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第三話 魂の姿

 翌日、私と兄は水場として使っている川へとやって来た。

 ここは一応、里の中とされているが、住処から離れている為、水汲みや水浴び以外で来る者はいない。

 今日の水汲みは終わっているので、昼間のうちであれば誰かに邪魔されることもないはずなのだ。

 さて、ここで私と兄が何をしているかというと──。


「よし、ファム、変化(へんげ)だ」

「はい!」


 狼の形態への変化練習だ。


 獅狼族には幾つかの形態がある。

 産まれた直後や普段は、耳と尻尾のある二足歩行の獣人形態。

 人間に近いが、獣人という特徴のある姿だ。

 そこから完全な人間の姿に擬態する、擬人形態。

 これは耳も尻尾もなくなり、肌が見える人間の姿である。

 さらにもうひとつ、完全な狼の姿になる獅狼形態。

 基本の獣人形態から「変化」という技を用いて形態を変えることが出来る。

 ──のだが。


 私は狼の姿を強くイメージしながら、魔力を練り上げる。

 魔物である獅狼族には生まれつき魔力という目に見えない力が備わっていて、自分や他者の魔力を感じ取れるようにできているらしい。

 元人間の私でも例外ではなく、説明は難しいけれど、体の内や外に流れる空気とは別の何かが存在しているのが解る。

 それは自分の意思である程度の操作が可能だ。

 まずは一箇所に集めて、次に体の中でもう一人の自分を作り出す。

 体の中を魔力で満たしていき、同等の体積を持つようにする、というのだろうか。

 そこまで出来たら、それを成りたい形態に変える。

 すると、不思議なことにその形態に体の方が変化するのだ。理屈はよく解らない。

 この世界には魔法があるらしいので、魔法使いとかなら説明できるのかもしれない。

 が、獅狼族は感覚的にやっているようで、理屈の説明を聞けたことはない。


 狼の姿をイメージして変化を完了させた私は、どうだと兄を見上げる。

 あ、これ、また駄目だ。視点が低過ぎる。


「……うん、今日も可愛いよ、ファム」

『可愛くては駄目です!』


 狼の形態では声を出さないので、魔力を音に変換させて会話をする。

 それも問題なく出来るのに──。

 私は川の方へと駆け、水面を覗き込む。

 そこには真っ白な「仔犬」が映り込んでいた。

 手触りの良さそうなもふもふの毛に覆われた仔犬。

 初めて見た時はペットに欲しいくらい可愛いと思ったものだ。

 ポメラニアンとかマルチーズとか、そういった類の姿と言えばお分かり頂けるだろうか。

 見てても可愛いし、抱き上げて頬擦りしたいとも思うその愛らしい姿。

 残念ながら自分()なのだ。

 本来なら、カッコイイ狼の形になるはずなのに、どうしてか仔犬になってしまう。

 狼への変化は十歳の頃から挑戦している。

 他の獅狼族も、基本的には十歳頃から変化できるようになるらしい。

 しかし、私の場合は何度やってもこの仔犬姿になってしまい、皆の前で到底お披露目できるようなものではない。

 変化で仔犬になるだなんて、聞いたことがない。

 子供の獅狼族でさえ、きちんと狼の形を取るのに。


「ファム、こちらへ」


 失意の中、兄に呼ばれトボトボと近付く。

 すると兄は私をヒョイと持ち上げた。


「魔力量は問題ない、小さな体にかなりの力を秘めている。

 むしろ、どうすればこのような芸当ができるのか……」


 真剣に分析してくれるのは嬉しいけれど、芸当とか言われると悲しくなる。

 悔しいので尻尾で兄の手を叩き抗議した。

 体の小ささに反して、尻尾は長いのだ。

 仔犬姿の体を包めるくらいの長さがある。


「いつも思うけれど、その尾は中々に強力だな」


 短い手足を補うかのように尻尾だけは自在に動かせ、結構な強さでの殴打が可能だ。

 まあ、この姿になる度に、苛ついて地面に叩きつけていたら、いつの間にかそうなったというだけだが。

 情けなくなってきたので、手足をバタバタさせて抵抗する。

 すると、兄は持ち方を変え、赤子を抱くような形で私を腕の中に納めた。

 この形にされると身動きが取り難くなる。

 兄は微笑みながら私の頭を優しく撫でた。

 ぐぅ、悔しいが気持ちいい。いや、そうじゃなくて。


『兄上、誤魔化されませんよ』


 抗議ついでに、兄の腕に噛み付く。

 勿論、傷など付けないよう牙で感覚を確かめながら突き立てるのだが、さすが兄上、比喩ではなく全く歯が立たない。


「それで全力かい? ファム」


 余裕の笑みも素敵だけど、悔しいのでガジガジと齧り付く。

 段々と虚しくなり、耳も垂れ下がってきた。


『私は……何故、狼になれないのでしょう』

「その姿が狼でないとは限らない」


 同じイヌ科だから大きな差異はないかもしれないけど、そういうことでない。


『このような姿では、皆に馬鹿にされてしまいます。

 族長の子なのにと』


 私は族長の子として期待に応えなければならない。

 そうしなければいけない、理由があるのだ。


「私はお前のこの姿が好きだ。

 無垢なお前らしくて、な」


 私もお兄様が大好きです。

 いや、だから、そうではなくて。

 私の気持ちを知ってか知らずか、兄は天使の微笑みで私を撫でてくれる。


「それに、この姿が本当に間違っているかは解らない。

 何か意味があっての姿かもしれないだろう?」

『この姿に……意味……?』


 何度見てもただの仔犬なのに。尻尾が長いくらいで。


「ファムは人間への擬態も完璧だ。

 狼変化も見ている限りは結果以外に問題もない。

 他に要因がないのであれば、間違っているのは考え方になる」

『考え方?』

「ああ。この姿は失敗ではなく成功なのだろう」


 イメージした姿にならないのに、成功だなんて思えない。

 いくらお兄様の言葉でも私は納得できなかった。


『私が成りたい姿ではありません。

 それでも、成功なのですか?』


 見上げた兄は申し訳なさそうに憂いのある笑みを浮かべる。


「成りたい姿を思い描くのは、変化の過程で必要だ。

 だが、必ずしもその姿に成るわけではないよ?」

『えっ』


 そうなの?

 イメージした姿に変身する魔法みたいなものだと思ってたのに。


「四足形態への変化は、魂の姿なんだ。

 だから、その姿は個人個人で決まっている」

『魂の……姿』


 つまりは、私の魂の姿は仔犬ということか。

 それはそれでショックである。


「狼以外の形を見たことがないから失敗していると思ったのだが……」


 これが成功しているのだとすると、どう頑張っても狼の姿にはなれないということだ。

 どうしよう、これが魂の姿だなんて、他の仲間に何て言われるか。

 私はどう言われようと開き直ればいいけれど、また兄が悪く言われてしまう。

 私達を引き離そうと、悪意ある言葉で攻撃される。

 私は完璧でなければいけないの。兄の側にいる為に。


『皆に、どう説明すれば良いのでしょうか』

「ファムは皆に馬鹿にされるのが怖いのかい?」


 違う、と首を横に振る。

 怖いのは、大好きな人と引き離されること。

 完璧で居れば、私が何をしようと文句は言われないのだから。


『私は良いのです。何を言われようと。

 でも、私の行いは何故か兄上のせいにされます。

 私には……それが耐えられないのです』


 そこまでして兄を陥れたい気持ちは微塵も理解できない。

 難癖をつける為の材料にされるのは不愉快だ。

 あまつさえ、隙あらば兄を追放しようという考えすらあるようなのだから笑えない。

 私を育てたから、きちんと指導しなかったから、もしくは、族長の座を奪う為に私を陥れようとしているとか。

 冗談ではない。

 どれも違うと私が言っても、洗脳されてるだの言われて聞き入れてくれないこともある。

 私が兄と居たいが為に動くことは、父やその思想に染まる者達にとって面白くないらしい。

 だからこそ、文句を言われる隙を作らなかったのに。


「ありがとう、ファム。お前は優しい子だ。

 だが、私のことは大丈夫だ」


 私を安心させるように微笑みながら、兄は優しく頭を撫でてくれる。


「私のことでお前が無理するのも、苦しむのも、見たくはない。

 お前はお前のやりたいように生きて良いのだ」


 優しいお兄様。大好きなお兄様。

 その台詞、そっくりそのままお返しします。

 そう言いたくても、伝えることが出来ない。

 兄は、今の環境では到底そのように生きることなどできないのだから。

 兄には解っているのだ。

 私が兄と居る為に、完璧であろうとしていると。

 穏健派の里は、私と兄が自由に生きることを許さない。

 それならば、里を出て自分達だけで生きていけばいい。

 その為にも、私は狼への変化を完璧なものとしたかったのに。

 仔犬では外の世界に出ても足手まといにしかならない。

 兄は、どこまで察しているのだろうか。


『兄上……私は……』

「……帰ろうか、ファム」


 私の言葉を拒絶するかのように、兄はニコリと笑い、仔犬(わたし)を放した。

 それ以上は聞かないと言われているようで、私は伝えたかった言葉を呑み込む。

 元の姿へと戻った私に、兄は苦笑した。


「そんな顔をしないでくれ」


 獣人はこういう時に感情を隠すのが難しい。

 今回は表情でもバレバレだったみたいだけど。

 耳や尻尾が正直に垂れ下がってしまうので、なかなか嘘をつけないのだ。

 兄はそっと私の頭を撫でる。

 その手付きは、仔犬の私を撫でる時とは違った温かさがあった。


 どうにかして今の環境を変えなければ、私と兄上は疲弊してしまう。

 互いが互いを思うあまりに。

 けれど、その契機や糸口を見付られないから、どうしようか悩んでしまう。

 そんな私と兄に「その時」はすぐそこに迫っていた。

 この時の私は、あんな事になるだなんて想像もしていなかったのだが。

次回、犯人は兄上? 冗談じゃない!

兄への冤罪、私は激昂、あんたらいい加減にしなさい!

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