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第二十一話 攻防

 どうにかして兄の近くまで行きたい。

 好戦派の狼が間に居ないところに移動できれば、兄の脚で逃げ切れる。

 追手が村まで来るだろうけど、ディロウと母と私も戦いに加われば、迎え討つことは難しくないはずだ。

 そんな考えを巡らせていた時である。


「雌……雌の匂いだ……」


 すぐ近くからおぞましい声が聞こえたので、慌てて振り向いた。

 そこにはハアハアと息を荒くし、口から汚く涎を垂らした男が立っている。

 見るからにヤバい奴だと思った。

 逃げようにも広場に飛び出す形になってしまう為、私はどうすべきか一瞬躊躇してしまった。

 その隙に、男が文字通り飛び掛かってくる。

 斜め上空からのし掛かられ、呆気なく地面に倒された。

 至近距離で見えた男は目が血走っていて、執拗に身体を押し当ててくる。

 気持ち悪い。嫌だ。

 男は私が着ていた服が邪魔だと思ったのか、ワンピースの裾を乱暴に掴むと引き千切り始める。


「雌、雌、雌ぅぅ!」


 これ、もしかしなくても発情しておかしくなってるとかそういうやつ?

 本気でヤバいかもしれない?

 そう思ったと同時に、男の手が私の胸を鷲掴みにした。


「いやああぁぁぁ!」


 耐え切れずに盛大な叫び声を上げる。

 見付かってしまっても仕方がない。

 どうしても、我慢出来なかった。


『っファミティア⁉︎』


 私の声に兄が反応する。

 恐らく、声を頼りにこちらを見たのだろう。

 倒れた状態のまま、逆さまの視界に兄を捉えると、目が合った。

 この時、私はどんな顔をしていたのだろう。

 助けを乞う情けない顔だろうか。

 ただただ怖くて泣きそうな顔だろうか。

 どちらにせよ、それは兄を焚き付けたのだろう。


『ファミティア!』


 こちらに向かおうとする兄を、横から大きな青灰色の狼が飛び掛かって邪魔をする。

 あっ、と声が出そうになったが、同時に鳥肌の立つ様な不快感が下半身の方から駆け上がって来た。

 思わず視線を向けてしまい、後悔する。

 あの発情した男が、太腿の辺りを(まさぐ)りながら体を割り入れようとしていた。

 抵抗はしているが、獅狼族といえど男女の個体差は埋められない。


「やだぁ! 来ないで!」

『ファミティア!』


 兄の声には焦りが含んでいた。

 心配を掛けたくはないが、私もちょっと我慢は無理だ。


『伝承にある銀の狼。その強さ。良いぞ、面白い!』

『そこを退け!』


 兄の状況を見たいが、目の前の男への抵抗で精一杯だった。

 今は閉じている脚を強引に押し開こうとしている。

 させまいと必死に力を込めた。


「俺のものに手を出すな!」


 聞き捨てならない台詞に目を丸くすると、目の前の男が吹っ飛んだ。

 近くの建物の壁に衝突し、崩れ落ちる。

 慌てて体を起こすと、側にカッティスが立っていた。


「ファミティア、大丈夫か⁉︎」


 心配そうに手を差し出してくるが、迫る影が先程の男と重なり思わずビクリと体を震わせる。

 申し訳ないとは思ったが、体は正直だった。

 カッティスもそれを理解しているのか、差し出した手を握り締め、吹っ飛んだ男を睨み付ける。


『カト、良いところに来たな。その娘を連れて来い』

「父上⁉︎」

『獅狼族の中でも最強と言われる銀の毛並みを持つ雄だ。

 その力、我らの中にあってこそ輝くというもの』


 好戦派は銀の毛並みを持つものを知っているようだ。

 兄が口にしていた、英雄の話だろうか。


『その娘が大事なようだからな。

 つまりは、その娘が居れば我らの元へ降るだろう』


 体のいい人質にされるらしい。

 冗談ではない。

 兄を縛り付ける重石になるのなら、私は死を選ぶ。

 カッティスは困惑しているようだが、この隙に逃げられないものかと体を起こして立ち上がる。


『お前もその娘が気に入ったのだろう?

 この雄に連れて行かれてもいいのか?』


 欲望に訴えかけるあたり、悪者の台詞だ。

 今のうちに何とか状況を分析する。

 兄までの距離は10メートルほどだが、間に変化した族長が居るので正面突破は無理だろう。

 その強さは見ていないが、好戦派の族長を務めるだけの力を持っていると思って間違いないはずだ。

 変化して驚いている隙に駆け抜けられるか?

 失敗すれば青灰色の狼に踏み付けられることになるが。


「……ファミティア」

「捕まえるの?」


 私が冷めた視線を向けると、カッティスは苦悶の表情を浮かべて俯いてしまう。


「そんなことしなくても、会おうと思えばまた会えます。

 でも、私を利用するなら、あなたは敵。

 敵になったら、もう戻れないのです」


 説得とは違うかもしれないが、私は淡々とそう告げた。

 この里は好きじゃない。好戦派もちょっと嫌いになった。

 でも、まだカッティスのことは嫌いではない。


「っ、俺は……!」

『何をしている、カッティス! 早くしろ!』


 族長が苛立った様子でカッティスを怒鳴り付ける。

 私と族長の間で揺れているカッティスは、まだ俯いたまま動かない。


「カッティス」


 私が呼び掛けても、彼は顔を上げない。

 あの族長は気の長い方ではないだろう。

 カッティスが動かないと解れば、他の仲間をけしかけてくる。

 息子として長年共にいるのだから、カッティスにも解っているはずだ。

 迷っている時間はない。

 私は大勢の好戦派が見ている中でも構わず変化した。

 白く、尾の長い仔犬が現れると、辺りは騒然とする。

 それを気にも留めずに、私はカッティス目掛けて飛び掛かった。


「は⁉︎」


 私の行動が意外だったのか、カッティスはすぐに動けないでいる。

 私はそのままぽすんとカッティスの胸の辺りに張り付いた。

 攻撃などでは決してない。誰が見ても明らかだった。


「えーと、ファミティア?」

『何してるのです! 落ちます!』

「え⁉︎ あ、っと……」


 カッティスは促されるまま私が落ちないよう抱え込む。

 ふわふわの毛並みにかなり戸惑っているように見えるけど。


『気持ち良いでしょう?』

「え、ああ、そうだな」

『私に味方してくれるならまた触らせてあげるのです』

「それは……脅しのつもりか?」

『取引と言ってください』


 私の言葉にカッティスは遅れて笑った。


「お前は、取引が下手だな」

『精一杯の努力を笑わないで下さい!』


 悔しいので尻尾をバシバシと叩き付ける。


「痛い痛い、解った。悪かったよ」


 苦笑するカッティスには、既に迷いの表情はない。

 今の取引が功を奏したとは思わないが、何かしらの切っ掛けにはなったのかもしれない。


「この選択は、たぶん、好戦派のこれからにも大きく影響する。

 そして、俺は多くのものを失うだろう。

 だからこそ、簡単には選べないし、納得のいくものにしたい」


 カッティスは両手で私を持ち上げ、私達は正面から見詰め合う形になった。


「俺は、獅狼族の未来とお前を守る為に、戦おう」

『カッティス……!』


 笑みを浮かべ、カッティスは力強く頷く。

 私の味方で居てくれる彼に、嬉しくてつい尻尾が躍ってしまう。

 カッティスは私の向きを変えると、再びそっと抱き締めた。

 向きを変えられたので、兄が見える。

 どうなったのかと戸惑っている様子だ。申し訳ない。


「父上、質を取るなど、我ら獅狼族のする事ではありません」

『カッティス! 何を言うか!』

「正々堂々と勝負し、降せば良いだけのこと」


 好戦派の族長は低く唸ると、咆哮をあげた。

 空気が振動し、全身が痺れる感じがする。


『もう良い! 腑抜けが!

 我に歯向かうのであれば、息子と言えど容赦はせんぞ』

「このまま、獅狼族の誇りが腐るのを見ていられない!」

『黙れ青二才め!』


 突然始まった親子喧嘩に、周りの好戦派は困惑している。

 どちらに付くべきか迷っている者もいるようだ。


『奴は裏切り者だ! 始末しろ!

 娘も死ななければ多少傷付いても構わん!』


 族長の一声で、好戦派達は命令だからと一斉にカッティスへと飛び掛かる。


『ファミティア!』


 兄がこちらへ来ようとするも、族長が進路を塞ぎ足を止められた。

 カッティスは私を抱えたまま、向かって来る仲間達の攻撃を受け流している。

 数は多いが、時折蹴り飛ばして距離を取り、一定数以上の相手を同時にしないよう戦っていた。

 兄には及ばないが、カッティスも結構強いのだと感心する。


「お前達が俺に敵うとでも?」


 自惚れは程々にして欲しいが。

 とはいえ、さすがに族長の息子といったところだろう。

 好戦派も攻めあぐねている様子だ。


 私の事はカッティスが何とか守ってくれているので、私は兄へと視線を向ける。

 兄は、族長と戦っていた。

 巨体に似合わず素早い動きと地面を抉るほどの力で、族長は兄を追い詰めている。──ように周りからは見えただろう。


『ふはははは!

 銀の戦士と言えど、我が力の前に手も足も出まい』


 なるほど、あの親にこの子供か。

 族長の血を見た気がする。

 カッティスは置いといたとしても、あの族長は戦略分析が出来ないのだろうか。

 自分の力に絶対の自信があるせいで、相手の力が量れないのかもしれない。

 とにかく、兄は族長の力量を見極めようとしているだけで、全ての攻撃を見切って避けていることを思えば、族長に劣っているようには見えないのだが。


『我が速さについて来られるのは認めよう。

 むしろ、より欲しくなったぞ!

 あの娘が大切ならば、番にくれてやろう。

 我ら好戦派の仲間になれ!』


 族長の言葉は、兄の怒りの火に油を注ぐ行為だった。

 それまで回避に専念していた兄が、地面を強く蹴り族長との距離を一息で詰めると、族長は咄嗟に避けることが出来ず兄の爪を受ける。

 族長の左目に四本の爪痕が付いた。

 滴る血に周りが騒つく。


『好いぞ、久方ぶりに血が騒ぐわ!』


 左目が使えなくなっても尚、族長の戦意は増し、兄に向かって突進していく。

 それを高く長い跳躍で躱し、兄は私の前に降り立った。


『兄上!』

「え、兄!?」


 私の呼び掛けに驚いたカッティスが動きを止める。

 飛び掛かって来ている好戦派から目を逸らした事もあり、無防備な状態になった。

 慌てて私が尻尾で向かって来る狼を弾き飛ばす。


『何しているのです! 危ないのですよ!』

「あ、ああ、すまない。驚いてしまって。

 だって、お前の兄ってことはつまり、その……」

『カッティスの異母弟ですね』


 サラリと答える私に、カッティスはいよいよ言葉に詰まった。

 あれ程、私が「兄が来てくれる」と言っていたのに、誰が来たと思っていたのか。


『ファミティア、怪我はないか!?』

『大丈夫です。兄上こそ……』

『お……私は大丈夫だ。それより、そいつは……』


 兄は一人称を「私」で話すことが多いが、実は「俺」を使うことがあるのを、私は知っている。

 私はどちらでも気にしないのだが、兄は何故か拘りがあるようだ。

 兄がカッティスを気にしているので、問題ないことを伝える。


『脳筋ですが、他の好戦派よりはマシです』

「ファミティア!?」


 酷い紹介に抗議の声が聞こえたものの、華麗に無視する。


『そうか。おい、ファミティアに擦り傷ひとつ付けてみろ。

 細切れにしてやるからな』

「っ誰が……!」


 私が大人しく抱っこされているからか、兄はカッティスを一応の味方として容認してくれたらしい。

 雰囲気は険悪だが、今の状況を乗り切る為には協力した方が良いというのも互いに解っているようで、悪態を吐きながらも背中合わせに身構える。

 あ、そっち向いたら兄が見えない。酷い。

 抗議する間も無く、兄とカッティスはそれぞれ戦いを再開してしまう。

 私は兄の方を気遣いながら、近くに兄が居ることで安堵感に包まれていた。

 早く帰りたいなぁ、などと呑気に思っていたことは内緒である。

次回、伝説は本当だった?

兄は歓喜、私は困惑、何でもいいから帰りたい!

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