08話 新生活は、まあまあだ
「……我は水。水を司る者。故に、我から出ずるも水」
「素直に『おねしょしました』って言いなさい、ウンディ」
世界地図が描かれた、干し草のベッド。
その傍らに、寝間着を濡らした幼女。
オレは怒った表情を『全力で』維持している。
……ぷくぅ。
おい、頬を膨らませんな。
上目遣いで、見ないの。
ぎゅっ、とか、オレのワンピースの裾を握んな。
「……ご」
「ご?」
「ごめんなさい、メテルねぇ。我、ちょっと失敗した」
「──許す! 全力で、許す!!」
我慢の限界。
オレは世界一可愛い妹を、抱き上げて全力で振り回した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
パラケルススの娘になって、半年が経った。
今は他の姉妹たちも、親父殿の家に同居している。
オレたち四大精霊は、全員、「肉体」を手に入れたのだ。
発端は、オレの体に刻まれた、錬金術の術式。
あの、オレの宿った砂岩が崩壊を続けている最中。
パラケルススが脱出した後に、まず風が駆け付けた。
そして。
オレたちの中で最も魔法に詳しい風が、慌てた。
『なんで、どうして? 魔法の術式は維持できないのに!』
魔法の術式は通常、魔力を通さなければすぐに自壊する。
自壊っていうのは、つまり、消滅するってこと。
それが魔法の原理であり、真理。
刻んだパラケルスス自身も、予想外だったんだろう。
それくらい、オレに刻まれた魔術式は、変だった。
何が変って。
その魔法陣は、自壊せずにむしろ、連続動作したのだ。
オレはその後、海辺の砂岩から、出られなくなった。
強制的に、意識が固定されたようなもの。
今まで、そんなことは一度もなかった。
だから、確実に魔術的なものだ。
『あっ……、核だわ? 大地、あなた、核が出来たのよ!』
風が原因らしきものを突き止めたとき。
オレの体は、崩壊──、いや。「分解」が収まっていた。
と、いうか。
その頃には、「錬成」が始まっていたのだ。
どうやら錬金術というのはオレの前世のそれとは違って。
この世界特有の、魔法の一種。
風の精霊も知らない新しい術理のようだった。
その術式は、単純にして、明快。
『錬成』と、『分解』を表す表裏一体の術式がある。
それはこの世界に満ちる魔力を使って行われる真理。
錬成はその名の通り、材料を合体させ造る術理。
分解はその逆で、物質を材料に分解させる術理。
オレには、つまり、「生命体と成る術式」が刻まれた。
無駄を削ぎ落とす「分解」と、生命を成す「錬成」。
刻んだ術式が単純だったのは、そういう理由。
砂岩に意識を宿していたが。
それは、オレという精霊の「本質」ではない。
だから、砂岩の全体は、「不要なもの」として崩壊した。
そして。
生命体としてのオレは、確かに物質の内部にあった。
だから、砂岩を核として、オレはオレ自身に成った。
──肉体として、新たに錬成された。
精霊ネットワークまで、オレに繋がる全てを利用して。
……世界中から、オレに成る材料が根こそぎ集められた。
それが可能だったのは、オレたちが精霊だったからだ。
その術式は、「無機物に命を与える術式」ではなかった。
『無機物に肉体を与える術式』に、他ならない。
だから。
オレだけが、当初肉体を持った。
四大精霊の中で固体に意識を宿すのは、オレだけだから。
生まれて初めてオレが手に入れた、肉の体だった。
──そこからが、オレの本当の不幸の始まりだったんだ。
『うんうんうん、肉体が出来たなら、造形も重要よね!』
……なんか、風精霊が大暴走した。
正直、魔法的な知識で言えば、風には敵わない。
オレの肉体なのに、造形を好き勝手にいじったのは風だ。
そういうわけで。
最初は本当に単なる肉の塊だったオレは、風の魔改造で。
……絶世の美少女、とやらに生まれ変わった。
生まれ変わって、しまった。
『ふふふ。女神様みたいでしょー? 自信作だから!!』
そうなのだ。
どうやら、風の前世の女神様とやらに似せられたらしい。
その頃にはもう、オレは抵抗する気力がなかった。
……ああ、さらば、オレの息子!
もうお前が定着する可能性は、ないんだってよ!!
『え、だって形成終わってるもの。アタシもう無理よ?』
どちくせぅー!!! しくしく。
──それで、だな。
今のオレの全身となった、精霊核だが。
オレたちは他の精霊の身体にも、宿ることが出来た。
だから精霊核を一定量分けて、他の三柱も肉体を作った。
で。
大地の精霊、デメテル。長女。通称メテル。19歳。
風威の精霊、シルフィード。次女。通称シルフィ。16歳。
湖水の精霊、ウンディーネ。三女。通称ウンディ。12歳。
火炎の精霊、サラマンドラ。四女。通称サラム。12歳。
オレの名は、つまり、デメテル、通称メテルだ。
大地と豊穣の女神デメテルが由来、とか聞いた。
そんな女神知らないから、バチ当たらないか心配だが。
まあ風の前世の女神、つまり異世界だからいいのか?
気づかれたら、土下座で謝ろう。
──風、いや今やオレの妹、シルフィがな。
オレを人間にしたのは、パラケルスス。
だから、パラケルススを父と呼ぶ。
年齢がそれぞれ違うのは、単に錬成に掛かった時間順だ。
オレたちに名を与え、養うのも、パラケルスス。
つまり、そういうことなんだ。
オレたちは全員、パラケルススの娘たちになった。
そして。
全員が、オレと肉体核を共にする、真の姉妹。
「結婚もしてないのに、四人の子持ちとは。とほほ」
「さあさあさあ、今日も元気いっぱい、開店しよぉー!」
「かいてんってなに!? おとこってなに!?」
クソ親父のボヤキが、居間の方から聞こえてくる。
シルフィの笑い声や、サラムの疑問も。
みんな、なんだか楽しげだった。
ここから、オレたちの「人生」が始まったのさ。