03-026.姫騎士とオーク。 Prinzessin Ritter mit der Ork.
ようやく更新…。
3章の最終話です。
この後、暫く閑話を続けてから4章に入ります。
2156年8月20日 金曜日
墨田区と台東区を東西に分ける隅田川。そこから支流の様に墨田区を南北に分ける北十間川に繋がる。この川沿いからは、高さ634m程ある電波塔のスカイツリーがどこからでも目に入る。既に100年以上は稼働している第二世代の電波塔だが、今でも通信・放送会社への賃貸、観光の名所として現役である。もっとも、現在では通信網が過去と比べて何倍にも跳ね上がっているため、それを賄う目的で第三世代の電波塔である高さ897mの東京プリズムタワーが豊島区東長崎に鎮座しており、広域通信網の中継基地として活躍している。
尚、東京タワーも通信塔、観光塔としては現役で、再来年には開業200周年を迎えるため、式典などのイベントが企画されている。
「へえー、近くから見上げると、随分と複雑な形をしてますね。三本足なのに途中から丸みを帯びて展望施設で完全に円ですか。」
「塔の構造について感想を聞くのは初めてだな。やっぱ、アンタ、変わってるよ。」
「アンタじゃありません。ティナです。ティーナー。はい、復唱。」
「あー、すまん。ティナ。」
「はい。それでよろしいです、武徠さん。」
ニッコリほほ笑むティナは、珍しく裏の無い笑顔だ。
そんなことを言われる主人公も大概ではあるが。
八重垣部屋からほんの目と鼻の先にある東京スカイツリー。川縁の遊歩道を歩いていれば厭でも目に付く巨大な塔である。ただ、彼等にとっては単なる風景の一部として簡単に流されているが。
ティナと武徠は目下、お散歩デート中である。数歩遅れて護衛であるクラーラとソフィヤが二人の後ろから着いて来ており、Waldmenschenが見えないところに4名散って警戒を高めている。護衛達も八重垣部屋の駐車場に停車している要人警護用転輪型装甲戦闘車Nachfolger号から随時更新している周辺データや、危険物等の情報をリアルタイムでARモニターに映し出しながら確認している。
筋肉で固められたティナの3倍はある左腕を軽く差し出す武徠。普段では見なくなった社交界式のエスコートに、ティナも当たり前の様に右手を添える。武徠は、歩幅や二人で歩く際の位置取り、ちょっとした気遣いなどをごく自然に行えると言う堂に入ったエスコートをしており、社交界の紳士としても通じそうである。
ティナは良い拾いモンをした!と、心の中で出会い運が良かったことを神に感謝しているのである。感謝の言葉が記載されていないが、しているのである。
最初、武徠は右腕を差し出そうとした。ヨーロッパの古い習慣では左に剣を佩いており、いざ抜刀する際に左に婦人がいた場合は一緒に斬ってしまうことがあるのだ。だから剣を常備しない時代でも男性は右腕を出しエスコートする。ところが今回はティナが左に掛けたカバンの中にサクスを仕込んであるため、それを奮う場面が発生したことを考えて、あえて左腕を出す様に促されたのだ。
その様な危険性を考慮しなければならない一族は大変だなぁ、と他人事の武徠ではあるが、それは後年、誤った認識だったと知るだろう。
彼、武徠の年齢は16歳、9月に高校2年生になると言う。ちょうどティナの2歳上である。
日本で育ちながら女性への配慮が欧州的なのは、彼はブルガリアのハーフであり、欧州人らしく女性の扱いについても同年代の日本人に比べるべくもない程しっかりしている。が、実際のところ、欧州人云々の前に、そこは母親の譲れないところであったらしく、戦うことは構わないが日常を疎かにしてはいけない、と礼儀作法や、女性に対するマナーなどを繰り返し繰り返し、更に繰り返し身体に自然と馴染むまで教え込まれたのだ。言葉使いは乱暴に感じることはあるが、さり気なく女性に気遣いが出来、且つ紳士的に振舞える人材だ。そう言った気遣いから学校では何気に女生徒の人気がある。だが、本人の脳内は強くなることで占めており、特定の女性と良い仲に発展する必要をまだ感じてない。だから、時たま飛んで来る熱い視線もスルーしているのである。
例えば今。
「どうです? 私の胸の感触は。ハリもあって触り心地は良いと思いますよ。」
などと言いつつ、「あててんのよ!」を身体と台詞で表現し、武徠の腕に胸の形が変わる程に押し付けているのだが、もの凄く紳士な対応をされている。女性慣れしていない若者が同じことをされた場合、真っ赤に動揺して呂律がおかしくなったり、へたにカッコつけようとしたり、あわよくば何かしても赦されると勘違いする場合もある。
それが、スマートに対処されるのである。「そんなにギュウッと掴まなくても逃げやしないって。むしろ手が疲れるだろ? 軽く握った方が楽なんじゃないか?」などと軽く相手の手に自分の手を添えて笑みを浮かべながら相手を諭す余裕の態度に、ティナがブーブー言い出すと「それなら、手をつなぐか?」などとサラリと言ってのけるのだ。
笑顔で「それも良いですね」などとティナは言いながら、内心は「おかみさん、躾が行き届きすぎです!」と猛っているのだが、その内容は称賛こそされるべきことであり、文句を言うには聊か道理を蹴っ飛ばしている。
「むー。まだ武徠さんの需要と私の供給が噛み合ってませんね。」
「そうは言われてもなあ。昨日の今日で直ぐには変わらねーよ。」
「まぁ、2年計画ですから今日は良いと言うことにしましょう。」
「全く。ホント、俺のどこが良いんだか。」
「その手のことは大抵、本人は判らないものですから。良いとこを上げていきましょうか? 4000個くらい。」
「うおいっ! 桁! 桁!」
「文句が多いですね。じゃあ、4000ワードくらい。」
「単位の話じゃねーって!」
「そろそろ新鮮な姫騎士が欲しくなってきませんか? オークさん。」
「2年計画どこ行ったーっ!」
――2年計画。それは昨日の昼に遡る。
格闘技で模擬戦を熟し武徠の可能性に光を見たティナ。彼が練り続けた様々な武術は、その使い方さえ身体が理解すれば世界でも指折り数えられるだけの地力は既に持っていた。何より競技ではなく、戦うとは何かを理解しており、強者と巡り会った時に嗤える精神性は称賛に価した。そんな相手を見つけられたことは姫騎士さんにとって大収穫であった。
コテンパンに伸された武徠は世界の広さと高みを垣間見たのだったが、気が付くと力士達に混じって楽し気にチャンコを食べていたティナを見つけ、先程との温度差に思わず閉口したとしても仕方ないだろう。我が道を全力で突き進む姫騎士さんは、例え遺恨がある相手と対面で食事をすることになったとしても、いつもと変わりない安定感を発揮するのだ。だから、チャンコを囲む一団に溶け込むくらい無意識で出来るのだ。それは置いといて。
和気藹々と何時もより賑やかとなった食後に力士達が休息、つまり昼寝に入ったところで、楢木一家とティナ一同による家族会議が開催された。まだ幼さが残る武徠の弟と妹も参加しているのは、ティナが家族ならば構わない、と申し立てたからだ。
「改めてご挨拶させていただきます。フロレンティーナ・フォン・ブラウンシュヴァイク=カレンベルクでございます。不束者ですが、みなさん末永くよろしくお願いいたします。」
「こちらこそよろしくね。ウチの子、頑固で融通が効かないけど悪い子じゃないのよ? 気に入ってくれたのなら嬉しいけど。」
正座から三つ指ついて挨拶をするティナの台詞はまるで嫁入りの様である。態とやっているのであるが、その意図を汲んでいるのはおかみさんだ。
思わずマルレーネがプッと噴き出しているので、楢木家の他の者は冗談などと思っているのだろう。しかし、実際はマルレーネはティナが気の早い挨拶をしたことに笑ったのであるが。
気を取り直した親方から楢木家の一同が順々に挨拶していく。
楢木家の家族構成は以下の通り。
八重垣部屋の親方である父、戎留。これは帰化名で、本名はジュール・オークエフ。
株などで資金を稼ぎ出すおかみさんである母、江梨子。
姫騎士さんにロックオンされている長男の武徠。
将来は横綱になりたい次男で8歳の昂希。
最近、魔法少女番組を卒業した長女で6歳の楓。
この5人が楢木家の一同で、後は関取含む力士が26人の大家族と言っても良いだろう。
次男の昂希は滅多に接することのない西洋人の女性達との対面にモジモジとはにかんでいる。
妹の楓などは、TVで見た姫騎士を目の前にして少し興奮している。「おねえちゃん、テレビでみたー」と、物怖じせずにティナに寄って来てあっと言う間に仲良くなった。今はティナの膝上で抱えられている。
ちなみに、八重垣部屋建築に当たっては、おかみさんの運転資金と言う名目の資産から費用が捻出されており、3階建ての相撲部屋付きマンションと言った方が良いだろう。建物内部で仕切りはしているので直接行き来は出来ないが、賃貸マンションを兼ね、部屋数も多いことから纏まった収入がある状態だ。一点集中で他に脇目も振らないタイプの夫と長男を支える、しっかり者の母である。
「そうですねー。武徠さんが完成するのが早くて1年か2年くらいだと見ます。その間に稼ぐ術を整えた方が良さげですね。」
「でも、この子ったら武術のことばっかりだもの。何をさせるのが良いかしら。株の才能はなさそうだし。お勤めも難しいんじゃないかしら。」
楓を抱っこしたティナとおかみさんで世間話をするかの様に将来を見据えた現実的な話が始まっている。
親方は最初こそ口を出そうとしたが、女性同士の会話は横入りすれば大怪我をする。これは相当危険な話だと察し、事の成り行きを見守ることにした様だ。若い時分の経験から学んだと思われる。
それとは対照的に勝手に自分の将来に口を出され、武徠も黙ってはいられない様子。一言物申すと気概を上げ口を開く。
「ちょっとまってくれ、おふくろ。それとフィオレンティーナ。」
「ちーがーいーまーすー。それはイタリア読みです。フ・ロ・レ・ン・ティー・ナ、ですよ。」
「ちょっと、武徠。女性の名前は間違えちゃダメっていつも言ってるでしょ!」
「あ…っと、すまん。申し訳なかった。」
ペコリと頭を下げる武徠。素直に謝罪の言葉を出せるところは、おかみさんがしっかり教育した賜物だろう。ほんのりティナの好感度は上がった様だ。
「ティナ。私のことはティナと呼んでいいですよ、武徠さん。」
「あ? ああ、判った…。ティナ、で良いんだな?」
「はい、寝言で漏らすくらいバンバン呼んじゃってください。」
「寝言って…。いや、そうじゃなくてだな。」
「武徠は、ちょっと黙ってなさい。あなた、将来は山奥に籠って狩でもしながら生活するつもり?」
「おふくろ、それは極端す「いろんな道場を客分で練り歩くのもなしよ?」る……。」
「むしろ、それは完成した武術を持ってないと意味ないですよ? でないと、客分ではなく只の教導代行になりますから。」
周りを取り残し、どんどん案を出していくティナとおかみさん。
有無を言わさぬ勢いと現状の生活を続けた場合に訪れるであろうリアルな予想に、反論も上げられずに押し黙る武徠。
その様子を見てケタケタ笑っているマルレーネ。
いつのまにかクラーラやソフィヤ、リーフェに構って貰っている次男の昂希。
ティナの膝上で、興味深そうに会話を聞いている長女の楓。
悟った目で嵐が過ぎ去るのを耐えている親方。
言葉にすれば、なかなかに混沌とした状況であるが、外から見ればティナとおかみさんが談笑している様に見えるのが不思議である。
そして、話の方向性は凡そ決まった様だ。
ティナからの提案一つ目。
武徠に近い将来、格闘競技の世界へ本格参入してもらうこと。
昨今は、実際に身体を使うリアルなスポーツが再評価され、様々な競技で人気を博している。特に、リアルな格闘要素が入った競技などは人気も高く、大相撲なども日本より海外の方が視聴率を稼いでいるくらいだ。
特に、数年前、オランダで立ち上げられた競技「リアルファイト:ベアナックル」と呼ばれる、武器なし、噛みつきと急所攻撃、ダウン時の攻撃以外は何でも有りの真剣勝負を謳う格闘試合は、若い世代と本格志向の格闘技ファンを中心にジワリジワリと人気が上昇中である。出場選手なども洋の東西、武術の制限などもなく、空手家やキックボクサー、柔道家やプロレスラー、プロボクサーにコマンドサンボなど、立ち技・寝技に限らず、様々な格闘家が参戦している。オープングローブとマウスピースを着用し、それ以外は生身のみで戦うコンセプトだ。昨年末の王者決定戦で、重量無制限のスーパーヘビー級に出場した体重僅か75kgのシステマを使うブラジル人選手が並居る巨漢の強豪を次々と打破し、優勝を攫っていったことで話題性も十分にある。
実のところ、競技運営会社の親会社にカレンベルク一族が出資しているため、繋ぎが取り易いと言うメリットがある。デメリットとしては、最初の内は余程の実績が無い限りファイトマネーは安いこと、参戦時に技術が完成していなければなかなか勝てないこと、武徠が参加可能なスーパーヘビー級の試合開催は年間で数回しかないこと、本拠地がオランダのため移住、もしくは試合日程だけ遠征が必要になること、である。
しかし。
実力があれど、全く無名の競技者を受け入れる筈もなく、事前にネームヴァリューが必要になる。
ここで、ティナからの提案二つ目となる。
まずは国内の格闘技イベントに参戦する。
調べたところ日本でも格闘競技団体はあり、学生を対象とした選手権などを1、2カ月に一度の割合で実施している。そこへ、カレンベルクのコネも最大限に使う反則技だが出場枠を確保する。戦いの場を用意するので、後は派手に勝利し鮮烈デヴューを飾り、メディアへの露出を強く出して貰う。
今までは、勝ち負けは戦った者同士が判れば良いと内々で戦っていたため、武徠の存在自体、ネット上にも話題に上らなかったのだ。単なる求道者であればそれで良いかもしれないが、彼は「全てに勝利して最強とは一つであることを証明する」などと言う途方もない目標を掲げている。通常のやり方では相手を探すだけでも相当な労力が必要になり、時間が幾らあっても足りない。その時間を端折るためにもメディアで認知してもらう必要があるのだ。
そこから勝ち進んでいけば、記者などは勝手に武徠の素性を調べるだろう。そうすれば大横綱 黒将灘の息子であることがすぐ判明し、話題性も付随することになる。上手くすれば、その段階でプロの格闘家とも試合を組んで貰える可能性がある。その場合も可能ならば勝利することが望ましい。
そう。ネームヴァリューと実績造りを国内で行うのだ。そして、メディアを通して巡り合った人達と横の繋がりを構築する。知り合いの知り合いの、そのまた知り合いに何処其処の強者がいる、などの情報が集まる率は高くなる。強者から逆指名を受ける可能性もある。
ある程度、ネームヴァリューが浸透した後、話題造りと国外での認知度向上を兼ねて海外遠征する。戦う相手はティナのコネを使って紹介し、旅費などの諸費用は出世払いで立替とする。その遠征で技を磨けるだけ磨くのだ。そこまで来たら次のステップ、提案一つ目にようやく繋げることが出来る。
「学生をやりながらでも武徠さんの実力なら大体、1年くらいで最初の提案に行けるようになると思いますよ。」
「あら、もしかすれば最初の段階でお金が稼げる様になるかしら。」
「どうでしょう? 学生を対象とした選手権と考えるなら、お小遣い程度ではないでしょうか。」
まるで決定事項の様に会話を続けるティナとおかみさん。
「待て待て待て。オレの意見は全く聞いちゃくれないのか。」
当事者である武徠の意見も尤もだろう。
「はい。ではどうぞ、武徠さん。」
「コネやら借金やら不穏な単語が飛んでるんだが、そこまでしたくねーよ。それに俺は格闘技イベントに出たいって一言もいってねえぞ。」
ティナとおかみさんは一度、視線を交わし合い、「何を言っているんだ」と言う表情に変わった。
「いえ、別に出たい出たくないは関係ありませんよ? これは、武徠さんの特技を生かして活動に必要な資金を稼ぎつつ、掲げた目的を果たす方法の一つとして提案してるんです。」
「格闘技イベントがか?」
「そうです。今の武徠さんがお金を稼ぐ一番手っ取り早い正規の方法です。」
暫く無言で武徠を見つめるティナ。その視線は現実を見ている。
「全てを相手どり最強に至る。至るためには何時迄にどうするか具体的に決めていますか? 只管、鍛錬を繰り返し、強い相手の噂を聞いたら戦いに行く今の方法では辿り着けませんよ?」
「確かに、どう行動すれば良いのかまだ見当も付かない。しかし、格闘技イベント意外だって方法はあるだろう。」
「あるとは思いますよ? でも現段階で私はこれ以上のものを思い付きません。武徠さんは他の方法ありますか? 実は木彫りのクマを作るのが得意だとか。」
「なぜ木彫り職人が真っ先に出てくんだ…。いや、方法なんて思い付かねーな。俺が出来ることを考えりゃ、聞いた以上の方法はないって判るさ。」
「あら、では恥ずかしがり屋さんですか? それともメディアのレンズ越しだと顔が横に広がり過ぎるとか。後はー、うーん。格闘技イベントに出たくないとか。」
「聞く順番と内容おかしくねーか!? あー、出たくない訳じゃなくてだなあ。…つまりな、コネとか出世払いとかがなあ。」
借金は辛いよな…、などとポツリと零すリストラでにっちもさっちも行かなくなったサラリーマンライクな草臥れた表情をする武徠。若者がする表情ではない。
「ひっそりコッソリ戦ってたことで世間の認知度はマイナススタートですから。その分を取り戻すためにはコネでもなんでも使えるものは使いませんと。」
「活動資金も借り入れが出来るなんて通常ではありえない破格のお話ですよ?」
まぁ、融資者は私ですが、と一言添える姫騎士さん。
「それに出世すればいいじゃないですか。格闘技イベントだって軽く熟せるくらいになって貰わないと。武徠さんの目指すところはその遥か先にあるんですよ?」
ティナが立てた提案。傍から聞けば皮算用で現実味がないのだが、そもそも提案で上げた項目は彼のスタートラインとして定めたものであり、目指す先を鑑みれば「その程度」と位置するものだ。
手を差し伸べられたのだ。負かされた相手、しかも年下の女子に何もかも用意されて「はい、そうですか」などと享受することはプライドが許さない…などと言うことはお門違いだと武徠も判っている。そんな安いプライドなど些事である程、彼が見据える先は遥かに高く遠いのだ。それこそティナが言う様に使えるものは何でも使うくらいでないと足掛かりすら掴めないかもしれない。
目を瞑り、深く考えを巡らした武徠。ティナから単純に取り掛かりを用意された訳ではない。求められたのは先へ進む覚悟であり、その気概を見せろと言われているのだ。
ならば、と腹を括る武徠。しかし、午前中の模擬戦と言い、色々とティナに促されることが多く、常に主導を取られているのが気になるところではあるが、それこそ些事であると口の端に笑みを浮かべる。
「…その申し出、ありがたく受けさせてもらう。2年だ。まず、2年でティナに認められる強さを得て見せる。」
「はい、判りました。2年と言う期間も妥当と思います。その時が楽しみですね。」
武徠は真っ先に期間とその時に提示する成果を言葉にした。今回の件は、好意的に手を差し伸べられたとは言え、ある意味、業務契約に近い類である。融資を受けるのならば、クライアントへ成果目標を伝えるのは正しい行動だ。
だが彼には一つ疑問が残っている。
「…なんでだ? なんでアンタは俺にそこまでしてくれるんだ?」
「ん? そんなの武徠さんを気に入ったからに決まってるじゃないですか。」
「はい? 今朝会ったばかりの相手じゃないか。普通だったら、ここまで相手に立ち入らないんじゃないか?」
「需要と供給ですよ。私が探してた需要に武徠さんがマッチしたんです。だから今日、無理を言って伺ったんですよ。あなたを見るために。」
その「見る」は自分の器を見定めるためだと、ティナとの模擬戦で認識していた武徠の心境は複雑である。
見せた結果はティナに惨敗の上、自分の欠点をダメ出しされ、更に進むべき道筋まで示して貰ったので良いところはまるでなかったと言って良い。
「将来的には婿に来ます? それとも私が嫁入りした方が良いですか? 家系を考えると婿入りして貰うほうが無難なのですが。」
「わたしとしては武徠の選択次第でいいと思うわ。家業を継ぐ訳じゃないし、自由裁量よ。」
「それでしたらありがたいですね。一族が大きくなりすぎて何かと制約が多いものですから婿入りして頂いた方が安全です。」
突然飛び出した予想外の言葉に、武徠も目を見開き驚きを隠せない。さすがに自分の配偶者を決める話がいきなり出れば動揺する。しかも、その話は既に先まで進んでいるかの如く、自分の母親が自然に受け答えしているのだ。
「ちょっと待ってくれ! なんでそんな話になるんだ!」
「そう言われましても。最初からそんな話ですよ? 私が相手では不服ですか?」
これでも容姿とスタイルには自信がありますよ?我ながら良い性格をしてますし、と堂々と言ってのけるティナ。良い性格と、良し悪しの意味で言っていないところがホント、良い性格をしている。
「オイオイ、俺なんかのどこが気に入ったんだ? 顔も普通だし、知り合いからはオークとか呼ばれてんだぞ?」
「あら、私が姫騎士ですからオークで丁度良いじゃないですか。薄い本でもメジャーなカップリングですよ?」
そのカップリングはここで例えるべきか、問題を孕んでいると思われるのだが。
「それに私は人を判断する時、相手の本質を見ます。容姿は二の次ですよ?」
「武術的な将来性もありますし、引退後は一族の部隊を任せて見るのも面白そうですね。」
輝く様な笑顔でほほ笑むティナを見れば、嘘や冗談ではなく、全て本気であることが誰にでも判る程であった。
ならばこそ、武徠は今の思いを口に出して伝える。
「出会って間もない相手に、俺はそう言う気にはならんぞ?」
「では、最初に提示して頂いた2年。その期間で私に振り向かせて見せましょう。だから、その時に答えを下さいね?」
武徠の言葉に対して、即座に返してきたティナ。全くへこたれない彼女に少し呆れながら思わず頷いてしまった武徠。
終始、ぐいぐいと踏み込んできて主導を握られていた感が拭えない武徠ではあるが、見た目も麗しい少女にこれ程慕われるのも悪い気はしていないのも本音である。
取り敢えず、時の流れに身を任すことに決める。何せ武術と違い、恋愛事など全く判らないものだからだ。この先、どの様に転ぶのか少し楽しみにしている自分に気が付き、ティナの影響を少なからず受けていた様で思わず笑みが零れた。
「武徠。かわいいお嫁さんが来てくれてよかったじゃない。あんたのことを理解してくれる女の子なんて他にいないわよ?」
だから、あんたはティナさんに愛想尽かされない様にしなさいよ?、と母親に言われ、確かに是非もない相手だと再認識する武徠。
その様子を傍目に「Gutキーワード! さすがです、おかみさん!」と内心で大喝采しているティナ。
そして。あれよあれよと決まっていく遣り取りの様子を黒将灘親方はじっと黙って静観していた。
自分の時もこんな感じだったな、と遠い目をしながら。
――現在に戻る。
今日の日は、お互いをもっと知るためにティナが設けた時間だ。提案した時は、おかみさんが武徠本人に有無を言わさず二つ返事を返して来たのは想定内であろう。どうも、楢木の男性陣は女性の押しに弱い様だ。
昼過ぎ、力士達がお昼寝に入った時間を見計らって訪問したティナは、武徠を散歩に連れ出した。特にどこかへ出向く必要はない。二人で日常的な会話を重ねることが主目的だからだ。
「夕べ、ティナのDuel動画見たけどな。正直驚いた。俺が見たことあった剣術はほんの端っこだったんだなってな。」
武徠は、Chevalerieの戦いに然程、興味を抱いていなかったので殆ど騎士の試合動画を見て来なかった。彼は日本の剣術や西洋剣術も弱くはない程度に修めているのだが、そもそも戦いのカテゴリーが全く異なる上、自身は剣を相手に素手で戦うので、相手の戦闘スタイルを確認する程度にしか騎士の試合を見ていない。また、彼が国内で戦ったことがある強いと言われていた剣術使いが拍子抜けするほど簡単に倒せてしまったのも興味を削ぐ理由になった。
「正直、洒落にならない技量を持った方達がいますよ。この国の全国大会、京姫の動画もお勧めしますよ? また違う強さを見れますから。」
「友達って言ってた娘の試合か。それじゃ今夜探してみるか。」
「そのほかにも面白い戦いがたくさんありますから。他の武術家が見ても参考になる試合も多いですよ。」
ゲスト出演した日本のTV番組が8月27日に放送しますから見て下さいね、と付け足すティナ。姫騎士スタイルで戦っている最新動画になるので推しておく。
「なんだか古いロケットを打ち上げるみたいですね。途中で爆散しそうですが。」
スカイツリーの麓――川を挟んでだが――に辿り着き、見上げて素直な感想を述べるティナ。
観光名所に対して酷い言い草である。
「いや、途中でボロボロと具が落ちてバラバラになるんじゃねえか?」
地元民も酷い言い草であった。
「問題は、女性とのお付き合いに興味が無いのに女性の扱いが上手いことですね。そこのとこどうなんですか、武徠さん。」
「いきなり話が変わったな。んなこと言われてもなあ。おふくろにこんな小さいころから仕込まれたから当たり前って感覚しかないな。」
こんな小さいころ、を指で表現する武徠。その指を開いたサイズは5円玉くらいしかないのだが…?
頬を膨らまし、如何にも不機嫌です、と表情を作る姫騎士さん。内心は正しい紳士の崩し方を学習してこようと決意を新たにしているのだが、相も変わらず酷い内容だ。
「むう。例えば、ムラムラしてその辺の草むらの影に私を無理やり引っ張っていくとか。したくなりませんか?」
「極端すぎだろ! ならねーよ!」
「よし。誘惑です。衆目の中、不本意ですが、ここで全裸になりますか。」
「おい! 2年計画がまたどっか行った!」
「日本には既成事実と言う、とても素晴らしい言葉があると学んできました。」
「そこはもっと違う言葉を学べよ! どう言ったベクトルで選択してんだよ!?」
「エロイ方向で。」
「直球だな! むしろ清々しいな!」
意外と今の段階でも息が合っているのではないだろうか。
具体的に言うと、京姫の他にツッコミ要員一名追加、と言う感じだが。
兎も角、二人は先を見据えて動き出した。
ティナもこれから学内大会や世界選手権大会、それと武徠の支援やらで忙しく過ごすことだろう。
そして後で思い起こすのだ。
今年の夏は、なかなか良い夏だった、と。




