83話 氷の巨人、来たる
『小の月、金環に至りて、水の大精霊、ウンディーネ顕現』
……。
あ。
そういえば。
ウンディ、消えたときにそんなこと言ってた。
……分かりづらいんだよ、お前の言うことは!
何のことかと思ったら?
ウンディの背後に、掛かる小さい月が。
……金環日食を、起こしている。
これまた見事な、ダイヤモンドリング。
「ちぃちぃ小さい月と太陽が並ぶからぁ、潮汐力最大ねっ」
「それで金環日食待ってたのか、あいつ」
その、ウンディさん。
現在、オレに精霊核を返却してるからして。
無論ながら、精霊核の肉体が、ない。
では?
どうやって、喋ってるかというと。
『漂着の民、エルデガルド、疾く引き渡すべし』
べしっ、べしっ、べしっ……。
エコーっつか、声量でかすぎて、残響、すげえ。
身の丈数キロメートル、超絶巨大な氷の巨人。
それが、今のウンディの姿。
属性物質を支配して操る、大精霊の権能のひとつだ。
けど。
肉体ほど自由自在ってわけじゃないので。
動くたびに、関節からぼろぼろと氷の塊が散って?
水面に落下し、ド派手な水しぶきを上げている。
あと。
引き渡し云々、以前に。
……ここ、浜辺と軍港の街だからして。
大潮で満潮なところに?
そんな、あほみたいなでっけえ水しぶき上げたら。
「水辺から避難、軍は避難民を誘導! 正門全て開けろ!」
「港湾から動ける船は全て沖合に出せ!」
……大惨事ですやん。
ちょっとした津波レベルだもんな。
ていうか。
民衆はパニックに陥ってるし?
楽しく漫遊してたのに、水さされて。
ウンディ?
おねーちゃんは、かなりご立腹だぞ?
『──わ、我、悪くなし。我が眷属を、引き渡せば良し』
眷属って。
ダークエルフの、エルか?
エル、あっち行く?
「イヤ! エルデガルド、ママと一緒!」
ひしっ、と。
リズの抱っこから飛び降りて。
エル、オレに抱きつくのはいいが。
どさくさに、尻を揉むな尻を。
「ママ、おしりも可愛い!」
「誰がママだ。セクハラだぞ全く」
普段自分が妹らにやってることだけど。
自分がやられる側に回ると?
どう反応したものか、困りますねコレ。
だ、だからって妹可愛がりは控えないんだからねっ。
姉の特権なんだからっ。
それは、ともかく。
お仕置きの、時間だぞウンディ?
『……地の大精霊と言えども、海上は、我が支配域』
「ところが、そうでもないんだな」
窮屈な上着を軽く脱いで。
どんっ!
片足を、砂浜に突き立てる。
──忘れてるだろ、ウンディ?
海水の底は、何で覆われてるんだ?
ばしゃぁぁぁんんん!
『砂!?』
海水を割って、幾本も突き出る、砂の槍。
巨大なウンディの氷の体の、足に突き刺さる。
それは、オレの思い通りにウンディの動きを止めた。
『我の水を、どうやって』
「普段はウンディに気を遣って、水底は動かさないだけだ」
オレ、地の大精霊だからして。
──オレが司るのは、惑星の地殻だ。
上に乗っかってる水も気体も無視して?
動かそうと思えば、幾らでも動かせるんだ。
ましてや、地殻の上に乗ってるだけの、海底の砂程度。
多少水圧で低減されたって。
元の権能パワーの、桁が違う。
抵抗ですら、ないんだよ。
『──笑止。我の動きを、止めたつもりか?』
ぴきぱき。びきびきっ。
両足に食い込んだ砂の槍を、無視して。
ウンディが、新しい氷の足を、生やし始める。
でも。
それは、悪手だと思うけどな。
『む? 何か……、飛翔体が』
「可愛い末妹が、ご到着だ。頑張って、受け止めろよ」
精霊核が近づいて来るのは、オレは感覚で分かる。
……ィィィイイイイインンン!!!
唸りを上げて、飛んでくる火山弾。
これが、末妹サラムの、高速移動方法。
初めて使ったときは、成層圏超えて宇宙に達しちゃって。
サラムが考えるのをやめたり。
軌道エレベーターっぽく姉妹三人で塔立てて回収したり。
しかも、いっぺん途中で倒壊したり。
いろいろと、大変だった思い出。
それはともかく。
飛来した、火山弾のサラムが。
両手で受け止めようとした、ウンディに突貫し。
──両手の掌と、胸の中央を突き破って。
轟音を立てて、海に落下した。
……あ、やべ。
サラム、泳げたっけ?




