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第十七話 染色

『──というわけなのです』


 兄の元へ戻るや否や、私は聞いたことを全部話していた。

 その中にはディロウが知っているものも多かったようだが、私は初めて聞く話ばかりだったのでこの時も興奮気味だった。

 覚えたての知識を披露したがる子供のそれに、母も兄もディロウですら付き合ってくれた。

 後から考えると、とても申し訳ない気持ちになる。


「人間同士が争うのは勝手だが、この森に関わることは見逃せねぇな」

「同感ね。所有者面して支配しようものならどうしてくれようかしら」


 ディロウと母が何やら怖い表情で感想を述べている。

 そうは言っても、人間と全面戦争なんぞになれば、互いの被害も小さくないだろう。

 甘い考えで夢物語のような理想を言うことはできるが、私だってそこまで考えの及ばない子供ではない。

 理想を現実にする力がないことも解っている。

 だから、私はつい兄に縋ってしまうのだ。


「ファム?」

『争いは、嫌です』


 ポツリとそう呟いた私に、兄は苦笑した。

 それからそっと頭を撫ででくれる。

 嬉しくて思わず長い尻尾が躍った。


「ファムが嫌がることは私が消し去ろう。

 もしそうなった時には、首謀者を亡き者にしてしまえばいい」


 簡単だ、と爽やかな笑顔で言い切る我が兄。

 眩しい笑顔とは対照的な言葉に慌てて首を振る。


『兄上が手を汚すなど、いけません!』


 あれもこれもと我儘な奴だと自分でも思う。

 私の言葉に兄は少し驚いたが、すぐに目を細めた。


「相変わらず、ファムは優しいな」


 そう言うと、兄は私をヒョイと持ち上げ、腕に抱いた。

 長い尻尾が収まりきらずに腕から垂れる。


「とにかく、定期的に人間側の情勢も仕入れる必要があるな」

「しっかりした村になるまで目立たないようにした方が良いかしら」

「まあ、出来るならそうした方が良いんだが……」


 ディロウが言い淀み、私へと視線を向けた。

 私が問題児だとでも言いたいのか。

 残念ながら、現時点ではそれを否定するのが難しいから悔しいところだ。


「嬢ちゃんのその姿、見られちまったからなあ」

「娘が可愛いと言われて私は嬉しいけれど」

「そうですね。ファムの可愛さが少しでも伝わったのなら満足です」


 この母と兄はもう少し緊張感を持って欲しい。

 私が言えた立場ではないのだが。


「それはいいんだが、坊ちゃんと一緒に見られるとまずいな」

「……それは、ファムも話してた『聖獣』の話かしら?」

「ああ。ただでさえここは『聖獣の憩』と呼ばれている。

 そこに、お誂え向きな白い獣と銀髪の青年。

 良くも悪くも話題にならないわけがない」


 私が変化していなかったとしても、白い毛の娘がいるだけで、似たような話題になってしまうだろう。

 誰だよ、伝承の聖獣の話なんか書いて広めた奴、いい迷惑だ。


「嬢ちゃんと坊ちゃんはしばらく一緒に居ない方がいいな」

「なっ⁉︎」

『ええ⁉︎』


 いや、解るんだけど、それでも嫌なものは嫌だ。

 兄はこの世の終わりのように蒼白な表情で言葉を失っている。

 里を追放されると聞かされた時でさえここまでではなかったのに。

 というか、この小さな村、小さな家で一緒に居ない方法などないのでは。


『……無理ですよね?』

「まあ、難しくはあるが」

『兄上が外で作業してる間、私はずっと家の中とかですか?』

「そうなるな」


 実作業を行う兄は当然ながら外に出なければならない。

 逆に私は指示さえ出せば家の中に居ても出来る作業を進めれば良い。

 セットで目撃されなければ良いので、しばらくはそれでやり過ごすしかなさそうだ。


『……どれくらいでしょうか』

「さぁなぁ。ある程度、この村のことが浸透するまでだろうな」

『かなり先の話ではないですか!』


 一週間でも辛いかもしれないのに、月か年単位の話になったら私は暴れる。


「そうよねぇ。そもそも、それまでユティが正気を保てるかどうか」


 母の心配が笑えないくらいに、兄は気落ちしていた。

 ここまで絶望した兄は見たことがない。


「っ、何か他に方法はないのか」


 少しでも譲歩できないかと兄はディロウに懇願している。

 なりふり構っていられないという様子だ。


「他に、ねえ……」

『毛染めはダメですか?』


 里では見たことがなかったが、外の世界にはあるかもしれないと、私は念の為に提案してみた。

 白や銀の色が問題なら、変えてしまえばいい。


「毛染め?」

「毛を、染めるの?」

「何で染めるんだ? というか、染まるのか?」


 兄と母は染めること自体に疑問を持っているようだ。

 ディロウは手法や材料を気にしている。

 良かった。ディロウには伝わってる。


『兄上は難しいかもしれませんが、私は白ですから。

 何かしら色の付いたものであれば簡単に染まるかと』


 何なら、色の付いた水に仔犬姿で浸かっていれば、勝手に染み込むんじゃないかってね。

 さすがに、そんな簡単ではないかもしれないけど。

 がっつりは難しくても、薄らくらいは出来るのではなかろうか。

 というか、兄と引き離される事態は私も避けたいのよ。


「だが、そうなると、嬢ちゃんはずっとそのままだぞ?」

『兄上と家庭内別居になるくらいならこのままでいいです!』


 誇張しすぎたかもしれないが、気分は間違っていない。

 ディロウは必死な私にフッと笑みを浮かべ、がしがしと頭を掻いた。


「やるだけやってみるか」

「ファムの毛並みを汚すなど……!」

『白くない私ではダメですか?』


 白いから可愛いというのもあるとは思うが、価値がそれだけだとすると悲しい。

 耳を垂れ下げ、ジッと兄を見詰める。


「ダメなはずがない! だが、良いのか?」

『この白は私の誇りですが、それを汚すわけではありません』


 気分を変えるようなものだと言うと、兄は渋々了承してくれた。

 共に居られないことと天秤に掛けたのだろうけれど。

 とにかく、あの女性達が村を去った後に染毛を試してみることになった。

 夜も更けていたので、私達はその日の疲れを癒すように眠りについた。


=======================


 ファミティア達の村を、川向こうから監視する目と気配に、彼らは気付いていなかった。

 川を挟んでいることと、近くにより強い人間の匂いがあるせいで、余計に気付き難かったのだろう。

 草むらに身を潜めていたそれは、やがて踵を返し、森の中を駆けて行く。

 どこからか合流した仲間と共に、その「狼達」は自分達の住処へと急いだ。

 木造の建物が並ぶ集落へと戻った彼らは、その足で長の元へと向かう。


「戻ったか。報告しろ」

「はっ! 川向こうに新たな集落を作っているものがおります」

「ほう。何者かは解ったか?」

「獅狼族であることは匂いから間違いないかと」

「雌は?」

「二体、確認しました」


 木製の椅子に毛皮を敷いた、長専用の玉座のようなものに座っていた男性が立ち上がる。

 獅狼族としては一般的な青灰色の毛並みに、歴戦の戦士たる荘厳な顔付きのその男性は、嬉しそうに笑みを浮かべていた。


「父上! 先日も雌を連れて来たばかりです!」

「黙れ、カト。これもお前の為なのだぞ」

「っ、自分の番は自分で選びます!」

「連れて来られる雌を哀れに思うのなら、お前が娶れば良い。

 お前が子を成し、雌が増えれば連れて来る頻度も減る」


 無茶苦茶だと長の男性を睨み付ける。

 声を上げていたのは、ファミティアが邂逅したカッティスだった。

 話を聞いていたカッティスは、報告のあった集落がファミティアの居る集落だと解り、焦っている。

 自分が漏らしたわけではないが、結果的に好戦派に知れてしまった。

 そして、標的にされそうになっている。

 何とか魔の手が伸びないよう考える必要があった。


「明日の夕刻、その集落へと向かえ!」

「はっ!」

「父上!」

「くどいぞ、カト。獅狼族の純血を絶やすわけにはいかぬのだ」


 好戦派は自分達が原始の獅狼族であると自負しており、族長の血統を継ぐことを何よりも優先していた。

 獅狼族の未来を思えば、カッティスも口を噤まざるを得なかった。

 族長の家を飛び出し、カッティスは森に入る。


「くそ!」


 手近な木に拳を叩きつけ、彼は苛立ちを募らせた。

 純血を遺したいという意思は理解できる。

 だが、その為ならば何をしても良いとまでは思わない。

 残すべき純血の誇りを汚す真似だけはしたくなかった。


「若、今日はまた一段と荒れていますな」


 獅狼族としては老齢な男が、カッティスの背後から近付き声を掛ける。

 栗毛にところどころ白さが混ざり、全体が薄茶色に見えた。

 長命な獅狼族は老いの速さも緩やかなので、この男はかなりの年月を生きていることになる。

 しかして、その目に宿る光はいまだに戦士のそれで、体も衰えてはいない。


「父上は、まだ繰り返そうというのか……!」

「悪戯に血を濃くするわけにはいきませぬ故、致し方ないかと」

「それは解っている。だが、拐かし、無理強いするやり方は間違いだ」

「穏健派は一妻多夫をよしとしておりまするが……。

 ここでそれは争いの火種にしかなりませぬ」


 好戦派は独占欲の強い雄が多く、上がよしと言ったところで個人の感情がそれを受け入れられない。

 苦肉の策として、外の雌を連れて来るという選択をしたのだが、それが横暴なのだとカッティスは考えていた。


「……若は、長に反抗したいだけですかな?」

「何だと?」

「獅狼族の矜持を守りつつ子を残す術が、他におありで?」

「お前らの言う『矜持』とは何だ。

 強く雄々しく、何者にも媚びず常に最強であれ、か?」

「勿論、左様でありますとも」


 カッティスは老齢の男と向き合い、ふんと鼻を鳴らした。


「強さに驕り、弱者を虐げるのが『雄々しく最強』なのか?」

「若……」

「このままでは、我らはいずれ滅ぶ。

 それも、戦いではなく、自滅の道だ」


 そう吐き捨てるように言うと、カッティスは男に背を向け、森の奥へと向かった。

 カッティスの脳裏にファミティアの顔が浮かぶ。

 獣人形態の、全身が白に覆われ輝いた姿。

 変化で見せた、愛らしい小さな姿。

 上気する顔を見られないようにするので精一杯だった。

 また会いたい。例え、グランルーフの血を継いでいても。

 だが今、ファミティアには危険が迫っている。

 どうすれば彼女を助けられるのか。

 カッティスは次期族長と言われる自分に、何も力がないことをただただ情けなく感じていた。

 それでも、ファミティアを汚させたりはしない。

 ただひとつの決意を胸に、カッティスは森の奥で高く雄叫びを上げた。

次回、不穏な影が村に迫る⁉︎

兄と離され、私は拐われ、まさかの母と同じ境遇!

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