06話 パラケルススの術式
ここから岩精霊の一人称です。
「いや、会えて良かった。話と言うのはですね」
にこにこ、にこにこ。
矢継ぎ早に話すパラケルススの姿に、オレは何か、その。
……ものすぎょい、罪悪感。
パラケルススの全身は、すすで真っ黒に汚れている。
着ているローブはあちこちがカギ割きだらけ。
片腕は丸々飛び出しているし、足も擦り傷が痛々しい。
靴の片方は失くしたのか、布を巻いている。
灰だらけになった全身は髪から肌から、衣類も灰色。
顔も灰まみれで、顔色もよく分からない。
「先に……、体、洗ったらどうだ?」
「え? あ、そうですね。いや、まさか噴火するとは」
いそいそと波打ち際に移動する彼の後ろ姿に、謝る。
……。
火を連れて行けない、と言ったら、泣いちゃったのだ。
いや、最近は聞き分けがよくて大人しくなった。
そう思ってたのに。
子供の扱いは、ほんっと難しい。
駄々こねまくりの後の、大噴火。
火山弾が降り注ぐのは風が風圧作って回避したけど。
島の周囲の海上にまで、溶岩流が延びてしまった。
現在、島に唯一上陸中の、人間。
パラケルススにとっては、九死に一生を得たんだろう。
「ふわぁ……、人心地つきました」
「真水はそっちの水たまりにあるから、そっちで落ち着け」
「……海水が人間に有害だと知っていらっしゃる?」
「……? まあ、一通りはな? で、何の用だ?」
なんだか、パラケルススの目が怪しく光った気がした。
「──精霊は、体が欲しくないですか?」
パラケルススの話は、魅力的に思えた。
自称するとこによれば、錬金術士で、医術士で、魔道士。
研究テーマは……、『ホムンクルス』、人造生命体。
彼は、無機物に命を与える『賢者の石』の研究者だった。
なるほど。
無機物に命が宿った、大地の精霊。
つまりオレは、こいつが求める賢者の石に似てるのか。
まあ。
姉妹は、無機物どころか現象に命が宿った精霊だからな。
だから、厳密に言えばオレは賢者の石じゃない。
「て、いうか。人間って、もうそこまで進化したのか」
「……? 人の未来を知っているような口ぶりですね?」
おっと、失言か?
そう思いはしたが。
錬金術、なんて『古臭い学問』を勉強してる、人間。
そんな人間がやることなんて、たかが知れてる。
そう。
ずっと進んだ文明から来たオレは、そう判断した。
……してしまった。
もしかしたら、この『交渉』を風が行っていたら?
オレよりも遥かに『魔法文明』に詳しい、風だったら。
もっと別の判断をしたのかもしれない。
でも。
もう、後の祭りだった。
──オレは、パラケルススに、こう言ってしまったのだ。
「何だか知らないが。とりあえず、やって見せろよ?」
「有り難い! 錬金術は魔法と化学を合わせた学問で……」
何だか小難しい説明がひとしきり続いた後だった。
水も、退屈で寝てたしな。
この子、目を離すとすぐ寝ちゃうなあ。
可愛いもんだ。
オレも、子供が居たらこんな気持ちを覚えたんだろうか。
とかなんとか。
ぼうっと、してたんだと思う。
もしも、パラケルススに意識を割いてたら。
きっと、そんな真似はさせなかったんじゃないかな。
ちくり、と痛みを覚えた。
──痛み、だ。
数万、数十万年以上の生で、初めての感覚。
「……!? な、何をした!?!?」
「いえ、錬金術の──、錬成術式を刻んだだけですが?」
ぽかん、と。
目を丸くしているパラケルスス。
よく見れば。
周囲の砂浜は、見たこともない紋様がいっぱいだ。
円形の模様の内側に、たくさんの線と文字列。
説明の間に、パラケルススが書き散らしたのだろう。
魔法に詳しい風なら解るだろうが、オレにはさっぱり。
そして、周囲に新しく書くスペースが無くなったから。
手近にあったオレの体、つまり、砂岩に刻んだのか。
理解出来る。
ていうか、目を離して自由にさせてたオレが悪い。
オレの不注意が、招いた事態。
でも。
それは、自殺行為でしかない。
──オレに、危害を加えるなんて!
「……島を出ろ、早く!」
「ええ? 何故で?」
「ううう……、オレの体がおかしい。この魔法陣のせいだ」
「え? 魔法術式は、刻んだ瞬間から崩壊を始めますよ?」
「知るか、そんなこと! 急げ、他の精霊は容赦ないぞ!」
オレの警告に、パラケルススは慌てた様子を見せる。
その間にも、オレの体は崩壊が始まっていた。
身体を構成していた砂岩が、ばらばらと崩れ落ちる。
オレの全身に、魔法陣から出た何かが侵食して来る。
それを、オレ自身は止めることが出来ない。
オレたち四大精霊は、それぞれを観ている。
オレの異常に、他の精霊が気づいたら。
──パラケルススだけじゃない。
他の人間を全員滅ぼしても、おかしくない。
オレたちは、世界でたった四人の姉妹。
そして、世界を滅ぼして余りある、強力な大精霊だ。
「私は辺境の街に住んでいます! 何かあったら連絡を!」
「いいから、出て行け!!」
取るものもとりあえず、駆け出すパラケルススを見送る。
その間も、オレは自壊を続け……。
やがて、意識が消えた。
そこからのオレの変化は、劇的すぎた。
……予想外で、そして、とてつもなさすぎた。
どうすんだよ、これ。