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第七話 仮住まい

 その後、しばらくして兄が戻って来た。

 鹿を一頭仕留めたらしく、脇に抱えている。

 三人で大人の鹿を一頭まるまるは多いかな。

 明朝分も考えればそうでもないかしら。


「すみません、遅くなりました」

「ユティ、無事で良かったわ」


 何が起きるか解らない、里の外であるが故に、母はいつにも増して安堵していた。

 以前、里の中で言い掛かりをつけられて決闘する事になった際、兄が相手を秒で倒していた。

 私が知る兄の強さはそれだけだが、何故だか兄は何者にも負けないと確信している。

 理由や証拠を求められるととても困るのだが、私はいつもそう言い切るのだ。

 自分でも不思議に思うことがある。


「おかえりなさい、兄上」

「ただいま、ファム。ところでこの火は……?」

「私が作りました!」


 至極当然のように答える私に、兄は目を瞬かせた。

 母も驚いていたのだから、そうなるよね。


「ファムったら、魔法が使えるみたいなの」

「魔……法……⁉︎」

「この子は、あとどれくらい隠し事があるのかしら」

「隠してなどいません!」


 やってみたら出来ただけだもの、隠しようがない。


「ごめんなさいね、ファム。それは解ってるわ。

 あくまで、あなたの魂に隠された秘密、ということよ」

「魂……に隠された、秘密ですか」


 一瞬、どきりとした。

 ファミティアの内に在る「私」という存在を見詰められている、そんな錯覚を覚える。

 いっそのこと、転生者であるとか、前世がこことは別の世界の人間だったとか、全て話してしまった方が良いかもとすら思えた。


「獅狼族に限らず、その種族に例のない力や姿を持つ存在は幾度となく確認されているわ」


 決して多くはないが、自分だけがそうなのではない。

 少しだけ気が軽くなった。


「そういった存在は、同種に疎まれる傾向にあるみたいで。

 だからこそ、外に漏れやすいみたいなの。

 あなたも、それと同じかは解らない。

 でもね、あなたは確かに私が産んだ、私の子供。

 それだけは揺るがないし、何があろうと側に居るわ」


 きっと、泣きそうな顔をしていたに違いない。

 親の──母の深い愛を受け、私は喜びと共に、罪悪感を覚えていた。

 私は、生まれた時から私だった。

 唐突に命を奪われ、眠りから覚めたような感覚の後は、もう「この命」だったのだ。

 もともとファミティアとして生まれるはずだった魂を押し退けてここに居る可能性が、ないとは言えない。

 勿論、生まれた時には私だったのだから、母にとっては変わりないのだろうけれど。

 私は、一体何なのだろうか。

 この世界で生きていたら、その答えが見付かるのだろうか。


「ファムはファムでしょう?

 周りがどう思おうとどう評価しようと、私にはただ一人の妹です」


 兄の言葉に涙腺が緩む。

 この人達が私の側に居てくれて、本当に良かった。


「食事にしましょう。陰湿な空気も吹き飛びます」


 動かなくなった鹿をその場に横たえ、兄は微笑んだ。

 そういえば、里では猪や兎なども見掛けたが、この世界の動物は地球とあまり差がない。

 生態系も似たようなもので、魔族が追加されている以外はほぼ同じに思えた。


「皮は別に取っておいた方がいいわね」

「ええ、そのつもりです」


 着替えにも家にも使うだろう動物の皮は、出来るだけ集めておいた方が良いというのは、私も賛成だった。

 私は気持ちを切り替え、これから作る村について、思いを馳せた。


 狩猟用ナイフで兄が綺麗に鹿を解体し、食料となる肉と、素材の皮とに分けられたのを見て、ふと思い付く。

 試しに肉をいくつか火にかけて焼きながら、そのことを兄と母に話してみた。

 内容は簡単で、骨を加工して道具を作ろうというものだ。

 石を加工する場合は時間も労力も掛かるが、兄の持つナイフで骨や木を削り、石以外の素材で道具を作る事は出来るだろうと。

 耐久力や硬さは石に劣るかもしれないが、そこまで硬くないものに対して使うのであれば十分なはず。

 植物系の採集とか、料理用の器具なんかもいいと思う。

 流石に鍋やフライパンは熱に強い素材を探さないといけないけども。

 兄と母は嫌な顔せず「やってみよう」と言ってくれた。

 そして、焼いた肉が気に入ったのか、鹿の肉は全て焼かれることとなった。

 それを食べた後に残った骨を川で洗い、石の狩猟用ナイフで削る。

 そこそこ硬いようだが、しばらくするとナイフの形の物が出来上がった。

 持ちやすいよう、柄の部分にあたる箇所を丁寧に削ってもらう。

 それを私と母用に二本作ってもらった。

 切断なら爪を使えばと思うかもしれないけど、細かな作業などには向いていない。

 このナイフは早速明日から使ってみよう。

 そして、私達はそれぞれ変化して寝ることにした。

 小さな私を、母と兄が囲むように寄り添って来る。

 狼二匹と仔犬一匹が身を寄せ合う姿は、何も知らない者が見れば微笑ましい光景かもしれない。

 私はちょっと暑くて遠慮したいけれど。


 翌朝、残りの鹿肉を朝食にしながら、本格的に村作りを始めることを母と兄に告げた。

 今日の目標としてはしっかりした仮住まいを完成させること。

 我ながらハードル高めだなと思ってる!


「そうは言ってもファム、皮はまだ昨日の鹿分しかないわよ?」

「出来れば木で作りたいです」

「木で? 家を?」

「はい!」


 そうなるのも想定済みですとも。

 でも、テントじゃなくて家に住みたいんですよ。

 目指せ自然派家屋。


「仮住まいを、木で、作るの?」

「はい!」


 母の表情は晴れない。

 無理があると思っているらしい。

 やっぱり高過ぎるかしら、ハードル。


「ファムはどう作ればいいか解るのか?」

「えと、はい。住めるくらいのものであれば」

「それなら問題ないだろう。母上、やりましょう」

「ユティ……」


 兄上は私のしたいことに意見することなどない。

 よほど、それが無理だったり、私に危険が及ぶようなことでない限りは。


「ファムが出来ると言うのです。

 その指示に従えば、作れます」


 これは失敗できない。

 頭の中にある、専門知識なんてない想像の産物が、家としてしっかり建ってくれるのか。

 懸念も不安もあるけれど、信じてくれる兄の為にも頑張らなくては。


 まずは場所だけど、これは良い所を見付けられた。

 それはある意味で川の終わりでもあった。

 切り立った崖がそびえ、上から水が落ちて来ている。

 つまりは、滝になっているのだ。

 滝壺とそこから流れ始める川の水深は結構なもので、地形も相まって流れは速い。

 崖と川があるので、敵から身を守るのもそこまで難しくないと思った。

 追い詰められたら逃げられないけれど、それは別で考えることにした。

 獅狼族のそれぞれの里からもそこそこ離れているはずだし、何より滝が気に入ったというのが大きい。


「ここにしましょう」

「解った。まずは、開けた場所を確保しよう。

 木を切り倒すから、ファムは離れていなさい」

「もしかして、ファム、この木を使って作るの?」

「もちろんです」


 切り倒しただけでは邪魔になるし、材料として使えれば一石二鳥なのだ。

 私はこの辺りの樹木を一通り観察する。

 この森の歴史についても私はよく知らない。

 それでも、この木の太さを見れば、どれだけ長い時間をかけて育ったか理解できる。

 太さは大体二種類くらいに分けられた。

 両腕を回して、互いの手が届くかどうかくらいの、あまり太いとは言えない若い木。

 それを二つくらい並べたくらいの直径になる太い木。

 若過ぎる細い木はあまりなかったけれど、若い木より細いものは切らないよう兄に言っておいた。


 それからどうなったかと言うと。

 兄が凄まじい速さで太い木も若い木も切り倒して行きました。

 その速さも驚いたが、獅狼族の爪の鋭さに感嘆する。

 足首くらいの高さで切られた木は、チェーンソーで切られたものとは違い、綺麗な切り口をしていた。

 木屑なども出ておらず、スパッと切られたことが窺える。

 私と母は兄が切ってくれた木を等間隔の長さに揃えていく作業をしていた。

 雌だろうと獅狼族ですもの。

 その爪の鋭さは兄にも劣らないのです。

 切る速さや切った木を運ぶという重労働を兄にお願いしているだけで、切るだけならば私でも母でも出来る。

 日が高く昇りきるよりは早く、ある程度の場所の確保と切り出された材木が揃った。

 なお、この段階で丸太は角材まで加工してある。

 これには私の魔法も活用した。

 風を自在に操って木を切っていったのだ。

 一辺の長さなども合わせる必要があったので、複数本の丸太を一度に加工できる魔法の方が効率が良かったというのもある。


「魔法って、攻撃や防御以外にも色々使えるのね」


 むしろ、色々と出来るが故に、戦闘に活用されるようになったのではなかろうか。

 発明などと同じで、兵器としての使い道を思い付く人がいれば、こんな便利で都合の良いものはない。

 切るのも、燃やすのも、凍らせるのも、埋めるのも、沈めるのも、吹き飛ばすのも、思いのままなのだから。


「さて、ここからどうすれば良いのだ?」

「柱の固定は里の家と大差ないので、穴を掘ります」

「は?」


 兄は目を丸くしている。

 どれだけ突拍子もないことをやらされるも思ったんだろう。


「支柱となる木はある程度埋めないと、安定しませんし」

「あ、ああ。いや、他の方法があるのかと」

「ご期待に添えずすみません」


 過去の色褪せそうな記憶から、何とか家の土台や基礎の映像を引き出す。

 いや、私にそれは無理だ。

 あれは見よう見まねで何とか出来るものではない。

 早々に近代的な建築は切り捨てることにした。

 寺社や神社のような木造建築だと、確か礎石という柱を支える為の石があったはず。

 でも、石を加工するのは難しい。

 切断だけであれば出来るけど、思い通りの形にするのは骨が折れそう。

 仕方がないので河原の小石を集めて、柱の周りを固めることにした。

 釘や(かすがい)といったものもないので、接合などは組み木で作ってみるしかない。

 私は小さな枝を使ってどういう形にしてどうなるかを二人に説明した。

 屋根も一旦木で作ることにして、まずは四角い豆腐ハウスを作ることにする。

 仮住まいだから。上手くいったら趣向を凝らすってことで。


 こうして、その日の夜まで作業を続けた結果、見事な豆腐ハウスが完済しましたとさ。

次回、謎の人物が私たちの前に?

兄の敵意と、私の興味、敵か味方か流浪の旅人!

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