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第四話 事件

 私と兄が川から戻ると、里の中が騒がしくなっていた。

 広場に大きな輪を作り、何やら深刻そうに話しているのだ。

 それぞれが喋っているので、何を話しているかまで聴き取れない。

 私達に逸早く気付いた母が、慌てて駆け寄って来た。


「ファム! ああ、無事だったのね」

「母上……?」


 何があったのかと聞くことすら憚られるような空気に、私は不安になる。


「里の雌が一人いなくなったのよ」

「え……」

「木の実を採りに六人で里の範囲内になってる森に入ったのだけど。

 一人だけ雌が戻らないの」


 それは探しに行った方が良いのでは。

 里の範囲だというのなら、誤って怪我をして動けない可能性もあると思う。

 だが、里の中の空気は既に「拐かされた」と諦めの色が濃い。

 里の範囲になっている、とは言っても、柵が立てられているわけでもなく、里の皆でここまでなら安全だと決めただけの場所なのだ。

 これまで、そこまで好戦派が踏み入って来たことがなかったというだけで、来ないと断言できるわけではない。

 だからこそ、連れ去られたと早々に決め付ける者が多い。


「探した、のですよね?」

「里を出ない範囲で多少はね。

 でも、他に行方不明者を出すわけにもいかないから……」


 捜索は早い段階で打ち切られたようだ。

 鼻の効く獅狼族はある程度の匂いがないと「そこには居ない」としてしまう。

 己の感覚に絶対の自信を持っている故なのだが、こういう時は恨めしい。

 里の子供はかくれんぼなどはしないが、訓練の一環としてやらせるべきだと思う。

 匂いを消す術と匂いのしないものを探す術が身に付いて良いだろう。我ながら名案だと思うのだが。

 いや、今そんなことを思い付いたところで、居なくなった仲間の居場所は解らない。


「ひとまず、里の皆を集めて、他に居ない仲間がいるか確認していたの」


 なるほど。それは心配を掛けたことだろう。


「ご心配をお掛けして申し訳ございません、母上」

「無事ならいいのよ。本当に良かったわ」


 安堵の溜息を漏らし、母は私をギュッと抱き締めた。

 それを見て、他の皆も私と兄が戻っている事に気付き始める。

 これで、無事に戻った、良かった、で終われば良かったのだけれど。


「おい貴様、今までどこに行っていた!」


 里の中では若い部類である茶毛の青年が、兄に掴み掛かりそうな勢いで詰め寄って来た。

 これは、嫌な予感しかしない。


「兄上は私と共に居りました。私の用事に付き合う為に」


 嫌悪感を顕にしながら私が先に答えると、青年はこちらを一瞥してすぐに兄を睨み付ける。


「貴様が手引きしたんだろ!」

「言い掛かりはやめて!」


 負けじと私は兄の前に出た。

 兄を目の敵にするこの気質だけは本当に気に入らない。


「好戦派の奴らと繋がってるんだ!」

「これまで奴らがここまで入って来たことはないもんな」

「手引きした奴がいるなら頷ける」


 あっという間に兄が悪者にされてしまった。

 手引きしただけであれば、私と共にいたのも否定する材料にはならない。

 むしろ、アリバイ作りに利用したとさえ思われるだろう。

 この世界にアリバイなんて言葉はなさそうだけど。


「皆の者、そこまでだ」


 そこへ、父がやって来た。

 これは本当にヤバいかもしれない。


「ユティウス、申し開きはあるか?」


 公平さを損なわない為に父が尋ねる。

 けれど、私は知っている。

 これはただの形式的なもので、ここで兄が何を言っても変わらないということを。


「私が何を言おうと、手引きしたことにされるのでしょう?」

「ユティウス!」


 母が嗜めるように兄を制する。


「あなた、いくら何でも今回は無理があるわ」

「好戦派との繋がりがないとは言い切れぬ」

「そういうことがないよう、あなたはずっと見張りを付けていたでしょう?」


 それは初耳だった。

 兄は知っていたようで平然としている。

 もう落ちることはないと思っていた父の評価が最下層にまで落ちた。


「それは単独でいる時のみだった」

「……何が言いたいの?」

「ファミティアと共に居る時も見張りは不要と考えていた」


 まさか、と私は最大限の嫌悪を父に向けた。


「ファミティアは好戦派を避けないだろう。

 そして、ファミティアに手を出さないという条件を飲ませれば……」


 頭に血が上っていたのか、体が勝手に動いた感じだった。

 私は皆が反応できない程の速さで父との距離を詰め、力の限りの平手打ちを食らわす。

 爪を伸ばして斬り裂く方ではなかったのは最後の理性が止めたのかもしれない。


「私は確かに好戦派だからと敵視したりはしません。

 ですが、同じ里の仲間を売るような真似を!

 しかも! それを! 兄上に! させるなど!

 私がすると思っているのですか⁉︎」


 温厚で通っている私が激昂したせいか、周りは唖然としている。

 父も私が手を上げるなど思いもよらなかったのか、目を見開いた表情で私を見た。


「ファム、ファミティア、止めなさい」


 あまりの出来事に、兄もすぐに反応できなかったらしく、少し遅れて止めに来た。


「いいえ、兄上! さすがに我慢なりません!」


 私が悪く言われるのは構わない。

 でも、父は「兄が私を共犯者にした」と言いたいらしい。

 兄は私をとても大切にしてくれていて、里の中で私が不自由しないよう、己を顧みずに尽くしてくれている。

 それは兄の最大のアイデンティティであって、一番遵守されなければならないものだ。


「皆も、そう思っているのですか⁉︎

 兄上が、私に仲間を売ることを強要させたと⁉︎」


 里の皆も、兄が私を溺愛しているのを知っている。

 私を悪者になどするはずがない事も、少し考えれば解るはずなのだ。


「でもなあ、ファムちゃんもあいつの為なら……」


 そこで私のブラコンが問題になるらしい。

 つまり、私と兄が互いを思い合っているからこそ、協力するのではと。

 どうあっても、皆は兄を悪者にしたいようだ。

 その為であれば、私に火の粉が掛かっても良いと。

 むしろ、これで目が覚めて離れるのではとすら考えているのかもしれない。


「そう……そうなの……」


 私は低い声で唸るように呟いた。

 これまでは何とか我慢して来たけれど。

 さすがにもう我慢の限界だった。

 本当なら、もっときちんとした先行きを立てて、計画的に進めたかったけど、こうなってしまっては仕方がない。


「それで? 兄上を、如何するおつもりですか?」


 冷たい眼差しを父に向ける。

 私の気迫に押されたのか、父は口籠った。


「父上?」


 強い口調で促せば、父は辿々しく言葉を紡いだ。


「仲間を売った罪は重い。ユティウスは里から追放する」

「……それで、私は?」

「脅されたとはいえ、加担したのだ。しばらく謹慎とする」


 予想通りの処分に、私は拳を握り締める。


「兄上! 変化(へんげ)です!」

「は? ファム? 何を……」

「いいから、変化です!」


 周りは何をするのかと騒ついているが、気にしない。

 兄は戸惑いながらも狼の姿に変化した。

 銀色の、雄々しき狼の姿は、いつ見ても惚れ惚れする。


「兄上を追放するというのであれば、私も同罪なので付いて行きます」

「ファミティア⁉︎」

「私には獅狼族として最大の欠点があるのです」


 兄が驚いた様子でこちらに顔を向けた。

 父と母は何のことか解らず戸惑っているようだ。


 私は、皆の前で、変化した。


 真っ白な、小さい身体が、皆の視線を一手に受ける。

 立派な狼の姿を想像した皆の期待を裏切った私の変化は、その場の空気を凍らせた。

 何が起きたのかと皆は困惑している。

 その間に、私は銀の狼となった兄の背に飛び乗った。


『兄上、行きましょう!

 こんな場所に、これ以上居たくありません!』

『ファム、だが……』

『良いのです!』


 里を出たところで、行く場所などない。

 兄はそんな道に私を連れて行きたくないのだろう。

 だが、兄の居ない場所に残されるくらいなら、先の見えない生活で兄と共に過ごす方が遥かに良い。


『……解った。共に行こう、ファミティア』

『はい!』


 兄は私を背に乗せたまま、ゆっくりと踵を返した。


「ま、待て! ファミティア!」


 手を伸ばして来た父に、私は長い尾で牽制する。

 それでも私だけは行かせまいと近付くので、尻尾ではね除けてやった。

 あまりの威力に、父は驚き足踏みをする。

 こんな体だけど、尻尾だけは鍛えたのよ。ザマアミロ。


『御機嫌よう、穏健派の皆様方』


 嫌味たっぷりに別れの挨拶をすると、兄が加速し始める。


「ファミティア!」


 父の叫びに振り返る事もせず、私は兄の背にしがみ付いた。

 物凄い速さで里から離れて行く。

 行く当てなど何処にもないけれど。

 私達は自由になった。身一つで。

 それだけが、心を軽くした。

 私は、兄の背に縋り付くように身を寄せる。


『……ファミティア、すまない』

『兄上?』

『お前まで……巻き込んだ』

『私は兄上と居られれば良いのです』


 里での暮らしは、どこか息苦しさすら感じていたので、未練はない。

 そういえば、兄が変化した姿に触れるのは初めてだった。

 銀の毛並みは少し硬いけど、私を優しく包み込んでくれるような弾力がある。

 嬉しくて、私はついスリスリと頬擦りをしてしまった。


『ファム、くすぐったいのだが……』

『あ、すみません。心地良くてつい』

『これからどうしたものかという時にお前は……』

『私と兄上が居れば、どうとでもなります』


 それは驕りではなく、確信である。

 これでも私は転生者で、里の文明よりも良い物を作れると自負していた。

 里にいる時は皆に合わせた改良くらいしかしてこなかったが、里を出たならもう気にする事もない。


『兄上、私達だけの村を作りましょう』


 私と兄ならば、きっと出来るから。

次回、野宿で語らう理想の住処?

兄の感慨、私は感激、これから始まる夢見た生活!

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