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第五話 合流

 私と兄は川沿いを上流に向かって進んでいた。

 村を作るにしても場所選びからしなければならない。

 ひとまず、水の確保は重要だろう。

 食糧は森を出なければ何とかなる。二人分だし。

 最終的には農耕で自給自足が望ましいのだけれど、作物を育てるには時間が必要になる。

 種なり挿木なり、先立つものもなければ話にならない。

 農耕を目指すなら、川があるのは尚更大きいはず。

 問題は、穏健派の里からの距離と、好戦派の里からの距離。

 特に、好戦派が簡単に来られるような距離の場所に作るのは避けたい。

 だから、一度川を渡ったうえで上流を目指していた。

 この川が意外と川幅のある川なので、見付かったとしてもこちらに来ることは難しいはずなのだ。


『それにしても、ファムはすごいな』

『何がです?』

『急に飛び出して来たというのに、慌てるどころか冷静そのものだ』

『兄上と一緒ですもの。慌てるようなことなどないです』


 いつか里を出て行ってやると考えていたことはまだ伏せておこう。

 里の外に出られないので、地形や地理については母の知識に頼るところが大きかったけれど。

 獅狼族は本を読む習慣もないし、読み書きなどもほぼ必要としない。

 話している言語が何であるかも、実のところよく解ってないが、不自由していないので気にして来なかった。

 ただ、本による知識を増やすことが出来ないのは辛かったかな。

 私はいまだに、この世界がどういうものなのかを知らない。

 里の外に出るのであれば、その知識が一番必要になるというのに。


『今日はこの辺で休もう』


 いつの間にか辺りが暗くなっていたようだ。

 夜目が効くので、暗くなろうが苦慮することはないのだが。

 狼の形態のまま居れば、寒くても暖を取らずに済む。

 もっとも、通常でも肌の露出はなく毛に覆われているので、寒いくなることはそうそうない。

 今更だが、一応、服を着る習慣がある。

 毛皮の下着を着けている程度のものなのだが。

 これも、出来ればちゃんとした服を作りたい。

 せめて布と糸と針があれば良いが、外の人間達の文明がどれほどのものなのかも解らないので、しばらくはお預けかもしれない。

 走る速度を落とし、兄は適当な場所で止まった。

 私は兄の背からピョンと飛び降りる。

 周囲に獣などの匂いはない。


「ファム、疲れただろう?」


 いつの間にか獣人に戻った兄に、ヒョイと抱き上げられた。

 早い早い。私も戻りたかったのに。

 兄は私をギュッと抱き締め、もふもふの毛に顔を埋めた。

 何だろう、少し様子がおかしい気がする。


『兄上?』


 顔だけ振り向こうと兄の方へ回してみるが、顔を埋められていてはどうにもできない。


「……私は駄目だな。駄目な兄だ」

『そんなことないです!』


 兄の言葉を否定するように、私はバタバタと手足を必死に動かす。


「いや、お前を巻き込んでこんな所まで連れて来て。

 それなのに、お前と居られることが嬉しい。

 お前の幸せを何より思っていたはずなのに……。

 私は結局、自分が良ければいいだけなのだと」


 クゥンと仔犬のような鳴き声が出た。

 まあ、姿は完全に仔犬のそれなんだけど。

 でも、兄が私の為にしてきてくれたことを色々と思い出してしまって、ついそんな声が出てしまった。

 どんな言葉を掛けてあげれば良いか困っていると、少し遠くから別の声が響く。


『ファミティア! ユティウス!』


 呼び声に驚き、兄と二人で振り向くと、クリーム色の狼がこちらへと駆けてくるのが見えた。

 母だ。連れ戻しに来たのだろうか。

 戻るつもりは全くないけれど、母とであれば腹を割って話せるので、ひとまず逃げたりはしない。

 母は自慢の跳躍力で瞬く間に距離を詰めて来たかと思うと、獣人形態に戻りながら兄に抱き付いた。

 恐らく、私達二人を両腕に抱く形を思い描いたのだろうが、何分、私の姿が仔犬で兄の腕の中なので、母が抱けるのは兄だけになる。


「母上……」

「里を出て行くだなんて──」

『母上、私はもう我慢ならないのです!

 止めないで下さい!」


「私も連れて行ってくれなきゃ嫌よ!」


 あれ?


「母上……? 今、何と?」

「何二人で里を出て楽しく過ごそうとしてるのよ!

 外の世界の方がいいに決まってるじゃない!」


 連れ戻しに来たわけではないらしい。

 むしろ、母まで里を飛び出してきたようだ。

 これは想定していなかった。

 思えば、母が里についてどう思っているかなど聞いたことがなかったと、今更ながらに気付く。

 私が「里の皆は頭が固い」とか文句を言うのを笑いながら聞いてくれたが、母も同じ考えだったのだろうか。


『母上は里を好いているのだとばかり……』

「そう見えた? 残念、大嫌いでした」


 それはそれは晴れやかな笑顔で母は明言した。

 私や兄の里嫌いは実は母の遺伝子なのではないだろうか。


「それから、ユティウス!」

「は、何でしょうか?」

「ファミティアを貸しなさい! いつまでも独り占めして!」


 先程からこの母はズレたことばかり言ったいる気がする。

 兄は戸惑いながらも私を母に手渡した。

 母は私を正面からジッと見詰めると、ふにゃりと破顔する。


「かぁわいい! 変化がこんなに可愛いだなんて、卑怯よぉ」


 何がどう卑怯なのか教えて頂きたい。

 それから、母は私をギュッと抱き締め、頬擦りする。


「どうして私にも黙ってたの? ユティだけずるいわ」

『獅狼族が変化で狼になれないなど、笑い物です』

「確かに狼ではないけれど、それに余りある可愛さがあるのよ?」


 それに、と母はさらに続けた。


「我が子の事を、知らない親では居たくないわ」


 その後に「あの父親はいざ知らず」と憎々しげに呟いたのは聞かなかったことにしよう。

 それはさておき、確かに親まで信じられずに隠し事をするのは、後ろ暗くて申し訳なかった。

 半分はあの父親のせいとはいえ、母は違うと解っていたはずなのに。


『……ごめんなさい、母上』

「いいえ、許しません。だから、私も連れて行きなさい」


 すごい割り込み方をして来たものだ。

 私は兄へと顔を向ける。

 兄は溜息をひとつ付くと、仕方がないという感じで頷いた。


「どの道、母上はどうあってもここから動くつもりはないだろう」

「さすがユティ、解ってるじゃない」


 そんな当たり前のように肯定しないでほしい。

 一応これでも、里のことを心配しているのだ。

 あの里の慣習も、それに浸かった皆も好きではないが、同じ獅狼族の仲間だし、友と呼べる子も居た。

 向こうはどう思っていたか解らないけど。

 今、族長である父は嫡子である私を失った上に、妻まで飛び出して来て、独りになってしまったのだ。

 妻子に愛想を尽かされた男が、族長としてこのままやっていけるのだろうか。

 血統を重んじる里の皆であれば問題ないだろうが、跡継ぎを失い、次の子を望もうにも妻も居ない。

 あの父の性格から、私を連れ戻しに来ることはないだろう。

 母のように単独で飛び出すわけにもいかず、かといって里の仲間を引き連れての捜索は里の防備にも影響する。

 母の事も、連れ去られた時に諦めたというのだから、今回もそうするだろう。


「里のことならあの人に任せておけばいいわ。

 長年、里の皆を率いているのだから、問題ないわよ。

 私の可愛い子供達を裏切り者扱いするなんて、許せないけど」


 これまで連れ添った経験からか、母は全く心配していないようだ。

 こちらの方がこれから大変なので、あちらはあちらで勝手にやっててくれとは思う。

 そう見切りを付け、頭を切り替えた。


『母上、本当に良いのですか?』

「良いのよ。外で伸び伸び過ごしたいの。家族で」


 そう言うと、母は兄の肩に手を置く。

 誰も見ていないところで兄と二人の幸せな生活を、と思っていたが早々に消えてしまった。それも、始まる前に。

 まあ、母であれば生活の助けになるだろうし、何だかんだで一緒に居られるのは嬉しい。


「それで、これからどうするの?」

「今日はここで野宿を」

「明日からは?」

『村を作ろうと考えてます』


 短い両手を目一杯挙げてアピールするような格好を取る。


「村を? 二人で?」

『はい!』


 そう意気込んでいるのは私だけで、兄はその私に付き合うまでと苦笑していた。


「一日や二日で出来るものではないわよね?」

『まずは場所を決めて仮住まいになるものを建てます。

 そこを拠点にして、本格的な家を建てれば良いかなと』

「簡単に言うけれど、必要なものを揃えるの、大変よ?」

『承知しております。

 故に、仮住まいも出来れば長く使えるようなものが良いです』


 投げ掛けられる質問に淀みなく答える私に、母は目を丸くする。

 まるで用意していたかのような事の運び方に気付いたのだろうか。


「ファムは前々からしっかりしてるなとは思っていたけれど。

 ここまで周到だとお母さん、出る幕なくて悲しいわ」

『それはすみません。

 私がしっかりしていないと兄上を困らせてしまうので』


 私が共に行く事を気にしている兄ですもの。

 足手まといにでもなったら、余計に気を揉ませてしまう。

 兄との幸せな生活の為なら、里に居た時以上に頑張りますとも。


『ところで、母上』

「なあに?」

『そろそろ離して頂けませんか?』


 母と兄に仔犬姿を愛でられるのは何ともくすぐったいというか、複雑な気分になる。

 もう誰かの目を気にすることもないが、かといってこの姿が好きなわけでもないので、必要がなければ元の姿で居たい。


「えー? こんなにふわふわで気持ちいいのに」

『それは母上の感覚であって、私はただ動けないだけです!』


 むしろ私も抱く側に回りたいわ、こんな可愛い仔犬。

 自分で言うのも何だが、側から見る分には本当に可愛い仔犬だと思う。

 母は離してくれる気配がないので、仕方がなく兄を見た。

 手足をバタバタさせて必死に助けを求める。


『兄上ぇ……』

「母上、あまりファムの嫌がる事をなさらないで下さい」

「ユティだってさっきまで同じように抱いてたじゃない」


 何故自分だけ、と母は不満そうに漏らす。

 兄なら良いですとも。残念ながら。


「ファムが嫌がれば離します」

「どうせ、ファムはユティなら嫌がらないでしょうね」


 名残惜しそうに、母は私をそっと地面に降ろした。

 やっと地に足が着いたわ。

 また抱っこされないよう、すぐに獣人の姿へと戻る。


「明日には拠点となる場所を見付けて、仮住まいを作りたいですね」


 いつまでも宿無しは辛い。

 今は晴れているが、雨が降ることもあるだろう。

 まずはある程度しっかりした仮住まいを用意するところからになる。

 兄と二人きりではなくなったが、母も居てくれるなら、それはそれで良い。

 束縛のない、大変だけど楽しい生活が始まるのだ。

 色々と考えるだけでもウキウキしてしまう。

 それが顔に出ていたようで、母と兄は私を呆れた様子で見詰めていた。

次回、この世界の魔法が気になる!

兄のいぬ間に、私はお試し、母の驚愕気にしない!

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