89話 意外と時間が掛かる、出港準備
「最近、妙に甘えっ子ですが。辛いことでも?」
「単に親父殿成分が、足りないだけかなあ」
「ああ、成分……。なんて?」
うん。
親父殿成分は、出来れば毎日摂取したいんだけどね。
どっか部分的に切り取って携行できたら、楽なんだけど。
人間だから、そういうことしたら死んじゃいそう。
ん? あれ?
親父殿って、地の大精霊なオレより強いんだからして。
切り取っても平気な部分って、あるのでは?
「それは、爪や髪程度ならホムンクルス作成で使いますが」
「じとー。オレら以外に、ホムンクルス作ったことが?」
「本来、ホムンクルスってフラスコ外に出せないんですよ」
へぇ?
親父殿に教わり中、唯一の愛弟子なオレ。
でも、錬金術について、深い知識ってないもんなあ。
「大学では初期に教えるんですが。ああ、メテルさん?」
「ぎくぅ。……べ、勉強、きらいー」
「──脳に直接、知識を焼き込む方が?」
ぞくぞくっ。
その、実験動物を見るような冷たい目も結構好きです。
けど。
大精霊だから割と無茶な実験、できそう。
みたいな思考はやめて頂きたい!!
って。
黒船の、船室に。
いそいそと、お米と醤油を満載中の、オレらでした。
──オレが見た目にそぐわず力持ち、なのはいいけど。
親父殿?
なんか上級黒魔法の応用で、空間収納が使えるんですよ。
……夢にまで見た、【アイテム収納】って奴です!
うわすげえ、教わりたい、お土産に困らないし!
和食全部、持って行きたい!!
「時間魔法と空間魔法を修めた上で複合するんですが」
「親父殿頑張ってねー!」
瞬速で諦めた。
初級いんちき錬金術士には、難しいです。
しかし。
船室いっぱいに食料入れるには?
ちょっとでかく、作りすぎたかな的な。
いやね?
空荷でもいいかな、って思ってたんだけども。
「船の安定性に関わる。出来れば、満載が望ましい」
「バラスト水? ってやつででいいんじゃねーの?」
「我、糧食を強く推す。めーねぇが暴れると、沈む」
そんなにオレって、我慢できない子だと思われて。
いやたぶん、暴れた瞬間に沈むけど。
でも。
ちらり。
首を曲げると、船尾甲板の辺りで?
カイルくんと並んで立ってる、次女が。
割と最近では、見慣れた光景だけども。
本人たち、さりげないつもりなんだろうけども!
手! 繋いだ、手が!!
恋人繋ぎ。
うっひょー、カタツムリな速度で進行してますねぇ。
うっひっひ、どうやってからかったものか。
うふふふふ、もう少し成熟してからつついた方が?
「メテル姉、邪悪な笑みになってるよ?」
「次女の幸福を願う純真な姉になんてこと言うんだお前」
そういうわけで。
オレら四姉妹に加えて、カイルくんと親父殿が同行。
エルを連れてくのは確定事項っていうか、目的だし。
あとは、護衛筆頭、レイドさん? だったんだけども。
精霊力がだいぶ平均化して、そろそろ容姿が三十代。
なので。
「悪いけど、俺はこの辺で。辺境に引き上げるわ」
「そうですね、結構長いこと辺境に戻ってないですし」
考えてみたら?
最初のオレらの迷宮探検に、付き合って貰って。
そこで事故で若返ってから、王都に行ったり帝国来たり。
妻子持ちなのに、妻子と離れて、数ヶ月。
単身赴任状態、お疲れさまでしたっ。
でも?
先に、言ってくれれば?
オレが、担いで走ってったのに。
「ははは。全力で遠慮するぜ、メテルちゃんよ」
頭ぽんぽん。
大人の余裕醸し出しながら、レイドさん、下船してった。
うー。
ああいう大人の魅力っていうか余裕、オレ割と弱いかも。
親父殿が至上だけど。
オレ、もしかしてオジコンかなあ?
だって?
年配の男性、特にかっこいい男に、なりたかったし。
セバスさんとか、叔父上とか。
年齢を上手く加齢した、というか。
シワに刻まれた、成熟した魅力というか。
あんな余裕あって包容力あって能力高い、大人の男性。
親父殿が最上だけどっ。
オレも、なってみたかった!
──女体化してる今は、もう不可能だけどもっ!!
「あ、そだそだ、メテル姉?」
「んあ、何だ?」
「あのねあのね」
ほんとになんだよ、サラム?
頬を上気させたり、期待に目を潤ませてたり。
……押し倒していいのか?
そっちか、そっちなのか?
そうだ、寝具なんかも積まないとな。
オレら飲食や睡眠も適当だから、忘れてたぜ。
意外と物資積載に時間取られるなあ。
ああ、ぬるぬるにしちゃうから、タオルや洗剤も多めに。
とか考えに沈んでたら。
意外なものを、おねだりされてしまい。
ぉぉ。
サラムよ、君はそっちに進むんだな、などと。
妹の成長を、微笑ましく思いながら了承したのだった。
「胸は我が勝ってる」
「いんちき胸じゃないか! 背はボクが勝ってるの!」
……ほんとに、成長してるのかな?




