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第二十二話 聖獣

 目の前の銀狼が私の兄だと知り、族長は大層驚いていた。

 つまりは自分の血を分けた息子なのだから当然だろう。

 変化を解いて兄に一歩近付く。

 そこから族長を振り返った。

 左目は兄が付けた傷により伏せられたままだ。


「なるほど、お前がパティアの……。

 我が子なればむしろここへ戻るは道理。

 強き獅狼族の象徴たる銀の毛並みを持つとは。

 誇らしいぞ、息子よ」


 急に家族扱いしたところで、兄が動かされるはずはない。

 兄も獣人姿で族長と対峙する。


「私の家族は母と妹のみ。父は不要です。()()()()


 強い口調で突き放す兄に、族長は不快そうに目を細めた。

 カッティスのことはどう思っているのだろうかと思ったが、あの族長と見知らぬ雌の間に生まれ、好戦派の里で育った彼は、兄にとってはただの他人だろう。

 カッティスの方も弟だからと気にしている様子は特にない。

 冷めた家族ごっこのようなものは見なくて済みそうだ。


「パトラスの元を去ったのだろう?

 あの軟弱な穏健派どもに嫌気が差したのではないのか?」

「例えそうだったとしても、妹の迎え以外でここへ来ることはない」


 決して交わらない思いと言葉に、少しだけ哀しくなる。

 家族というのは、本来なら温かいもののはずだ。

 母と兄と私にはそれがある。

 けれど、父やこの族長には、そういったものが感じられない。

 何が、彼らをそうさせるのだろうか。

 一族を纏める立場や責任?

 それは家族の絆と両立できないものなの?

 私には解らない。その気持ちが。


「あなたにとって、家族とは何ですか?」


 気付けば、そんな質問を唐突に投げ掛けていた。


「強き後継を得る為の道具だ」


 ああ、駄目だ。こいつとは絶対に解り合えない。

 魔物として、獅狼族として正しいとしても、私は認めない。


「お前のような、獅子とも餓狼とも似つかぬ軟弱者には解らぬ。

 そのような魂は、獅狼族の恥と知れ」


 私が胸を痛めると同時に、族長は吹っ飛んでいた。

 兄が殴り飛ばしたのだ。全く見えなかったけど。


「貴様、ファミティアを連れ去るだけに飽き足らず……。

 侮辱するとは……!」


 兄がお怒りです。怒髪天です。

 私でも視認できるくらい、兄の魔力は高まっていた。

 兄は倒れた族長を掴み上げ、広場の中央へ放る。

 空中で何とか態勢を立て直した族長の目の前に、兄は迫っていた。

 そして、躊躇いなくその腕を族長の腹部に突き刺す。


「が、あ……」

『長!』


 それを見た好戦派の狼達は叫びにも似た声を上げた。


「ただで死ねると思うな」


 腕を抜き、族長の首を片手で締め上げ、地面に叩き付ける。

 圧倒的な強さ。

 好戦派の族長が反撃も抵抗も出来ずに嬲られる。

 兄の魔力は、近くのものを畏怖させ、動けなくさせる効果でもあるのだろうか。

 私は平気なのだけど、カッティスも含めその場の全員が全く身動き出来ずにその光景を見ている。

 最初は兄を攻撃していたあの族長も、今は腕を動かすことすらしていない。

 兄の強さを再認識したところで、私は慌てて飛び出した。


「兄上、もう良いのです。それ以上はおやめください」

「こいつはお前を侮辱した。赦すものか」

「私は兄上が「父殺し」と呼ばれるなんて嫌です」

「こいつは父ではない」

「どれだけ兄が否定しても、形式上は父親なのです。

 そして、周りもそれを認めている」


 兄自身が違うと言っても、周りが肯定する以上、その汚名は着せられてしまうだろう。

 私のせいで兄の名誉に泥を塗るのは耐えられない。


「命を奪う行為は、駄目です」

「っ……だが、こいつは」

「帰りましょう、兄上。きっと母上が心配しています」


 説得は難しいと解っていたので、ひとまず意識を別のことへ向けようと試みる。

 「帰る」という言葉で兄上の魔力が消えた。

 言葉の選択は間違っていなかったようだ。


「……ああ、帰ろう。ファミティア」


 玩具に興味をなくした子供のように、兄は重傷の族長から手を離す。

 外に漏れ出ていた魔力が消えたことで、周りも動けるようになったらしい。

 兄を遠巻きに囲いながら族長に近付こうとしている。


「カッティス、私は兄と帰ります。後を頼むのです」

「っ、この状況を頼むのか……」


 私に味方したカッティスからすれば、ここに残されるのは敵地で孤立するのと変わりないかもしれない。


『若』


 いつの間にか族長の側まで来ていた一体の狼が進み出る。

 栗毛に白毛が混じったその狼は、真っ直ぐにカッティスを見詰めた。


「ドルフ……」


 その場から動かない狼に、カッティスは身構える。

 しかし、私にはその狼からの敵意を感じない。

 隠すのが上手いか、本当に敵意がないのか。

 私は不思議そうに見詰める事しか出来なかった。

 私の視線に気付いた栗毛の狼は、すうっと目を細める。

 笑ったように、見えた。


「戦うのか? それとも、俺を責めるか、ドルフ」


 警戒態勢のカッティスに、ドルフと呼ばれた彼は溜息を吐く。

 呆れられてるのにも気付かぬ様子で、カッティスは睨み続けている。

 この人は大丈夫だろうか。味方のはずなのに不安しかない。

 カッティスは置いといて、私はドルフと呼ばれた狼の正面へと進む。

 すると、彼は変化を解いた。


「失礼を承知でお願いしたい。

 もう一度、変化して頂けないだろうか」


 唐突なお願いに瞠目する。

 他人からそんなことを言われたのは初めてかもしれない。

 今更なので、断る理由もなく、私は変化した。

 視点が低くなり、初老の男性を見上げる態勢になる。

 カッティスのことを「若」と呼んでいたので、側近か教育係のような立ち位置だと推測した。


「失礼」


 渋めの声で一言だけそう告げられると同時に、私の体がフワリと浮く。持ち上げられた。


「ドルフ、何を!」

「若はしばらく黙っていて下さいますかな」


 そうなるとは思ったが、さすがに容赦ない。が、同情する程でもないかなと思った。カッティスだし。

 持ち上げられた私はそのま身を任せていた。

 兄は私が抵抗しないのを見て、相手に敵意がないのだと解ったのか、険しい表情ながらも成り行きを見守っている。

 私はドルフと呼ばれる男性をジッと見詰めた。

 彼は苦笑すると、私を手近な岩の上に乗せた。


「再び聖獣をこの目で拝む日が来ようとは思いませんでした。

 我が忠誠はあの日より変わらずあなたと共に」


 そう言って私の前に跪く。

 私は何を言っているのか理解できずに固まってしまった。

 周囲は大きく響めき、混乱が広がっている。

 兄の側で倒れていた族長も驚き、体を起こした。


『ド、ドルフ、何をしておるのだ!?』

「我らが長よ、獅狼族の起源を、よもやお忘れか」

『獅狼族の起源だと?』


 それはとても興味があるかもしれない。

 私は驚くのも忘れて話に耳を傾けていた。


「我ら獅狼族は元来、天の使いたる聖獣でございました。

 欲深き人間により囚われ、殺められたことで……

 次々と憎悪に染まり堕ちていってしまった。

 憎しみに染まらず、聖獣の姿をした同胞は消え……

 現在の獅狼族となったのです」


 人間達が言っていた聖獣とは違うのだろうか。

 獅狼族の起源については初めて聞いた。

 困惑する私に微笑み、男性は続ける。


「あなたのその姿はまさしく聖獣そのもの。

 遥か昔に最後の一体が消え、もはや聖獣はいないはずでした。

 こうしてお目にかかれて光栄です」


 他とは違う仔犬姿には意味があるのかという疑問の答えが、これなのだろうか。

 人間達が話していた聖獣が、ただの恋物語などではなく、実在する獣の話だったということになる。

 ちょっと理解が追い付かない。


『えと……あの、私が、聖獣?』

「見間違えるはずはありません。

 その純白の体、長くたなびく尾。

 獅子とも餓狼とも似つかぬ姿?

 当たり前でしょう。天の使いたる獣なのですから」


 この男性は、その聖獣とやらを見たことがあるのか、私を聖獣と信じて疑わない。

 急にそんな話をされても、どうすれば良いのか解らないし。

 それに、忠誠とか言ってた気がする。そういうのも要らない。


「聖獣に使える衛士として、せめて人間共に復讐をと過ごして来ました」

『あなた、は……一体』

「我が名はランドルフ・ガーディ。

 聖獣を人間の手から守る衛士に任ぜられた者です」


 困った。どうしよう。

 何でこんな事になっているのか解らないけれど、彼──ランドルフは私を聖獣だと決め付けて、忠誠まで誓うと言っていて、実際に今も目の前で跪いている。

 好戦派の族長やカッティスとも対等に話せるくらいの長老格な立場だと思うのに、そんな彼がこの態度というのは明らかに場を混乱させる行為だ。


「積もる話は後程させて頂きます。

 今は、それよりも重要なことがありますので」


 いや、どう考えてもその辺の話をした方が良いと思うのだけれど。

 何か嫌な予感がして、息を呑む。


「聖獣であるあなたを侮辱したものへの処罰が御座います故」

『え』

「聖獣は我ら獅狼族の起源であり、尊き姿。

 それを、あのように侮辱するなど、言語道断。

 どうか、私めに処罰の許可を頂きたく」


 だから、ちょっと待って。

 話が飛躍し過ぎて付いて行けてないのを解ってほしい。


「ま、待ってくれ! ドルフ、どういうことだ?

 これは……一体、何なんだ?」


 私の心を代弁するかのようにカッティスが口を挟んだ。

 今のはナイスだ。もっと言ってほしい。


「若、申し訳ありませんが、長は愚かにも聖獣を侮辱しました。

 聖獣の衛士として、許してはおけないのです」

「だから、聖獣とか衛士とか、どういうことなんだ!?」


 最もな質問に、ランドルフは一度めを閉じる。

 その間に、兄がふらふらと私の側まで歩いて来た。

 助けて欲しくて視線を向けると、何故か満面の笑みを浮かべている。


「ファミティアが、聖獣……」

『兄上?』

「ああ、これで誰しもがファミティアを認める。

 私の可愛いファミティアは、尊きものだと」


 お兄様あ、帰って来てくださあい。

 このままだと、妹が何か得体の知れない祀られ方するかもしれないのですよ。

 まずいぞ、今この場で私の気持ちを解ってくれるのがカッティスしかいない気がする。


「詳しくは処罰が終わってからにしましょう。

 今後のことも話さねばなりませぬ故」

「待て!

 そのまま話を進めるのをやめろと言っているんだ!」

「残念ながら、今の私は衛士として居りますので。

 若の言葉も、長の言葉も、聞くつもりはありませぬ」


 逆に何の言葉であれば聞くのだろうか。

 ──って、もしかして私か?

 今の話の流れからすると、そういうことになるよね?

 それなら、と私は意を決して話し掛ける選択を取る。


『待って下さい。

 何も解らないまま話を進められても困ります。

 私は、自分が侮辱されようと誰かの命を奪う選択などしたくありません』


 跪いたままのランドルフは、私の方へと向き直った。

 一呼吸だけ開けてすぐに続ける。


『どうしてもその選択が必要なのであれば。

 納得のいく理由を説明して頂けますか』


 私からの質問を受け、ランドルフは戸惑うこともなく、頭を垂れたまま、口を開いた。


「何とも慈悲深きお言葉か……。

 ご安心を。長を処断するは獅狼族の為でもあります。

 長の考えに賛同し、改心しないものも同様と考えます」

『個体数を減らし、危急存亡の状況で、いたずらに数を減らすのですか』

「害のある個体を残すことは、滅亡を早めるだけですから」


 それを言われると反論できない。

 好戦派の里に元々いる雌の数は少ないはずなので、これからの子作りには影響がないはずだ。

 つまり、害ある個体を間引き、獅狼族を正しい方向へと戻すだけということになる。

 だが、そうだとしても、自分の選択が多くの命を握っていると思うと、肯定することは出来なかった。

 私は、「私」の命を奪った奴と同じにはなりたくない。


『では、こうしましょう』


 出来の悪い頭で、それでも精一杯考えたことを、話す。


『まず、今後について話し合う。

 その後、それに賛成出来ないものを確認する。

 そして、彼らに「追放」か「処断」かを選ばせる。

 「追放」の場合は北の人間の街に程近い場所にする』


 自分が選択しないという、何とも小賢しい案なのは解っていた。

 それでも、個人の感情だけで命を左右したわけではないという、確証が欲しかったのだろう。


「……あなたは、北に何があるのかご存知で?」

『魔族と戦う最前線の人間の国がある。

 ……というのは最近知りました』

「なるほど。何の根拠もなく北を指定したわけではないと」


 ランドルフは少し考えてから、顔を上げて頷いた。


「聖獣の御心のままに」


 従ってくれるらしい。

 というか、これでまだしばらくは帰れないことが決まった気がする。

 私は早く帰りたいだけなのに。

 兄はさっきからずっと恍惚な表情でこちらを見ているし、頭が痛くなってきた。

 自然と、耳も尻尾も垂れ下がるのは仕方がないと思う。

 でも、それを気に掛けてくれる味方は、誰もいなかった。

 あ、カッティスは論外です。数に含めません。

次回、老狼の長話?

兄も特別、私も特別、だけど要点そこじゃない!?

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