第十四話 警戒
我に返ったカッティスがその後どうしたかは解らない。
村まで押し掛けて来なかったので、恐らく帰ったはずだ。
さすがにもう来ないだろう。
私はというと、仮住まいの小屋の中で、母と兄とディロウの前に正座している状態だ。
何故かは言わなくともご存知だろう。
「ファミティア、何か言うことは?」
「勝手に一人で森に入って心配かけてごめんなさい」
「解ってる分、タチが悪いのよね、この子の場合」
己の非が解らぬ程、私は子供ではない。
中身は倍以上生きて来ているしね。
そうすると、説教も意味がないと母は困った様子である。
「では、ファムには罰を与えるのはどうですか?
今から明日一日、変化した姿で居てもらいましょう」
「おいおい、それが『罰』なのかぁ?」
「ファムにとっては自由に動けない事の方が辛いでしょうから」
さすがお兄様、解ってらっしゃる。
今から明日一日中か、中々にハードな罰だ。
「変化した姿なら余計に動き回るんじゃ……」
「あら、私とユティで代わる代わる抱いてるから動けないわよ」
「それはもはや別の罰だな」
呆れながらもディロウは笑っている。
私がゲンナリしているので、効果的だというのも理解いただけたようだ。
「それで、森の中はどうだったんだ?」
「あ、好戦派の族長の息子に遭遇しました」
しれっと報告すると、その場の空気が凍るのが判った。
まあ、そうなるとは思ったけども。
「一人で抜け出してきたそうで。少し話を」
「名前は、聞いたの? あなたの名前も名乗ったの?」
「カッティス・バルフールと名乗ってました。
私の方は最初は伏せてましたが、大丈夫だと判断したので教えました」
いつもとは違い、母の表情は真剣そのもので少し怖い。
だが、私も真っ直ぐに母の目を見返す。
「あなたが考えてそうしたのなら仕方がないかしらね。
そもそも、一人で森に入ったのが軽率だったけれど。
それ以外はちゃんと考えて会話もしていたようだし」
「バルフール、というのは……」
「ええ。あなたに流れるもう一つの血よ、ユティウス」
今まで触れてこなかった禁断の領域に、私が足を突っ込ませてしまった。
兄の悲痛な表情を見て、私は何も言えなくなる。
兄や母に辛い思いをさせるだろうことは解っていたけれど、いざ目にすると予想以上に堪える。
「では、ファムが出遭ったのは……」
「あなたの、腹違いの兄、ということね」
「っ母上、何を悠長にしているのですか!
ファムの身に危険が迫っているというのに!」
「そのファム自身が身の危険はなかったと言ってるじゃない」
兄が何やら興奮している。
普段は冷静で感情的になることは少ない兄だが、こうなると厄介なのだ。
大体、その原因は私なのだが。
「里の中でもファムは危険を感じたりはしなかったでしょう?
その実、ファムは常に狙われていたのですよ?」
「……嬢ちゃん、あれは何だ?」
母に訴える兄に呆れながら、ディロウが小声で尋ねてくる。
「兄の過保護症です」
「嬢ちゃんが狙われてたわけじゃあないんだな?」
「少なくとも、身に危険があるような狙われ方はしていなかったかと」
兄が不在の時を見計らって他の雄達が群がって来ることはあったけど、ただうるさいだけだったし。
それが怖いって言えば次からはうるさくしなくなったし。
「ファムは鈍いから気付いていないだけです!
他の雄どもはファムを番にしようと躍起になっていて。
隙あらばと目を光らせていたのですよ?」
「ああ、そういう」
ディロウが何やら納得した様子で頷いている。
番にならないかという誘いは何度もあったが、全部断った。
それ以上は何もなかったので、問題にはならないと思うのだけど。
「雌の少ない好戦派がファムの姿を見たらどう思うか……」
「坊ちゃんの言うことも、まあ解るっちゃ解るがなあ」
チラリとこちらを一瞥し、ディロウは苦笑する。
「相手がどんな態度だったか、聞いてみりゃいいんじゃないか?」
「そうね。少しは解るかもしれないわ」
何だか面倒なことになってきたけど、話さないと解放されないようなので、私は見たままのカッティスの様子を話した。
話し終えると、母も兄もディロウも頭を抱えてしまう。
え、何で?
「ユティがファムを溺愛するのは私の血だと思っていたのに。
もしかして違ったのかしら……」
「いや、嬢ちゃんが坊ちゃん以外興味ないのもかなり問題だろう」
「やはり、私は間違っていなかった。
ファムを見て、普通の雄が放っておくはずはない」
三人は何やらしゃがみ込んで話している。
近くにいるのに、酷い疎外感だ。
「まあ、それはまた別の問題だろうし、今はいい。
俺としては、嬢ちゃんに気付かれずに現れた方が気になる」
「そういえば、匂いも気配もなかったです。
話している間も、匂いが解らなかったというか」
「それだな。俺も気配や匂いを抑えるようにはしてるんだが。
坊ちゃんには看破されたので解る通り、完璧じゃない。
そこまで離れてない場所で、誰も何も気付かないのは脅威だ」
言われてみると確かに怖いことだ。
敵意のないカッティスだったから特に気にしなかったが、よくよく考えれば、その技術自体はかなり危険なものである。
「それが、その坊主だけの芸当なのか、好戦派全部なのか」
「グランルーフだと知られて、ここまで来るとは思わないけど。
来ることがあったら聞いてみましょう」
「……来ないと思うのか?」
「え? 気まずくないです? 私なら来たくないです」
素直な意見を述べたのだが、ディロウは溜息を漏らした。
「そいつの様子からして、来るだろうよ」
「どうしてです?」
「そりゃ、嬢ちゃんに会いたいだろうからな」
「そんな無神経な奴には見えませんでしたけど」
「まあ、見てる側が違うからな」
また会えるかとは言われたが、それはグランルーフの名を出す前だ。
どういう立場なのか判れば、考えを改めるものではないのか。
「だからこそ、坊ちゃんの心配も膨らむわけだ」
よく解らないが、みんな過保護ということでいいだろうか。
「それはさておき、好戦派へ情報が流れることはなさそうだが。
ここまで来ることはあるってことだ。
多少は警戒した方がいいかもしれないな。
人間の姿をしていても、同族にはばればれだ」
「それこそ、匂いと気配を断つ方法を教えてもらえたら……」
「教えてもらってすぐ出来るような簡単なものじゃないだろ」
やはり難しいのかな。
他にやってる仲間を見たことがないし、難しいのだろうな。
出来る仲間が増えれば、今度は看破する方法を探る必要が出て来る。
やはり、匂いや気配に頼らない隠れん坊をすることになるのか。
「本当にカッティスが現れたらまた考えましょう。
それより、村作りよ!」
「……母も相当に楽しそうですよね」
「勿論よ。自分が何かを作り出すことがこんなに楽しいなんて」
物作りの楽しさが解るのは良いことだ。
今はとにかくこの村を「村」という形に完成させることを第一に考えなければ。
私が森に入っている間に、宿屋のベッドは四つとも完成していた。
畑の方は母が柵を作ってくれたので、間違えて踏み荒らすことはないだろう。
多少の動物除けにもなりそうだ。
あとは道も整備したいところだけれど。
「ファムは変化して、指示だけするように」
そうだった。
罰は甘んじて受ける所存なので、大人しく変化する。
すると、すかさず兄がヒョイと私を抱き上げた。
「さあ、次は何をすればいい?」
『道を作りたいです』
「道?」
「そうだな。区画分けにもなるし、あった方が歩きやすい」
小屋の外へと向かいながら、ディロウも賛同してくれた。
石畳とか凝ったものは必要ないから、平坦な道が欲しい。
そんなことを考えていた私は、兄が立ち止まったことに遅れて気付いた。
兄の顔を見上げると、驚いたように一点を見詰めているようだ。
その視線を追うように頭を動かすと、二人の人間が立っていた。
二人とも女で、防具を身に着け、剣を提げている。
おお、人間だ。匂いとか気付かなかった。
あちらさんも大層驚いていて、兄同様に固まっているようだ。
「旅人か傭兵か。どちらにしろまずいな。
嬢ちゃんのその姿を見られちまった」
『……見られてしまったものは仕方がないですので──』
兄の後ろからディロウが呟いたので、私は小声で返す。
それから、まだ呆けている兄の腕から飛び降りた。
「っファム⁉︎」
私が動いたことで我に返った兄が慌てて手を伸ばすも、私は人間に向かって駆けていたので届かない。
少し近付くと、二人の女性は私を視線で追う。
私は知っているのだ。
自分のこの姿が、普通の人間から見た際にどう感じるかを。
私は二人の足元まで進むと、一度顔を見上げる。
一人は金髪碧眼、ポニーテールが腰まで垂れていた。
一人は赤毛に赤目、肩の位置で切りそろえられたおかっぱのような髪型である。
防具は金属製だろうか。上半身を包み鈍い光を放っている。
剣は女性が扱い易そうな、やや刀身が短めの直剣だ。
観察を終えると徐に足へと近付き、体を擦り付けた。
くぅんと可愛く鳴くのも忘れない。
「か、可愛い……」
「何コレぇ⁉︎」
我に返った二人が頬を赤らめながら声を上げた。
よし、計画通り。私は可愛い仔犬だ。獅狼族なんかじゃないよ!
まあ、この姿で獅狼族と言っても信じてもらえないと思うけれど。
一人が我慢できなかったのか私を持ち上げた。
少し離れた場所で様子を見ている兄が動いた気がしたが気にしない。
「すっごいふわふわ!」
「えー? ちょっと、貸しなさいよ!」
「まあ、待ってよ。もう少し……」
私を巡って喧嘩はしないで欲しい。
二人は交互に私を抱いてはふわふわな感触を堪能している。
私は時折顔をすり寄せたりしてサービスしてあげた。
しばらくそんな事を繰り返していたが、唐突に二人は我に返ったようで、慌てて兄達の方を見ている。
「って、違うわよ。仕事、仕事」
「そうだったわ。この子は連れ帰るとして……」
それはやめて頂きたい。
首輪や鎖を繋げられる前に、私は二人の側から離れた。
「あっ」
一度振り返ると、兄の元へと戻る。
ピョンと飛び上がれば、兄はそのまま私を抱き止めてくれた。
ああ、やはりここが一番だ。
兄の腕の中に落ち着いたものの、問題はまだ解決していない。
突然襲われることはなさそうだが、まだ油断はできそうになかった。
次回、私は無害な仔犬ダヨー。
兄の不安、私の好奇心、初めての人間はどんな人?