76話 ひょんなとこから、新情報
ざああ。ざあざあ。
扉一つ、向こう。
いま、この女子更衣所の、シャワールーム。
水音越しに響く、コチョウの小声の鼻歌。
つまり。
この向こうには、一糸まとわぬコチョウが。
ご、ごくりっ!
……って。
あれ?
「あれ? 帝国って、水は貴重だったよね?」
「はい。最近、水資源の質と量が劇的に改善されまして」
砂漠の緑化も含めた、大規模灌漑計画が進行中、だって。
へえ?
水資源を、潤沢に使える環境が整うのはいいことだけど。
この、何かに付けて前世を思い出す?
日本の戦国時代辺りに、妙に似ている帝国。
唯一にして最大の相違点というのが。
──水資源に飢え、砂漠化した国土、だったので。
そこら辺の改善が進んで、お米どころになるのなら。
オレの胃袋に賭けて、協力もやぶさかではっ。
「そりゃ、いい話だねえ。改善って、灌漑が進んだの?」
「あ、いえ。もっと劇的というか。内緒なのですが」
ほい。
全身桃色になったコチョウに、バスタオルを。
随分念入りに全身洗ってたよねえ。
メテル様の信者としてこれくらいは、って。
オレ、信者受け付けてないんですけどー?
え、オレ?
オレは精霊の化身だからして。
実は、汗とか全くかかないんですよ。
全身の「外見」を人間に見せてるだけなんです。
汗どころか、体内に血管もありません。
血も涙もないとは、まさにこのこと!
そんな感じの思考は、唐突に。
コチョウの言葉で、打ち切られ。
「精霊を操る亜人が漂着し。『其奴』を奴隷にしています」
……ううん。
割と、分かっていたことではあるけど。
人間ってほんとに、他人種に、差別的だよなあと。
──コチョウは、本当に超がつくくらいの、いい娘。
が。
当たり前のように、他人種を奴隷扱いしているのは。
……コチョウのせいではない、のは分かるんだよ?
文化や教育の違いで。
その薫陶を受けた民衆自身の、せいではない。
でも。
超絶、ムカつく。
ので。
オレが、ちょっと不機嫌になったのは、仕方ないと。
「コチョウ。そこ、案内して貰えるか?」
「ひっ!? め、メテル様、距離が、近すぎ」
どん。
あ、これ、壁ドンって奴か?
でも。
コチョウの両手首を、片手に捉え、頭上に。
バンザイポーズになったコチョウを、更衣室の壁に。
ぱらり、と落ちたバスタオル。
いま、コチョウを身を隠すものは、何もない。
その細く鍛え上げられた、腰を抱き。
必死に、顔を逸らそうとする子に、顔を寄せ。
こつん。
額をくっつけて。
吐息の掛かる距離で、一言。
「コチョウ。お前が頼りだ。やって、くれるか?」
「──喜んで!」
──。
いや、自覚はあるよ。
なんか、とんでもないことをしでかしたような。
後で、怒涛で怒られるんだろうなあ、とは思うけど。
だけど。
コチョウの話を、総合すると。
帝国に漂着した『亜人』、非人間族っていうのは。
たぶん、『ダークエルフ』のことだろう。
ウンディは、前世がダークエルフ。
ダークエルフは、水精霊に縁が深いっていうし。
それに、シルフィは「この大陸に亜人は居ない」って。
それは、亜人をここの人類が初めて見ることを意味する。
初めて日本に来た黒人さんは、見世物にされたとか。
そういう?
肌の色や髪瞳の色での差別や蔑視。
異なる民族に対する潜在的恐怖が、発生したんだなと。
──と。
オレは前世が人間だから。
人間に対して、割と同情的に理解出来るけど。
ウンディやシルフィに、サラム。
あいつらは、ぶっちゃけると元が人間じゃないから。
前世の民族に同情を覚えるのは、全員同じだと仮定して。
──漂着ダークエルフを、酷く扱ってた場合?
帝国が大津波に呑まれても、オレは知らんぞ?
「はぁんっ、メテル様ぁ……。私、もう、もぅっ」
あ。
壁ドンのまま、考え事してしまっていた。
コチョウは。
……完全に腰が抜けて、だらんとぶら下がっていた。
これがほんとの、骨抜きっ。
……。
全力で口止めしたけど。
どっかでバレたら?
オレ、メイド服土下座「程度」で済むのかしら??
と、とりあえず。
漂着民に会う、って予定を進めよう、そうしよう!




