世界中に散らばった不幸な物語は私が全部ハッピーエンドに導きます!
(何をしているんだい?)
「えっとね、物語を書いてるの。私の異能で物語を書いたら幸せな人が増えるかなって思ったの」
(それは良い考えだね。ちなみに、どんな話を書くつもりなんだい?)
「うーん、妖精さんが迷子になって森に迷い込んできた子と仲良くなる話! 妖精さんの秘密のお花畑に連れて行ってもらえたりするんだ。タイトルはね————」
足を鉄球と繋がれて動けない少女が虚空に向かって話しかける。
その声が聞こえるのは少女だけで、少女が気を許せるのもその声だけだった。
少女のいる部屋を少し出たところには、その少女を不気味そうな目で見る男たちがいた。
少女がいるのは異能の研究施設。
彼女は異能という未知の能力を持っていたが故に幼いころに捕えられ、人生の大半をここで過ごしてきた。
外の世界を知らないが故にほとんど辛くはない。だがそれが、その声にとって辛かった。
「ねぇ※※※! 聞いた? 私の物語がお金持ちのおばあ様に買われたんだって! 凄くない凄くない? 凄いよね!」
(それは良いことだ。今回はどんな物語を書いたんだい?)
「でしょ! 今回はね、蜘蛛の話を書いたんだ。どんな病気でも治せる蜘蛛の話! ある日毒キノコを食べちゃった鹿さんが蜘蛛に助けてもらうの!」
(じゃあ今回買っていった人は?)
「うん! なんか、飼ってる犬? が病気しちゃってたんだって」
(そうかい、それならもう安心だね)
少女が書く物語は不思議な力を持っていた。
否、彼女の血で創られたものは不思議な力を持っていた。
最初にそのことに気がついたのは、ただの偶然。
ただ偶然砂の上で絵を描いた時に血が滲んで異能が発動してしまった。ただそれだけの事。
だが、研究機関は少女の能力を危険なものだと断定し、親に大量の金品を渡すことで半ば無理やり研究所に連れ去ってしまった。
少女が幸せに過ごせているのならばそれでいいと、その声は考えていた。
それなのに。
「ねぇ、※※※。私の物語のせいでまた酷い事件が起きたんだって。私の物語って人を不幸にするのかな?」
(そんなことないさ。君の物語は沢山の人を救っている。悪いのは、それを悪用している一部の人たちさ。それよりも君の身体の方が心配だ。もう血を使うのを辞めよう)
「でも、私が物語を書かないと不幸になる人もいっぱいいるの。私の能力で異能は危険なものじゃないって思われるように頑張らなくっちゃ」
(無理はしてはいけないよ。私にとっては他の誰かより君の方が大事なんだ)
少女の笑顔は曇りはじめた。
大本の原因は一部の悪意を持った人たち。
少女は人々のためを願って物語を編んだのに、一部の悪意が人を害するために悪用する。
悪いのは悪意を持った人々なのに、それを作り出した少女に責任転嫁する人間たちが、その声は大嫌いだった。
少女の異能で創られたものを売りさばいて、それでいて少女のケアをしようともしない研究所の人間も大嫌いだった。
..........
「ねぇ※※※。私の物語が盗まれて悪用される事件がまた起きたんだって。守ってくれる騎士だったはずなのに、大量殺戮を起こしたんだって。幸せな物語だったのに、どうしてそんなことするのかな」
(もう書かなくていい。もう君の手も足もボロボロだ。そんなにやせ細ってしまった。もう、血を使わないでくれ)
「うん、だけど最後に一つ。一つだけ完成させたいの。これが完成したらもう異能は使わないから」
そう約束した少女。
だけど、少女を批判する声は日に日に高まっていき、研究所は少女を切り捨てることに決め、少女は処刑されることが決まった。
何一つ悪とされる行為を行っていないのに。
少女の異能による成果で旨味を占めていたのは研究所なのに。
少女はただ幸せを願って物語を編み続けたのに。
最期の物語は完成することなく断頭台へと連れていかれることが決まった。
「ねぇ、※※※」
(……なんだい?)
民衆からの誹謗中傷、投石など無い罪の責任を全て一身に受ける少女。
そんな中で少女はその声に話しかけた。
「お願いがあるの」
(どんな願いなんだ?)
「物語を、バッドエンドで終わらせないで。私の物語達を、どうかハッピーエンドに導い——」
剣が振り下ろされ、少女の首は無残に転がった。
その日、一冊の本と一つの街がある国から消滅した。
国は研究所の実験が失敗したことによる事故として処理した。
同時刻、子供の落書きのような歪な何かは、人の姿を手に入れた。
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森の中で少女とそれを追いかける男がいた。
「きぃひひひひひひっ! 逃げたい? 逃げたい? でも逃げられなあああいっ! この【神隠し】の物語がある限り逃げられませええええん!」
「ひっ、いや、いやっ! やだ、やめて……」
森の奥、不自然なほど人の気配がしない空間で男は嗤う。
出口のない世界に呼び込まれた少女は腰を抜かして後ずさることしかできない。
だが、男と少女しかいないはずの不気味な世界で、些か場違いな凛とした鈴のなるような声が響く。
「見つけた、【妖精のいたずら】。その物語、私に返してもらうよ?」
現れたのは剣を片手に持ったまるで物語に出てくるような格好をした女。
「あぁ? この本は【神隠し】だ。——それよりもてめぇ、どこから入ってきやがったんだ? ここは俺とこの子の二人きりの空間だったのによぉ!」
きひひひ、と気味の悪い笑い声をあげる男に、女は淡々と返す。
「普通に、入口から」
「【神隠し】に入口なんてあるわけないだろぉ!? まぁいい! てめぇは後から可愛がってやるよ! 『全てを隠せ! 空間を乖離しろ! 神隠し!』」
「ダメ! それに当たっては——!」
少女が忠告するが、女はそれを取り合わない。
「知ってる? この物語は、元々心優しい妖精が花畑に連れて行ってくれるだけの優しい物語だったんだ」
「あぁ? 何訳の分からないことを言って——どうしてまだいんだよ!?」
「ダメッ! 逃げてええええ! ーーぇ?」
女は男が発動させた術中を平然と歩いて近づいていく。
訳が分からない様子の男。
「『バッドエンドメモリーズ:Ⅲ ジャック、切り裂け有象無象!』」
女が何かを振り下ろすと同時に、空間ごと男が縦に分かれていく。
「何、が……」
「知らないの? 弱い物語は強い物語に干渉できないんだよ」
「……んな、バカ、な」
男が倒れると同時に、パリン! と音がして景色が変わる。
「バッドエンドメモリーズ:Ⅰ、及び【妖精のいたずら】蒐集完了」
いつの間にか手に握られていた本を見つめながら女はそう呟く。
そして少女の方を振り返りもせずに、立ち去ろうとする。
「ま、待ってください! 貴女は……貴女は一体!」
「私? 私はあの子の最期の作品。【終わらない物語】、蒐集家シオリ」
「……【終わらない物語】。——貴女は、物語を変えられるんですか?」
「私の存在意義は蒐集だ」
女は淡々と答える。
それを聞いて少女は硬い表情で口を開いた。
「着いてきてください、お願いします。変えて欲しい、物語があります」
性癖です。