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第二十三話 祈り

 好戦派の里にある広場には、里にいる獅狼族が全て集められた。

 騒ぎに駆り出されていなかった、施設警備や管理者も呼び出され、さらには奴隷にされている人間も末席に呼ばれた。

 騒ぎを知らない者は居なさそうだが、何が起きているのかまでは解らない者が多く、広場は騒然としている。


 私は広場の中心だった岩の上に、仔犬──ランドルフに言わせると聖獣らしいが──の姿で大人しく座ってそれを見ていた。

 何度も言うが、帰りたい。今すぐに。

 集合をかけている間に、兄が何度も私を抱き上げたり頬擦りしたりと可愛がってくれたのだが、その度に聖獣だったんだと嬉しそうに話していた。

 私はただの転生者で、獅狼族の過去のことなど知る由もないし、聖獣の本来の使命とかも知らない。

 聖獣だと言われても、ただ困惑するだけで、どうして良いか解らない。


「皆、集まったな」


 ランドルフが声を挙げると、広場が静まり返る。

 やはり、里の中では長に次ぐ発言力があるのだと推測できた。

 ちなみに、好戦派の族長はどうしているかというと、一応だが手当てを受けている。

 獅狼族の超回復能力を以ってしても、すぐには立ち上がることができないようだ。

 なので、ランドルフのすることに強く抵抗できない。


「我ら好戦派の今後に関わる話がある。

 皆、心して聞くように」


 そんな前振りされたら身構えると思うんだけど。

 とはいえ、今までの生活から一変することになるのだから、ある程度の覚悟は必要になる。


「ここに座すは、古の聖獣。

 我ら獅狼族より上位の存在である。

 これよりは聖獣と共に進む道を選ぶ」


 ちょっと待って、何言い出すのこの人。

 今日だけで何度こう思ったか解らないくらいだ。

 私は兄と母と新しい村を作って、穏やかに楽しく暮らしたいだけなのに。

 どうしてこうなった。

 いや、とにかくまずはランドルフを止めないと。


『ま、待ってください。私は聖獣などでは……』

「聖獣は我ら獅狼族よりも上位の存在。

 本来ならば魔族にも人間にも属さない天の御使。

 我らが付き従うのは当然の理」


 このお爺さん、私の話を聞く気がないのだろうか。

 上位の存在だ何だと言うなら、まず私に話させるべきではないのか。


『この姿だけで聖獣と認めることは難しいのでは?』


 精一杯の抵抗はしてやろうと思う。

 変に祀り上げられるのだけは勘弁だ。

 私はランドルフの反論を待たずに続けた。


『聖獣を知るあなたには受け入れ易いでしょう。

 ですが、他の者にも納得できるものを提示すべきでは?』


 今後の生活が掛かっているのだとすれば、尚更である。


「彼は──銀狼はあなたの兄ですな?」

『はい、父親は違いますが、兄です』

「聖獣が消えた後も、不定期にあなたのような姿で生まれる者はいたのです」


 狼や獅子以外の姿をするものがいるとは聞いたけど、仔犬は誰も知らないと言ってたはずだが。


「その者が生まれる前には必ず、近しい者に銀狼が居りました」


 私は思わず兄を見やる。

 兄も驚いているようだ。


「銀狼は聖獣が生まれる前触れ。

 そして、聖獣を護るべくして生まれる故に強い。

 最強の獅狼族と呼ばれる所以はそういった背景があります」


 聖獣と銀狼は必ずセットになるということか。

 ならば、人間側に伝わってる聖獣の話はやはり別物なのだろうか。


「聖獣を知る者がいた頃は、生まれた聖獣を守ろうとしたのですが。

 聖獣自身が、聖獣であることに耐えきれず亡くなるということが続き。

 次に聖獣が生まれる頃には聖獣を知る者が少なく。

 やがて、聖獣だと知らずに我が子を殺す者まで現れました」


 ランドルフの視線が再び族長へと向けられる。

 獅狼族の汚点だ何だと存在を否定し、抹殺する光景は、ありありと思い浮かんだ。


「獅狼族は雄々しく勇敢であれ。

 確かにそれは正しき姿でしょう。

 しかしながら、聖獣は獅狼族ではない。

 それを一括りにして聖獣を弱きものと蔑むなど……。

 ただただ愚かとしか言いようがありません」


 ランドルフは淡々と話しているが、周りの獅狼族達は信じられずに数人で顔を見合わせている。

 正直なところ、ランドルフ以外に聖獣を知る者がいないので、彼の言葉を全て鵜呑みにするのは難しかった。

 発言者がランドルフだこらこそ、多少は耳を貸しているに過ぎない。

 こんな突拍子もない話を、すぐに信じろと言う方が無理だと思う。


「そんな愚かな行為が、思想がある故に。

 銀狼が現れ、聖獣が生まれる兆しがあろうとも……。

 生まれた聖獣はそれと知らずに命を散らしました」


 銀の狼については口伝でも残っていたのは、獅狼族として受け入れられていたから。

 白い仔犬は獅狼族として認められず、蔑まれた結果、口にすることすら許されず、忘れ去られる。

 今の獅狼族を見ていれば、すんなり納得できる内容ではあった。


 私と兄は、産んでくれた母に恵まれた。

 私と兄で支え合ってここまで来た。

 これまで、私と同じように白い仔犬であったが為に命を落として来た仲間よりも、味方はきっと多い。

 そんなことをしみじみと考えてしまったが、それが聖獣であることに繋がるのかと慌てて我に返る。


「実は、聖獣の祈りというものが御座います。

 聖獣が最後の一体になった際に、天より授かった……」


 そんなことまで知っているなんて、本当にランドルフは何者なのだろう。

 年の功と言えばそれまでかもしれないが、長い年月を生きてきて、その知識だけは衰えさせずに持っている事に、彼なりの意地というか拘りのようなものを感じる。

 ただ、この流れだとその「聖獣の祈り」とやらを私に使わせる気だよね。


「私めはあなたが聖獣であると確信しております。

 その祈りの力を、どうかお見せください」

『そう言われましても……。

 どんなものかも解らないのに、どうしろと?』


 困った様子で返す私に、ランドルフは穏やかな笑みを浮かべた。

 ちょっと厳つい爺ちゃんだと思ってたけど、こうして笑うとなかなかのイケオジだ。

 じゃなくて。絆されないぞ。


「聖獣の優しき祈りは傷付きし心と体を癒す。

 獅狼族にしか効かない癒しだそうです」

『なるほど。ここには人間もいる。

 彼らに効果があるかどうかも判ると』

「然り」


 私は目を閉じて考え込む。

 ここにいる獅狼族は好戦派で、兄や私に酷いことをしようとした。

 その連中を癒すとか、したいと思うわけがない。

 とはいえ、何もしないと拒否できる状況でもない。

 こうなったら、やってやろうじゃないか。

 覚悟を決め、そっと目を開ける。


『解りました。やってみましょうか』

「おお、お願いします」


 祈りと言っているが、恐らくは魔法と考えて良いだろう。

 魔法であれば、使う感覚は結構掴めてきた。

 集中して魔力を練る。

 炎や風の力と違って、具体的なイメージが湧かないけれど、効果という意味で想像していく。

 個々で傷や病の具合は違うから、私がするのはあくまでも自然治癒力を一時的に加速させる事だと思う。

 怪我人を直接看るならそれに合った治癒も出来ただろうけど、今求められているのがそういうことではないようなので、私はその選択をした。


 私の周りに七色の光が粒子となって舞い飛ぶ。

 自分から見えているだけでも綺麗で不思議に思うその光景は、外から見たらどれだけ神秘的だったのだろう。


 その光の中で、私はただ、祈った。


 私に敵意のないものへ、癒しを。


 好戦派の皆を癒す? 冗談ではないのです。

 私は兄や自分に酷いことをした、しようとした奴らを許すことはできない。

 私は決して聖なる存在ではない。

 確固たる意思を示すために、そう祈ったのだ。

 七色の光は私の意思に呼応するように舞い、広場に降り注ぐ。

 それに見惚れる中で、異変を感じ取った者が何人かいたようだ。


「傷が……!」

「あんなに苦しかった胸が、楽に……!?」


 それは、主に奴隷にされていた人間達から聞こえて来た。

 当然のように、族長には何も効果がない。

 いまだに治らない怪我に苦しめられている。

 先程の戦いで軽く怪我を負っていたらしいカッティスにも、効果はあったようで何やら驚いた様子だ。

 勿論、擦り傷程度ではあったが、ささやかな怪我をしていた兄にも効果はあった。

 本当に出来るとは思わなかったし、何だか上手くいきすぎて怖いとすら思うけれど。


『……どうやら、あなたの望むことは起きなかったようです』


 癒しの効果はあったようだが、証明にはならない。

 そう伝えたはずなのだが、ランドルフはむしろより興奮気味に顔を上気させていた。

 そろそろこのお爺さんが怖くなってきたと思うのは私だけではないはず。


「怪我も、病すら癒す、そのお力……!

 正しく聖獣の癒しに他なりませぬ!

 ああ、このような日が生きているうちに起こるとは!」


 どうしてそうなるのか。

 そう考えて、ふと私は嫌な結論に行き着いた。


『まさか、私に嘘を吐いたのですか?』

「咎は如何様にでも。ですが、これで確信しました」


 悪びれることもなくランドルフは興奮した様子のまま続ける。


「聖獣の癒しの力は、種を選ばないのです。

 ただし、悪用されるのを防ぐ為、害あるものには制限がかかります」


 元々、私が強く願わない限りは敵意ある存在へは効果がないらしい。

 く、もっと早くに見抜いておけば踊らされずに済んだというのに。

 更には、今の癒しにより、聖獣説を信じ込んだ者が跪いて私を崇め始めた。

 やだ。こういうのが、一番やだ。

 私は限界だとばかりに変化を解き、兄の背後に隠れた。

 何と言われようと知ったことか。

 嫌なものは嫌なのだから。


「兄上、帰りましょう! もう、嫌です!

 帰りたい……のです」

「ファミティア……」


 兄はどこか残念そうにしていたが、私が本当に嫌がっていると理解してくれたらしい。

 そっと頭を撫でてくれた。


「お待ち下さい!」

「聖獣だとか、私にはどうでも良いのです。

 私はただ、母と兄と、あの村で暮らしていきたいだけ」


 私の本音にランドルフは困ったように八の字眉で閉口してしまった。

 申し訳ないが、個が尊重されないようなものになるつもりはない。


「後の事は、次期族長さんが何とかしてくれるのです。

 私はもうこれ以上、関わりたくありません」

「それが……貴方様の意思、だと?」

「聖獣なんて、居ない方が良いに決まっています」


 特別な存在は、時として争いの種となる。

 私も兄も、もうそういうこととは無縁で生きたい。


「ファミティア、その、また……会える、よな?」

「きちんとこの里を立て直せるなら。

 友好の使者として会ってあげないこともないのです」


 カッティスが何やら視線を泳がせて尋ねてくるので、私は少し意地悪っぽく返した。


「私達の村は、荒事差別厳禁!

 それ以外ならいつでも歓迎してますよ」


 私は、敢えて少し大きな声でそう主張した。

 ここで行き場をなくしても、居場所はあるのだと。


「ただし、他から雌を拐うとか、人間を隷属させるとか。

 そういうのを繰り返すなら、次はないです」


 最低温度にまで落とした瞳と声色で吐き捨てると、スッキリしたのですぐに笑顔を浮かべる。

 兄以外の皆が凍り付いていた気がするけど、みなかったことにした。

 とにかく、これで帰れると思うと、もうそのことしか頭になかった。


「兄上、早く帰りましょう。母上も心配しています」

「あ、ああ。そうですね。帰りましょう、ファム」


 こうして、大多数の好戦派獅狼族たちが青褪め固まっているのを尻目に、私と兄は変化するとその場から去った。

 彼らにしてみれば、自分達が連れて来たとはいえ、嵐の到来からの台風一過で、多少は同情するが自業自得だ。

 後はカッティスが何とかしてくれるよ、きっと。

 私は聖獣云々の話すら投げ捨て、さっさと帰る道を選んだ。


 まあ、この後、もう少し聖獣の話は引き摺ることになるのだけれど。

次回、ようやく我が家に帰って来た?

兄の笑顔で、私は元気に、家族の絆はこれからも!

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