【閑話】ヘリヤ、インドの山奥で修行した達人と戦う。 ~ヘリヤその2~
突然降ってきたスコール。豪雨と言えるそれは、あっという間に地面に川を造り上げ、水面を跳ねる大粒の雨足は王冠を形どる。
今、門弟達は、グル・アヤンと現世界最強と呼ばれる戦乙女の模擬戦が始まるのを誰もが息を殺して待っている。まるで深夜の様に静まり返った道場は、入り口の扉から外の雨音が漏れ入って来る程だ。
「ほっほっほ。皆の者、随分と静まり返っておるの。そう緊張すれば見えるものも見えなくなるからの。」
Chevalerie競技用の装備へ着替えてきたグル・アヤンは矍鑠とした足取りで、緊張の面持ちで静まり返る門弟達に軽く言葉をかけた。その穏やかな響きを耳にし、門弟達はお互いの顔を見やり、自分達が如何に緊張をしていたのか気付いた様で、矢庭に騒めきが波紋の様に広がった。そしてグル・アヤンの姿を見て更に騒めきが大きくなる。
シーク教の門徒であるグル・アヤンは、陸軍制帽である鮮やかなオレンジ色のターバン、濃紺のチュリダールパンツにブーツ、そして濃紺の軍服である。勲章が幾つも付いたそれは、グル・アヤンが軍属に在籍していたことを現す。更に現在も名誉大将として崇められている、その姿である。
グル・アヤンは今から40年ほど前の若いころに、陸軍参謀と武術師範を務めていた。その縁から退役後、正式に道場一本で糊口を稼ぐことに決めたとき、年間で数回、新兵と希望者に武術を教える契約を持ちかけられた。そして、武術を学んでいった兵士達から思慮深く質も高い人格者が幾人も輩出されたため、人を生み出す武人として表彰され名誉大将の位が送られたのだ。実際退役した時は小将だったのである意味、二階級特進である。
彼自身はクシャトリヤであったため、マハーラジャの一員であることからシーク教徒の軍人達など教えを乞う者が後を絶たなかった。
そのグル・アヤンは軍服に身を固め、左手には盾用だろうか把手タイプの武器デバイスを持ち、左腰にはサーベル状の剣を納刀している。湾曲した鞘はビロードが貼られてあり、鞘の尖端に嵌められたキャップと呼ばれる日本刀で言う鏢に当たる部分は、銀の蛇が彫られている。鍔元の懸架も銀の蛇を顕わす装飾となっているが、見る者が見れば、この金属部分が坩堝鋼であることに気付くであろう。
剣を佩いた佇まいは凛としており、とても84歳の老人とは見えない。
道場中央にはChevalerieの競技用ポールが立ち並び、競技をコントロールするSDCが運用シーケンスまで処理が完了している。登録される騎士のデータを待っている状態だ。
この道場は、ウルミの様な特殊な武器や、棒や槍なども使うことを考慮し、広さも高さも十二分に確保されている。
カタン、と扉の蝶番に組み込まれた開閉ロックが外れる音がして、道場の扉が開く。
まるで黒鳥の様に。漆黒の騎士装備を纏いヘリヤがやってきた。装備装着補助を行ったのはイルムであろう。ヘリヤの一歩後ろから着いてくる。
門弟達はヘリヤの姿を見て固まった。その姿が問題ではない。彼女が纏う重く鋭敏な気配がたちまち道場内を埋め尽くしたのだ。ヘリヤは騎士として戦場に立つ時の気配ではなく、本気を出した時の気配を最初から発している。その暴圧は相当なもので、長く修行を行った者でさえ背中に冷たいものを走らすのだった。
「おまたせしました。グル・アヤン。装備登録が終わるまでもうしばらくお待ちください。」
「なーに。わしも一緒に装備設定をしようと思っておったところじゃよ。時間なんて気にすることはないの。」
「では、お言葉に甘えて。」
SDCの制御コンピュータに付随する、登録エリアで武器デバイスの登録、鎧の攻撃有効箇所の確認を行う。MR表示のモニタで鎧の攻撃箇所設定を進めていき、完了を現す「ALL CLEAR」の文字が音と共に表示される。
「グル・アヤン。ルールはどうしますか?」
「わしも老いぼれじゃて、長時間はきついからのう。1試合3分の1本先取で如何か?」
「ええ、それで良いですよ。じゃあ、設定します。」
「審判は僭越ながらわたくし、ユーディット・カミラ・ハームビュッヒェンが執り行わせていただきます。」
「ほっほっほ。高位の武人が審判などとは、ほんに贅沢な試合じゃの。」
「恐縮です。」
軽く頭を下げるユディだが、その動きにも体幹が振れることなど微塵もなく、彼女が戦う相手だと言っても納得出来てしまう佇まいである。
ヘリヤの護衛であるユディとイルムは彼女達一族の中でも最上位グループに入る使い手である。グル・アヤンは彼女達の所作から、高い実力を見取っていた様だ。
「それでは、双方準備は宜しいでしょうか。」
審判用のMR表示画面を確認したユディから声がかかり、ヘリヤとグル・アヤンは無言で頷く。
「では、双方開始線へ。」
ヘリヤとグル・アヤンは向かい合う。その気配は、ヘリヤが暴威だとすれば、グル・アヤンは流水の如く全てを受け流す様に見える。
「双方、抜剣。」
ヘリヤは、ヴァイキング型片手剣を一気に引き抜く。ショォンと反響した様な鈍い音が辺りに響く。銘はグラム。ここ、インドで精製された坩堝鋼から造られている緋色に輝く剣はマーブルの波紋を美しく揺らす。この剣の元となったオリジナル自体が片手剣を両刃騎士剣として拵えてある珍しいものだ。そのため重量も1.5kgあり、片手剣として自由に扱うには少々重い。が、それは普通の場合でヘリヤには当てはまらない。なにせ当たり前の様に筋力のリミッターを外せる騎士だからだ。
対するグル・アヤンは、シュルリと剣を引き抜く。湾曲した刀身は90cm程の片手剣であるタルワール。銀の刀身には、きめ細かなマーブル模様が美しく浮かぶ。純度の高い坩堝鋼で出来ている片刃の剣だ。形状がサーベルに似ているが、この剣がサーベルに影響を与えたと言われる本家本元である。そして、左手に持った武器デバイスからは、直径30cm程ある円盾が生成された。
「双方、構え。」
ヘリヤは左脚を後ろに引き右脚を少しだけ前に出し、重心をやや前傾に傾ける。そして剣の柄を右腰元に引きつけ、剣先を相手の心臓部分に向けるPflugを構えた。何時もの様に相手の技を受けてから返す余裕はない。今日のヘリヤは挑戦者であるからだ。この道場で一通り見た剣技は、高速な回転を軸に組み上がっていることが判っている。この道場の出身者であるパタ使いのヴリティカと戦った時、その速度と連撃に有効だった構えがそのまま使えると確信した。攻撃と防御を即座に切り替えるには一番適していたのも実証済だ。
「(ふむ。こちらの剣技がどの様なものか掴んでいる構えじゃな。どうとでも対応できる自然体じゃのう。善き哉、善き哉。)」
そう心の中で言葉を綴ったグル・アヤンは、円盾を胸の位置に掲げ、盾の前面にタルワールを斜めに添えている独特の構えを取る。脚が肩幅程度に開かれているだけなので受けを優先している姿勢にも見えるが、つま先が両方とも正面を向いていることから、どちらの脚からでも蹈み込みが出来るだろうと伺える。
「用意、――始め!」
ユディから開始の合図が入り、直ぐに行動へ移したのはヘリヤだった。相手が格上ならば待つのは無意味と、一気攻勢に出てた。
ヘリヤは右脚を蹈み込み、左脚を前に送る挙動の一動作で距離を詰める。その最中、グル・アヤンが円盾に剣を添える構えのため前に出されている両腕を攻撃の導線に繋げるため、下から斜め左上へ剣筋を通す様に斬り上げを仕掛けた。
円盾を持った腕に攻撃が当たると思われた瞬間、タルワールがヘリヤの剣を上から受け止め、手首の回転で反時計回りに剣の裏刃へ回り込んで搗ち上げた。そして、剣に円盾を宛がわれ、そのままヘリヤの左側へ押し込まれる。盾と交差する様にタルワールが手首でクルリと縦に回転し、ヘリヤの剣を持つ右手へ斬りかかって来る。それを剣を引くことで鍔元で受け止める。が、今度は肘の回転で大きく円を描きながらヘリヤの右前腕を下から斬り上げてくる。
左脚を半歩引き、斬り上げを躱すヘリヤ。しかし、グル・アヤンの攻撃は止まらない。手首の回転、肘の回転、肩の回転を織り交ぜ、複雑な動きで自在にタルワールが振るわれる。それに合わせて円盾がヘリヤの剣を捌き、抑え込み、防御を妨げる。更には右へ左へ身体をずらす歩法により、反撃しても当たらない位置を確保される。
「(すごいな。攻撃の軌跡が全て違う。まるで予測がつかないな。)」
「(それに盾でこっちの剣を自由にさせないなんて初めての経験だ。)」
「(うーん、どうしようかな?)」
グル・アヤンはタルワールの回転を繋げる様に扱い、1秒に2、3度の攻撃を繰り出してくる。只でさえ読み辛い剣の軌道に円盾で剣の挙動すら不自由にされているヘリヤは、防御一辺倒になり攻撃の芽が潰されている状態である。
だが、ヘリヤはずっと笑みを浮かべている。初めて経験する武術に頬がにやけているのだ。
「(さすがに凌がれるのう。攻撃の予測は出来ないだろうに。見事と言う他あるまいの。)」
グル・アヤンの攻撃は、単なる連撃ではない。一撃一撃がタルワールを振った瞬間に変化するのだ。剣の軌跡が途中から全く違う方向へ切り替わる。それは攻撃を予測不能と化し、無拍子に近い効果を持つ。常人ではまず対処出来ない斬撃が絶えず降ってくるのだ。
攻撃には見えていても避けられないものがある。
無拍子などの初撃が判らない攻撃は、目で見えた時にはなす術がない。これは視覚では0.008秒の変化を認識出来るが、身体の反応速度は0.1秒程度であるため、動き出す前に相手の攻撃が当たってしまうのだ。
21世紀後半。食糧事情の改善やスポーツ科学などの発達、スポーツ競技者の身体能力向上などにより、身体の反応速度限界と言われる0.1秒の壁を超える者が出始めた。そして、22世紀。Chevalerieを代表とする高速な応酬が発生する競技などは特に反応速度を必要とするため、いつの間にか競技者の中にも0.09秒を切る者が出てきている。
しかし、それでもまだ足りない。
人の持つ限界を一つ超えることが出来た者こそが足るを知る。
ここで繰り広げられるはその資格を持った者達の戦い。
そこへ至るに必要なのは純粋な資質。そして、それを支えるは莫大な鍛錬。
だからこそ、ヘリヤは今ここにいるのだ。
キャヒン、と金属の甲高い音が響く。緋色の剣と白銀の剣が高く跳ねあがり、双方が一歩ずつ下がり、その場で再び構えを取る。
「ほっほっほ。やりますな、戦乙女殿。よもやその様な防ぎ方をするとはのう。」
「いやいや、グル・アヤンの攻撃を止めるにはこれしか思い付かなかったんですよ。」
「それを思い付くだけでも相当なものですぞ? それに一瞬とは言え攻撃の出を遅らせることを強いる素晴らしい技量じゃ。」
「ありがとうございます、グル・アヤン。」
点と点。剣が打ち合う時は、刃と刃が点で触れ合う。点で交差するからこそ、タルワールの回転は止められずに連撃を許すこととなった。
そこでヘリヤは、剣の刃を横にし、タルワールの刃全てを剣身で受け止めた。さすがに面で剣の刃全てを受け止められれば、次の回転が出来ずに止まる。そこからの技はあるが、それはお互いそうであろう。であれば、一度仕切った方が良かろうと、二人は剣の殺傷圏外に逃れたのだ。
グル・アヤンは驚いた。ヘリヤは受ける一瞬で剣を横倒しにし、剣身でタルワールの刃を丸ごと受け止め、且つ剣に彫ってある溝に刃を引っ掛ける様にすることで即座の攻撃が出来ない様に防いだのだ。やったことは単純明快だ。しかし、この技でむしろワールは絡め捕られたと言っていい程だ。一刻とて回転を続けられない状態にされたのだから。
「さて。あたしの技も見て貰いますか。出来立てほやほやの必殺技ですよ。」
「ほう。それはそれは。では受けさせて貰いますかの。」
相変わらず楽しそうに笑うヘリヤであるが、気配が膨大に膨らみ、空気に重さを感じる程に満ち溢れた。
グル・アヤンは、左手で持つ円盾を少し中よりに前に出し、その盾の前にタルワールを添える構えだ。
「いつでも良いですぞ。」
「なら遠慮なく。行きます!」
人が発せたとは思えない電光の動きでヘリヤが神速の五連撃を発動した。一撃目で円盾を弾き飛ばし、二撃目でタルワールを上に弾く。次の三撃目で、心臓部分へ刺突を刺し込んだ。
そして、信じられない反応速度でヘリヤは後方へ飛び退いた。残りの二撃を行わないままに。
――ヴィーーと、1本取得を知らせる通知音が鳴り響いた。
「ロブズローク1本、グル・アヤン2ポイント。よってヘリヤ・ロブズロークの勝利。」
淡々と宣言するユディ。この模擬戦を見ている門徒達も信じられないことが起こり、目を白黒させている。グル・アヤンが負けたこともそうだが、ヘリヤから放たれた神速の技は純粋に人の枠を超えたものだった。
「おやおや、あれは避けられんわな。1本取られてしまったわい。」
今の交差を陽気に笑いながら結果だけを口にするグル・アヤン。
心臓部分を決めて勝利したヘリヤは冷汗が止まらない。
「…御見それいたしました。グル・アヤン。あたしはまだまだ届いていないことが良く判りました。ありがとうございます。」
「礼を言うのはこちらじゃて。新たな息吹を感じられましたからの。それに勝ったのはそちらじゃろうて。」
ヘリヤがつい先日に完成させた新しい必殺技。全ての軌跡が異なる神速の五連突き。身体リミッターが解除されて放たれるそれは、0.15秒で5発の突きを放つ、人の知覚外の技。
それを三撃目で防がれた。
一撃目は、正面から盾を掬い上げ、二撃目で盾に寄り添った剣を上に弾き飛ばした。そして隙が出来た胸元に三撃目となる刺突を心臓部分へ放った。だが、同時にグル・アヤンは、弾かれた剣を肩の回転でクルリと回し、ヘリヤの剣の上から、腕の付け根に刺突を放っていた。
鎖骨の約5cm下。腕の筋肉の接続箇所と神経が集まっている場所。そこは攻撃されると腕の動作が一時的に麻痺する急所である。そこへ正確に刺突を差し込むことによりダメージペナルティが発生し、ヘリヤの腕を動かなくしたのだ。だからこそ、五連撃が途中で止められ、バックステップで後方へ退避せざるを得なかったのだ。
正に試合に勝って勝負に負けたと言える。
「まさか、あたしの技が途中で止められるなんて破られ方するとは思わなかった…。」
「どんなに速くなろうが、力が付こうが、身体の急所は変わらんて。それさえ判れば力なくとも如何様にも方法は考えられることをお忘れなきように。」
「なるほど、勉強になります。貴重な体験をしました。ありがとうございました。」
その言葉を聞き、にこやかに笑みを返した後、大きく伸びをしたグル・アヤン。
「さてさて、模擬戦はわしの負けじゃ。どれ、そろそろ昼の様じゃ。マサラの良い匂いが漂ってきているのう。」
「戦乙女度殿も、スタッフの皆さんも一緒に食事はどうじゃ? と言っても用意しとるでの。食べて行って貰わないと余ってしまうわい。」
「あははは、それじゃ遠慮なくいただきます。」
ヘリヤの着替えを待って、一行はグル・アヤンに引き連れられ、最初に案内された応接室とはまた違った部屋に通される。入り口に手洗い場が付いた不思議な造りだ。
部屋の中には、絨毯がロの字に敷き詰められ、中央にはマサラが入っているのだろうか底の深い土鍋が幾つかあり、各座席と思われる場所には、バナナの葉が敷いてある。その上にナンと炊いた長粒米が手前側に直接載っており、奥側には器に入ったマサラが二つと、数種類の焼き物、コップに入った水、ラッシーだろうか、器に入ったヨーグルト状の食べものが見える。
「最近では西洋化された食卓が多くなっとりますが、どうせならインド式の食事風景を味わって貰おうと思っての。」
「まずは、そこで手をお洗い、お好きなところに座って下され。」
一同が絨毯の上に座ると、ビニールに入ったスプーンとフォーク、それと消毒液に濡れた使い捨ての手拭き。この辺りは外国人向けに用意されたものだろう。
「本来、インドでは食事は右手のみで直接、料理を掬って食べる習慣での。ほれ、この様にナンも右手のみで千切るのじゃよ。」
そう言いながら器用に片手のみでナンを千切るグル・アヤン。インドでは古来より左手はジューターで不浄とされており、右手のみで食事を口に運ぶ。左手を使うのは大皿料理などの取り分けやチャパティーが重ね置いてある場所から取ってくる場合だ。こう言った場合、右手は使わない。料理で汚れている右手を使えば、他のチャパティーなどが汚れてしまう。それは残った全てが食べ残しと同じ扱いになり、非常に嫌がられる。だからスプーンやフォークなどの口に入れる食器が使用されないのだ。洗ったとしても誰が口に付けたか判らないものであるからだ。
とは言いつつも、近年では上流階級を筆頭に都市部などではそこまで拘ることは少なくなってきている。場合によっては左手なども使うケースもあり、スプーンなども衛生面が一昔前と比べれば格段に向上しているため、普通に使うこともある。
「へー、面白いなぁ。ところ変わればってヤツか。ってイルムさん、片手でよくナンを千切れますね!?」
「私は以前、大使館に1年程滞在してましたから、その時に慣れたんですよ。」
カレンベルクの要人警護部門は海外で長期滞在することも良くある。滞在した地域を知るには、そこの文化に馴染むのが早道であることが多いため、進んで風習を学ぶのだ。
見るとユディも片手でナンを千切っているが、単に手先が器用なだけである。グル・アヤンの挙動を見て模倣したのだ。彼女は見取り稽古の能力が非常に高いこともあり、あっという間に一族の戦闘部門で最上位グループに入り込んだ経歴を持つ。
和気藹々と食事が進んでいく。ヘリヤも片手でナンを千切るのだが彼女の場合、器用さなどではなく純粋に指の力で無理やりむしり取っている。乱雑になった断面がそれを良く物語るのである。
この食事風景もしっかり撮影されているので、いずれ番組で公開されるのではあろうが。
そして、食事をしながら談笑がいつの間にか対談へ雪崩れ込んでいた。
「グル・アヤン。一つ聞かせて下さい。以前、母さんと対談した時、戦っていたら勝てましたか?」
「ほっほっほ。やはり気になるかのう。その答えは一つじゃ。あの御仁にはまず勝てん。」
「そうなんですか? あたしがグル・アヤンと戦った限りでは良い勝負になるかと思いますけど。」
「そう見えなさるか。しかしのう。たとえわしが全盛期だったとしても1本はおろか1ポイントも獲れんじゃろうて。」
その一言にヘリヤは驚いた。自分でも今の母相手に1本は難しいがポイントは何とか奪える。その自分を終始抑え込んでいたグル・アヤンならば、五分に戦うことは可能と思えたからだ。
昔を懐かしむ様に目を瞑っていたグル・アヤンは、ゆっくりと目を開いて言葉を続ける。
「女王殿、いやさ今は永世女王殿かのう。言い得て妙な二つ名じゃわい。あの御仁は言うなれば英雄じゃ。言葉だけではなく本物のな。」
「…英雄、ですか?」
「そうじゃ。戦乙女殿を勇者と例えるならの。永世女王殿は後世で英雄と呼ばれるじゃろう。」
話の意図が見えないヘリヤ。それは周りのスタッフ達も同様の様で、静かに続きが紡がれるのを待つ。
「時代の変換期、とも言えば良いかの。大きく時代が変わる時、必ず偉人が現れるものじゃ。人を導く、偉大な発明をするなど様々じゃ。歴史を見てみい。名を遺す者は大抵、世の中に影響を与えた者ばかりじゃろ。」
「彼等に共通するのは、いずれも天賦の才を持つことじゃ。時代が求め、天から才を受けて産まれてくる者、それが真の英雄じゃとわしは思っておる。」
「母さんがそれだと?」
「その通り。Chevalerieが生まれ、世界で共通の矜持が生まれた。そこからより良い方向に歩み始めたのが証拠じゃ。文字通り世界を変えたと言って良いじゃろう。」
Chevalerieと言う競技。宗教や政治の枠を飛び越え、万国でほぼ共通の認識を持つ競技者と観戦者。常に刷新され、古い仕来りに拘らない競技運営。競技の間口は広く、老若男女に関係なく行える手軽さ。人々が熱中し、それに携わる全ての事柄を巻き込んで一つの文化を生み出したとも言える。
だが、それは通常では起こり得ないことだ。
それを【永世女王】アスラウグ・ロズブロークの存在が可能とした。
圧倒的カリスマと見る者を捉えて離さない剣戟の技を持って、競技の方向性を形作り、Chevalerie普及の原動力となったからこそである。
「あの御仁は時代が産み出した天才じゃ。武に必要な全てを持って産まれてきておる。実質、Chevalerieを持って永世女王殿が今の時代を創ったと言っても過言ではないじゃろう。」
グル・アヤンはヘリヤを慈愛の籠った目で見つめ、言葉を続ける。
「故に。その娘子である戦乙女殿だからこそ、永世女王殿と張り合うことが出来るのじゃろうて。」
【永世女王】アスラウグが生まれて初めて1本獲られた相手。それが実娘のヘリヤであることは広く知れ渡っている。最近でも、再び1本を獲ったと言う話が広まりつつある。
永世女王を打ち破れる者。その可能性の一人として世間でも密かに期待されている。
「そうですか…。あたしは届くのかな…。」
「届く、とわしは思うておるよ。先の打ち合いでまだまだ眠っておる資質を持っておると確信したからの。」
「ありがとうございます。こりゃ期待を裏切れないな。」
晴れ晴れとした顔で答えるヘリヤ。武の達人からまだ強くなれるとお墨付きを貰ったのだ。ならば、その先へ進むのみ。
史上最強の騎士と並び立てるのであれば、より素晴らしい武術を目の前で見ることが出来る様になるだろう。その嬉しさと期待に顔が綻ぶ。
ふと、疑問に思ったことがポツリと口に出たヘリヤ。
「母さんと真面に戦える【剣舞の姫】も英雄なのかな。」
「剣舞の姫殿か…。」
ヘリヤの呟きを拾い、顔を顰めるグル・アヤン。どうしたことかと思わずヘリヤは見返してしまう。
「…剣舞の姫殿は、修羅から産まれたと言っても良いくらいじゃ。人とは別の強さを持っておる。人の推量では測ってはならん御仁じゃ。英雄とは人から産まれるものじゃて。」
予想外の言葉に目をパチクリするヘリヤ。まさか、自分が憧れた【剣舞の姫】が修羅と称されるとは思ってもいなかったからだ。
しかし、何故か納得してしまう。
終始笑みを浮かべたまま顔色一つ変えずに戦う姫騎士は、とても人のものとは思えない尋常ならざる技を繰り出して来たのだから。
修羅の娘は、また人ではなく修羅であると。
それが理解できたヘリヤは、また笑顔になるのだ。
そんな相手が同じ時代に産まれた喜びに。
きみたち
したの☆とかを★でぬりつぶすのだ。
よいことがあるのだ。
オレが。




