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第二十話 護身

 族長が驚いた様子でカッティスの方へと顔を向ける。

 予想していなかったのか、私がグランルーフだと聞いた時よりも驚愕しているようだ。

 対してカッティスは毅然とした態度を崩さず、族長と睨み合っている。

 ところであの人、私を貰うって言ったよね?


「カト、どういう風の吹き回しだ」

「何を仰います。気に入ったのですよ。

 ようやく、俺の目に留まる雌が現れた。それだけです」


 周りの好戦派の雄達も騒ついている。

 どうやら、カッティスの発言はこの状況下でかなり影響力があるらしい。

 族長の息子──嫡子だからだろうか。

 私としては不特定多数から特定の男に変わっただけで、大した差は無さそうだが。


「……良いだろう。

 ようやく次期族長としての務めを果たせるというものだ。

 この娘は我が息子、カッティスの嫁とする」


 当然のように私への確認はない。

 周囲では雄達が落胆している様子が見える。

 片や、カッティスは上機嫌で私に近付いて来た。

 殴りたい。いや、尻尾でぶっ飛ばしたい。

 私が睨み付けていると、彼は一瞬だけ困ったように苦笑した。


「さあ、来てもらおうか」


 体躯の大きい方ではないカッティスだが、その威圧は凄まじく、好戦派の族長の血であることを認識させられる。

 そして、その威圧は周囲の雄達へも向けられ、不満そうに騒ついていたその場が静まり返った。

 あれ、何かが引っ掛かる。


 考えを巡らせる前に、カッティスは私の腕を掴み、奥へと連れて行った。

 入る前によく見ていなかったが、族長の家ということで、広い屋敷のような造りの建物らしい。

 廊下の奥にある部屋に入ると、カッティスは溜息を吐いた。

 溜息を吐きたいのは私の方なのに。

 それから私の方を振り向いたかと思うと、慌てて顔を背ける。

 え、何したいのこの人。


「怪我とか、ないか?」


 訝しがんでいた私は、思わず目を瞬かせる。

 先程とは違う、穏やかで優しい声色に少し驚いた。

 それから遅れてふるふると首を振ると、カッティスは安堵の笑みを浮かべる。


「そうか。なら良かった」

「ちっとも良くはないです。最悪です」


 目を細め不満を伝えると、カッティスは声を出して笑った。


「父上に向かってあの態度だから、大丈夫だとは思ったが。

 この状況でもお前は強いな」

「兄が、助けに来てくれます。必ず。

 それまで自分の身を守って、我慢するだけです」

「……単身でこの里に乗り込んで来ると?」


 私が兄を頼りにしているのが気に食わないのか、少しだけカッティスの声のトーンが下がる。


「私が望んで来たのではないのなら、兄は来てくれます」

「もし本当に来たとしたら、とんだ蛮勇だな」

「兄は、負けません」


 好戦派には到底信じられないのだろう。

 カッティスは穏健派として育った異母兄弟の強さを認めようとしない。

 断言する私を、夢見がちな子供だとさえ思っていそうだ。


「ある程度の強さは認めよう。

 俺達好戦派を複数相手に互角以上の戦いをしたらしいな。

 だが、里にはより強い雄が居る。

 単身で乗り込むなど、愚かだ」


 別に信じて貰えなくて構わない。

 ただ、私は確信しているだけ。

 だからこそ、カッティスの言葉も関係ないと流した。

 それが気に食わなかったのか、カッティスは私の手首を掴んだかと思うと、そのまま目の前のベッドに放り投げる。

 浮遊感の後にボフッと柔らかな感触に受け止められ、少し驚いた。

 柔らかな布団など、いつぶりの感触だろうか。


「俺の番になれ。そうすれば俺が守ってやれる」


 勝手な言葉に、私は布団の柔らかさも忘れカッティスを睨み付けた。


「私は何かに縛られる生活など、もう嫌です」

「命あってのものだろう?」

「命があれば良いわけではないでしょう?

 己の誇りを貫いてこその生でしょう?」


 カッティスは言葉を詰まらせた。

 彼にも、その意味は理解できるようだ。

 他人にとってはくだらないと思うようなことでも、私にとっては何よりも大切で、譲れないことがある。

 私は、今の生をどう過ごすか、もう決めたのだ。


「ここに居ては満たせないものがある。

 私が生を捧げるべきものが、ここにはないから」

「っ、その為に、死んでも良いと?」

「死は終わり。それは嫌。

 でも、死んだように生きるのはもっと嫌。

 だから抗うの。私が生を捧げると決めたヒトと一緒に」


 揺るがない意志を示したつもりだったけど、カッティスは微妙な顔のまま佇んでいる。

 おかしいな。良いこと言ったはずなのに。


「それは、お前の兄のことを言っているのか?」


 一言も兄だとは告げていないが、会話の流れで察したのかカッティスが尋ねてくる。


「だったら何?」

「いや、いくら父親が違うとはいえ、母親が同じなら番は無理だろ」


 至って真面目な顔で返された。

 何だかムカついたので、尻尾攻撃をお見舞いする。


「いたっ! だから、その尾は痛いって──」

「別に番になるつもりはないのです!」

「え、ないのか?」

「私にだってそれくらいの良識はあります。

 ……私は番を作らず、兄の側で生きると決めたのです」


 転生者である故か、自分がこの世界に完全に馴染むことはないような気がしている。

 それは、私の決心を少しだけ後押しした。

 別に、それをカッティスや他の獅狼族にも理解してほしいとは思わない。

 私がそう生きたいと思っているだけだから。


「俺は、諦めない。初めてなんだ。

 こんな風に、焦がれるのは」


 ジッと見詰められ、少し恥ずかしくなり、顔が熱くなる。

 すると、カッティスも顔を赤くし、すぐに視線を顔ごと逸らした。

 あれ、もしかして最初に会った時に様子がおかしかったのって、そういう事?

 好きな子を直視できない純情っ子とか、見た目とのギャップありすぎない?

 そういえば、里では軽い調子で言い寄ってくる奴は居たけど、本気で口説こうとする男は居なかったな。

 だから、カッティスみたく真正面から言われると困惑してしまう。

 まあ、揺れることは断じてないのだけど。


「兄以外の男に興味はないです」


 キッパリとお断りしておく。

 何となく、しても無駄だとは思いつつも、意思表示は大事だ。


「お前以外の女に興味はない。

 こちらを向かないなら、力尽くで振り向かせるまでだ」


 好戦派らしい脳筋な言葉をありがとう。

 強い雄が好きなんです、という雌には効果的だろうが、私には無意味だ。

 呆れながら反発しようとすると、カッティスがベッドに乗り、近付いて来た。

 思わず全力で尻尾を叩き込む。


「うわっ」


 ベッドから弾き飛ばされ、カッティスはよろめく。

 この状況、この状態で近付いて来るとか、身の危険を感じるでしょう。


「近付かないで!」

「近付くくらいいいだろう?」

「ダメに決まってるでしょう⁉︎」

「何故だ⁉︎」

「身の危険を感じるのです!」

「何もしない!」


 信用できるはずもない。

 私は精一杯の威嚇のつもりでカッティスを睨み付ける。

 意固地になって言い合っていたところから一転し、カッティスはふと我に返った。

 途端に視線がかち合い、カッティスの顔が真っ赤になる。

 本当に何なのこの人。これで近付くだけとか、何で言えたの。

 今はむしろジリジリ離れて行ってるし。いいんだけど。


 その時、鼻がピクリと反応した。

 反射的に尻尾が躍る。

 兄の匂いだ。近くまで来ている。

 こうしてはいられない。ここを出なくては。


「て、敵襲だ! 銀の狼が暴れてるぞ!」


 恐らく外から聞こえて来ただろう声に、気持ちが逸る。


「銀の、狼……だと⁉︎」


 やけに驚いているカッティスを不審に思いながらも、私は兄の元へ戻ることで頭が一杯になり、それどころではない。

 兄の居るだろう方向に向かい、壁に手を付ける。

 あの足枷や鎖のような魔法は壁には掛けられていなさそうだ。

 これなら私の魔法で吹っ飛ばせる。


「っ、ファミティア、何を──」


 私の様子がおかしい事にようやく気付いたカッティスが近付いて来る、が、もう遅い。

 私は両手に力を集中させ、自分だけが通れるくらいの穴を壁に開けることにした。

 勿論、変化して通るのだ。

 風の刃を応用し、円の形で切り抜けるよう力を放出する。

 切り抜くだけなので、大きな音も出ない。

 金属やコンクリートではなかったのが幸いだった。


「な、今、お前、何……」


 壁に開いた小さな穴に、カッティスは狼狽している。

 悪いが説明している時間などないし、してやる義理もない。


「私、帰る」


 それだけ言うと、返事も待たずに変化して穴を通った。

 ちゃんと外に出られたことを確認し、物陰を利用しつつ兄の匂いがする方へと向かう。

 悲鳴や呻き声、戦いの喧騒が耳に突き刺さるように入って来て、頭が痛い。

 思わず変化を解いて蹲り、両手で耳を塞ぐ。


「兄上……あにうえ……」


 近くに兄がいると解ったからか、途端に不安と恐怖に駆られた。

 先程まで気丈に振る舞っていた自分はどこへ消えたのか。

 震える体を何とか持ち上げ、顔を上げる。

 建物の間を抜けて来たので、何が起きているのかはよく判らなかった。

 だから、ようやく視界が開けて見えたものに言葉を失う。


 広場のようなそこに集まった、灰色や茶色の狼達。

 穏健派の里に居る仲間の倍以上は居るだろうか。

 大小の個体差はあれど、それらは皆一点を警戒していた。

 それを私も追って、そして見付けた。

 輝く銀の体躯を日の下に晒し、低く喉を鳴らしている兄の姿を。

 その爪は血に塗れているが、体には一切返り血がない。

 よく見れば、兄の周りにはまだ息のある好戦派の男達が負傷した状態で転がっていた。


『こ、こいつ、何なんだ⁉︎』

『こんな奴、見たことないぞ⁉︎』

『いや待て、昨晩負傷した奴が銀狼がどうとか言ってなかったか?』


 好戦派が好き勝手に騒いでいる。

 兄は私に気付いているだろうか。

 いや、気付いていたとしても、ここで私が出て行っては邪魔になるし、最悪人質になるだけだ。

 そうなると、兄は気付いていてもまだ動けないだろう。


「騒がしいな」


 私の居る位置と反対側から、好戦派の族長が現れた。

 族長は兄を見るなり嬉しそうに笑みを浮かべる。

 何か、嫌な予感がする。

 早くここから離れなければ。

 目の前の状況に釘付けとなっていた私は、背後から近付く影に気付いていなかった。

次回、囲まれた私と兄の命運や如何に。

兄の奮戦、私の祈り、絶対二人で帰るんだ!

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