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第八話 邂逅

「意外とできるものね」


 母は出来上がった木造の家を見て驚いているようだった。


「だから言ったでしょう?

 ファムが出来ると言うのですから、出来るのですよ」


 兄は自分のことのように誇らしげにしている。


「初めてにしては上出来だと思います」


 建築初心者が作ったものとしては及第点だと、私は思う。

 衝撃にはそこまで耐えられなさそうだが、これまでの皮テントよりかは耐久力あるはず。

 ちなみに、広さは三人が横になって寝る場所と食事する居間が別スペースとして取れるくらい。

 十畳あるかないか程度かな。

 高さは兄でも窮屈に感じない程度には上げてある。

 屋根があればもう少し圧迫感なくせたんだろうけど。

 当然、中は装飾も家具も何もない。

 今日は建てることが目標だったのでこれは仕方がないだろう。

 納得のいく建屋が作るようになったら、ここは物置になりそう。窓ないし。


「仮住まいにしては立派過ぎない?」

「えっ」

「え?」


 元がテント生活だからか、母にはこの豆腐ハウスが立派に見えるらしい。

 私としてはもっとちゃんとしたログハウスくらいにしたかった。

 何はともあれ、今日はもう休もう。さすがに疲れた。


「日用品や他の事はひとまず明日かな」

「ああ。夜も更けてきた。休むのが良いだろう」

「久し振りにいっぱい働いた気分だわ」


 母は体を伸ばしながら、それでも笑顔でそう言った。

 慣れない作業もあって疲れているはずの母と兄は、疲れなど感じさせない晴れ晴れとした表情である。

 かくいう私も、疲れはあるけど今の状況が楽しいので、頬も緩みっぱなしだ。


「ファムもユティもお疲れ様。おやすみなさい」

「おやすみなさい、母上」


 私は母と兄に挟まれる形で獣人のまま横になる。

 木の床はちょっと硬いけどその辺も明日以降考えよう。

 母子三人で川の字。何だか嬉しいな。



 翌朝、周辺を探索して食べられそうな木の実や果物を採取するところから一日が始まった。

 畑を作るなら早い方が良さそうだけど、種や苗がない。

 森で見付けた食べられそうな果物の場所は覚えたから、それを育ててもいいかな。

 まあ、畑を作るのにも道具がないので、まずはもろもろの道具作りをしなければ。


「というわけで、今日は色々と道具を作りましょう」


 私の提案に、母が首を傾げる。


「ファムに任せるけど……何を作るの?」


 農耕の道具と、ああ、釣り道具もあるといいかな。

 机と椅子などの基本的な家具に、窓や扉もあった方がいい。

 私がウキウキしながら口を開きかけた時だった。


「何かが近付いてくる」


 唐突に兄が険しい顔でそう告げた。

 変な匂いや音はしないけど、何かとぼかすくらいだから、兄もはっきりとしたことは解っていない様子だ。


「匂いや音はないみたいだけど……」

「はい。どうやら、巧みに隠しているようです」


 匂いや音を隠すなんて、何者かは解らないけれど知恵者な気がする。


「匂いも音もないのに、兄上はどうして解るのですか?」

「気配、かな。何となくそこに居ると感じるのだよ」

「さすが兄上です!」


 凄い、とはしゃぐ私に兄は苦笑した。

 相手の種族も正体も解らず、隠密状態でこちらに近付くものがあるというのに、私があまりにも緊張感なく居るからだろう。

 でも、私は怖くない。だって、兄が側に居るもの。


「話が通じるものであれば良いのですが」

「得体の知れないものかもしれないのに?」

「どんなものであれ、意思疎通が出来ればまだマシです」


 話は出来るのに会話が成り立たない、父みたいな奴ならば兄に処分してもらおう。

 私はまだドアのないこの家からヒョイと顔を出して辺りを窺った。


「ファム!」


 私の行動を迂闊と思った母と兄は声を揃えて警告する。

 何となくだが、危険はない気がした。

 二人に構わず周囲を観察する。

 入り口から顔を出しているだけなので、全方位とまではいかないけれど。

 後ろは崖だし、ある程度までは把握出来ると思った。


 ふと、木の陰で何かが動いた気がした。

 もう一度その辺りを注視する。

 その方向からは何の匂いも音もしない。

 そこに何かがいるのだとしても、相手はそういったものを消したり隠したり出来る術を持つということだ。

 しばらく一点を見ていたが、何も変化はない。

 気のせいかと視線を離したその時──。


「危ない!」


 焦りを含んだ声色で兄が叫び、私の腕を引いて家の中へと引き入れた。

 同時に、ガッという鈍い音を立てて、入り口の横に何かが刺さる。


「母上、ファムを頼みます!」

「解ったわ! 気を付けるのよ、ユティ!」


 止める間も無く、兄が飛び出して行く。

 私は母に預けられ、一連の流れを呆然と見ていることしか出来なかった。

 いきなりのことで驚いたのもあったけど、兄の行動の早さに付いていけなかったことが大きい。


「は、母上、兄上を止めなければ」

「何を言っているの、ファム! あなたが狙われたのよ?」


 そうなのだけど、何だか違和感もあったのよね。

 私は母の手を振り解き、私を狙ったという攻撃の跡を見に行く。

 入り口の横に当たったそれは、木の矢だった。

 私の頭があった高さではあるが、位置はかなりずれている。

 あのまま顔を出していても、この矢に当たることはなかっただろう。

 狙いが甘いのか、敢えて外したのか。

 私は後者だと思う。

 そう思いたいだけ、ではない。


「母上、兄上のところへ行きましょう」

「危ないわ、ファム。ここにいましょう」

「いいえ、母上。危険はありません」

「何を言って──」

「大丈夫です。信じて下さい」


 母は溜息を吐いた。

 我が子を信じたい。けれど戦いの場に連れて行くのは抵抗がある。

 そう読み取れる顔だった。


「それに、兄上が居るのですから、心配ありません」

「解ったわ。ファムは何を言っても聞かないでしょうし」


 諦めたように溜息を吐き、母は仕方なしといった感じで了承してくれた。

 私は母と共に家から出る。

 先程と違い、足音が聞こえた。

 二つの足音が、不規則な間隔で耳に届く。

 兄が居るのは間違いなくこの音が聞こえる方向だろう。

 迷うことなくそちらへと足を向けた。


 出来る限り家から離そうと考えたのか、意外と遠くに兄は居た。

 銀狼の姿で、家に近付いたであろう何者かと戦っている。

 ここまでやって来た私と母を一瞥したものの、焦る様子はない。

 兄の中では、私がここに居ようと居まいと、やる事は変わらないのだ。

 お説教もないようなので、私は相手へと視線を向ける。

 人間──のように見えた。

 毛に覆われていない、肌が見える二足歩行の生き物。

 獅狼族が人間の姿を模して変化したものしか見たことがないので、あれが人間かどうか判断ができない。


「おっと、雌が二匹増えたか」


 言語は共通なのだろうか。

 少なくとも、相手の言葉は解るようだ。

 そしてもう一つ、相手は男だということ。

 兄よりは年上で、母や父と同じか少し若いくらいに見える。

 灰色の髪をオールバックにしていて、前髪が一部黒色なのでメッシュのようになっていた。

 兄とは別の意味でカッコイイおじさま、といった感じの人だ。

 手には剣を、背には弓を背負っている。

 矢を放ったのは十中八九この人だと思われる。


「雌でも獅狼族ならこっちが不利か。参ったな」


 苦い顔で男性はそう呟いた。

 そうだった。一瞬、目的を忘れてた。


「あの! 話をしませんか?」

「……は?」


 呆れたような、理解できないと言いたげな男の表情に、私は駄目だろうかと不安げに見詰める。

 見詰められ、男性は少し怯んだ。


「私達を狩る意思はないでしょう?

 それであれば、互いの疑問を解消する良い機会です」


 そう告げると、兄の方が慌てた様子で振り返った。

 何か言われる前にニコリと笑顔を向ける。

 好きにさせて欲しい時によくこうして牽制していたのだが、さすがに今回は誤魔化されてくれなかった。


『ファム、こいつは狩人だ。獲物を見付ければ狩る。

 話し合いなど無意味だ』

「兄上と互角に渡り合えるほどの腕を持つ狩人が。

 弓も使いこなすであろう狩人が。

 絶好の機会に的を外すのは不自然ではありませんか?」


 獲物を狩るだけであれば、私を狙った時に頭を射抜いておけば良かったはずだ。

 だが、矢は私に当たらない位置に刺さっていた。

 兄に引っ張られなくとも、矢は私に当たらなかっただろう。

 勿論、この狩人が弓を苦手としていて、偶然外れた可能性もまだある。

 しかし、気配や匂いを断つ技を持つ程の狩人が、相手に気付かれるリスクを冒してまで、苦手な弓矢で攻撃するだろうか。


「恐らく、この方がここへ来たのは別の目的があるか、偶然。

 矢を射掛けたのはこちらの様子や出方を窺うため。

 違いますか?」

「……そうだ。俺はそこの滝に用があるだけだ」

「滝に?」


 打たれて修行、というわけではないだろう。

 首を傾げる私に、男性は続けた。


「ここの清水は『聖獣の(いこい)』と呼ばれていてな。

 病や怪我によく効くんだ。だから、汲みに来る奴は多い」


 それはある意味で厄介な場所を選んでしまった。

 やはり、情報というのは大事だなと、改めて思う。

 ただ、今更ここから立ち退くのは惜しい。

 別に汲みたいのなら私達にそれを止める権利はないのだし、自由に来てくれて構わないのだが、恐らくそれは普通の人間には難しいのだろう。

 獅狼族は人間から見れば魔物で、危険な存在だと思われているはずだ。

 争いを好まない穏健派がいるなどとは、誰も信じてくれない気がする。

 それに、人間の方も獅狼族を狩りにくる可能性がある。

 それでも、共存を選びたいのは、根が人間だからだろうか。それとも──。


「嬢ちゃんは話が解りそうだな。

 なあ、兄ちゃんよ、ちょいとその爪を納めてくれねぇか」

『貴様がファムに矢を射掛けたからだろう!』

「だから、嬢ちゃんも言ってた通り、様子見の威嚇だって」

「そうですよ、兄上。この方に敵意はありません」


 私が男を庇い始めたので、兄は悲しげに耳を伏せる。

 あら可愛い。じゃなくて。


「嬢ちゃんの方が状況をよく解ってるな。

 それで、話をしたい……だったか?

 こっちも聞きたいことがある」


 少しだけ、男性の目が鋭くなった。

 それに、兄が反応する。


「……荒事はなしでいきましょう」

「おっと、悪いな。職業柄ついやっちまうんだ」


 職業柄というがこの人は結局何者なのだろうか。

 そんな私の疑問を見越したのか、男性はフッと笑みを浮かべた。


「嬢ちゃん達は獅狼族なのに、たった三匹でここに居る。

 『はぐれ』なのか、訳ありか……ちなみに俺は『はぐれ』だ」

「へ?」


 今、サラッととんでもないことを言わなかっただろうか。

 まるで、この人も獅狼族かのようにも聞こえたが。

 驚く私の前で、その男性は灰色の光に包まれた。

 すぐに光は消え、男性はその姿を変えている。

 全身が灰色の体毛に覆われた、獅狼族の獣人形態だった。


「里の外で生きるには、人間の姿の方が都合が良くてな。

 今では人間の姿でいる方が長い」

「獅狼族……同じ……?」


 兄は男性に対して警戒を強めたようだが、私は逆だった。

 里や群れに囚われず外で生きる孤高の同族。

 私達に対しても敵意がないところを見るに、獅狼族としての生き方にも捉われていない様子だ。

 里の外で、そんな同族に出会うなどとは思わなかった。

 外で生きてどれくらいなのかは知らないが、色々な話を聞いてみたい。

 それは母も同じだったようで、雌二匹がどちらも目を輝かせている状態だ。

 それを見た兄が大きな溜息を漏らしたのは、言うまでもない。

次回、作り始めた村はどうなる⁉︎

兄の憂慮、私の考え、こんなところで終われない!

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