第十三話 不審
「こちらが名乗ったのだ。お前も名乗れ」
言い方はともかく、名乗られてしまったのは確かなので、こちらも返さねば失礼だろうか。
などと考えているうちに、少しだけ落ち着いてきた。
突然のエンカウントでパニックになっていたとはいえ、好戦派だから身の危険があると安直に考えてしまった。
好戦派は怖くない、差別しないと言っていた自分に、先程までの自分の姿を見せてやりたい。
深呼吸してさらに気を落ち着ける。
大丈夫、獅狼族の誇りにかけて何もしないと言っているのだから、その言葉を信じよう。
そもそも、彼だって単独で行動しているし、これが好戦派の偵察ということもなさそうだ。
何度も言うが、獅狼族は群れで行動する。
偵察であっても一人でということはしない。
彼──カッティスがこちらを不思議に思っているのと同じで、こちらも一人でここに居る彼を不思議に思うくらいで良いのだ。
「失礼しました。突然のことで取り乱しました。
私はファミティア、故あって家名を名乗ることは禁じられています」
里と縁を切ったことになるので、堂々と族長の家名を名乗れないというのは間違っていないだろう。
カッティスは一瞬だけ怪訝そうに眉を顰めたが、特に興味はないようで、追及はされなかった。
「ファミティアというのか。訳ありのようだな。
里の外では何かと不自由だろう」
「いいえ、里の外だからこそ自由があります」
「穏健派は下らない意地で閉鎖的な生活をしているらしいが。
外の方がいいとは、穏健派とは思えない破天荒さだな」
呆れたような口調であるものの、小気味良いとカッティスは笑っている。
「それに、一人ではありませんから」
「何だ、そうなのか。番か?」
「母と兄です」
「はっ! 雌が二人も里を出たか。穏健派もいよいよだな」
好戦派にはどう影響するのだろう。
私が族長の娘だと解れば、さすがに何か動く契機になりそうだが、里から逸れたものが居る程度では拐う対象になる程度だろう。
「安心しろ。ここでのことは話さん」
「え」
不安が顔に出ていたのか、カッティスはそんなことを言ってきた。
「俺も無断で単独行動をしている身だ。
話せば己の行動を問われるからな」
「……私は話しますよ?」
「なっ」
里に戻るわけではないので話すと言っても母と兄とディロウくらいだが。
一人で森に入ったことを咎められるのは承知の上で、それでも皆に隠し事は出来ない。
「互いに信頼しているからこそ、嘘偽りは駄目です」
「お前は……どこまでも自由だな」
「悪いようには話しません」
「……勝手にするがいい」
とはいえ、一人で森に入り、好戦派のしかも部族長の息子に出会ったなど、簡単なお叱りで済むだろうか。
私が悪いので甘んじて受ける所存だが、少しだけ気が重い。
「それで、里を出てこんな所で何をしているのだ?」
「村を作ってます」
「村だと?」
「放浪するよりも、新しく住む場所を作ってしまおうと思って」
カッティスはしばらく驚いた後、再び笑った。
「破天荒もそこまでいくと面白い」
「凝り固まった慣習や一族だけの掟に縛られて動かない。
それは愚かです。世界は広い。もっと外に目を向けなければ」
「だが、何も知らない状態で村など作れるのか」
しまった、と思った時にはもう遅い。
曖昧に出来ると言っても説得力はなく、知ってると言ったら何故かさらに問われる。
何とか質問攻めにならないよう、かつ嘘は言わずに伝えられるだろうか。
「幸い、はぐれの同族と知り合えました。
外を知る方なので、とても助かっています」
「はぐれか。放浪を続けるしかないような奴らだろう。
村を作り、そこに置いてもらおうということだな」
その言い方にはカチンときたが、ディロウを知らないのだから仕方がない。
獅狼族の中で「はぐれ」は憐憫と侮蔑の対象なのだから。
大体の「はぐれ」が死を恐れて逃げ出したものばかりなので、仕方がないところもあるのだが。
「……それで、いつまで人間の姿でいるつもりだ」
「一応、獅狼族というのを隠して人間とも交流したいので。
普段からこの姿でいるようにしてるんです」
「人間と交流だと?」
さすがにそれは看過できなかったのか、カッティスの表情が強張る。
「人間は弱い故に知識を付けます。
それが武器や魔法といったものでしょう。
もちろん、それ以外のものもあると思います。
私は『知りたい』のです。様々なことを」
カッティスの険しかった表情がまた一変した。
ころころと忙しい顔だ。疲れないのかな。
「お前も……知識を求めているのか」
「え?」
今、お前も、と言った気がするけど。
私は困惑しながら首を傾げる。
「いや、何でもない。事情は解った。
だが、人間の姿を見るのはどうにも落ち着かない。
それに、たまには戻らないと窮屈だろう」
そんなことはないのだが、カッティスの方が気になってしまうらしいので、獣人形態に戻った。
確かにこの姿の方が長かったから、戻ってみると落ち着く。
「これで、いいですか?」
獣人の姿で服を着ているとちょっとゴワゴワすることが発覚した。
やはり体毛は服の一種みたいなものなんだと思う。
注文通りに獣人の姿を見せたのだが、カッティスは何やら惚けたまま私を見ている。
真っ白で珍しいからって見過ぎじゃないかな。
「カッティスさん?」
首を傾げて呼び掛ければ、大袈裟に驚いた様子で何故か距離を取られた。
珍しいを通り過ぎて近寄りたくないとかそういうことだろうか。
ちょっと傷付く。
「白いのが珍しい自覚はありますけど……。
そんなに奇妙ですか?」
「っあ、いや、そういうことでは!」
何故か先程までと態度が違う。明らかに。
「そ、そうだ! 変化した姿の方がいい!
互いに魂の姿を見せれば安心だろう」
「え……」
あれは今より引かれる自信がある。
母や兄は可愛いと言ってくれるが、ディロウだってすごく驚いていたし、普通は受け入れないだろう。
「それは……」
「どうした?」
「その、私の姿は……普通ではないので……」
「どういうことだ?」
私の様子が変わったので、カッティスは不思議そうにしている。
普通に狼へと変化する仲間に、この苦しみは解らないだろう。
「狼ではないんです」
「何だ。そんなことか。稀にいるのは知っている。
白の方がよほど珍しいぞ」
穏健派の里では聞いたことがなかったのに、好戦派には伝わっているのか。
だとすると、あの父によって情報操作でもされていたのだろうか。
だが、母も知らなかった様子だったし、何か別の要因はありそう。
「驚くと思いますが、その……」
「それで蔑んだりはしない。
俺は、同族の魂を否定することはせん」
安心すると同時に、少し驚いた。
カッティスは自尊心が高そうで、言葉の端々にそれが現れているのに、獅狼族としての在り方が清廉なように見える。
「……では」
魔力を集中させ、私は変化した。
ちなみに、服も自身の一部と認識することで、そのまま変化ができ、戻る際に服を着た状態に戻ることができる。
さて、真っ白な尾の長い仔犬姿になった私を、カッティスはどう思うかな。
『これで、いいですか?』
「っ……戻れ。駄目だ。戻ってくれ」
『えっ』
肘の辺りで顔を隠し、カッティスは私を直視出来ない様子でそう言った。
酷い。見たくもないのか。
蔑まないって言ったのに。
いや、蔑んではいなさそうだけど。
さすがにムカついたので、戻る前に尻尾攻撃をお見舞いしておく。
「ぐっ、お……おい、やめろ……」
『失礼な人にはこれくらいが良いのです』
「いや、そんなつもりじゃ、ぅぐ、いい武器だな、その尾は」
渋々と獣人形態に戻る。
カッティスは注文と文句が多い気がする。
「ああ、いや、人間の姿でいい。あれならまだ……」
まだって何だろうか。
私の姿はそこまで見るに耐えないということか。
半眼で呆れながらも、私は人間の姿へと変わる。
「これでいいですか?」
「あ、ああ。すまない。……ふぅ、参った」
何故カッティスの方が疲れた様子なのか、納得がいかない。
私の方が明らかに傷付けられたし、辟易しているというのに。
「好戦派に対して差別意識はなかったんですが。
皆が差別する気持ちが何となく解りました」
「お、おい、だからそんなつもりじゃ……」
「ふふ、冗談です。でも傷付いたのは確かですよ」
カッティスは他の獅狼族とは違う。
何となくそう思った。
変化した姿を見ても、様子がおかしくなっただけで、何かを言ってくる気配はないし。
「すまない、傷付けるつもりは……」
「変化しろと言われたからしたのに、見たくもない感じで戻れとか」
「い、いや、だからそれは、その……。
とにかく、あの姿を侮蔑するつもりはない。
むしろ、君にとてもよく似合う魂の姿だと思う」
それはつまり、会って間もない同族にも、私は仔犬のように思われているということか。
それはそれでどうなんだ。
「……でも、見たくないんですよね?」
「ち、違……その、あれは」
どうにも歯切れが悪い。
何かあるなら言って欲しいのだが。
「別にいいですけど。私はもう戻ります。
探されてるかもしれないし」
「あ、ああ」
「もうここへは来ない方が良いかと」
よく解らないが、あまり私といない方が良い気がする。
情緒不安定というか、挙動不審になりすぎるし。
「えっ」
「え?」
そんなに驚くようなことは言っていないのだが。
「もう、会えないのか?」
「会わない方が良いのでは?」
「っ何故だ?」
いや、あれだけおかしくなっておきながら、何故と私に言われても。
それがあなたのためなのでは、というだけで。
「私といると落ち着かないようですし。
そう何度も無断で抜け出すわけにもいかないでしょう?」
「それは……。君は! 君は、どうなんだ?
もう、俺とは会いたくないか?」
好戦派の色々なことは聞いてみたいが、危険を冒してまでやることではない。
あと、何だか面倒そう、この人。
「そういう感情はないですけど。
約束して逢瀬するほど知り合ってもないですし」
至極まともな回答が出来たと思う。
さすがに的を射た答えなので、カッティスも返す言葉に詰まったようだ。
「それでも! また、会ってくれないか?」
「村まで来てくださるのなら」
さすがにこれからお叱りを受けるというのに、また無断で抜け出すわけにはいかない。
次を作りたいのなら、その時は単独では無理だ。
「っ行く! 次は、君の村まで!」
「あ、やっぱり駄目です。止めた方が良さそう」
「何故?」
かなり食い気味に来るのだが、カッティスは本当に何なのだろうか。
少ない雌とのパイプを作りたいとか下心があるならお帰り願いたい。
今更だが、身の内を話しておいた方が良さそうだ。
「私の名乗れぬ家名が『グランルーフ』だからです」
思っていた通り、カッティスは言葉を失うほどに驚愕していた。
それを見て、私はカッティスがそれ以上何かを言う前に、その場から立ち去った。
次回、罰を受けてる最中にまたもや来客⁉︎
兄の一声、私は甘受、罰はいいけど今はヤバい!