導入話「獅狼族」
艶やかな毛並み─
鋭い目に鋭い牙─
青灰色の体毛は絹のような手触りだが、触れることは憚られた。
三角の耳は僅かな音も逃さず、長く伸びた口吻の先にある鼻は獲物の匂いを嗅ぎ分ける。
口元で光る牙はあらゆるものを噛み砕き、自由に伸縮可能な爪はあらゆるものを引き裂く。
頭部は狼だが、二足歩行。
全身は体毛に覆われ、太く逞しい両腕から指先まで包まれている。
獅子の膂力と狼の素早さを持ち、最強の種族を自負する「獅狼族」は、その傲慢さと蛮勇により、絶対数を減らしていた。
群れで動く彼らの戦いは極端で、全員が生き残って勝つか、全員が死んで負けるかのどちらかである。
誰かが犠牲になっての辛勝というのはごく稀で、故に負ければ数が激減するのだ。
にもかかわらず、彼らは強さを驕り強者に挑む。
この世界では気の遠くなるほどに長い間、人間と魔物が争いを繰り広げていた。
獅狼族は魔物に分類される為、人間とはよく衝突する。
勇者や英雄と呼ばれる強者との戦いを、獅狼族は好んだ。
負けても種族の中で英雄視されるその戦いは、だが確実に種の存続を蝕んでいった。
これを危惧した獅狼族の穏健派は、無謀な戦いを止めようとしたが、臆病者扱いを受けてしまい、数の減少を止めることは叶わなかった。
結果的に、好戦的な少数の部族と大多数の穏健派の部族が生き残ったが、ここに来て好戦派の部族も慌て始めた。
だが、脳筋の彼らが取った行動は、またしても愚かなものだった。
他部族の雌の拐かしと子作りの強要である。
一時期だけ、好戦派は戦いよりも子作りを優先し、多くの雌を拐い、子を産ませた。
そうして生まれた子を育て、育った子に新たな部族を任せ、好戦派の部族を増やし始めたのだ。
穏健派の部族は雌を拐われ、徐々に数を減らしていった。
困った穏健派は、一妻多夫の形式を取り、何とか生き残っている状態が続いていた。
そんな中、穏健派のある部族長の家で子が生まれる。
雪のように真っ白な毛に覆われた、可愛らしい女の子だった。
これは、獅狼族の存亡危機の時代に生まれ、数奇な運命を背負うこととなったその女の子の話である。