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第二話 差異

 私は「獅狼族」という魔物らしい。

 解り易く言うと、狼人間だ。

 耳も尻尾もあるけど、普段は二足歩行で、人間の姿に近い。

 人間と違うのは肌色がないところだろうか。表現は悪いが毛むくじゃらということ。

 顔付きもそこまで獣っぽくはなく、口吻が長く突き出ていたりもしない。

 全身を覆う体毛は、個々人で違っていて、父は金色、母は黄色がかった乳白色、兄は銀色、そして私は真っ白。

 私はアルビノなんだろうか。真っ白って。

 さすがに自分の姿を初めて見た時は驚いた。

 ただ、混じり気のない白は大変珍しいらしい。

 父の金色も兄の銀色も特殊らしいのだけれど、白はむしろ史上初と言われるくらい居ないとのこと。

 そんな珍種扱いの私も、何と十六才になりました。

 精神年齢は三十六だよ。アラフォーとか言わないで。

 生まれた時、とても可愛かった兄は、今や二十四歳で立派な大人の姿に成長しております。

 あの時の予想通り、とてもカッコよくなりましたとも。

 長身、切れ長の目、銀の毛並み。獣人であることがマイナスにならない。

 さぞかし周りに人気があると思ったのだが、兄はむしろ除け者扱いにされている。

 好戦派の雄が父親なのだと、教えてくれとも言っていないのに里の皆が率先して教えてくれた。

 好戦派の血が混じっているから近付くなとも言われた。


 ふざけんな。


 私の素敵なお兄様に、生まれてからこれまで最上の癒しであるお兄様に、近付くなとか。

 大体、穏健派と好戦派で部族対立してるとかも理解できない。

 魔物なのに、人間と変わらず下らない意地や誇りを持っているようだ。

 あれかな、気高き我らは〜とか言っちゃうやつかな。

 そういうの恥ずかしいと思っちゃうんです、ごめんなさい。

 立派な誇りと共に滅ぶんじゃないかな、獅狼族。

 人間との戦いで絶対数を減らしていて、その上で穏健派と好戦派で対立してて、好戦派は雌が居なくて穏健派の雌を拐うとか、もう色々と末期だよね。

 獅狼族の現状を聞いた時には、馬鹿らしくて言葉を失ったほどだ。

 理解したところで、私のお兄様と引き離される理由にはならないし。

 穏健派と好戦派のハーフとか、漫画とかならそういう設定のキャラが部族を救うんじゃないの。

 あらやだ、お兄様ったらカッコイイ。

 とにかく、私は引き離そうとする周りの努力やらフラグやらを片っ端から圧し折ってここまで来た。

 まあ、どちらかというと、周りが望む通りの完璧な才女を演じて来た感じ。

 それが功を奏したのか、最近ではうるさく言われなくなりました。

 残念そうな目を向けられるけど。


「ユティウス様も、好戦派の血さえなければなぁ」


 おっと、考え事をしていたら、周りの話題に付いていけなくなったぞ。何の話をしてるんだっけ。


「顔良し、毛並み良し、身分良し、性格良し。

 他が満点なだけに惜しいよねぇ」


 里の少ない雌達との井戸端会議中なのだが、兄──ユティウスは好戦派であること以外のところは人気がある。

 好戦派の血が混じってることで、その他の価値と同等以下になるのがよく解らない。

 栗色の毛並みを細かく編み込んだ雌の子が溜息を漏らす。

 その隣で濃い灰色の毛並みの子がうんうんと頷いていた。


「ファミティアは(つがい)どうするの?」

「どうするのと言われても……」

「長の娘だから、番になった雄が次の長になるって話でしょ?」


 私の父は穏健派の部族長で、後継を期待されていたところに私が生まれた。

 その後、夫婦仲は悪いとまではいかないが、(むつま)じい感じではなく、子も恵まれていない。

 兄が父の子ではないので、私が直系となってしまい、雄が長になる獅狼族の慣習から、私の番──つまり旦那さんが長になるらしい。

 今のところ、兄以外の男──雄を番にとかは考えていないけれど。


「ファミティアも何だかんだで人気あるのよね。

 しかも、次期族長が約束されてるから親も目を光らせてる。

 兄一筋の残念な子なのにねぇ」

「残念言うな」


 転生前の私とは赤の他人なわけだから、何もおかしなことはない、はずだ。

 こんな私だが、里の中では謙虚で優しく素直な良い子、として可愛がられている。

 兄が大好きで、健気な子だとも言われている。

 好戦派を悪く言わないので、まだ世間を知らない無垢な子だとも。

 半分以上褒められている気がしない。


「何をどうしたいかは私が決めるし、周りがどう言おうと関係ないわ」

「でも、ファムは族長の子でしょう?」


 事実ではあるが、何かにつけて「族長の子」を持ち出されるのは嫌いだ。

 責任を放棄するわけではないけれど、正直なところ「だから何だ」という気持ち。

 転生前にそういった責任ある立場とは無縁だったこともあるが、族長の家に生まれただけで行動を制限されるのは我慢できない。というかしてないけど。


「族長は、みんなが従いたいと思う者がなるべきよ。

 血を受け継いでいるからじゃない。

 従いたい者が、その血統だったというだけ」


 有能で性格の良い後継が続けば、世襲制でも問題ないと思う。

 今の族長──つまり父は、私の目から見ると族長としては頼りないと思ってる。

 前世でもよく見た「事なかれ主義」というやつなのだ。

 基本的に問題が起こらないよう、波風立てないよう振る舞う。

 問題が起きてしまった場合はもっと悪い。

 問題を起こした者を一方的に処罰の対象とする。

 前提に何があろうと、問題を起こした者が悪いという考えである。

 口喧嘩から殴り合いに発展したとしよう。

 その場合、先に手を出した方だけが処罰される。

 我慢できずに短気を起こすのは好戦派に準ずるとして、悪しきものと言われてしまう。

 確かに、手を出した方は悪いかもしれない。

 けれど、問題の根幹を見ないこの裁きは、真の悪者を助長させる。

 なお、問題が起きた時に兄が居合わせると八割方、兄が処罰される。

 本当によく解らない。

 そんなことばかり見てきたので、父の好感度はマイナスだ。振り切れてるかもしれない。下の方に。


「族長以外の血統に族長は務まらないわよ」


 栗色の毛並みの子が当然のように返して来た。

 この辺も、狼の気質なのだろうか。

 十六年、獅狼族として生きてきたけれど、中身が元人間のせいか、獅狼族特有の感覚が解らない。

 耳がいいとか、鼻が効くとか、夜目が効くとか、体の特性には慣れたのだけど。


「本当なら、族長が慕われるよう努力しなきゃいけないんだろうなぁ」

「それなら、ファムがそういう相手を選べばいいじゃない」

「居たら苦労しないよ?」


 目の前の二人は思い至ったのか揃って顔を背けた。こいつら。

 その時、鼻がピクリと動く。

 大好きな匂いに体が真っ先に反応したようだ。


「兄上だわ!」

「え? うそ、どこ?」

「まだ匂いもしないのに、ホント、この子の鼻、おかしいわ」


 確かめるように辺りの匂いを嗅ぐ二人を余所に、私は匂いのした方角へと体を向ける。

 里の外に広がる森の入り口、そこから兄が来ると匂いが教えてくれた。

 兄は今、狩をしに里の外へ出ているのだ。

 里の中でも優秀な者にしか与えられない、狩の群への選抜。

 好戦派の混血である兄でも、その実力は認められている。

 群単位で動く足音が少しずつ聴こえてきた。

 それからようやく姿が見える。

 銀色に覆われたその姿は、誰よりも輝いて見えて、神々しくさえある。

 その青灰色の瞳がこちらを見た。目が合う。

 私は待ちきれずに兄の元へと駆けた。


「兄上! お帰りなさい!」

「ただいま、ファム」


 ふわりと穏やかな笑みを浮かべる兄に体が正直な反応を見せる。

 尻尾が、とてつもない勢いで動くのが解った。

 尻尾って感情そのままに動くんだと、最近知った。


「ファムちゃんだ……!」

「可愛いなぁ。何であんな奴の妹なんだ」


 狩の群の仲間が何か言っているけど、聞こえないふりをする。相対すると大体面倒な事になるので。

 兄との時間を邪魔されたくないしね。

 そうそう、確認したいことがあるんだった。


「兄上、明日は狩の無い日でしたよね?」

「ああ」


 やった! それなら、()()の日だ!


「では、いつもの、お願いできますか?」

「勿論だとも」

「約束ですよ!」


 よし、明日は兄上と二人きりで居られる時間が取れる。

 もうそれだけで超嬉しい。

 私は兄上にあることをお願いしていた。

 それは里の皆には知られたくないことで、私と兄だけの秘密にしていた。

 かなり恥ずかしいことなのだけれど、兄は馬鹿にすることも笑うこともなく、真剣に向き合ってくれている。

 兄に打ち明けるのも、かなりの勇気と覚悟を持っていたのに、そんな心配は無用だったと後で思った。

 とにかく、明日が待ちきれないけれど、今は兄と共に住処へと戻る。


「お帰りなさい、ユティ、ファム」


 母が出迎えてくれた。

 ちなみに、母の名は「パティア」といい、私達家族は「グランルーフ」という家名だ。

 ちなみに父の名は「パトラス」である。どうでもいい。族長とか長としか呼ばれないし。


「ただいま戻りました、母上」

「ただいまです、母上」


 母から少し離れて兄が座る。いつもの場所。

 私は兄と母の間に座った。


「今日もご苦労様。怪我もなく帰って来て嬉しいわ」

「兄上が狩で遅れを取るなどあるわけないです」


 私のお兄様はすごく強いのだから。ただの動物相手の狩で怪我などするわけがない。


「あらあら、ファムは相変わらずね。

 ただ、そろそろ好戦派が動き出してもおかしくはないから」


 好戦派。種族を増やす為に穏健派の雌を定期的に拐かすという。

 しばらく平和だったのだけれど、これまでの周期を鑑みるとそろそろ動く頃だということだ。


「……何故、同じ獅狼族なのにこうも違うのでしょう?」


 別の魔物だから、という単純な話であれば良かった。

 だが、同じ獅狼族での差は、考えただけで気分が悪くなる。

 それは多分、私が転生前に「同じ人間に殺されたから」なのだと思ってる。

 突然、命を奪われた理不尽さを、どうにかして納得のいくものにしたい。

 そんな、浅ましい心があるのだと思う。


「同じ、というのがそもそも間違っているのかもしれないわね」


 母が憂い顔でそう答えてくれた。


「種族は同じでも、見た目が似ていても、感情があって考えがあって。

 それら全てが同じものというのは存在しない。

 だから、同じ獅狼族というのは、あくまで種族が同じというだけ」


 それは解っているつもりだ。

 その上で、何故、同じ種族を害すのか。

 いつだって納得のいく答は出ない。


「ファムは優しいが、その優しさは時に危うく感じる」

「そうね……。他者との違いをちゃんと受け入れないと」

「私は……おかしいのですか?」


 やはり転生者だと考え方が違いすぎるのだろうか。

 さすがに転生者であることはまだ兄にも打ち明けていないけれど、受け入れてもらえない気がする。


「おかしくなんかないわよ!」

「そうとも! 他を受け入れる器が大きいだけだ」


 母と兄が慌てた様子でフォローしてくれる。

 きっと二人とも、心の中では私の考え方が違いすぎて、付いていけないと思ってるに違いない。

 そりゃあ、獅狼族なのに中身が人間っていう異物がいるんだから、おかしくなるよね。


 こういう話をすると、決まって私だけが鬱な気分になる。

 それを元気付けようと、母と兄は(こぞ)って美味しい肉を献上してくるんだけど。

 食べ物で何とかなると思われているのもまた悲しい。

 いや、この里というか文化で食べ物以外に褒美要素のあるモノがないから仕方ないのだが。


 私は美味しいお肉と明日の予定で頭を一杯にすることで、鬱屈した気分をどうにか吹き飛ばしたのだった。

次回、誰にも言えない、私の秘密、教えちゃう?

兄の温情、私の感情、切っても切れぬ兄妹の絆!

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