【閑話】ヘリヤ、日本で忍者と戦う。 ~ヘリヤその4~
長くなりすぎたので分割。
もう1本はまだ出来てない。
2156年10月21日 木曜日
戸隠流忍法本拠地敷地内の宿泊施設に滞在したヘリヤ一行は、朝から清々しい秋の空気を胸に吸い込む。朝の陽が木々の葉が赤や黄が鮮やかにに色付ける。その生み出された長い影は、もう直に冬へ入るだろうことが伺える。それでもノルウェーやドイツの気候と比べれば随分と過ごし易く感じるのは、この地の緯度が幾分低いため温かいからだろう。
木々が揺れる音。森の呼吸と土が香る。自然が産み出す静かな時間。同じ時間は幾度となく味わったが、国や地域によって全く違う顔を見せるのが面白い。
珍しく感受性豊かな心持ちで朝を楽しむヘリヤは、昨日のことを思い出す。自分が体験した未知の武術をもう何度も繰り返し思い出しては頬を緩ませているのだ。
「(楽しいなぁ、ホントに。この企画を持ってきてくれたプロデューサーには感謝しかないな。)」
8月に入ってから何人もの熟達者と会い、様々な技術を目にすることが出来た。また、実際に体験もした。
昨日も戸隠流忍法の骨法や手裏剣の投擲、鉤爪や分銅などの特殊武器、縄抜けの技法など、色々と体験させて貰った。特に骨法の最小限の労力で相手を投げる技などは、とても新鮮だった。人間の急所となる箇所が如何に多いのかも教わった。
身を以て知ったのは、技を極めれば極める程に動きは少なくなり、極小の世界で完結出来るものだと。
試合と言う枠内では得られなかったもの。
強さでは測れない、長い熟達の果てに積み上げられ磨かれた経験を伴う技術の数々。
一つを構成する沢山の様々なもの。
この身で直接教わった。
ヘリヤの中に蓄えられ目に見えずに存在していた断片。
それが急速に組み上がり浸透する。
秋の空気が胸に染み渡る様に。
陽も大分、高くなりつつある頃合いとなった朝7:00。ホストの磁雷矢が一同を迎えに来た。
「おはようございます、皆さん。良く眠れましたか?」
「おはようございます、磁雷矢さん。お陰様でグッスリ眠れました。」
「磁雷矢さん、おはようございます。ヘリヤさん、夕べは興奮しながら収録映像を何度も見て夜も遅かったじゃないですか。」
「あや、イルムさん! ばらさないでくださいよ~。」
「ははは、楽しんでくれてる様で何よりですよ。さあ、朝餉の支度が整ってますので母屋の方にどうぞ。」
昨夜も夕食をご馳走になっている。ヘリヤはどうせなら現地の食器を使いたいと、初めて使う箸に悪戦苦闘しながらもその利便性に気付き、食事が終わる頃には手元は怪しげなれど使うことが可能なレベルにまでなった。
「いや~、箸の扱いって難しいですね。でも二本の棒なのに数えきれない使い方がある。とても面白い食器ですよ、これは。」
昨晩、箸で食べ物を刺してはいけないと最初に習ってからは、覚束ない手つきで色々と挟んだり持ち上げたりしている内に使い慣れて来たのだろう。今朝などは箸で切る、摘まむ、挟むなどが出来るくらいには扱える様になっていた。
度々、日本に長期滞在しているソフィヤから箸の使用ルールなどを教わりながら、であるが。ちなみにソフィアは東スラブ人種で、ロシアカレンベルクの特殊警護部隊に所属している。
「随分と箸の使い方が上手になりましたね、ヘリヤさん。」
「ええ。せめて箸で掴むことが出来ないと蕎麦を食べさせてくれないってイルムさんに言われましたんで。」
「おや、だから箸修行ですか。そうですね、門下生が戸隠蕎麦の店を出してますので昼は出前でもお願いしましょうか。」
「どうせなら、お店でいただきたいですね。日本蕎麦の店はドイツでは入ったことなかったですから。」
「ふむ。では店に予約を入れておきましょう。古風な中に洒落た造りをしている店ですので、古さと新しさが調和した中々に趣のある建物ですよ。」
「良いんですか? とってもありがたいです! …もしかすると、小乃花が入り浸っていたと言うお店ですか?」
「ああ、ご存知でしたか。小乃ちゃんが交流で出稽古に来る度、必ず何回か立ち寄る店です。本格的な手打ち蕎麦の店ですから味は保証しますよ?」
「おー、それは楽しみです。実は、話は聞いていたんですが初めて食べるんですよ。」
「初めてですか。なら店内は蕎麦の食べ方ガイダンスがAR動画で何時でも見れますので、待ち時間などでも是非に確認しておいてください。国が違えばマナー違反と言われる食べ方もありますので。」
「それはおもしろいですね。ところ変われば、と言うやつですか。ますます楽しみです。」
朝餉の後、のんびりと寛いだ一行は、道場へ赴く。ヘリヤは騎士服姿だ。
今日は、最初に戸隠流が受け継ぐ刀術の型を体験させて貰い、その返礼とでも言う様にヘリヤが使うドイツ式武術の技を披露すると言ったスケジュールとなっている。
そして昼を挟み、軽く対談後――既に何度も簡単な対談をしているので撮れ高は十分なのだが――、Duelの対戦を執り行うことになっているのだ。
道場の練習生と共に刀を振る。模造ではあるが実際に日本刀を持ち、刀の扱いを教わっているヘリヤはご機嫌である。只の素振りでさえ、騎士剣とは違う身体の使い方に驚きが一入の様子で、一振りごとに目をパチクリさせている。
ヒュン、と子気味良く風を斬る音が聞こえる。
実のところ、驚かされているのは磁雷矢である。ヘリヤは始める際、「自分は不器用だから技を習っても身に着かないし、刀を振るくらいしか出来ない」と言っていた。確かに今も一つの型で延々と素振りを繰り返している。
だが、その素振りが問題だ。
刀の湾曲は斬り下ろしがそのまま引く作用となるため、斬ることに特化した形状であると説明した。後は脚の位置と刀の振り方を教えただけだ。だが、それは型であって理合ではない。だと言うのに、一振りごとに教えていない腰と肩の連動を遣って退け、ただの型が斬るための太刀筋に変わった。更には相手に当る位置で、瞬間的に脱力から肩甲骨の回転を加え一気に力を切先に与える身体運用をしている。つまり、この素振りは熟達した者が扱う技法と何ら変わりないのだ。切っ先がぶれることなく正確に斬り下ろされる様は一つの到達点にも見えてしまう程である。それが今日、初めて刀を振った娘が行っているのだ。
「(やはり、身につかない訳ではなく自身の技法へ溶かし込んでいるのか…。)」
磁雷矢はヘリヤの評価を自分が予想していた通りだったと再認識した。彼女は、体験したことを自分の技に昇華しているということを。刀と戦ったことも幾度もあるだろう。騎士剣で培った身体運用があるとは言え、理合の異なる技法をここまで使えるのは、その技を実際に受け、頭ではなく身体が理解しているのだろうと。でなければ、ほんの数振りしただけで正しい刀の振り方をすることは叶わない筈である。たまたま出来たと言う程、簡単なことではないからだ。それが証拠に全く同じ軌道を描く一振り一振りで風を斬る音が同じリズムで短く響く。刀身に樋(溝)が切っていないにも関わらず一定の風斬り音を鳴らせ続けるようになれるまでには、本来は相当の修練を必要とするものだ。
何時しか、練習生も師範も稽古を止め、一心に刀を振るヘリヤを魅入っていた。
「ふう、なかなか楽しかった。あれ? みなさん、どうしました?」
「ははは。ヘリヤさんの余りに見事な剣筋に皆、見惚れてたんですよ。」
「またまた。お世辞が上手いですね。あたしなんて今日初めて刀を振ったんですから見る程ではないでしょう。」
「いやいや、世界トップの騎士が振るえば初めて扱ったとて見る者を引き付ける妙技になりますよ。」
「そうですか? そう言って貰えればありがたいですよ。それじゃ、お返しに騎士の技をお見せしましょうか。全く違うんで良い比較になると思いますよ。」
「ええ、是非にお願いします。普段、触れない技は皆にも良い刺激になりますから。」
「判りました。まぁ、あたしは基本しか出来ないですから見てて物足りないかも知れないですけどね。ユディさん、あたしの模造剣をお願いします。」
ヘリヤの護衛であるユディがヘリヤの模造剣を手渡す。ヘリヤの剣は騎士剣仕立てのバイキングソードであり、それに準拠した模造剣だ。剣先と剣身の刃は丸められた金属製で重量、重心も実物と同じである。普段の練習はこの剣を使用している。
彼女が競技で使う剣は、先祖から秘蔵されてきた三振り中の一つがモデルで、実在する剣だ。
ユディも模造騎士剣を携えて来た。ドイツ式武術はバインドから派生する技も多いので、その相手役だろう。カレンベルク本家の警護部隊から派遣されたユディは、ドイツ式武術も嗜んでおり中々の腕前を持つ。
ヘリヤは、まず基本となる4つの構えを披露する。Vom Tag、Ochs、Pflug、Alber。
そして良く使われる補助の構えで、Schlüssel、Langort、Zornhutを説明を加えながら実演する。
そこから、憤撃や撓め切りなどの奥義と呼ばれる技、はたき切りや切り落としなどのメジャーな技から、ユディを相手にバインドから始まる数々の技を披露する。
巻き、付け替え、回り込みや巻き越え、共吊りやはたき切りをはたき切りで返すなどなど。さらにそこから繋げる技や返し、有利な状況を造りだす動作など、普段では目にしない技術が多い。
観客となった練習生達も、剣の触れ合いから派生する技が刀術よりも豊富なのは、剣を受けられたことを前提に成り立つ技が必要な武術であるからだと認識した。刀術は鍔迫り合いから蹴りや殴打などの体術も絡めることも多い。刀の特性や用法から考慮すれば頻繁な鍔迫り合いは武器自体にもダメージが蓄積する。しかし、ヨーロッパの剣術を目の前で見るに、鍔迫り合いからの技だけでも多岐に渡ることを考えれば、如何に剣術の思想が異なるのかが良く判る。
「ざっとこんなものです。他の騎士なら、もっと見ても面白い技とか出せると思いますが。」
「どの技も突き詰められた素晴らしいものでしたよ。我々も大いに学ぶ点が沢山ありました。皆に勉強の機会を与えてくれて感謝の言葉もありません。」
「それなら、あたしも剣を振った甲斐があります。ご照覧いただきありがとうございました。」
単なる試技だったと言えるだろうか。まるで教本通りなのに技の数々が恐ろしい緻密さと速度を以って繰り広げられた。いったいどこまで修練を積めば至れるものなのかと、誰しもが思う練度であった。
ヘリヤの技は全力ではないであろうが、簡単に騎士を葬り去る威力と技であったと一目で判る。それに付き合えるユディも相当の技量を持った立ち回りで受け応えていた。
世界ランク1位を誇る騎士が「基本技しか出来ない」と前置きしていたが、今回の観客は流派は違えど中々に熟達した武を持つ者ばかりだ。「基本技しか出来ない」と言う言葉が「基本だけで全てを賄えてしまう」練度を持っていると、まざまざと見せらつけられ一枚も二枚も上を行く兵法者であると痛感させられた一幕であった。だが、異なる武術なれど目指す先が如何程であるのか見て感じたことは大きい。今日、この場に立ち会った門下生にとっては値千金の時間であった。
今の時間は午後14:00を越えたところ。
磁雷矢はヘリヤ達を引き連れて門下生が経営する蕎麦屋にて昼餉を摂ってきた。初めて蕎麦を食べるヘリヤなどは、店主から蕎麦の食べ方――つまり啜り方――を学び、何故その様な食べ方となったのかその理由を体験した。なるほど、鼻の奥を蕎麦の香りが立ち込め一味も二味も変わるものだと、食に対する新しい感覚を一頻り楽しんできたところだ。
ヘリヤと磁雷矢は、まるで食休みの様に通算何度目かの対談をしているのだが、どちらかと言えば談笑に近い。お互いが技を披露したことで理解度が増しているため、少し深いところまで切り込んだ様な会話となっている。だからなのか番組のディレクターは途中からニコニコ顔だ。ヘリヤの番組は1本45分で、訪問先の収録内容で2話構成、3話構成などと変化するのだが、今回は密度が濃いため3話構成を予定している。が、それは番組側の話なのでここでは詳細を割愛。
「さて、話も温まったところですし、そろそろ手合わせをしましょうか。」
「そうしましょうか。TV番組のヒーローと戦えるなんて初めての経験ですよ。実はすごい楽しみにしてたんですよ!」
訪問相手である戸隠流忍法四十代宗家、磁雷矢については、当然ヘリヤも事前情報を貰っていた。10年ほど前に戸隠流忍者が主人公のヒーロー番組「ジライヤ」で主演をしていたことも知っている。相手を知るため、予習として番組自体も1クールまで見た。本当は1、2本視聴する予定だったが出演者の繰り広げるリアルな戦闘と続きを見たくなるストーリーに、ついつい時間の許す限り見入っていたのだ。子供向けのヒーロー番組なので見栄え良く判り易く展開を追えるが、中々にシビアで現実的なストーリー。しかし、高い年齢層が見れば奥が深いストーリー構成があることが判るなど、年齢に関係なく楽しめる造りとなっている。ヘリヤがここ暫く夜更かしをした原因だ。
当時の子供が大人になって再度ファンになることも多く、放送終了後10年が経過しても人気が高い。版権を持つ制作会社も現役のヒーローとして扱っているのだ。
「それは光栄ですね。お恥ずかしい話、この歳で未だにヒーローと呼ばれてますよ。」
少し照れが見える笑顔で答える磁雷矢は、果たして忍者の棟梁が持つ顔とヒーローが持つ顔のどちらで受け応えたのだろうか。その表情からはヘリヤは判別することが出来なかった。だが、どちらにしろ戦う者が纏う空気だけは変わりなかった。
実戦形式の鍛錬を行うため、Chevalerieの競技システムである「Système de compétition Chevalerie」が設置された競技館の道場で対戦を行う準備が進められている。
今日の午後からヘリヤと磁雷矢がDuelルールにて対戦を行うと言うことで門下生や練習生が時間を作って見学に来ている。また、磁雷矢の知古であろうか、一角の武術家であると見れば判る見学者も訪れており、観客は意外と多く集まっている。が、ヘリヤ達にとっては何時もの風景だ。現世界最強の騎士であるヘリヤが訪れるとあれば、訪問先に伝手の在る人物などが集まるのだ。その中には名のある武術家なども来ることがあり、そんな来訪者が希望すればヘリヤは対戦を快く引き受けるのだ。対戦後など、その流れで武術談義に花が咲くことも屡。お陰で番組用の映像が増えて製作スタッフは嬉しい悲鳴を上げるのだ。
更衣室から道場に入ってきたヘリヤは、何時もと同じ金糸の彩りが美しい漆黒の騎士鎧と騎士剣仕立てのヴァイキング型片手剣を剣帯に吊るしている。後ろにイルムを引き連れているのは装備着用を大抵、彼女が手伝うからだ。
凛とした佇まいは、現世界最強の騎士ならではと見学者は思うだろうが、彼女を良く知る者は大きな変化に驚くことだろう。
ヘリヤはグル・アヤンとの対戦から此処まで、幾人もの熟達者と戦うことによって大瀑布とも言える気配が研ぎ澄まされ、細く強く凝縮される様になっていた。それは、大技を使う際に膨大に膨れ上がった気配から察せられることを何度も経験したことによる。今まで戦ってきた騎士と違い、達人クラスの相手では察せられれば回避される確率が非常に高かった。だからこそ気配を抑える術を身に着けたのであろう。
「おお! 磁雷矢さん、ホントに番組と同じ装備だ!」
赤い胴鎧と目元が空いたマスクの様なヘルメット。手脚は黒地の布に鎖帷子が縫い込んであり、鎧下は半袖の白い直垂に似た造りとなっている。刀を背に担いだ姿は、正に特撮ヒーローのそれだ。
「ははは、私はまだジライヤですから。」
落ち着いた声で話す磁雷矢は、年を経て経験を積んだことで単なる所作にも深い意味が滲み出る、重厚な完成度を持ったヒーローの様に見えた。
事実、ヘリヤは対面して信じ難い思いで占められている。
「(あたしは幻影を相手にしてるんだろうか。磁雷矢さんと目の前で話してるのに、はまるで虚像の様だ。気配が消えている訳ではなく、絶えず動いてどこにあるのかが判らない。)」
ヘリヤはティナから貰ったメールを思い出していた。磁雷矢についてざっと説明されており、隠形は小乃花、刀術は京姫の上位互換で、存在自体に虚実を含ませている、と。
その上、奥義の5連撃も3発は外され、なんとか2発当てて勝利したが、その刹那の間に1本獲られていたと記載されていた。一瞬でも気を抜けばヘリヤすら危ないなどと、磁雷矢の本質には触れない様にヘリヤが興味を引く内容で伝えて来たのだ。
その磁雷矢の佇まいを見れば、ティナの言っていたことが良く判る。身体操作、特に見えている姿こそ隠形による技が発揮されていると感じる。戦う前提で対峙した磁雷矢の気配で良く分かった。
あの姫騎士が推すだけはある。なるほど、あたしが興味を沸く相手になるだろうと良く分かっている。しかも、ティナの奥義である刹那の五連突きの最中に1本獲り返すことが出来るものなど、ほんの一握りだろう。しかし、夏から世界を巡り始めて、その一握りが棲まう世界に足を踏み入れている実感が湧いていた。Chevalerieと言う競技の枠を取り払えば、如何に世界は広く懐が深いものだったのだろうかと。見たことのない武術。期待を遥かに超える熟達者たち。その出会いは夢の様である。そして、その夢が覚めずに続く日常。
だからヘリヤは笑顔が絶えないのだ。
「双方、開始線へ」
審判役のユディが声を上げる。彼女は見取りの技能が優れており、センサーなどでは感知しない微細な体調の変化に気付けるために、この旅の間は審判役をしている。
今回はDuel競技ルールで戦うため、一試合3分の三試合形式だ。
「いや~、楽しみですね。お手柔らかに全力でお願いします!」
「フフフ、また面白い注文ですね。元より私の全てを出させて貰いますよ。そうでなければ瞬殺されますからね。」
「またまた何を仰るやら。今日は胸を貸してもらいますんで。」
「それは光栄ですね。どこまで遣れるか判りませんが、せめてご期待には添える様にしますよ。」
お互いが笑顔で会話を交わすも、磁雷矢は冷静にヘリヤを分析していた。
ヘリヤが初めて全力を出したマクシミリアンの春季学内大会の映像を初め、先月から放送配信が開始された番組まで一通り見ていて気付いた点。
通常では、まず気付かないであろうこと。ほんの僅かではあるが、確かに相手と戦った経験を自身に溶かし込んでいると見れるケースを見て取った。
それが今、生かされているのだと肌を以って感じている。
ここ暫く、ヘリヤが試合に挑む際に発する暴威とも言える莫大な気配。それが高位なれど一般に含まれる騎士達より少し高い程度に凝縮されている。たった数カ月の内にそれだけでの気配をコントロール出来る様になっているのだ。
「双方、抜剣」
ユディから合図が入る。二人の戦う気配を見て取ったからだ。
ヘリヤは騎士剣仕立てのヴァイキング型片手剣を引き抜く。黄昏色の直剣は、ヤン・ペテルセンのヴァイキング剣分類にあるⅦ番目、初期ヴァイキング時代のZタイプと呼ばれる剣先に向かってVの字に湾曲した鍔と、エーワルト・オークショットの刀剣分類にあるⅫ番目タイプBと呼ばれる、剣先を刺突に合わせていない古式造りの刀身だが、通常よりも長め。時代の転換期に造られた珍しい形状でもある。11~13世紀に製造されたもので、モデルとなったオリジナルはインドで製法が廃れる直前の坩堝鋼。カラーリングはオリジナルとは異なり、ヘリヤがデータ作成時に指定したものだ。
磁雷矢は、背に担いだ打刀を右手のみでスルリと引き抜く。身長からすれば短めの刀身で二尺二寸五分、約67cm強、美濃伝で打たれた、無銘 伝志津。薙刀から刀に仕立て上げられたもので、波紋は湾れで匂口(波紋と地金の境目)が深く、大峰、大切先は南北朝で太刀に良く用いられた切先のフクラと呼ばれる部位が長く取られた造りだ。反りは1.3cm。
「双方、構え」
ヘリヤはOchsの型を変形させ、片手で持った剣の柄を肩口付近に置き、剣先を相手に向ける。本来の型と違い、右脚を少し前に出しているため、歩法も異なる使い方をするのだろう。
対して磁雷矢は、右半身の中段の構えである。だが、彼と戦った騎士達が共通で感じた、後ろに下がった左半身が見えているのに虚空であるかの様な不思議な感覚をヘリヤも受けている。
それが正しく忍法と言えるものと思われる。この世には自分の知らない武術が如何に多いことか。なんて楽しいことがあるんだろう、と。
「用意、――始め!」
ユディの声が空間へ溶け消える前にヘリヤは飛び出た。
身体能力を最大限に使った縮地と言える蹈み込み。
そして、初撃からの必殺技。身体のリミッターを外した刹那の五連撃。
カカンッ、と金属音が二つ繋がる。そして、――ブーと、合わせて1本となった時の通知音、その音を追いかける様にヴィーーと、1本取得を知らせる通知音が響く。
「双方1本、第一試合終了。待機線へ」
開始から1秒も経たない内に第一試合が終了した。
ここにはインフォメーションスクリーンなどは無いため、瞬きの間で起こった攻防がどの様な内容だったものか判る者は殆どいなかったであろう。観客達も何が起こったか正確に把握している者はおらず、騒めき付いている。
1分間のインターバルで、ヘリヤと磁雷矢はお互いの技に思いを馳せていた。
磁雷矢は、ヘリヤと実際に剣を合わせ、現世界最強と言われる騎士が持つ純粋な能力に感嘆している。
最初から最大の攻撃技である5連撃を使う思い切りの良さ。しかも、以前の動画で見た膨大に膨れ上がる気配を見せない様に進化している。
5連撃の内容も以前と変わっていた。速度を抑え、より正確性が加味されているのだろうと体感する。決め技を出してくる予想はしていたが、想像以上に対処が難しい技だった。
最初の2撃は虚空を打たせるも、3撃目からは実像を捉えられた。まず、刀から左手を離した瞬間に、左腕内側の肘に繋がる円回内筋付け根にある痛点――先日、骨法で教えた痛点の箇所――を正確に刺突し、投擲の挙動を潰され1ポイントを獲られる。
そして、4撃目の払いは刀の刀身を横に向ける様に剣に添わせ、肩を回して剣の裏刃に刀を移動させて、ものうち部分で進行方向を後押しする様に跳ね除けた。
すぐさま刺突に変わった5撃目を今度は刀で受けた瞬間に右の肩甲骨を反時計回りにし、腕ごと刀の位置を剣の裏刃へ移動し外側へ弾く。そして、そのまま重心移動と腰の捻り、肩の可動で半歩分、飛距離を伸ばし心臓部分へ刺突を突き込んだ。
だが、弾いた剣が胴への斬り払いに戻ってきた。これで2ポイントを獲られ相討ちとなったのだ。予想していなかった6連撃目。ヘリヤが5連撃で抑えていたのは速度だけではなく、その後の一手を打つ余力も蓄えていたのだ。
やはり、彼女は経験したことを自分の技に溶かし込んでいることを確信した。
初めて見た素晴らしい技を受けて、ヘリヤは心底楽しい様で笑みが止まる気配すらない。
番組撮影で世界の達人たちと出会ってから、新たに造った必殺技を惜しみなく繰り出していた。しかし、相手は熟達者。どの相手も必ず幾撃かは当然の様に回避するのだ。途中で技を止められたり、剰え攻撃の隙間に反撃を貰うことも屡。
Chevalerie競技ならば、誇張や高慢ではなく必殺技を繰り出せば殆どの騎士を敗退させることが可能なのはヘリヤも判っている。それは世界選手権大会を2連覇する間で培った経験に基づく判断だ。
今回も必殺の筈であった5連撃中で当てられたのは1撃のみ。残して置いた余力で6連撃目を放つ必要が出る程に追い込まれた。
最初の2撃は攻撃した部位の気配が消え、虚空を打つことになった。移り変わった気配を掴んだ時には、左手で肘から先を動かそうとしている磁雷矢の姿。これは昨日習った手裏剣の投擲だと判断し、骨法で教わった痛点に3撃目を当てて相手の攻撃を潰した。
次の4撃目は磁雷矢の左肘を開始点にした左の薙ぎ払い。これも初めて見る対応をされた。刀でバインドすると思えば奇妙な移動法で裏刃に刀が移動し、こちらの斬る速度を後押しして吹き抜けさせたのだ。後押しの挙動はそのまま磁雷矢自身が後押しされて無防備を晒す剣の後ろ側へ身を入れる動きになっていた。
外に弾かれた剣を5連撃目として手首だけ廻し、攻撃の導線を心臓部分に合わせて刺突を放つ。
その刺突も巻き技であろうか。確かに相手の刀が身体の外側から追いかけて、瞬間で刀の位置が内側に切り替わり、そのまま外に弾き飛ばされた。その流れで逆に心臓部分を獲られたのだ。
しかし、ヘリヤもそこでは終わらない。5連撃後の課題点。訪問してきた幾人もの熟達者と技を触れ合って浮き彫りになった。必殺技で全ての力を出し切れば一瞬、身体の硬直が発生する。その隙を狙われることもあった。だから、それを補うための工夫を繰り返した。そして、1撃分、あるいは1歩分の回避が出来る様に、剣を振るう速度を抑えて余力を残す方法を編み出した。瞬きの間で繰り広げられる世界では剣速を多少抑えたところで誤差程度にもならない。
今回は、その余力を使い6連撃目を繰り出した。それでどうにか相討ちに持ってこれた。
ヘリヤは楽しくて仕方がないのだが、同時に自分が騎士として凡庸であると再認識する。
――未だ、騎士としての才能は凡庸――
ふと、史上最強の騎士と呼ばれる母の言葉を思い出す。
騎士を目指すならば受け入れ難い事実。
だがヘリヤは。
その言葉があったからこそ、ここまで来れたのだ。
早い段階で知らされた事実は、ヘリヤが何を目指すべきか決めるに値した貴重な言葉だった。
ならば目指す処に全てをかければ良い。
だから、ヘリヤは母の言葉に感謝するのだ。




