本来、前方へ連動する力の流れを横向きに変えただけで、同じ身体操作を使っている。つまり、特殊な技ではなく、教本に載る様な基本技の見え方が全く異なっただけである。
――身体の連動する力をそのまま別のベクトルへ向け技を再現する。
ヘリヤが身に付けたのは、技の変化や独自の技ではなく、あくまで基本技を突き詰めたその先にある運用法だ。
「(ま、簡単に逃げられたな。さすがに避ける余地があれば当たり前か。それより先に一つ獲られてるんだから偉そうなことは言えないな。)」
やられたと言う顔を一瞬見せた後、ニヤリと笑うヘリヤ。
「(次は、どれを使うことになるかな? 楽しみだ。)」
ゆっくりとハルに向き合うヘリヤ。三歩分の距離は変わらない。
Alberの構えに似た、剣先を地面擦れ擦れまで下ろした下段の姿勢を再び取る。
ハルはと言えば、二刀を斜め一直線で持つ独特の構えを回避の最中に整え済である。
トントンとその場で小刻みにステップを踏んだハルは、着地の瞬間に股関節から両脚首までの関節へ反時計回りの回転を掛けながら右脚を蹈み込み、一気に左方向へ矢の様な速さで数歩の距離を横向きに滑り込む。自身の気配を希薄にしながら朧げに現れては消える気配操作を混ぜ込んだ。相手に伝わる情報の攪乱である。
移動速度を落とさず、股関節から左脚首までの関節に時計回りの回転を掛けながら纏絲を練り込み歩法の威力を上げる。その力を以って左方向から正面方向へ鋭角に進路を変える。完全に気配を消しながら。
ハルが移動時に気配の有無を疎らに切り替えたため、ヘリヤは相手が一定の移動速度であるにもかかわらず遅速を見ることになった。体感時間を乱されたのだ。更に横方向へ意識を植え付けられたところから、縦方向への変化。
通常の騎士では対処どころか正確な認識も危ういレベルにあるが、ヘリヤの「結界」では意味をなさなかった。
どの様な速度であろうとも、どの様な気配遮断であろうとも、そこに触れようものなら全てを察知する。只管練り、磨き上げ、高みの遥か先へ至った技能だからだ。
ハルは、後一歩進めばヘリヤの攻撃圏内に入るところであるが、相も変わらず身体の正面に剣とサクスで象った、斜め一直線の構えのまま、尚もヘリヤの正面へ脚を踏み入れた。
攻撃の意志を出しながら姿勢も挙動も変えることが無く、初動が判らない攻撃をしてくるものと見せてはいるが、明らかに誘いである。
「(横から縦の瞬動に、対応される前提の接近か。この辺りの戦い方は流石に姉弟だな。ならば、その誘いに乗るのも、また一興。)」
結界に入り込んだ時点で、ハルの身体全体を通じた動きから、どの様に連動して技にまで繋げるのかをヘリヤは瞬時に察知する。イレギュラーなケースが起こらない限りは、何をしたいのかまで凡その判別が出来るのだ。
次の瞬間、下段に在った剣先が頭上を反時計回りで回転し、右から左へ斬り込むはたき切りがハルの肩口目掛けて襲いかかる。ヘリヤから攻撃した様に見えるが、これはハルに対しての迎撃だ。
ハルの二刀は横からの攻撃に対して極めて防御力が強い。何せ、剣とサクスをハサミの様に刃を合わせ、相手の剣を挟み取る技術があるためだ。
ハルもヘリヤが誘いに態と乗って来たことは重々承知している。この構えで最も容易に対処が出来る横からの攻撃。しかも、過去に対処されたことがある攻撃を敢て繰り出してきたからだ。
「(むむむ。真っ向から乗ってくるとは思わなかったなー。この後にどう変わるのか想像つかないや。)」
――キンッ、と金属を打ち合わせた音が響く。ハルの肩口へ届く前にヘリヤの剣は剣先に近い箇所で受け止められる。この位置では攻撃の導線が何処にも繋げることが出来ず、剣を引く以外に選択肢がない。
ない筈であった。
ヘリヤは剣先を挟まれたまま、鍔元を持つ右手と柄頭を持つ左手で、それぞれタイミングをずらしながら腕も使い柄を縦に回した。右手と左手を反時計回りに円を描く様に回し、ハルの二刀に挟まれていた剣先が柄の中心を起点として大きく反時計回りに弧を描く。その速度は神速。
ハルからしてみれば、左肩口に挟んだ剣先が逆戻りしながら時計回りで回転して自身の剣をクルリと乗り越え、いきなり防御の内側に入られていたのだ。即座に対応を開始したが、この状態を許してしまったからには既に剣もサクスも間に合うべくも無く。
直後に、ヴィーーと、一本取得を知らせる通知音が鳴り響く。
防御された状態から軌道の可変による心臓部分への刺突。
『ロブズローク選手、一本』
『第二試合終了。待機線へ』
これでハルが一本と一ポイント、ヘリヤが一本と二ポイント。
ハルに先行を許していたヘリヤが一気にリーチをかけた。
シーソーゲームの様にポイントの奪い合う展開に観客も大いに沸く。
ヘリヤが使った技術を初めて見る者も多く、新技をここで出してきたのかと口々に語り合うなど、随分と熱の籠もった様子だ。
「あれをされるとは思わなかった。見え見えの罠から認識外の一撃を決めようと思ったけど、逆にこっちが罠にはめられたかな? うーん、考え方を変えれば色んな方法があるんだ。やっぱりおもしろいや!」
選手控えエリアでは、ベンチに座り足をプラプラさせながらハルはご機嫌だ。ヘリヤから一本取られたにも関わらず、である。そんなことよりも、まだまだ自分の知らないことがある。それを知れたことの方が大切なのであった。
そして第三試合では、まだ見せて貰っていない不可視の五連撃が必ず来るであろうと確信している。ヘリヤは試合の中で色々見せてくれた。だから次の試合で絶対見せてくれるだろう。ならば自分もそれに応えよう、と。
「あ! いつでも行けるようにeins、zwei 、dreiまで用意しとこう!」
競技コントローラを挟んで反対側の選手控えエリア。ヘリヤも随分と試合運びを楽しんでいた様子だ。認識を曖昧にする移動方法、相手に罠だと判らせながらの罠。実際に罠に掛かったとしたら本命は何だったのか想像するのも楽しいものである。
「いやー、流石に訓練法を本番で使うとは思わなかったみたいだな。なかなか楽しんでくれたようでよかった。」
ヘリヤが両手を使い剣に円を描かせた動作は、技ではない。ドイツ式武術の剣術を使う者なら大抵は知っている動作だ。
それは手首の可動範囲強化を図りつつ、剣を振るう筋力を得ながら、使う武器の攻撃範囲が如何程かを身に付ける練習方法の一つに過ぎないからだ。その動きを実践で使っただけだ。
あくまで基本技しか使用出来ないヘリヤは、その技に至った練習法でさえ技の一部に含まれるものと見ているからこその発想だ。
「坊やもティナと同じ必殺技が使えるんだろうな。なら、最後は必殺技の撃ち合いで締め括るのもおもしろいか。」
「あたしの必殺技、知られていない部分をどう受け止めてくれんだろう? いいな! ワクワクしてきた!」
場内では相変わらずファンキーな解説を付ける女性解説者アンネリース・ペルファルの声が姦しい。観客から時に笑いを、時に感嘆を引き出す手腕は十年経った今でも尚健在の様子。
不意に訪れる静寂。
第三試合の開始時間が来たからだ。
これでヘリヤの試合は本当に最後となる。だから皆、目に焼き付けるため固唾を飲んで待っている。
そして次の時代を切り開く若き騎士がどう戦うのか見守っているのだ
『双方、開始線へ』
審判の声が何時もより良く響く。
てくてくと。
呑気に歩いてくるヘリヤだが、上位の武術家が見れば張り裂ける程の気配が練り込まれているのが判るだろう。最後の試合だから、と言う意気込みからではない必殺の気配が全身を満ちており、漏れ溢れている。
トコトコと。
鼻歌交じりに歩くハル。そして、戦う準備を始める。
「(Spielzeugbox Anlaufen.)」
「(Channel Öffnen.)」
オモチャ箱から取り出すのはハルの全て。全身全霊を以って戦う時の武術だ。
「(Stil Schicht, Modus ” Hal ”.)」
その一言は、瞬時に全ての理合いを起動していった。
一気にアドレナリンが分泌される。
思考が加速し、時間が引き延ばされる。
世界の音が薄れていく。
Sonne Machtと呼ばれる、ゾーン状態を強制励起する奥義が起動した。
更にアドレナリンが大量分泌される。
自律神経支配と体制神経支配が解放される。
それが脳のリミッターを外し、一時的に筋肉が持つ潜在能力を引き出す。
Schatten Machtと呼ばれる、身体能力の限界を引き上げる奥義が起動した。
その奥義で使う、eins、zwei 、dreiのスロットがロードされる。
仙骨と骨盤、肩甲骨の可動が球を描く動きに変わる。
体軸が再び整えられ、力の連動が下丹田を起点に最適化される。
呼吸法が血流に気を巡らせ、内勁が全身に行き渡る。
武器に纏絲を纏う運用が開始される。
関節単位で筋肉の回転と体幹による制御法が組み込まれる。
全身の筋肉が一つのバネに変わる。
精神と身体が一つとなり空間に溶け混ざる。
身体から空間に枝を広げ、世界を上から見渡す。
――ハルの戦う準備が整った。
「(…これは凄いな。あたしが会ってきた達人たちが一つに纏まったみたいだ。人はこれ程に高みへ至れるものなのか。しかも、それがまだ完成していない姿だとは信じられないよ。)」
予想以上。ヘリヤは今までにない程に湧き上がる高揚で、心の奥底から笑みが溢れている。今にも声を出して笑い出しそうになるのを必死に堪えていたくらいだ。
「ははは。鳥肌が立つなんて初めてだ。」
背筋を走る歓喜が肌を泡立たせる。ヘリヤは初めての経験に、とうとう笑いがこぼれた。
もはや抑えは効かないとでも言う様に。
開始線を挟んで対峙した二人。
ここで交わされた言葉は確認だ。
「さて。あたしはこの試合で全てを置いていくよ。その様子じゃ、受け取ってくれるつもりなんだろ?」
「当然です! ボクの全部で応えますよ!」
「そうか、ありがとう。じゃ、やろうか。」
「はい!」
試合開始前に行われる騎士同士のマイクパフォーマンス。だが、これは観客やファンに向けられてはいなかった。
ヘリヤがヘリヤとして紡いだ言葉。そしてハルがハルとして答えた言葉。
だからこそ、言葉は少なく。後は、剣で語り合う。
『双方、抜剣』
審判の合図でヘリヤが黄昏色の剣を引き抜く。
ハルが両手に持った武器デバイスから白い剣身が生成される。
『双方、構え』
観客席が騒然となる。
ヘリヤがOchsの型を変形させ、片手で持った柄を肩口付近に置く。剣先は相手に向けて、右脚を前に出す本来の型とは異なる姿。これは、ヘリヤが必殺技である不可視の五連撃を使うと示している。
対するハルは、右手に騎士剣、左手にサクスを持ち、両腕をだらりと下げた自然体。
『用意、――始め!』
瞬間。
黒と白がぶつかり合う。
漆黒の鎧が闇を造り出し、白金の鎧が虹をかける。
ギャンッと、およそ競技では聞いたことがない短い金属音が複数重なりながら続く。
闇と虹。
黄昏色と白色の矢。
交差した無数の光芒だけが空に軌跡を残す。
――開始の合図が告げられ、互いが同時に最速の一歩を蹈み出した。身体のリミッターを解除し、世界を取り残す加速した時間の中。ヘリヤとハル、二人だけの空間。人の知覚を超えた攻防が繰り広げられる。
「(eins.)」
ハルがスロットから必殺の五連撃を起動する。
ヘリヤの五連撃を真っ向から受けるには、同じ技で撃ち消す以外に選択肢はない。
元よりヘリヤの必殺技は、ティナの必殺技である五連突きから発想を得て創られた技だ。ティナの技自体もWaldmenschenの奥伝である五連撃を突きに特化させ、奥義を掛け算したものである。
つまり、ハルも奥伝の五連撃を継承しているのは当然だ。そして、奥義も継承している。だから身体能力を底上げして奥伝を必殺技にまで昇華することは造作もない。
攻撃の主導はヘリヤにあった。
まず、右に回り込むように移動しながら放った最初の一撃目は、右肩口を無造作に狙った刺突。相手に回避もしくは防御のどちらかを選択させるための攻撃だ。
その攻撃をハルは左手で持ったサクスを肩甲骨の旋回で柔らかく受け止め、剣先を身体の外側に流す様に峰の上で滑らせた。ハルが回避ではなく防御から入ったことを確認したヘリヤは、全ての挙動を連動した攻撃方法へ移行する。
剣を滑らされている途中で、柄から先に動かしながら横薙ぎを二撃目に繰り出した。ハルの右手に持つ騎士剣が動き始めたからだ。下段から中段へ移行するハルの剣を上から柄が先に通り過ぎ、後から剣先が覆いかぶさる。
剣同士がぶつかり合いヘリヤの剣は逆に弾かれる。ハルは剣に螺旋の力を纏わせており、その回転に流されたのだ。
だが、それも折込済だ。内側の回転が掛けられていたが、こちらの剣が巻き込まれない様に柄を先に移動させたのだ。弾かれてもそのまま横薙ぎを通り越させる。
三撃目が相手の剣へ対応するための本命だ。柄を先に動かしたのも、左手を添えるための布石である。第二試合でヘリヤが見せた騎士剣の鍛錬法をここで再び使用する。
右手を軸に、柄頭に添えた左手で剣を反時計回りにグルリと円を描かせた。下から振り上げられたハルの剣を後押しするように持ち上げ、同時に剣先はヘリヤの持ち手を狙ってきたサクスに当て、軌道を上向きへと変える。
そのまま四撃目に移行する。剣先を正面へ向け、胴へ最短距離の刺突。これは相手に届く寸前で、上方へ反らせた剣とサクスで挟み込むように上から押さえつけられ、軌道を右下へ流された。
最後の五撃目で、再び鍛錬法の操作を使う。柄頭を掴む左手を時計回しで動かし、剣を挟み込まれた逆方向に円軌道を描かせハルの左脛を狙う。これは脚を引かれて躱される。
「(zwei.)」
ヘリヤの五連撃が終わった時点で、ハルは次のスロットから再び五連撃を起動する。不可視の五連撃は、今となっては五つ以上の連撃を繰り出せるのは周知の事実である。
案の定、ヘリヤの連撃は続いていた。
ヘリヤは続けざまに六撃目を放つ。
左脛を狙った剣先が跳ね上がり、ハルの左前腕を下から斬り上げるが、左腕を引かれて回避される。
高く上がった剣先を鋭角に斬り降ろす七撃目。ハルが剣に突きの挙動をさせたところで上から打ち据えて外側へ流し止めた。ここで、ハルがサクスでヘリヤの右腕に追従する動きで斬り付けた。回避すれば抑えた騎士剣が自由になり攻撃される隙きが出来るため、敢えて左前腕で受け止める。これで左腕は攻撃の役が終りとなる。
八撃目は強制的に相手へ仕切り直させる攻撃だ。ハルの騎士剣を抑えたまま、自分の剣をハルの持ち手まで滑らせ斬り付ける撓め切りである。当然、相手は回避行動を取るため、滑らせた剣を横薙ぎに変化させ攻撃範囲を線から面へ広げる。その結果、剣先が当たらない半歩後ろに後退させた。
相手の後退に合わせた九撃目。半歩進みながら、左から右に横薙ぎした剣をクルリと八の字を描かせ、ハルの右前腕を狙う。迎撃でサクスが差し込まれたが、それこそが本命である。直前で右肩甲骨を時計回りに旋回させ、剣の軌道を十㎝ほど下方へ変更する。サクス本体の接触を避け、持ち手である左手を斬り抜いた。サクスを封じるための一手だ。
まだ一本の判定が出るまで0.2秒ある。時間の加速下にある現状では、0.15秒で少なくとも五発の攻撃が双方可能だ。まだ優位に立ったとは言い難い。それに、全てを置いていくと言ったのだ。
だから一切の手加減をせずに攻撃を続ける。
――十撃目。ハルの左手を斬り抜きながら引いた剣は刺突の体勢に移行していた。
そして、左腕を狙いつつ、その軸線上の胴まで視野に入れた、遅速した時間の中で尚も神速を誇る刺突。単なる回避では避けられない攻撃。
それをハルは、瞬間的に身体を九十度反時計回りに回転させて回避した。
「(drei.)」
ハルは三度、スロットルから五連撃を起動した。
まさか、ヘリヤが十連撃まで出来るとは思ってもみなかった。最後は、纏絲による内勁と股関節の旋回を併用しなければ避けられなかった。
既に合わせて一本取られている。判定までの猶予時間で取り返す必要がある。万が一の保険として用意していた三つ目の必殺技で一気に片を付ける。全力で最後まで戦う。それが応えると言うことなのだろう、と。
反時計回りに回避したことで、剣を持つ腕を横に真っ直ぐ伸ばすだけでヘリヤを捉える射程圏に入っている。ここから懐深く入り込み、攻撃を仕掛ける。
――十一撃目。
ハルも全く予想していなかった事態だ。まだ先があった。
ヘリヤの五連撃は生み出してから十年の歳月を迎え、十連撃以上を繰り出すことが出来るようになっていたのだ。
誰も知らないのは当たり前である。過去、十連撃まで必要とする相手はいなかったからだ。
胸の前を通り過ぎた刺突が、そのまま横薙ぎに襲ってきた。纏絲と両足の関節全てに反時計回りの回転を掛け、左斜め後方に瞬動しながらヘリヤの剣に自分の剣を当てがい、鍔元に滑らせて引っ掛ける。鍔と相手の剣を支点とし、裏刃でヘリヤの持ち手に撓め切りを仕掛ける。ところが剣を鍔元から引かれ、支点をずらされたことで剣先が空を切る。
そして。
――十二撃目。逆にバインドの支点を利用され、相手の剣先が下から跳ね上がり持ち手を狙う。ハルは死に体となっていた左前腕を差し込んで受ける。これで左腕は完全に使用不可となった。
脳内マップで俯瞰の視点から微細な気配の揺れを感じ取り、剣に纏絲を掛けて相手の剣を接触地点から大きく弾き飛ばす。
左腕で受けたヘリヤの剣がそのまま刺突に変わり十三撃目が襲ってきていたのだ。
剣に纏絲が残っている内に弾き飛ばしの動作から攻撃に繋げる。攻撃の熾りを見せない初動の判らない刺突に、広背筋と脊柱起立筋、僧帽筋の張力を合わせる。それは上半身のみの身体運用で埒外の速度を生み出す。漸くヘリヤを捉え、右鎖骨に剣先を届かせた。
これで同ポイント。両者共に二本を超えている。
既にヘリヤは次の攻撃に入っていた。弾き飛ばされた剣をムリネの様に手首で回しながらハルの胴を横薙ぎする。ダメージペナルティが発生しているだろうが、鎖骨を起点とする動作はないため剣の運用に大きく影響されない。
俯瞰で気配の位置情報を確認していたハルは、再び蓄えていた纏絲と両足の関節に反時計回りの回転を掛け、更に股関節の旋回を追加し、右斜め後方へ瞬動して逃れる。
胸の前を通り過ぎたヘリヤの剣は、流れる様に肘を上に曲げて剣先を上向きへ移動し、右肩の肩甲骨を縦に旋回しながら距離を伸ばす切り下ろしへ変化した。
移動を終わったハルの左肩を目掛ける十四撃目。
ハルは半歩身体を引き、ヘリヤの剣をやり過ごす。お互いが正中線を保った状態のままに回避をした。
ハルの意図を理解したヘリヤ。
互いの刺突で勝負を決めようと。
――十五撃目。
ヘリヤから神速の刺突が放たれる。
ハルから初動の判らない刺突が繰り出される。
正面から剣と剣が自分の位置を主張する様に刃と刃で擦れ合う。
ハルの方が背は低いため、ヘリヤの剣が上側を陣取る。
互いの剣をガイドにして突きが滑る。
肩の旋回、腕関節の回転、そして纏絲。更には筋肉の張力を使い、仙骨と各関節の整列を全て連動させたハルの突きは、只、力で撃ち負けずに直進させる一点のみに集約されている。
それは、ヘリヤの剣が深く交差する程、剣先を左上方へ逸らせた。
カレンベルク家の宝剣Anonymは、特殊用途を持ち、剣身の前半分しか刃が付いていない。後ろ半分は、剣先側が六角形、鍔側が四角形の断面を持つ棒状の造りだ。形状の境目は、ほんの僅かだが滑らかになる様に曲面から角に繋がる造りだ。
ヘリヤの剣が進むにつれて、Anonymの断面の切り替わりである曲面部分で斜め上に力がかかったのだ。
相手の剣速と威力が強い程、反発する力が強くなり、剣先は左上へ流れる。ヘリヤの剣はハルの右腕外側に外れる軌跡に変わってしまった。
直進だけに全てを注いだハルの一撃は、ヘリヤの右前腕へ突き刺さる。
最後の最後に刺突同士の撃ち合いを挑んだと見せて、剣の特殊形状を利用した罠を仕掛けたのだ。この辺りの駆け引きは姉であるティナを彷彿させる。
十六撃目。
ヘリヤは、右前腕にダメージペナルティで動作が緩慢になっている部分は一切動かさず、肩甲骨を時計回りに旋回させて剣を持つ右腕ごと螺旋を描く様にハルの剣を跨ぐ。その位置は、ハルの右肩口に攻撃の導線が結ばれる場所であった。そして、肩甲骨を縦旋回させることで刺突を繰り出した。
だが、刺突が通り過ぎた場所は、虚空であった。
ハルは十五撃目の攻防が終わる間際で、次の手を出していた。小乃花の隠形と気配操作である。
結果、ヘリヤは正面で撃ち合ったハルがいた場所に反撃を行ったのだ。しかし、ハルは既に半歩分、後ろにずれていた。態と曖昧に気配を残すことで移動と距離感を暈すために。
ここで、一本取得時の猶予時間が終了した。
判定が決定したことで、お互いの剣は単なるホログラムとなり、攻撃判定もされることは無い。
その直後に攻撃判定の通知音が鳴り響いた――
――ポーンと、攻撃が成功したことを知らせる通知音が連続で響く。
――ブーと、合わせて一本となった通知音が二度響く。
『試合終了。双方開始線へ』
全てが終わったのは開始から一秒足らず。
実際に戦っていた二人の体感時間は、その十数倍ではあるが。
『東側 ヘリヤ・ロブズローク選手 二本と一ポイント』
『西側 ミヒャエル・ジークハルト・フォン・ブラウンシュヴァイク=カレンベルク選手 二本と二ポイント』
人が認識出来ない速度の中で、一体幾つの攻防があったのか結果だけが教える。
『よって勝者は、ミヒャエル・ジークハルト・フォン・ブラウンシュヴァイク=カレンベルク選手』
審判の勝利者宣言から一呼吸置き、観客席は怒涛の如く歓声が沸く。
刹那の時間で、ヘリヤが二ポイント、ハルが四ポイント取得し、互いに二本を超えて決着がつくなど、世界選手権大会史上始まって以来、初めてのことである。ヘリヤの必殺技を正面から打ち破る瞬間に立ち会えたこと、ヘリヤの引退試合、第五世代であるハルの台頭、様々な思いが綯い交ぜになり、人々から取り留めの付かない歓声が上がる。涙を見せる者さえいる。
女性解説者アンネリース・ペルファルも『なんだなんだなんだー!あの一瞬で一体何が!何がおこったのでしょうかーっ!つーかスロー早くセットして!』などと、内部事情も構わず口に出す相も変わらず騒がしい御仁だ。
ただ確かなのは、一つの時代が終わり、新しい時代が始まったことであった。
「ふぅ、やれやれ。試合でこんなに疲れたのは初めてだよ。」
晴れやかな面持ちでヘリヤが口を開く。その口調は、まるで肩の荷を降ろしたかの様に。
「こっちこそ大変でした。まさかあんなに連撃がくるとは思いませんでしたから。用意した手がギリギリでしたもん。」
「アレで打ち止めだよ。ティナが五連突きを連射したことあるから坊やも出来るってね。予想はしてたが見事に対応されたな。」
その言葉でニヘラと笑みを浮かべるハル。その様子にヘリヤは目を細めながら続ける。
「…坊やは、まだまだ先を進むんだろう?」
「はい! もっと覚えたいことがいっぱいありますから!」
キラキラと目を輝かせて応えるハル。ハルのオモチャ箱は溢れることが無い。無限の広がりを持っているのだから。
その目が未だ遠く遥か高い場所を見続けていることを察せたヘリヤは満足そうに口元を綻ばさせて言葉を紡ぐ。それは未来へ旅立つ若人への言祝ぎである。
「ふふ、そうか。征けるところまで進むといい。誰も見ることが出来ない、坊やだけが辿り着ける世界が待ってるさ。」
破顔一笑で答えるハル。その瞳には迷いはなく。
だからヘリヤも次へバトンを渡したのだ。
自分では届かなかった場所を見据える少年に。
ヘリヤが本当はどれだけ強大であったか初めて知らしめられた戦い。
そしてハルがどれ程の可能性を秘めているか初めて垣間見せた戦い。
今後、誰も見ることもない只一度きりの光芒。
人の領域を超えた者同士が戦った残滓。
第四十回Chevalerie世界選手権大会は、人々に語り継がれる埒外の試合で締め括りとなり、幕を閉じた。
――遠い未来、Chevalerie評論家や歴史研究家が必ず一度は題材として研究する一人の騎士。
【虹の王】ミヒャエル・ジークハルト・フォン・ブラウンシュヴァイク=カレンベルク
――老いを待たずして「史上最高の騎士」「頂点を知る者」など様々な渾名を持ち、騎士の歴史の中で最も偉大な騎士として称される彼が、世界に初めてその強さを知らしめた日であった。
閑章最終話。
サブタイはジュディ・ガーラントが歌う「Over the Rainbow」から。
この章全体は、時の流れと本編全体にかかるオマージュ、章内のお話ごとのオマージュが含まれてたりしますが語りません。




