変わり者の亡者と俺
「死神さん。死亡者リストの整理、終わりましたよ」
そう言われたかと思うと、俺にリストが差し出された。
ありがとうと笑うと、彼女もいいえと笑い返した。
死神さん、と呼ばれた俺はその名の通り、死神だ。
世界で初めて死んだ人間。
人間と言うものは輪廻の輪に入り、何度も何度も転生する。
けれど、俺は何故かいつまでたっても転生せず、死神としてここにいる。
時が、止まっているのだろうか。
目の前にいる彼女は若くして交通事故に巻き込まれて死んだ。
全く自分が死んだという自覚がなかったみたいで、最初は夢だと思い込んでいた。
でも、確かにここにくる間際のことは頭にあり、
「危ない」と友人の声がしたかと思うと、車が目の前に迫っていたらしい。
そして気付いたらここにいた、と彼女は語っていた。
「でも悪いね、唯」
「何がですか?」
「唯は天国に行くはずだったのに、こうして俺の手伝いをさせちゃって」
地獄の悪魔は、生前で穢れた魂を浄化し、綺麗な魂でまた転生できるようにするもの。
天国の天使は、転生するまで生前の清らかな魂を保つもの。
そしてこの俺死神は、魂を悪魔のいる地獄と天使のいる天国。そのどちらかに誘うもの。
彼女は生前の行いがよかったため、綺麗な魂だった。
だから天国に行ったはずだったのに、唯はこうして俺の傍で働いてくれている。
俺は唯のことが好きだ。だからこうして傍に居てくれることは嬉しい。
でも、どうして天国に行かないの、と尋ねてみても返事はいつも決まってこうだ。
「ただ広いだけの天国に行っても、何もすることないんですから」
天国は確かに広い。広いだけで、娯楽なんてなにもない。
つくりものの花を見て、空を見て、草原を見て、転生の時を待つ。
のんびりとした、だるさ。
時々唯みたいに暇だから、といって俺の手伝いをしてくれる人はいる。
でもそれも数日だけで、たいていはそのうち天国にいることが幸せに思えて手伝うのを止める。
それは段々とそのだるさに慣れていくからだ。
慣れ、というより感覚の麻痺に近いけれど。
「いいんですよ。それにどうせ、私が転生するまでですし・・・」
人は転生する。
それは全ての理。
時たま、人間が使える部分だけくっつけてリサイクルするみたいに、
魂と魂どうしが融合することはあるものの。
「転生といえば、俺、唯の前世について話したっけ?」
唯の前世は猫だった。
気高く、上品なペルシャ猫。
そしてその前は人間の男の子だった。
でもたった六年生きただけで、その時代流行っていた病に犯され、亡くなった。
他にも、戦争に借り出された男児だったり、時には貴族に飼われていた鳥だったりした。
数えれば、キリがない。
「はい。色々聞きましたよ。もう忘れちゃったんですか?」
「うーん・・・魂の前世についてなら完璧に覚えてるんだけどね。
こういう細々としたことは覚えれないなぁ。俺も歳かな」
俺は永遠に朽ちることはない。
けど、生き物っていうのは死んで、それからまた生まれ変わっていくうちに全て忘れる。
天国と地獄で過ごした記憶も、友人、家族、恋人のことも。
そして、自分自身のことさえも。
「歳は関係ないと思います。
というかそんな莫大なこと覚えられるんだったら、細々としたことも覚えてください」
「それは違うなー。俺が魂のことを覚えてるのは死神だからだし」
そういうと、彼女は小さく首をかしげた。
その動作は、彼女の前世である猫のときとそっくりで、
癖って魂にも染み付くものなんだな、と改めて認識させられる。
「死神になったら、まるで義務のように覚えるんだ。機械に記憶させるように。
どんなに俺が覚えるもんかって思っていても、覚える。分かる。
だから、魂は嫌でも覚えていられるけど、日常のことは俺が覚えようとしなきゃ覚えらんない」
「義務・・・?どうして死神だと覚えちゃうんですか?」
「簡単に言うと、その人のことを憶えていられるのは俺だけだから、さ」
死神にしかできない義務。
天使と悪魔には、人のことを憶える必要はない。
だって、彼らはただ、天国と地獄に来た人を迎えるだけだから。
でも、俺はちゃんとその人の人生について調べて、行いが良いか悪いか判断して、
天国か地獄かに分けなきゃなんないんだもん。
だから、憶えてられるのは俺1人ってわけだ。
毎日毎日、死んでしまった者たちと繰り返すこのやりとり。
『ここ、どこ?あと、あんた誰?』
『俺?俺は死神。で、ここは死後の世界。いわゆる、あの世とか彼岸とか言われるところ』
唯は、輪廻転生する。でも、俺は・・・
朽ちることのない時間。
これを永遠というのなら、なんて苦しい時間。
「俺が唯という人間を覚えていても、唯は転生すると俺を忘れるだろ。
俺は思うんだよね。どうして俺は死神なんだろうって」
「・・・」
「永遠なんてさ、気の遠くなる時間なんて、いらないんだ。
ただ、唯と同じ時を生きていたかったなぁ」
一分一秒を惜しみながら好きな娘と生きる。
限られた命の中で、ただひたすらに唯を想う。
「始まりがあって、終わりがある。
それがどんなに幸せなことか、生き物には理解できないんだろうね」
「・・・はい。でも、死神さんが言うんなら、きっとそれは幸せなことなんでしょうね」
あぁ、やっぱり。
俺の中で彼女は特別だ。
何が、って言われても、わからない。
だけど、天国にも地獄にも行かないこの少女が、俺の中で特別な存在なのは分かる。
「唯」
「はい」
「俺、唯が転生しても、唯のことは絶対忘れない。約束する」
それは、義務的な意味ではない。
死神としてでなく、人間としての、正直な言葉。
「・・・私も」
彼女がうつむけた顔を少し上げて、俺と目線を合わす。
きれいな目。
黒い、穢れを知らない目。
「私も、忘れません。忘れたとしても、必ず思い出します」
「うん、約束。絶対、絶対、俺のこと見たら思い出してね」
もう、誰?と聞かれて死神と答えるやりとりはうんざりだ。
俺は信じよう。
彼女がまたここに来たとき、
真っ先に、死神さん、と呼びかけられることを。
俺を忘れないと言ってくれたのは、彼女が初めてだったんだから。
「死神さん」
そう、こうやって笑いかけてくれる日が、また来ますように。
(絶望の世界にもちょっとだけ光が見えたかな、なーんて)
泣きボクロのある死神さんと私の死神さんverです。
人にとっては死ぬことはとても怖く、恐ろしいもの。
(実際不老不死になりたいと願った偉人も大勢います)
けれど、死ねない死神からとっては終わりがあることはとても幸福に思える。
どんなことであれ、人は失くして初めてそれの大切さに気付きます。
死神さんもおそらく生前は死が怖かったんでしょう。
けれど、あの世で死ねなくなってからは、終わりのあることの幸せさに気付いた・・・
終わりがあるから始まりがあり、始まりがあるからこそ終わりがある。
終わりがあるゆえ、人はその限られた時間を悔いないよう生きようとする。
皆さんも後悔をしないよう、時間を大切にしてくださいね。
では、ありがとうございまじた。