表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/27

第十九話 好戦派

 お腹の辺りがぐるぐるして気持ち悪い。

 獅狼族として過ごして来て、こういう感覚は忘れていたかもしれない。

 人間の頃は時々あった。精神的なものだ。

 前世とは別の意味でストレスは抱えていたと思うけど、これまでそれが表面化することはなかった。

 ある程度は割り切っていたのと、兄が居てくれたから。

 だからこそ、今の状態は肉体にまで影響を及ぼしたのかもしれない。


 ここに、兄は居ないのだから。


 意識が浮上すると、目を開ける前に辺りの気配を可能な限り探る。

 私の技能ではあまり意味は為さないが、いきなり目を開けて絶望するような光景だと、行動する前に心を折られてしまう。

 だから、少しでも警戒しておこうと思ったのだ。

 少し離れた場所からガヤガヤと複数人で話す音が聞こえる以外は特に気配も音もない。

 意を決して目を開けると、木の床にうつ伏せで倒れているようだった。

 両手が動くのを確認して、床に手を付ける。

 上半身を起こし、顔を上げた。

 木造の壁が目に入る。

 立とうと足を動かしたところで、違和感に気付いた。


 ジャラ──。


 金属の、重たい音。

 足下から聞こえるそれに、思わず視線を向ける。

 両足に、恐らく鉄製の枷がはめられ、鎖で繋げられていた。


「うわ……」


 里であまり見ることのなかった鉄製の品だが、これは見たくなかった。

 鎖の元を辿ると、床下へと消えている。

 建物なら壊すという選択肢があるからだろうか。

 地面に杭でも打ち込んであって、それと繋がっている可能性を考える。

 何とも念入りなことだ。

 逃げ出した功績のある母のおかげなのかもしれないが。


 最後に部屋の中を見回す。

 六畳くらいの広さはあるように思えた。

 ただし、何もない。家具も、何かしらの道具も、小物も。

 出入口はドアが一つだけあるが、内側には取っ手が見えない。

 捕まえた雌を入れておく為だけに作られた部屋だと解る。

 ここまでするか、普通。

 あ、普通じゃないのか。


 逃げ出すにはまずこの鎖をどうにかしないと無理だ。

 試しに両手で持って引っ張ってみた。

 すると、薄ら発光し、手が弾かれる。

 何かしらの力が及んでいるのか、これが魔法の力なのか、兎にも角にも、引き千切るのは無理だった。

 そうだ、魔法。あれからすっかり忘れてた。

 この機会に色々と試しても良いが、小屋だけなくなって鎖が残る未来が見える。

 太い木も簡単に両断できる風の刃を鎖に向けて放ってみたが、ガキンと大きな音を立てるだけで傷一つ付きやしない。

 しかも、音のせいで誰かが近付いて来る気配がした。


「何だ、今の音は!」


 ドアには鍵が掛かっていたらしく、開錠音の後に複数の男性が中へと入って来た。

 魔法を使ったなどとは思いもしないだろうなと、私は適当に怯えている風を装う。


「……何もない? おい、今、何をしていた!」


 男の怒声にビクリと体を震わせ、耳を伏せる。

 どう? 怯えてる可哀想な女の子感出てるでしょう?


「ちっ……。何だったんだ、今の音は」


 男は続いて部屋の中を見渡すが、そもそも物の少ないこの部屋で確認できるものの方が少ない。

 念の為にと、男は鎖にも異常がないか調べた。

 しっかりしているじゃないか。

 まあ、手抜かりがあった場合に責任はこいつに掛かるのだから当然とも言える。


「ふん。大人しくしていろよ。後でたっぷり可愛がってやる」


 あ、そういうの結構です。

 小物な悪役感満載な捨て台詞を吐き、男は笑いながら出て行った。

 とはいえ、この鎖をどうにかしなければ、冗談や笑い事ではなくなる。

 ただの鉄の鎖ではないことは確かだが、どういった付加が掛けられているのかも不明では時間も掛かってしまう。

 これさえどうにかできれば、魔法を駆使して逃げられると思うのだけれど。

 あれからどれくらいの時間が過ぎたのかは解らない。

 でも、兄も母もディロウも、心配しているだろうし、助けようと動いてくれてるはずだ。

 兄はきっと、私を見付けてくれる。

 私は、兄の元へ帰るんだ。絶対に。


 私が考えを巡らせていると、再びドアが開いた。

 今度は男性が三人入って来る。

 痛め付けるとか、献上する前に手を付けておくとか、そういう陰険なやつだったらどうしよう。

 私は怯えた素振りを見せながら、男達の様子を窺った。


「へえ、確かに珍しい色だな。真っ白だ」

「顔も悪くないだろ? 今回は当たりだと思わないか?」

「産めよ増やせよ、だと選り好みしてもいられないからな」


 今すぐどうこうという感じではなさそうだ。

 しかし、話してる内容は胸がムカムカするようなものだった。

 好戦派だからと毛嫌いする気はなかったが、誰も彼もがこうならば無理かもしれない。


「まあ、まずは長のところだ」

「ないと思うが、長の目に留まったらそこで終わりだからな」

「よし、お前らで押さえろ」


 長のところに連れて行かれるのか。

 男二人がかりで私を押さえつけて来る。

 いや、怯えてる女の子にそれはどうなの。

 逃げられないようにと言ったってそこまでするとは。

 押さえ付けられている間に、足枷が外される。

 両足が軽くなった。


「ほら、立て!」


 押さえ付けていたと思ったら今度は乱暴に引き起こされる。

 女性の扱いというのを知らないと思われる。

 私は内心で男達を恨みながら、怯える少女を演じて大人しく従った。


 左右から腕を掴まれ、無理やり歩かされながら外へと出る。

 好戦派の里は、木造の建物で構成されていた。

 どうやって作ったのかという疑問は、すぐに消えた。

 里の中に人間が居たのだ。

 鎖に繋がれ、ボロボロの衣服のまま働いている。


 吐き気がした。


 それは、私が元人間だからかもしれないし、性格的なものかもしれない。

 どちらにせよ、敗者であろう人間を道具のように扱う好戦派の獅狼族達が、私には何か違う生き物のようにさえ感じた。

 人間と争う魔族の一端であることを、改めて認識する。

 それでも、獅狼族というのはもっと高潔で、闘いに誇りを持っているのだと思っていた。

 死力を尽くして闘った相手を、奴隷として使うなんてこと、するような種族だったのだろうか。


 いつの間にか、外の景色が遮られ、別の建物に入っていた。

 奴隷に気を取られ過ぎて、辺りの状況や好戦派の数などを見逃してしまった。

 戦って逃げるつもりはないが、追手や立ちはだかる敵は少ない方が良い。

 自分が囚われの身だということを認識しなくては。

 意識をこの場に戻し、私は顔を上げる。


「ほう、白の雌とは珍しい」


 木製の椅子に毛皮が敷かれ、そこに座する男が興味深そうに私を見ていた。

 彼が、好戦派の族長だろう。

 その傍にはカッティスも立っていた。

 驚いた様子はなく、毅然とした態度で私を見ているカッティスを一瞥して、すぐに族長へと視線を戻す。


「面白い。誰か、こやつを知る者は居ないか」


 敢えてこの場に呼んでいたのだろう、拐ってきたと思われる娘達に、彼は問う。

 彼女達に目を向けてみたが、見たことのある顔があった。

 兄が追放されることになった事件で、居なくなったとされる子だろう。

 それ以外の女性達は知らない顔だ。


「ファ……ファミティア?」


 白なんて珍しいから、交流がなくても知られているのは仕方がない。

 そして、私の身の上もこれで知られてしまうだろう。

 彼女にとって、自分を切り捨てた族長の娘である私は、恨みの対象にこそなれど、憐憫や同情を向ける対象ではない。

 族長の娘ならばさすがに助けに来ると期待して、協力してくれるような様子ではなさそうだ。

 目を見れば解る。

 絶望と怨嗟に染まった、深い憎悪の目。

 好戦派に連れ去られる時の私も、あんな目をしていたかもしれない。


「貴様、知っているようだな。こやつは何だ」


 好戦派の男達に引き摺り出され、その女性は怯えた表情を見せた。

 ここで酷い扱いを受けているのかもしれない。

 一瞬だけ言葉を詰まらせたが、喋らないと相手の機嫌を損ねることも解っているらしく、蒼白な顔で口を開いた。


「ファミティア・グランルーフ、族長の、娘、です」


 その場が騒めく。

 好戦派の族長も、一度は目を見開いたが、すぐに平静を取り戻していた。


「パトラスの娘か。母親は息災か?」


 過去に、自分元から逃げて行った母に、どういう感情を持っているのかは、その言葉からは判断できない。

 ただ、どことなく挑発的な問い掛けに、こちらもつい乗ってしまう。


「ええ。とても元気です。

 その身を削って産んだ子を、血を問わず愛してくれています」


 拐われた過去などものともしていないというのを伝えたかったのだが、余計なことを言ってしまったのだと、直後に気付く。

 今度はさすがの族長も驚愕の表情を顔に張り付けた。


「子を、産んだのか」


 私のことを言ったいるのではない。兄だ。

 好戦派の元から逃げた時、母は妊娠に気付いていたようだが、悟られないようにしていたようだ。

 そして、好戦派には知られないまま、無事に逃げ出して兄を産んだということになる。


「だが、穏健派の中で育てられた軟弱者となってしまったのだな」

「野蛮と雄々しいを履き違える、恥ずかしい部族に染まらなくて良かったです」

「何だと、貴様!」


 声を上げたのは側に控えていた男だが、族長がすぐに制した。

 その横でカッティスが口元を押さえて震えている。

 あいつ、笑ってるな。人の気も知らないで。


「なるほど、母親そっくりよ。

 あれも、よく噛み付いてきたものだ」


 少しだけ、族長の表情が和らいだ気がした。

 もしかして、という考えはすぐに振り払う。

 個人の勝手な推測で期待したり落ち込んだりするのは、精神衛生上も良くない。


「あれの娘といえど特別扱いはしない。

 我らの存続の為、その身を捧げてもらうぞ」


 族長を睨み付け、精一杯の抵抗を示す。

 元の部屋に戻れば、また枷をはめられてしまうだろう。

 そうして、誰かの慰みものにされる。そんなの、御免だ。


「お待ち下さい、父上。その娘、俺が貰います」


 唐突にカッティスが声を上げた。

 え、この人、いきなりしゃしゃり出て何言い出すの?

次回、まだまだ続く危機的状況?

兄が来るまで、私は折れない、そして祈りは天に届く!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ