09話 冒険者になってみない?
「あのあのあのねっ! 収入がー、足りないのー!」
夕食時。
シルフィの高らかな宣言が、食卓を震わせた。
普通なら近所迷惑になりそうなものだが。
風の大精霊、シルフィにそんな迷惑があるはずもない。
声の到達範囲を室内に絞ることだって、朝飯前。
ええと。【ウィンドボイス】だったか?
なんか、そういう魔法を使ってるそうだ。
──なんでそんな魔法フリークなんだ、お前。
魔法知識のためなら、どんな苦労も厭わないよな?
その知的探究心には、素直に感心するけど。
家族全員揃った食卓でやることか、それ?
それはともかく。
狭い家、狭い食卓。
石造りのテーブルは、オレが造形した。
オレもシルフィも、今でも精霊の力を使える。
他の二人の妹たちも、同じだ。
シルフィは、精霊力と魔術を合わせた複合魔術を使う。
精霊の力「しか」使えないオレと違って。
それがまた、凄まじい威力と精度で。
ウンディもサラムも才能があるみたいなんだよな。
で、シルフィにそれを教わってるらしい。
……いいよいいよ。どうせ長女は脳筋だよ。
ちぇっ。
ていうか。
小難しい術式とか術理とか、覚えてられるか!
親父殿が編んだ錬金術みたいに、術式一個で使い方次第。
そういう、初心者向けの優しい魔術を教えて欲しい。
話が逸れた。
「いや、本当に申し訳ない。私はしがない研究者で」
「ああ、まあ、親父殿はそうだよな」
親父殿の職は、魔法屋だ。
魔法屋が何かって、つまり、魔法を売っている。
そのまんまだが。
呪符、と呼ばれる正方形の専用紙がある。
それに、魔術式を書き込んで、売る。
買った人間はそれを使用するときに、魔力を通す。
魔力が通った呪符は、その場で燃えて消失する。
『コモンマジック』。共通魔法、という形式らしい。
どこの街にも必ず一人以上、居るんだとか。
生活に結びつく魔法なので、生活魔法とも呼ばれる。
ただ、中級以上の魔法や攻撃魔法を呪符化するのは禁止。
まあ。
そんな強力な呪文、呪符の方が耐えられないらしいが。
それはともかく。
街で需要は必ずある職、ではある。
でも。
火や水の魔法を毎日購入する職種ってのは、決まってる。
鍛冶屋、宿屋、洗濯屋辺りか?
客層が固定化してるってのは、安定収入ってこと。
だが。
逆に言えば、客層を広げるのは難しい、ってことだ。
それに、魔術式は時間経過で自動的に自壊してしまう。
作り置きが出来ない以上、大量に売り捌くのは難しい。
魔術式を書く親父殿は、ひとりしか居ないんだからな。
その親父殿は、サラムを抱いたまま頭をぺこぺこしてる。
サラムは、がっくんがっくん身体を揺らされている。
楽しそうだな、おい?
全身で抱え込んだ豆のスープは、飛び散りまくり。
その汚れた服、オレが洗うんだが。
汚れ物増やすの、勘弁して欲しい。
まあ、でも。
シルフィが言ってるのは、そういうことじゃない。
たぶん。
「収入源の増加を、提案しまーっす!」
「収入源……、ですか?」
「そう。だって、毎日売上はあるけど……、雀の涙だし?」
「無茶言うなシィ。親父殿の年齢と能力考えて差し上げろ」
見ろ。
真実を指摘されて、親父殿、全力で小さくなってる。
元々小男なのに、それ以上縮むのは無理だ。
「うん、アタシもお父様には期待してないし!」
「こら、シィ。……シルフィード」
「あ、ごめん。睨まないで、お願い。口が滑っただけ」
いいよいいよ。
苦笑するパラケルスス。
お前な、親父殿がこんな性格だから許されるけど。
娘が親に対して言っていいセリフじゃないぞ、それ?
……なんだか。
すっかりオレも、長女の役割を担ってる。
本来、こういうのは父親の役割だと思うんだけどな。
──ただの人間に、精霊の教育なんて荷が重いか。
「……で、シィ? 提案は?」
「あ、それそれそれ。あのね……。冒険者、やっていい?」
「……は?」
鳩が豆鉄砲。
いや、この世界にはまだ銃なんかないが。
シルフィの提案は、それくらい唐突で。
でも。
確かに、この貧乏生活を抜け出すには、魅力的だった。