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第十五話 触れ合い

 可愛い小動物に気を取られてくれたおかげで、こちらには多少の余裕が出来た。

 それを利用して先手を取るしかない。

 可愛いものや綺麗なものは格好の罠なのだよ。


『兄上、滝に用事があるのか聞いてください』


 小声でお願いすると、兄は小さく頷いた。


「滝に用事ですか?」


 機先を制されて、二人は返す言葉に詰まったようだ。

 疚しいことはないし、住み着いたのがここ二、三日なので、そう尋ねるのは至極当然だろう。


「えーと、そうとも言えるし違うとも言えるし」

「てか、ここ何です?」


 歯切れの悪い答えは意味ありげに聞こえる。


「俺達は流れ者でね。この辺のことはよく知らないんだが。

 ここは腰を落ち着けるに丁度良かったんだ」


 ディロウがフォローしてくれた。助かる。


「ああ、それで滝の近くに誰か居る、って噂が出たのね」

「流れ者ならこの滝のことも知らないでしょう?

 ここはね、街の人達がよく利用するのよ。

 この森は獅狼族が多くて危険なんだけど、ここまでなら安全。

 なのに、知らない人や建物が増えて驚いたみたいでね」


 ディロウの言っていたことと多少の差異はあれど、大筋では同じ内容だった。

 街の人がよく利用する、というのはディロウの知る街とは別なのだろうか。


「近くに街が?」

「森の近くには一つあるけど、ここをよく利用するのは別の街の人よ」


 それは知らなかった。

 ディロウの話との差異はそこにあったのか。

 森に近い街でも日帰りは強行すればできるくらいの距離だというのに、それより遠い街からも来るのだとすると、やはり宿はあった方が良さそうだ。


「獅狼族が行動範囲を広げた可能性もあったから。

 状況を調査してきてほしいって依頼を受けたのよ」

「まさか、こんな可愛い子が居るだなんて思わなかったわぁ」


 我ながら上手くいったようだ。

 可愛いもの好きな女性で良かった。


「滝の名もあるから、もしかして聖獣⁉︎ とか思っちゃった」

「もう、聖獣でいいよ、こんな可愛い子。

 それで、滝に付加価値も加えて客寄せにして、商売すればいいのよ」


 そういう奴らだと思われたら困るから、滝は自由開放で、他のサービスを売ろうとしているのだが。


「近くに住んでる爺さんから滝のことは聞いたんだが。

 一応、泊まっていけるよう宿も用意してる」


 まだ新しい宿屋を示しながらディロウが返す。


「あ、それ助かるぅ! ね、ちょっと泊まってってもいい?」


「えっ」


 軽いノリで泊まると言い出した女性に、こちらは全員が声を揃えてしまうほどに驚いた。

 私もつい声が出たけど、たぶん気付かれてはいないはず。


「まだ完成はしてないんだが……。

 まあ、寝泊まりは出来るからな。

 不自由でも良ければこっちは特に……なあ?」


 恐らくは私に向けて言ったのだろうディロウに、兄が代わりに反応する。

 どのみち私は罰で明日までこの姿で居なくてはいけないし、今後も人間を受け入れるなら慣れていかねば。

 兄と母は頷くと、改めて女性達を見やる。


「本当に泊まるだけになりますが、構いませんか?」

「ああ、大丈夫大丈夫。野宿しなくて済むなら何でも!」

「屋根と寝る場所があれば僥倖よね」


 旅人というのは大変なのだろう。

 野宿よりマシというのは確かにそうだが、得体の知れない村の宿に泊まろうとは思わない気がする。

 取り敢えずは最初の客ということになるので、不満のないようおもてなししなくては。

 この姿だから、お客様の相手をする係になりそうかな。

 話はできないけれど、二人の会話を膝の上で聞けるだろう。


「このようなところでよろしければ、断る理由はありません」

「ありがとうございます!」


 ニコリと微笑み掛けた兄に、二人の女性は頬を赤くして礼を言った。

 良からぬ下心を持って兄に近付こうと言うのならただじゃおかない。

 その辺もきっちり見極めねば。


「どうぞ、こちらです」


 私は兄の腕の中で二人に目を光らせながら案内に付いて行く。


「わあ、中も綺麗じゃない?」

「ホントね。これなら街の宿屋と変わらないわ」


 実際の宿屋と比較されて劣らないというのはなかなか良いではないか。

 まだまだ劣るところはあるだろうけど、外見は大事よね。


「毛皮の寝台! すごーい!」

「これなら寝る時も寒くないわね」


 二人はまだ寝台と椅子しかないその宿屋に不満はないようだ。


「すみません。まだ色々と揃っていなくて」

「全然! 十分ですよ! ね?」

「ええ。野宿の予定で携帯食料や必需品はあるから。

 旅人には丁度いい宿ですよ」


 そういう想定ではいたが、実際に刺さると気分がいい。

 今の時点では及第点と言って良いかな。


「では、何かあれば声を掛けてください」

「あ、あの、その子って飼い犬ですか?」


 私のことだろうか。私しか居ないか。

 チラリと兄を見やれば、一瞬だけ不快そうに眉を顰めたが、すぐに笑顔で答えた。


「この子は家族ですよ」


 間違ってない。

 私はスリスリと兄の腕に頭を擦り付ける。


「やーん、可愛い!」


 金髪の女性は私を気に入ってくれたようだ。

 何だか複雑だが、敵対して睨まれるよりはいいか。


「名前は何ていうんですか?」


 既に最初に兄が叫んでしまったので愛称は誤魔化せそうにない。

 私が人側の姿の時に同じ名前で呼ばれていたら怪しまれるかな。

 戸惑う兄に、私は顔を近付けた。

 大丈夫だと鼻を擦り付ける。


「やだあ、何しても可愛い!」


 あなたを喜ばせる為にしているわけではないのだが。

 兄は私の頭をそっと撫でた。


「……この子はファムです」

「ファムちゃんって言うんですね!」

「ええ。妹と同じ名前にしているんですが」


 私が後から出て来てもいいようにこじ付けているが、大丈夫かな、その設定。


「妹さんがいらっしゃるんですか」

「妹はファミティアと言います。

 この子と同じく真っ白な毛色の子で」


 見た目が似てるからというのは理由になるとして、一緒に生活しているのに付けるか、という話は。


「ここに来る前まで、妹とは離れて暮らしていて。

 この子が妹代わりだったんです」


 そう来たか。

 ずっと一緒ではあったけど、父の監視下にあったという意味では、見えない隔壁は存在したかも知れない。

 仔犬姿の私が妹代わりというのは私が聞いても無理があるけれど。

 女性達は旅人だろうから、頻繁に来ることはないだろうし、そこまで親しい仲にもならないだろう。

 それならば、後から咎められることもないはず。


「そうだったんですか……。

 ファムちゃん、おいでおいで」


 気安く呼ぶな愚民が、と場違いな罵りの言葉が頭を過るが、そういうネタはこの世界では笑えない冗談になってしまうので口にしてはいけない。

 呼ばれて無視するのは愛玩動物として可愛くないので、仕方がなしに兄の腕から降りて女性に近付く。


「きゃー! 来てくれたぁ。可愛い!」


 こういうタイプの女性はあまり好きではないが、後から変に吹聴されても困るので、今のうちに媚を売っておこう。

 金髪の女性は荷物の中から、貴重な携帯食料を取り出して、私に差し出して来た。

 別にお腹は空いていないし、旅人の食料を貰うほど飢えた生活もしていない。

 餌付けのつもりならば、旅人としてどうなのか。

 そんな思いで女性を見上げる。


「毒なんか入ってないよー?」


 そうじゃないから。

 あと、大体の匂いで解るから。


「んー、食べないなあ」

「あなた方は旅人なのでしょう?」

「え? まあ、そうですね」

「ならば、有事の際の食料は必要でしょう。

 それを解っていて、自分が食べるわけにはいかないと考えているのですよ」


 その通り、と心の中で胸を張る。


「あと、食事は適量を摂っていますから。

 贅沢にならないよう、何でも食べるようにはしていないんです」

「可愛い上に賢いなんて! この子、欲しい!」


 嫌です。無理です。諦めて下さい。

 可愛がられるのもなかなか大変だな。

 チヤホヤされるのは兄で慣れてるけど、それとはまた違うし。


「ファム、邪魔になるから戻ろう」


 兄に呼び戻されたが、私はこのままここに残って二人の話を聞きたい。

 ジッと兄を見詰めると、兄もそれを察したらしい。

 元々、好奇心が強いことは周知の事実。

 人間との交流を望んでいた私のことだもの、兄もすぐそれに行き着いたのだろう。


「嬢ちゃんの好きにさせたらいい。()()()()()()


 後から付いて来たらしいディロウが、兄の肩に腕を乗せて寄り掛かった。

 それを大層煩しそうにしながら、兄は少し考えてため息を吐く。


「飽きたら勝手に帰って来るので、しばらく好きにさせて下さい」

「はい! 喜んで!」


 さっきから金髪の女性しか声を出していない気がする。

 嬉しそうに私を抱き竦めながら、金髪の女性は嬉しそうに笑った。

 誰かを笑顔にすることなど、忘れていたかも知れない。

 母や兄には笑っていてほしくて色々と努力はしたけど、それとは違う胸の温かさを感じる。

 頬擦りし始めた女性を、少しウザいなと思いながらも、喜んでもらえるのは満更でもなかった。


 兄もディロウも出て行ってしまい、宿の中が沈黙に包まれる。

 すると、赤髪の女性がふと溜息を漏らした。


「驚いたわね。こんな所に住もうとしてる人が居るなんて」

「流れて来た人ならしょうがないよ。

 最近、他国の情報とか、簡単に流れないようになって来てるし」


 そうなのか。

 人間の国でもやはり色々ありそうだ。


「まあね。でも、獅狼族じゃなくて良かったわ」

「私、見たことないんだけど、頭が狼なんだっけ?」


 それは狼男です。

 いや、合ってるのか。……合ってるのか?

 そう思っていたら、赤髪の女性が苦笑しながら驚くべきことを口にした。


「それは昔の話。今は人間に近い姿をしてるのよ」


 何ということでしょう。

 昔の獅狼族はまさに狼男だったのか。

 今の時代に生まれて良かった。

 まあ、私も最初は狼人間だと言ったのだけども。


「そうだったっけ?」

「そうよ。でも、性格は変わらない。残忍で、交戦的。

 人間を見付けたら襲い掛かり、全滅させるまでやめない」


 好戦派でもそこまで酷くはないはずだが、どうしてそう思われているのだろう。

 やはり、交流のない種族同士が正しい認識のもとで解り合うのは難しそうだ。

 これはしばらく正体を明かせないなと、私は金髪の女性の膝の上で丸くなった。

次回、人間の国も大変みたい?

兄と離れ、私は情報収集、少しずつ見えて来る世界の姿!

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