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第十六話 情勢

 興味がない風に丸くなりながら、私は二人の話に耳を傾けていた。

 獅狼族の話はすぐに終わってしまったが、それ以外の話もなかなか興味深い。

 残念ながら平和的な話は少なかったが、今の人間側の情勢を聞けるのはありがたかった。


 この森は人間の領域の西端にあたるらしい。

 魔族と人間の小競り合いが続く北の荒地の話が出た時は、ディロウのことが頭を過った。

 ここは人間達も未開の場所が多く、獅狼族も棲むことから、魔族の領域と見られることも少なくないらしい。

 そして、森を有する人間側の国がウェストゥール、という小国だという。

 まったく聞いたことのない名前だが、森の──というか里の外のことを殆ど教えられてこなかったので仕方がない。

 そのウェストゥールが、ザラスという国に攻められているらしい。

 ザラスは北の荒地を有する大国で、魔族との戦いにおける最前線となっている。

 その為、武力の高い軍事国家として発展しているのがザラスという国だ、と赤髪の女性が説明していた。

 時折、何で知らないのかと呆れながらも説明してくれるので、私には大変ありがたかったのだが。

 金髪の女性はどうやら情勢に関して興味がないらしく、へらへら笑いながら赤髪の女性の話を聞いている。


 とにかく、ザラスが国力増強と資源確保の為にウェストゥールを取り込もうとしているという噂がある。

 流れ者には注意を払わなければ、と話す赤髪の女性に、私は内心困っていた。

 人間同士が争う現実を、ある程度は覚悟していたつもりだが、それでもいざ耳にすると心の中のドス黒い感情が沸き立つようだ。

 自分が魔族側だからと無理なこじ付けをして、私はその感情から目を背けた。


「あれ? ザラスって前にも北の国を吸収してなかった?」

「してたわね。ノージア……だったかしら」

「まだ国力増強するの? 北の方にも潤沢な資源あるよね?」


 それが本当の理由でないから、今も他国を攻めているのだろう。

 魔族との争いを表に出してはいるが、つまりは自国を大きくしたいだけなのだ。

 資源の確保だけであれば、攻め落として奪い取る必要はない。

 ザラスが魔族を食い止めている事実があるのだから、恩恵を受けている他国が援助すれば良いだけだ。

 そうならないのは、私利私欲が絡んでいるから。


「ザラスは元々ウェストゥールより小さな国だったから。

 あの頃に戻りたくないのでしょうね」

「だからって他の国を侵略していい理由には……」

「帝国に尻尾を振る奴らなんて、そういうものよ」


 帝国って何。どこのこと。

 ヤバイ雰囲気しか感じないんだけど。


「あー、まあ、帝国はねえ……」


 金髪の女性でも知っているくらいの大きく有名な国なのか。

 しかも、悪い方に振り切れているらしい。

 何それ怖い。関わりたくない。


「大陸の反対側だから、ここまで来ることはないだろうけど」

「だからこそザラスを飼い慣らして、この辺も手中にって考えてるのよ」


 どうやら、ここが西の端で、帝国は東の端の方にあるようだ。

 あと、ここって大陸だったんだ。

 わざわざ大陸って言われてるなら、海もあって、他の大陸も確認されてるってことよね。

 あ、世界地図見たいかも。

 私はひとまず頭の中でいくつかの楕円を描き、そこに今聞いた国名を入れてみた。

 その後も、あの街はこの街はと様々な地名が出て来るので、必死に記憶することに徹する。

 今すぐ筆記具が欲しい。


「何はともあれ、ここは問題ないかしらね」

「あまりどこから来たのかとか詮索すると、こっちが怪しまれるしね」

「ええ。一応、明日も少し様子を見てみましょう」

「まあ、こんな人懐っこくて可愛い子が悪者のわけないけどね!」


 悪者だとは思っていないけど、真実を話していないという意味では胸が痛む。

 聞いた情勢では、獅狼族だと判れば警戒されてしまうだろう。

 警戒どころか、討伐隊を組まれる恐れもある。

 気心が知れた頃に打ち明けて、素直にごめんなさい、しよう。

 きちんと説明すれば、解ってくれる。

 それまでの長い付き合いになるかどうかは解らないけれど。


「それにしても、白に銀、だなんて……。

 伝承の聖獣とその騎士のようで、ちょっと驚いたわ」

「最初は一緒に可愛いって騒いでたくせに」

「あ、あれは、しょうがないでしょう? 疲れてたのよ」


 確かに、疲れている時は何かしらの癒しが必要よね。

 小動物(わたし)が癒しになったのなら何より。

 ところで、聖獣と騎士って何だろう。


「レッティはホント、聖獣の御伽噺、好きよねぇ」

「御伽噺なんかじゃないわ! 史実にも残っている事実よ」

「でも、証拠となるものが文献以外に見付かってないのよね?」


 レッティと呼ばれた赤髪の女性が言葉に詰まる。

 文献を後押しするような品が出土していないのか。

 それなら、その文献自体が物語か何かと言われても仕方がない。

 どちらにせよ、貴重な文献である事には変わりなさそうだが。


「聖獣と呼ばれ、愛し愛された白き獣。

 その白き獣を守護する銀の騎士。

 どんな苦難にもその忠誠は揺るがず、騎士もまた獣を愛した」


 金髪の女性は芝居掛かった身振りを混じえ、文献の内容であろう白い獣と銀の騎士について語った。

 白い獣はいいとして、銀の騎士は色と守護の下りは被るかもしれないが、自分達と一致はしない。

 そもそも、そういった伝承を聞いたことがないので、人間側にしか残って居なさそうだ。

 だとすると、騎士はそのまま人間と考えて良いだろう。


「聖なる白き獣と銀の騎士は、滝の側で互いに寄り添い(いとま)を過ごす。

 すなわち、聖獣の憩いなり」


 何だか、その話がただの恋物語にしか聴こえなくなってきた。

 もしかして、聖獣も獣ではなく、領主の娘とか高貴なお方の隠語のようなものだったりして。

 だとしたら、貴族の令嬢と護衛騎士の身分違いの恋、みたいな話と考えることも出来る。

 この滝をその恋の逢瀬に使っていたとすれば、そこそこ辻褄も合いそうだ。

 獅狼族側に伝わっていないのも、そもそも獣が獅狼族と何も関係がないからだとすれば、疑問はなくなる。

 赤髪の女性には悪いが、その文献はただの恋愛小説の類ということになるかな。

 あまり好きじゃないのよね、恋愛小説とかラブロマンスとか。

 そのせいで、私の聖獣への興味は一気に冷めていってしまった。


 その後も二人は聖獣の話で盛り上がっていたが、途中からただの恋愛小説ものの考察みたいになっていって、つまらないので帰ることにした。

 欠伸をしながら前脚を伸ばし腰を引く。

 よく寝たとばかりに体を起こすと、金髪の女性と目が合った。


「あら、起きちゃった? ずっと寝てていいのよ?」


 クゥン、と耳を垂れ下げ寂しそうに鳴く。

 金髪の女性は頬を染め嬉しそうに私を見詰めた。

 はっはっは、可愛かろう。


「飼い主のところに戻りたいんじゃないの?」

「えー? やだあ」


 やだとか言われましても。

 とりあえず、誰かを探す仕草もしておこう。


「ほら、あのお兄さんのこと探してるのよ」

「そんな! 朝までここにいていいんだよ?」


 ずっとこの姿で居ることに慣れていないので、そんな危険は冒せません。

 私は捕まる前に金髪の女性の膝から降りた。


「あーん、行かないでよぉ」


 捕まえて強制しないだけまだ優しい。

 ごめんなさいね。

 寝る時くらいは安心して休みたいの。


「またいつでもいらっしゃいね」


 赤髪の女性が優しい口調で送り出してくれる。

 二人とも小動物には優しいというのがよく解った。

 しかし、最後に一度だけ振り返り、そこで気付いてしまった。

 二人の女性はどちらも金属製と思しき胸当てを着けているのだが、二人ともそれを脱ぐことはなかった。

 宿でゆっくりするのに、防具を着けたままというのは警戒の証拠ではなかろうか。

 まだ完全に疑いが晴れたわけでも、ここが安全だと思われてもいない。

 当然といえば当然だが、それでも悲しくなり耳が垂れる。


「やっぱり残ろう?」


 立ち上がった金髪の女性に驚き、私は慌てて駆け出した。


「ファムちゃん、またねぇ!」


 背後に金髪の女性の声を聞きながら、マスコットも楽じゃないことを、改めて思い知らされる。

 村の名物にという考えも少しあったのだが、頭から消し去っておこう。


 私は大好きな兄の元へと一直線に向かって行った。

次回、人間との交流は問題が山積み?

兄の苦悩、私の発案、どうなる白き聖獣の対策!

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