【改】01-011. 長柄武器同士?いいえ、剣で決めます ~京姫その2~
京姫メインその2
20201020サブタイ変更
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20250223 改稿
Chevalerie、特にDuelと言う競技は、一試合三分で三試合中二本先取が勝利条件だ。
しかし、三試合に用意された合計九分を全て使い切ることは殆どない。
競技ルールに身体を使った接触を禁じる項目があることから、武器のみが攻撃リソースとなる。その反面、防具の概念はほぼ無く、被弾判定箇所も一部を除いた全身と範囲は広い。中世の騎士が両手剣を使っていたのは全身鎧が盾で防御する必要を無くしたからだ。
しかし、競技では装甲を以って防御する概念はない。
であれば、攻撃への対応は回避の方が効率良く、騎士は速度特化の剣士となった。
元より、剣が触れ合ってからの攻防など、一瞬で優劣が決まり易い性質を持つ。すぐに被弾のポイントは蓄積され、あっと言う間に一本となることも多い。
そのような競技であることから、剣速もより高速となっていき、回避のために反射神経が鍛えられていった。故に、試合時間は平均すればかなり短く、攻防でダメージを抑え長く剣戟が続けられるケースは決まって高位者の試合に限られる。
先の花花とマグダレナの試合も、学園でも一、二を争う戦い辛いと定評の二人であったため、三試合の時間一杯まで消費したレアケースである。
京姫とテレージアもまた、実力が拮抗した長柄武器同士であるという理由で、第一試合の時間一杯を消費したのだった。
そして始まる第二試合は、学園生解説者エトヴィンのアナウンスが口火を切る。
『お待たせしました、第二試合の開始です。第一試合では、キューネ選手が大型騎士剣でまさかの速攻! しかし、宇留野選手が見事な返り討ちで、一ポイントの優勢!』
エトヴィンは、試合開始直後の攻防を簡潔に纏めて来た。
『それ以降は、まるで槍同士が戦うかのような中距離での討ち合いでした。なれど、双方一歩も引かず! 剣と槍、意地と意地とのぶつかり合い、勝利の女神がほほ笑むのはどちらか!』
結局、京姫とテレージアは最初の攻防以降ポイントの変動がない、ある種の膠着状態であった。
『そして、独特のコスチュームで特に海外での人気が高い二人。宇留野選手の神秘的なキュートさ、キューネ選手の目を惹き付けるセクシーさの戦いでもあり、海外のファンは大喜びでしょう! 私もウレシイ一人です!』
その海外は主に極東あたりの島国で声が大きい人気だと思われる。特に「履いてない」ところとか。
京姫とテレージアの間合いはほぼ同じ。学園生解説者が話す通り、テレージアは大型騎士剣で槍の距離に合わせて戦う器用な真似をしてのけた。
『双方、開始線へ』
審判の合図で、お互いに向かい合う。それぞれ刀身が消えている武器デバイスを脇へ抱えるよう持参している。
そして、マイクパフォーマンスが始まる。今度もテレージアから。彼女の代名詞である高笑い付きだ。
「ほーっほっほっほっ! 一試合目はまんまと取られましたが、次もそうとは限りませんことよ!」
「ふふふ、Zweihänderを扱う技術には驚かされましたが、次はいただきます」
「あら? お褒めに与り光栄ですわ。貴方の槍捌きも相当なものですわよ? 此方も取って置きを出して、わたくしが頂戴いたしますわ!」
普通は、態々相手に警戒させることなど言わない。しかし、テレージアは真っ向勝負を好むが故に教えるのだ。そこに虚偽や罠はない。さすがに京姫もテレージアの言葉には多少驚いた。
「ところで。貴方のその硬い口調、何とかなりませんの?」
癖が強いお嬢様口調のテレージアから、よもや言葉使いにツッコミが入ろうとは京姫も想定外だっただろう。
「根っからの性分ですので、ご勘弁を。それより気になっていたのですが、その高笑いは普段されていないのでは?」
京姫もテレージアの高飛車風お嬢様笑いにツッコミ返す。
「キャラ作りですわ」(早口)
「……それは言葉にされても良いのですか?」
「構いませんわ!」
臆面もなく堂々と宣言するテレージア。まるでコントのオチではなかろうか。
観客やTV放送、動画配信向けのサービス会話は、どの試合でも大抵行われており、試合動画にも収録されている。京姫は対戦者の情報を研究する時、サービス会話のパートは大抵スキップしている。なので、テレージアの高笑いは今日初めて聞いて面食らったのだった。
テレージアのファンも、彼女は正直者故、珍妙な会話になったり時にはコントになったりするので、今日は何を言うのかと楽しみにしているのである。
テレージアがオチを付けたところで、審判が合図を掛ける。
『双方、抜剣』
二人の武器デバイスから、極太の剣身と長い穂が生成される。
『双方、構え』
京姫は左半身の左自護体になり、腰の辺りに水平に槍を構える地ノ構えを取る。自護体とは、身体全体に満遍なく力を加える自然体の形で、両足を広く開き膝を軽く曲げて腰を落としている。四股を踏む関取のような姿勢と言えば判り易いだろうか。
パンツ丸出しの乙女がして良い姿なのか甚だ疑問だが、二一五六年では特に何も言われないため問題ないのだろう。
一方、テレージアは大型騎士剣で騎士剣の左半身となるLangenortを構える。
差異があるとすれば、右腕は伸ばし切らず肘を少し曲げるような姿勢を取っている。
『用意、――始め!』
審判の合図と共に、京姫が飛び込む。第一試合目冒頭の攻守が逆となる様相だ。
滑るような運足で一気に蹈み込み、テレージアの前脚である左膝へ突きを繰り出す。
すかさずテレージアは、左脚を引いて回避すると同時に、右脚を前へ蹈み込みながら剣を下段に挿し入れ槍へ宛がい、軌道を左外――京姫からは右外――へ流す。
螺旋の刺突を繰り出す大身槍の柄がキシリと音を立てる程に威力が高い迎撃を受け、京姫も口を綻ばせる。
続けざまに京姫は、地を滑る運足で一歩分を遠ざかりながら身体の軸を左に向ける立ち位置へ変え、大身槍を右膝に突きを入れる。
テレージアは、逆に歩を進める。左脚を大きく前に踏み込み、右脚は外回しへステップさせながら突きを回避し、尚も一歩前へ出た。その結果、槍の穂先は股の下を潜り、柄の高さは膝上の攻撃禁止位置となる。
この位置から京姫は反撃出来ない。今の状態は完全な無防備となった。
その瞬間、自分の距離――少なくとも迎撃可能な位置――へ退く京姫。
しかし、テレージアは一歩進んだことで、槍を引き抜くより速く剣先を届かせることが出来る。当然のことながらテレージアは京姫が退避を始める前に攻撃挙動へ入っていた。
右脚を更に蹈み込みながら下段右に下した剣を振り上げ、後退する京姫の左脚を斬り上げる。
そのまま斬り上げは止めず、自分の身体から離れて行った槍の柄を搗ち上げた。
――ポーンと、攻撃が成功したと通知音。
槍が宙を舞う。テレージアは一瞬、槍に目を遣って仕舞った。
――ポーンと、再び攻撃成功の通知音が鳴り響く。
京姫が放ったのは、相手の受けに合わせて左右の膝を突く、夜之槍と言う技の亜種である。左右に受けさせ、相手が攻撃を受け止める、もしくは受け流す挙動に合わせ、穂先を振り上げ腕を打つ予定であった。
しかし、テレージアはまたもや予想の上を行った。大身槍を跨いだのだ。大身槍の位置では、左右の脚を太刀打で薙ぐことも、また斬り上げるにも攻撃禁止箇所にしか当たらない。
大身槍を引いて仕切り直す一択にされた。自護体は力を出し易く、且つ防御も可能な構えではあるが、攻撃と防御の起点となる槍が使えなければ意味がない。
テレージアの剣は、大身槍の右外側のまま下段を維持しており、斬り上げれば、左半身の前脚である左脚と前手の左腕が攻撃範囲内に捉えられている。
瞬時に京姫は大身槍を引く判断をし、退避の運足で脚を滑らす。
が、それより速くに大型騎士剣の剣先が左脛を斬り抜いた感触が伝わる。斬り上げの勢いは止まらず、そのまま下がる大身槍の柄を捕まえて搗ち上げられた。
その瞬間、大身槍を捨てた。柄から手を放し、されるがままとした。
そして、右脚を前に出しながら右半身となり、左脚を折りたたんで右片膝の形へ移行する。左脛は使わないためダメージペナルティを無視できる。
左手は脇差に当て、鯉口を内側に捻りながら切り、右手を脇差の柄に添えて股関節を右に開く。それだけで刀は抜ける。
後は、そのまま一文字にテレージアの右膝を薙いだ。草と言う居合技の変形だ。薙ぐと同時に右脚のみで後方へ跳躍し、大型騎士剣の攻撃範囲から逃れる。反撃や他所からの攻撃などの考慮が必須となる戦場での残心である。
刀身が短い脇差ではあるが、一文字からの斬り上げや上段への移行は、刀身を振り被るスペースに余裕がなく一度距離を置いたのだ。
テレージアは動かなかった。右脚のダメージペナルティにより大型騎士剣を十全に扱う身体能力が発揮出来ないからだ。
仮に、今攻撃に出てもポイントは奪えるだろう。だが、槍を躊躇いなく手放し、一瞬で目の前から消え副武器デバイスへ切り替え攻撃して来る相手だ。反撃して来るのは必定。満足な身体運用が出来ない状態では防御まで手は回らないだろう。今、動けば最悪一本までポイントを奪われ試合終了となる可能性がある。
この攻防でイレギュラーと認識したであろう相手の思考をインターバルで整理させるのは宜しくない。試合の最中で思考させたままの方が手札を活かせる。
だから京姫が落ちてくる槍を掴み、体勢を整えるまで見ていた。
試合開始から二分が経過する。
ポイントはテレージアが一つ、京姫が二つと変わらない。
京姫がテレージアを警戒し、攻撃の確実性に重点を置いたことも影響している。
故に、奇策に出るような状況を造らない試合運びとなり、戦況は再び膠着。
正に一進一退と言ったところ。
二人がまた射程外に出たタイミングで、テレージアは京姫が此方を警戒している内に賭けへ出る。少し強引に仕切り直しを試みる。
「京姫さん、わたくしは次の攻撃で胸へ刺突をいたしますわ。貴方、受けきる度胸はございまして?」
テレージアは次の攻撃を宣言した。掛け値なしの真っ向勝負に出ると。
「……おもしろい、受けてたちましょう。ならば私も胸への刺突を繰ります。どちらの突きが優れるか此処で決めさせて貰います」
京姫は、申し出が偽りないと判断し、その勝負を受けた。
お互いが嗤う。
テレージアは変わらず左半身であるが、今迄との構えが異なる。腰を落とし、長い柄を目一杯使い、左手は鍔元、右手が柄頭を持つ。大型騎士剣でFeldhutの左利き構えの亜種。京姫からすれば、まるで短槍の中段構えに見える。
そして、京姫も腰を落とした自護体で、攻撃起点とも言える左半身の地の構えだ。
お互いが左半身なのは最初からではであるが、此度もテレージアが何かをして来ると京姫は察している。しかし、見え方は同じ射程だが、京姫の大身槍は前手の左手を固定し、奥手の右手で突き入れる用法である。実際、同じ長さなら西洋の槍より射程が長い。テレージアがどういった技法で相手に届かせるのか京姫は楽しみにしている。
空気が張り詰める。
ジリジリと間合いが詰まる。
間合いは約三米少々で止まる。大身槍の突きならば、このまま届く距離である。
だが、Zweihänderでは僅かに届かない距離。
京姫は奥脚である左脚を気付かれないよう前へ寄せて置く。
彼女たちは読み合う。折り合いを付けているのだ。
双方が刺突で対すると言ったからには、同時に攻撃するのが礼儀だろうと。
だから、お互いの呼吸と気配が合わさる瞬間を待つ。
それは少しの時間を要した。そして、折り合いが付いた瞬間。
二人は時差もなく攻撃を繰り出した。
お互いが最速の突きを出す。
テレージアは奥脚の左脚で踵を上げ爪先の母指球を踏み込む。同時に柄頭へ軽く添えていた右手を強く握りしめながら送り、突きの挙動を開始する。
京姫は、寄せた奥脚を蹈み込み、前脚の左脚を滑らせる。奥脚を寄せた分、距離が詰められる。同時に左手は大身槍を確りと掴んで、両手で突きを放つ。両手は、大型騎士剣の威力対策だ。剣先を巻き技で逸らすために。
剣先と穂先がすれ違うように重なる。
京姫は大身槍と大型騎士剣が触れ合った瞬間に右脚を接地し、大身槍へ瞬間的に自重を乗せる。荷重された太刀打部分で左から右に巻き、身体の右外側へ攻撃の導線を外す。
外す筈であった。
再び見る異常な光景に目を見張る。
自重を乗せて仕掛けた巻きが、固定物へぶつけ弾かれるような莫迦げた状況。だのにテレージアの突きは微動だにしない。最早、回避は不能な位置。ならば、相討ちを狙う。
大身槍は自重を乗せたが故に、右外向きの力が弾かれ、右上方まで滑っている。軌道修正には左手を使わずに、石突き近くで持つ右手に内回りの螺旋――何時もの突きと同じく――を掛けさせた方が先端の穂先は大きく軌道修正が出来る。その一瞬の判断で京姫は左手を大身槍から離し、右手を内回した。穂先側は反時計回りの大きな弧を描きながら相手を捉えた。
ヴィーと、一本取得を知らせる通知音が二つ響いた。
京姫の駆け込み攻撃が功を奏した。なんとかテレージアと相討ちに持って行けたのだ。
しかもとても珍しい心臓部位の同時判定だ。
競技のシステムでは、心臓部位攻撃の判定時間範囲が設けてある。クリティカル判定から〇.二秒間の猶予があり、相討ちになった場合を判定出来るようになっているのだ。
先に心臓部位へ届かせたのはテレージアだった。右手で柄頭ギリギリを持ち、片手になり槍と同じ射程を稼いでいたのだ。
審判より第二試合が終了したことを告げられる。
『双方一本。第二試合終了。双方、待機線へ』
騒々しい程に盛り上がった歓声の中、二人は奥底から零れた笑みを浮かべながら選手待機エリアへ下がって行った。
インターバルの時間。
水分を補給したテレージアは終始、口元を綻ばせていた。
ポイントを見れば、京姫は一本と二ポイントに対して、テレージアは一本と一ポイントであり、相手は後一つポイントを奪えば勝敗が決して仕舞う状況だ。
リードされている事実はあるが、テレージアの機嫌は変わらない。剣を槍として振るう秘儀を使うことに値する、初めての相手と巡り会えたからだ。
大型騎士剣の柄を右手で持ち、剣の長さ全てで突きを出した。
重い大型騎士剣を柄頭を巻き込んだ独特の握りで運用する。
右手の向きは縦拳となるように地面と垂直に骨の構造を強化。中指と人差し指を伸ばし気味に柄へ巻き、薬指を柄の下側から柄頭に触れる距離で巻くように押さえる。小指と親指で柄頭を挟み、掌で柄頭全体の荷重を受ける。
キューネ家が代々継いできた剣による槍術秘技の一つであり、大型騎士剣の長さを限界まで使用するために編み出された運指法だ。
真似てみようと、鍛えたところで出来るものではない。
幾世代に渡り、身体の一部であると手にし続けた大型騎士剣である。使い熟すための身体を最適化しながら脈々と受け継がれた血が下地となり、研鑽し練磨を絶えずして基本となる。
それは剣を槍として扱うことすら可能とした。四瓩後半と言う大質量を片手一つで制御さえする。
相手を打ち破る力は、長い年月で洗練されていった身体操作だ。骨を整列させ強固にした体軸から、全身の力を連動させ自重を剣先へ届ける。それだけならば、武術家の殆どは出来るだろう。だが、質量兵器と呼んでも良い大型騎士剣を重量に合わせた運用ではなく、小枝を振るのと変わりなく扱うとなれば話は変わって来る。元より発生させる力、取り出せる力自体が全く異質なのだ。学んだところで身に付く筈もない埒外な技術。その家に生まれなければ身に付かない類のものだ。
更には、接地した状態から母指球を蹈み込む特殊な身体操作法を持ち合わせ、発生させた大地の反発を身体の中へ通らせ剣に掛け合わせる。これにより、一瞬で爆発的な力に増幅させる奥義である。
テレージアの驚異的な膂力は筋肉によるものではなく、身体操作で成している。全ては脚の運用が起点となる。だからこそ、脚を封じられれば慎重にもなろう。
テレージアは最後の一交差を振り返る。
京姫の槍から放たれた巻き技は、通常ならば大型騎士剣を往なせるであろう威力を持っていた。しかし、それを凌駕するに足る力を剣に乗せたていため、真正面から巻き技を貫けた。
そして、此処で左手を持ち手から外し、右手一本にて最長距離まで伸ばし相手へ届かせる。
だが、驚くことに京姫は左手を離し、石突き側を持つ右手一本で暴れる槍を制御した。彼女が繰る螺旋の突きと同じ要領で、穂先を心臓部位へ合わせるとは、何という精密さだろう。直線を円の動きで造る美しさに目を奪われた。そして、尚のこと打ち破りたい欲求が溢れて来る。
「さぁ、楽しくなってまいりましたわ!」
思わぬ好敵手と出会えた幸運。テレージアは歓びを口にした。
第三試合開始を知らせるメッセージと通知音を受け選手待機エリアを出れば、客席は随分と賑わっていた。並行して六試合が執り行われているが、この試合の注目度は高いようだ。何せ、心臓部位攻撃で相討ちなど滅多に起こらないどころか、希少レベルだ。その瞬間を目にした観客達も今日此処に居合わせた幸運を喜んでいる騒ぎだろう。
二人が試合コート外側の選手待機線に着くと、この試合を実況する学園生アナウンサーの声を簡易VRデバイスが拾う。試合の妨げにならないレベルで音量は絞られてはいるが。
『皆さん、ご覧になりましたか? 怒涛の第二試合! 宇留野選手が下段突きを連続で放つも、キューネ選手は槍を跨ぎ、反撃もさせない奇想天外な対処は目を見張るものがありました! そして、宇留野選手が退避するに合わせてキューネ選手の攻撃が炸裂! かと思えば宇留野選手もしっかり反撃していました!』
どうやら、第三試合開始直前に前試合のダイジェストを手短に語っているようだ。
『そして、拮抗したまま試合は終盤! キューネ選手の攻撃予告と、それを受ける宇留野選手! 槍と大型騎士剣の突き対決は類稀なる心臓部位での相討ち! 思わず胸躍る展開でした! お互い一歩も引かず、高度な技の応酬に目が釘付けです! これからどうなるのか! 肌色が目立つ注目の第三試合開始です!』
学園生解説者エトヴィンは、すらすらと抑揚を付けて簡潔に試合の流れを纏めたところは、中々の実力を持っているのだろう。しかし、最後の一言はハメを外して仕舞ったようだ。要精進、と言ったところ。
放送席をチラリと残念顔で見た審判が合図を発する。
『――双方、開始線へ』
第一、第二試合を経て、観客には存在感を増したように見える二人が開始線越しに向き合う。
今度は京姫がテレージアを見据えて口を開く。
「先ほどの突きは見事でした。まさか、捌けない突きがあるとは思いませんでした」
「その言葉、わたくしこそですわよ! 槍の軌道を螺旋で正すなんて始めて見ましたわ」
先程の一本が加算され、ポイント的には京姫が有利だ。
しかし、この競技。ポイント差など、一瞬で覆ることなど日常茶飯だ。
故に騎士は最後まで気を抜くことはない。
だから、二人が次に紡ぐ言葉はこうなる。
「ほーっほっほっほっ! まだまだこれからですわ!」
「ええ。最後の一瞬まで楽しみましょう」
京姫の言は、当然競技を楽しむ意味ではない。互いの技が尽くし合える喜びを差している。
『双方、抜剣』
審判の合図で二人の武器デバイスから三度目の刀身が生成される。
『双方、構え』
構えの段になり、この土壇場でテレージアが公で初めて見せる、まず用いられることのない型を取る。
テレージアは、前脚に左脚を置き、右腕は軽く肘を曲げた自然の形で腰辺りに置く。右腕一本で大型騎士剣を待っているところが自然ではないが。その持ち方では、剣先はAlberのように切先が下を向く最下段となる。そして左手は軽く拳を握り、左脚の根元に添える位置取り。
十字の構えである。
十字の構えはハルプシュヴェーァトの技で、相手に隙を見せてカウンターで迎撃する目的だ。最大の特徴は、相手に背中を見せていることだ。
またしても露骨に罠を仕掛けて来たテレージアに、京姫が迷うことはなかった。
何時も通り、自ら鍛えて身に付けた技を変える選択はない。
が、此方も公では初めて使う陽ノ構えの型である。
左半身で左立膝となり、右膝を地に着ける。斜めに構えた大身槍が、下段から相手の上中段まで狙える広範囲の攻防を可能とする。
決めるなら一番難易度が高い心臓部位一択だ。穂先はテレージアの背後から心臓部位を狙い、動作による位置の可変も対応出来る型でもある。
試合の最中では似たような姿勢を一瞬見られることはあっても、双方は構えとして取っている。テレージアの構えだが、元々は甲冑戦術の一つで、手甲の手で剣先を持ち騎士剣を棍のように扱うものだ。ランツクネヒトが猛威を揮った当時はあったかもしれないが、現在の競技では大型騎士剣で運用されること自体がないと言っていい。
そして、京姫の構えも、しゃがみ込んだ姿勢が起点となるなど類を見ない。
この試合に注目している観客達も、選手の構えにどのような意図があるのか見ただけでは理解出来ず騒めいている。
『用意、――始め!』
審判の上げた腕が振り下ろされ、試合が開始された。
此度は試合開始以降、双方に動きがない。両者共、見た目通りカウンターを仕掛ける待ちの技だからである。
京姫は、半分「待ち」の構えではあるが、折り合い次第で即座に打ち込むつもりだ。剣すら正面になく、相手の背中は完全なる無防備。それが手であるのも重々承知だ。待ちの構えとはそういうものである。
知識としてハルプシュヴェーァトの技も知ってはいるが、組討ちを軸とする技術は競技で見ることがない。正しい対処法は判らなくとも、どのように反応するかは身体の可動範囲を超えることはなく、推察は出来る。
だからこそ、京姫は打って出る。
試合を通してテレージアは真正面から相手を打ち砕く気概を持つ剛の者であることが判った。ならば敢て此方が乗るのも悪くない。それに、彼女がどのように対処するのか見たいと心が騒ぐのだ。定石など関係ないと戦うテレージアは未知そのものだからだ。
京姫は相手へ突きの連撃を放つ技、雷光ノ槍の変形で一撃目を胴へ誘いとして出し、相手が迎撃に入るところで槍を引き、二撃目で剣を掻い潜って脚元に突く流れと決めた。
左立膝のまま、右手を送り螺旋の突きを繰り出す。浅い間合いだが穂先は届く距離だ。相手は反応せざるを得ないが、どう動くかを見る。
――テレージアは、此処でも想定を超えて来た。
京姫が突きを出し始めた瞬間、音がする程素早く全身で右回転しながら右脚を斜め後ろへ退く。と、同時に下段で構えた大型騎士剣を大身槍の穂先へ横からぶつけて来た。
只、ぶつけるだけの単純な動作ではあるが、遠心力が加味されたからとは言い難い威力だ。先に大身槍を弾き飛ばした時と同じような。
剣の勢いと共に槍が大きく左へ弾かれる。余りの威力に送り手の右腕ごと左に流され、京姫は姿勢を揺らす。
位置を正対する僅かな間でテレージアは脚の根元に置いた左手を逆手のまま指で副武器デバイスのKatzbalgerを引き抜く。
器用にも指を使って剣を一八〇度回転させ正く持ち直した。
そして、京姫の正面を向いた時には回転で得た位置移動が距離を半歩分詰めていた。その時分にはKatzbalgerで京姫の流された右腕を上から斬り下ろす。
シャリン、と金属を打つ甲高い音が響く。
京姫もまた、大身槍から右手を離すことで、身体ごと流されそうな威力を左手で受け止め、流れるままに逃していた。右手はすぐ下の位置となった脇差の柄を握り、股関節を捻り抜刀。右半身だけ身体を連動させてテレージアのKatzbalgerを下から刃筋を立てて受け止めた。
勝負は一瞬だった。剣が搗ち合ったと同時に、お互いが巻きながら刃を滑らせる。京姫はテレージアの手首を、テレージアは京姫の前腕へ切先を届かせた。
――ポーンと、攻撃成功の通知音が二つ。
そして。
――ブーと、合わせて一本取得を知らせる通知音が響いた。
『宇留野選手、合わせて一本。試合終了。双方、開始線へ』
審判が終わりの時を告げた。
二人共、攻撃が決まった次の瞬間には追撃に動きを始めていたが、一本取得の猶予時間内では間に合わなかった結果だ。
ルール上、攻撃が成功した武器は一度相手の身体から離さなければ攻撃判定がされないため、その挙動分が時間を消費して仕舞った。
『東側 京姫・宇留野選手 二本』
二本を先取していた京姫。しかし、それでも戦い続けた。
『西側 テレージア・ディートリンデ・ヒルデ・キューネ選手 一本と二ポイント』
何故ならば、二本獲っても終了判定となるまで逆転の可能性がある競技だからだ。
だから二人は最後まで戦うことを止めなかった。
『よって勝者は、京姫・宇留野選手』
審判の京姫へ差し出した手が高々と挙げられる。
終わって仕舞ったのだ。楽しい時間は。
観客から歓声が沸く。解説者も興奮して捲し立てている。双方共、副武器デバイスまで使った応酬に僅差のスコア、宣言した刺突勝負など、試合内容は見応えは多く、名勝負の一つに数えても良いだろう。
選手同士が相手を讃える握手を交わした後、テレージアから語り掛ける。
「おめでとう、京姫さん。残念ですが、わたくしの負けですわ」
「ありがとうございます。私も良く勝てたな、と思っています。最初から最後まで、あなたに翻弄されてしまいました」
京姫は心の底から言葉を紡ぐ。振り返れば、ずっとテレージアに主導を取られ続けていたのだ。特大のイレギュラーな技が連発されれば、良くもまあ勝てたとシミジミしても仕方ないだろう。
「いかがでしたかしら? わたくしの祖先が戦場を生き抜くために編み出した技は」
「素晴らしいの一言です。生きた技は大変参考になりました。私も鍛錬が足りないと身に沁みています」
時代を超えて継いで来た実戦の技。京姫もそうではあるが、テレージアの場合は常道を一つどころか、二つ三つ外して来る予測不能な技術であった。そこへ競技特性も利用するなど、状況を使うことに長けている。正に実戦で培われた法を継承しているのだろう。
「それこそ、わたくしのセリフですわ。対長柄武器の技を実際に使わされたのは貴方が初めてですのよ? おかげで欠点と新たな着想を見つけまして大収穫でしたの」
「それは光栄なお話です。ふふふ、良い仕合でした」
「ええ、とても素晴らしいくも楽しい仕合でしたわ。まだまだ戦い足りなくてウズウズいたしますもの! 今すぐ再戦いたしたいところではありますけど、また何れ!」
「ええ。またいつか」
観客の拍手が鳴り響く中、再び握手を交わす。京姫とテレージアの試合はこれで終了を迎えた。
この試合で京姫は反省点も多いが、大きな実りを確信した。技とは。型とは。目的を成すため、戦いの中で如何なる時でも身体を動かせるための下積みだと。言葉では判っていたつもりだったが、自分の中にも確かにあったのだ。
それを教えてくれたのがテレージアであった。
想定外なぞ存在しない。それは人の技。なれば、全てはあり得るのだ、と。
競技を楽しむ。
しかし、その先を望む者がいる。
その先を見んがために、此処マクシミリアン国際騎士育成学院に人は集まるのだ。
そして、強き者との出会いは、彼女達を高みへ導く。
願わくば、遥か遠くを見つめる彼女達が道を見失わんことを。
****――********――****
最後に少し余談を。
折角なので劇中に登場した彼女達の副武器デバイスを紹介しよう。
テレージアの剣帯に吊るされているのは、Katzbalgerである。
ランツクネヒトが愛用した片手両刃剣。全長が八〇糎程で、剣身は七〇糎弱。剣先四糎程は曲線を書く三角形。柄側の六糎は刃が付いていない。重さは一瓩弱。
剣幅が五糎ある幅広のショートソードに分類される剣で、最大の特徴はS字型に湾曲した鍔である。この形状は、相手の衣類を引っ掛けたり、布を巻いたりする用途であると言われている。柄は豪奢な金細工が施され、柄頭にリングがあるところを見ると、飾りや落脱防止の紐などを巻く用途でもあったのだろうか。
ランツクネヒトは主に、長柄武器や Zweihänderなどを使用する。
Katzbalgerは喧嘩剣とも言われ、乱戦時に活用する剣である。
武器デバイスとしては、剣身の柄側六糎が実体となっており、鞘に納める際の剣を固定する役目を持たせている。
京姫の角帯に差している脇差は、備前国住長船七郎衛門尉行包作がモデル。
刀身は四六糎(一尺五寸二分弱)、元幅三.二六糎、先幅二.六六糎。元重(鍔元の厚さ)〇.五七糎、柄は一三.六糎(四寸五分)、重さは柄を合わせて六〇〇瓦弱。
拵えは黒塗りで統一しており、特徴は鞘や柄は居合の実用性があり堅牢な肥後拵にしている。柄は短く、頭(柄頭)と鐺(鞘尻)は丸みを帯びている。
下緒(帯に鞘を固定する紐)は緑の組み紐。柄巻きは諸捻巻。
はばき(刀身を鞘に固定する部品。柄側根本へ嵌める)は二重はばきとなっており、刀身に触れる下貝は銀着せ、上に被せる上貝は金着せ造りとなっている。
武器デバイスとしては、はばきが実体となっており、柄を鞘に固定する。実際の刀を鞘に固定するのと同じ方法。




