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第十二話 森の中

 細かな作業経過については割愛しようと思う。

 何があったわけでもなく、順調に村作りが進んでいる状況というだけだ。

 ディロウには人間の街まで赴いてもらい、洋服を一式買ってきてもらった。

 あと、簡素な裁縫道具も。

 サイズが合わなかったら自分である程度のお直しが出来るように。

 さすがに日帰りは難しい距離のようで、街で一泊して戻って来た。

 私と母は綿のような素材のワンピースにズボン。

 兄はディロウと同じようなシャツとズボン。

 母と兄はそれらを不思議そうに着た。

 二人ともよく似合ってて、兄はよりカッコ良くなった気がする。

 ともかく、この姿で生まれてから初めてまともな服を着た。

 服がこんなに安心できる日が来るとは思わなかった。


 村作りの方はというと、宿と畑はひとまず出来ている。

 母と私で畑を作り、兄に宿を任せたのだが、ディロウが戻るまでにはほぼ出来上がるという速さだった。

 畑については必要な道具作りと、土起こしなどの作業だけではあるが、宿の方は少しおかしい。

 いや、兄の建築スピードが予想より速すぎたのが誤算の要因なんですが。

 初めの小屋である程度の作り方を覚えた、と言っていたが、重い物をものともしない力と速さがあるからこそだろう。

 ちなみに、仕上げの時はディロウも居たので、豆腐ハウスよりかはマシな出来になっている。

 それでも簡素な作りにしてあって、部屋の増設も後から出来るようにしてある。

 来る数と頻度によっては改築増築も必要になるだろうし。

 そんなわけで、建物としての宿屋は出来上がった。

 ログハウスのような、そこそこお洒落な外観の宿屋になった。


 なお、畑の方はディロウに別件で依頼した作物の種を撒いておいた。

 作物は季節ものもありそうだが、早めに撒いておくに越したことはないはず。

 この世界の園芸が私の知るそれと乖離していないことを期待している。

 種はどんなものがあるか解らなかったので、完全にディロウ任せになったが、仕方がない。

 宿の敷地面積と同等の広さにしたが、これも収穫量や使用量によって改善の余地はありそうだ。

 とにかく手探りなので、そこは臨機応変にいく必要がある。


 さて、宿が出来たと言ったが、内装は手付かずだったりする。

 あくまでも建物が完成しただけなのだ。

 なので、今は宿に置くものを作っている。

 絶対に必要なのは寝具。宿屋だからね。

 次点で椅子と机、荷物を置く棚なんかもあると良さそう。

 多くの宿屋はベッドが主流らしいので、寝床はベッドにする。

 布団は毛皮になるが、むしろ温かいので良いかもしれない。

 ベッドの設計はディロウと知恵を出し合った。

 この世界の人間が使っているものを参考に、違和感のないよう作る必要がある。


「こんなもんだろ」


 出来上がった試作のベッドに、ディロウは満足げに頷いた。

 ベッドに座っても低すぎない高さ、装飾のないシンプルな作りになっている。

 それに毛皮の寝具を置いてみると、野性味あふれるベッドの完成だ。

 うん、毛皮で一気に雰囲気変わったね。


「ちゃんとした布団にしたいなぁ。

 綿ってあるのかな……」

「街で見掛けたことはあるが、糸作り用の材料じゃないのか?」

「綿糸の材料なので、まあそうですよね」


 綿を詰めて使う用途はないのだろうか。

 一瞬、羽毛が頭を過ぎるも、そちらこそ大変そうなので頭から除外した。

 羽のある鳥を狩ることがあったら考えよう。


「欲しいなら森にわんさか生えてると思うが」

「わんさか」


 タンポポ並みに生えてるとかなら刈り取りたい。

 近いうちに森を散策してみたいな。


「森の奥は全て獅狼族の行動範囲として認識されてる。

 だから、人間もそうそう入っちゃ来ないんだ。

 俺みたく同族の活動範囲を匂いで判別出来るような奴は居ないからな」


 なるほど。

 人間側からすると、何かしらの痕跡が見えなければ特定は難しく、解らないものは全て危険範囲とするしかないのか。

 もう少し獅狼族の行動範囲や生態が広く知られているかと思ったけど、そうでもないようだ。


「ディロウさんは依頼されて来たんですっけ?」

「ああ。森から少し入った所に住んでる老人が居てな。

 毎日ここの水を汲みに来てるらしい。

 一度近くまで来て、見知らぬ建物があったから引き返したんだと。

 前の日にはなかったから、何事かと思ったらしい」


 それは悪いことをした。

 是非とも気にせず汲みに来ていただきたい。

 そして、老人特有の昔話をしていっていただきたい。

 私は大歓迎だ。


「流れ者が知らずに居着いて村を作るらしい、とは報告した。

 迷惑を掛けるつもりはないから、遠慮なく水汲みに来て良いとも。

 あと、俺もここに滞在することも伝えてある。

 明日には来るかもしれないな」


 その老人が素直に信じてくれていたら、明日には会えるかもしれない。

 ちょっとドキドキするけど、楽しみでもある。

 本当の意味で、初めての人間との交流になるかもしれないのだ。


「それから、街にここ目当ての流れ者が結構居たぞ。

 意外と外にも流れてるらしくてな」

「同じ森に居た私達は全く知らないというのも皮肉ですね」


 穏健派の仲間が安全だと判断していた範囲に、当然ながらここは入っていない。

 彼らが絶対に来ないであろう場所を選んだのだが、安全圏でないからこそ、情報は仕入れるべきだと思う。

 危険を知ることも身を守る術になるはずなのに。


「ファム、次はどうする?」

「兄上、これをあと三つほどお願いします」


 ディロウとの会話が途切れたところで、兄から声を掛けられた。

 ベッドはとりあえず四つ作っておくことを伝える。

 まだ宿自体の広さもないので、それ以上にしても泊まる方が窮屈に感じてしまうだろう。

 とはいえ、訪問者が多かった場合は早々の増築も視野に入れるべきかもしれない。

 朝一に街を出発すれば日帰り出来るらしいが、休める場所があると解れば、無理せず一泊していく人も出てくるだろう。

 もしかすると、ディロウに依頼した老人の家に泊めてもらう人も居たかもしれない。


「……ファムはいつでも楽しそうだな」

「はい! 楽しいです!」


 色々と考えを巡らすだけでもワクワクするし、今までの窮屈さから解放された反動なのか、とにかく何をするにも楽しい。

 兄は微笑みながら私の頭を撫でた。わーい。


「そうだ、兄上。お聞きしたいことが。

 この周辺で狩りした際、他者の痕跡とか気になることはありましたか?」

「いや、そういった危険な兆候はなかった」

「では、この辺を一人で散策しても大丈夫そうですね」

「駄目だ」


 問題ないと思ったのに最速で止められた。

 一転して兄は厳しい表情を端正な顔に張り付けている。


「気になることがなかったのが不自然だった」

「なるほど。

 単に嬢ちゃんの行動を束縛したいわけじゃあないんだな」


 ディロウが茶化すように言うと、兄が鋭い視線を向けた。

 兄とディロウは相性が良くなさそうだ。

 真面目な兄に対して、ディロウは飄々として掴みどころがないというか。

 大人の余裕があるというのかな。

 とにかく、兄はディロウを好ましく思っていないのは確かだった。

 今のところ殴り合いとかはしなさそうだけど、出来れば険悪な雰囲気にもならないようにして欲しい。


 兄とディロウに引き続き残りのベッド製作を依頼し、私は畑に居る母の元へ戻る振りをして、森へと足を踏み入れていた。

 兄が気になったことを、私も感じたいという個人的な思い故に。

 あと、綿とか裁縫に使えそうな材料が自生してないか探す為に。

 すぐに戻るつもりだったし、何かに遭遇しても、一人で上手くやり過ごせるだろうと思っていた。


 目の前に狼が現れるまでは。


 まさか狼に出遭うなんて思わず、さすがに焦ってしまう。

 しかも、里で見たことのない狼の姿だったので、つまりは好戦派の方の獅狼族だろう。

 この森に、野性の狼が居るなら別だが。

 初動が遅れた私だが、あちらさんも微動だにしないので、妙な空気になっている。

 出来るだけ音を立てないように後退りして、何とか距離を取った。

 狼に神経を注いでいたので、足下の小枝に気付かず、パキリと音を鳴らしてしまったのは、もう笑えない。


『お前、獅狼族だな。何故、人間の姿をしている』


 我に返った狼は、開口一番にそんなことを聞いて来た。

 まあ、獅狼族が人間の服を着て森を歩いてるなんて、特別な理由があると思うのが普通だろう。

 獅狼族かどうかは人間の姿をしていても、同族なら匂いで解ってしまう。

 惚けても無駄だろう。


「……森を、散歩したくて」


 嘘は言っていないので許してほしい。


『この匂いは知らない。ならば穏健派の雌か?

 いや、里を出ることを許さない奴らだ。

 こんなところに単独で居るはずがない。何者だ』


 正直に答えるのは危険だ。

 だが、相手が納得するような答は見付からない。

 私は押し黙ってしまった。


『そう警戒するな。連れ去るつもりはない』


 そう言うと、変化を解いて獣人の姿を見せる。

 狼も獣人もどちらも灰色の毛並みで、一般的な獅狼族という感じだ。

 兄より頭ひとつくらい背が低い。

 それでも、小柄な私よりは高いけれど。


「……白は珍しいな。というより、見たことがない」


 一歩踏み出してきたので、こちらも一歩下がる。

 叫んだら兄が来てくれると思うけど、パニック状態でそれどころではなかった。


「参ったな……」


 それはこっちの台詞だと頭の片隅で突っ込みながら、さらに後退りする。


「何もしない。獅狼族の誇りと俺の血に掛けて約束する」


 獅狼族の誇りは解るが、血というのは何だろう。

 血統、だろうか。

 だとするとこの好戦派の獅狼族はまさか。

 考えていたことが顔に出ていたのか、相手が苦笑した。


「俺の名は、カッティス・バルフールだ」


 里の外については知らないが、さすがに同じ獅狼族のことはある程度は知っている。

 バルフールは、好戦派の部族長の家名だ。

 そして、母を拐い酷いことをしたのも、その族長だ。

 つまりは、兄に半分入っている血である。

 彼は、兄の異母兄弟だというところまで頭が回ったものの、複雑な展開に頭が痛い。

 私は森に入ろうと軽率に考えた自分を全力で殴りたかった。

次回、話してみたら意外と友好的?

兄の知らない、私の行動、それは波乱の予感!

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